PandoraPartyProject

シナリオ詳細

赤いコートの暗殺者。或いは、狂奔道中…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●命からがら
 喧騒。
 潮騒。
 風は強く、嵐の気配を色濃く孕む、そんなある日の出来事だ。
 
 海洋国家のある港街。
 人気も絶えた路地裏で、女が2人相対していた。
 方やいかにも荒っぽい、筋肉質な長身女性。
 柄の長い鉄槌を大上段に持ち上げて、駆ける勢いのままに振るった。
 空気を押しのけ、大重量の鉄槌が唸る。
 しかし、相対していた赤いコートの獣種の女は、ひょい、とまるで柳のようにその一撃を躱して見せた。
 ついでとばかりに、鉄槌の女……ヘルヴォルの手首を拳で払う。
「ぐぉっ!?」
 音も無く。
 ヘルヴォルの手首に深い傷が刻まれた。
 裂傷。
 溢れる血が止まらない。
「おんやぁ? 今のでその手、断ち切ったとおもったんやけどね。鍛えとるねぇ」
 感心した、と。
 赤いコートの女は嗤う。
 既に6回。ヘルヴォルはコートの女へ攻撃を仕掛け、その度に傷を負っていた。
 異常なほどにコートの女は目と勘が良い。
 ヘルヴォルの攻撃は掠りもしない。
 一見すれば、攻勢に出ているのはヘルヴォルだ。
 コートの女は、のらりくらりと回避するだけ。
 だというのに、ダメージを負っているのはヘルヴォルばかり。
 なんともおかしな話ではあるが、ヘルヴォルとて愚かではない。
 ギャングの用心棒として、長年の間、荒事に従事してきた猛者だ。
 力だけで生き残れるほど、裏の稼業は甘くない。
 事実、6度も斬られ続けるうちに、女の手口におよその当たりを付けていた。
「袖の中に幾つ暗器を仕込んでやがる? 【流血】に【猛毒】【麻痺】……【呪い】【ブレイク】、1つの暗器に1種類の効果ってところか?」
 ぱっくりと裂けた手首の傷もそのままに、ヘルヴォルは問うた。
 答えを貰えるなどと思っている訳では無い。
 ただ、時間が欲しかったのだ。
 
 自分の体を軸として、独楽のようにヘルヴォルは回った。
 遠心力を乗せた鉄槌の一撃は、岩を砕き、鉄板にさえ穴を空ける威力を誇る。
 彼女が鉄槌という小回りの利かない武器を愛用している理由がそれだ。
 長身相応の長い手足に、長柄の鉄槌。
 回転の遠心力を加えれば、多少の扱いづらさなど問題にならないほどの破壊力を発揮できる。
 かつて海洋で名を馳せた、名うての剣士の骨をへし折り、肉を抉ったこともある。
 ヘルヴォル唯一にして絶対の必殺技というわけだ。
 だが、しかし……。
 ひょい、と。
 家屋の壁を打ち砕き、地面を抉るヘルヴォルの猛攻を赤いコートの女は最小限の動作で回避した。
 ちら、とヘルヴォルの後方で様子を伺う男……ボス・ルッチへ視線と笑みを送るほどの余裕を持って。
(当たらねぇ。ヘルヴォルの戦い方は研究済……いや、ヘルヴォルだけじゃねぇ)
 怖気が走る。
 奥歯を噛みしめ、ルッチは唸り声を零した。
 彼が率いるルッチ・ファミリーは海洋国家を拠点としているギャング組織だ。
 当然、構成員の多くは荒事を得手としたものばかり。
 ヘルヴォルを始め、並では無い強さを誇る者も多く所属している。
 しかし、その全員がここ数日の間に討たれた。
 幸い、死人こそ出ていないが、しばらくは病院のベッドから離れられない生活を送ることだろう。
 そして、それはきっと……。
「下がれヘルヴォル! てめぇじゃ無理だ!」
 ヘルヴォルでは勝てない。
 そう判断したルッチは、迷うこと無く撤退の指示を出した。
 用心棒を後方に下げるなど、組織のボスの行動としてはあまりにも不用心に過ぎる。
 事実、ヘルヴォルからも反論の声は上がったが……ルッチはそれを黙殺すると、スーツの上着を脱ぎ捨て前へと足を踏み出した。
 鍛え抜かれた鋼の肉体。
 体中に負った無数の傷跡。
 貫くような鋭い視線。
 荒くれ共を束ねるルッチもまた、一介以上の荒くれ者ということだ。
「ボス!? あぶねぇって!」
「てめぇじゃアイツに勝てねぇんだ。後ろにいようが前に出ようが、危険度はそうかわりゃしねぇよ!」
 回転を止めたヘルヴォルは、悔しそうに言葉を飲み込む。
 自分では赤いコートの女には勝てない。
 そんなことは、実際に戦った彼女が一番分かっていたのだ。
「連中の狙いはどうせ俺だろう。なら、手っ取り早くいこうじゃねぇか」
 仕立てのよいシャツも脱ぎ捨てて、ルッチは鋼の肉体を晒した。
 胸の前で両の拳を打ち付けて、彼は獣のような笑みを浮かべて告げる。
「子分どもが随分と借りを作ったようだ。倍にして返してやるからよ……遠くでこっちを狙ってやがる野郎も仲間か? 2人まとめてかかってこいや」
 なんて。
 ルッチが吠えた、その直後……音も無く飛来した鉄の矢が、ルッチの脇を貫いた。

