PandoraPartyProject

シナリオ詳細

楽園より

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●過去
 雪の降る森で、彼は倒れ込んでいた。
 腹には深紅。引きずった跡。助かろうと足掻いては見たけれど、もう助からない、そんなこと、自分が一番わかっていた。
 雪が降る。己の死体は隠されてしまうかも知れない。
 思い残したことはあるだろうか。彼は妙に冴えた頭で考える。

 ――ある。
 ――あのお屋敷に残してきた、身体の弱い女の子。

 冒険譚が大好きで、いつも自分にせがんできた。
 様々な事を話した。宝を探し、罠にかかって走って、目当てのものを手に入れた喜びを話して、何も知らない彼女と分かち合った。
 けれど、ある時些細な事で――幼い彼女には、きっと重大だったのだ――喧嘩別れしてしまった。
 それから、あの門をくぐるのを躊躇い、……そんな自分を叱咤するように、旅に出た。
 またあの子に冒険譚を持って帰りたくて。
 またあの子に聞いて欲しくて。
 涯ない砂漠を。広がる草原を。あらゆるところを歩き、記憶してきた。
 きっとまたあの門をくぐれる日が来る。
 其の時にはあの子も元気になって、少しくらいなら遠い場所に行けるようになっているかもしれないと、希望を抱いていた。
 其れなのに。
 其れなのに、此処で死んでしまう。
 彼女が妖精の国だとしめしたあの場所にもいけずに、死んでしまう。

 悔しいなぁ。
 ……悔しいなぁ。

 俺は、時が解決してくれると信じていたんだ。己の弱さも強さも図らず、そんな事ばかり考えて。
 こんな中途で倒れるなんて、思ってもいなかったんだ。
 なあ、君に謝りたい。
 体の弱い君の分まで見聞きしたことを伝えたい。
 嫌だ。 死にたくない。 嫌だ。

 ――ネーヴェ。君は、今なら許してくれるだろうか。



「ああ、こんにちは」
 君がロブストの領主だよね、と、グレモリー・グレモリー(p3n000074)は振り返る。其の手にはまさに山のような書類。
「は、い。ええと、なにか、御用、でしょう、か」
 白銀の神に、兎の耳。ネーヴェ(p3p007199)が其処にいた。呼び出されて、不思議そうな顔でグレモリーの手に持つ書類を心配そうに見やる。
「大丈夫、です、か?」
「うん、これくらいなら。よいしょ」
 テーブルの上に書類を置くグレモリー。どうやら幻想に生息する植物についてのまとめらしかった。
「いまね、植物に関する大調査が行われているんだ。色々な処に通じている幻想だからね、外来種なんかがあればまとめなくちゃならない」
「外来種、ですか?」
「うん。もし繁殖力の強いものだったら、在来種を駆逐してしまう可能性もあるからね」
「なるほど」
 ネーヴェは得心がいった、と頷く。
「イレギュラーズが行ける場所を増やすと良い事づくめなんだけど、こういう調査も増えて来るのが頭の痛い所だね。で、他の領土の主にも頼んでるんだけど……領内の植物に変化がないか確かめて欲しいんだ」
 これ、記入用の書類と、外来種の特徴リスト。何かあればこっちにメモしてね。
 と、グレモリーが書類の山から数枚紙を抜き出して渡す。
「最近は獣も活発だから、心配なら誰か仲間を募ると良いよ。確か……植物対話とか、あるよね。持っている人がいれば、やりやすいね。忙しい時期かと思うけど、こういう小さな仕事も大切な領主の仕事だ。宜しくね」
「わかり、ました。やってみ、ます」
 ネーヴェは己の領地を思い返す。確か石切り場の近くだとか、西の方に草原と森があったはずだ。あのあたりを調べてみよう。どうせなら、どんな植物が生えているか把握しておく必要があるかもしれない。
「そうだ。君の領――ロブストの辺りでね、獣が死んでるって報告が数件あがっているんだ」
 思い出したようにグレモリーが言った。
「まるで誰かに斬られたような跡だったそうだ。もしかしたら狩人かもしれないけど、念のため気を付けて行ってね」

 そう。其の時はまだ、あんな事になるなんて思いもしなかったのだ。
 だからネーヴェは、静かに頷いた。

 ――冒険っていうのはね、派手なものばかりじゃないんだ。

 そう言ったのは、誰だっただろうか。

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 こちらはネーヴェさんからのリクエストシナリオになります。

