PandoraPartyProject

シナリオ詳細

遊んで殺して、サヨウナラ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●それは、あたたかな夢だった
 握った手の感触を覚えている。

 お母さんが病気で死んで数日が経ったある日のことだった。
 とてもお腹がすいていた。
 お金はなかった。高いお薬を買うのに全部使ってしまったから。

「食べ物を恵んでください。お仕事もします」
 街を彷徨った。ふらふらと。惨めったらしく、頭を下げて。
「なんでもいいです。なんでもします」
 同じ言葉を繰り返し、涙を拭くのも億劫になって、俯いて。
 太陽が悠々と空を高く昇り、やがて下りていく。得られたものは何もない。茜色に染まる世界。希望より絶望を。憐みのかわりに蔑みを。ハエのように追い払われて、虫の気持ちで地表を歩く。視野を染め抜く夕映えは綺麗で、これから夜が訪れるのだと残酷に知らせた。実際、夜は来た。
 疲れ果て、空腹に耐えかねて座り込んだ僕に、おじいさんが手を差し伸べたのだった。

 ――かわいそうに。つらかっただろう。おじいさんは、君の味方だよ。

 そう言ってあたたかな微笑みを浮かべて、おじいさんは食べ物をくれた。頭を撫でてくれた。涙を拭ってくれた。
「おいで。君と同じ境遇の子がいっぱいいるよ。美味しい物を食べさせてあげよう」
 ああ、助けてもらえる。優しいひとが、いた。

 連れていかれたのは、森の中。こじんまりとした家が木々に隠れるように立っていた。
 中に入り、秘密の階段を下りていく。
 その先に、たくさんの『子どもたち』が待っていた。
 檻に入って、待っていた。お母さんの帰りを待っていたひな鳥のように、口を開け。

「新しいお友達だよ」
 おじいさんはそう言って、檻を開けて僕を中に押し込んだ。軽い調子で――それが当たり前みたいな声で、トン、と背中を押して。
 無数の手が伸びてくる。戯れるように噛みつかれ、引っかかれ、弄ばれる。変色した長い爪の不潔な手だ。肉が腐りかけて骨すら覗く汚れた手だ。死者の手だ。
「あ、あ、あ。……ああ、やめ、やめて。やめてよ!! おかあさ」
 お母さんは、もういない。
「誰か、誰か……」
 助けてくれるひとも、誰もいない。

 僕が生きた世の中は、そんな現実を最期まで優しく丁寧に教えてくれたのだった。


●それは、冷たい現実だった
 月が出ていない夜だった。
「やあ」
 黒猫は夜闇に溶け込むように其処にいた。
「アンデッド退治に興味はないかい」
 ローレットの情報屋、『黒猫の』ショウ(p3n000005)である。

 頷けば、詳細が語られる。
「依頼人は匿名さ。幻想の町外れにアンデッドが湧いているから、退治してほしい――至ってシンプルだよね。
 ……これだけでも依頼遂行はできるだろうけど、俺が仕入れた裏情報も知りたい?」
 ショウは口元に指をあて、星が瞬くようにウインクをした。

「現場は、晩年、狂気に憑りつかれた『おじいさん』の家。亡くなった『おじいさん』の親族は、生前に住んでいた家を処分しようと中を確認したらしい」
 扉を開けた瞬間の衝撃は、想像するに余りある。ショウは肩を竦めてそう語る。
「骨と肉を持つ腐乱アンデッドが家中を蠢いていて、飢えた彼らは親族を見て一斉に嗤い、飛び掛かった。「アソボウ」「アソボう」「おなかがすいた」って燥ぐように言ってさ」
 親族は悲鳴をあげて逃げ出したのだという。
「『彼ら』、家の外には出ないらしい――とはいえ、放置するわけにはいかないよね」

 夜闇に黒猫が尾を揺らし、影揺れる。
 秋風がすこし背筋に冷たい夜だった。

「この依頼は……人助けさ」
 ショウは、そう呟いたのだった。

GMコメント

 初めまして、透明空気と申します。
 シナリオに興味をもってくださり、オープニングを読んでくださってありがとうございます。
 このシナリオは、アンデッドを退治するという内容です。
 オープニングの内容は、情報屋ショウを通してPCが知っている状態です。

