シナリオ詳細
親切なマル・マリー。或いは、子供たちの恩返し…。
オープニング
●心優しきマル・マリー
天義、アドラスティアより幾分離れた沖合にその島はあった。
木々の間に隠れるように建てられた、オンボロ小屋に子供たちの声が響く。
子どもの数は10名。
そして、20歳にも及ばぬ少女が1人。
ベッドに横たわる少女の名はマル・マリー。
彼女が子供たちを連れ、この島へと逃げ込んだのが今から半年ほど前のことだ。
半年前、マル・マリーはアドラスティアに所属していた。
しかし“魔女裁判”にて有罪を受け、処刑されそうになっていた子供たちを見捨てられずに、離反したのだ。
子供達を連れて逃げる最中、マル・マリーは脚に大きな傷を受け、自力で歩くことが出来なくなっていた。
加えて、病魔に侵されたことで視力も失っている。
そんなマル・マリーを支え、子供達は協力し合って生きていた。
だが、いつまでもそんな生活が続くはずもない。
アドラスティアを脱出する際、子供達は聖銃士により毒を投与されたのだ。
少しずつ、体力を奪う遅効性の猛毒だ。
日ごとに身体は弱くなり、時には血を吐くこともある。
子供達は知っていた。
自分たちに残された寿命が、半年も残っていないことを。
「でも、マリー姉ちゃんは大人だから、急いで治療すれば間に合うかもしれない」
子供の1人、アインと名付けられた少年が声を潜めてそう言った。
それに同意を示したのは、眼鏡をかけたツヴァイという名の少女である。
「もう少ししたら、海と陸がほんの一時繋がるから、逃げるのならその時だけど」
「私たちだけじゃぁ、お姉ちゃんを連れて逃げるのは無理だよ」
沈んだ顔でそう言った女児の名はドライ。
名前の無かった彼女たちに、その名をくれたのはマル・マリーだ。
マル・マリーのおかげで、半年間、幸せな日々を過ごすことが出来た。
自分たちの命はやがて失われるが、せめて優しいマル・マリーだけは生かしてあげたい。
それは、10人の子供たち共通の願いである。
「陸が繋がったら、誰かに頼んでマリー姉ちゃんを連れて逃げてもらうんだ」
「でも、聖銃士とか少年兵とかが追って来るかも。島に渡ってこないだけで、俺らが此処にいるのは晴れてるんだろう?」
「その時は、俺らが戦うんだよ。姉ちゃんを助けるためなら、命だって賭けられる。どうせ、そう長くは生きられないんだからさ」
やるぞ、と。
そう言ってアインは、1通の手紙をしたためた。
それをガラスのボトルに詰めて、海へと流す。
どこかの誰かが、手紙を拾って助けてくれることを信じて。
●“人狩り”ドギー・ブギー
「年の数回、海水が減る時期になれば孤島とアドラスティアとは陸続きになる。マル・マリーたちが孤島に逃げ込んだのも、そんな時期のことだろうな」
すっかり汚れたボトルを片手に『黒猫の』ショウ(p3n000005)はそう言った。
子供たちが外部に助けを求めるために海へと投じたボトル・レターは、無事ローレットへと渡ったらしい。
「依頼の内容は、マル・マリーを安全な場所まで避難させること……言葉にすれば簡単な依頼なのだがな」
と、そこまで言ったところでショウは僅かに困った顔をする。
「調査の段階で分かったことなのだが、どうやら子供たちやマル・マリーを狙っている一団がいるらしい」
その者の名はドギー・ブギー。
アドラスティアの聖銃士である大男である。
筋肉質な身体に赤銅色の鎧を纏い、40名からなる少年兵を率いる彼は一部で“人狩り”と呼ばれていた。
「離反者や逃亡者を追いかけ、始末することを趣味とすることからそう呼ばれているそうだ」
マル・マリーと子供たちが、アドラスティアから脱出した際、それを追っていたのも彼だという。
その後、孤島へ逃げ込んだマル・マリーと子供たちを彼は監視し続けた。
半年間だけ、幸せな生活を過ごさせてやろうという歪な優しさゆえの行動だ。
「次に島への道が繋がった時、ドギー・ブギーは部下を率いて島に乗り込むつもりでいる。部下には【猛毒】【暗闇】の効果が付与されたレイピアを持たせているそうだ」
