シナリオ詳細
痛みも苦しみも、全部全部ぼくのもの
オープニング
●
神の門(ヘブンズホール)の向こう側へと至り、人は魂の牢獄たる肉体を捨て形ある魂へと昇華する。
天と大地と魂のすべてをひとつのものとし浄化された人類はファルマコンへと還るのだ。
同一となった人類に不和はなく、憎しみも苦しみに潰されることも、怒りや嫉妬に狂うこともない。誰もが無条件かつ無限にわかり合い、手を取り合い、永遠に笑い合う喜びに満ちた世界。
それこそがファルマコンのもたらす平等なる世界であり、神へと至る道なのだ。
「――その教えを、私は疑ったわけじゃないわ。
確かに私の意識はイコルでぼやけていたし、ものを正しく認識できていなかったかもしれない。けれどそれは苦しみと怒りしかなかった世界と決別するための援助であって、私を欺すためだけに使われたとは思えない。そうまでして私個人を欺さなきゃいけない理由なんて、ないもの」
そう語ったのは、光さす庭で花に水やりをする少女……『雷桜』の聖銃士ジェニファー・トールキンであった。
彼女の武器や鎧は没収され、白いワンピースを着て如雨露を手に持った彼女はとても聖銃士には見えなかった。
独立都市アドラステイアの聖銃士。それは天義の起こした巨大な失敗を批判する形で生まれた新興宗教団体の選ばれし戦士たちである。
彼らは聖なる存在である『聖獣』と共に都市の外へと出撃し、魔種に侵され偽りの信仰に欺された人々を解放すべく戦うのだ。
……が、客観的に見ればそれは国家を欺いていた冠位魔種ベアトリーチェと魔種枢機卿アストリアたちを理由に現在の天義へ懐疑させ、新たな『世界平和』というお題目のために人々を洗脳する組織に他ならない。世界平和のために教会を爆破し、世界平和のために子供を拉致し、世界平和のために人体実験をし、世界平和のために大量虐殺を行う。彼らはそれを正義と信じ、信じた未来のために戦い続けている。
先述の天義本国でおきた冠位魔種の爪痕を癒やすために疲弊しておりこの『よくある新興宗教』を退治するだけの力をもたなかった。更に言えば、これまでのやり方がおかしかったこと自体は間違っていないため、いたずらに壊滅させることはできないのだ。
それゆえ、この組織の抱える問題への対処はローレットへと間接的に委託されていた。
「――それでも、私と話す気にはなってくれたんでしょう?」
振り返るジェニファーに、ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は優しい笑顔を向けた。
「異なった考えを持っていてもいずれはわかり合える。それが教義の根幹だもの。話は聞くわ。これまでそうならなかったのは…………わかるでしょ?」
ひどく複雑そうな顔をするジェニファー。ココロはそこまで来てから、『ああ』と小さくつぶやいた。
彼女の作戦に対して横やりを入れたのはこちらだ。彼女が『悪事を働いていた』つもりだったなら正当な妨害だが、『善行を働いていた』つもりならこちらは狂暴に襲いかかった獣か、もしくは悪の手先ということになる。
それでも彼女はこちらに対して少なからず対話をし、そして捕らえた今でもこうして対話には応じていた。
「あなたの味方になったつもりはないわ。アドラステイアの敵になったつもりもない。信じたものを変えるつもりもね。
けど……ううん、なんでもない」
再び目をそらしたジェニファーを見て、ココロは眼を細めた。
わたした花束の感触を思い出したからだ。ジェニファーはあのときと同じ目をしていた。
――『ジェニファー、わたしたちはあなたと友達になりたいの』
あの言葉は、彼女という個人の胸に、どうやら届いたらしい。
「実際、私はここを出て行くことはできない。死ぬのは怖いし、大切なものを奪われるのも嫌。形こそキレイだけど、実際は捕虜よね」
「……そうだね」
否定はしない。する意味がない。
けれど。
「でも。約束は守るよ……『あなたの憎しみの根源を知り、打ち消す為の調査を必ずする』」
「うん。だから、取引をしましょ」
空っぽになった如雨露を逆さにして、ジェニファーは長くなった前髪をはらった。
●実験区画フォルトゥーナ
ジェニファーは聖銃士という立場になってから幾度か、アドラステイア下層域に存在する『フォルトゥーナ』という実験区画に訪れていた。
穢れ無き場所ゆえイコルの摂取なしに入場することは禁じられており、例外なくジェニファーもイコルを摂取後区画内へと入り、仕事をこなしたという。