 皆さんは、悲しい背景を持つ敵とどのように相対するでしょうか。心を寄り添わせ、優しく戦うでしょうか。それとも、仕事は仕事だとプロフェッショナルにクールに敵を倒すでしょうか。皆さんの個性やスキル、ギフトを活かす機会になれば幸いです。

●シナリオ成功条件
 『アンデッド』の撃破。

●シチュエーション
 幻想の町外れ。森の中にある家が現場。
 現場到着後からリプレイがスタートする予定です。
 家の中には、1階空間と、秘密の階段から繋がる地下空間があります。

●敵アンデッド
 家に入るとすぐ敵に捕捉されます。
 数は合計10体。1階空間に5体、地下空間に5体。
 アンデッドは鋭い毒爪と牙を持っています。HPが高くしぶといですが、動きは遅く、攻撃力も低いです。子どもの心を本能めいて残しており、「あそんで」「おなかがすいた」と言いながら攻撃してきます。
 イレギュラーズであれば、遅れを取ることはないでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 以上です。
 初めてのシナリオとなります。
 プレイングを楽しみにお待ちしております、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 遊んで殺して、サヨウナラ完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月09日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
ロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)
白妙姫(p3p009627)
慈鬼
シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)
陽気な骸骨兵

リプレイ

●Gazing Eyes
 黒の瞳が仲間を順に視て、瞬いた。

 ――なにゆえご老人は子らの未来を奪ってまで彼らを生み出したのか。
 そこまでの狂気とは何か。
 ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)がフーデッドマントの奥で骨を鳴らす。
 筋骨隆々とした金枝 繁茂(p3p008917)も疑念を胸に秘め首を縦に振り、霊魂の気配を探って隣の虚ろな黒の瞳と視線を絡ませた。
「西側の部屋に3人います」
 影と同化するような黒ずくめの男、シャーラッシュ=ホー(p3p009832)の表情からは一切の感情が窺えない。死者探知の結果を報告する様は、時計の針が時を刻むように正確で無機質だった。
「先に真っすぐ奥から2体。ご注意ください」
「承知ですぞ」
 背後でカタカタと歯音鳴らすヴェルミリオの角が光源となり、視界に屍鬼を浮かび上がらせる。
「あの屍鬼は……もしや、みな幼子なのか。何と憐れな……」
 袖口で口元隠し、白妙姫(p3p009627)が怜悧な目元に痛ましげな色を溢れさせる。
「『人助け』と言われれば聞こえは良いですが、余り良い気分にはならないですね……」
 外套を翻し、ルーキス・ファウン(p3p008870)が前に立つ。聲には少年から青年に移る頃特有の素直と青さが滲んでいた。

 あそんデ、
 ――そンデ、
 虚ろな聲に応えるように武器を持たずに飛び出したのは、華奢な猫叉少年。あどけない表情の杜里 ちぐさ(p3p010035)だ。
「遊ぶにゃ? ――にゃっ!?」
 聲と共に屍鬼の爪が繰り出される。小さく悲鳴を上げたのは、ちぐさを庇って回言 世界(p3p007315)が左腕に傷を負ったのがわかったから。だめにゃ、と呟く声が悲しみに揺れる。ふわりと視界を覆うマントは、共に庇うよう動き右の尺骨を引っ掛かれたヴェルミリオのものだ。
「遊んでほしかったら相手を傷付けるようなことしちゃダメにゃ」
 僕がママに爪を立てた時、パパにちょっぴり強く噛みついちゃった時、ママは僕を怒ってくれたのにゃ。ちぐさは懸命に言葉を選んだ――優しいママのように。
「痛いの嫌いなひと、多いにゃ」
「あそんで」
 無垢な笑顔が牙を立て。
「アソンデ」
 虚ろな眼窩が獲物にじゃれる。
「――相手を思い遣るのにゃ」
 聞いてくれない。理解していない。けれど、声は止まず紡がれ続けた。
「僕はきみたちと遊んでもいいって思うにゃ。追いかけっことかどうかにゃ?」
「――ソと、コわい」
 猫耳がぴくりと揺れる。
「……お外には、行かないにゃ」
 優しく言い含めるような声。繁茂は安心感を与えるように言葉を添えた。
「もう大丈夫、あなた達を助けにきました。だからもう大丈夫です」
 あえて攻撃を受け、鬼血を流す――その身を傷つければ、血肉が棘として刺さる。一瞬の硬直を逃さず絡む闘気の糸が骸骨兵の光を反射して煌めいた。
「全力でかかってきなさい、最期まで遊んであげますよ」
 子どもの成れ果てと戦うという事実。人の気持ちを思いやる優しき気質である繁茂は思うのだ。きっと自分だけではなく、皆が似たような気持ちであるだろう、と。
 ――目を背けず向き合いましょう。
 繁茂があたたかくも厳しい声を紡げば、ルーキスも頷いて鞘走りの音と共に名乗りを上げる。
 ――斬るのに躊躇いがないと言えば嘘になる。
(けれど、この状態の彼らを野放しにする訳にはいきません)
「その悲しみも、無念も、全て受け止めよう……さぁ、来い!」
(救えないのならば、せめて一刻でも早く。彼らがこの呪縛から解放されるように)
 その声に負傷を恐れる気配はない。むしろ、我が身を挺して仲間の分まで攻撃を受け止める意気がある。

