PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>異端審問と擬態するブック・カバー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 誰かと”違う”のが恐ろしくて、
 みんなに合わせて笑っている。
 好きな芸能人、好きな音楽、浮かないように自分を殺す。
「みんな一緒だったらいいのになあ」


 ここは、夢ヶ先高校。
 偏差値も普通、突出した運動部もない、……けれども平和的な、牧歌的な私立高校である。
 いつもと変わらない教室。
 今日も退屈だとAは思った。
 担任の先生は新任だ。ちょっと熱血なところがうっとおしいけど、授業はまあまあ面白いと思う。
 何か面白いことが起こらないだろうか。たとえばこう、ありがちではあるけれどもテロリストが攻めてくるとか……?
 なんてことも起こるわけもなく、いつもの日常が続いていく。
「出席を取ります」
「阿藤くん」
「はい」
「木下さん」
「はい」



「【同一奇譚】さん」
「はい」
「【同一奇譚】さん」
「はい」
「【同一奇譚】さん」
「はい」
 同じ名前に同じ声。
 けれども誰も、少なくとも表面上は疑問に思っていないように見える。



「はい、それではテストを返しますよ」
 ええーっという声があちこちからあがる。
「今回のテストは難しかったよね?」
「ぜんぜん勉強してなかったもん俺さあ~」
「うそつけ、絶対勉強してたろ徹夜で!」
「お静かに、復習が一番大事ですからね」
 黒板に向き合って、チョークを滑らせる。
「問一の答えは【同一奇譚】です。これは絶対に正解してほしかったですね。基本的な問題です。
「問二の答えは【同一奇譚】です。これは難しかったですね。授業でも取り扱いませんでした。資料集などで確認していたらわかったかもしれません。わかった人は偉いですよ!」
「問三の答えは【同一奇譚】です。これはサービス問題でした」
「問四。【同一奇譚】をすべて選びなさい。これはもちろんアは【同一奇譚】ですから、【同一奇譚】です。イ。これは一見して【同一奇譚】には見えませんが、そうですね。すべてが【同一奇譚】ですから【同一奇譚】です」
「ウ。これも【同一奇譚】です。これはひっかけ問題ですよ。でも注意深く選択肢を観察すればわかりますね」
「エ、【同一奇譚】です。これはクラスで正解したのは半々くらいでした。そんなに正解させるつもりはなかったので、皆さん頑張りましたね。
授業の時に話した【同一奇譚】のエピソードがうけたのかな。失笑だった? そこ、うるさいですよ」

●増える本と図書室
「げっ、委員長……」
「もうっ、しっかりしてよね! ここ、寝る場所じゃないんだからねっ!」
 委員長がぱこっと茶髪の青年の頭をはたいた。
『今月の目標達成★図書延滞-65536冊!』と書かれている。
「なんかね、最近本が増えるんだよね。仕事が増えて大変なんだから」
「増えるってことないでしょ、本なんだから」
「そう思う? でも現に増えてるし。しまえない本がこんなに……」
 本の背には「ゑ」のラベリング。分類は:【同一奇譚】である。希望ヶ浜十一進分類表(NDC)区分表に従ったものである。
「で、どうするの? 何か借りてく? それとも寝るだけなら出てってほしいんですけどっ!」
「わかった、わかったよ……なんかおすすめある?」

――狂ってる。
 生徒は息をひそめて本に集中するふりをした。こんなのおかしい。

「どうしたの?」

 それを悟られては、いけない。

●入学許可証
『入学、あるいは転校、転入、おめでとう』
 イレギュラーズたちが覚えているのは、夢ヶ先高校への入学手続きの書類、あるいは教師になる書類にへサインしたことだ。
『探し物はきっとここにあるよ。きっと君たちが探している生徒はここに迷い込んだんだろう』
「……本当に行くんですね? これはきっと、『神異』に似た何かの仕業ではないでしょうか」
 音呂木・ひよの(p3n000167)は真剣な顔で念を押す。
「誘われているような気がします。何かに……」
 それでも、行くというのならと、浄い鈴の音を頼りにしてくださいとひよのは言った。

 ――極彩色をまとって、異世界へと。
「Nyahahahahaha!!! ようこそ諸君、これは私からの授業だが」
 異世界に迷い込んだイレギュラーズを迎えたのは、オラボナ=ヒールド=テゴス (p3p000569)。美術教師としてすでにそこにいた。
「肝に銘じてホイップクリームは人間に添えられたのではない、悉くは真逆なのだ」

