シナリオ詳細
<大樹の嘆き>美しき氷柱監獄
オープニング
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シルフィナは駆ける。主の命令に忠実なるままに。
男は走る。その命を繋がんとするために。
シルフィナが、前方を走る男への「奉仕」を主によって命じられたのは昨日のことだ。
裏社会の掟を破り秩序を乱す「無法者」を丁重にお迎えし、永久にお静かにして頂くためにご奉仕するメイド……R.O.Oではこれがシルフィナの「本来の姿」である。
男が何をしたかなどという細かなことはどうでもいい。少なくとも「乱してはいけない秩序を乱した」ことは間違いなく、シルフィナが彼を追う理由はそれだけで十分だ。
本来なら、静寂の中で、人知れず、そう……無法者本人でさえ何が起こったのか分からないうちに全てを終える筈だった。実際に、これまで彼女は何度もそうして完璧な奉仕を達成してきた。
しかし、今回のターゲットは恐ろしく勘の鋭い男だったようで、何者かが己の命を脅かそうとしていることに気付き間一髪のところで逃走を図ったのだ。
故にシルフィナは巻き上がる砂煙をものともせず全速力で男を追っていた。
どれ程走っていただろう。
男はとにかく無我夢中で、前方に道がある限りひたすらに走り続けてきたせいでここがどこだかさっぱり分からない。
分からないが、何となく「来てはいけない所に来てしまった」ということだけは感じる。
一方、男を追うシルフィナの頭の中ではそれより少し前から警鐘が鳴り響いていた。
いつしか足元は砂地ではなくなり、砂煙も上がらなくなり、代わりに豊かな草花が生い茂るようになっていた。
見渡せば緑の葉を付けた木々が広範に生息している。
そうだ、ここは翡翠国境線の迷宮森林……逃走に夢中になっていた男は知らず知らずのうちにこの排他的な森に迷い込み、それを追ってきたシルフィナも男を逃すわけにいかず足を踏み入れざるを得なかったのだ。
だが、気のせいだろうか……数多の生命が息吹いているというのに、迷宮森林の中は不気味すぎるほど静寂に満ちていた。
その静けさは、まるで研ぎ澄まされた殺気のようにさえ思える。
男よりもひと足先にその「異常」に気付いたシルフィナが警戒心を強めて姿勢を低くした、その時。
「余所者には、死、あるのみ!」
「余所者には、死、あるのみ!」
「余所者には、死、あるのみ!」
不穏な台詞が飛び交い、びゅうっと冷たい風の吹くような音がしたかと思うと、身を潜めていたシルフィナの眼前にどさっと何かが放られる。
それが完全に凍結した人体であることにシルフィナが気付くまでは刹那もかからなかった。
あまりに一瞬のそれは暗殺の手際としては見習いたい部分もあるが、そんな悠長に構えていられるほど呑気な状況でないことはシルフィナも分かっている。
この氷像はここまで追跡してきた男で間違いはなく、その死も疑いようがない。
己が手を下したわけではないが、主にはターゲットの死をきちんと報告し、安心してもらわなければ。
そのためにもこの危険な森林を一刻も早く抜け出さなければいけないのだが……。
「余所者には、死、あるのみ!」
「余所者には、死、あるのみ!」
「余所者には、死、あるのみ!」
強烈な冷気が問答無用にシルフィナを襲う。
冷気の主はどうやら水を扱う聖霊たちのようだが、この冷気だけでああも瞬間的に人を氷像になど出来るものだろうか。