「食わせてやれるものもなく、遊びたいという心もまた虚ろでしょうが、せめて明るく、少しでも報われるように」
 ヴェルミリオはそんな『戦場』に骸骨の朱眼をチカチカ明滅させた。
「そおれ、手の鳴る方へ! スケさんはこっちですぞ」
 光灯りの角と眼窩に燈る赫の篝火が標となり、仲間と子供たちが迷わぬように戦場を照らしている。死んでは生まれ、生まれては死んで。そんな繰り返しの果てに、骸骨は言葉の大切さを痛感したものだった。絆を結び、意思を伝え、誰かの心を動かす、そんな力を知ったのだ。
 ならば、いっとう陽気に叫んでこそ。
「キャッスルオーダー!」
 今、周囲には仲間がいる。哀れな子らがいる。
(ゆえにこそ!)
 痛みも苦しみも矜持もなく永遠を識る硬く骨張った身は堅牢な城塞の如く不動の構えを取る。
(リジェネレートで自己再生する備え。耐久性が高い)
 即興の連携の場で瞬時に手札を見抜き、世界は治癒の優先順位を下げた。
「さあ! かかっていらっしゃい! 子ども達よ! 君たちの無念も心残りもこのスケさん達が受け止めましょうぞ!」
 骸骨の聲に続くように白妙姫が刀の柄に手をかけて屍鬼を見る。
「うむ。こうなってしまってはもはや斬ってしまうのが情けというものじゃ……」
(とはいえ、しきりに腹が空いた、遊びたいとまさに子供の願いをぶつけてこられると、どうにものう)
 手を伸ばし哂う子が紅の髪結紐を引き、片側が解かれて白髪がしゃらりと流れる。ちぃとばかし遊んでやるか、と姫は稚い子に笑いかけた。
「鬼ごっこじゃ。わしを捕らえられるか?」
 逃げながら配るのは彩り豊かな宝石めいた琥珀糖。燥ぐように飛びつく子らが味を感じているのかはわからない。だが、その顔に浮かぶ紛れもない喜色に鬼の娘は柔らかに微笑んだ。
 この行いは、いわば念仏のようなもの。依頼のさなかにやるべきではないのかもしれぬ。されど。
 のう?
 視線を向ければ、共に『鬼ごっこ』に興じる仲間の姿。
「これがあなたたちを弔う最期の遊びになるでしょう……」
 ロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)は胸の中心にある菱形の魔石に手を当て、息を吐く。
「迅速に、安らかに。眠らせましょう」
 透明感のある声が切なく言葉を捧げている。儚げな容姿に秘めた魔石師の力が右手の紅石に集積され、魔砲となって放たれる。遊戯の開始を告げるように、悲劇に幕を引くように。
「タッチして消滅、ならば鬼ごっこになりますか?」
 ルーキスに牙を立てた一体の後背に回り、「――もう、わからないのでしょうけど」と悲しく語尾を弱めて神聖な光を纏った掌底がトン、と屍鬼の後背を突く。背を摩るように上下するうち、光が全身を包んで昇天させていく。
「遊び終えた後はどうか安らかに」
 繊細な睫毛が優艶な目元に影を落とす。哀悼と瞑目――厳かで神聖な儀式めいて静かな数秒が流れる。