レイピアを手にした部下たちは、細やかな動きと流れるような攻撃を繰り出すことで知られていた。
一方、ドギー・ブギーは威力の高い戦斧を得物とする。
「戦斧で斬られれば【必殺】【崩れ】【雷陣】の状態異常を受けることになる。なかなか頑丈で執念深い男のようだからな、マル・マリーの安全を優先するのなら、ここで始末を付けた方がいいだろう」
放置しておけば、マル・マリーが再び狙われるかもしれない。
ショウはそのことを危惧しているのだ。
「子供たちと協力し、マル・マリーを逃がしてくれ。作戦の決行は夜……海に道が出来てからとなる」
暗いので気を付けるように。
それだけ言って、ショウは部屋を出て行った。
結局、彼は最後まで子供たちの安否について、言及することは無かった。
- 親切なマル・マリー。或いは、子供たちの恩返し…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年09月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●優しい人の住まう島
アドラステイア、近海。
その孤島は、年に数回、島でなくなる。
潮の流れにより海の水が減少することで、本土と陸続きになるのだ。
「さて、ガキ共が動き始めたな。では、諸君……狩りの時間だ」
戦斧を手にした巨漢が告げた。
彼の名は“人狩り”ドギー・ブギー。アドラステイアの聖銃士を務める青年である。
ゆっくりと、戦斧をまるで軍配のように前へと向ける。
それを合図に、動き出した少年たちの数は40。
足並みをそろえ、一言も言葉を発しないまま横に広がり孤島へ向けて進軍を開始する。
それはまるで死神の行軍。
島に身を隠す孤児たちを、1人たりとも逃がすつもりはないという、そんな意思の表れだった。
バス、と。
その音はひどく微かなものだ。
しかし、ドギー・ブギーは獣的な危機管理能力、あるいは本能によって咄嗟に戦斧を顔の横へと持ち上げた。
直後、戦斧越しに伝わる強い衝撃。
砂浜に弾き落されたのは弾丸か。
「敵か? おい、どこだ……俺に喧嘩を売ろうってんなら、買ってやるぞ?」
弾丸が飛んできた方向……砂浜から続く藪の中へ視線を向けてドギーは言う。
藪の中に身を潜ませた『特異運命座標』ミミック(p3p010069)は、ライフルを構えたまま近づいて来るドギーを見ていた。
呼吸は浅く、一定に。
固定した上体は、ピクリとも動かさないように。
それでいて、指先には何ら力を込めることはない。
「喰いついてこい。向かってくるなら的がデカくなる」
ドギーと、それから部下が2人。
大部分の少年兵は予定通り孤島へ向かうが、敵の大将を釘付け出来ただけでも十分な戦果と言える。
「……とはいえ、この場所も潮時か。他のメンバー達、後は任せました」
十分に引き付けたところで、ミミックはライフルの引き金を引く。
微かな銃声が鳴り響くのと同時、2人の少年兵は藪へ向けて駆けだした。
孤島に暮らすのは10人の子供たち、そしてマル・マリーという少女の合計11人だ。
アドラステイアから逃げ出した彼女たちが、孤島に渡ったのは今から半年ほど前のこと。その時に負った傷が原因で、マル・マリーは視力と歩行能力を失い、自力で動けぬ生活を続けているという。
加えて、彼女たちの体を蝕む病魔の存在。
そのせいで、子供たちの寿命は残り短く、マル・マリーもまたこのままでは取り返しのつかない状態に陥るということだった。
「ったく運が細いぜ! もう少し早くビンが流れ着いてりゃマシな決着にダンクをキメてやったのに!」
努めて明るく、豪快に笑う『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)だが、剣を握るその手は小さく震えていた。
やりきれない怒りを、抑えきることが出来ないのだ。
それに気づいた『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)だが、しかしそのことを口にするほど野暮ではない。