●赤いコートの暗殺者
 港町の外れ。
 海から一番遠い区画の廃墟地下室に、ヘルヴォルとルッチは潜伏していた。
 赤いコートを着た女の襲撃を受けた2人は、這う這うの体でこの場所へと逃げ込んだのだ。
「正直、どうやって助かったのか、どういうルートで逃げて来たかも定かじゃねぇ」
 血の滲んだ包帯塗れのヘルヴォルは、掠れた声でそう言った。
 彼女の後ろには黴と埃に塗れた粗末なベッドが1つ。
 その上には、意識の朦朧としたルッチが横たわっている。
「ボス・ルッチが重症だ。傷口が壊死しかかってるし、そもそものダメージが大きい」
 治療するには、それなりに設備の整った場所へ移動する必要があるだろう。
 しかし、そのためには今も2人を探しているであろう赤いコートの女と、その仲間の存在がネックとなる。
「どこかの組織が雇ったヒットマンだろうな。うちの組織のことはしっかり調べているみたいで、特にアタシみてぇな実力派やボス・ルッチに至っては戦い方から弱点まで対策済みって風だった」
 力任せの猛攻を得意とするヘルヴォルに対しては、回避を主軸にした戦闘を。
 格闘戦を得意としているルッチ相手には、遠距離からの射撃による戦闘を。
 事前に有力な構成員を戦闘不能に追い込んでおくなど、此度の襲撃はある程度の計画に沿って実行されたものだった。
「アタシはともかく、ボス・ルッチには治療と療養が必要だ。幸い、こういう時のために港にいつでも出せる船を用意してある」
 問題は、港までの道中だ。
 当然、赤いコートの女と姿の見えぬ狙撃手は今も2人を……否、ルッチの行方を捜していることだろう。
「うちの部下は当然マークされてるだろう。だからと言って、アタシ1人でボスを守りながら港までは辿り付けねぇ」
 ヘルヴォル、ルッチ共に重症だ。
 到底、戦力として数えられる状態ではない。
「だから、アンタらに依頼したんだ。顔や戦力が割れてねぇからな」
 相手はルッチ・ファミリーの構成員について細かく調べ上げている。
 ならば、組織外の人間に協力を頼めばいいだけの話だ。
 そして、イレギュラーズであれば戦力についても不安はない。
「ルートは3つ。地下下水道を進むルートと、街中……表通りを進むルートと、裏通りを突っ切っていくルート。地下は狭く敵の接近もすぐに分かるが逃げ場がねぇ。表通りは人が多いな。木を隠すなら……とは言うが、戦闘が始まれば素人たちは逃げていくだろう。アタシは広い場所の方が戦いやすいが、アンタらはどうだい?」
 なんて、肩を竦めてヘルヴォルは言った。
 長柄の鉄鎚を振り回すのなら、路地裏よりも大通りの方が向いている。
 もっとも、今の彼女にそれが出来るとも思えないが……。
「それから裏通りだ。道は狭くて入り組んでいるが、身を隠す場所は多いな。現在地を把握しながら進まなきゃ、迷子になっちまうだろう」
 どのルートを進むかは、イレギュラーズの判断に任せるとのことだ。
 もちろん、全員が一塊になって進む必要もない。
「敵は2人。赤いコートを着た女はえらく身のこなしが軽いな。それともう1人、遠くから狙撃して来た奴がいる。弾丸は状態異常を付与する特別製のようだったな」
 以上2人の追跡を潜り抜けながら、港へと到達すること。
 それが今回の依頼内容であった。