 ――信頼していた者に裏切られ、死んでいった死者達の無念の想いは非常に強い。このままでは、彼らはいつまで経ってもこの世に対する未練を断ち切ることはできないでしょう。
 無表情なホーが突入前に言ったのだ。
 ――『我らアンデットは生者の意志なくして生まれることはあり得ませんゆえ』。
 陽気なヴェルミリオが言ったのだ。


 ギフトによる探知のおかげで、突入するパーティには余裕があった。
「依頼内容は至って単純。敵も情報では苦戦するようなものでもない。子供のアンデッドだろうと敵である以上排除する。ただそれだけだ」
 眼鏡と白衣の付与術師が分析する――人柄を知らぬ者が見ればいっそ冷淡にも思える落ち着きを見せて。
 だから。
「僕は彼らと話をしてみたいのにゃ」
 ちぐさは仲間たちに『お願い』したのだった。
「成程、貴殿らは彼らとの対話を望むのですね? 承知致しました」
「何かあればすぐに対応できるようにしておきます」
 ルーキスとホーが順に頷き、世界は思案顔を見せていた。
(何かが変わるとは思えない――)
「僕はそれでもお節介をしたいのにゃ」
(やってもやらなくても変わらないのなら)
「問題ないだろう」
 ――もしかしたら何か効果があるかもしれないしな、と付け足す温度は決して冷たくはなかった。そして今、付与される術光もまたあたたかく、支援の意図が明白だ。
(体がいつもより軽いにゃ)
 優しいのにゃ。にっこりと笑む。人の優しさをよく知る猫は、当たり前のように秘めた優しさを見つけ出し、感じ取る感性を持っている。

 ヴェルミリオの耳には階下の子どもの聲が届いている。
 ――あちらもスケさんたちの存在を知り、遊戯に混ざりに来るようですな。
「ここにいる子らは、そろそろ送って差し上げましょうぞ」
 情意投合、仲間たちが攻勢に出る。

「ふむ」
 足並みを揃える様子でさりげなく距離を保ち致命傷を避けつつスーツを乱し、けれど顔色は変えずに屍鬼を受け止めていたホーは状況を見て「鬼の交代時でしょうか」と瞬き、直後前触れなく苛烈な神気を閃かせた。予備動作というものが一切ない突然の挙動。まるで動くお化け屋敷や吃驚箱だ。守る時は全力、攻める時もまた全力で「こちらの番ですから」と灼く聖なる光は室内を眩く照らし上げ、味方をも驚嘆させるほど鮮やかに屍鬼を散華させた。
「――はっ!」
 ルーキスが靴の底で床を擦るようにして鬼の力を宿す刀を奮う。予備動作を見て世界が治癒を準備する――剣の軌跡は淀まぬ清流を思わせ、紫電高雅なる『瑠璃雛菊』と白閃清霜たる『白百合』が花弁を散らすが如く命を削り取ると反動で使い手自身が鮮血を吹き、同時発動の治癒術が秒を待たずして傷を塞ぐ――先読み治癒の妙技だ。