「フォルトゥーナは以前私達の侵入が発覚したことで警備を強化しています。以前と同じ抜け道を使うことはできないでしょう。ですが、新たに方法を獲得しました。それによって……」
本件担当の情報屋ラヴィネイル・アルビーアルビーは、カフェのソファ席に腰掛けて珈琲のカップをテーブルに置いた。
同じく席に着いていた仲間達のなかで、観音打 至東(p3p008495)へと視線を向ける。
「あなたから打診された『依頼』を、やっと受理できるようになりました」
至東は以前フォルトゥーナに侵入した際『ケリー』という名の少年と出会い案内された。
彼はフォルトゥーナの生活に浸かり、疑問をもっていないようだったが……。
このとき密かに用意していた連絡方法によって、ケリーより至東へ向けて『亡命』の依頼が届けられたのだった。
「ケリー殿のことは、多くは知りません。案内役であったというだけ。特に集団のリーダーというわけではなかったようですが、街の情報には一般市民レベルには詳しいはずです」
当時とどこか異なる口調ではなす至東は、ケリーの人相を描いたシートをテーブルに滑らせた。
「ケリー単独で区画から脱出することは不可能ですが、私たちが手を貸すなら話は別。そして侵入方法は、ココロ君が聖銃士経由で手に入れてくれました」
フォルトゥーナには『特殊清掃員』という立場で入場する仕組みがある。
時折侵入するかもしれない外敵や、偶発的に発生する抵抗などに対する物理的な排除――それを目的としたスタッフを入れる仕組みだ。
地区担当管理者である『ファーザー・バイラム』によって直接申請され、特別なあいことばを使うことで侵入が許可される。門番や内部の子供達はこのことを正しく理解できないため、『特殊清掃員が申請されたので来た』という偽装が一時的ながら有効なのだ。
「問題は、イコルの摂取がより強制されるようになったということです。以前は舌の裏に隠すなどして乗り切りましたが、効果が現れることを特殊な方法によって確認されるので……摂取ナシで入ることは難しいでしょう」
少し不安な顔をした至東だったが、ラヴィネイルがichorと刻まれれたピルケースをテーブルに置いて中央へ滑らせた。人相書きの上に重なる。
「この薬物を調査して、洗脳効果の打ち消しには成功しています。認識阻害……つまり『街が綺麗に見える』程度の効果はさけられませんが、作戦や人格に支障はないはずです」
至東は腕を組み、同じく難しい顔をしたココロへと視線を向ける。
「『手を掴むには、手を伸ばし続けるしかない。例えそれが苦しくとも』……救いを求める手が伸ばされました。掴むべきは、今です」
- 痛みも苦しみも、全部全部ぼくのもの完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年09月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●イコルと信仰
顔の上半分を覆った赤色の仮面。仮面には星や月のような模様が細かく彫刻されており、近づいてみればその技の巧みさに気付くだろう。
そこまで近づいてみることがないのは、彼らが武装した門番であるからに他ならない。
木製の、幌のついた馬車一台が充分に通れる程度の両開きの門。その左右に一人ずつ鎧と槍を装備した兵が立っている。
どちらも子供。およそ12歳程度だろうか。彼らの槍には奇妙なマジックアイテムが取り付けられていて、それが警報装置であることは彼らの武装の軽さと兵の少なさから明らかであった。
片側の兵がスチール缶でできたタブレットケース状のものを取り出し、一錠ずつ赤い錠剤を取り出す。
「中へ入るにはイコルの摂取が義務づけられています」
まるで感情のこもっていない、誰でも知っていて当たり前のことを規則だから言っただけという雰囲気で門番が錠剤を手渡してくる。
『Anonym Animus』観音打 至東(p3p008495)はそれを受け取り、じっと見つめる。
舌の上にはいま、白い錠剤が乗っていた。それと同時に飲み下せるように口に放り込む。
効き目は素早かった。ぱぁっと周囲の風景が明るくなり、キラキラとした星が降り注ぐように見えた。星々の間では妖精たちが踊り、それを見るだけで気持ちが高揚した。
(あれが妖精の踊り……なるほど、彼が見せたがったわけですね)