GMコメント

●ミッション
ボス・ルッチを港まで護送すること

●ターゲット
・赤いコートの女×1
赤いコートの女は目と勘が良く、身のこなしが軽い。
袖に隠した暗器による攻撃を得意としている。
一撃の威力は低い。また、必要に応じて投擲も可能だろう。
攻撃の際、以下のうち1種類の状態異常を対象に付与する。

【流血】【猛毒】【麻痺】【呪い】【ブレイク】


・姿の見えない狙撃手×1
詳細不明。
どこか高い位置に潜伏し、ターゲットを狙撃する。
狙撃の間隔が長いが、狙いは正確で威力も高い。
また、着弾時に以下のうち1種類の状態異常を対象に付与する。

【流血】【猛毒】【麻痺】【呪い】【ブレイク】


●依頼人
・ボス・ルッチ
・ボス・ルッチ
筋骨隆々とした大男。
幾つかの犯罪組織を渡り歩いた後、海洋ギャング・ルッチ・ファミリーを結成する。
短髪にいかつい顔立ち、額から頬にかけての裂傷が特徴。
ガタイを活かした格闘戦を得意としているが、大怪我を負っており戦力として数えられない。
歩くことはできるが、走るのは難しい状態。

・ヘルヴォル
長身、筋肉質な女性。
柄の長い鉄鎚を自在に操るルッチ・ファミリーの用心棒。
用心棒という肩書きだが、実質的には幹部のような立場である。
赤いコートの女と交戦した結果、大きな怪我をしているため戦力としては数えられない。
自力で移動することは可能。


●フィールド
海洋のある港街。
現在、ルッチとヘルヴォルは港とは正反対の方向にある隠れ家に潜伏中。
港にあるらしい船に辿り着くことで依頼は達成される。
大きくわけてルートは以下の3通り。
・地下下水道。狭く暗い地下下水道。音が良く響くため敵の接近に気づきやすいが、逃げ道がない。
・港街、表通り。人混みの中を進むことになる最短ルート。戦場を広く使えるが、敵に発見されやすい。
・港街、裏通り。街の裏通り。入り組んでおり、まるで迷路のようである。道は狭く、死角が多い。
港までの距離はおよそ1キロ~1.2キロほど。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 赤いコートの暗殺者。或いは、狂奔道中…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月04日 21時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に
鏡(p3p008705)
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●surprise tactics
 黴と腐った水の臭いが満ちていた。
 海洋、とある港町の地下水道を都合10人の人影が進むその光景には、ある種異様なものを感じる。
「えらく派手にやられたなぁ、お前さん方。随分としつこくつきまとわれているようだが」
 何があった、とその一言を飲み込んで『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は、代わりに小さな溜め息を零した。
 現在、縁たちイレギュラーズが護送している相手は怪我をしたギャングの頭目とその側近だ。ギャングというからには、それなりに恨みも買っていて当然。何があったかなど、聞くだけ野暮というものだ。
「マフィアの抗争、か。殺し殺されが常の無頼の輩が、ギルドに助けを求めるとは、な」
「まあ、ギャングのボスともなれば狙われない日の方が珍しいでしょう。今回は、それほどに追い込まれていたということで……ええ、ええ、ここに私達が遣わされたのもきっと神のお導き」
 平坦な声に呆れを含んだ『訊かぬが華』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)と、声の調子に嘲笑が滲む『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)。そんな2人の言葉を聞いて、包帯を巻いた長身の女が悔しそうに歯噛みした。
 彼女に肩を貸されて歩く巨漢……今回の護衛対象であるボス・ルッチは無言。言葉を発する元気と反論の余地がないためだ。
「……何とでも言ってくれ。とにかく、あの赤いコートの女はやべぇ」
「赤いコートの女に、姿の見えない狙撃手か……厄介だね」
 『若木』秋宮・史之(p3p002233)は腰の刀に手を触れ言った。かつて、彼はルッチやヘルヴォルと交戦した経験がある。最終的に勝利を修めはしたものの、2人が決して弱者ではないことを知っているのだ。
「赤コートか。なんか親父を思い出すんだよな。なぁ、軍から落とされたやつが用心棒落ちするってことはあるよな?」
「軍人崩れか。寝ても覚めても訓練漬けの毎日を送っていた奴ってんなら、納得だな。連中の攻撃はいやに精度が高かったぜ」
 包帯の撒かれた手首に視線を落としたヘルヴォルは『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)の問いに答える。
 手首や脚を重点的に裂かれたせいで、ヘルヴォルは得意の鉄鎚を十全に振るえず負けた。
 確実に戦力を削ぎに来る動きや、事前に計画を立てた段階的な襲撃など、なるほどたしかに軍人上がりらしいといえば、そのようにも思えてくる。