 泡沫めいて記憶の欠片が心に過る。
 助けてほしいと泣いていた。
 ――幼少の自分。


「さぁ、遊びはしまいじゃ。良い子はいい加減眠らねばならんのう」
 刃紋煌めき、刃鳴り涼やかに。
 鬼の娘が姿勢低く一息に距離詰めている。
 袖翻し白と緋の間に新たな朱を飛沫せ、しなやかに柔らかに、羽が舞うが如く『朧月夜』が哀しき魂を黄泉に導く弧を描く。変幻邪剣、曲芸めいて惑わしのうちに首を獲る――白刃白牙。小刻みなステップと斬撃は舞踏めいて軽やかで、白蛇の幻影が躍れば世界が虚空に描いた白蛇の陣が息を合わせたように屍鬼に絡みつき、痛みもなく黄泉へ導く。そこへ、繁茂とホーが相次いで警告を発した。
「地下から上がってきます。4体」
 先の子供らと同様、いずれも幼い4体の姿に緋色の瞳が揺れる。
「うぅ、狂うた翁め……何を思ってこんなことを」
「遊びに混ざりたいのにゃ? みんなで遊ぶにゃ……!」
 ちぐさが明るい声を震わせている。傷だらけの両腕を広げ、歓迎するように。
 見ずともわかる――皆各々数え切れない傷を負い、疲労を滲ませている。だが。
「楽勝だな」
 それは言霊に似て、皆の心を支え奮い立たせる一言。眼鏡の奥の魔眼が瞬き、世界が号令を放てば心身の疲労に息を乱していた仲間たちの傷が癒され、皆が表情を明るくした。仕事に迷わぬ熟練治癒者の存在は実際に使用するスキル以外にメンタル面にも左右する――存在そのものがパーティの支えとなるのだ。
「ふふん? 頼もしいのう。じゃが、長引かせぬ」
 白妙姫が落ちた紅紐を拾い上げ、髪を結び直して決意の眼差しを前に向ける。
「新手の子らも、やはり同じように終わらせてやるしかあるまいよ」

 何時の世も、犠牲になるのは弱い者ばかりだ。今まで何度も、そんな場面を見てきた――そしてその度に痛感するのだ、己の無力さを。
(場数を踏んでも、やはりこの感覚は慣れないものだな……)
 ルーキスが堂々たる体躯の繁茂に噛みつく屍鬼を払いのけるように刀を振るう。同時に閃くのは、ロウラン、ホー、ヴェルミリオが合わせたように放った聖なる光。
 白く、絶望と悲しみを追い遣るような鮮烈な光が視界を占めて――伸ばした手を避ける事無く傷つけられながら、滅びる彼らをそっと抱きしめてちぐさが囁く。
「楽しかったにゃ! ……おやすみにゃ」
 その心に燈る願いが死者に温もりとして伝わることを、ヴェルミリオは知っていた。光の中で朱の眼光は細く微笑むようにほろほろと零れる透明な涙を見守り、その先を見届ける決意をしたのだった。


●灰色墓に捧ぐ黒のシェルピア
 光が去った後の室内には、直前の喧噪が最初から無かったかのような錯覚を招くほどの静寂が帳をおろした。
「……あと1体です」
 呟きと共に探索が始まった。
 ルーキスが透視して情報共有している。
「世界さんの契約術式は便利ですね。よく視えます――まずは突き当りの壁、布織物に隠れて通路がありますが」
 晴れ渡った青空のような瞳が二方向を行き来して目的を定め、頷いた。
「通路は本棚が密集する隠し部屋に繋がっているようで、地下に繋がっているのは西の部屋ですね」
 示されたのは部屋の隅。反対側から無理やりに破られたような破損痕を晒してぽっかりと空く穴と――暗闇に続く階段。
 全員が顔を見合わせ、頷いた。
 隊列を組み、下りていく。13段の短い道のりの末、地下室の扉は開け放たれていた。

 石造りの小部屋に魔素インクと血で描かれた魔法陣、部屋の壁を覆う本棚と入口が解放された檻。
 残りの一体――彼を見つけて、繁茂が霊魂疎通を試み、眉間に皺を寄せる。狂える霊の主張は「きゅゆうさい」「シッパイ」「愛」――、
 やがて繁茂が首を振れば、それを合図に仲間たちが一斉にその魂を鎮め、死霊は全て退治されたのだった。

「隠し部屋も探ってみてよいですか? 実は、子供達の遺品が残っていないか気になるのです」
 ルーキスがおずおずと問い、考えを告げた。
「亡骸をこのまま放置しておく訳にはいきません。遺品があればそれも添えて、弔いたいのです」
 白妙姫が想定していた、という表情で眦をやわらげた。
「うむ。この子らを弔う算段でもつけようか。皆そのつもりであろう?」
 ロウランも優しく同意を示し、神妙な顔で弔い方法を検討する。
「このままでは犠牲者が可愛そうです。残った遺体は丁重に弔いましょう。少し離れた所でも……」
「たしか彼らは引き取り手がいないのですな……」
 ヴェルミリオが骨の指で頬骨を掻く。
「探しましょう。そして、連れていきましょう」
 繁茂が力強く頷き、保霊棺を見せた。
「親元に連れて行きたいです。親が死んでいたとしても霊魂となって我が子を家で待っているかもしれませんし――いなくてもせめて家族の墓があるならそちらにて一緒に弔ってあげましょう」

