シナリオ詳細
さいあるものよ、死に給え。
オープニング
●
――私達は双つの命で生まれてきた。思えば、それがすべての間違いだったのかもしれない。
或いは一つの命が此岸に産声をあげていれば、このような惨めな想いはせずに済んだのだろうか。
誰よりも生きていたい筈なのに、死のみが私の安息なのだと考えてしまうのはなぜだろうか。
日の当たる場所で快活に笑い、信頼できる友を持ち、屈強な肉体を振るう彼を見る度に、私の矮小さを思い知らされる。『病人だから』と接せられることがたまらなく悔しく、私などよりも遥かに大きな器が妬ましかった。
あぁ、病みに蝕まれたこの身体を捨ててしまえたのならば、どれほど気楽に日々を過ごせた?
「天は、ひどく不公平なのだな」
そんなことはないと彼は言った。
ならばどうして、私とおまえはこんなにも違う?
「……お前が言うのならば、そうなのかもしれないね」
柔く笑えば、彼は確りと頷いた。
――私達は双つで生まれてきた。だというのに、手にしたものはこれほどに違う。
「海には気をつけるといい。近頃、妖が出るというからね」
だからいっそ、おまえが死んでしまえばいいのだ。
「私達は、血を分けたきょうだいなのだから」
だから、なぁ、私のために死んでくれ。
私が二度と羨まなくていいように。
私が二度と、妬まなくていいように。
「おまえが死んだら、私は悲しい」
●
「妖怪退治なのです!」
忙しない様子で、イレギュラーズの前に現れたユリーカ・ユリカはそう言った。
「カムイグラのとある漁村で、おっきい『妖怪』が出没しているみたいなのです!
なんでも夜中に漁をしているとそれまで穏やかだった波が急に盛り上がって、そこから黒い巨人が出てきて、船を破壊してしまうそうなのです!
これまでに何度も被害が出ているみたいで、海に投げ出されて亡くなった人もいるみたいなのです……。
そのせいで漁師さんたちは怖がってまともに漁もできないそうで……なので皆さんには、この『妖怪』をババーンとやっつけてもらいたいのです!」
――聞けば、その『妖怪』は夜の海にのみ姿を現すのだという。
見上げるほどの大きな体に、暗闇の中で燃えるように輝く二つの眼で見据えられれば、たちまち体が震え、病に侵されたように動かなくなるらしい。
そのようなものだから、漁師たちは何かをすることも出来ずに船を叩き壊され、無惨に水の中へと放り込まれてしまうのだ。
また、運良く助かった漁師が言うには、かの『妖怪』は唸るような咆哮をあげるという。まるでこの世のすべてに絶望したかのような、怨嗟という怨嗟が凝り固まったかのような、ひどく恐ろしい咆哮を。
「妖怪が退治されれば、漁師の皆さんも安心して暮らせるのです! 皆さん、頑張ってくださいね!」
その瞳には確かな信頼の色があった。あなた達がこの依頼をきっと達成できると、彼女は期待しているのだろう。
斯くしてあなた達は、件の漁村へと赴くことになる。
潮風が鼻孔をくすぐる。そこに血臭が混じっていたのは、果たして錯覚だったのだろうか?