GMコメント

●目標
・【同一奇譚】となっていない生徒の保護
・脱出
・原本の捜索(オプション)

●注意
全校生徒と教師合わせておよそ100名の学校のほとんどが【同一奇譚】となっています。

●【同一奇譚】とは?
”それは羊や牛や人やもしくは実在が明確にされていない幾つかの動物の皮を縫い合わせて出来ており、通常あれば禁書として何重にも封をされて然るべきものだ。”
 恐ろしい書物です。通常のハードカバー本に擬態したり、少女の姿をとったりします。
 同一奇譚を視界に入れた者は、自己と同一奇譚を同じものであると認識し、写本となります。要するに自我を乗っ取られて上書きされてしまうような状態です。
 ここ、異世界ではゾンビやカルト宗教のようなものになっていると思ってください。
 イレギュラーズのみなさんは一般人よりも受ける影響が少ないようですが(一発アウトとはなりませんが)、気を付けてください。

●とある生徒の走り書き
『!助けて!
夢ヶ先高校は狂ってる。
先生たちもみんなも、みんな【同一奇譚】になってしまった。
まだ僕以外にまともな人間はいるんだろうか?
【同一奇譚】になった人たちは、
自分を【同一奇譚】だと思い込むらしい。

【同一奇譚】になった人は、
みんなを【同一奇譚】にしようとする。

しゅざい:
『写本』……【同一奇譚】にされた人たち。見た目は普通の人間だけど、もう人間じゃない。
      一応、それほど危険じゃない、と思う。
【同一奇譚】のふりをしていれば大丈夫。
【同一奇譚】をあがめるカルト宗教みたいなもので、同じ人たちにはみんな親切だ。
でも『原本』をどうにかしようとするのを見られたらたいへんだ。
狂ったように暴力を振るってくる。もう70人以上いる。気が付かれてはいけけない。仲間が欠けても気にするそぶりはない。全員同じものだから……。

『原本』……見てはいけない。振り返ってはならない。


●場所
希望ヶ浜「夢ヶ先高校」……という名の異世界です。
【同一奇譚】に浸食されつつあります。
時空がゆがんでいて、かなり危ない状態です。

●状況
とりあえず、休み時間か放課後みたいな状況のようです。
自由に動けます。
授業なんかに潜り込んでも構いません。
いなくても特に怪しまれたりはしません。

●「夢ヶ先高校」
・教室
 A~Ωなどの不可思議な教室。
 生徒たちが談笑している。

・美術室
 オラボナ=ヒールド=テゴス (p3p000569)のものになった拠点。いっそ安全な心地すらある(休憩できます)。

・理科実験室
 生徒が虹色の液体を実験している。

・放送室
 定期的に鈴(チャイム)の音が鳴る。ひよのちゃんの助けです。少しだけ狂気が和らぎます。

・食堂
 ホイップクリームたっぷりの食事が出る。
 意外とまともなものもある……かもしれません。

・職員室
 先生がいる。テストが置いてある。勝手に出入りしても怒られない雰囲気。

・校長室
 金庫がある。大切な書類が入っていそう。

・図書室
 本が増え続けて本棚に収まらないようだ。

・校庭
 運動部が練習をしている。掛け声がおどろおどろしい。

ほか、学校らしい施設はあるかもしれませんがだいたい歪んでいます。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

  • <半影食>異端審問と擬態するブック・カバー完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年09月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
※参加確定済み※
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
アエク(p3p008220)
物語喰い人
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
鏡(p3p008705)

リプレイ

●新しい学校生活のはじまり
 歪む校舎。
 図書室の窓辺、純白の影がある。
「【同一奇譚】、【同一奇譚】、【同一奇譚】。
白紙は印矩に染まりやすく、印矩の色は同一奇譚。
染まるのは易く、戻るのは難く。ああ、その中で染まらない本を見つけ出すのはいかに難きことか!」
『物語喰い人』アエク(p3p008220)は書物――のみならず、プリント類、辞書、走り書きを集めて右から左に目を通す。
 白い指が行をなぞった。
 情報の代謝があるが故、すぐにはコレに染まることはない。
 彼らこそこの世界に迷い込んだイレギュラーズ――特異点。

