PandoraPartyProject

シナリオ詳細

黒キ狼ノ帰還

完了

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――豊穣の動乱が収束を迎えて暫く。
 各地に残る爪痕は段々と人々の努力により消え失せつつあった。
 被害のあった家屋は復興され、魑魅魍魎の類は改めて掃討され。
 ようやくにも――ゴタゴタが収まり始めたと言えるだろうか。
 帝が復権を果たし、これよりこの国は新たなる未来を切り開いていくのだ……

「……ふむ。ならばそろそろ良いかもしれんな」

 高天京。その一角で穏やかなる街の様子を見ているのは嘉月 総十朗だ。
 彼はこの国の暗部に属する一人であり――しかしこの国で生まれ育った者ではない。
 元々は幻想の森に居を構える『嘉月一族』と呼ばれる一団の長だ。
 バグ召喚により豊穣郷へと転移してしまい……やむなくこの地にて己が力を活かしていた訳だ、が。豊穣から見て西――かつて絶望の青と呼ばれていた海域が神使によって突破されて以降、帰還の目もありつつあった。 
 しかし帰れるからといって、一時は世話になったこの国を瞬時に捨てるなど出来ようものか。ましてや巫女姫の台頭以降、情勢が不安定になっており猫の手も借りたい程であったこの国を。
 斯様な行いは総十朗の信義に合わず――だが遂にこの国は落ち着きつつあった。
「一度は帰るべきであろう。暇を頂くとする、か」
 自らが抜けようとも問題はあるまい。
 光差す豊穣の地に己の様な影があらずとも、と。
 故に彼は里帰りに思考を馳せる。
 己がかつていた地へ。
 真なる己が庭。幻想の、嘉月の森へ――


 ――そして所変わって幻想、アーベントロート領が一角。
 その街中を歩いているのは清 (p3p007087)と射タ風 レン (p3p004728)の二人であった。
 何のことはない。ただ休日に二人で街を歩こうと……どちらからともなく歩みを始めたのだ。
 晴れ晴れとした陽光がまるで彼らを祝福するかのように降り注ぎ。
 涼しき風が吹けば――どこまでも歩いて行けそうだ。
「レン様……! 見てください、猫が、猫が寄ってきて……かわいいです!」
「ふっ。今日の清は動物に好かれるでござるな」
 さすれば道中にて小さい猫が清の足元にすり寄ってくるように。
 思わず目を輝かせて撫ぜる清――であれば、只それだけで心が安らぐものだ。
 愛しき者。その者の笑顔がそこにあるだけで微かな高揚が心を満たし。
 愛しき者。その者が傍にいてくれるというだけで――安堵が満ちる。
 二人はこの上なく幸福の最中にあった。
 あぁこの穏やかな一時が――いつまでも――
「わ、わ、わ! 登ってき、ひゃあ!」
「おっと、清!」
 瞬間。悪戯好きな猫が清の足から顔の方へと昇らんと一気に跳躍。
 さすれば驚き、後方へ倒れんとした彼女をレンが支え――るに一瞬足らず。
 そのままもつれる様に倒れこむ両名。
「――あっ」
 気付けば、まるで。
 互いの影が重なる様に。或いは――押し倒しているかのように。
 ここが大通りではなく、路地裏の影であったのが幸いだったか。民衆らの喧噪の声はどこか遠く。
 しかし。
 心の臓の鼓動が相手に伝わるのではないかと思うほどに――高鳴った――

