シナリオ詳細
死んだ鯨の葬儀
オープニング
●死珊瑚海
――ものにはすべて、死すべき定めがあるよ。
子供たちは歌う。
――それは今日じゃない、きっとあさってでもない。でも、必ず、いつかは来る別れ。
子供たちは歌う。
波間の中に声がはじけて溶けていく。
砕かれて揉まれて消えていく言の葉は、千々に砕かれて意味をなさなくなる。
海洋王国と静寂の青の周辺には、閉ざされた珊瑚の島があった。
珊瑚に包まれた美しい三日月の南国の島。
潮が早く、港を築くのには向かない。また、それほどの見返りもない、小さな島だ。
近海では頻繁に嵐が巻き起こり、近づくのは容易ではない。
まわりに浮いているのは素朴なボートで、遠乗りをするための船はひとつたりとて見当たらない。
彼らの世界は狭く、閉ざされていた。
彼らは翼を、あるいは泳ぐための鱗を持ちながら。……「外の世界へ行けば祟りがある」と固く信じていた。
細々と近海の魚を採って暮らしており、外の世界に行こうなどとは考えたことはない。
かつて、イレギュラーズたちが「絶望の青」を越えたことも、今、何が起こっているかも知らないだろう。あるいはおとぎ話のように思っている。
彼らにとっては、この島がすべてなのだ。
それでも子供たちは歌う。
鐘の音が鳴り響いていた。
白い貝殻のブローチを胸につけ、美しいドレスを着た女性がゆっくりと小道を歩いて行った。
潮風にもまれ紅を引き、きりと前を向いていた。
両親だけが泣いている。
これはなんだろう、彼女は海岸の奇妙なはっぱを手に持った。これはなんだろう、真っ赤に燃える手のひらみたいな不思議な植物。
それをモミジと呼ぶのだと、彼女は知らない。
――十年ごとに嵐が来たら。
――白き鯨様のところに。
――翼と鱗、交代交代で、一人流す。
「お役目を果たされますように」
嵐がやってくるのを感じる。
もうすぐ鯨様がやってきて、自分を平らげていくだろう。
――怖い。
覚悟はできていたはずなのに、がくがくと足が震える。
岩場に置き去りにされた娘は、青白い光を灯すカンテラを見た。
●
「ネェネェ知ってる?」
「アァ!? 俺が知るかよ。知らねぇよクソ、それって面白いんだろうなァ!?」
「まだ何も言ってないよォ~!」
『ナイトライト』フィフィは提灯を揺らす。
フィフィの操る提灯は極上の獲物に見えたのだろう。集まってきた骸骨魚を、『暴虐の牙』ジギー・ジェイの一撃が打ち砕いた。
息絶えた骸骨を掴み、ジギーはそのまま群れに叩きつける。
良い音がした。芯をとらえた音だ。
フィフィはけらけら笑った。
「アノネ。アノネ、ここにとっても凶暴な石鯨が眠ってるんだって! ボスが言ってたよォ~ナントナント、10年に一度!」
「お目にかかりてぇもんだなぁ! そろそろザコの相手も飽きてきたぜ」
「でしょでしょ、ってことで、見テ~!」
「アア?」
ちゃぷん、と目の前にあった小さな島がひとつ沈んでいった。
「なんだよ、あれかよ!? 面白くなってきやがったな」
「守り神だってさァ~! きっと強いヨ! やりぃ!」
「……どういう状況だ、これは」
十夜 縁 (p3p000099)は額を押さえた。途方もない嵐の中、岩場の上に誰かがいた。
海洋ギャング『ワダツミ』の二人――『暴虐の牙』ジギー・ジェイと『ナイトライト』フィフィは、もちろん正義のために行動しているわけではない。うっかり遊んでいるうちにイケニエから狂王種を引き離して、うっかり助けているような状況にあるのだが……。
いや、イケニエなどに興味はない。だから、これは「助かった」とは到底言えないことである。奇跡的なバランスで岩場にしがみついているが、時間の問題だろう。
「これがやりたくて呼んだのか?」
「? だって、会いたかったんだよネ?」
「俺もだぜぇ! ヒャッハー!」
そうだ、縁が思い出すのはブライア・マーケット――ブラック・マーケットでワダツミを名乗ったことだった。
「つまり、なんだ。あの……人質? か? を助けつつ……かばい、狂王種を倒して、さらにこいつらの相手もしろってか……」
「つまんなかったら景品はナシだヨ~!」
彼らが唯一興味を持つのは、「面白いこと/強い敵」。
要するに……イレギュラーズである。
- 死んだ鯨の葬儀完了
- GM名布川
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年09月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●全て救ける
「ネェ、ジギーはドレをとると思ウ?」
ジギーが牙を光らせる。
「景品とは言ったけど、フツー”アレ”を囮にするだろ?