「転校生と新しい先生を紹介します」
「ボクは藤野 蛍だよ。よろしくね」
『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)が黒板に名前を筆記し、堂々と自己紹介をした。隣の席、『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)がほっとした表情を浮かべた。
「委員長、よろしく!」
 蛍のカリスマはここでも健在のようで、すぐにクラスになじんでしまう。そんな蛍と一緒で、心強いと珠緒は思った。
 外からの来訪者によって、【同一奇譚】の濃度は僅かばかり薄まったように思われる。
 今はまだ、完全に同一綺譚ではなくてもおかしくは思われないかもしれない。
「昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日。
などというのは夢のような平穏のお話ですが」
 珠緒はふうと息を吐いた。
「『普通』の概念を歪めて捉え、強引に世界に適用するとこんな感じでしょうか」
「うん、ここはとてもいびつだね。ボクも息が詰まりそう」
「組織運用において画一化は効率化に繋がりますが、ここはそうではなく。
……書といいますが、鋳型ですね。
この中に、救助対象がいるのでしょうか」
「そうだね。……手遅れにならないうちに、一刻も早く保護してあげましょ!」
 蛍はぎゅっとペンを握るのだった。
(周り中が狂ってる中でまともなままでいるって、どれだけ怖くて心細いことか……。
元世界での「委員長」は伊達じゃないってとこ、見せてあげるんだから!)
――珠緒さんにもイイとこ見せたいし。
「委員長、先生がちょっと手続きについて話したいって。桜咲さんも一緒に」
「来れそう?」
「はい。蛍さん、一緒に行きましょう」

『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の浸食は浅い。何故ならば彼らは二人で一つであるからだ。稔と虚。だから衝撃も本来の半分で済む。そうしているし、そうなっている。
「全てが同一になった世界か。甘ったるいな! 苦味を良しとしないお子様舌には反吐が出そうだ」
『訳分かんないよぉ! もうなんでも良いから早く帰ろうぜ』
 稔が、読めない文字列の混じったチラシを投げ出した。虚もまたおおむね同意見である。
 ここは舞台。演技という鎧はよく身を守る。

「同じ言葉が沢山で頭がとてもこんがらがるな?」
『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は【同一奇譚】まみれのカリキュラムを見てため息をついた。名前。――生徒の名簿はひどくかすれて読みづらい。
(元はちゃんとした高校だったのだろうか?
異世界に呑まれた人達が高校と認識しているだけなのだろうか?)
 答案用紙に埋め尽くされる怪異の影。いったい何人が犠牲になっただろうか、と、思いを馳せそうになった。
(……ああ、きっと理解すれば狂ってしまうな。
なら思考を止めよう、心を止めよう)
 グリムが見つめるのは、この世界に閉じ込められた生徒の救出である。まだ名も知らない、誰かのために……。【同一奇譚】に呑まれ、名を名乗ることも許されない、”誰か”のために。
 忘れられてしまう前に、手が届くならば。
「ルインズ先生、それからえっと、稔虚? 先生たち、おすすめの本が……」
「あ、【同一奇譚】さーん!ㅤ先生が【同一奇譚】のことで話があるって呼んでたよ!ㅤ職員室の【同一奇譚】まで来て欲しいらしいから早く向かった方がいいよ!」
「あっ! やばい! 先生、すみません、また後で」
「セーフ? ……アウト?」
『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)はグリムの表情を覗き込んだ。
「顔色悪い? たいへんだ……」
「大丈夫だ。いや、さすがに、この世界は息が詰まるが」
 と、その時だった。
「(不明瞭な音声)、Nyahahahaha――! 諸君、至急、美術室までお越し下さい――」

 美術室には冒涜的な美術品がひしめいている。『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は石膏像を引き寄せた。
 ぐちゃっと溶ける。――たいへん宜しい。
「ホイップクリームの在り方を学べたのだ、早々に実践へ移るのが我々の為。原本は幾等かの頁に分かれて在り、しかし神意(プロヴィデンス)は何者にも宿るのだ」
「そうだね!」
 あまり分かっていないがとりあえず話を合わせておく会長。
「とりあえず生徒くんを救助しよう!ㅤ祈るだけじゃ一切は振り向かないよ!ㅤホイップクリームだけが糧じゃないし!」
「然り」
 然りなのか。
 この空間もまた異質ではあるが、少なくとも正気の仲間たちがいる分気楽ではある。
「職員室は……とりあえず、極端に危険な存在はいなさそうだ」
 グリムが息をついた。
『教師は全滅ってとこだぜ』
「うん。おそらく大人はもう全員が【同一奇譚】だ」
 稔と虚はそれぞれ答える。
「んじゃ、狙いは生徒たちだけだね。よーし、出る杭は打たれる。だからこそ、打たれないように更に突出するんだよ!(?)」
 燦然と輝く羽衣教会。まがまがしい掲示板を覆いつくしていた【同一奇譚】は羽衣教会のチラシに浸食されかけていて読める部分が増えている。茄子子が影でばらまいているのは免罪符というか――羽衣教会のチラシである。
(それが【同一奇譚】である限り、悉くは羽衣教会に入信してるはずなんだ!ㅤだってオラボナくんも羽衣教会信者だし!)
 信者獲得! と思ったが「まとめて1つ」だとあまり旨味はないかもしれない。
「ふむ。そろそろ第二幕か」
 オラボナがくいと指をさした。
 アエクはページをめくったが、不意にページがバッサリと抜ける。