 その時。

「――ッ! 何者でござるか!」
 レンが飛び跳ねる様に姿勢を正す。
 それは彼が微かなる『気配』に勘付いたからだ。
 喧噪は遠かった。人の気配など近くにはなかった――と言うのに。澄んだ耳に聞こえてきたのは『あまりにも近い範囲』で聞こえてきた物音だった。
 まさか、近くに誰かがいた? 今の今まで気付かなかった。
 そして見据えれば実際にいるものだ。影の狭間に、一つの存在が。
 気配が無かった――いつのまにこんな近くに『居た』と言うのか。
 達人の所業。即座に察したレンが清を庇うように前に一歩出れ、ば。
「――えっ」
 遅れて気付いたのは清だ。否、気配に、の話ではない。
 それは近づいていた者の――顔の事。
 知っている。彼女は、その者の顔を。その、者は――
「と、父様?!」
「……久方ぶりだな、清。まさかお前が本当にこのような所にいようとは」
 自らの父親。嘉月 総十朗――
 先程とは異なる意味で心の臓が跳ね上がる。
 ――嘉月の長が。父が此処にいる? まさか、抜けた、己を――
「清……? どうしたでござるか?」
「ふむ……その男が今のお前の『拠り所』なのか?」
 殺しにきたのかと、問わんとする口が微かに震える。
 ――先程までの安堵はどこにもない。先程までの高揚感はどこぞへと消え失せて。
 今はただ、ただ――
「ならば」
 そして、父が動く。
 一歩。それが、恐れる清にとってはまるで……
 今までの全てが崩落する様な音にも聞こえて――
「――清!」
 直後。そんな彼女の手が引かれる。
 強い力と共に。強い意志と共に。
 ――レンが彼女を連れ出さんとする。
「行くでござるよ!」
「えっ、あっ、レン様、でもどこへ」
「どこへでも、でござる!」
 唯々今は彼女の恐怖を打ち消すべく。
 彼は駆け抜けんとする。彼女を縛る――闇の帳から。


 ――なんだろうかあの者は?
 総十朗の視線の先。そこには娘の手を引いて全霊で駆け抜ける一人の青年。
 悪くない動きだ。見るに、只の一般人ではない事だけは伺えるが……
「…………だがそうはさせられんな」
 しかしこのまま行かせてやる訳にはいかぬ。なぜならば――

(――この様な人目につかぬ場所で娘を押し倒さんとする輩なぞ信用できるか!!)

 総十朗は顔にこそ一切出さねど、既に心中はもう穏やか所ではなかった。
 どれぐらい穏やかでないかと言うと、彼が清を押し倒す(誤解)瞬間に思わず心が乱れて物音を立ててしまい気配を悟らせてしまった程だ――迂闊ッ! そして今も微妙に足取りもおぼつかぬ――迂闊ッ!
 ……とはいえ彼も暗部の頭領であればやがて調子も取り戻そう。
 その時には娘を誑かす(誤解)輩に一撃ぐらいは入れるつもりだ。
「この程度に耐えれぬ者になんぞには――やれぬからな」
 跳躍する。逃げる彼らを追うように。
 壁を駆け抜け障害物を巧みに避けて。嘉月の長は己が力を全力で振るいつつあった。

GMコメント

 お待たせしました。お二人の前に現れたかの存在ははたして……

●成功条件
 嘉月 総十朗を振り切る、もしくは撃退……?

●フィールド
 幻想の街中(位置的にはアーベントロート領)です。
 時刻は昼時――後方からは総十朗が追ってきています。

 北へ往けば更なる住宅街が。
 東に行けば深い森が。
 南に行けば遥かなる平原が。
 西に行けば更に深い路地裏へと。

 お二人は何処へ駆け抜けられてもOKです。
 総十朗を振り切るか、もしくは戦いやすい場所に移動するのが最善でしょう……

●嘉月 総十朗
 嘉月の一族の長。
 厳格厳正たるその人となりは何が起ころうとも揺れぬ鉄の心を持っているとも噂されています。

 バグ召喚により豊穣の地で活動していましたが、本来は幻想の者でした。
 いずれの地でも暗部を担当しており、特に幻想では一族単位で闇を担う程に。
 一族を抜けた娘――つまり清さん――の事は気にも留めていない様子でしたが。幻想に帰還するなりに伝えられた清さんの目撃情報に何の興味を抱いたか、自ら赴いてきたようです……



 ……なお。直前まで完璧に近い形で気配を消していたのになんで気付かれたのかと言うと、二人の影が重なるのに滅茶滅茶動揺したからです。迂闊ッ――! 仲睦まじい様子に心乱されるなどッ――!
 中々口にこそ出しませんが、一族の者には深い情があり清さんの事も随分と気にしていた様です。つまりこの人実際は親バ……