●
「弥助ぇ! 海に出るのはあぶねぇって! 例の妖怪の話、聞いてなかったのかよぉ!」
一方その頃、漁村ではこんがりと日焼けした屈強な青年が船を出そうとしていた。
「うぅむ、聞いていたがなぁ……おれの家には両親もいないし、弟は病で床に臥せっている。おれがなんとかせねば、どうにもならんのだ」
「だからってよぉ……! 襲われて死んだやつもいるんだぞ?! お前の親父さんだって海で溺れて……!」
「わかっているとも。大丈夫だ、芳朗。もしも海に投げ出されたら、泳いで戻ってくるさ。待っているものがいるんだからなぁ」
「でもよぉ……! やっぱ危ねぇって! それに俺、見ちまったんだよ……!」
僅かに青ざめた様子で芳朗はおずおずと言葉を続ける。どこか遠慮するようなその声音に、弥助は僅かな違和感を覚えた。
何か、聞いてはいけないことを聞いてしまいそうな。
「お前んとこの片割れが、夜中に魚みたいな化け物をずたずたに切り裂いて、それを浜辺に捨ててるところ……!」
「――――」
「だから俺思うんだよ。今起こってることって、それが関係してるんじゃないかって……海の神様が怒っちまって、それで……!」
「芳朗」
「っ……」
「あまり、憶測でものを言ってはいけない。おまえも知っているだろう。あいつは……忠仁は病を患っている。そのようなこと、できるはずがない」
弥助はそう言って船を海へと進めていく。
そうだ。忠仁が、よりにもよって自分の片割れが、そのような呪術めいたことするはずがない。
ざわざわと胸の内が揺れ動いている感覚がする。忠仁の顔が、声が、仕草が、頭の中で想起される。
見据えた海の先に、黒く巨大ななにかが見えた。
- さいあるものよ、死に給え。完了
- GM名清水崚玄
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年08月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
砂浜に波が寄せ、そして引いていく。
ぎぃと船の軋む音が響く音も、砂浜を歩く音も、すべては潮騒にかき消えていく。
「だから待てって! いくらお前でも危ないって言ってんだろ!」
なおも船を出そうとする弥助に、駆け足で近づいてきた芳郎がしがみつきながら言う。
いっそ気絶でもさせて無理矢理……そう思い弥助が行動に移そうとした時、一つの声が掛かった。
「おぅい。その者たち、海に出るのは危ないぞう」
そちらを見遣れば一対の角を生やした少女、『慈鬼』白妙姫(p3p009627)が近づいてきていた。
明らかに村のものではない。弥助と芳郎は思い、その動きが止まる。
「えぇ、『妖怪が出る』と聞き及んでいます。一人で漁に出るのは、あまりにも危険かと」
白妙姫の言葉に続くように、『月下美人』雪村・沙月(p3p007273)が口を開く。
「そーそー。海に出る妖怪の退治って聞いてさぁ、こりゃ単純明快イージーな依頼だぜ、なんてピクニック気分で来たんだが」
今まさに海に出ようとしている弥助たちを眼鏡越しにちらと見ながら『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)が零した。
「ハッハー! マジかよ! 普通そんな場所へ漁に出る?」
「もしどうしても行かれるなら、私達を護衛として連れて行く、というのは如何でしょうか?」
夜闇の中、紡がれた沙月の言葉に、弥助は困惑と僅かな不信の混じる瞳を向けた。
「気持ちは嬉しいけど、その申し出は受け取れない。今の俺には手持ちが無くてな。代金を支払えそうにない。それに……あんた達は、一体誰だ? 村の人じゃあない、のは分かるが」
「わしらは神使じゃ。『妖怪退治』の依頼を受けてやってきたのじゃが……主ら、何やら揉めておるのう。何があったか話してみぃ」
ほれほれ、と白妙姫に促されるようにして「あ! じゃあ俺が!」と側にいた芳郎が話し出した。
「――なるほどなるほど」
「話を聞く限り何か強い『恨み』の様なものを感じますが……一体、何に対する『恨み』なのか」
頷く白妙姫の側で静かに話を聞いていた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は、纏うマントの襟を正しながらぽつりと呟いて。
「藻屑にされぬよう、心して掛からねば」