そんでもってコッチ、あるいは海王種か? 強ェやつがこっちに来る!」
「うーん、ほんとうにそう思ウ?」
「ハァ? ほかになんかあンのか?」
「ダッテ――それじゃツマラナイよ!」
フィフィが笑うたびに、ランタンが揺れる。
運命が動き出す。
「目標まで、近いね」
『若木』秋宮・史之(p3p002233)は相手との距離を推し量った。悪天候でも方角を見失うことはない。
状況を把握し、方針を決めるまでの時間はさほど多くはない。
「凶暴化した狂王種にワダツミか……」
「海の上でギャング、狂王種と三つ巴で、更には人質………やる事が割りと多くないですか?」
『花盾』橋場・ステラ(p3p008617)が大砲を海に向ける。
安全をとるなら、どれかを選択するべき、かもしれない。……しかし。
「絶対に助けたい」
『正義の味方(自称)』皿倉 咲良(p3p009816)は、まっすぐな瞳で断言した。
「まあ、ほっとけないよね。
三つ巴だろうと何だろうと、やるしかないわね」
『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)には聴こえる。
助けを求める声が……。
生きたいと願う声でもある。
「生贄は助ける、敵は倒す。両方やらなちゃいけないのが困ったところだね」
言葉とは裏腹、史之は少しだけ嬉しそうに見えた。
『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)の蒼海龍王が波を切り、船へと接近していった。
「というか、ギャングなんですか、海上なのに……海賊でなく?」
「ま、そんな連中だ。陸の上だろうと海の上だろうと、潜めるところがありゃあどこだって牙を研いでる」
「っとっと……」
『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)はふらふらと揺れる船の上、見事にバランスをとってみせた。
「大丈夫?」
イリスが振り返ると、蜻蛉は微笑んだ。
「うん、ありがと。あの子らは、縁さんのお知り合いなんやね」
「ああ。《ワダツミ》のことはよく知ってるさ。
なんせ、昔は俺もその一員だった訳だからな」
彼らが追いかける面影は――昔の自分であるのだろうか。
「……ワダツミにはいい思い出がないが、そこはそれだ」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はふうと息をついた。
「苦労を掛けるな」
イズマは首を横に振る。
「あの頃とは面子も随分様変わりしちまったらしいが……それでも、幹部の座には相変わらずやばい連中が揃ってるって話は聞いたことがある。フィフィはさて置き、あのウツボが「そう」なら――やれやれ、こいつはとんだやつに出くわしちまったモンだ」
「強いんですね?」
狂王種は歌う。
咆哮をあげる。
そして、それには間があった。
返事を待つかのような間。
荒れ狂う嵐の他、それに答えるものは、いない。
「仲間が、いたんだね」
『死生の魔女』白夜 希(p3p009099)はメロディを口の中で小さく繰り返す。すでに忘れ去られたであろう、鳴き声。
「10年経って起きたら、王様の元には誰もいなかった。
……狂王種とはいえ、さすがに少し可哀想……いっそのことずっと眠っているほうが幸せだったでしょうに」
「気の毒な娘さんに……一人生き延びてしもうた鯨さん
どっちも救ってあげられますように。一人ぼっちは、寂しいものね」
「イケニエを要するということは、それなりに害があるのだろうけど……眠らせてあげるのが最良というのも悲しいね」
「……」
さみしい、悲しい。その気持ちは痛いほどわかった。
蜻蛉は、振り切るようにパンと手を叩いた。
「それから、何やら物騒なお二人の相手もどうにかせんと。兎に角、頑張りましょ!」
「これは弔い、だな」
イズマの小型船が、海に下ろされる。
「準備、整いました」
ステラのOVER ZENITHが、急激に幅広のビームをぶっ放す。波が揺れ、余裕をぶっこいていたジギィは船体に齧りついた。