自然と笑みが浮かび、歓喜に踊り出しそうになる。歌って踊って、溢れる感情に涙を流したくなる。
みんなに伝えなきゃ。こんなに世界が素晴らしかったなんて。みんなこれを知ればきっと悲しいことなんて無くな――。
感情が抑制された。
同時に服用した対抗薬のせいだろう。
同じようにイコルを服用していた『善性のタンドレス』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はフウと息をつく。
(正常な思考で信仰を得たのなら問題ない。でも悲しみとイコルで歪んだ頭で得たそれには大事にする価値があるとは思えない。
この薬にはまだわからない事が多い。
もっと情報が欲しい。洗脳成分がもっとわかれば打ち消し方もわかるだろうし、エヴァだけじゃない。聖獣になる仕組みがわかれば戻し方だってわかるはず……)
その考えが正しいかどうかは、まだ分からない。未来が、行動が、証明してくれるだろう。
歩き出す。
手をこまねいているだけでは正しさすらもわからないと、もう知っているから。
両扉が開く……ことはない。扉の中に作られた小さな扉を開く形で、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)たちは中へと入れられた。
まあ中といっても、門の内側には塀と天井に囲まれた石造りの部屋があり、その向こうに鋼鉄製のシャッターがある。ここは検査のためのエリアということなのだろう。
現に。部屋の隅でうずくまっていた白く巨大な人型の怪物(聖獣)がむっくりと起き上がりこちらを観察していた。ただ見ているだけでないことは明らかだ。
特殊清掃員ということだったが、モップだのバケツだのという掃除用具を持っているわけではない。赤黒いツナギのようなものを着て、帽子を被っているだけだ。
「お掃除お掃除楽しいなァ〜〜っとお! エッ掃除しなくてももう綺麗じゃん……美しい街だぁ……」
グドルフはヘラヘラと笑って、イコルに染まったふりをしている。
まあ、そこまでしなくてもいいのだが、グドルフらしいといえばらしい表情だった。ギャンブルでスッたときなどこういう顔をたまにする。
が、内心ではやはり舌打ちしているらしかった。
(ハッ……実際はバケモンのクソだらけな街なんだろ? ヘドがでるぜ! 目は誤魔化せても、臭いだけは消えねえよ)
どうやら聖獣は検査を終えたようだ、鋼鉄の扉へと歩き、その非常に重い扉を上向きに開いた。
マルク・シリング(p3p001309)は平静を保ちながら歩きだそうとして……僅かに表情が動いてしまった。
目も覚めるような楽園が、そこにはあった。
空に妖精達が踊り、美しく舗装された道の左右にはファンタスティックに飾り付けされた建物が並ぶ。
祭りの最中なのだろうか。人々は白く清らかな服を着て、楽器を演奏したり歌ったり踊ったりしていた。その声が塀の外からは聞こえてこなかったのは、それだけの防音処置がここには施されているからということなのだろう。
「やあ、特殊清掃員の方ですか? お疲れ様です! キャンディをどうぞ!」
透き通るようなアルビノの少女が、そばかすのある笑顔でジェリービンズを一握り出してくれる。
「……っ」
『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)は口を引き結んだままわずかにのけぞり、そっと横にいる仲間に助けを求めるような視線を送った。
(こんなの普通の学生にはキツすぎるわよ……魔法少女っていったって、ついこの間まで普通に生活してたのに……)
視線を受けた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は明るく朗らかな笑みを浮かべて少女からキャンディを受け取ると、それを乱暴に自分のポケットに入れた。
キャンディいっぱいのバスケットをかかえて踊るように走って行く少女を見送りながら。
「食べないの……?」
小声で問いかけてくる奈々美に、コルネリアはスッと笑顔を消す。まるで電灯のスイッチをきったかのように不快そうな顔に切り替わると、ポケットから出した手のひらのにおいをかいだ。
甘い甘いにおいがする。誰からも愛される子供だったら毎日あったであろう香りだ。けれど手の中に残る『ぐにゃ』とした感触は、それを嘘だと判断させてくれた。
「一生キャンディ食えないトラウマが欲しい?」
そう言われて、奈々美は顔を引きつらせる。
