PandoraPartyProject

シナリオ詳細

海の中に囚われて

完了

参加者 : 1 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

・海の中

 冬も近づいたこの季節。昼間は過ごしやすくても、夜になると気温はぐっと下がって、吐く息は白くなる。

 暗闇に輝く月が、こちらに問いかけてくる。こんな夜中にどうしたの、と。
 夜空に瞬く星が、こちらを見下ろしてくる。もう早く帰りなさい、と。

 そんなことは分かっている。しかし、夜だから引き付けられるものがあるのだ。そう少女は呟く。
 少女の耳に聞こえるのは、海の音。波が浜辺に寄せられては離されていく音。

 ざざぁ、ざざぁ。

 水しぶきと共に聞こえるそれが、不思議と胸に響く。心を穏やかにさせるものがある一方で、同時に心をぞわりと撫でるような、異質なものがあった。

 浜辺に降りると、砂が足先に絡みついた。踵を、つま先を捕らえようとするものたちから逃れ、一歩ずつ海へと近づいていく。その度に波の音は大きくなっていく。

 やがて靴が水に触れたとき、小さな声がした。

『ねえねえ、そこの貴方。綺麗なお嬢さん』

 暗い海の中に、何かが蠢いている。

『私たちと一緒になりたいの?』
『だからここに来てくれたんだね』
『ここから先は、生者の場所ではないよ』
『知ってて来たんでしょ』

 波から浮かび上がったのは、無数の手。黒く塗りつぶされたそれは、こちらを引き寄せるように手招きしてくる。

『こちらに来れば寂しくないよ』
『君の大切な人も、きっといるよ』

 さあさあ。おいでなさい。

 声は一つになり、少女の脳を揺さぶる。

 夜の海は危ないとは、よく言ったものね。少女が口の中で呟く。
 何せ異界をこの世に繋げてしまうのだから。

 少女のため息は、暗い声に掻き消された。


・こたえる、こたえない

「死者がね、いるのよ」

 境界案内人カトレアが抱えているのは、一冊の本。表紙をゆっくりと指先でなぞり、静かに言葉を選ぶ。

「この世界では、海は死後の世界を繋ぐ場所になっているの。だから、海に近づけば死者に囲まれるわ」

 それがあの手なのだとカトレアは呟く。

 彼らの多くは、生者を取り込んで仲間にしようとしてくる。伸ばされた手をとれば、海の中に引きずりこまれてしまう。危険な目に遭いたくなければ、近づかないのが吉だ。

「でもそこには、その世界じゃないところで亡くなった人も、現れるらしいの」

 つまり、他の世界での死者も現れる、ということだ。

「あなたたちの大切な人、もう会えない人も、もしかしたらいるかもしれないわね」

 もしその誰かが現れたとして。海に引きずり込もうとしてくるだろうか。それとも救い上げようとしてくるだろうか。それはきっと、あなたとの関係次第。

「冷たい海で、誰かを探してみるの。どうかしら?」

 薄い唇に色を載せて、カトレアは艶やかに微笑んでみせた。

NMコメント

・コメント

 こんにちは。椿叶です。
 冷たい海で死者に囲まれる話です。

世界観:
 海が現世と死者の世界のつなぎ目になっています。夜になると死者が押し寄せ、そのうちの多くが「あちら」に引きずり込もうとしてきます。彼らの手をとると、海に沈められそうになるのでご注意を。
 死者の世界には、どこの世界で亡くなったかは関係ありません。別の世界で亡くなった方も海まで来ることができます。ひょっとすると、誰かの大切な人も現れるかもしれません。

目標:
 海に近寄って、会いたい人を探すことです。手招きする彼らから逃れながら、大切な誰かを探してください。その誰かには会えるかもしれませんし、会えないかもしれません。会えても全身が見えるとは限らず、ただ手だけが見えたり、声だけが聞こえたりすることもあります。皆様のプレイング次第で変わっていきます。

できる事:
・会いたい誰かを探す
・彼らから逃れる、無視する
・海に吞まれそうになる
・会いたい誰かに助けてもらう、見つける、見つけてもらう
・会いたい誰かと対話する

特殊ルール:
 海に飲み込まれそうになっても、必ず戻ってきてください。死者の世界に取り残されないでください。

サンプルプレイング:

 死者に会える。嘘みたいだけど、これだけ手招きしている何かがいるとなると、本当なんだろうね。
 僕が会いたいのは、兄さんだけど、いるのかな。
 もし、僕が彼らに捕まりそうになったら、兄さんは助けにきてくれるだろうか。何してんだ、って言って、引っ張りあげてくれるんだろうか。
 やってみたいけど、勇気は、ないな。ああでも、兄さんが来てくれるなら、僕は。