 ……しかしそれはともかくとしても嘉月の頭領としての実力は本物です。
 隠密なる移動に加え、背負う大刀は嘉月一族に代々伝わる名刀なのだとか。
 優れた敏捷性。鍛え抜いた暗殺術は、隙があれば非常に鋭い一撃となって襲い掛かってくるでしょう――

 彼の目的は娘をそろそろ連れ戻す事……ですがその前に娘と懇意な様子の正体不明の青年(レン)を試す面もあるようです――
 なお。彼以外に嘉月一族の者はいない、と思います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 黒キ狼ノ帰還完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年07月31日 23時56分
  • 参加人数2/2人
  • 相談7日
  • 参加費---RC

参加者 : 2 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(2人)

射タ風 レン(p3p004728)
コスプレ同好会名誉会員
清(p3p007087)
あなたを想う

リプレイ


 ――駆ける。
 それは矢の様に。それは疾風の様に。それは恐れる様に。
 追いつかれてはならぬという焦燥感が――どこかに渦巻いていて。
「清。このまま北へ進むでござる……良いな?」
「は、はい……レン様……」
 可能であれば少しの間だけでも『追跡者』の目を欺き『あなたを想う』清(p3p007087)の動揺を鎮める時間を作りたい所だと『元宇宙警察忍者巡査部長中忍』射タ風 レン(p3p004728)は思考を重ねていた。
 ――現れたあの人物の事。『父様』と清は呼んでいた。
 よもやこのようなタイミングで御義父上と邂逅することになろうとは……全く思ってもいなかった、が。清の様子を見るに『あのまま』はまずいのではと直感したのがレンだ。
 心が震えていた。
 身が震えておらずとも、魂の硬直を確かに感じたのだ。
 ――あのまま言葉を交わすのはまずいと、レンが手を取ったのは正に咄嗟の事。
「どこか身を隠す場所を見つける事が出来ればよいのでござるが……」
 とにかくと、進む先は北。
 入り乱れる住宅街の中を――だ。ここは人の気配が多く、建物も多い。
 上手くすれば撒く事も出来るやもしれぬ。せめて一瞬でも、目を逸らせれば……
「――清」
「ッ、は、はい!?」
「どうしたい?」
 心ここに在らず、という清。
 言の葉の応酬はあくまでも走りながら――だ。後方より至る気配は何か手間取っているのか分からないが、そこまで急速に近づいてくる気配はない……ものの、しかしこちらも引き離せているとは言えない状況であった。
 故にどこかに隠れて話し合う、というのが難しいと判断したレンは最早駆けながら紡ぐ。
「え、と、どうしたい、とは……」
「そのままの意味でござるよ――このまま逃げるでござるか?」
 恐れを抱いている事は分かっている。先程感じた魂の硬直はその類だろう。
 しかしどこか――逡巡している様な様子があるのも、また感じていた。
 ――迷っている? 逃げたいという気持ちと、もう一つ。
「いや。拙者、思わず手を引いたでござるが……
 よく考えれば清の考えを聞いていなかったと思ってな」
「――レン、様。私は」
「拙者は」
 一息。
「清が『したい』と思う事を――したいでござる」
「――」
「逃げるならばこのまま全力を。それ以外でも全霊を」
 だから。
 どうする――清?
 レンの問いかけの言の葉は、柔らかい。清に答えを急く事はしない。
 答えられないのならばこのまま逃げよう。自らの判断と責をもってして。
 だがもしも――清が成したい事が有るというのならば転じよう。
 だから。
 教えてほしいのだ、清。

「…………わた、しは」

 震える唇。父とはもう随分と会っていない――
 殺されると思っていた。一族を抜けた時から、粛清の対象だと。
 だからずっと怖かった。捕まったら殺される。
 いやもしかすれば『抜け』の見せしめに、殺されるより酷い状況という事も……
 怖い、怖い、怖い――想像が膨れ上がり父の顔を思い出そうとするだけで動悸激しく。
 顔は青ざめ魂は委縮し。ただただ――『逃げたい』『生きたい』という思いだけが募る。
「わた、しは」
 だけれども。
 本当に殺すつもりだったのならば――もう既に手を下されている気もしている。
 配下でも或いは自身の手でも。いや先程会った時、声を掛ける必要もなく……
 殺せたのではないか?
(父様は……何をされたいのだろう……?)
 殺したいのか、捕まえたいのか?
 振り返るのは怖い。すぐ後ろには怒気と刃があるのではないかと――思わざるを得ない。
 だけれども。
 今は、一人ではない。
「――レン、様」
「うむ」
「私は……」
 だから、言う。
 己が想いを。己が心に決めた――
 絶対に譲りたくないことを。