 真っ白な白衣をはためかせ――。
「すみません、2年【同一奇譚】組ってここであってますか?」
 鏡(p3p008705)が教室を訪れる。

●~♪
「はい、そうですよ」
「それならよかったですね、お互いに?」
 異質な鏡の侵入を、生徒たちは何の気なしに許していた。
 その仕草はとても自然で、あまりにも敵意がなかった。
 ざん。
 クラスメイトがずさ、と重い音を立てて崩れ落ちる。
「え?」
「え、え?」
……。
 鏡は近寄る。
 けれども、その歩みは日常の挨拶を交わすような温度のままだった。
 日常の薄氷を、慎重に歩んでいくかのようだった。
 生徒はこれは【同一奇譚】ではないかもしれない、とは思った。
 けれどもそこに殺意はなく、呼吸のひとかけらすらない。
 対処できないうちに、談笑していた【同一奇譚】らが二つに裂けた。
 鏡は、血液をぺろりとなめとった。
 影は揺らぎ、新たな姿を得る。
「ふむ、感じる味は普通の人と大差ないですねぇ。
うふふ、役得役得ぅ」
 悲鳴すら上げる間もなく、逃げ出す生徒を、いや、――怪異を斬りつける。
 ひとつ、鏡にとってはつまらないのは、いくつ斬っても、同じような味だということだ。
(粗製濫造といったところですね)
 ふむ、と鏡はあたりを見渡す。
 断言できる。ここには救助対象はいない。
 見分けるのは「正気の人間」でいい。殺人事件が起これば、感情を押し殺すのは難しい。
 チャイムが鳴った。
 クラスをひとつ空にしたあとに、鏡は教室を後にする。
 教室の外は、また元の日常が広がっている。
 その中で鏡は異質だった。
 夕日を浴びて返り血が輝く。
 彼らは同じものだ。だから、一つ減ろうと、原本でなければ大したことはない。

 あれ、おかしいな。
【同一奇譚】の原本は首を傾げる。写本の数が減っている。けれども問題はない。新しい人たちのぶん、増えるのだから。
 惜しむことはない。すべては同じなのだから。

●正気を探す
「あっ゛゛」
 腰を抜かした目撃者に、会長はうっかり「お祈り」してしまった。ピシッと動かなくなった【同一奇譚】を、鏡が素早く始末した。
 内緒ですよ、といわんばかりに人差し指を当ててしい、と息を吐いた。コクコクうなずいておく。
「何も見てないよ~ダイジョウブダイジョウブ」
 何かの気配に気が付いた鏡は、そちらを目指していったようだ。
……今は交戦はしたくない。
『同感だぜまったく』
 虚たちは、鏡の進行方向とは逆、生徒たちの救出を目指す。

「ああ、我は語り手であり紡ぎ手で非ず。故に【同一奇譚】に染まることを良しとはせぬ。然し、考えてみると良い。染まれば同一にあるべきものを増やすべきだ」
 アエクの指がまた文字列をなぞる。
「そのためには吐き出すのが早い、ああ、森の中に生えている樹を探すというのにそこに木を植えるようなものではあるが――同一奇譚は、広く伝わってもらうがために食べたら吐き出そうではないか」
 ぴしゃり。
 美術室に血液が飛ぶ。赤く染まった本。
「……うわ、なんかやばってかんじだけど」
「否、否。これは浸食だ。猶予が伸びた――というところだろう。Nyahahaha! 追記されている」