『雨上がりの少女』エクスマリア・カリブルヌス(p3p000787)はこれから対峙する脅威へと思考を巡らせる。海の巨人、しかして妖怪というのであれば狂王種とも違うのだろう。
「なんだか厭な予感がするでありますな……」
『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)の鼻孔に広がる潮のにおいは、どこか粘りけのあるじとりとしたもので、それが一層懸念を強くさせた。
「海の邪魔になる妖怪なんて聞いちまったら、放ってはおけねぇな」
ざりざりと無精髭を撫でる『特異運命座標』裂(p3p009967)は海の彼方の闇を見据える。漁師として海に出ていた経験がある故に、この村に起きている怪異は身近なものに感じられた。
「そう、ですね。海種としても、見過ごしては、おけませんの……それが、どんなものであれ」
水棲生物の因子を持つ『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)もその言葉に頷く。この状況は、海の生物たちにとっても宜しくない状況だろう。
「……よし! 弥助とやら! 同行せい! ほかの者達の言うことが少しばかり引っかかる! 主を連れて行けば何かわかるかも知れぬしな! 止めたところでどうせ行く気ならその方がよかろ?」
「……」
「はいはい! 俺もそのほうがいいと思いま~す!」
白妙姫の提案に考えるように沈黙する弥助に変わり、びしっと芳郎が手を挙げる。
「おい芳郎、俺はまだ……」
「いいじゃん、連れてってもらえって! これだったら『護衛』にならないだろ! それに神使ってのはすごい力を持ってるって爺さんも言ってた!」
弥助はイレギュラーズ達を順に見ていく。明らかにこの付近の人々ではなく、明らかにただのヒトではない。纏う雰囲気、帯びる気配、瞳の光、そのどれが直接的な要因となっているのかは分からないが、確かな『強さ』のようなものを覚えた。
自分よりも、村一番の力持ちだと言われた自分よりも、彼らは『強い』。
「──分かった、分かったから。あまり大きな声を出すな」
「よし! じゃあ、ええと……神使の人たち! こいつのこと、よろしくおねがいします!!」
角度にして90度。びしっとした美しいお辞儀だった。
●
――真夜中の海は暗澹としており、船先につけられた松明と置かれたカンテラが淡く行き先を照らしている。
都合7名のイレギュラーズ達と弥助は、すこし大きめの船2隻に分けて乗り合わせ、海へと駆り出していた。片方は弥助が普段使うもの、もう片方は芳郎の家のものだ。
「運が良いぜ兄サン、コロシアイを最前線で見物できるんだからな。代金は、そうだな……アンタの身の回りの話でどう? 変わった事とか面白いこととかねーの? 家族や恋人なんかは?」
「俺に殺し合いを見物する趣味はないし、恋人もいない。いるのは床に臥せる双子の片割れだけだ。……だが変わったことなら、ついさっき聞いた」
「へぇ? そいつはどんな?」
「妖怪が出るようになる少し前、海岸に『魚のようなも化け物』を切り刻んで打ち捨てていたやつがいたらしい。芳郎はそいつのせいでこうなったんじゃないか、と言っていた」
その言葉に、イレギュラーズ達はピンと来るものもいるかもしれない。
下級妖怪の肉体を切り刻み、それをもって形成されるまじない。人が元来抱く負の感情によって引き起こされる、すこし前に大流行した人災とも言えるもの――。
「……この状況で海に一人で出る、というのはなかなかできることではありません。何か余程の事情があるのでは?」
続けて、同じ船に乗り合わせたルーキスが問う。
もしかしたら、今回起こっている事件と何か関係があるのかもしれない。僅かなものでも、その片鱗が見えればいいのだが。
「俺たちの家には両親がいなくてな。頼れる親族もこの村にはいない。
普段は漁師仲間や村の人たちに助けてもらってなんとかやっていけてるが、それもこの状況じゃあな」
船を漕ぐ手を休めることなく、少し肩を竦めて弥助は続ける。
「一人だけだったらまぁ、なんとかなったかもしれないが……俺には双子の片割れがいる。
名前を忠仁といって、生まれながらに病を患っていてな。医者が言うには治せないし、余命幾ばくもないという。だが、そうは言ってもたった一人の家族だ。見捨てることなんてできない」