●目標
「領土周辺の植物について調査せよ」

●立地など
 幻想内、アーベントロート領の一角に位置するネーヴェさんの領地です。
 西に草原と森、東北部の石切り場近くに林があります。
 植物系のスキルがあると便利かと思います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●うわさ
 周囲に獣が出没するという噂や、
 獣が斃された跡がある、という噂もあります。
 武装していくにこしたことはないでしょう。


 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • 楽園より完了
  • GM名奇古譚
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年10月19日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談8日
  • 参加費200RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
※参加確定済み※
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き

リプレイ


 ――例えば俺が、君を妨げ■悲しませる全てを■斬り伏せたとして
 ――君は赦して■くれるだ■■ろうか
 ――俺が、血に■■まみれ■手で妖精郷に■■■と手を差し伸べたとして
 ――君は■■■■■■■笑ってくれるだろ■■うか■■
 ――俺と、一緒に



「植物の調査かー。うちも花畑があるし、他人事じゃないかも」
 『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)から預かった紙をめくり、呟く。此処はネーヴェの領地の南西部、深い森が鎮座している場所だ。
「でもま、こういうのはお任せあれ! だよ! ばっちり頼れそうな男の人たちもいるしね」
「うん、護衛なら任せて。最近この辺りで獣が狩られてるんだって?」
 『カモミーユの剣』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)が力強く頷いたあと、ネーヴェに向けて心配する視線を送る。
「はい。……報告も、上がってきて、います。何事もなければ……狩人が遭遇したのなら、良いのですが」
「お目に叶わない毛皮だったのかもな? 狩人にも選ぶ権利はあるって事だ」
 『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)がにやりと笑う。
「あるいはアレだ。狩人は実は獣に恨みのあるユーレイで、夜な夜な森を徘徊して、襲い来る獣を見付けたらズンバラリ……とかな!」
「や、やだー! ブライアンさんやめてよ! 怖いー!」
「確かに、其れは……恐ろしい、ですね」
「はっはっは! 冗談だ冗談! 獣同士が争ったのかも知れないぜ? 其れは此処が豊かな証拠だ、悪い事じゃないだろ」
「今度は獣の外来種を捜す……なんて事にならなければいいんだけど」
「お! シャルティエは判ってるねえ。俺が言おうとしたことを先に言われちまった。ま、何があろうとこのパーティはバランスは悪くねえ。ゆっくりいこうや」
 年上らしく皆を先導するブライアンに、3人は続く。

 ――地道な事も、冒険の一歩。

 ネーヴェはいつか彼が言った言葉を思い返していた。ルド様がいまのわたくしを見たら、何て言うかしら。大きくなったねと、褒めて下さるかしら。



「この辺りには物騒なものはなさそうだね」
「だな。安心して植物採集が出来るってもんだ」
「採集じゃないよブライアンさん! 採集するのは情報!」
「おっと、こりゃフランに一本取られちまったな?」
 ははは、と笑いながらも、微かに警戒して歩く一行。
「あ、この植物は初めてみるかも? こんにちは、お話いいかな?」
「ええと……確かに、この辺りに生息するものでは、なさそう、ですね」
 辞典をめくりめくり、ネーヴェが植物を眺める。
 フランは話しかけながら、植物の仔細をスケッチしていく。葉の形や色、香りや手触りまで。其の素早さは流石といったところだろうか。

『あら、こんにちは。貴方達、調べもの? そう。あたし、外から来たの』
「誰かに連れて来られたの?」
『ううん、違うわ。鳥がね、あたしのタネを落としていったのよ。そいであたし、此処に植わる事にしたの。お日様の加減も、雨の具合も、此処はとても良いから』
「そっかー! 元は何処にいたの?」
『何処だったかしらねえ……あたし、ほら、タネだったから。わかんないのよね』
「あ、そうだね、そうだよねえ」

 流暢に植物と対話していくフランを、シャルティエは興味深そうに見つめていた。自分にも何か判りやしないか、と集中してみるけれど、ちっとも植物の気持ちは判らない。
「はあ……植物の気持ちは難しいですね……」
「女心と秋の空って奴だ。や、冗談だけどよ」
「まあ。ブレイズ様ったら、ふふ」
「おやおや、笑われちまった。ネーヴェはどうだ? 辞典では見つかったか?」
「あ、はい。海洋の種みたい、です。繁殖力は、それほど強くはない、みたいで」
「ならここら辺の植物を侵食する事もなさそうだね」
「一応確認するけどよ、繁殖力の高い外来種だった時はどうすんだ? 引っこ抜くのか?」
「……そうするのが、一番、かと。大丈夫です。抜いて頂ければ、わたくしが、屋敷で世話を」
 ブライアンの問いにネーヴェが頷く。突然引っこ抜いて捨てるのは、何も知らず植わっている植物に失礼だから、と。