「ぐあっ、なんだアリャ!?」
骸骨魚が粉々に散った。
イレギュラーズからの解答は手に入るもの「すべて」を取りこぼさないということ。
「俺様よりも欲張りってかァ!」
「よーし、面舵一杯!」
「さて、悪縁は断ち切ろうか。縁さんのためにも」
「恩に着るよ」
「ともかく、戦って勝たねばなりません」
●牽制
思い切りこちらに迫るジギーの目標は、縁だったはずだ。
「こんにちは」
堂々と立ち、名乗りを上げる史之。正統派の戦い方だと断じ、横を突っ切ろうとしたジギーは、大きく体勢を崩すこととなる。
「なっ……!? ガッ……」
「はじめましてかな、ジギー。俺は秋宮史之だよ。覚えておいてくれると嬉しいなあ」
波が揺れ、大きく口を開いた。
覇竜穿撃。恐ろしい一撃、――なによりもの自己紹介はその技の精度だ。
「縁さんほどじゃないけど俺もほどほどに強いから、楽しんでいってね、ふふ」
「ヒャハハハ! いい! 面白れェ!! っだがなァ、その技、長くは撃てねぇだろ!?」
「それはどうだろう?」
ジギーの攻撃を受け止めた史之は、無傷だった。いや、――正確には、傷を癒していたのだ。的確に防御されたのは間違いではないが、血を贖ったことをおくびにも感じさせないような構えだ。
「戦えるし守りも固いよ、俺は。
長く楽しめるんじゃないかな、ね、ジギー」
一瞬、ジギーの表情が消える。それから、にいと笑みが深くなった。
「ッ上等だァ!!!」
史之が、ジギーを引き付けている。良くもっているようだ。
一見して道はないが、切り拓くなら今だ。
ステラは海を見下ろしている。広い視点で――、見極める。その瞬間を。
「いきますよっ!」
閃光が瞬いた。
バスター砲が一閃すると、魔物が散った。海の上に航路が見えた。
「はい、ここだね」
希のメサイア・ダブルクロスが海を割るかのように輝いて、丁度、荒れ狂う波間はピタリと止んだ。
まるで、龍を通すために海が静まったかのようだった。
「よし、ぎりぎりまで近づくとしようか」
蒼海龍王が、波を切る。
鯨が鳴いている。
嵐は激しくなる。打ちつける風。
「最悪のパターンだとさ、この鯨が廃滅病で弱ってた状態で、今が一番弱い場合よね。
どういう経緯であろうと、流石にここで討たないって選択肢はないんだけど」
と、イリスが攻撃を防ぎながら応える。
逃げてくれれば、という希望的観測はしたくはない。
そしてなによりも、その声は悲痛に思えるのだ。
(……この子、多分寂しかったんだと思う)
一人ぼっちで、誰かに呼び掛けていると咲良は思った。
どこにいるの、と問いかける声だ。
跳ねまわる時の大きな隙は――あの行動パターンは、群れを前提にしたものだろう。
「長生きしてしまうんは、ええような悪いようなやね……気持ちは、とってもわかるんよ」
蜻蛉は目を伏せる。
「群れが、家族が、いて、ただそれを探していただけなんじゃないかなって思うんだ。ホントかどうかは聞いてみないと分からないけど」
「でもね……」
「だから」
蜻蛉が言う前に、咲良は前を向いていた。
「もう苦しくないように、寂しくないように、終わらせてあげるのがアタシたちがやるべきこと」
(心配、いらんかったね)
蜻蛉は手のひらをぎゅっと握った。
「そうね。この先でこんな悲しい事が繰り返されてしまわんように。此処で終わらせんと駄目なんよ」
悪しき連鎖を、今ここで。
「さぁ、こっちにおいで!」
イズマの演奏が波となり、水の上を駆けてゆく。
凍てつくような波動に乗せられる鋭い演奏。キイン、とはじけるソステヌート。
震えるような声に真正面から対峙する。
咲良は構える。
武器は格闘。その拳。強固な機械式の外殻は、乙女の勝負服。
「全力で、行くからね!」
咲良の一撃が、音を揺らした。
蜻蛉が呼び出す暁の蝶が飛んでいく。ふらり、ふらりと。仲間たちのもとに寄せては消える。
鯨の元にも、それは飛んでいった。
傷を癒すことはないが――できないが、寄り添うように泡に沈んでいくのだった。
鯨が潜り、なにやら攻撃の構えを見せる。
