シナリオ詳細
ドッペルゲンガーは二度死ぬ
オープニング
●魔法の手鏡
たいした館でもないのにものものしい警備だと、見る人は思うだろう。
だが眼力ある人であれば、さもありなんとうなずくこと間違いなしだ。なにせ館の中はマジックアイテムであふれているのだから。
シスターイザベラは鋼の門をくぐり、館を訪れた。彼女は小さな孤児院を運営していて、この館の主はその篤志家なのだ。こまめに顔を出して挨拶する必要がある。なぜなら篤志家たちには一癖も二癖もある者が多いからだ。表向きはシスターの志に打たれてといった美談めいた皮をかぶってはいるが、寄付や寄進は彼らの財力をアピールする絶好の機会でしかない。名誉欲を満たすために財布を取り出す彼らにとって、寄付先が町の小さな孤児院ではたかがしれている。だからこそ普段から報告と称して密に機嫌取りをせねばならない。とはいえ、この館の主は篤志家のなかでも扱いやすいほうだ。なぜかと言うと。
イザベラは鎧を着た警備兵が巡回する庭を抜け、ドアノッカーを鳴らすと、すぐに客室へ案内された。どたばたと廊下を走る音が近づいてくる。
「よく来たシスター、見てくれ、聞いてくれ、こいつは本物じゃぞ!」
禿頭で眼鏡をかけた老人が音を立てて扉を開けた。年の割にはつらつとしている。彼こそは館の主、フェリペ=ツァレクスだ。先祖が商売で成功をおさめ貴族の位を買い取った家門で、今年で75になる。彼自身は商売よりも散財に向いた性格をしていて、その豪快な使いっぷりは時に都の貴族たちの口の端にのぼるほどだ。特にマジックアイテムには目がなく、不思議な逸話さえあればかぶりつきで買い付けてしまう。彼自身はなんの素養も魔力ももたないただの人間種であるのに、だ。悪徳業者に目をつけられたことも一度や二度ではない。現にだまされたことは星の数。それでもこりずに買い求めているのだから筋金入りだ。
フェリペは孤児院へ寄付をする代わりに、シスターへ鑑定役を任せていた。ほとんどはがらくたか無害なものなので、イザベラも肩の力を抜いて鑑定し、一通りフェリペの反応を楽しみ、その後に続くマジックアイテム談義につきあう。それがふたりの関係だった。茶飲み友達、と言ったところだろうか。
フェリペが興奮にほてった顔で一枚の手鏡を袱紗から取り出す。
「つい先日来た男が売ってくれた鏡じゃ。なんでも真夜中、時計の針が十二時ちょうどを指した瞬間にのぞきこむと自分の分身が現れるらしいぞい」
「もう試してみられたのですか?」
「いいや、わしゃもうその時間は眠くて眠くて、だから事の真偽をいつものようにシスターへ調べてもらおうと思ってな」
「もし本物なら危険なアイテムかもしれませんね。わかりました、お預かりいたします。ちなみに売りに来た男の素性はご存知ですか」
「いいや、なんも知らん」
いつもの返事だった。フェリペが興味を抱いているのはあくまでマジックアイテムであり、売る人間がなぜそれを手放すかまでは聞く気にならないのだという。ちょっとだけお小言を言って寄付金の約束を取り交わし、イザベラは部屋を辞した。
ゆるい上り坂をイザベラは歩く。夏の空色はくっきりと青く、どこまでも続くサファイア。
その青へ溶け込むように建っている古い教会がイザベラの孤児院だ。
木で作った門を開けると、家庭菜園に水をやっていたこどもたちが飛びついてきた。
「おかえりシスター!」
「おかえりなさい!」
いばりんぼうのユリックにおちょうしもののザスだ。満面の笑顔で泥だらけのままイザベラへまとわりついてくる。またケンカでもしていたのかもしれない。だが最近はどちらからともなく仲直りをするようになっている。
「ちょっとあんたたちー! ちっさい子おいていかないの!」
声を上げたのはみえっぱりのミョール。泣き虫のチナナを腕に抱いている。あまえんぼうのロロフォイとさみしがりやのセレーデがぬいぐるみを抱えたまま近づいてくる。
「ただいまみんな。今日も笑顔だったかしら。元気がいちばんよ?」
ひとりひとりにハグをし、ついでにおでこへキスをして、イザベラはぽつんと立っている無口なリリコへ顔を向けた。
「リリコ、ベネラーは?」
リリコは孤児院の隅の小部屋を指さした。
「そう……今日も出てこないのね」