 一方フランは、植物の話に付き合わされていた。
『って事が……ああ、そういえば、最近この辺りでケモノが死んでるのよ』
「あれ、知ってるの?」
『森が言ってるわ。あたし達は血を浴びて良い迷惑よ。ニンゲンにもやって良い事と悪い事があるわよねえ』
「……人間が斬ってるの?」
『ええ。まさに此処でも獣が斬られた事があってね。背の高い良い男だったけど、趣味が悪いったらありゃしない。血も浴びちゃったし。あたしだったらあんな男はごめんだけど……何が目的なのかしらねエ』
「……そ、っか」
『あんた達も気を付けなよ? 今回はあたし達の調査なんだろうけど、運命や偶然、悪意ってのは無防備な人間をいとも容易く渦の中に呑み込んでしまうのよ』
「うん、そうする。ありがとね」
『ああそうだ。森をもう少し奥に行ったところに新入りがいるって聞いたわ。その子にも話を聞いてみると良いわ』
「ほんと? ありがとう!」

「皆、お待たせー!」
「長話だったなあ。おばちゃん草に捕まったか?」
 ニヤつくブライアンに、まさにそうだよ、とフランは肩を竦めて、ある程度かいつまんで聞いた事を話す。まさに此処でも獣が斬られる事件があった事や、森の奥に“新入り”がいるという事。
 知らず表情が険しくなる3人。
「……背の高い男。危ないな」
「なんか一気にキナ臭くなってきたなァ。のんびり仕事しようと思ってたところにこれとは」
「申し訳ありません、植物調査が、こんな……」
「ネーヴェさんが謝る事じゃないよ! 獣を斬ってる人が全部悪い! 事と次第によってはまた別途調べることになりそうだけど、ほら、今日は外来種の調査でしょ? がんばろ?」
「そうです、ネーヴェさん。何かあったら僕やブライアンさんもいます」
「……はい」
「何かあっても大丈夫だ、安心しな嬢ちゃん。其れに、まだユーレイって可能性も捨てきれないぜ? 何しろ証人は植物だからな、ヒュードロロって出てきたユーレイも人間だって思っちまうかも知れないだろ?」
 両手を胸の前に持ってきて、どろろ、と舌を出して見せるブライアン。
 そのおどけた仕草を見て、ネーヴェは笑顔を取り戻した。くすくすと笑い、はい、と笑い交じりに頷く。



 其の後もブライアンとシャルティエが広域俯瞰で周囲を伺い、フランが植物と対話、ネーヴェは辞典をめくりめくり、植物の詳細を調べる……という事が続いた。
 植物たちは言う。『新入りは、奥にいるわ』。
 調べてみれば海洋や深緑から鳥によって運ばれた植物が多く散見された。繁殖力の高いものはおらず、ネーヴェが案じていた“保護”の対象になりそうなものはいないように見受けられた。
 このまま平和に植物調査は終わると――思っていたのだが。
 さあ次へ行こう、とシャルティエとブライアンが広域俯瞰で周囲を探ったとき、異変は起こった。
「――ブライアンさん」
「ああ。嬢ちゃんたち、何かいるぜ」
「え? 何が?」
「この気配は……獣か?」
「もう一つ気配がある。これは……人間だな。獣に近付いて行ってる」
 其れを聞いた途端、ネーヴェはいてもたってもいられなくなって、駆け出していた。
「ネーヴェさん!?」
 フランの制止の声を置き去りに、辞典を片手に走り出していた。

 ――わたくしは
 ――もう何も、失わない
 ――失わせない
 ――わたくしの手の届く範囲の、誰にも、何にも

 人影と獣が見えた瞬間、どちらが何かなど構わず、斬神空波と共に駆けこんでいた。
 空を斬る刃が2体の間に割り込んで、距離を詰めようとしていた人間が仰け反る。どちらが味方か判らないが、獣を庇うように割り込んだネーヴェの目に映った人物は。
 人物は――嗚呼。

 セピア色をしていた。
 其れは、思い出としてセピア色に閉じ込めた筈だった。
 はしばみ色の髪も、穏やかに笑う貌も、セピア色にして、心の小箱に押し込めた筈だったのだ。