 地下水道を進み始めてどれぐらいの時間が経過しただろう。
「来ました……かね?」
 いちはやく違和感に気が付いたのは鏡(p3p008705)であった。数かな物音や、息を潜めた鼠たちの様子から、何者かの接近を察知したのだ。
「地上まではまだ距離があります。選択できるルートも多くないですし……追い込まれた状況ですね」
「大丈夫なのか?」
『花盾』橋場・ステラ(p3p008617)の呟きに、ヘルヴォルがそう返したのも無理からぬもの。しかしステラはしっかりと前を見据えたままに、拳を握って告げたのだ。
「港まで無事にお連れしますとも!」
「下水道まで追ってくるなら、まずは赤コートの方だろう」
 細剣を抜いた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、鏡の視線を追って暗闇へ顔を向けた。
 赤いコートを視認出来た瞬間に、斬り付ける心算なのだろう。
 足を止めたまま、1秒、2秒……時間が過ぎて、静寂が満ちる。
 誰かの呼吸の音だけが、時折耳朶を擽るほかは水の流れる音しかしない。
 暗闇の中、いつ来るかも分からぬ襲撃を警戒し続けるのはかなりのストレスだ。とくに大怪我を負っているルッチやヘルヴォルにとって、身動きさえもできないまま立ちっぱなしという状況は、大きな負担となっただろう。
「う……ぐ」
 たまらずルッチが苦悶を零した。
 皆の意識が、ほんの一瞬、ルッチへと向いた、その直後……。
「……っ!?」
 暗闇の中、何かが跳んだ。
 壁に当たって火花を散らすそれは、どうやら1本のナイフのようだ。
 跳弾の要領で迫るナイフへ向けて、イズマは細剣を突き出した。
 一閃。
 暗闇へ青白い冷気をたなびかせる刺突は、狙いを違わずナイフの腹を切先で打つ。
 甲高い音。
 次いで、火花が飛び散った。
 一瞬、暗闇の中に何かの影が疾駆する様が浮かび上がった。。
「下、だ」
「くそっ、獣か何かか、こいつ!」
 エクスマリアとカイトの2人が、同時にそれの存在に気付いた。
 飛来するナイフに意識が向いた隙を突き、地を這うように接近していた影がある。コートの裾から覗くナイフの刃は黒く塗られているではないか。
 毒か、それとも暗所で目立たぬようにするための加工だろうか。
 イズマの足元を潜り抜け、赤いコートの女はまっすぐルッチへ襲い掛かるのだった。

●Red enemy
 密集した陣形は堅牢だ。
 けれど、ひとたび懐に潜り込まれてしまうと、同士討ちを警戒し途端に動きが悪くなる。
 狭い地下水道。
 見通しの悪い短い直線。
 接近から強襲までの間に時間が空いたことにより、知らず狭くなった陣形。
 それらは果たして偶然か、それとも赤いコートの女が意図してそうなるように誘導を図ったのか。
 黒く塗られた刃がルッチの首を斬り裂く。
 その寸前、滑るように刃と首の間にステラが手を差し込んだ。ナイフによって、白い肌が裂かれ血が飛び散る。
「速い……ですが、狭い此処なら、得意の機動力も発揮しづらいでしょう!」
 血塗れた手首を返し、ステラは赤コートの手首を掴む。
 寸前、赤コートはナイフを手放し身を低くした。
「いい位置に来たじゃねぇか!」
 地面に這いつくばるかのような姿勢となった女の顎へ、ヘルヴォルは爪先を叩き込む。