だから危険を侵しても漁へ出るのだ。自分と片割れが生きていくために、せめて生きている間は幸せだったと言ってもらえるように。
それ故に、芳郎の言っていたことを飲み込めない。彼がそんな嘘を吐くような男ではないと弥助は分かってはいた。だからといっても、そうかとすぐに咀嚼できるほど容易くはなかった。
「ふむ。思った以上に込み入っておるのう。しかし床に臥せる片割れのために我が身を犠牲にすることも厭わないとは。なかなか肝が据わっておる」
超聴力、というものは便利なものだ。どのような小さな音でも聞き逃すことはない。たとえ船が異なろうとも、彼らの会話は白妙姫の耳にしっかりと届いていた。
「……ふん。どうだかな」
対して白妙姫たちの乗る船を繰る裂は、いつ現れるともしれない海坊主に警戒をしつつ零す。
「しかし、弥助を連れてきて、正解、だったかも、しれない。あの調子、では、置いていっても、こっそり船を出しそう、だ」
「そうですね。友人……芳郎さん、と言いましたか。彼の制止も無理矢理にでも振り切ろうとする勢いでしたから」
エクスマリアと沙月は、裂の視線の及ばない方角を警戒しつつ言葉を交わす。
「(……夜の海、落ちたら、大変ですの。海は、弱肉強食の世界、ですから)」
海の最中を揺蕩うように泳ぎつつ船に追従するノリアは思う。弱者は捕食され強者の糧になり、その強者さえもまた、別の強者の養分となる。
形成されたヒエラルキーは絶対であり、それが覆ることはない。持たざるものと持つものが互いに相容れないように。
――そして、『それ』は唐突に姿を表す。
「! 皆さん、来るであります!」
はじめに気付いたのは索敵に集中していた希沙良だった。
次いで優れた暗視能力を持っていた沙月、尋常ならざる聴覚を持つ白妙姫とルーキス、幾度の戦いで研ぎ澄まされた直感を持つブライアン。海中から現れる異様な気配を察知し、皆獲物を構えていく。
水面が盛り上がる。低く歪んだ唸り声が木霊する。
海に囚われた死者たちが形をなし、蜃気楼のごとき像となって顕現する。
斯くして現れたるは、暗闇の最中に燃えるような双眸を輝かせる巨人――『海坊主』。
「オォォォォ――……」
「あぁ、」
戦の始まる刹那、裂がぽつりと呟く。
「なんとも、厭な眼だな」
●
「ッラァッ!!」
海坊主がイレギュラーズ達に拳を振り下ろすと同時、ブライアンの剣戟が放たれる。後の先から先を撃ち、縫い付けるは邪三光。それに連なるように、空いた片手で栄光を掴む渾身の一撃を見舞う。
感じるのは確かな手応え。『効いている』。それは間違いようもなく。
「行くでありますッ!」
「そら、喰らうと良い」
海坊主の態勢が崩れれば、白妙姫と希紗良の邪剣が殺到する。切っ先による惑乱から続くのは、命を奪わんとする断首の一刀。それらはざくりと海坊主の肉を抉り、腐敗した血のような黒い液体を噴き出させる。
ぼとぼとに船に落ちるのは、人面を持った魚のような『ナニカ』たち。それらはパクパクと口を動かすと、またたく間に動かなくなる。
「……やはり、ただの妖怪ではないのか?」
自身の背に弥助をかばいながら、ルーキスはぽつりと呟く。
既に戦闘が始まってから暫くして、イレギュラーズ達の推測は徐々に確信へと変わっていった。先ず、弥助に対しての殺意が明らかに段違いなのだ。ノリアによる誘導は効いているはずなのに、弥助に対しての攻撃も止むことがない。
「……たぶん、弥助さんへの、怒りが、強すぎるんですの……」
彼女は『自身に注意を惹かせる』ことのプロフェッショナルだ。幾度となく戦場で敵の攻撃を引き受け、味方の生存率を高めてきた。故に、これがどういう状況なのか理解できる。
「意識が、わたしと弥助さんの、二人に、向いて、いますの……!!」
手にした杖から熱水を打ち出しつつ、ノリアは他のものにも聞こえるように声を上げて。
「……心当たりは、あるか」
「えぇ、何か思うことがあるのであれば」
エクスマリアと沙月の視線が弥助へと向けられれば、彼は暫し考え、ゆっくりと口を開くだろう。
目を背けてきたことを、考えないようにしてきたことを、飲み込むために。
「――忠仁。俺の双子の、片割れかもしれない」
そのようなこと信じたくない。彼が、己を憎んでいるなど。
「忠仁が『魚のような化け物』を切り刻んで、打ち捨てていたのを、芳郎が見ている」
その声は低く、掠れていて。
