シナリオ詳細
紅玉髄の眸
オープニング
●『裂罅』
都の喧騒より遠く離れた山麓に、ぽつねんと幼児が座っていた。周囲に人影は無く雑木林に埋もれるようにして幼児はしくしくと泣いている。
空いた腹はきゅうきゅうと音を立て雨水を啜り喉が渇いたと涙を流す。虫に喰われた所々は痒く、大地に擦れた傷痕は瘡蓋となっていた。
それでも子は満足に動くことも出来なかった。指先をぎゅうぎゅうと丸めて手足をバタつかせるだけである。
ぎゃあ、ぎゃあ。そうやって声を上げて誰ぞに気付いて貰うのを待つだけである。
だが――その目の前には何者かが立っていた。
黒々とした体躯より紅玉髄の眸が覗いている。それは人為らざる者である。魔物だ。そう呼ぶに相応しい。
ぎゃあ、ぎゃあ。子供は未だに泣き続けた。危機感すら備わらず、それが何であるかも理解を為ぬ幼児は泣き続けるだけである。
魔物はそっとその体を抱え上げた。……食事にするにもちっぽけすぎる。幼児の体を掴み魔物はずんずんと進み往く。
「あ」
幼児が言葉を有するようになってから、魔物は――『妖』は初めてその幼児に名を付けた。
「あ」
妖が言葉を有するわけでは無い。其れは気紛れであった『妖』が気紛れに『音』を発しただけに過ぎなかったのだろう。
それでも幼児は己を指し示していることに気付いた。『ああ』と。そう呼ばれたのだと歓喜した。
「ああ」
「あう」
言葉が無くとも幼児と妖は一緒だった。疾うに時は幾許も経っており、幼児も少年と呼ぶに相応しかった。時折山を下って人里に辿り着いては、『お母さん』が人間では無い事を理解した。
人間に捨てられた可哀想な男の子。『ああ』は自分がそうで在ることに気付いても、『お母さん』を恨む事は無かった。
姿形は違えども『お母さん』は己を愛してくれていた。だからこそ『ああ』は母の教えの通り、日々を過ごした。
人里に居り、そして大人も子供も、人間と呼ばれる個体を殺めては食糧を奪い尽す。其れが生きる為に獣の中で行われる分かりやすい営みだったのだから。
「ああ」
「あうー?」
「ああ……あーあ」
「ん」
子供は言葉を教えてくれる相手は居なかった。それでも、『お母さん』の言っていることは理解出来た。
次はどの村を襲おう。鱈腹美味しいものを食べて過ごそう。僕らは『除け者』だったのだから。
●神使也
「少し、聞いてってくれる?」
『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)は何処か困り切ったような顔をして、コルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)へと声を掛けた。
「実はとある山の周辺にある集落が妖による襲撃で壊滅してるらしいんだ。それを、止めて欲しいって依頼があって調査をしたんだけどさ……。
どうやら『妖』と呼ばれてる存在は純正肉腫らしいんだ。それから、一緒に動き回っている子供も少しワケアリのようで」
「それは……どういう事?」
コルネリアの視線が厳しくなる。雪風は順を追うね、と先ずは妖についての説明を始めた。
黒々とした体躯には無数の毛が生えておりずんぐりむっくりとした姿をしているそうだ。紅玉髄の瞳を3つ持った物の怪。
それが『妖怪』と称された『純正』肉腫。脅威度はそれ程高くは無いと推測されているらしい。
「その純正肉腫は、其れなりに強いでしょう? 純正は魔種のように戦えるもの」
タイム (p3p007854)の問い掛けに雪風は「実は、その妖は戦うよりも『増やす』ほうが得意なんだそうだよ」とそう言った。
「増やすってことは近くに居るワケアリの子供が『複製』とか?」
問うコラバポス 夏子 (p3p000808)に雪風は頷いた。
それ以上に『子供』には様々な事情が付随している。
「妖怪が連れている子供は複製肉腫、だけど、幼い頃に妖怪が拾って育てた人間の子なんだ」
「……は?」
コルネリアの目が見開かれる。理解には遠く、そして不安にもなる様な言葉だ。