疑問を抱きながらシルフィナが視線を遠くに投げると、精霊たちの背後から白く巨大な鹿のような獣が咆哮を上げた。
「森を汚し自然を絶やさんとする外道めが! 我らが翡翠の聖なる森に汚い土足で踏み込んだが最後、二度と帰れると思うな!」
巨大な鹿は妖艶ながらも腹の底に響くような声でシルフィナにそう言い放ち、全身の短い毛を逆立てる。
すると、精霊たちが出す冷気が鹿の周囲で何本もの氷柱に姿を変えた。
直後、鹿はシルフィナの退路を断つように氷柱を飛ばし、じわりじわりとシルフィナとの距離を詰める。その光景は、さながら氷の牢獄に閉じ込められた獲物と、それを狩ろうとする獣のようでもあった。
翡翠が余所者に対して強い排他的意識を持っていることはシルフィナも知っているが、問答無用に命を奪うほど攻撃的だと聞いたことはない。
明らかに何かがおかしいと思うシルフィナのこめかみを、冷や汗が流れ落ちる。
●
翡翠国境線での異変は、突如発生したクエスト『大樹の嘆き』としてイレギュラーズたちの知るところとなる。
翡翠方面のサクラメントが一斉に停止、翡翠への直接転移が出来なくなったばかりでなく、R.O.O内でも伝承や砂嵐の商人らが翡翠に入れないという事態に陥ったのだ。恐らく、翡翠の国境線が封鎖されたのだろう。
元々余所者に対して過激なまでの排他主義国家である翡翠が鎖国政策を取ること自体はそこまで不思議なことではない……が、これほど徹底して、しかも唐突に行われているのはおかしい。
何らかの異常事態が翡翠の内部で発生したと考えるのが自然だろう。
翡翠で一体何が起こっているというのか?
偶然にも凍結を免れたサクラメントから翡翠国境線付近に転移したイレギュラーズたちは、早速この緊急クエスト『大樹の嘆き』に挑むのだった。
- <大樹の嘆き>美しき氷柱監獄完了
- GM名北織 翼
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「余所者には、死、あるのみ!」
狂気を孕んだ威厳に後退りするシルフィナ。彼女の背中がひんやりとした氷柱にとんと当たる。
立ち並ぶ氷柱は、酷薄な美しさを醸していた……。
その頃。
(一体翡翠で何が起こっているのでしょうか。何か情報を掴めるといいのですが……)
『剣士』エリス(p3x007830)は、葉や草の揺れに目を凝らし、不審な物音がしないかと辺りを確認しながら進む。
エリスの隣では、
(こうも静かすぎると却って不気味だ。だが、逆にこれだけ静かなら、敵が動けば聞こえる筈だ)
と、『アルコ空団“路を聴く者”』アズハ(p3x009471)が音という側面からこの森の状況把握に努めていた。
「早く見つけてあげないと……頼んだよ!」
アレクシア(p3x004630)は、シルフィナの居場所を探し当てようと召喚した鳥を飛ばす。
空中を飛びながら鳥が目にする光景を地上で感じ取るアレクシアは、人が森の中を駆けた痕跡を探しながら、仲間たちと同様に周囲に耳を欹てた。
(現実世界の深緑でも似たような部分はあるけれど、ここではそれがより強い形で出てるのかな……)
そうしてシルフィナを探す彼女の肌は、森全体に「怒り」の感情が溢れていることを感じ取る。
森に漂う怒りは召喚したサメ姿の精霊から『天真爛漫』スティア(p3x001034)にも伝えられた。
(何が起こっているかはまだ分からないけど、少なくとも悪戯に木々を傷付けるのは良くないってことは分かるかな……十分に注意していかないとね!)