「私は、レン様を巻き込みたくないです」


「――むっ?」
 嘉月 総十朗は精神の安定をようやく取り戻し始めていた。
 嘉月一族頭領としてこの時間の掛けっぷりはもはや失態の領域かもしれない。闇に生きる者であるならば、何か突拍子が無い事態が発生しても一瞬で精神の均衡を取り戻すべきだと……むしろ己は一族に教える側だ。それなのにまるで恋人たちの駆け落ちの如く手をしっかりと繋いで掛けていく様子に心乱されるなど――迂闊ッ!
 が。まぁそれはもういいとしよう。いいんだ。
 それよりも追っていた気配が、妙だ。
「止まった、な」
 今まで大通りなどは通らず、人通りの少ない路地裏や家の屋根などを二人は通っていた。
 その気配がこの先で停止している。
 逃げるのを辞めたか――罠を張ったか――それとも迎え撃つ気か――
「ふむ。面白い」
 如何な考えがあってこの先に佇むか。総十朗は承知の上で踏み込んだ。
 清を家に連れ戻す意志に変わりはないのだから。
 故に――往く。何かあるならば『やってみせよ』とばかりに。

「――父様っ!!」

 瞬間。角を曲がった先で仕掛ける一つの影があった――
 激突する。力と力が交われば、激しい衝突音が響き渡って。
「清か」
「父様。どうか話を聞いて下さい……!」
「無論。聞こう――家でな」
 直後に総十朗は清を弾く。
 そのまま再度速度に身を任せ、壁を蹴って上を取る様に。清の先の一撃――速さに全てを注いで貫いた一撃は中々のものだったが、しかし上を取れば彼女は重力に抗って父に撃を命中させる必要がある。
 つまりこの位置は総十朗有利という事だ。
 清よりも長く生きているが故の経験、技量をもって――久々に『稽古』でも付けようかと総十朗は思考した――その時。
「おっと。やはりこちらへと至ったでござるな」
 総十朗の、更に上を取る影があった。
「――先程の者か。何者だ?」
「彼女の隣にある者」
 見過ごせぬ単語だ。言い放ったのは――勿論レンで。
「清は話し合いたいという事――果たす為にも些か失礼仕る!」
 彼もまた駆けた。
 彼女の為に在る為に。彼女と共に――在る為に。


 ――私は、レン様を巻き込みたくないです。

 時は少し前。共に逃げながら語っている途中で零れた、清の心情。
 ああそうだ嫌なのだ。どうあれレンを巻き込んでしまうのが……
 もしかすれば――レンが大怪我でもしようものなら。
「私は……そんなのは絶対に嫌です」
「そうでござるかなぁ。拙者は別に、怪我ぐらいしても良いでござるが」
「死んじゃうかもしれないんですよ!」
 ――どうしてだろう。レンが、手を離さない。
 巻き込みたくないと言ったのに。それでも手を引きながら共にある。
 どうして。
「本望……というと些か違うでござるな。うむ、死んでしまっては共にあれぬ。
 だが――もしも拙者が負傷をしたのなら、それは清を護って、という事であろう」
 そして、彼は言う。
「清を護れず己が負傷を負わぬという事こそが――拙者にとっては恐ろしい」
「――――」
「負傷するならばそれで良し。命を落とすならば……まぁよくはないが良い。
 それは共にあった証なのだから」
 だから。
「だから」
 共に行かせてほしい。共に巻き込ませてほしい。
 退くことを選択し振り切れるならばそれでよし。
 相対する場合は清と共に並び立ち――互いに立ち回ろうではないか。
「清」
「――レン様、本当に、いいんですか?」
「そのような事はとうの昔から『良い』のであるよ」
 ああ――
 嫌なのに。レンが負傷し、巻き込まれるのが嫌なのに。
 それでも――清の心には一つの気持ちが芽生えていた。
 共に、来てほしい。
 我儘を言わせてほしい。
「レン、様。私は父様と――話したいんです」
「うむ」
「もう幾年も経ち……どうして今更に現れたのか」
 だから。
「一緒に来ていただけ――ますか?」
「無論――心得た。しかしそれなら」
「はい。逃げる訳には参りません」
 迎え撃とう。
 相手は嘉月の一族の長。勝てるかは知らない。けれど、それ以上に『知りたい』のだ。
 どうして父が来たのか。あの人は一体――何を考えているのか。