砂浜に膝を突き、子供の1人……アインという名の少年と視線を合わせエーレンは告げる。
「俺達の力不足で彼女に凶刃が迫るかもしれない。君たちが最後の砦だ。頼んだぞ」
「うん。任せてくれよ!」
「あぁ、頼もしいな」
なんて、拳を打ち付け合う2人へマル・マリーは見えないはずの視線を向ける。
優しく、しかし不安そうな笑みを浮かべて彼女は言った。
「アイン。あまり無理をしないでね。皆さまが手を貸してくれるとはいえ、決して危険な真似はしないで。貴方には、輝かしい未来がきっと待っているのだから」
マル・マリーは知らないのだ。
子供たちに残された時間が、そう長くはないことを。
「安心、しろ。できるだけ長く、皆が、共に居られるように……」
なんて、そう告げた『雨上がりの少女』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の脳裏には、かつて出逢った1人の女の姿がよぎる。
アドラステイアの元マザーであったその女も、儚く、優しい、慈愛に満ちた人だった。
しかし、現実とはひどく残酷で、そして悪辣なものなのだろう。
そんな優しい者たちほど、不幸な目に逢い、早くに命を落とすのだ。
優しさだけで人は救えない。
優しい人が必ずしも報われるわけではない。
そんなことは、エクスマリアも理解している。
理解していてなお、そんな辛い現実に中指を突き立て、吠えてやるために、彼女は今日、ここに来たのだ。
誰よりも速く。
風のように疾く。
機械の剣を片手に構えたウルリカ(p3p007777)が、敵陣へと疾駆する。向かうは横一列に並んだ少年兵たちの右方向。
「アドラステイアのことも、理解はしたいですが、彼らはウォーカー嫌いですからねぇ」
「敵襲。各自、対応せよ」
少年兵の1人が言った。
その言葉を受け各々が武器のレイピアを構える。
駆けこんでくるウルリカ目掛け、2人が同時に刺突を放った。
「っ……毒ですか。もしや解毒剤もあるのでは?」
手数の上では少年兵が優勢か。
しかし、ウルリカは冷静に冷静に刺突をかわし、弾いて防いだ。
ウルリカの接敵より幾らか遅れて『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)と『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)も戦列に加わった。
2人がかりで足止めできる敵の数は限られている。少年兵たちの目的は、あくまで孤児とマル・マリーの抹殺なのだ。彼らはまるで機械のように、その命令に愚直に従う。
「……できれば殺したくはないんだ。だからおとなしく眠ってくれ」
グリムの手により、1人が昏倒したところで、少年兵たちが歩みを止めることはなかった。
新たに1人がグリムの抑えへと動くだけで、残りの者はただまっすぐに島へと向かい続けているのだ。
「アドラステイアと言ったか、戒律と外に行くものを許さぬ狭量な国じゃの」
上空より、少年兵の進軍を見る『砂礫の風狼』ウルファ=ハウラ(p3p009914)は呆れたようにそう呟いた。
民と風を阻むものなし。
アドラステイアの在り方は、そんなウルファの主義とは全くあい反するものである。
ゆえに彼女は、孤児と優しい少女を救うと決めたのだ。
●孤島脱出作戦
ゆらり、と。
虚空を撫でるように、ウルファは細い腕を顔の前で揺らした。
瞬間、ごうと彼女の周囲で風が唸る。
その風音は、まるで狼の咆哮のようだ。眼下を進む少年兵の数名が、頭上を舞うウルファの姿に気が付いた。
「汝らの任務は失敗じゃ。命あるうちに尻尾を撒いて逃げるがよい。先に進む気ならば、ここで滅びよ」
魔力を孕んだ突風が、大地を抉り、少年兵を吹き飛ばす。
悲鳴をあげることもなく、倒れ、或いは血を流しながら立ち上がる彼らの姿は異様であった。思わず舌打ちを零しそうになりながら、ウルファは再度、魔力の風を練り上げる。
再び、放たれる魔風。
「さぁ、道は空いたぞ! 進め!」
ウルファの声を合図とし、孤児たちが移動を開始した。
銃声。
そして、砂浜に倒れる少年兵。