「いきなり襲ってこないか草木の陰とかよく確認してね。シルフィナさんがいたら教えて」
スティアはサメ精霊を飛ばし周囲の警戒とシルフィナ捜索を託す。
「ん? 向こうで何か鈍い音がした」
アズハの一言に『仮想世界の冒険者』カノン(p3x008357)が反応する。
「きっとシルフィナさんですよ! 急ぎましょう!」
神の啓示かと思うほどのカノンのひらめきは伊達ではない。
そして、そこにスティアのサメ精霊が慌てた様子で帰ってきたとなれば確実と言っていい。
「案内して!」
アレクシアは再び鳥を飛ばし、鳥の視界から得た情報を元に仲間たちと共に走り出した。
カノンは走りながらも自身の知識と経験をフル活用し、シルフィナに繋がる何かを探す。
すると、程なくして森の中に異様に際立つ氷柱群が見えてきた。
「さっきの音は、あの氷柱に何かがぶつかる音だったようだな」
「間違いないですよ! ここまで氷の欠片が飛んできてます、ほら!」
何かと目敏く見つける冒険者カノン、獣道の端草に埋もれる小さな氷片も見逃さない。
「……ということは、救出対象はこの向こう側ね」
(吹雪ぶらすたー!)
『氷神』吹雪(p3x004727)は寸暇の躊躇も見せずに圧縮冷気を氷柱に叩きつける。
氷牢のような氷柱群に亀裂が走り、砕けた氷柱の合間から見えるメイド服姿の女性。彼女こそ「こちらの世界の」シルフィナだ。
スティアは素早くシルフィナの前に割り込み、吹雪はシルフィナにそっと声を掛ける。
「大丈夫かしら? 助けに来たわよ」
「……助けに、ですか?」
帰らぬシルフィナを心配し主が雇ったのか、それとも何者かの罠か……シルフィナは猜疑心を捨てきれない面持ちで吹雪を見つめるが、その僅かな隙に
「余所者には、死、あるのみ!」
と、鹿と精霊が大量の氷つぶてを飛ばしてきた。
「シルフィナさん、そのまま動かないで!」
スティアは堅固な防御の構えでシルフィナを背にしながら氷つぶての打撃に耐える。
「っと、確かにだいぶ排他的とは聞いていたけれど、これは流石にやり過ぎよね? でも、落ち着いて考えている余裕もなさそうね」
吹雪がぼやくや否や、今度は精霊が数体でシルフィナに迫る。
しかし、スティアが
「私のこと、忘れてないかな?」
と精霊たちの視界に滑り込んだ。
抜いた二刀がシルフィナへの執着心を断つように閃き、精霊たちが投げた氷塊はコントロールを失い木に当たって精霊にはね返される。
「シルフィナさん、ここを切り抜けるために息を合わせよう!」
スティアはシルフィナ動きに合わせ「盾」として同行を始めた。
一方、『機械仕掛けのメイド』アインス(p3x007508)は、シルフィナの姿を視界の端に捉えつつさりげなく彼女を守るように位置取る。
こちらの世界のシルフィナも現実混沌のシルフィナと瓜二つで、アインスにとってはまさに「私」だ。
目の前に自分がいて、でもそれは本来の自分とは違う存在で……それでもアインスの本能は「彼女を、『私』を助けたい」と強く訴え、アインスは本能の叫びに静かに従う。
「これはもう……歓迎されてないってレベルじゃないな。余所者とはいえ、赤の他人にいきなり殺意を向けるのは尋常じゃない」
アズハは一度顰めた顔を小さく振って思考を切り替え、シルフィナを狙う精霊に攻撃することで精霊たちの意識を自身に向けさせようとする。
「全くですよ。これじゃ話を聞いてくれそうにありませんね……この戦いの方がだいぶ森を荒らしていると思うんですけどねっ」
カノンは精霊たちから大きく距離を取り、自身の力を高めて魔法を発動させた。
どんよりとした気配が高速で飛び回る精霊たちに纏わり付く。
「森を荒らすことなろうとも余所者を始末しないと気が済まないなら、俺たちが相手をしよう」
言うなりアズハは数体の精霊を射程に捉えてに連撃を入れた。
カノンの魔法に手足を引っぱられるような感覚に陥った精霊はアズハの痛打を食らい、出鼻を挫かれたかのように空中を後退りする。
●
「なぜそこまで余所者を排斥しようとするの! いくら何でも極端すぎるでしょう!」
アレクシアは眦をつり上げ言い放つと、精霊たちの最奥に立つ鹿のような獣へと立ち向かう。
付近の精霊たちがアレクシアの死角に回り込み冷気を浴びせようとするが、上空を飛ぶ鳥の視界を得ているアレクシアはそれを避け、鹿に肉薄した。
「黙れ! 『大樹の嘆き』を招きし余所者が!」
アレクシアの重厚な雲を突き破らんとする鹿の強固な氷塊。
一人と一頭の衝突は嵐を呼ぶ黒雲が電撃を纏う様を彷彿とさせたが、やがて砕けた氷塊はアレクシアを直撃し、うねる雲は鹿を吹き飛ばした。
(余所者が「大樹の嘆き」を招いたって、どういうことだろう?)