「それに――聞こえたんだ。俺のことを呼ぶ声が、アレから」
腹の底から絞るように、弥助は海坊主を見据えた。
「もしあれが、弟の呪いならば。このまま倒すことは、弟の命を奪うことになる。
それでいいか、とは問わない。邪魔も、させない。討伐は既に決まったこと、だ。
だが、声は届く。説得でも、恨み言でも、別れの言葉でも。今この時が、お前達兄弟の、最後の時間、だ」
「はい。言葉を掛けることは、きっと無駄ではないはずです」
考える。己の言葉が、どれほど彼に届くのかと。
見据える。あのような傷ましき姿が、自分の片割れの心なのだとしたら
「……わかった。やってみよう」
それを生み出した自分にも、きっと責任があるのだ。
●
「(しっかし成程、ありゃ弥助の弟がやったことだったか。
どうせ甘そうな弥助のことだ。ぬるぬる甘い言葉でもかけてたんだろうよ)」
裂の手にする海洋王国の聖十字剣は、海坊主の肉体へとよく沈み込む。
身に降りかかるドス黒い血も、戦闘の最中で海水に洗い流されていく。
「(人は公平ではない。それが真理だ。
持ってる奴に持たない奴の気持ちなんざ分かるはずがない)」
それが双子でもそうだっただけの話。つまり、これは起こるべくして起こったのだ。
だからこれより先に何が起ころうと、裂に興味はなかった。
受けた依頼を、海坊主の命を、ただ終わらせる。
「せめて、お前の抱えた苦悩もろとも海に消えていけ」
深く、深く、海の如く深い一撃を海坊主へと叩き込めば、ぐらりとその身が大きく揺らぐ。
それも当然。ブライアン、白妙姫、希紗良の付けた傷の上から更に抉るように叩き込んだのだから。致命傷とはいかずとも、大きな消耗となることは相違なく。
「弥助さん、声を掛けるなら今しかないでしょう。どうか」
ルーキスの言葉にこくりと頷き。
「忠仁──!! 聞こえているんだろう! すまなかった! 俺はお前の気持ちに気づくことができず、追い込んでしまったのだろう!
お前は『俺が死んだら悲しい』と言っていたな! 俺も同じだ。お前が死んだら、俺は悲しい!」
ぐわん、ぐわんと、夜の海にその声は響いた。
才あるものの声が、只人へ向けて。
「───」
海坊主が項垂れ、その動きが停止する。
「やい、忠仁! 主の身の上は憐れに思うが! これは完全に逆恨みじゃ!
弥助に呪われる様な謂れはない! 何故その執念を別の形に出来なんだ!
寄り添う兄を殺めて気が晴れるものかッ!」
腹立たしい、なんとむごい話か。すべての話を耳にしていた白妙姫は、そのように声をあげ。
「よう海坊主! お前はバケモノに違い無いが、お前を形作った誰かさんってのに察しがついたぜ。
だからお前を通して言ってやる。大概酷ェ人生送ってんな!
別に特別な何かを望んじゃいねーのによ、見返したくても同じ土俵に上がることすら出来ねー。
さぞ苦しかったんじゃあねーの? 好きなだけ暴れていいぜ! 俺が許す!」
少しでも倒しやすくしようと、ブライアンは嘘の言葉を紡ぎ。
「貴方はこのように暴れて満足しているのでしょうか? どのような境遇であろうとも人を妬んで良いことなどありませんよ。
もし他者を妬む気持ちしかないのであればこの場で討ちましょう。ですが、やり直したいと思うのであれば……ここに『奇跡』を、もたらします」
沙月は、自らの特異点としての力を振るおうと、その身に決意を宿し。
「忠仁殿。遺す言葉はありませぬか? 恨みでも憎しみでもいい。……なれど。温かい気持ちは残っておりませぬか?」
希紗良が『忠仁』としての言葉を促せば。
「――ははは」
海坊主から、若い男の声がした。
「――おまえはいつもそうだな、弥助。私が欲しかったものをすべて持っている。
友も力も何もかも。挙げ句に今度は神の使いか? ことごとく、おまえは天に選ばれているようだ」
すべてを諦めたような、ひどく疲れた男の声。
「許しなど必要ない。安らぎも奇跡もいらない、温かい気持ちも忘れてしまった。
私は、私の意思で、弥助を呪うことを選んだ。すべてを承知の上で、こうすることを望んだ。
苦しかった、憎かった、絶望したし諦観した」
ゆっくりと、『海坊主』はその手を振り上げ。
「おまえは、私を切り捨てるべきだったのだ。
もっとはやくに、私がこうなる前に、殺すべきだった」
イレギュラーズ達に向かって振り下ろす、その刹那――。