 プレイングには、会いたい人の特徴(性格など)について記載してもらえたらと思います。
 カトレアは呼べば登場します。何かあったら呼んでください。
 それではよろしくお願いします。

  • 海の中に囚われて完了
  • NM名椿叶
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年11月26日 22時10分
  • 参加人数1/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 1 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(1人)

雨宮 しずく(p3p009945)
紅い糸

リプレイ

・私にとってのハッピーエンド

 月が、こちらを見下ろしている。強すぎるその光は周りの星々の光を消していて、ただ静かに海を照らしていた。水の中までのぞき込めそうだと、『紅い糸』雨宮 しずくp3p009945は目を凝らした。

 案外、見えないものか。はあと息を吐き、空を再び見上げる。白い息が、淡く広がっていく。
 これだけ月明りが強くても、よく見れば輝きの強い星はその存在を示したままだ。例え無数の光の中でも、周りの光が強くても、それ自体に輝きがあれば、見つけることはできる。

 そうだ、見つけられるのだ。

 しずくは一度目を伏せた。そうして、一歩を踏み出す。砂が足に絡みついて、重心が傾いた。慌ててもう一歩を踏み出し、転ばないように踏ん張る。

 自分がここにきたのは、決して死者に会いたいからではない。死者の中から、生者の存在を確かめるためだ。
 死者がこの海に押し寄せるのだ。ならば、生きているのなら、ここに来ることはできるまい。
 死んだからといって必ずしもここにくるわけではないだろう。だけど、まだ生きていると希望を持つことはできる。それで、十分だ。

 海に近づくたび、波の音が強くなる。ざあざあと寄せては離れる音、水の弾ける音。それが重なって、鼓膜を揺らす。淡くそれでいて鮮烈な音の中に、ふと、誰かの声が混ざる。

『ああ、お嬢さん』
『来てしまったのかい』
『君を待つ人はいるのか』

 いて欲しくなんかない。ここにいて、たまるか。しずくは口の中で呟いた。
 まだ彼のことは、ほとんど分かっていないのだ。それなのにもうこの世にはいませんでしたなんて、あんまりだ。

『かわいいお嬢さん。こっちにおいで』
『寂しいからここにきたんでしょ』
『ぼくたちと一緒におなりよ』
『そうしたらもう、ひとりじゃないよ』

 海の中から、何か影が浮かび上がる。それはやがて人の手の形をとり、ぎこちない動作で動きはじめた。本当に、手招きしているみたいだ。

 この手に捕まったら、自分も死者の仲間入りか。そんなの、嫌だ。自分は、死ぬためにここに来たんじゃない。

 手はいくつもいくつも海から顔を出して、こちらを呼んでくる。

『ねえねえ。かわいい子』
『さあ、おいで』

 波が足先に触れたとき、足がすくんだ。靴の周りの砂を波が攫っていくから、立っているだけでも足元は不安定になる。
 ざあとひと際大きな音がして、しずくの踝まで波が覆う。そのとき、がくりと踵が沈んだ。バランスをとろうと足を踏み出したはずなのに、片足はずぶりと泥に沈み込む。

 思わずついた膝に、水が触れる。冷たく心まで凍らすようなそれに、小さな悲鳴が出た。

 もし、ここに彼がいたら。そんな想像が頭の中に浮き上がってくる。
 彼のことで、覚えていることは多くない。性格も、顔も、ぼんやりとしか覚えていない。名前も知らないから、何て呼んだらいいかも分からない。だけど、穏やかで優しい声ばかりを覚えている。

『まあまあ濡れちゃって』
『お嬢さん、ああ、海の中に入ってくれるんだね』

 彼がここにいたとして。あの声が、こちらを落ち着かせるような優しい声が、周囲に塗りつぶされてしまうのではないのだろうか。

 そんなのだめ、絶対に、だめ。私、あなたの声に、何度も何度も。

 彼がここにいなければいい。そうは思っている。だけど、一度ここにいることを想像してしまうと、本当にそうなっていないかが怖い。
 まだ、彼の姿も見えないし、声も聞こえない。だけど、月が周りの星を隠してしまうように、大きな声たちに、彼の声が掻き消されているだけなのでは、と不安になる。