「目に見えるものはすべて疑ってかかったほうがいい、ってことか……」
同じく小声で確認するように言う『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)に、『律の風』ゼファー(p3p007625)はどこか退屈そうに首をこきりと鳴らした。
「イコルのせいで認識をごまかされてるけど、対抗薬のせいで弱まってるみたいねぇ。どこがどう弱まるのかは、個人差ってとこかしら?」
コルネリアがポケットに入れたものが一瞬『何だったのか』見えてしまったゼファーは意図して目をそらした。薄々感づいているんだろうが、知らないなら知らないままのほうが幸せだろう。
「まずはケリーを探し出そう。向こうも隠れてはいないだろうから、ある程度散策すれば見つかるはずだ」
イズマはそう言って、一旦手分けするように提案してきた。
脱出時は強引な方法をとるために固まる必要があるが、それまでは多少ばらけても問題ないだろう。
彼らは頷きあい、そして一度解散した。
●正義は暗闇に光る交流電球なのです
イズマはスペクター能力と広域俯瞰能力をそれぞれアクティブにしたまま、華やぐ街を歩いて行く。
目的は逃走経路の確認だ。いざ実力行使に出た際に逃走経路が物理的に破壊ないし封鎖されていたら目も当てられない。出たとこ勝負をするには、この場所は危険すぎるのだ。
(これでよし、と。あとは地下道の入り口だけだな)
一通りの確認はできた。以前味方が潜入及び脱出の際に使ったルートは既に潰されている。が、もうひとつ温存していたルートがこの地下通路である。
周囲に人がいないことを確認してから、パカッと四角形のマンホールを開く。このエリアがアドラステイアに占領される前、全く異なる名前の集落だった頃の遺物だ。その時点で既に使われておらず、当時の設備資料にもなかったことから、このルートは見落とされていたのである。
試しに頭を突っ込んで暗視能力で見通してみたが、物理的に塞がれているという様子はない。
「ま、ここも今回で使えなくなるんだろうけど……」
ケリーの亡命に成功すれば、新たな情報が得られるだろう。もちろん慈善の意図もあるのだろうが、それだけでたったひとりの亡命にギルド・ローレットへの依頼コストを払ったとは思えないからだ。それだけの価値が、おそらくはケリーにあるのだろう。
「あ、えっと……」
おどおどとした声がかけられる。
街の清掃を行いながら危険そうな存在が近づいてこないか表で監視していた奈々美である。
「白いバケモノみたいなのがこっち来てる」
「おっと」
確認作業をやめ、痕跡を素早く消し、清掃作業へとうつるイズマ。
奈々美がおそるおそる振り返ると、ずんぐりとしたヒグマのような生物(?)がこちらへ歩いてくるのが見えた。
『聖獣』という名前がピッタリくるような、つぶらな瞳と白い毛並み。いっそ神聖なくらいの雰囲気を出しているが、奈々美は本能的にそれが危険なものだと理解できた。
エネミーサーチにかかっていないので、こちらに敵意を向けていないとは思う。(探知系能力を無効化するスキルが働いていたらお手上げだが)
聖獣は奈々美の前で立ち止まると、奈々美とイズマをそれぞれ見てから、ズッと片腕をかざした。
殺される? 敵意もなく? 奈々美がびくりと背筋をふるわせる……と、その頭にそっと聖獣の手が添えられた。優しく。猫の肉球を巨大化したような感触の、ちょっとだけざらついた手のひらで、奈々美の頭を確かに……撫でた。
イズマにも同じようにしてから、聖獣は背を向け、去って行く。
「…………」
奈々美はイズマと顔を見合わせ、そして息をついた。
ココロから見て、この街は間違っている。それは自信を持って言える。
しかし正しさや正義とは何かと考えると、少しわからない。
少なくともギルド・ローレットは正義の味方なんかじゃない。誰かの正義を(特には悪事ですらを)代行する傭兵組織に他ならない。イレギュラーズという存在も、その思想如何に問わず存在しているだけで意味をなすがため、正義とはある意味無縁だ。
ココロ自身の考える『正しさ』におそらく多くの人は共感するが、それは同じ正義を信じているからではない。考え方の一般性が高く、そして今回参加した八人が皆ある程度の一般性を理解しているからでしかない。例えばグドルフやコルネリアに問えば、正義の形は大きく異なってくるだろう。
では、間違いとは?
では、正しさとは?