ミミックの狙撃により、既に2人が意識を失い地に伏した。しかし、肝心のドギー・ブギーに大きな傷を与えることは出来ていない。
ミミックの始末を手下2人に任せ、ドギーは本隊へと合流すべく移動している。ミミックを仕留めるより、孤児やマル・マリーを斬る方が愉しそうとでも思ったのかもしれない。
「……子供を甚振るなんて最低な奴らだ。即死できなくとも苦しんで逝けばいい」
砂浜に座ったミミックは、背中を岩に預けて空を仰ぎ見る。
抑えた腹部や口の端からは、滂沱と血が溢れていた。
「……まだ狙えないか。いや、例え外れたとしても誰かに当たるか?」
呼吸を整えたミミックは、血塗れの手でライフルを構えた。
岩陰から身を乗り出して、狙うは遥か先の敵影。
島から逃げ出す仲間たちを援護するため、彼は震える指で銃のトリガーを引いた。
エーレン、そしてブライアンが獲物を振るう。
一閃。
駆け抜ける勢いのままに刀を振るえば、真空の刃は放たれた。地面を抉り、それは少年兵の手にしたレイピアを、半ばほどで2つに折った。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。この場はローレットが一歩も通さん」
飛ぶ斬撃を放つエーレンを仕留めるべく、左右から2人の少年兵が刺突を繰り出す。
しかし、それがエーレンの体を貫くことはなかった。
火薬の爆ぜる音が鳴る。
1発の弾丸が、レイピアを持つ少年兵の手首を穿った。
「突出してる相手なら容易に討てるとでも思ったか? はっはー、甘ぇ、スタンドプレーの重なりが生み出すチームワークってヤツを見せてやんよ」
硝煙燻らす銃を片手に、ゆっくりと、そして堂々と歩み出るのはブライアンだ。強く拳をを握った彼は、獲物を失い立ち尽くしている少年兵の顔面に強烈な拳を叩き込む。
「敵を一人でも通せばアウトだ。分かってるな?」
「無論。子供たちに近づく敵を優先的に、確実に頭数を減らすぞ」
「おぉ、分かってんじゃねぇか!」
「……そういう方針だっただろう?」
なんて、軽口を交わす2人だが、そうしながらも獲物を振るう手は止めない。
近づく少年兵を斬り、或いは身体を壁として進行を阻む。
けれど、敵の数は多い。
混戦の中、防衛網を抜けた少年兵たちが孤児たちの元へ走っていった。
「ガキどもを生かして連れて来い! トドメを刺すのは俺にやらせろ!」
部下の少年兵たちへ、そんな風な極めて下衆な指揮を飛ばしてドギーは斧を振り上げた。
空気の爆ぜる音がして、ドギーの掲げた斧が眩い光を放つ。
放電する魔武器……それがドギーの獲物であった。
「俺は、こいつを片付けるから、その間に任務を終わらせろよ?」
なんて、獣ような笑みを浮かべてドギーは言った。
視線の先には魔杖を構えたグリムの姿。
頬を流れる血を拭い、グリムは静かに、けれど確かな怒りを込めて言葉を紡ぐ。
「……お前が何人殺したかは聞かないけれど」
掲げた杖の先が光って、周囲を白く染め上げた。
閃光に焼かれたドギーが小さな悲鳴を零し、数歩後ろへと下がる。
いかに暴力的かつ嗜虐的な性根であっても、彼は一部隊の指揮官だ。単なる猪武者とはわけが違う。冷静に戦況を観察する程度の分別はあった。
だが、しかし……。
「お前の命は此処で終わる」
グリムの言葉は、よほどにドギーの気に障ったのだろう。
「終わんのは、ガキ共の命だよ!」
低く身を沈めたドギーは、斧を構えてグリムへ接近。腹から胸を抉るように、重く鋭い斬撃を放った。
レイピアに脇を貫かれ、ウルリカはたまらず足を止めた。
喉の奥から溢れた血で口元を赤に濡らした彼女は、振り返り様に機械剣を一閃させると、レイピアを握る少年兵の肩を裂く。
抜けたレイピアが地面に転がるのを確認し、ウルリカは即座に踵を返した。
彼女が足を止めた一瞬の間に、少年兵が子供たちへと殺到したのだ。
「っ!」
空気の弾ける音がして、衝撃派が放たれる。
それは少年兵の背中を直撃し、その身を濡れた地面に倒した。
「無視は許しません」
起き上がった少年兵は、しかし直後、何が起きたかもわからずに意識を失うことになる。