「そうかよ。だったら、そうさせてもらうわ。……これも仕事なんでな」
白刃一閃、赤手空拳。
それは瞬きの如く、ブライアンの刃と拳が、海坊主の身を打ち砕いた。
●
静寂が、夜の海を支配する。
海坊主のいたそこには、始めから何もなかったかのような空白が在った。
「……忠仁さん……うらむなら、大人になるまえ、生まれるまえに、食べられた、シラスたち、イクラたちの無念も、代弁してあげてくださいですの」
水面にふわふわと浮かびながら、ぽつりとノリアがつぶやく。
彼は世に産声をあげることができたが、卵として食われたものは、そうはいかないのだから。
「貴方は彼の分まで生きて下さい。彼の思いを知った貴方には、そうする責があるのだと自分は思います」
船の上、海坊主のいた其処を静かに見つめる弥助に、ルーキスが語りかける。
「……そう、だな」
未だ飲み込めずにいるのか、その返事にはいまいち生気がなかった。
「俺は、どうすればよかったのだろうな。あいつの言うとおり、殺せばよかったのだろうか」
「いいえ。きっと、そうではないであります」
希紗良は、それを確かに否定する。
「弥助殿は、忠仁殿の心根を確りと聞き、吐き出させるべきだったかと。
内に秘めれば、行き場のないそれは毒となり、いずれ身を食い潰しますゆえ」
「……そうか。……そう、だったのか。俺は、なんと不甲斐ない」
「キサには、彼も苦しそうに見えたであります。きっと、『弥助殿が死んだら悲しい』というのは、本心だったと思うでありますよ」
――海坊主は撃ち落とされ、病みに囚われた片割れはその生を終えた。
件の漁村は再び活気を取り戻し、少しずつ元の様子に戻っていくだろう。
世界は進む。公平ではなく、平等ではなく。
災に溢れた世界では、才あるものが生き残る。
死の底に沈みゆく中で、呪いを選んだ男は想う。
「もっと早くに死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きてしまっていたのだろう」
あぁ、それはきっと。
「おまえが、眩しかったせいだな」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
海坊主の討伐、お疲れさまでした。
皆さん各々の説得や心情、非常にありがたく読ませて頂きました。
今回は心情寄りの依頼でしたので、戦闘描写が薄めになっております。
MVPは奇跡を願おうとしたあなたに。
GMコメント
暑いので海の依頼を出しました。あんまり後味はよくないかもしれないです。
なので、PCの皆さんが想う『救い』を教えて下さい。
●成功条件
①『妖怪(海坊主)』の討伐
●地形
真夜中の海。
非常に暗いため光源がない場合は命中にペナルティが掛かります。
水中に投げ出された場合、復帰することは可能ですが死んだ漁師たちの無念からステータスにデバフが入ります。
戦闘は基本的に船の上で行われます。
●敵の情報
◯『海坊主』
ユリーカや漁村の住民は『妖怪』としていますが、その正体は忠仁の呪詛によって生み出された『呪獣』です。
いくつもの下級妖怪を殺害して生み出されたもののため非常に強力ですが、忠仁の情念が混ざり、不安定になっています。
忠仁の心情に訴えかけるような行動を行うことで、確率で弱体化が入ります。
・叩き潰し:巨大な体躯を用いて超重量の一撃を放ちます。
・怨嗟咆哮:海底より轟くような恐ろしい声で攻撃します。
・病魔の眼光:瞳で見つめた相手にバッドステータスを付与します。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●味方NPC
弥助
この漁村で生活している漁師。幼い頃に両親を亡くし、双子である忠仁と共に生活してきました。体格と力に恵まれ、友達想いで家族想いの面倒見のいい好青年として村の人々からも人気です。
シナリオ開始時点で友人の制止を振り切り無理矢理に漁に出ようとしています。説得して家に帰すか連れて行くかは自由です。
戦闘能力がほとんどないので、連れて行く場合はPCの誰かが彼を守る必要があります。
●敵対NPC
忠仁
犯人。『海坊主』を生み出した張本人であるため、『海坊主』を殺害した場合、彼も死亡します。
生まれながらにして不治の病を患っており、余命いくばくもありません。
彼の生をどのようにするかはあなた達次第です。
Tweet