最年長のベネラーはある日を境に部屋へ閉じこもったきりだ。イレギュラーズたちに遊んでもらったときにも彼だけかたくなに部屋から出ようとしなかった。しかしこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。
「さあみんな、お昼にしましょうか」
イザベラは制服についた泥をはたき落とすと孤児院へ入っていく。じょうろを片付け、ぞろぞろついていく子どもたち。やがてキッチンからおいしそうな香りがただよってきた。
やがて夜も更けて、子どもたちも寝静まった頃。
イザベラは書斎で手紙を書いていた。礼状や報告、訪いの約束、役場へ出す書類まで。書いても書いても終わらず、イザベラは小さくあくびをした。時計を見る。
「あらもうこんな時間」
時計は十二時を指そうとしていた。イザベラは預かった袱紗から手鏡を取り出す。部屋の温度がすこし下がった気がした。鏡をのぞき込むと、ほのぐらいランプの光を浴びた自分の顔が写っている。
「……疲れた顔。いやあね、笑顔笑顔。元気がいちばん」
いつも子どもたちへ言っていることを自分へも言い聞かせ、イザベラは頬を軽く叩くと笑顔を作った。秒針が動く音だけが聞こえる。やがてすべての針が重なった瞬間、もう一度鏡をのぞきこむ。そこには自分が……否、目を見開き口の端を釣り上げて禍々しく笑う己の似姿があった。
はっと息を呑んだイザベラは躊躇せず手鏡を床へ叩きつける。だが鏡は砕けずそのまま床をすべっていく。ぐらりと地面ごと揺れ動くような感覚。気が付くとイザベラは見知らぬ場所にいた。黄色い靄が四方にかかり、果てが見えない。どこもかしこも蜃気楼のようにゆらゆらと瘴気が立ち込め、気を抜けば天地すらわからなくなってしまいそうだった。
「鏡……鏡は?」
イザベラはあたりを見回した。瘴気の濃い部分であろうと見当をつけ、踏み込む。ゆらりと景色がねじ曲がり、目の前に瘴気の塊が現れた。それはゆっくりと、よく見知った人の姿に変わっていく。シスター服を身にまとった女、イザベラ自身の姿へ。
『ごきげんよう私。あなたは私、私はあなた』
自分と同じ声でドッペルゲンガーは話しかけてくる。イザベラはロザリオを突きつけ、ただ一言、言い返した。
「悪魔よ、立ち去りなさい」
『悪魔は私。私はあなた。あなたは悪魔』
「悪魔よ、立ち去りなさい」
『自分より劣った者の世話を焼くのは楽しいわね。あなたの自己満足につきあわされて人生を捻じ曲げられるかわいそうな子どもたち』
「……」
イザベラは沈黙へ沈んだ。ドッペルゲンガーは笑みを深くしながら歌うように続ける。
『見下すってなんて楽しいのかしら。まるで空も飛べそうよ。子どもたちがみじめで哀れなほど手を差し伸べる優越感は計り知れない』
口元を引き結んだままだったイザベラが長い吐息をこぼし、やがて「そうね」と返した。
「……あなたはたしかに私だわ。私の庇護欲の裏がえし。だけどね。あの子達と過ごす日々が、私にとってかけがえがないものなのも確かよ。あの子達は私を成長させてくれる天使。私はこれからもあの子達のために最善を尽くす。だから私は断言できる。悪魔よ、立ち去りなさい」
ドッペルゲンガーはうれしそうに笑った。
「そうそのとおり、わかっているじゃないの。あなたは私。私はあなた。忘れないでね。よき旅を」
ぐしゃりと輪郭が崩れ、揺れて消えていくドッペルゲンガー。
幕が引くように靄が晴れていき、いつもの書斎が現れた。例の手鏡は何事もなかったかのように壁際でにぶく光っている。床にうずくまり、イザベラは肩で息をしていた。気力をごっそり持っていかれた。心に迷いのある者があのドッペルゲンガーに対峙すればろくでもないことが待っているに違いない。イザベラは汗をぬぐうと書棚へ向かい、文献を紐解き始めた。
●そして鏡はギルドへ
「こんにちは、イレギュラーズの皆様。私はシスターのイザベラと申します。魔法の鏡を無力化してくださる方を探しております」
そういってイザベラと名乗った女はふんわりと笑い、袱紗から一枚の手鏡を取り出した。裏面に奇妙な文様がえがかれた手鏡だ。手にとってみると見た目より重く、微弱ながら冷気を感じる。
「調べたところ、この手鏡はとあるもう絶えた宗派が精神修養のために使っていた魔法の品です。瞑想のときに現れる迷妄を人為的に出現させる目的で作られたようです。しかし効果が強すぎて逆に鏡へ魂を吸い取られてしまう事件が起きたため封印されました」