 立ち上がって、一歩を踏み出す。冷たい水と一緒に、冷え切った空気が足を這い上がってくる。

「どこですか。いないと言ってください。ねえ、いませんよね」

 自分の行いが矛盾していることは分かっている。いないと信じているのに、彼の姿を探しているのだから。だけど、ここで背を向けて、浜辺に戻ることはできそうになかった。

 小さな手が、しずくの足をかすめる。はっとして見下ろすと、ぎょろりと動く目がそこにあった。

『どうして、そんなに怯えているの』
『探し人はいた?』
『はやく、ぼくたちと一緒になろうよ』

 一瞬、息ができなくなった。悲鳴は喉でつかえて、ただの乾いた空気の塊になる。

「あ、ね、ねえ。こんなところに、いないですよね。いない、ですよね」

 彼からの返事はない。代わりに、けたけたと笑う声が足元から湧き上がってくる。

『この子まだ信じてるよ』
『かわいそうに。想い人は助けてくれないの?』

 助けてくれないんじゃない。そう言い返したかったけれど、抗議の声を上げる間もなかった。
 腕を、掴まれた。

 慌てて振り払う。冷たい感触が手首に残った。
 手首をさすりながら、足を踏み出す。

 この中に、彼がいたらどうしよう。どうしよう。そんな思いだけが独り立ちしていった。
 生きていればここいはいない。それを忘れたわけではないのに、彼がここにいたらと思うと、それだけで心臓が潰されてしまいそうだった。
 もし彼が、この手たちと同じように自分を引っ張ろうとしてきたら。ああ、そのときは、私。

 ここにいませんように。いませんように。そう念じながら、足を踏み出す。とうとう、膝まで海に浸かってしまった。

『お嬢さんお嬢さん』
『溺れちゃうよ』
『おいで、おいで』

 足に絡みついた手を、腕にしがみついた手を、振り払って進む。寒さで体は凍り付きそうなのに、足はどうしてか進むのをやめてくれない。心は、前に進まなければならないと叫ぶ。


 お願いだから生きていて。生きていると言って。そうして私を、抱きしめてください。探してくれてありがとうって、探さないでくれてありがとうって、言ってください。
 私の運命の人。私の大切な人、お願いです。私をこんな冷たく恐ろしいところで、独りにしないでください。

 助けて。

 そんな声は、笑う声に掻き消された。



 どうやって浜辺に戻ったかは、覚えていない。持ち込んだ覚えのない毛布が体に巻き付けられていて、脱げた靴が片方、目の前に置かれていた。
 砂の上に座っているせいか、月が先ほどよりもずっと高く見える。なんだか惨めだった。

「カトレアさん」

 多分、しずくを助けたのは彼女だ。彼ではない。

「ごめんなさいね。あなたの大切な人ではなくて」

 いつの間にか現れたカトレアが、目の前に立っていた。ヴェールで表情は分からないはずなのに、困ったように眉を下げていることは、何故か想像がついた。

「あの人は、生きているのでしょうか」

 思わずこぼれた言葉だった。そんなこと、カトレアに聞いても分かるはずがないのに。ただ、困らせるだけだ。

 案の定、カトレアは首を傾げた。艶やかに塗られた唇がゆっくりと開き、閉じられる。

「カトレアさん」
「そうね。わたしから言えることは、『あなたが望む結末になりますように』よ」

 望む結末なんて、一つしかない。生きている彼と再び出会うことだ。

「私、彼に会いたいです」
「ええ」
「本当は、暗い海じゃなくて、明るい海で、普通に歩きたいです」
「そうね」

 言いようもない感情が溢れてきて、思わず唇を噛んだ。
 私、普通の幸せな、恋人同士になりたいです。どうして、私の恋は、物語のように甘く美しいものじゃなくて、ただ苦く痛々しいのでしょうか。

 このままでは、彼に出会う前に、毒に侵されてしまいそうだ。

「全ての物語が、美しく幸せに終わるわけではないの」

 カトレアが、しずくに目を合わせるようにかがみこんだ。

「だけどわたしは、あなたの物語が、あなたにとって素敵なものになるように祈っているわ」

 カトレアと、ヴェール越しに目が合う。そのとき、しずくの頬を一筋の涙が伝った。
 それはあとからあとから溢れてきて、ぽたりぽたりと砂に染みを作っていく。

 私、彼と幸せになりたいです。それが私にとっての、ハッピーエンドなのです。

 ぼろぼろと涙をこぼすしずくを、ただ月が静かに照らしていた。何も言わずに、ただ光を小さな背中に散らしていた。

成否

成功

状態異常

なし

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