 ヘルヴォルの蹴りは女の顎から鼻にかけてを蹴り抜いた。
 直撃では無いが、皮膚は切れ、鼻からは血が滴っている。
 一方で、ヘルヴォルも無傷とはいかなかった。見れば、その脹脛には長い釘のようなものが突き刺さっている。
「お加減はいかがです? ここは下水道です……傷口の汚れには気を付けて、破傷風を患う事のなきように」
「分かってるよ!」
「下がれ下がれ! 密集してちゃ敵の思うツボらしい! ライとステラはそのまま2人を守ってろ、残りは前だ! 逃げるなら時間稼ぎは大事だぜ!」
 仲間たちを鼓舞するような大音声が響き渡った。
 翼を広げたカイトが天井付近にまで高度をあげて槍を構える。一瞬、赤コートの意識がそちらへ向いた隙に、ライはヘルヴォルとルッチを伴い後方へ。
「赤いコートか、その色でうろつくのは気に入らねえ。その根性叩き直してやらァ!」
「対ヘルヴォル向けの装備、か。下水道を穴だらけにしないようには、気をつけねばならない、が。まるで違う戦法には対応も難しい、だろう」
 翼を畳んだカイトは加速し、赤コートへと接近。
 その背後ではエクスマリアが眩いばかりの魔法陣を展開していた。
 突き出された槍を腕で受けて後ろへ逸らす。コートの袖には金属でも仕込まれているのだろう。
 ついでとばかりにカイトの手首を斬り付けると、赤コートは大きく後方へと跳躍。
 その後を追うように、無数の魔弾が轟音と共に解き放たれた。

 水飛沫に砂埃。
 反響した轟音。
 元より黴臭い地下水道だ。
 目と耳と鼻に頼った戦い方では、地上ほどの精度は出ない。
 けれど史之には、敵の位置が手に取るように分かっていた。刀を抜いた彼は、魔弾の間を縫うようにして赤コートへと接近。
 狭い場所で無暗に刃を振り回すような愚は侵さない。狙いを定め、踏み込みと同時に放った刺突は、確かに赤コートの背骨の真ん中を突いただろう。
 衝撃に赤コートは姿勢を崩す。
「っぐ!?」
 転倒しながら投擲された短刀が、史之の腹部に突き刺さった。倒れ込んだ赤コートは、地面に腕を突き倒立の要領で蹴りを放つ。
 史之の腹部に刺さった短刀を、深くまで突き刺そうという魂胆だろう。
「喝ぁっ!」
 瞬間、血を吐きながらも史之は一喝。あまりの声量と気迫に押され、赤コートは姿勢を崩して床を転がる。
 姿勢を立て直す暇は与えない。
 身を低くして鏡は疾った。その細い指が、腰に下げた刀の柄に絡む。
 一瞬、赤コートと鏡の視線と身体が交差し……。
「……おや、お上手、何で攻撃されたかよく分かりませんでした」
 すれ違ったその直後、鏡の腕から肩、首元にかけてが割れた。
 切断から数瞬遅れて、零れだした赤い血が鏡の半身を濡らす。
 にぃ、と口角をあげた不気味な笑みを浮かべたまま、鏡は首だけを捻るようにして背後へ視線を投げかけた。
「……でも、私の方が速い」
 瞬間、赤コートの右袖が裂ける。
 カランカラン、とけたたましい音を立てて、金属の破片が散らばった。それは袖に仕込まれていた武器や鉄板などだろう。
 裂けた腕から零れた血が、地面に転がる武器の破片を朱に染め上げる。