それが巡り巡ってフェリペという好事家のもとへたどりついたのだという。
「フェリペ様は鏡を無力化し、コレクションに加えたいと言っています。ですから皆さまがたには鏡の魔物を退治していただきたいのです。
皆様は真夜中の十二時ちょうどに手鏡をのぞいてください。すると結界が張られてひとりひとりに分断され、鏡の異界へ移動します。そこには自分そっくりのドッペルゲンガーが待ち構えています。ドッペルゲンガーは、やましいことやうしろめたい点をついて心をゆさぶってきます。皆様におかれましては、この鏡の魔物を力で打ち倒すか、自分の弱さを認め強い意志で打ち払うかしてください。一晩に何度も倒されれば鏡にこめられた魔力が枯渇し、ドッペルゲンガーは自然消滅します。
このアイテムがまた人の手に渡るようなことがあれば甚大な被害が出るでしょう。悲劇を防ぐためにもお力をお貸しください」
そう言って彼女はゆるやかにお辞儀をした。
- ドッペルゲンガーは二度死ぬ完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年07月16日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●『浄謐たるセルリアン・ブルー』如月 ユウ(p3p000205)の領域
暗い。
広い部屋に見覚えのある機械がぼんやりと薄明かりに浮かんで見える。
「ここは……」
ユウは絶句する。記憶に刷り込まれた恐怖がじわじわと彼女を侵食した。
『ようこそ私。あなたは私。私はあなた』
白衣を着たドッペルゲンガーが現れ、口の端を吊り上げた。
『誰もを無邪気に信じた結果がここだったわよね。あなたの心には今も人への不信がへばりついている』
「……そんなことはないわ」
彼女は親友の顔を思い出していた。その花のような微笑みを。
「貴方は確かに私の心の本音なのかもね、また裏切られたらと思って強固な態度を取ってしまうのかもしれない、でもね、こんな私だけど一緒に居てくる人も大事に思ってくれてる人達もいるの…だから私は誰の意思も関係ない、私がしたいから誰かを助けるし守りもするの、結局私という存在はそうそう変わらないのよ……」
ユウが雪華の名を冠したブレスレッドへ手を添え、決然と顔を上げた。
「……兎に角自分に負けるような無様な所を見せるわけに行かないわ、だから私の意思を貫き通すためにここで倒れて貰うわよ!」
ユウが防御を固め、フロストチェインを放つ。同様にドッペルゲンガーもフロストチェイン。お互いの放った魔力は頬をかすって闇へ飲み込まれた。
「へえ、狙いどころまで同じなのね」
『あなたは私。私はあなた。勝負の結果は神のみぞ知る』
ドッペルゲンガーはどこか楽しげに笑い、さらに氷の鎖を投げかける。そのまま牽制で体力を削り合い、気がつけばお互いあと一歩というところへ追い込まれた。ユウはフロストチェインの狙いを定める。氷の花が乱れ咲き、連結して鎖になっていく。ブレスレッドの上で魔力が飽和しかけたところでユウはドッペルゲンガーを指さした。解放を求めていた魔力が一気に噴出し、ドッペルゲンガーを襲う。
『あ、ああ……』
ドッペルゲンガーの体が凍りつく。
「何がこようと捻じ伏せるのみよ、もう何も奪わせないためにつけた力見せて上げるわ」
ユウの打ち出したフロストカッターがドッペルゲンガーを粉々に打ち砕いた。
●『ボクサー崩れ』郷田 貴道(p3p000401)の領域
眩しい照明。ライトアップされたリング。気がつけば貴道はそこへ立っていた。向かいには不敵な笑みを浮かべた自分自身がいる。
「俺の分身なら、分かってるだろう? 俺に大したコンプレックスなんてもんはない。だったらどうする。決まってる、殴り合いだ!」
『オーケー! ミーはユー、ユーはミー! 御託はいらねえ、ぶちかまそうぜ!』
混沌肯定で力をなくした貴道は、自分のことをぶん殴りたいほど腹立たしく思っていた。その怒りをぶちまけられる相手が目の前にいる。鼓動が高鳴り、全身が熱くなる。
「ゴングはいらねえよな、始めようか!」
貴道は至近距離まで一気に近づき、重い一撃を決める。攻撃だけに集中した最強のレフトフックだ。
(入った……!)
