シナリオ詳細
<半影食>閉じ込めた狂気
オープニング
●怪異の活発化
R.O.O.の不具合によってログアウトすることができなくなった研究員や学生たちは、練達では行方不明者として扱われていた。この大量失踪事件はワイドショーで騒がれ続け、ネット掲示板でも話題は持ちきり、SNSも大賑わいである。
R.O.Oでのシステムエラーは、安穏とした日常を送る人々にとっては関知する範囲ではない。しかし、R.O.Oの騒動の影響を受けたかのように、悪性怪異:夜妖<ヨル>の活動は活発化していた――。
夕刻――多くの人々が帰路につく頃、練達内『希望ヶ浜』の交通機関の1つであるバス車内。乗客である男女の高校生2人は、大量失踪事件として巷で騒がれている事象について、何やら話し込んでいた。
「また団地前まで行くの?」
「何かしないと落ち着かないんだ……」
「本当に……どうしていなくなったんだろう?」
2人は同級生の友人が失踪したことについて、深刻な表情で話していた。その会話の内容から察するに、失踪した同級生は今の時刻、同じ路線のバスに乗っていたようだ。女子学生の1人は終点に着く前に降車したが、男子学生は終点の団地前を目指していた。
失踪者のウワサを聞きつけたのか、偶然バスに乗り合わせたのか、そのバスの乗客の中にはイレギュラーズの姿があった。
バスは滞りなく終点まで進み、普段通りの日常が繰り返されるはずだった。しかし、あらゆる因果がその入り口を生み出し、乗客たちを異世界へと引き寄せる――。
●終点
停車したバスから終点である団地前に降りた瞬間、その場の異様な空気を感じ取った。普段とは異なる真っ赤に染まった光景――不気味なほどに赤い夕日が、すべての光景を染め上げていた。
バスは音もなく消え、誰もがその異様な雰囲気に目を見張った。異様なのは赤い光景だけではなく、周囲のありとあらゆる場所に棺(ひつぎ)が置かれていた。色、サイズ、材質など、様々な棺が目につく。
棺の向こうに不穏な気配を感じるようで、どこか精神をざわつかせる。遠くですすり泣く声、何かを引っかき続ける音よりも遥かに澄んだ音――イレギュラーズは遠くからかすかに響く鈴の音を聞き取っていた。それは帰り道を示す音呂木の鈴の音――この異世界から抜け出すための道標であることを各々が知っていた。
「ユミナ……? ユミナなのか?!」
男子学生は近くのベンチに座る人影を見つけ、名前を呼びながら駆け寄った。しかし、男子学生はユミナという学生の姿に絶句する。その制服姿から学生だと判断できたが、頭をすっぽりと覆うものに目を奪われる。ユミナが頭にかぶった状態の正方形の箱には、顔の正面側に閉じられた小窓があった。それは中の顔を見るための、棺の小窓を連想させる作りだった。
「開けて……開けて……」
生気のないユミナの声が箱の向こうから聞こえてくる。その声は1人だけのものではなく、男子学生は複数の存在に短く悲鳴をあげた。
「開けて……開けて……」
降車した皆を取り囲むように、ユミナと寸分違わぬ姿の女子学生たちが現れる。分身のように現れ、「開けて」と不気味に繰り返すその様を見た男子学生は、震えながら後ずさる。
イレギュラーズは直感的に悟った。ユミナと思しき存在が、夜妖に憑かれていることを――。
- <半影食>閉じ込めた狂気完了
- GM名夏雨
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年09月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
イレギュラーズはバス停に現れたユミナらしき存在を前にし、直感的に夜妖に憑かれていることを察知した。
「開けて…開けて…」
生気のない声でつぶやくユミナによく似た複数の声。どこかふらついた足取りで男子学生との距離を詰めようとするが――。
「やぁ少年!」
『太陽の沈む先へ』金枝 繁茂(p3p008917)は素早く男子学生の前に回り込み、10人のユミナから守るように立ち塞がる。
「たぶん気付いていると思うけど今ちょっとヤバいから、そこの女子の件含め、後は”こういう事”の専門家にお任せあれってね!」