激昂している鹿から真っ当な言葉は返ってこないだろうと踏んでいたが、意外にも森の異変に繋がりそうな一言が聞けたのは幸運だったかもしれない。
(あとは、私たちが侵略者にならないように気を付けながら戦わないとね……)
周囲を気にするアレクシアの前で、吹雪が辺りの空間を凍結させるかのように術を施す。
「さぁ、これで周囲を気にしなくても大丈夫よ」
吹雪の術の後、スティアが飛んできた氷つぶてを咄嗟に弾いたが、それを食らった木も彼女が踏みしめた草もまるで傷んでいない。
術が上手く作用したことを確認した吹雪は、近くで構える精霊に話しかけてみた。
「私たちはこの子を連れ戻しに来ただけで、森を荒らしたりするつもりはないわ。あなたたちと戦いたくもないし、このまま帰らせてもらえると助かるのだけれど……」
「余所者、余所者」
「余所者には、死、あるのみ!」
呪詛のようにも聞こえる精霊たちの答えに、吹雪は
(話を聞いてもらえそうにないわね……)
と肩を落としたものの、すぐに気持ちを切り替え、
「気は進まないけれど、大人しくなってもらうしかないかしら」
と圧縮冷気を繰り出す。
冷気を扱う精霊が更なる冷気に呑まれて身悶えするが、まだ動ける精霊は周囲に多く、吹雪に攻撃の構えを見せた。
すると、上空から無数の球雷が雷鳴とともに立て続けに直下し、精霊たちを痛めつける。
「癒しも排他性も正しい感情の動き。ニアサーは排他性そのものを否定はしません。ですが――」
雷鳴の合間に聞こえる怒気を孕んだ声、それは天からの粛清を告げる天使のように舞う『Dirty Angel』ニアサー(p3x000323)のものだった。
「――この世界は虚数のサンドイッチ。本当の意味での余所者なんていません。何で君たちはそれが分からないんですか!」
球雷に当たり一瞬我を失った精霊たちが同士討ち状態になる中、
「余所者には、死、あるのみ!」
と一体の精霊がシルフィナに手を突き出し、冷気を噴射する。
その様子にアインスははっとするも、幸いにもシルフィナのすぐ傍にはスティアがいた。
スティアの左手が素早く空を切ったかと思いきや、精霊は舞い散る氷の花弁とともにふらふらと着地し傷口を押さえる。
●
シルフィナが危機を脱して安堵するのも束の間、今度は別の精霊が次々と水泡を生み出し、ちょうどシルフィナに視線の向いていたアインスに飛ばした。
更にまた別の精霊たちが回り込み、互いの冷気を練り合わせて作った水のベールをアインスの頭上背後から叩き落とす。
自身に施した術のおかげでいつもより素早い身のこなしが出来るアインスは辛うじて急所直撃を逃れるが、体勢を崩しすぐには動けない。
すると、空中を飛び交っていたニアサーが両手を突き出した。
「君たちの相手はこのニアサーです!」
空を彷徨う雷雲が決して止まり続けないように、ニアサーも止まらない。
小枝の先が頬を掠めても、風圧で木の葉がざわめいても、吹雪の術があれば容易く森が荒れることはない。
「森が怒ってる、奴は余所者」
「余所者には、死、あるのみ!」
ニアサーの動きに怒りと苛立ちを覚えた精霊たちは、水滴を弾丸のように飛ばして反撃する。
あからさまな殺意とともにニアサーに放たれる水の弾丸。
それを妨害しようとアズハは身を空中に浮かせ、上空か一発、更に一発と連撃を繰り出す。
一方、エリスと吹雪も数体の精霊を相手に戦っていた。
吹雪の圧縮冷気を何度か食らい既に弱り始めていた精霊だが、それでも水を矢のようにして飛ばすと、吹雪はそれを球形に凍結させて殺傷力を削ぐ。
威力を落としながらも吹雪に迫る氷球を見たエリスは、すかさず吹雪を庇うようにして立ち剣を構え、その身に氷球を受けた。そして、一歩踏ん張りそこから反撃に出る。