だが死線をすれすれで乗り越えたドッペルゲンガーは、体勢を立て直し貴道へ反撃を見舞った。三回行動による三連撃デッドエンドフィスト。かろうじて一度はかわしたが、ハードな攻撃を2連続でくらった。勢い余ってリングの端まで吹き飛ばされ、大の字になって倒れる。
(負けた、のか。ちくしょう、みっともねえぜ。このまま魂を喰われるのか)
照明の光が遠くなり、視野が陰る。遠のいていく意識。視界の隅にドッペルゲンガーがいる。口を動かして、何か言っている。
(……う、だ。ほ……の、お…えは)
貴道はカッと目を見開いた。パンドラの光がゆらゆらとオーラのように立ち昇る。貴道は立ち上がり、両の拳を握りしめた。口中にたまった血を吐き出す。
「どうだ、本当のお前は、だって? イカしたこと言ってくれるじゃねえかパチモン野郎! そうさ。本当の俺は、本気の俺は、力を失う前の俺は、こんなもんじゃなかったんだぜ――!」
全身に気力がぐんとみちあふれる。防御は捨て、攻撃のみへ切り替え、貴道は己の渾身の左フックを放った。それはあやまたずドッペルゲンガーの顔面へ打ち込まれた。強烈な打撃に倒れるドッペルゲンガー。もはや立ち上がる気配も感じない。
『勝者、郷田 貴道!』
どこからともなく勝利のアナウンスが聞こえ、不可視の観客たちが貴道へ歓声を送った。
●『海洋の魔道騎士』美面・水城(p3p002313)
「……えっらい昔の事引っ張り出すんやねぇ」
『うちはアンタ。アンタはうち。辛い思いは時を超えて蘇る』
暴風が吹き荒れる夜の海。今まさに沈まんとする船を背景に、岩礁の上で水城はドッペルゲンガーと対峙していた。
『伝説のセイレーンの魔歌。船乗りを魅了し、自由に操るだけのはずが、まさかこんなことになるなんて思わなかったんよね』
ドッペルゲンガーは歌うように続ける。声音にセイレーンのような禍々しさを潜めて。
『結局ママに泣きついたんよね。誰かに助けてもらわな何もできんってようわかったよなぁ』
ため息をついて水城は頬をかいた。
「もう一人の自分とやりあうってこういうことかぁ……。や、でも相手が悪かったなぁ。だって、うち、やで?」
ドッペルゲンガーへ駆け寄り、水城は不意打ちで思い切り殴りつけた。
『な、何を……』
突然のことに混乱しているドッペルゲンガーを、水城はびしりと指さした。
「たしかに、あのあとえろう母親にしぼられたし、しばらくは歌うの禁止やった。だけど、今のうちは、歌の力を制御できる。特訓したんやで! あの時うちを許してくれた船乗りさんたちの恩義に報いるためにも!」
ドッペルゲンガーはじっと聞いている。ひたむきな瞳が水城を映していた。
「うじうじするなんて、うちらしくない。前を見て、楽しい未来へ歩むのがうちやから! さあ、どないや! ガチンコ勝負するなら付き合ったるで!」
そう水城は力強く宣言する。「歌う力」はもう自分のもので、過去の事を反省はするけども、悔やみはしない。どんな事にも怯まない。前を向いて歩くと決めた騎士道だから。
そんな水城の胸中が伝わったのか。ドッペルゲンガーは微笑した。その輪郭が崩れ周りの景色とともに消えていく。
『その思い忘れんでね。よき旅路を』
●『自称騎士の騎士見習い』クロネ=ホールズウッド(p3p004093)の領域
わあっと歓声に包まれる。ファンファーレが鳴り響きリボンが舞い飛ぶ。クロネが立っていたのはコロシアムだった。向かいの門が開き、対戦相手が出てくる。髪の色も瞳の色も、装備しているものまでクロネとうりふたつ。だが、なんというべきか。雰囲気が違う。凛として、力強く、それでいて周りを安心させるような。そう、まるでクロネが憧れる騎士そのもの。
『私はあなた。あなたは私。はじめようか、一戦を』
「……っく、余裕しゃくしゃくですね」
クロネがクイックアップを己に施し、カプリースダンスで躍りかかった。狙いがややはずれ、肩の肉を裂いて終わる。ドッペルゲンガーの反撃もまた、クロネの肩へ傷を負わせた。
ナイトソードをかまえ、さらにもう一撃。相手も待っていたように反撃。こんどもまた軽い一撃の応酬になった。
『本気をみせたまえ、観客もご不満だ』
「私はいつだって本気ですよ! 攻撃を疎かにするなら、こちらから畳み掛けます!」
――ガキン!