広場で賛美歌を歌う少年少女たちを見た。彼らを守るように立つ白毛皮の聖獣がいた。
子供達に尊敬され、愛される怪物。あれが元々人間だったと知ったら、彼らはどう思うのだろうか。ココロなら激しい嫌悪や憎しみや忌避を覚えるだろうが、彼らはむしろ喜んで自分もそうなりたいと考えるのかもしれない。
「ううん、ちがう」
そこまで考えてから、ココロは首を振った。
人類が同じ正しさだけを信じるのは不自然だ。なら、そのまま手を取り合えることが……ココロがジェニファーに求めた『友達』なのだろう。それを阻害するものを、いがみ合うべきと歪めたものを、取り除かなければならない。
清掃をするふりをしながら、周囲への見張りを続ける。
今は至東たちがケリーと合流を果たす頃だ。
「あんまり長居をしたい場所じゃあないわね」
美しくそして清潔な通路を進むゼファー。鼻から息をすると、死体がそのまま腐ったようなにおいがする。
見えるものと嗅覚との違いに混乱しそうになるが、それでも平常心を保つことは難しくない。
レーダースキルをアクティブにしてみると、近くで気配を殺している誰かがいるのが分かる。
誰なのかも、どこなのかもわからないが、そのことを至東に伝えると至東は理解したようだった。
スゥっと気配を希薄にすると、溶け込むように通路の先へと歩いて行く。
そしてはじめから分かっていたかのような正確さでぴたりと扉の前で足を止めると、コンコンとノックをした。
その後、示し合わせてあったリズムでノックを続けると、向こう側から応答のノックが返った。
ドアノブをひねると、鍵はあいている。ゼファーは警戒のために至東を下がらせ、中へ入る……と同時にイコルによる認識阻害が晴れていった。対抗薬の影響で効果時間が著しく短くなっていたのだろう。
だがそれゆえに、変化は劇的だった。
「…………」
小動物や虫の死体だらけの、ひどく汚れきった部屋の中。振り返る少年がいる。
「やあ。ローレットの人だね? 僕はケリー」
「あなた、この部屋……」
言いかけたゼファーに、ケリーはピルケースをかざして見せた。
「ひどいだろ? 僕もこれを知ったとき、びっくりしたんだよ」
部屋の安全が確認できたからだろう。至東がかけより、ケリーを抱きしめる。
部屋同様ひどく汚れ、きっとかなり長い期間入浴すらしていないであろう彼を。
「ありがとう、迎えに来てくれて」
「当然。家族ですもの」
ぱちん、と手を合わせるゼファー。
「感動の再会に水を差したくないけど、今すぐここから出ないとマズそうよ」
そう言って窓際まで歩き、そして窓を開こう……として立て付けの悪さゆえに開かないことに気付いたのか、即座に蹴りつけて窓を野外へ吹き飛ばした。
そして窓の縁にあしをかけると、手を伸ばす。
「高い所は苦手? おてて引いてあげましょうか?」
●脱出
既に合流は果たしていた。イズマと奈々美は牙や爪をむき出しにして襲いかかってくる聖獣たちと戦闘に入っており、イズマの鋼の拳と奈々美による魔法の弾が聖獣へとたたき込まれている。
もちろん倒す必要は無い。というか、相手にネバられたら負けだ。
「至東! ケリーは!?」
精神魔法を放って聖獣を引きつけていたココロが叫ぶと、汚れたカーテンを握って壁伝いに降りてきた至東と、ケリーを小脇に抱えて飛び降りたゼファーが順に路上へと着地。ゼファーは無言で顎をクイッと動かすと『逃げるわよ』とサインを出した。
「さぁて――出番ね。こそこそするのは肩が凝って嫌だったのよ」
コルネリアは潜入のために持ち込んでいたデリンジャーピストルを抜くと、それを連射しながら走り出す。
「てめえか、ボウズ。御託なんざいい、とっとと行くぜ。おれさまについてきな!」
グドルフも持ち込んでいた剣を偽装した鞄から取り出し、走り出す。
行く手を阻むように現れた聖獣たち。同じ白毛皮の個体だ。
俯瞰視点で予めそれを把握していたコルネリアは即座に反転、牽制射撃。
角から飛び出すに当たって防御を固めた聖獣だが、そこを狙ったグドルフが助走をつけた跳躍。大上段から振り下ろす剣によって聖獣の腕を切り落とした。
ギランと光るグドルフの目。一瞬だけ激しく強化された彼の肉体が、聖獣に第二の斬撃を放った。腕どころではない。聖獣の胴体をスパンと切断し、文字通り体勢を崩す。
グオオと唸る聖獣。吹き上がる赤い血。
マルクは放っておいたネズミのファミリアーから逃走経路までの状態を確認すると、『葬送曲・黒』の魔術を練り上げる。
「ケリーをこっちに。僕が庇いながら地下道に飛び込む!」
ゼファーからケリーを(ラグビーボールみたいに)パスされたマルクは両手でキャッチすると、ズシリとくる重みに歯を食いしばりながらも魔術を発動。
追いすがろうとする聖獣に魔法の鎖を絡みつけて足止めし、走り出す。
ゼファーや至東が得意の格闘術で聖獣をたたき伏せている頃だろう。それを確認する暇はない。
走って、走って、そして開きっぱなしになっていた下水道へのマンホールへと滑り込んでいく。
「悪いなァ、ハナッからクライマックスだぜ!