 そして激突の時へと至る。
 幾度もの金属音が鳴り響く――刃と刃が交じり合い、影が交差するたびに死線が巡る。
 二対一の状況。普通に考えれば多数の方が有利なのは常識だ、が。
「ふ――ッ!」
 短い呼吸音。総十朗が刀を構えると同時に。
 鞘より引き抜く一閃が――レンの方へと襲い掛かった。
 それは正に神速の抜刀。見誤れば死するに足る、その一撃を。
「清! コレには当たるな――信じているでござるからな!」
「はい! 勿論です――レン様!」
 互いに声を掛け合い凌ぎきる。
 跳躍し、大きく抜刀の軌跡から逃れるのだ。無論、追撃されぬとも限らぬ訳だが……しかしそれは躱していない方が撃を紡いで隙を作る。刹那でも機がズレれば一切合切意味をなさぬものだが――
 二人の。名を互いに呼び合いながら連携する姿はまるで長年連れ添った夫婦の如く!

(むぅ! おのれ清とこれほど息が合っているとは――まさか既に籍を入れて!!?)

 動揺する父様。が、実際の所彼も一切の加減なく本気……と言う訳ではない。
 全霊であったならば二人の息があっていようとも、それだけならば崩す手も幾つかあると思考していた。しかし総十朗は殺人を好む化生の類ではなく、そもそもこれは『稽古』の感覚の延長程度だ――
 まぁ。もしもレンがさほど技量の伴わぬ輩であったのならば、既に戦闘を継続できない身体にはされていたであろうが。
 しかしそこいらの未熟者よりは修練を積んだ形跡があり。
「全力をもってお相手仕るのみ……参るッ!」
 そして彼もまた一歩も退かぬ。
 多段なる撃を放ちて牽制し、毒の霧にて総十朗の移動先を潰さんとする。
 全ては総十朗に隙を作る為。
「――小賢しいな」
 中々に総十朗は頑強だ。崩そうと思っても崩れぬ厚みがある。
 しかし。
「何故今、清の前に姿を現したのでござるか」
 レンは強引に踏み込んで――問う。
「ふむ――娘の前に親が現れて不都合が?」
「彼女に……害を成すつもりでござるか」
「害。とは?」
「知れた事。清には……恐怖があるでござる。『そう』であるならば――」
 鍔迫り合い。押されぬ様に気迫をもって前へと進み。

「如何に御義父上といえど看過はできぬでござる! 拙者が――清を護るッ!」

 瞬間。総十朗は見た。
 彼の首にかけていたお守りが――何か、煌めきを見せた様な気がすると。
「なにッ――!」
 それは清の想いが込められた一筋の雫
 これがある前で負けるなどあろうものか。これがある前で清を護れぬなどあろうものか!
 裂帛の気合と共に鍔迫り合いを――押し切る!
 その一瞬は正に驚愕。総十朗自身も予測していなかった……計算外。
 彼の実力が刹那、総十朗の想定を超えたというのか。
 いや、それだけではない。
 清自身も――父である総十朗の記憶から随分と強くなっていた。
「父様!」
 そして彼女は往く。レンが作りしその一瞬を――無駄にせぬ様に。
 声を掛け続ける。常に動き続け、こちらの刃を辛うじてながらも捌き――
 躱し。戦場に在り続け、父と対等に立っている。
 無論それは先述したようにレンの存在もあってこそ、ではある。
 彼がいる事によって総十朗の意識は二分されているのだから――
 そして。
「――私を殺しに来たんですか!」
「……何?」
「ずっと……ずっと前に、一族を抜けた私を……殺しに!」
 そして――遂に言葉は父へと届く。