エリスの一撃が精霊の肩に打ち下ろされ、精霊は地面にへたり込んだ。
精霊たちはまだ「余所者」に牙を剥く。
冷気の突風を繰り出し、これに体を持っていかれた吹雪に今度こそ水の矢が刺さった。
すると、そこに可憐な花弁が舞い落ちる。
直後に閃光が迸るように見えたのは、スティアが放った流麗な連撃。
(ここまで問答無用に殺しにくるなんて……何かに操られているのかな?)
精霊に刃を向けながらスティアは注意深くその挙動や表情を観察するが、操られている気配は感じられない。
イレギュラーズたちの猛攻で、動ける精霊の数は随分と減っている。
スティアの動きに合わせるように、ニアサーは身を翻し一気に間合いを制して鮮麗苛烈な斬撃を入れた。
継戦困難なほどの傷を負った精霊に今度はスティアの回避不能の一撃が炸裂、精霊は地面に叩き落とされる。
戦意を喪失し呻く精霊たちに、スティアは打って変わって穏やかに、そして前向きに話しかけた。
「どうして余所者を追い出そうとしているの? もし何か困ってるなら、その原因が分かればお手伝いできるかもしれないよ。だから、せめて話だけでも聞かせてもらえると嬉しいな。今森で何が起こっているのか……教えてもらえないかな?」
「……」
倒れた精霊たちは互いに視線を通わせた後、スティアを冷ややかに見つめるが……。
「翡翠の自然が荒らされてから、『大樹の嘆き』が出てきた」
「きっと余所者が自然を荒らしたに違いない。だから余所者はダメ」
精霊たちの答えにスティアは僅かに目を見開く。
「『大樹の嘆き』……? それは生き物なの? 何かの現象?」
スティアの問いに精霊たちはかぶりを振る。
「あれが何かは分からない。精霊にも、魔物にも見える」
冷たい視線は排他的な性分を改められないここの精霊たちの性ゆえだろうが、これまでのようなあからさまな「敵意」がなりをひそめたのは間違いない。
●
精霊たちの姿が見られなくなり、鹿の瞳がめらりと燃えた。
「これ以上余所者に我らの森を害されてたまるか!」
鹿は咆哮を上げ大きく息を吸い込むと、イレギュラーズに対し怒号とともに真っ白い霧のような息を吐き出す。
冷気かと身構えたが、気味が悪いほどにそれは生温かい。
霧に包まれた途端、アレクシアは目眩を覚えた。
鹿が吐き出したのは毒のようで、既に辺り一帯に立ちこめている。
致死性の高い毒ではなさそうだが、戦いが長引けば全員やがて森の肥やしになるに違いない。
「俺たちはそっちを殺すつもりじゃないのにな」
アズハは毒に耐えながら滑空して鹿との間合いをはかると、ひと当てして更に二連撃を叩き込んだ。
「これ以上みんなには絶対に手を出させないからね! どうしてもって言うなら――」
アズハの猛撃で鹿が僅かに体勢を崩すと、アレクシアは地を蹴る。
「――まずは私から倒してみなさい!」
上空では、召喚した鳥が木々の位置を捉えアレクシアの視界に届けてくれる。 アレクシアは守りを固めつつ、しかし森の木々を傷付けたり間違っても盾にしたりなどしないよう気を配りながら渾身の一撃を繰り出した。
不退転のアレクシアに鹿は更なる怒りと脅威を覚え、
「貴様ら余所者がこの森を汚した! 故に『あのようなもの』が生まれたのだ!」
と声を荒げながら前足を振り上げ爪を立てる。
「『あのようなもの』って、『大樹の嘆き』のことだよね? どういうことなの? 一体何が起こってるの!?」
張り上げられた声と攻撃の応酬が続き、いつしか鹿の角は折れ、美しい毛は血に染まっていた。
(鹿さんのやってることは過激だけど、それでも死なせるわけにはいかないよ!)