繁茂に続き、他の者も男子学生に対する守りを固める。
――赤い世界に棺に鈴の音。
瞬時に状況を把握した『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は、じりじりと距離を詰めるユミナ――夜妖に対し身構える。
――ただバスに乗っていただけで異世界とは。頭が痛くなるくらいには本当に何処にでも空いているな。
グリムがわずかに険しい表情を覗かせる一方で、
「大丈夫、落ち着いて、焦ったらダメよ」
『Joker』城火 綾花(p3p007140)は努めて穏やかに振る舞い、男子学生を安心させようとする。
「――あたし達が、絶対あなた達を連れて帰るわ。だから、今はただ自分を守ってちょうだい」
ユミナのことも含め、綾花は冷静に言い聞かせていた。が、改めて目の前の不気味な光景を眺めながら、心中でつぶやく。
――何なのよここ。オーナーの知り合いがいる練達の方にヘルプに行くと思ったら、変なトコに着いちゃったわね……。
誰もが予期せぬ異世界の入り口に困惑しつつも、一般人の保護と脱出に全力を注ぐ構えを見せていた。
『戦場のヴァイオリニスト』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)もその1人であり、夜妖の群れとその周囲に乱立する棺に注意を向ける。死を連想させるその光景に対し、何やら感慨深そうに目を細めた。
――少し前まで星になる……死ぬのもいいかもしれないと思っていた時が懐かしい。
ヨタカは手に提げていた楽器ケースをすばやく開き、決意によって据わった眼差しを向ける。
――今はもう……そう簡単には死ねないのでね。
各々様々な事情でバスの終点にたどり着いたイレギュラーズ。
――車の揺れでうたた寝している間に、異界に呑まれる、とは……不覚。
その中でも、『雨上がりの少女』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は、気づけば親友(あいぼう)の『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)と共に目的のバス停を寝過ごしていた。買い物帰りの2人は、何の因果か異世界に踏み入る状況に至った。
イレギュラーズとしての経験上、ウィズィとエクスマリアは危機的状況を把握する時間をそれほど必要としなかった。
ユミナの異様な姿、イレギュラーズの面々が盾となる状況に、混乱する男子学生はおろおろした様子で挙動不審を極めていた。ウィズィは「下がってて!」と男子学生に向けて強く要請した。
「……目を閉じて絶対に開けないで下さい。余計なものを見たら帰れなくなりますよ!」
男子学生はウィズィの言葉に従い、怯えた表情でバス停の影に身を伏せる。
『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は、先手必勝とばかりに夜妖の1体へと攻めかかった。
『ウォーカー』でもあるブライアンは、見知らぬ世界の環境にも慣れ始め、蒸し暑い外とは異なる快適なバスの旅を満喫していたところだった。
「ヒュウ! お望み通り冷えっ冷えの空気だぜ! ハッハー!」
夜妖と対峙する緊張感を楽しんでいるようにも見えたが、ブライアンは内心では背筋に冷たいものを感じていた。
拳術を駆使して夜妖の箱、頭部を狙うブライアンによって、相手は大いによろめき押し込まれる。隙だらけに見えた夜妖だったが、連続で拳を突き出すブライアンに機敏に反応する。倒れ込むように見せかけ、夜妖はブライアンにつかみかかろうとその腕を伸ばしてきた。しかし、ブライアンも即座に飛び退き、距離を取りつつ夜妖の動きを窺う。
身構える夜妖たちは明らかに殺気を放ち、バス停の周囲に無作為に置かれた複数の棺がガタガタと揺れ始めた。
「ボクだって怖いよこんなの!」
気味が悪いと感じつつも、『雷虎』ソア(p3p007025)は学生2人を助けるためにブライアンに続こうとする。ソアが構えた両手は輝きを帯び、強い光を放ち出す。その間にも、ウィズィは声を張り上げて夜妖たちを引き付ける。