「さすがは委員長だな! 満点の【同一奇譚】だ。皆も彼女を見習うように」
「転校してきてすぐ【同一奇譚】とか……はー、さすが委員長は違うね」
 注目を集めてそれらしくふるまう蛍に、珠緒はうなずいた。
(珠緒も、頑張らなくてはなりませんね)
 蛍は怯えと恐怖をアンテナに、辺りを見回し、生徒を探している。
 席に戻った蛍の袖を、珠緒が引いた。
「あの、足音が」
「足音?」
「気になります。逃げているような」
「上ね?」

――あなた、具合悪そうですねぇ
大丈夫ですかぁ? 私と一緒に保健室、行きましょうか。

 上機嫌でとても嬉しそうで、白衣を真っ赤な血に染める鏡。
……まあ、こちらには本当に殺意はなかった。
 その生徒にとっては幸運だったのは、鏡から逃げることで原本から遠ざけられたということだ。
 保健室へ駆け込んでいく生徒の腕を、壁を抜けた珠緒が、しっかりと掴み取った。
「あっ、怪しいものでは」
「大丈夫、ボクがいるよ」
 慌てる生徒をなだめるように、ゆっくりと蛍の声が染みていった。
「安心して。おかしいのはあなたじゃない。狂っているのはこの世界」
(さすがですね、蛍さん)
 これで一人、確保だ。美術室に案内して、しっかり施錠する。

 残る生徒は、果たしているだろうか?
 ここに正気はまだあるか?
 答えのない問に答えるために、オラボナは授業を行う。
(同一奇譚(わたし)が成すべき事は深淵と呼ばれる一種の娯楽的で、これを手繰るには授業中でも怠惰でなければ成らない)
 ゆえに、『オラボナ=ヒールド=テゴス』筆記する。ハード・カバーを捲り同一奇譚の数を揃える。反応が薄い生徒。
「右A←B」
 ここでコマンド入力である。黒板に意味不明な記号が生えていく。
「質問です。【同一奇譚】についてなのですが……」
【同一奇譚】に近寄ったアエクは、とても気配は近いのだが、白くて、周りからとても浮いている。
 さて、動きが止まる。ピックアップだ。いくらかは浸食が浅いものもいるだろう。
「ふむふむ、まだ信者じゃない生徒くんはっけん」
 会長は教室の後ろから、生徒の特長をリストに書き加えた。

「これ、テスト用紙か」
『おい、これ』
「ほんとうだ。ほとんど同じだけど間違えてる」
『成ろうとしたんだろうな』
 稔は(虚は)、職員室で、一枚の紙を手に取った。必死に写し取ったような解答の中に、助けを求める声が混じっている。
 記名はすべてが【同一奇譚】となっていて、持ち主を探すのは簡単ではない。けれども筆跡はわかる。
 正体がわかればおおよその生息位置がわかる、というものである。
「あ、キミは美術室に呼ばれてたよ!」
 会長は意味深にウインクする。生徒はさむずあっぷにせかされるように足を速めた。怖い。
「先生、補習ってなんですか? 【同一奇譚】で忙しいんですけど」
 らんらんと輝く目。けれども、それは虚勢だと稔には、虚にはよくわかった。
「助けに来た」『助けに来たぜ』
 ふと、涙がこぼれた。
 感情を押し殺しながらも、グリムは色を探る。
 恐怖を。動揺を。
 校庭には運動部が元気よく掛け声を――【同一奇譚】を唱えながら歩いている。
「――、頑張っているようだ」
 稔たちから聞いた名前をつぶやいた。
 ぴしり、と、それは輪を乱す。集団から外れてみえる。
「先生、それはなんですか」
「間違っていない」
 グリムは断じる。
「まともにみえて何が可笑しい、可笑しさが分からないのが一番の恐怖だ」
 ざわり、校舎が揺れた。

●『原本』
 断刀『鈴音』を手にうろついていた鏡は、動きを止めた。この気配を追っていた。
「……大当たり、まさかここにいるとは」
 少女がそこにいた。
「そんな姿でいるとは」
 少女はこ、ん、に、ち、は、と空中に筆記する。この少女こそが原本であり――この世界の元凶である。
(まずは逃げないとイケませんね、私の心はもつか?)
”帰る道はみつかっただろうか?
 下校の準備は?”
「まったく分かりません
分からないことは仕方がありません。
最悪ここの人間全て斬り捨てれば安全にはなるでしょうし」
”……。”
「これに会いたがってる人には悪いですけど
私もこれがどんな味か気になりますし」
”それじゃあ、永遠に終わらない本の合間に”
 血のにじんだ本のページが閉じ、追いかけるように物語が続こうとするが。
「そう易々とは行きません」
 伸ばした文字は、斬り伏せられる。
 ぱたん、と教室に落ちた本が一つ。