 家の中を捜索したルーキスが発見したのは、子供たちの遺品数点と死霊術の魔導書、絵画。邪悪な死霊術師を快く思わぬホーは無表情ながら死霊術の痕跡を注視し、美術を嗜むロウランは絵を鑑賞して「宗教画ですね。狂気のきっかけ、死者を囲おうとした動機でしょうか」と呟いた。

(せめて最期は救われてほしい。守る事も助ける事もできなかったのにそう願うのは傲慢ですね)
 ――でも、それでも私は願うのです。
 繁茂が屍の手をしっかりと握り、すっかり無口になった子らに語り掛ける。
「さあ、お母さんに会えますよ」
 ある者は親の霊魂が待つ墓へと。またある者は生きた親族に事情を話し、遺体を引き合わせ。縁が見つからぬ者たちは寂しくないよう共に寄り添わせて弔うことにして。夜が明けて暁光が差して、また夜が来て朝が来る。思いがけず長い冒険になった。けれど、文句を言う者はいなかった。
 薄っすらと棚引く灰色の雲が輪郭が曖昧な切れ間から光を幾筋も零している。差し込む天の光筋の下、まるで悲劇なんて無かったかのように山間いは彩を明るく見せて、鳥はのびのびと上空を羽ばたいている。

 ――外が怖い。

「そう言ったのにゃ」
 ちぐさが眩しそうに陽光に目を眇めている。白妙姫は袖口で口元を隠し、無言で墓を見つめる。生家では、白髪赤目の獄人は忌子であった。繁茂は石を投げられた少年の頃を想い、ルーキスは『異物』として扱われてきた孤独を思い。次いで、仲間を見た。
「こちらの葬送はわからないので、教えてもらえますかな。スケさんも見送ってあげたいのですぞ」
 ヴェルミリオが乾いた風で骨の隙間を吹鳴させながらマントを翻し、墓前に膝を付く。
「文化の数だけ送り方があるものです。けれど、本質はどの文化をとってもそう大差ありません。大切なものはその表面形式ではなく内なる想いなのでしょう」
 仲間の聲が吹きあがる風に乗り、灰色の天へ駆け上がる。
「どうか、彼らの魂に安らぎが訪れますように」
 ルーキスが墓に手を合わせ、祈りを捧げる。
「まあ手向けってやつだ」
 世界は墓の前にひとつぼしの菓子折りを置いて呟いた。
「死者が物なんて食うはずないのにな……これこそやっても無意味なことだぜ全く」
 白妙姫はその言葉に琥珀糖を取り出し、隣に備えた。
「されどやらねば気が晴れぬ。死者のためでもあり、生者のためでもあるのじゃろう」

「成程、死者達の想いに寄り添う……ですか。大変勉強になりました」
 ホーが静寂に寄りそうように空気を震わせた。周囲に溶け込むようでいて、ふと違和感を覚えずにいられないような――陽光の中にありて尚、異質な存在感。抑揚が控え目な丁寧な言葉は、影が囁くように心にひたりと染み込む響きを有している。
「貴殿らと共にこの依頼を達成できたことは、私にとっても思わぬ収穫でした」
 漆黒の闇を閉じ込めたような瞳が今、彼らを見つめている。
「私は死後の世界という概念は信じておりませんが、これで飢えに苦しむことなく心安らかに母親の元へ逝けたのだと信じたいですね、今は」

 ちいさなロザリオが揺れる。

 ロウランが呟いて目を閉じる。
 ――おやすみなさいませ、と。

成否

成功

MVP

金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸

状態異常

なし

あとがき

イレギュラーズの皆さん、依頼お疲れ様でした。
心情、探索、戦闘ととても充実したプレイングを魅せてくださり、ありがとうございました。
MVPは積極的な行動と攻略姿勢が光る貴方に。

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