「さあ、Step on it!! 私が相手だ!」
等身大のテーブルナイフそのものの得物を構え、ウィズィは襲いかかる夜妖たちを迎え撃つ。
「加減は苦手なんだが、それでも努力するとしよう」
そうつぶやくグリム自身も神聖な光を操り、ソアと共に周囲の夜妖のせん滅を図る。
エクスマリアは光の翼を自らの背に出現させると、
「危険は全て、排除する」
ナイフを振り向けるウィズィの動きに合わせて、対象を切り刻む光刃を放って追撃を行う。エクスマリアがその両翼を羽ばたかせる度に、夜妖へと迫る光刃が乱れ飛んだ。
エクスマリアの追撃をまともに食らい、何体かの夜妖はもうすでに倒れていた。残る夜妖の群れの中でも、ウィズィは積極的に攻撃を仕掛けることで個々の反応を窺う。その中でも一際隙のない動きを見せる夜妖に目星をつけ、ウィズィは持ち前の感知能力で夜妖の本体を見抜く。
「皆さん、あの子が本体です!」
そう言ってウィズィが指し示した1体の夜妖は、頭部の箱の窓枠をガタガタと激しく揺らし始めた。そして、瞬時に開け放たれた小窓の向こうから、赤黒いグロテスクな触手の束を広げる。
攻撃の構えを見せるイレギュラーズを捕えようと、複数の触手がうごめく。イレギュラーズを圧倒するほどのすばやい動きを見せたが、不意に流れ出した音色に触手は反応する。
ヨタカが奏でるヴィオラの音色は、夜妖に強い影響を及ぼし攻撃の勢いを鈍らせていく。
ウィズィが唯一の本体を暴いたことで、綾花も積極的に攻撃を仕掛ける。綾花から放たれる光は、すべての邪悪を打ち消すかのごとく激しく瞬く。
聖なる力を帯びた閃光により、分身の夜妖は続々と倒れ伏した。触手の攻撃をかわすことに傾注し、綾花は攻勢を緩めないよう立ち回る。夜妖を追い込む綾花に対し、相手はひそかに反撃の手を伸ばしていた。
動き回る触手をかわした直後、綾花は不穏な気配を感じて振り返る。視線の先には縦に置かれた状態の棺があり、唐突にそのフタが外れた。棺の中身は何もなかったが、綾花は棺が開かれた瞬間に真っ赤な閃光に包まれるのを感じた。
光の眩さに一瞬目を閉じた綾花。その直後に現れたのは、不自然に目の前に浮かぶトランプのカードだった。
――裏返しのトランプ、これは、ポーカー?
綾花はその状況に疑問を抱くことなく、トランプに手を伸ばしかけた。
――向こうはストレートフラッシュ、じゃあ…こっちは……? いや、ダメよ、めくったらダメ……なのに、ノーペアかも、あるいは……。
緊張で脳が歪むような錯覚すら覚え、綾花はたちまち極限の精神状態へと追い込まれる。
――いや……やめて、やめてやめてやめて! そんな心を掻き乱さないで掻き回さないで!
息苦しさを覚えるほどに、綾花の精神は夜妖が操る狂気へと引き込まれていた。しかし、その息苦しさは綾花自身の両手が自らの首を締めていることに他ならなかった。狂気に支配され、意識が混濁した状態の綾花に気づいた繁茂は、自らの力を発揮する。
「しっかりして! 夜妖なんかに負けたらダメだよ!」
まるで脳内に直接響くように、繁茂の言葉は綾花の意識を呼び戻した。繁茂の言霊の力に後押しされ、綾花は目の前へと迫った触手を瞬時に手刀で打ち据えた。
ソアも触手から距離を取りながら、光を放つ力を駆使して夜妖に挑む。
「何回起き上がって来ても同じなんだから!」
何度となく起き上がる分身にも臆さず、ソアは多くの分身を巻き込みながら本体への攻撃を繰り返す。
真夏の雷雨のように激しく性急な旋律――ヨタカが奏でる音色を背にして、各々が操る光の攻撃は雷のように明滅を繰り返していた。
触手を振りかざす本体に続き、1体の分身も小窓の向こうから触手を伸ばす。しかし、拳銃を構えたブライアンは本体と共にその2体を射程に捉え、集中的に狙い打つ。
弾丸の雨を降らせるブライアンに阻まれ、夜妖はウィズィが間合いへと侵入するのを許した。果敢に踏み込んだウィズィは、夜妖の触手を根本から寸断してみせた。
切り落とされた触手は魚のようにしばらくビチビチと跳ねる動きを見せたが、ブライアンはその触手を凝視して固まる。触手全体に無数の口が現れ、牙をむき出してゲラゲラと笑い始めたからだ。