二本のナイトソードが空中で打ち合う。つばぜりあいになったままクロネはドッペルゲンガーを睨んだ。対して相手の瞳は湖のように凪いでいる。
『哀れだな。騎士道を追い求めているのに、騎士道に振り回されている』
「そんなことはありません。強く、正しく、美しく。それが私の騎士道です。あなたに哀れんでもらう筋合いはありません。無駄口をたたく余裕があるならば、そんな暇ができないぐらい攻撃してやりましょうか!」
ドッペルゲンガー側の力が強くなった。クロネの足元がずれ、地面に靴跡が残る。
『そこが哀れだというのだよ。相手の粗を探して利用するような真似を真の騎士がすると思うのかね』
「――!」
強い怒りに駆られ、クロネはドッペルゲンガーへ殴りかかった。マウントをとり、ナイトソードの柄で殴りつける。
「私は騎士です! 騎士として……偽物なんかにだけは絶対に負けられません!!」
相手が失神するまでクロネは殴り続けた。勝利のファンファーレが響く。だがクロネの胸の中にはもやもやとしたもので溢れていた。あるいはそれこそがドッペルゲンガーの罠だったのかもしれない。
●『忘却信仰忘却』天音 白雉(p3p004954)の領域
暗闇の底でほとほとと涙を流しているその相手がドッペルゲンガーだと白雉は気づいた。あの日、あの時の無力を背負って、地に伏して泣いている。その姿はどんな言葉よりも雄弁に白雉の心へ迫った。
しかし。
白雉は自分へ歩み寄り、その隣へ腰掛けた。そっと手を伸ばし、優しく頭を撫でる。
「おつらいでしょう。その痛み、白雉が背負います」
『無理よ、こんな、体よりも、ああ、心が砕けて痛い。あなたは私、私はあなた。もう既に痛みを背負っているあなたに何ができるというの』
「ええたしかにこの白雉は、命より大事だった宝石と離れ、神の御許から墜とされたあの日より、尽きぬ悔恨に我が至らなさを連ね、押し潰されそうな夜を重ねています……」
だけれど、と白雉は続ける。
「至らなさも、あの日の痛みも消せはしない。無くなりはしない。だからと言って捨てたり見ないふりも致しません。所詮この世は自己満足。何をし、何を考え、どう行動するのかも己の心持ち次第。白雉が正しいと思うことも誰かには悪しきものかもしれない。それでも貫き通すと決めたのです。白雉はこの信仰だけは手離さない」
白雉は手を伸ばし、ドッペルゲンガーの手を取る。ひんやりとした彼女の手へぬくもりを与えたいと切に願った。
「懺悔は尽きないでしょう。時には嘆きもするでしょう。あの日の無力を覚えて、それでも歩むことを諦めたりはしない。だから私の悲鳴に白雉は心を貫かれることはありません。大丈夫。白雉は私も抱えて走ることができる」
まだ傷口が開いたままの彼女の顔をのぞきこんだ。たらたらと流れ落ちる血を一筋指先ですくい、舐め取る。
「だからそんなに心配しなくて良いのです」
白雉の笑みとドッペルゲンガーの笑みが重なった。やがてドッペルゲンガーの姿が淡くなり、透明なシャボン玉になって空へ消えていった。
●『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の領域