「でも、そうだとしても……私はもう恐れません!
 例えこれから先、父様に狙られる日々が待っていたのだとしても――
 私は、レン様と共にいたいんです!!」

 己が望み。己が未来。己が――愛し人。
 彼と共にあれぬのならば抗おう。例えそれが父であろうと。
「どうなんですか父様! 私は、私は――ッ!」
「待て。清……何を言っている。私が殺しに来た、だと?」
 瞬間。総十朗の攻め手の手が――和らいだ。
「――何か誤解があるようだな。一族を抜けたお前を連れ戻す意志はあったが……
 別段、殺す気などありはしないぞ」
「…………えっ?」
「お前は娘ではないか。子を殺す親が――はたして何処にいようか」
 ある家屋の屋根に立ち。そして……ようやくにもマトモな形での親子の会話が始まった。
 ――生じていた誤解。恨みや怒りなどは無く、ただただと……
「わ、私は……父様にずっと殺されると思っていました」
 なんと――娘からの独白に総十朗は軽く衝撃を受けるものだが。
 しかし揺らがぬ。表情の面では鉄を保ちつつ、彼女の話を聞こう。
「だって嘉月を抜けた者ですから。ずっと、許されないと……
 でも抜けて良かったです……だってレン様と会えたのですから……!」
「レン――成程、あの青年の事か。既に夫婦なのか?」
「へ? 夫……ご、ごごご誤解です!! 違います! まだそういう関係ではなくて!!」「何? まだ?」
 あ――!! 違う違う違うとにもかくにも!!
「レン様は私をとっても大事にして下さる……恋人、です!」
 そして。
「……ずっと傍に添い遂げたい方、です。
 父様。私は――あの人の傍にいたいのです。
 ですから……私は一族に戻る事はありません……!」
 まっすぐと。目を見据えて言い放つ――清。
 かつて。一族にいた頃の彼女にこれほどの覇気があっただろうか?
 見違える様な感覚――
 娘がどこか遠くに行ってしまったような、そんな感覚を得て。
「成程……つまりやはり添い遂げたい相手という事ではないか」
「へ? あっ、うっ……そ、添い遂げたいのは本当ですけれど……ううっ。
 勢いで恥ずかしい事を言ってしまいましたっ! でも……嘘ではありませんっ!」
「ふむ――」
 一息。何か、総十朗は考え込む様にした後――
「レン、と言ったか」
「左様」
「お前に娘はやれんな」
 父様!? 清が何を口走って――という顔をする、が。
「娘が欲しくばせめて私と一対一で打ち合える程度にはならねばな」
「任せるに足る男になれ、と?」
「任せきるに足らぬ者に渡すものなど一つもない」
 それは一族云々ではなく、一人の親としての感情か。
 彼は言う。今は、まぁいい、と。
「まぁよい。ともかく――清は根付く場所を見つけたようだ。
 そこから無理に引きはがすというのも、良き話ではないだろう。
 だが……手を出せばその限りではないぞ」
 父様――!? 先程から絶叫する清。
 だが。ひとまずは誤解も解けて――良かったと思うべきなのだろうか。
 総十朗は退くようだ。元々清を引き戻すためのつもりが……その理由が消えたのだから。
「御義父上」
「そう呼ばれる義理はない」
「またいずれ」
 慌てふためく清を横目に。レンは総十朗へと声を掛けて――
 直後に総十朗が屋根より降りて、姿が消える。
 ――気配もない。やはり闇の者としての熟練の技能がこれか……
「やれやれ。前途は多難の様でござるな――」
「ああああああのののののレン様ままままままま」
「ひとまず疲れたでござるので……どこかで一息つくでござるか」
 姿勢を崩し、天へと向けて零す吐息。
 ――黒キ狼ハ帰還した。
 しかしその牙が身内や、共に在る者に振舞われる事は――無かったようだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 リクエスト、ありがとうございました。
 ――お二人の絆を描くことが出来たなら幸いです。

 ありがとうございました。

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