――予想はついてたぜ。
周囲から見て、棒立ちで触手を見下ろすブライアンの眼差しは虚ろなものに見えたが、頭の中に響く澄んだ声がブライアンを呼び戻す。自らに施した狂気を払う加護により、ブライアンは瞬時に冷静さを取り戻す。
――笑ってるのは、俺じゃねーか。
自らの意思に反して、ブライアンの腕はその銃口を自身の喉元に向けようとしていた。しかし、ブライアンの背後を夜妖の分身が取ろうとした寸前、ブライアンはその分身に向けて引き金を引いた。
「ハッ! 笑えねーぜ」
撃ち抜かれてくずおれる夜妖に向けて、ブライアンはつぶやいた。
夜妖が放つ狂気に蝕まれる者の様子が見られる中――。
「光翼よ、不浄を祓いて戻し給え」
グリムは光翼の力を引き出し、仲間を浄化の光で照らすと同時に、周囲の夜妖を乱舞する光刃によって切り裂いた。
グリムの攻撃によって分身たちが倒れた隙を狙い、ウィズィは果敢に本体へと攻め上がる。触手や分身に阻まれながらも、ウィズィの強烈な一太刀は容赦なく相手を打ち据える。頭部の箱に亀裂を刻まれながらも、夜妖はくずおれそうになる体を支えていた。そして、間髪を入れずに夜妖はウィズィへと仕掛ける。
無造作に植木のそばに置かれていた棺が突如開き、中からあふれ出した無数の黒い蝶がウィズィの視界を覆い尽くす。一瞬の出来事によって、ウィズィの意識は混濁する。
「親友(あいぼう)が見てる前で……倒れられるか!!」
ウィズィは強靭な意志によって狂気をはね除け、本体の前から飛び退いてみせた。
ウィズィが態勢を整える時間を稼ごうと、エクスマリアは自らの歌声で夜妖の注意を引き付ける。哀愁を帯びたエクスマリアの歌声は呪いの力を発揮し、夜妖を内側から脅かしていく。
本体の夜妖がよろめいた瞬間を狙い、グリムは攻撃をたたみかける。
「聖光よ、悪なる者を払い給え」
破邪の力を集中させ、一層瞬く閃光によって相手を焼き払う勢いを見せた。
閃光がかき消えた直後、夜妖はよろめきながらもイレギュラーズに向かって踏み出したが、その分身たちは煙のように姿を消していた。また、力尽きて倒れ伏す夜妖の姿にも変化が現れた。少女に憑いていた夜妖が払われたことを意味するように、頭部を覆っていた箱はボロボロに崩れ去った。
男子学生は元の姿を取り戻したユミナに恐る恐る近寄る。ユミナの様子を心配そうに窺う男子学生に対して、
「もう大丈夫だよ! て言いたいところだけど、ここから無事に帰るためにもう少し頑張ってね」
繁茂は落ち着いた態度で、男子学生の手を引いて誘導する。
エクスマリアは、気を失っているユミナを軽々と抱えるウィズィを一瞥しながら言った。
「2人共、助けてみせる。後のケアは、任せる、が」
男子学生のことを気遣いつつ、エクスマリアは周囲の様子を警戒する。
イレギュラーズ一同と2名の一般人は、そろって異世界からの脱出を目指す。鋭敏な聴覚を駆使するエクスマリアは、鈴の音が導く方向を正確に捉えることができた。
買い物帰りにバスを利用していたエクスマリアは、大きな紙袋を手にしていた。紙袋から顔を覗かせるぬいぐるみたちに加え、エクスマリアは大きな犬のぬいぐるみも抱えていた。気を落ち着けようと、エクスマリアの手はきつくぬいぐるみを抱き締めていた。
町の中――団地の前を通り過ぎる間にも、いくつもの棺が無造作に置かれていた。鈴の音が響く方向に進むに従って、その行く手を阻もうとするように棺の数も増えていく。
「知らない聞かない感じない、何もない何もない――」
棺の存在を意識しないように、どこか淀んだ異世界の空気に当てられないように、ひとりつぶやくグリムは呪文のように繰り返す。
「俺は何も知っていない、俺は何も解らない。きっときっとそのはずだ」
皆と協力して学生たちの警護を努め、グリムも常に警戒を怠らずに路地を進んだ。
鈴の音に向かって進めば進むほど、道端に並ぶ棺はどこか存在感を増しているように思えた。
「見ちゃいけない気がする……でも、すごく気になる……!」
夜妖の生み出した異世界の影響なのか、ソアは強烈に棺の存在に惹かれた。
――中には何が入ってるのかな? 怖いのに気になる……ううん、怖いから気になる!