アレクシアは得物を持ち直し構えを変える。
煌めく天を穿つが如く射掛けられた矢は鹿の腹の横を掠め、続けて飛び出したもう一矢は太腿に突き刺さった。
「余所者が我ら翡翠の自然を荒らさなければあのような異形の者は生まれなかったものを!」
鹿が怒りのままに突き出した氷の爪は、アレクシアを深く抉る。
アレクシアの攻撃で痛手を負った鹿は、大地に踏ん張った。
金色の靄のようものが鹿の四肢にまとわりつき、傷が徐々に癒えていく。
「森は我の味方、森は貴様たちを拒んでいる」
傷の癒えた鹿は槍のように細い氷柱を何本も形成すると、残りのイレギュラーズたち目がけ多方向に射出した。
しかし、アインスはこれを躱して反撃に出る。
鹿に一気に肉薄すると、
「戯れが過ぎます」
と鹿の顔に痛烈な平手打ちを見舞った。
「我を愚弄するか! 許さぬ!」
アインスは凄まじい蹴撃を受け後方に飛ばされるが、鹿の注意は完全に彼女に向いており、アインスとすれ違うようにカノンの魔法が弾幕となって後方から鹿に押し寄せる。
蹴りを食らった上に毒が回りいよいよ消えゆくアインスとシルフィナの目が合った。
自身が追い込まれても狼狽を見せなかったシルフィナの瞳は、なぜか揺れていた。
アインスは微かに口元に笑みを忍ばせる。
「気にしないで下さい、生きていて……ほしいだけですから」
いくら「私」でも、会っていきなり友達になんて……そんなの無理。でも……生きていればきっとまた会える。
「どうか、無事に帰って下さい……」
一方、カノンの弾幕を氷壁を展開して辛うじて凌いだようにも見えた鹿だが、カノンの弾幕は一度に止まらない。
「退く気がないなら、今少し眠っていてもらいましょう!」
立て続けに襲い掛かる怒濤の弾幕に、氷壁はひびを走らせた後瓦解する。
上空からはアズハの連続攻撃が降り、鹿は耐えきれずよろよろと後退るとまたも大地を踏みしめるような素振りを見せた。
しかし、二度と植物の力を借りさせまいとエリスが踏み込む。
一度、そしてもう一度とエリスが剣閃を走らせたところで吹雪の強烈な圧縮冷気が鹿を包み込む。
「うぐぅ……」
鹿は食いしばった顎の横から涎を垂らし、苦悶の表情を浮かべながら遂に横倒れた。
●
精霊たちに続き鹿が攻撃を止めた隙に、アズハは皆とシルフィナに
「相手の命は取っていない。だからいつまた敵意を向けてくるか分からない。すぐにここを出よう」
と声を掛け、撤退を急がせる。
「ええ、そうよね。すぐに追いつくから、先に行ってちょうだいな」
吹雪は倒れている鹿の前足に折れた小枝を副木にして当てた。
精霊たちにも大きめの木の葉を包帯代わりにして巻いてやる。
「大したことは出来ないけれど、何もしないよりはましでしょう」
「貴様らがここで何をしようと、『大樹の嘆き』は去らぬ……」
鹿が呻き声の中に漏らした言葉はやはり余所者に対して否定的なものであったが、少なくとも吹雪たちへの殺気はもう感じられなかった。
「その『大樹の嘆き』が翡翠に現れた『異変』のようね。それを聞いた以上……ごめんなさいね、もうここに来ないとは言えないわ。けれど、私たちには森を荒らす気は本当にないの。だから、その時は許してくれると嬉しいわ」
吹雪はそう言い残すと、踵を返し仲間たちを追う。
「お助け下さり、ありがとうございました」
森を抜けたシルフィナは一言礼を述べると、洗練された所作で一礼して駆け去っていく。
その迷いのない足取りを見ていれば、彼女が無事に主の元に帰れるであろうことは容易に想像出来た。
しかしながら『大樹の嘆き』とは一体何なのか。
翡翠の自然が何者かによって荒らされ、それが異形の者を生み出したことは精霊や鹿の言葉から分かったが……。
シルフィナの背中が小さくなり、やがて見えなくなる。
イレギュラーズたちは、翡翠の異変に様々な予感を抱きながら森を後にした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