「一波乱ありそうやね」
「耐えるっ!」
イリスがしゃがみ、衝撃に備える。
嵐とともに、大きな揺れがあたりを襲う。
大きな揺れの中でも、ステラは目標を見失うことはなかった。星天がきらりと輝いた。相手の猛撃を吹き飛ばす、砲での一撃。
蜻蛉が膝をつき地に手をつくと、月が現れた。
鯨の声が変調した。
あのような月も、いつかの記憶にあるのだろうか。
鯨が歌えば、イズマが応ずる。
イズマの細剣が揺れ、指揮者のように音を操る。
そして、一閃。
スターカットが波間に刻まれ、雑魚を海に返した。
(その歌を聴いてくれる仲間はもういない。……けど)
イズマの耳は捉えている。
だいたい、理解した。
響音変転は、よく似た声を作り出す。
鯨の鳴き方が、変わった。
(それで少しでも寂しさを和らげられたなら。
きっと、嵐を穏やかに終わらせられる)
「もう、眠ってええのよ」
蜻蛉のそれは、優しい毒だ。鯨が鳴いて、泣いている。
呼応するかのように少しだけ和らいだ嵐。
なんて綺麗なのだろう、と、イケニエの女はこんな状況にありながらも思う。
嵐の中でも星が瞬いているかのようだった。
「これ以上は、ムリか」
ぎりぎりまで接近した縁は、船を停め、波間に飛び込んだ。
「こっちへ!」
イリスが、救命浮環を手にして投げる。
波間に、光鱗が光輝いた。美しい声。悲痛な鯨の声をイリスが弾き飛ばした。
イリスの声は、確かな声。道しるべのような声だった。アトラクトス印の舶刀が、錆びた鎖を断ち切った。
「あ……」
「大丈夫、私が守るから!!」
ゼピュロスの息吹が背を押した。
時空のはざま、一瞬だけ、かつての鯨たちの声が――鯨を呼んだ気がする。
一手。
イリスの一撃が敵を払いのけ、海を泳いだ。イケニエの女性を、船の上へと放り投げる。
「さすがです!」
ステラが狙ったのは、この瞬間。
レインヘイルファランクス。
横一直線の一撃、氷のような槍が骸骨を突き飛ばす。
「助かります」
「うっかり船に穴でも開けられてしまっては大変ですから!」
まるで、置いていくなと言わんばかりに鯨が突進してくる。
縁はあえて流れに身を任せる。
少し、逸らすだけでいい。これは敵ではない。乗りこなすまでだ。
青刀『ワダツミ』が獲物を見定めた。声に混じって聞こえる声に、惑わない。
――惑うことはない。
ルージュ・エ・ノワールが咲き乱れる。燃え上がる炎はフィフィの誘蛾灯よりも激しく辺りを照らした。
「楽しそウ! マゼテー!」
骸骨魚の群れを捕まえたフィフィの魚を、ステラの一撃がぶち抜いた。
「そうは行きませんね!」
「ウエエ……何あのイリョク…ン? チョウチョ?」
蜻蛉の蝶だ。
「あのねぇ、お願いがあるんやけど……このお仕事が終わるまで、大人しゅう待って貰えんやろうか?」
「ンー?」
「もしも、かしこーにお願い聞いてくれたら、次はお姉さんが遊んであげるよって」
「今じゃダメなのぉ?」
ちょっと悩んでぐるぐるとしていたが、悩むのにも飽きたらしい。
いろいろな魔物を惹きつけて、やってくるフィフィ。
ばっしゃんと舞い上がるしぶきを気にせず、史之はひたすらにジギーとの相手に専心する。
「っとお! あの女、波にのまれたな? どうするんだよ」
「どうかな」
はったりにも、動揺することはない。
(チッ……こいつ……)
厄介だ。
フィフィの操る魔物たちがどおんと船を揺らし、そうになったが。
「ほら、おまえの相手はあっちだよ」
「へ?」
影から伸びた闇が、フィフィをぎりぎりと掴んでいた。
希の仕業だと、振り返ってようやくわかる。
「……」
「あの鯨を眠らせてあげないとダメなんだから、ちょっと大人しくしててくれる?」
「モシカシテ、怒ってるゥ?」
禍々しい白い光を放つ杖がフィフィのほうを向いて、慌てて逃れようとするが。
「チョット!!! 物理!?」
「ま、死なないでしょう???」
ばしゃあんと、水しぶきが上がった。
ばらばらとザコが散っていく。
「キヒヒ! キヒヒ!」
大はしゃぎするフィフィ。
「あー。というか、これ、おもしろいの??