「子供は『ああ』と名乗ってる。妖怪がさ、その言葉しか言えないから。自分の名前だって認識してるんだって。
彼は、小さな頃に山に捨てられて妖怪が何となく拾って、育てて生き延びた。だから、妖怪を母親だと思ってるんだ」
「お母さん、か。そりゃあマズいね」
夏子にタイムは頷く。子が複製であるならば彼は救える。だが、純正肉腫の『母』は殺さねばならない。そもそも、妖怪と子供は集落を襲い虐殺を繰り返してるのだから。
「俺は、その、『ああ』は倫理観も常識も何もかも無いと思う。だから、罪の意識なんて問えない、って。
そもそも、赤ん坊の頃に捨てられて妖に育てられて生き残ったのが凄いんだ。凄い、んだけど……さ」
それでも、獣のように人を殺し続けるなら止めなくては為らない。
雪風は「ごめんね」と俯いた。『ああ』を如何するかはイレギュラーズに任せる。
夏の若い草木の匂いを感じながら苦虫を噛み潰したように「お願いします」と頭を下げて。
- 紅玉髄の眸完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
ざわざわと葉の擦れる音だけが聞こえる。吹く夏風は涼やかに『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)の頬を撫でた。
「悪かねぇ」
科せられたオーダーはシンプルに。敵を倒して村人を護る。シンプルすぎて薄味ではあるとブライアンはそう呟いた。先に『シンプルな作戦』を熟さなくてはその先に繋がる未来には永劫に繋がることはないと彼は知っていたからだ。神使を頼るように齎された依頼内容を再度、眺め見遣る『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の濃紺の眸は事実だけをなぞる。深灰の煙を吐き出した唇は「ふぅん」と何ともなしに音を紡いだ。
「純正肉腫に育てられたガキ、ねぇ……ま、依頼とあればどんなモンでも出向いてやるわ。さて、仕事の時間だ」
純正肉腫。そう聞いて『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)は思い出をなぞるように「居た、居た」と頷いた。
やれ害獣やれ化物、妖、怪物etc……それは人型であろうと容赦ない。肉腫も魔種も以ての外で相手が敵であると識別されれば進んで山ほど処理をした。それは自身も、鏡(p3p008705)も同じだろう。ブライアンの言う単純なオーダーを熟してきただけだった。
それでも、夏子にとっては悪人なら改心を願うし、罪を償えると言うなら償って欲しい。
人間だからと命を奪わず、人に害だと命を奪う。良心の呵責、そんな自己都合を理由付けたい訳ではないが、自分都合で生かして殺して。自分は一体何様なのか――答えなんて、出るわけも無く。
ああ、だって。
誰のための救いなのか。自分が傷付きないから。それとも、善人だと気持ちよくなりたいのか。『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は夏子の隣で何も言わなかった。
(ううん、目の前に救える命があるなら放っておけないだけ。
……だってそうじゃなきゃ。何かを、誰かの未来を掴むなんてできやしないもの)
護りたい人が居て、その人の幸福を願う自分がいる。
親に愛されずに生きてきた『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は「何故」と「どうして」を繰り返す。唇より零れた音は雨垂れのようにとりとめも無く。
「彼は確かに愛されてたのに。全て救いたいのに……なぜ彼女は純正肉腫なんですか」
其れが救いがたいことを『撃劍・素戔嗚』幻夢桜・獅門(p3p009000)は知っていた。其れの生き方が当たり前である事も。
弱肉強食。獣の世界では当たり前な生存ルール。其れを否定することは出来ない。獅門とてそうやって腕を磨いて生きてきた。其れを悪であると断じることは出来ずとも、人に仇為し討伐を願われたならば敵でしか在らず。