それでもソアは好奇心を抑え込み、学生たちと共に脱出することを優先する。
――駄目、今は皆の安全を第一に考えないと!
足早に進む一行に対し、徐々に忍び寄る狂気は影響を強めていく。
妙に神経がざわつくのを感じながらも、ヨタカはいつでも男子学生をかばうことができるように身構えていた。
順調に鈴が鳴る方へと進んでいたが、視界の端にちらついた姿がヨタカを突き動かした。言いようのない情動に支配され、気づけばここにいるはずのない大切な2人――愛しい番と息子の姿を負っていた。その2人はヨタカに別れを告げて、逃げるように大きめの棺の中へと入ってしまった。固く閉ざされた棺のフタを、ヨタカは必死に開けようとする。
狂気に支配されたヨタカは、手から出血するのも構わずにめちゃくちゃに棺のフタを叩いていた。その異様な行動に気づき、ブライアンは必死の形相を浮かべるヨタカを棺から引き離した。
ヨタカは我に返り、異世界が見せた幻影によって突き動かされていた自身を振り返る。手の傷を押さえながら、ヨタカはブライアンに礼を述べた。
ヨタカはすでに空の棺を一瞥し、自身を励ますため、孤独感に苛まれる精神を落ち着けようと心中でつぶやいた。
――鈴の音を辿って帰るんだ……”我が家に”。
皆で固まって行動し、鈴の音をたどるのを再開しようとした。だが、這いよる不可視の狂気は、イレギュラーズの行く手を阻もうと影響を強めていく。
不自然に肌は粟立ち、各々が何かの気配――異様な圧を感じた。
(棺が増えたことと関係あるの……?)
綾花は道路を進むごとに数を増していく棺を眺め、棺が狂気を媒介している確率について考えていた。
棺に意識を逸らしていた瞬間、何かを破壊する音が響いた。道端に並べられていた複数の棺を唐突に破壊したエクスマリアは、その場に棒立ちになっていた。どこか引きつった表情を浮かべ、エクスマリアは棺の残骸しかないはずの場所をじっと見つめる。
その姿はエクスマリアにしか見えていなかった。棺の中から襲いかかろうとした敵影に思わず刃を向けたエクスマリアだったが、目の前に横たわる親しい者たちの変わり果てた姿に目を見張る。
――これは、違う。現実では、ない。
エクスマリアは必死に自身に言い聞かせるが、すべては狂気で塗りつぶされた。その場にへたり込むエクスマリアは、抑え切れないほどの情動によって嗚咽をもらし始める。
異変に気づいたウィズィは、綾花に抱えていたユミナを預け、エクスマリアの下にすぐに駆け寄った。しかし、エクスマリアはまるでウィズィの存在を認識せず、ただ涙を流していた。
ウィズィと同じようにエクスマリアの背中をさする繁茂は、言霊となる自らの能力を引き出す。
「大丈夫だよ、はやく皆で一緒に帰ろう」
唯一耳に響く繁茂の言葉によって、エクスマリアは正気を取り戻す。狂気を払う繁茂の能力は、同時に周囲の者を奮い立たせた。
道を急ぐ一同の耳には、一定の感覚で鳴り響く鈴の音がはっきりと聞こえ始め、脱出口との距離が縮まっていることを現わしていた。
団地とは正反対の方向へと進んできたイレギュラーズ。鈴の音が示す進路上にある高架下のトンネルには、更に多くの棺が置かれていた。アスファルトの上に寝かされた状態の棺ばかりだが、その間を進めないこともなくはない。そして、十数メートル続く薄暗いトンネルの奥には、その場には不釣り合いな姿見の鏡が置かれていた。鏡には、異世界とは異なる希望ヶ浜の明るい風景が映し出されていた。
誰もが姿見が脱出口であることを直感したが、トンネル内に漂う嫌な気配を強く感じた。
「……棺には、触らない方がいい気がするよ」
乱雑に寝かされた棺が意味することを、繁茂は直感的に悟りつぶやいた。