必死になって追いかけてくるのがおもしろい?」
「ウン!!」
あまりにはっきり断言するものだから、しばらくの間があった。
「そう」
「アレ? もっと怒ってる?」
「さあ?」
ものすごい勢いで闇が伸びてくる。
「……!」
「謝るまで殴るのやめない」
「キャー!」
それでもフィフィは考えている。どこに逃げたら「面白い」のかを。
「遊びに来たんだろ、おもちゃがいなくなったら帰るもんだよ。ね、違う?」
史之は油断なく武器を構え、一撃をかます。
「ジギーたちの実力だけは高く評価してるよ。いま本気でやり合うのは得策じゃない」
「ボロボロになるまでやり合ってやるさ!」
「なら、いいんだけどね」
史之はあっさりとその場を後にする。呆然とするジギーだったが、すぐにその理由が分かった。
「ワーーーッ!」
フィフィは、魔物を連れて……こっちに、つまりジギーのほうにやってきた。
「オイ! フィフィ! こいつ! テメェ! 面白がってるだろ!」
「遊びたいのは解ったけど、鯨ばかり見てる奴と遊んだって楽しくないだろう?
それに鯨と戦って疲れ切ってる奴を相手にしたって面白くないぞ?」
イズマの雷切が無情にも船を押しのける。
「だから今回はここまで。また今度な」
「ざっけんな! よしわかった、テメェだけでもぶっ殺す」
目指したのは、縁。
だが、縁はひらっと一撃をかわす。
噛みつこうとするジギーの牙をむく口よりも大きな顎。
黒顎魔王が食らいついた。
「お前さん方のボスに伝えとけ。《海神(わだつみ)》は、いつか《龍》が喰ってやるってな」
邪魔者がいなくなって、しばし静寂が戻る。
鯨の声は、道連れを叫ぶような忌々しい音だった。
「随分敵は減りましたね!」
ステラの号令が、忌々しい鎖を断ち切る。……悲痛さのみになる。
蜻蛉の蝶が舞うのを、イケニエの女性はじっと見ていた。前に出そうになるのを、イリスが止めた。
あの声は、聞いてはいけないのだ。
「それじゃあ、最期の演奏だね」
希は歌った。
痛みも悲しみも苦しみも一時消えてしまうような、静かな唄。その旋律を誰も覚えてはいない。鯨が歌い返す。耳に残るのは、その歌だけ。
イズマがそれに旋律を返した。
「覚えてるよ」
嵐があける。最期の声。嵐の合間に、咲良は不思議な返事を聞いた気がする。
「仲間……?」
それを聞いた鯨はそのまま沈んでいった。
「この子の最期の声をしっかり聴いて、ね」
沈んでいく、ゆっくりと。
そして、嵐は開ける。
「それにしても嵐を呼ぶほどの鯨って、天災というか相当やばいはずだけど……ほんとうに?
あの鯨の唄が引き起こしたのかな、今となってはわからない気もするけど」
「もしかすると、時期が被ったりしただけなのかもな」
と、イズマが言った。
「これだけ広い海の中で、なんでこんな討伐されるようになっちゃったかな」
仲間のところで寝たいなら、希望地があるなら。希が耳を傾ける。ずうっと昔に、この海に。このまま。
「そう」
●航路
「無事で良かった。よお、頑張りました」
蜻蛉は生贄の女性を抱きしめた。温かい体温が広がり、彼女はわんわんと泣き始める。
「覚悟を決めて逃げ出さずにいたんやもの、……頑張りました」
染み入るような声。そっと、頭を撫でる。
「事情を伺いたい所ですがまずはゆっくり休んで安心して頂きたい所ですね……」
ステラは優しく、彼女が落ち着くのを待った。戻らなくては、とうわごとのように繰り返す彼女に、希が首を振った。
「鯨はもういない」
「……帰る場所はないかもしれないけど、生きてたらどうとでもなるからさ!」
咲良が微笑んだ。
元の場所に戻す気はなかった。
「とりあえず、行先はリッツパークか。生贄の――あぁいや、「元」生贄の嬢ちゃんは……それでいいか?