マスターの北織です。
この度はシナリオ「<大樹の嘆き>美しき氷柱監獄」にご参加頂き、ありがとうございました。
少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
今回は、終始果敢に鹿に挑み続けたあなたをMVPに選ばせて頂きました。そして、とにかく森を大事にしてくれたお二人に称号をプレゼントさせて頂きます。
改めまして皆様に感謝しますとともに、皆様とまたのご縁に恵まれますこと、心よりお祈りしております。
GMコメント
マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。
●成功条件
巻き込まれたNPCの救出と戦闘クエストの不殺クリア
※精霊と鹿は不殺で戦闘不能にして下さい。殺したらクエスト失敗です。
※今回のNPCシルフィナが死亡した場合もクエスト失敗となりますが、彼女の負傷程度は問いません。生きて主の元に帰してあげられればそれで結構です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
現時点で判明している情報に嘘はありませんが、不確実な要素や不明点が幾つか存在します。
●戦闘場所
迷宮森林内です。
視界は暗くありませんが、直射日光が殆ど入らないくらい草木が鬱蒼と茂っています。
「マイナスイオンたっぷりのとにかく自然豊かな森」をイメージして頂ければと思います。
植物が多いせいで何かと死角が多いです。
森林の植物は精霊たちに与しているようで、精霊や鹿が追い込まれると自身の生命力を地面伝いに分け与えて多少回復させてしまう……かもしれません。
●敵について ※一部PL情報です。
・精霊
数は十数体いるものと思われます。
全個体が水属性と思われる能力で攻撃してきますが、冷気に水塊など多種多様な攻撃パターンを有しています。
非常に高速で飛び回り、動きを捉えるのは簡単ではありません。
・鹿
数は1頭のみです。
高い知能を持ち人語を解しますが、「余所者には、死、あるのみ」は何があってもブレません。イレギュラーズたちを本気で殺しに掛かってきます。
精霊たちと同じようにあらゆる水属性の攻撃を繰り出し、それに類するバッドステータスも仕掛けてきます。
更に、毒の扱いも心得ているようで、毒関係のバッドステータスにも警戒が必要でしょう。
●R.O.Oとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で、練達ネットワーク上に構築された疑似世界を指します。
練達の悲願を達成するため、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。
情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
更に、暴走の結果ログイン中の『プレイヤー』がこの世界内に閉じ込められるという深刻な状況が発生しています。
R.O.O内の造りは現実の混沌に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在するなど、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されているようです。
ローレット・イレギュラーズの皆様はログイン装置を介してこの世界に介入し、、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指して活動します。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
それでは、皆様のご参加心よりお待ち申し上げております。
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