オラオラオラ、おれさまの邪魔ァすんじゃねえぞッ!」
わざと悪ぶってゲラゲラと笑ってみせるグドルフ。
「どんなに街が綺麗に見えても、聖なる獣とか歪んだブツ見せられたら台無しね。撃ち抜かれてぶっ飛んでな!」
コルネリアはここぞとばかりに取り出した『福音砲機Call:N/Aria』のオプション火炎放射器から炎を吹き出し牽制しつつ、後方へと下がる。
ちらりと透視をはたらかせながら振り返ると、ケリーたちが脱出したのが見えた。
「もういい山賊、ズラかる!」
「祭りは終わりか? ここは酒の一杯も出ねぇのかよ」
グドルフは笑い、そしてスッと半歩前に出た。
聖獣たちがものすごいスピードでタックルを仕掛けてくるが、それをあえてよけない。持ち前の頑丈さでコルネリアを庇いつつ、わざと後ろに吹き飛んだのだ。
ごろごろと転がってからすぐに起き上がり、走り出すグドルフ。
「逃げるのは得意なんだよ! ついてきな!」
そこから先は、激しい破壊とスリルの連続だった。
壊して殺して、くぐり抜けてすり抜けて、爆破を背にやっとのことで地下道へと飛び込んだ後に、彼女たちはアドラステイア壁外へと脱出したのだった。
脱出してはじめて、ケリーが呟く。
「世界って、やっぱり汚かったんだな……」
どこか、嬉しそうに。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――任務終了
――ケリーの亡命に成功しました
――実験区画フォルトゥーナに関する新しい情報が獲得されました
GMコメント
●オーダー
・成功条件:ケリーを無事にアドラステイア外へと連れ出すこと
実験区画フォルトゥーナへと侵入し、ケリーと合流。彼を護衛しつつ強引な手段によって区画を脱出します。
少なくとも激しい戦闘が必要になり、走り続けて戦う想定や突破力が要求されます。
『実験区画フォルトゥーナ』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4806
●ケリー
区画内にて生活していた少年です。
亡命を求めるメッセージが届いたため、それに応える形で本作戦が決行されました。
亡命理由や現状は不明ですが、メッセージの届き方から推察するに一般市民としての生活を維持(ないしは偽装)できているようです。
ですが、救出が不可能になるのも時間の問題でしょう。
●区画内の状況と、侵入の手順
皆さんは『特殊清掃員』を偽装して区画内に潜入します。
その際の格好や振る舞い、及びアドラステイアそのものへの侵入方法についてはプレイングからカットしてしまってください(すごく文字数を喰うので)。
潜入にあたって、イコルの摂取が絶対に必要になります。
事前に対抗薬を摂取することで危険な洗脳状態や精神に対する影響をカットできますが、認識の阻害はおきてしまいます。これによってフォルトゥーナが非常に美しい街に見えるかもしれません。
ケリーと合流後はすぐにこの区画を脱出します。
こちらの敵意や行動を察知した警備聖獣たちがこちらを確保しようと動くでしょうが、これを撃破しながら脱出をはかってください。
区画内には聖獣以外の人間戦力はなく、強いて言えば管理者である『ファーザー・バイラム』が出現する可能性がある程度です。(というか、管理者と思い切り戦わなければならないような状況は既に詰んでいるので、そうなるまえに脱出してしまうのが理想です)
聖獣の戦力は不明ですが、一体一体が強力なモンスターであることは確かなようです。
この作戦に成功すれば、助けを求めたケリーが救われるのみならず、フォルトゥーナ内のより詳しい情報を獲得することができるでしょう。
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●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●聖獣
アドラステイアが保有しているモンスターです。
個体ごとに能力や形状が異なります。
当初はただのモンスターだと思われていましたが、現在は人間をイコルによって改造して生まれたものだということが判明しています。
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