「ああ」

 其の男は、嬉しそうに目を細めた。片手に抜身の剣を持って。

「久しぶりだね、ネーヴェ」

 ――男の名は、ルドラス、といった。



「ネーヴェさん!」
 最初に声を上げたのはフラン。先に動いたのはブライアンだった。戦場で培ってきた勘が、“この男は危険だ”と警鐘を鳴らしている。
 シャルティエに目配せをして走り、ネーヴェの前にいる男目掛けてフェイク交じりの連撃を仕掛ける。
「おっと」
 男は頑健なブライアンの一撃を受けても揺らぎもしない。が、視線をブライアンに移した其の隙を逃さず、ネーヴェの前にシャルティエが走り込んだ。
「クラリウス様」
「動かないで下さい、ネーヴェさん!」
「わんちゃん、もう大丈夫だよ! 逃げて!」
 声を上げたのはフラン。獣に声をかけると、ネーヴェとシャルティエに護られ、尻尾を足に挟んでなお唸り声を上げていた憐れな獣は一目散に背後の斜面を登り、森へと逃げていく。
 シャルティエはネーヴェを護るままじりじりと男から距離を取る。フランがネーヴェに駆け寄り、怪我をしていないかさっと目視する。大丈夫だ。取り返しのつかない事態にはなっていないようだった。
「……折角の再会なんだ。もう少し彼女と話をさせてくれないか?」
「話をしたいために獣を斬ってたのか? 臭うんだよ、お前の剣は。人間も獣も斬ってきた臭いがプンプンしやがる」
「……そんな、」
 ふらついたネーヴェを、慌ててフランが支える。
「大丈夫? あの人、知り合いなの?」
「……ルド様は、……わたくしの、知り合い、で、でも、でも、……どうして」
 どうして、目が合うと背筋がぞわりと冷えるのだろう。
 あんな雰囲気を纏う方じゃなかった。獣を斬って弄ぶような方じゃなかった。いつだって優しくて、冒険譚は希望に満ちていて、血腥い話なんてした事のない方だったのに。

 どうして、わたくしは……再会した喜びよりも、強い恐怖を覚えているのだろう?

 其れはフランも同じだった。
 シェルティエとブライアンが感じ得ない感覚。相手を見るだけでぞわりと総毛立つような恐怖。これまで幾度となく相まみえてきた敵――魔種であると、心のどこかで確信を持っていた。
 4人じゃ勝てっこない。時間は稼げても、助けを呼ぶ頼りがない。

「ネーヴェ、すっかり元気になったんだね。走ってきたときは転ばないかと心配したけど、安心したよ」
「……」
 ブライアンとシャルティエが、後ろの二人に合わせるように後退する。どうやら一方的な知り合いという訳ではなさそうだったからだ。会話を邪魔して激昂されてはたまらない。
「ルド様、……わたし、」
「ああ、良いんだ。“謝りたいのは俺の方なんだよ”。君の気持ちも知らずに、君の身体を一番に考えてあの時、冒険の話を台無しにしてしまった。あの時、君を抱えてでも連れて行くべきだったんだ」
「――え?」
「俺なら君を護れる。抱えて連れ去ってでも、君に外の世界を見せてあげるべきだった。あれは俺の怠惰だ。君のご両親には悪いけれど、新しい経験を出来ると思えばきっと喜んで貰える筈だったのに」

 ――ズレている。
 ――何かが決定的に、ズレている。其れは倫理だとか、人としての箍だとか、そう呼ばれるもので……つまり、ルドラスの言葉はどうしようもなく、狂っていた。

「いつかなんて待っている場合じゃなかったんだ。人間はいつ何処で何が起こるか判らない。だけど、もう大丈夫。君は走れるし、歩けるし、戦える。なら、さあ、一緒に行こう。今ならきっと、あの妖精の郷にだっていける」
 ルドラスが一歩踏み出す。其れをシャルティエが止め、ブライアンが構える。
 妖精の郷。フランはぞわぞわと恐怖と狂気がざわめくのを心中で必死に止めていた。まさか、まさか、まさか。やめて、来ないで。叫びだしたい、けれど叫んだらきっと、戻れなくなる。

 ルドラスが動いた。其の剣でまずはブライアンに斬りかかる。まるで研ぎに研ぎ澄ましたような剣の一撃は、ブライアンの腕の肉をいともたやすく切り裂いていく。
「――ッ!」
「君たちは邪魔だな。冒険に出るのは俺とネーヴェだけで良い。ネーヴェを置いて退いてくれないか? そうしたら、俺はこの辺りには近付かないと誓うよ」
「ネーヴェさんを連れ去るだなんて、そんな事させると思うか!?」
 ルドラスを食い止めるシャルティエがシールドでしたたかに彼を打ち付ける。