 史之は腹から短刀を抜くと、それを水路へ投げ捨てる。
 腹部を抑えて、額に汗をにじませた彼へイズマは不安げな視線を向けた。
「平気か? まったく、そんなにひどくやられるとは怖ろしいな」
 油断なく構えた細剣。
 イズマの背後には、傷を負った史之とカイトの姿がある。
「手傷を負わせられたし、いいんだよ。俺こうみえて意外とタフなんだよね」
「あぁ、目的は討伐じゃねぇからな。奴さん方にも痛手を負わせられりゃぁ、多少なりとも時間稼ぎになるだろうさ」
 幸いにして敵の数は少ない。
 そして、勝利条件も敗北条件も明確だ。
 ルッチとヘルヴォルを海へ逃がせばイレギュラーズの勝ち。
 その途中、ルッチの首を取られればイレギュラーズの敗北だ。
「……逃げられると思ってる?」
 抜き身の刀を携えて、無造作に前へ歩み出る縁へ向けて赤コートは言葉を投げる。
 感情の色が抜け落ちた、怜悧な声だ。
「逃げ道がない……その通り、逃げ道はありませんね。だからお前はここで死ぬ……神もそう言っておられます」
 ルッチとヘルヴォルを背に庇いながら、ライはそう言葉を返す。
 手に銃を握った彼女は、赤コートから距離を取るようにして後方へ。合わせて、赤コートの射線を封じるように翼を広げたカイトが僅かに高度を下げた。
 一連の攻防を終えた結果、現在イレギュラーズと赤コートの位置ははじめと逆になっている。
 このまま赤コートの襲撃を凌ぎながら走っていれば、地上へ辿り着くことぐらいは出来るだろう。
 問題はその後、地上で待ち構えている狙撃手の存在だが……。
「あぁ、こういう手もありますねぇ」
 指先に付いた血を舐めとって、鏡は笑う。
 ぐにゃり、と。
 顔の筋肉が不気味に揺らいだかと思うと、次の瞬間、その顔貌は赤コートのそれに変化していた。
「っ!?」
「お嬢ちゃん、逃げ場がなくなっちまって内心焦ってんだろ? 感情の制御が甘くなってるぜ」
 赤コートがほんの僅かな焦りを見せたその瞬間、一足飛びに距離を詰めた縁の刀が閃いた。
 咄嗟に赤コートは右腕を掲げ……激痛に顔を顰め、短い悲鳴を飲み込んだ。
 鏡に斬られた腕では、縁の刀を防げない。
 退避するにも、距離を詰められた以上は難しいだろうか。
 ならば……。
「っ!」
 痛む腕を強引に振って血飛沫を巻いた。
「うぉっ!?」
 いかに縁が刀を巧みに操ろうと、血飛沫までは防げない。狙いの僅かにそれた斬撃は、赤コートの肩を深く斬り裂く。
 斬撃の衝撃を利用し、赤コートは後退。
 迷うことなく水路の中に跳び込んだ。
「決して、追わせないし、逃さない」
 エクスマリアが腕を掲げて魔弾を放つ。
 水飛沫を上げ水面へ着弾。
 流れた血で水面は赤に染まる。
 けれど、どれだけの時間が経過しても、赤コートの死体が浮いて来ることは無かった。

●Escape strategy
 港近くの倉庫の裏手。
 地面に空いた穴を塞ぐ鉄の扉を押しのけて、顔を覗かせたのはイズマであった。
「人の気配は無い……港のどのあたりの船だ? 出港するまでちゃんと見張っとくよ」
 細剣を手にしたイズマがはじめに地上へ上がる。次に縁、エクスマリア、ステラ、それからルッチとヘルヴォル……残りは後方の警戒に当たっているのだろう。
 地上へ上がったヘルヴォルとルッチは、盛大に溜め息を零す。
 湿った地下の空気は合わない。
 吸い慣れた潮の混じった海洋の空気も、こうしてみると美味く感じるのであった。
 だが、しかし……。
 タン、と遥か遠くの空で、何かの弾ける音が鳴る。
 直後、ルッチの腹部と肩へ続けざまに鉄の矢が突き刺さった。
「やっぱり来たか。ルッチさんとヘルヴォルさんを庇いながら港へ進もう!」
 追撃の矢を細剣で弾きイズマは告げる。
 先ほどとは飛んでくる方向が微妙に違った。どうやら敵は移動しながら狙撃を続けているらしい。
「……あ゛ぁッ、いっったぁ! ねぇライちゃん、これ穴抜けちゃってません? ストラップとかつけられるんじゃないですかぁ?」
 腹と肩に矢を受けて、地面をのたうつ鏡の姿。
 自身の【ギフト】でルッチに変装していたのだ。本物のルッチは、史之の肩を借りながら、たった今地上へ出て来たところだ。
「その辺の障害物や一般人の影にボス・ルッチを入れるのが良いでしょうか?」
 鏡に肩を貸しながら、ライは周囲の様子を見やる。
 その間も、狙撃手の攻撃は止まない。何としてでも、この場で決着をつけるつもりか。
 矢の飛んできた方向へ、銃口を向けたライだが、結局トリガーを引くことは無かった。射程は鉄矢の方が長い。無駄弾を撃って、戦線を混乱させるぐらいなら、盾役を務めた方が幾分かマシだ。
 移動する敵の位置が分からなければ、迎撃に向かうことも出来ない。
 前進も後退も出来ず警戒を続ける中、史之は静かに目を閉じた。
 そんな史之の背に手を触れて、ステラは告げる。
「見つかりますか?」
 応えはない。
 けれど、数秒の後に史之はカッと目を見開くと、小さな声でステラへ何事かを告げる。
「目印を射します!」
 即座にステラはフレアガンを引き抜くと、太陽のある方向へ向け弾丸を撃った。
 それは4階建ての宿屋の屋上付近に着弾すると、辺りに眩い光を散らす。閃光弾を放った直後、自身は両手を前に掲げ魔力の充填を開始。
 狙撃手の移動するであろう方向へ向け、黒き魔力の奔流を放った。