「うげっ、追いかけてくる」
 会長はテキトー、に見せかけてかなり入念な呪文を唱える。
 足止めに次ぐ足止め、妨害ならばお手の物である。
 とりあえず時間は稼げている。
 目指すのは――ひとまずは美術室である。
「ようこそ」
 美術室に入ったと思ったら、オラボナが校長室の椅子に座っている。
 どうやら壁を突き抜けたらしい。
(尽くを混ぜた場合は黒しか残らぬ)
 実験室の虹色を啜り冒し、続け様に別空間へと飛び込むオラボナ。
 ちらりと見える、食堂のメインはカスタードを嗤っている――正義的だ!

 原本が動きを止めた。
「ゑのラベリングは煮込まれた病的でしかない――装丁を忘れたのか」
 オラボナがひっつかんだのは重要書類の山である。
 図書室をくぐり、顔をしかめる。
「同一奇譚(われわれ)は既に視認し、腕で掴んで在るのだ――我等『物語』は終幕(クライマックス)だ。枝分かれのハンバーグに容赦は要らない」
(この身で狂気を浴びるのも、悪くない)
 アエクは、立ち止まり虚空に向かって魔砲を構える。
 激しく行き来する文脈。
”どうして”
「私こそが同一奇譚(わたし)なのだよ、原本(わたし)」
 オラボナは衝撃を抑える。この予測の出来ない「斬」は、鏡の一撃だろう。時空はゆがんでいる。時系列は前後する。――戦っている。簡単には取り込まれはするまい。
 オラボナは立ち塞がる。
 写しとった写本の存在で――――。
「絶えず変化する」
 無窮にして無敵。インクがこぼれて続きを促す。版は、絶えず改められていく。

 どちらが原本か?
 底本はどちらか?

「よーし、何も見てない何も見てない! オラボナくんに任せる!」
 時間稼ぎは、かくしてなった。生徒たち3人。おそらくはこれ以上は――いない。

●終業時刻と卒業時間
 授業のチャイムが鳴る。
 これを、「下校のチャイム」ということにする。会長が決めた。
 オラボナが調査して(空けておいた)穴をくぐるとそこは校庭である。
 原本が立っている。けれども、オラボナの守りと鏡の攻撃によって、ずいぶん姿はかすれているようだ。
 魔砲が、おそらくは放たれたのだろう。
「”今は”卒業の季節です」
「そうだね」
 桜が舞った。
 珠緒の一撃、ダニッシュ・ギャンビットが炸裂する。
 オラボナや、鏡。アエクがこの場にいないのは正当だ。
 閉じ込められたのではなくて「卒業した」のだからだ。
「用意しててよかったわね」
 蛍は突きつける。逃げているすき、異空間でつかみ取った『卒業証書』が3つ。
 グリムの回りを、祝福が揺蕩っている。貫く魔力の塊が、同一奇譚を振り払った。美しい輝きが狂気を和らげた。
「先に行け、――」
 グリムは易しく生徒の名を呼び、背を押した。
 迷い込んだ犠牲者を庇いながら、稔と虚は撤退する。
『下がってな』
「だ、そうだよ。ひどい夢だったね」
 不思議なことだ。
 ”彼らの”ワールドエンド・ルナティック。狂気に狂気が重なっていく。これはきっと悪い夢、舞台の一幕ではないかと錯覚する。一枚の壁を隔てて、場面転換のわざとらしいシグナル。
「下校時刻は守らないとねー、解散解散」
 会長の大いなる祝福が降り注いだ。
 文脈を混ぜれば、校門はぎちぎちと音を立てて開いた。

 そこは正しく希望ヶ丘であった。卒業証書と引き換えに、本の中から、どさどさと鏡、オラボナ、アエクが戻ってくる。
「ひとは群体ではなく、全なる一には遠いものですよ」
「そうね。「みんなちがって、みんないい」って、こんなにも大切で素晴らしいことだったのね」
 蛍と珠緒は顔を見合わせて笑った。ぜんぜんおなじじゃなくていい。

成否

成功

MVP

桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻

状態異常

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)[重傷]
不遜の魔王
アエク(p3p008220)[重傷]
物語喰い人
鏡(p3p008705)[重傷]

あとがき

お疲れ様です!
かなりカオスな感じですが、生徒の救出・脱出ともに成功です。とてもお疲れ様でした!

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