 やめて。
 ネーヴェは叫びだしたかった。大切な人たちが、相争っている。でも、ネーヴェも心の底では気付いている。彼はもう戻れない深淵にいるのだと。ルドラスは――“裏返って”しまったんだと。
 セピア色の優しい思い出に、罅が入る。あの頃の優しいルド様はもういない。目の前にいるのは魔種ルドラス。斃さねばならない邪悪の煮凝り。ああ、でも、ネーヴェと呼ぶ声は余りにも思い出と同じで。

「君たちは、本当に……邪魔だな」

 ルドラスの表情が冷たくなる。
 剣を振り上げた、其の時。

「ルド様、やめてください!」
「みんな、退こう!!」

 2人が声を上げたのは同時だった。
 動きを止めるルドラスと、すぐさま後退を始めるシャルティエとブライアン。ルドラスは一歩踏み出して其れを追いかけようとするけれども、咄嗟にフランが前衛二人の影から放った衝撃によって吹き飛ばされた。
「ルド様!」
 悲鳴がネーヴェの喉から漏れる。何も言わず、ブライアンが傷付いた腕でネーヴェを担いだ。
「行くぜ、フランの嬢ちゃん! 急げ!」
「判ってる! 取り敢えず森の外へ行こう!」
「ルド様……! どうして……!」
「……っ」



「……ルド様は、わたくしがまだ小さかった頃の知り合いです」
 森の外。
 ルド様、と呼ばれていた魔種について、ぽつりぽつりとネーヴェが話し始めた。ブライアンはフランの治療を受けている。
「(この傷、呪いが付いてる)」
 呪いや毒の類を剥がすのはフランの十八番なので問題ないが、判断を誤ってあのまま戦っていたら、呪いや傷によってブライアンが斃れるのは時間の問題だっただろう。
「体の弱かったわたくしに、冒険譚を聞かせてくれました。けれど、ある時……わたくしが、我儘をいったばっかりに、……ルド様は、去ってしまわれました」
「……」
 シャルティエは旅人で、呼び声を知らぬ。だから、フランとネーヴェの心の奥底をまだ揺さぶっている恐怖に共感できない。けれど何か出来る事を、と、ネーヴェの背中を優しくさする。
「あれから、ずっと捜して、いたのに……まさか、こんな形で……」
「……大切な人、だったんですね」
 シャルティエの言葉に迷いなくこくりと頷くネーヴェ。
「ある意味……俺の言った事が現実になっちまったな。ま、ユーレイではなかったけどよ」
 ブライアンが呟く。じくじくと痛む腕。迷いのない切り口。間違いない、獣を斬っていたのはあいつだろう。
「だが、目的がわかんねえな。何のためにネーヴェの領地で獣を斬ってたんだ?」
「其れは……」
 ネーヴェも押し黙ってしまった。判りかねる、といった様子である。
「……何にせよ、ネーヴェさんはこれから気を付けた方が良いね。あの人、殆どネーヴェさんにしか話しかけてなかったし。ハイ終わり!」
「いッッてえ!! フラン! お前な! いま治したばかりなんだから痛いのは残ってるんだっつーの!」
 ぺちーん、とフランが治した傷口を叩き、ブライアンが文句を言う。実際はちょっぴりの痛みだけれど、少しでも場の空気が明るくなればと大袈裟に声を上げる。
「……暫くは、僕が護衛につきます」
「クラリウス様」
「あのルドラスという男が森から領地に入ってこないとも限りません。ネーヴェさん。彼はもう、貴方の知ってる彼ではないんです」
 本当は、そんな言葉聞きたくなかった。
 ネーヴェの知っているルドラスは、優しくて、ユーモアがあって、……でも、現実は受け入れないといけなくて。
 あの冷たい声色の主が、今の彼なんだって。
 ……だからネーヴェは、判りました、というしかなかった。何より、面影に惹かれてついていってしまいそうな自分が怖かったから。其れを誰かに止めて貰いたかったから。

 ――沈黙が一同を包む。
 目的は見えるのに、手段が不明瞭な不気味な魔種。かつての面影。
 抜けるような青空に、雲がかかり始めていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

リクエストありがとうございました。
怠惰の魔種ルドラス。彼は怠惰である。故に。
ご参加ありがとうございました!

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