 ルッチの暗殺は失敗した。
 おそらく、地下水道へ仕掛けた仲間は無事だろうか? 任務は失敗だが、せめて生きて帰ってほしいと狙撃手の男はそう考える。
 赤いコートのフードを目深に被りなおすと、ボーガンを構えたままの姿勢で移動を開始。すぐ近くに閃光弾が着弾するが、目を覆うゴーグルが光を遮り難を逃れた。
 身を低くして宿屋の屋根を駆け抜ける。
 隣の家屋へ飛び移ろうとした瞬間、目の前を黒き魔力の砲が通過した。
「っと、危ない」
 跳躍中に撃たれてはひとたまりも無かっただろう。
 功を焦ってタイミングを外したか。
 否……。
「どこの組か、ファミリーかも知らないが、今日は運がなかったと、諦めるといい」
「赤いコートの女の代わりに、てめぇをしょっぴいてやる!」
 木洩れ日のように煌めく金の髪を靡かせ、エクスマリアが屋上へと降り立った。
 さらに、頭上には翼を広げたカイトの姿。
「牽制と……俺をここに釘付けるための策か」
 ここに来て、赤いコートの狙撃手は、ステラの狙いを正しく把握する。
 カイトとエクスマリアの攻撃を捌きながら、どうにか1本の矢を番えた。肩は裂かれ、ゴーグルも割れた。額から流れる血が視界を遮る。
 2人の攻撃を回避しながら、矢を撃てる機会は1度が限度か。
 転がるように宿屋の屋根を滑り降りていく。
 後を追うエクスマリアの斬撃を、鉄板入りのブーツの底で受け止めた。鉄板を残して底が綺麗に削がれたが、脚を失わずに済んだ。
 矢のように飛来するカイトを横目に見やる。
 その翼を見るに、継続した飛行能力を有することは一目瞭然。姿を晒したまま逃げることは不可能に近い。
 ならば、どうするか……。
 迷いは刹那。
 カイトに背を向け、矢を向けた先には今この瞬間、船に乗ろうとしているルッチの姿。
 重傷を負おうと、ルッチさえ仕留め切れれば任務は達成だ。
 無骨な指が、トリガーを絞る。
 弦に弾かれ、飛び出した鉄の矢が空を奔った。
 その矢がルッチの背中を貫く、その刹那……。
「風切り音は消せねぇよな」
 振り返ることもなく。
 縁の刀が鉄矢を空中で両断した。

 撃って来る方向さえわかれば、矢の1本程度、斬り落とすのは簡単だ。
 そして、狙撃手はカイトの槍に貫かれ宿の屋根から転落した。
 これ以上の追撃は無いし、船もたった今、港を出て行った。
 任務は達成だ。
「さて、あっちは……」
 そう言って縁は、宿屋の方へと視線を向ける。
「……なんだ、ありゃ?」
 どういうわけか。
 宿屋の辺りは、白煙に包まれていた。

 転落と同時に、狙撃手は矢の1本をへし折った。
 瞬間、周囲に白煙が撒き散らされる。
 白煙が晴れた時、狙撃手の姿はそこになかった。
 あるのは地面に落ちた血痕と、2人分の足跡だけ。
 血と足跡は海の方へと続いていた。

成否

成功

MVP

橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結
鏡(p3p008705)[重傷]

あとがき

お疲れ様です。
ルッチ&ヘルヴォルは無事に海へ脱出しました。
依頼は成功です。
赤コートの2人組には逃亡されてしまいましたが、深手を負わせることに成功したようです。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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