お前さんはもう自由だ。
好きな場所で、好きに生きりゃぁいい」
「とりあえず、これ、役に立つと思うの!」
咲良が取り出したのは、ファルケの紹介状だ。豪華なそれが、見ず知らずの人間に渡すものではないくらい、大切な物であることは分かる。
「ふむ。海洋貴族かローレットの協力を仰ぐのが有力か」
イズマは考えを巡らせるが、悩む必要はなかったらしい。
「私の領地なら絶賛開拓中で人手はあって困る事はないけど。それだけに苦労する事も多いと思います」
イリスは考え込む様子を見せた。
「……もし行く当てがないのでしたら、遠くがいいと仰るのであれば、拙の領地に来られますか、豊穣ですのでもし良ければ、ですが!」
豊穣、の言葉を彼女は知らなかった。長い長い、活躍を史之はかいつまんで話した。
閉ざされていた島の、物語。
「……落ち着いたら、その先のことは本人が決めたらいい」
「あなたはどうしたい? アタシはあなたに、安心して生きていてほしいな」
「そう。だから、後は貴女次第です」
どうしたいかなんて考えたこともなかった。無数に広がる航路。
「ただまぁ、居場所が欲しいからって、間違ってもギャングに入ろうなんて思いなさんなよ
……どこかの誰かのようにな」
イズマは、舵を握る縁の背を眺めた。だが、何も言わない。
深い旋律が残っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
鯨は安らかに眠り、嵐は去ることとなります。
お疲れ様でした!
GMコメント
●目標
・狂王種「石化鯨」の討伐
・イケニエの女性の無事
●状況
海の上です。航海中、ないし哨戒中にギャングに遭遇しています。
イレギュラーズのみなさんは任意の数のグループで船に乗っています。
・狂王種「石化鯨」
・海洋ギャング『ワダツミ』のフィフィ&ジギー
・そして、イレギュラーズで三つ巴の状況となっています。
丁度トライアングルの中心にくるように、イケニエの女性は不安定な岩場にしがみついています。海種といえども、戦闘に巻き込まれればひとたまりもないでしょう。
●登場
狂王種「石化鯨」
死珊瑚海であがめられている鯨。
嵐を引き起こしています。
まだ『絶望の海』だったころの死にぞこないです。強力な体当たりと、BSを引き起こす歌声を持ちます。回避はしませんが、巨体ゆえに体力はすさまじいです。
連携するように動き、群れを探しているようですが、最早この鯨以外には仲間はいません。
この狂王種を倒すと、死珊瑚海の頻繁な嵐はなくなります。
骸骨魚×無数
石化鯨の口の中から出現する魚です。海域に生息し、しぶとく噛みついてきます。
●海洋ギャング『ワダツミ』
『ナイトライト』フィフィ。
楽しいことが大好きで、イレギュラーズが大好きです。熱しやすく冷めやすく、飽きっぽいです。
敵を引き寄せて襲わせたり、ときには同士討ちさせたりして遊びます。直接襲っては来ませんが遊んでくれるなら大歓迎!
『暴虐の牙』ジギー・ジェイ
強い相手と戦うことを好みます。
ターゲットは主にデカい鯨なのですが、イレギュラーズを攻撃で巻き込むのを厭いません。喧嘩上等。
特にイケニエをどうこうする予定はないようですが、まあ巻き込まれて死んだって別に気にしたりはしません。
イケニエの少女
石化鯨にささげられた少女です。彼女が鯨に捕食された場合、鯨は去り、また十年後です。依頼は失敗です。
ただ、救助しても村に戻るわけにもいかず、おそらく行く当てがありません。けれども岩場にしがみついているあたり、生に執着はしていそうです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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