『あなたは私。私はあなた。お待ちしていました新田様』
歴史を感じさせる料亭の一室で、寛治は自分自身と差し向かいで座った。名刺を交換し、相手の猪口へ酒を注ぎ入れる恒例の儀式を終える。自分のそれと全く同じ名刺に、寛治は奇妙な感慨を覚えた。やがてぽつりぽつりと話はじめる。
「昔話を、しましょうか」
寛治は母一人子一人の、貧しい家庭の生まれだった。寛治の生まれた国では、貧しい家庭の子が貧困から抜け出すには、並々ならぬ努力を強いられる。それでも寛治は上を目指した。成人前に母を亡くしても、――一流と言われる企業に入社した。
『そしてさらに上を目指すためにがむしゃらに働き続けた』
「そう、そのとおりです。ですが、ビジネスの世界は、そんな青臭い向上心だけでは通用しなかった。売上を、利益を、成績を競うあう中で……私はある日、同僚を陥れた」
大したことではない。喫煙室の雑談で、少し事実と異なる噂話を零しただけだ。その噂話を信じた同僚は大きな損失を出し、そして会社を去った。
それから寛治のビジネスは、汚れた手を使うことを厭わなくなった。寛治は成功した。数多くを陥れて。犠牲にして。己が良心に封をして。
「この世界に来た今も、それを悔いていないといえば嘘になります」
社会のため、と胸を張れる仕事をしていたかった。世界のため、と笑える仕事をしたかった。思い出すたびに悔恨が胸の奥からせり上げてくる。それでもなお。
「けれど、ね。同時に気づいたのですよ。清濁併せ呑み、善悪を顧みず、人事を尽くして、結果に命をベットする。そんな死線の上でビジネスをするその時に、私は生の充足を実感する。そう、これが天職だったんですよ。私は結局の所、悪党(エゴイスト)だったということです。だから私は、この道を征くのみだ」
何より、どう悔いたところで過去は変えられない。ビジネスは、未来を見続けるしか無いのだから。
静かに聞き入っていたドッペルゲンガーは、満足げにうなずくと、塵となって消え失せた。
●『魔法少女(物理)』イリス・フォン・エーテルライト(p3p005207)の領域
「……そもそも姿形を真似する理由はなんだ? 必要な事なのか? 何を求めている? 自己の確立か? 破壊衝動か?」
『あなたは私。私はあなた。私は悟りをひらくために生まれた惑わす者。それ以上でもそれ以下でもない』
「私と私なら20秒もあれば決着を付けられるだろうが……延々と殴り続ける事になるだろう相手も出て来るはずだ。不毛でしかないだろう。お前は疲れないのか?」
『私は鏡。鏡を割ったところで拳が傷つくだけ』
「鏡の己、か。それは過去の私でしかない。過去に意味などあるものか。
魔法少女が見ているのは常に未来だ。そして私は、魔法少女を殺す魔法少女だ。お前が私だと言うならば、それもまた魔法少女だ。他でもない私自身の手で、葬ってやる事も出来なくはない。――私の形を取れるのなら、個の意志くらいはあるのだろう? 影の者。他でもない「お前」に聞いている」
問うてもただ鈴を鳴らすような笑い声がかえってくるばかり。イリスは思う。私はこんなにもしとやかだったか? 仮初めの微笑を浮かべるのが上手かったか?