繁茂の言葉に従い、皆は棺の間を慎重に進む。1番に姿見の下までたどり着いたソアは、恐る恐る鏡に触れて確かめた。希望ケ浜を映し出す鏡面は、触れれば水面のように波打ち、その向こうへとソアたちを誘う。
イレギュラーズが棺を避けて順調に進む中、男子学生もその後に続き、繁茂は男子学生の背後を守るように最後尾についた。
焦った男子学生は、足早に棺の間を通り抜けようとしたが、棺を蹴るような形でわずかに足が触れてしまった。その腕は瞬時に棺の中から男子学生へ伸ばされようとした。しかし、繁茂は奇怪な棺の腕をへし折る勢いでフタを閉め直した。
繁茂は片足でフタを押さえつけながら、叫ぶように言った。
「振り返らないで、はやく!!」
繁茂が急かした途端に、周囲の棺が一斉にガタガタと揺れ始めた。男子学生は瞬時に総毛立ち、青ざめた表情で姿見の方へと走り込む。
後数歩まで迫った男子学生を強引に引き寄せるグリムと共に、繁茂も姿見の向こうへとなだれ込んだ。
鏡を抜けた先で、一行は眩い光に包まれる。その光が消え去った直後、イレギュラーズ一行は元の世界の希望ケ浜――団地前のバス停にたどり着いていた。
学生2人は憔悴していたが、命に別状はなかった。突如異世界に迷い込んでしまったものの、2人は団結したイレギュラーズの奮戦により救い出された。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。今回は何らかの条件を満たしたことで異世界とつながったようですが、今後また行方不明者を出さないためにも調査が入るでしょう。
GMコメント
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!(狂気)
当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』恐れがあります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●希望ヶ浜について
参考ページはこちらです↓
https://rev1.reversion.jp/page/kibougahama
●成功条件
救出対象2名、男子学生とユミナと共に異世界から脱出すること。
●シナリオ導入
あなたたちは何らかの事情でバスに乗り合わせ、偶然にも異世界につながる入り口に到達する条件を満たしていた。鈴の音が響く方向を目指して進むことで、異世界から抜け出すことが可能である。
夜妖の影響を受けて生じた異世界――あらゆる場所に棺が置かれ、何やら不穏な気配を感じる。中身は開けてみないとわからない。が、嫌な予感しかしない……。迷い込んだ者を狂気に陥れる罠があちこちにあるようだ。
「こんな罠が仕掛けられているかも…」など、想定したプレイングで構いません。異世界で抗い難い恐怖に苛まれ、狂気に陥った場合、一瞬意識を失うなどの症状があります。あるいは、狂気に対するPCらしい反応をプレイングにどうぞ。
●夜妖について
(不殺攻撃で倒すことで、夜妖に憑りつかれたユミナを解放することができます)
棺のような箱を頭にかぶった夜妖。計10体が存在しているが、1体以外は分身に過ぎない。所詮は分身であるため、強さは本体よりも格段に劣る。しかし、分身は本体を倒さない限り消滅せず、3、4ターンほどで再起する。
攻撃手段は共通で、箱の中から伸びる赤黒い触手(物近扇)、周囲の棺から狂気の力を解き放つ能力(神特レラ【狂気】)です。
個性豊かなイレギュラーズの皆さんの参加をお待ちしています。
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