急加速に乗せた剣の一撃が、その胸部を裂いたのだ。
「私が相手です。それとも、ウォーカーに背を向けるおつもりで?」
口元を濡らす鮮血を、片手で荒く拭いながらウルリカはそう告げるのだった。
レイピア同士が打ち合った。
短い悲鳴をあげた少年兵が、意識を失い倒れ伏す。
その横を駆け抜けるエクスマリアは、チラと背後へ視線を向けた。10人の子供たちは、誰1人欠けることなく付いてきている。
仲間同士で斬り合いを始めた少年兵たちは、もはや脅威足り得ない。
斬りかかって来たうちの1人は、金の髪で動きを阻害し、脚を斬った。
「マル・マリーを任せる……しっかり、後ろについてきて、くれ」
「わ、分かった! 俺に任せとけ!」
「ん、いい返事、だな」
恐ろしいだろう。
身体がすくむ思いだろう。
事実、今にも泣きだしそうな顔をしている子供もいる。
けれど、誰1人足を止めることはなく、マル・マリーを守るように周囲を囲んで進み続けている。
頼もしい。
子供たちの様子を見て、エクスマリアは素直にそう感じた。
「しかし……」
もう少し進んだ先が山場だろう。
今も激しい戦闘が繰り広げられており、無傷でそこを突破するのはいかにも難しいように感じる。
誰1人、犠牲を出さずに島を脱出できるかどうか……そんな不安を飲み込んで、エクスマリアは刀を握りなおすのだった。
●血路
数本のレイピアをその身に受けて、ウルリカが地面に膝を突く。
「平気、か?」
淡い燐光が降り注ぎ、ウルリカの傷をじくりと癒した。
「えぇ、どうにか」
なんて、短く言葉を返しながらウルリカは戦線へと復帰。エクスマリアと並んだ彼女は、自らの体を盾として、戦場へと駆けこんでいく。
稲妻を纏う斬撃が、グリムの胸部を深く抉った。
夥しい出血は、しかし【パンドラ】を消費し止める。意識を繋ぎ、満身創痍な有様ながら立ちはだかったグリムの姿にドギーは目を見開いた。
「は? お前、マジか……」
「これが、マリアたちの仕事、だ」
グリムの代わりに応えを返したのはエクスマリアだった。
刀を手に、斬り込んでいくエクスマリアを援護するべく、グリムは杖から閃光を放つ。咄嗟に防御の姿勢を取ったドギーの腕を、エクスマリアの刀が裂いた。
エクスマリアと交代し、ウルファとウルリカが子供たちを先導して走る。
その左右に分かれたブライアンとエーレンだが、同時に数名が襲って来るという現状では、思うように攻勢に出ることができないでいるようだ。
4人の防衛網を抜け、数名の少年兵が子供たちへ迫った。手傷を負ってこそいるものの、女子供を刺し殺す程度の力はまだ残っているだろう。
けれど、しかし……。
「姉ちゃんに近づくんじゃねぇ!」
そのうち1人をアインが木材で強打し、昏倒させた。
それに呼応するように、数名の子供たちが木材やフライパンを手にマル・マリーの前に出た。足は震えている。
瞳には涙が溜まっている。身体は縮こまっている。
とてもじゃないが、戦えるようには見えない彼らは、しかしなけなしの勇気を振り絞って優しい少女を守るために武器を振るう。
「やるじゃねぇかアイン! まったく将来有望だぜ!」
目の前の敵を殴り飛ばしてブライアンはそう言った。
返事はない。
「いいぞ、ゼクス! その勇猛さは、俺の仲間たちにも負けないものだ!」
少年兵を刀の峰で殴打して、エーレンはそう言葉を投げる。
返事はない。
ブライアンも、エーレンも、ウルファも、ウルリカも、子供たちも。
誰も後ろを振り向かない。
脇へ視線を逸らすこともしない。
悲鳴をあげることもなく、涙を流すこともなく、ただまっすぐにアドラステイアからの脱出を目指す。
「その調子だ! 連中、お前らの勇気にビビってやがるぜ!」
叫ぶようにブライアンはそう言った。
例え、誰が倒れても。
倒れた誰かが、起き上がることが無かったとしても。
その想いだけを背負って、前へと進む。
ルチアとグリムの2人を纏めてなぎ倒し、ドギーは狙いをマリアへ定めた。
3人がかりの猛攻により、ドギーは砂浜付近にまで押し返されている。