否。否、否、否。イリスは否定する。
「私には一般的な人間のような過去はない。ただ魔法少女を殺してきただけ。それが私だ。私から魔法少女を取れば何も残らないだろう。相互理解は出来ないか? 出来ないのなら、この拳で語るのみだ。私の魔法少女魂を教えてやろう。そうだ、お前も今は魔法少女。形だけでも魔法少女だ。相手に不足はない」
イリスが格闘で挑みかかる。防御技術を代償にした強烈な打撃は、一撃でドッペルゲンガーの膝をつかせた。
「私は私、お前はお前。だが今だけは……」
お前をここから引っ張り出して連れ回してやる位の気概はあるのだが。……かつて私にそうした魔法少女が居たように。まるでイリスの胸の内を読んだかのように、ドッペルゲンガーはうれしげに微笑んだまま静かに消えていった。
●『紅蓮の盾』グレン・ロジャース(p3p005709)の領域
グレンが降り立ったのは馴染みのある路地裏だった。そこの角を曲がれば彼の育った孤児院があるはずだ。孤児院といっても形ばかりだったが。
目の前のドッペルゲンガーを相手にすると自然とつぶやきがもれた。
「ああ、これは、本当に、最悪だ。……人から奪うのが当たり前だったあの頃の俺の面してやがる」
『そのとおり。俺はアンタ、アンタは俺。何もかもが懐かしいだろう?』
ドッペルゲンガーが胸を開いて哄笑する。かつてグレンは捨て子だった。赤ん坊の頃に親に捨てられ、物心つく頃には孤児院にいた。そして学んだ。頼るものなんかない。自分の力だけで生き延びなければならない、と。そのためには誰を差し置いても、どうでもいい連中をだまくらかし、ときに手を上げてでも。そうして得た金や食べ物を、また誰かに奪われる毎日を過ごして。だから、そんなものだと諦められた。適当に生きながらえて適当に野垂れ死ぬ。そう思っていた。だが。
「助けを求める声があれば、何処からともなく駆けつける。この力を誰かの為に使う……ああそうさ、んなもんタダのおためごかしだよ。価値の無ぇてめえの生を、他の価値ある誰かの為に使えたら、てめえの人生にも価値が出てくる気がする。打算塗れの汚い自己満足を、綺麗に言い繕っただけの格好つけさ」
グレンは深呼吸をし、ドッペルゲンガーから受けるプレッシャーをいなす。
「だけどよ、それでも俺は憧れたんだ。そんな格好つけを、馬鹿真面目に、当たり前な面してやってるヤツによ。損得勘定抜きで見ず知らずの『誰か』を助けてくれる『誰か』なんて、そんな都合の良い存在、夢にだって見たことなかったんだぜ? 誰かを助ける事が出来た。それだけで、あんな風に笑えたらどんなにいいか。そうさ、俺のはタダの真似事。ガキみたいなヒーローごっこさ。
それでも俺は、格好良く生きたいんだ。平気な顔して諦めたフリして不貞腐れた面下げて……んな格好悪ぃ生き方、もう嫌だからよ」
『それがアンタの悟りか。悪くない、ヒーローの道は一日にしてならずだぜ。精進しろよ』
ドッペルゲンガーが光りに包まれ、やがて姿がかき消えた。
「へっ、説教くせえやつ」
周りの景色がどろりと溶け、潮が引くように消えていく。
集合場所へ戻ると、件の鏡は粉々に砕けていた。ドッペルゲンガーは二度と発生すまい。
ひとつの試練を乗り越えた彼らが迎える明日には、間違いなく賛美が待っているだろう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでした。
【力】の方も【心】の方もバランスのとれたよいプレイングでした。
ありがとうございます。
またのご利用をお待ちしています。
GMコメント
ようこそこんばんは、みどりです。
手鏡を8人でのぞくって物理的にむりっぽいですが、そこは、こう、なんかアレ的なソレでうまくいきますのでご安心ください。
さて、皆さんのPCは自分自身と対峙したときどんな行動をとるのでしょうか。
プレイングの冒頭にタグをつけてください。ない場合は空気で判断します。
最低でも【力】*2、【心】*2の戦力が必要です。
【力】
戦闘です。
迷妄を砕く熱き魂の持ち主、それがあなたです。
1:1でドッペルゲンガーと戦います。
仲間の力は頼れません。
消耗戦が予想されますので準備は怠りなく。
>詳細
PCと同レベル・同スキル・同ステータス、装備も同じです。
戦い方も似ていることでしょう。性格はPC本人よりも卑屈でネガティブであるようです。
唯一あなたと違う点は副行動で「挑発(怒り付与・射程無視)」を高確率で使ってくることです。
【心】
心情ロールです。
迷妄を祓う強き魂の持ち主、それがあなたです。
あなたには誰にも言えない秘密はありませんか。
あるいは消し去りたい過去は? いまだに胸を焼く怒りや後悔は?
ドッペルゲンガーはあなたの傷を遠慮なく抉り出します。
しかし挑発に乗ってはいけません。
大切なのはそれを認め、受け入れて前向きな姿勢へ昇華することです。
自分のコンプレックスを乗り越えてみせれば、ドッペルゲンガーは己の本来の役割を果たし、消えていきます。
まあでも一発くらいは殴っていいと思います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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