だからこそ、エクスマリアはさらに攻勢のギアをあげた。ドギーの意識が、ほんの少しも子供たちへ向かないように。
「しつけぇ! 俺は無力なガキどもを斬りに来たんだぞ!」
「……子供たちも、マル・マリーも、どちらも守る」
「だから、やらせねぇって!」
横薙ぎに振るわれた戦斧が、エクスマリアの顔から胸にかけてを斬り裂いた。踏鞴を踏んだエクスマリアへ向けて、大上段からの一撃が迫る。
血に濡れた刃がエクスマリアの頭部を叩き割る寸前……響いた1発の銃声が、斧の軌道を僅かにずらした。
「子供を甚振るなんて最低な奴だ」
斧を狙撃したのはミミックだ。
ズレた軌道はほんの少し。
衝撃に、ドギーの身体が硬直したのも一瞬だ。
しかし、戦時においてその一瞬は、永遠にも等しい致命的な隙となる。
「死に善悪の区別無く、なれば死した者へどうか安らかな眠りあれ……そして次なる生に祝福あれと願わんことを」
静かに。
グリムが祈りを捧げたその声が、ドギーの聞いた最後の音だ。
さくり、と。
ドギーの腹部にエクスマリアの刀が突き立ち、その生命を終わらせた。
「ねぇ、皆は大丈夫? 怪我はないかしら?」
慌てた様子でマル・マリーは子供たちにそう問うた。
帰って来たのは7人分の返事である。
「アイン? ゼクス? ズィー? どこなの? 怪我は無いの?」
脱出作戦の折、マル・マリーも多少の傷を負っている。しかし彼女は、自分の身より子供たちの安否を何より心配していた。
「あぁ、体を張ったゆえ、今は疲れて寝ておるよ……。各人、天義の名医をつけるゆえ、安心して休まれよ」
吐き出すように、ウルファはそう答えを返す。
一瞬、マル・マリーは顔を歪めて泣き出しそうな顔をした。
それから彼女は、どこか歪な、無理矢理な笑みを浮かべて告げる。
「そう、なんですね。あぁ、あの子たちに伝えてください。どうか、ゆっくり休んでね、って」
なんて、マル・マリーの言葉を聞いてブライアンは足を止める。
僅かな声も零さないまま、彼は地面を何度も何度も殴るのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
マル・マリーは無事にアドラステイアを脱出しました。
問題がなければ、彼女はこの先も命を続くことでしょう。
この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
マル・マリーをアドラスティアから脱出させる
●ターゲット
マル・マリー
十代後半の少女。
半年ほど前、子供たちをアドラスティアから脱出させることに成功した。
結果、視力を失い、脚に大きな傷を負う。現在は自力で動くことが出来ないまま、島のボロ小屋に寝かされている。
彼女を安全な場所へ避難させ、治療を受けさせることが子供たちの願いである。
子供たち×10
マル・マリーに助けられた子供たち。
病魔に侵されており、余命は半年ほどと短い。
恐らく、助かることは無いだろう。
マル・マリーを逃がすため、命を張るつもりでいる。
“人狩り”ドギー・ブギー
アドラスティアの聖銃士。
マル・マリーや子供たちの命を狙い、孤島に攻め込むつもりでいる。
赤銅色の鎧を纏い、戦斧を手にしている大男。
雷戦斧:物至単に特大ダメージ、必殺、崩れ、雷陣
放電する戦斧による斬撃。
少年兵×40
ドギー・ブギー配下の少年兵。
素早く、流れるような攻撃を得意としている。
【猛毒】【暗闇】の効果が付与されたレイピアを得物としている。
●フィールド
時刻は夜。
アドラスティア近郊、沖にある孤島。
年に数回だけ、海の水が極端に減る時期がある。
その時期に限り、本土と島は陸続きとなる。
目立つ遮蔽物は無し。幾らか暗いことを除けば視界、足場ともに良好。
それに乗じ、子供たちはマル・マリーを逃がそうとしている。
時を同じくして、ドギー・ブギーたちは人狩りを決行しようとしている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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