「……強ければ生き、弱ければ死ぬ……とはいえ、子供相手はやり辛ぇなー。親子揃ってだとなおさらやり辛ぇ。
『せめて肉腫でなけりゃ』と思わなくもないが、ため息ついたって結果が変わるわけでなし。……仕方ねぇな」
嘆息する獅門に『竜胆に揺れる』ルーキス・ファウン(p3p008870)は唇を噛んだ。純正肉腫には子がいるそうだ。妖に拾われ育てられ、餌に愛着が移ったか普通に育てられた幼い子供。その姿は幼少期の己と重なって、居た堪れない。
(自分は『たまたま』運が良かっただけで、彼のように――)
誰に拾われるかなど運命でしか無くて。自分が彼と隣り合わせであったとしても。私情を抱いて彼を見逃すことも出来ない。
イレギュラーズは此れから『ある子供』の親を殺すのだ。人から見れば悪鬼の如き獣であり、世界から見れば破滅齎す滅びの存在であり、子供にとっては唯一無二の愛しい人を。
●
静寂が漂っていた。家屋に姿を隠した村人は身を屈めて恐ろしいと息を飲む。誰も彼もが風の便りで耳にした、人食い獣と幼児の強襲を。
神使ならばと願った彼等の期待を背に朝顔はマフラーで口元を隠す。彼なら、どう想うのだろう。
無垢に笑う、誰とでも接する尊い光。君なら何と願うだろう――じわりと夏の気配が騒いだ。息を飲んで身構える朝顔の眼前をするりと走り抜けたのは鏡。
――より鋭く。
独特なる歩法で至近に距離を詰めた鏡の血色の眸は『妖』の紅玉髄よりも尚、殺意のいろを帯びさせる。
「あ」
妖と呼ばれた純正肉腫の毛むくじゃらなその肉体へと一撃を叩き付ける。巨躯を屈めて傷付いた場所を庇う様に俯いた妖の人を想わす動作に鏡の唇が弧を描く。
「――人だろうが化け物だろうが、私は斬れるんですよ、お母ぁさん?」
その意味を『彼女』が連れた幼児は知る由も無い。『ああ』と呼ばれた幼児は其れを親と認識せれども母という言葉を知らぬ。本能的な庇護欲に縋った異種の寄り添いを真っ直ぐに見詰めてタイムは唇を噛んだ。
何処からどう見たって妖だ。殺さなくてはならない。判断は直結していて。容易に下すことが出来たというのに。
「タイムちゃん、行ってくる」、と。
夏子の声にタイムは小さく頷いた。仲間を讃えた号令に、重ねて彼へと降ろした神聖はタイムが夏子へと捧げた祈り。
「無理はしないでね」
お願いは屹度、聞いてくれやしないけれど。夏子はひらりと後ろ手で彼女に応えを返した。
その目は眼前の妖だけを見据え、金色を帯びた眸は儘為らぬ現実を憂うように細められて。「どしてこう堂にも成らない事に成る」と呟く声音は『倒すべき』を引き寄せる。
「んああ!」
後方から飛び出してきた幼児に気付くコルネリアは銃口を向けた。だが、敢て向けるだけだ。母を想う気持ちに応えるように子を慈しむ妖はその身を投じる。狙い通りの『優しい母親』に二人纏めて振らせた鋼の驟雨は鋭くも美しい。コルネリアの実を包み込んだ『Call:N/Rio』は声高に叫んだ。
――其の生命在る限り、救われぬ者に手を差し伸べよ。
主の慈悲か、或いは人の傲慢か。
「三つ目が壁にガキが前に出張ってんのか。ガキは任せた、三つ目をぶち抜いてやろうじゃないの。
――ほら、ガキが動いた! そっち向かってる!」
小さく頷いたのはブライアン。握る銃より放たれた弾丸は幼児の足を深き泥沼の様に絡め取る。『幾億の罪とたった一つの罰』は、その幼児を決して死には至らせない。
(……ガキを説得か。……こっちの言葉が通じるとは限らねーのになァ。ま、好きにすりゃ良いさ。なるようになる)
言葉という壁が存在することを獅門も知っていた。幼児に言葉や常識、人の理を教えるのもまた、大人の役割だからだ。
我流剣術を駆使し、距離を詰める。ちぐはぐながら、研ぎ澄まされた冴えた剣は生か死かを問う剛剣となり妖へと叩き付けられた。
「んああ」
それが母を傷付けた『無法者』への威嚇であるとルーキスは肌で感じた。『ああ』に言葉は通じない。獣の唸り声の如く言葉では無く、発声で此方に意思を伝えてきて居るか。
「……母を奪おうとする自分たちの言葉など、届くわけがない。ならば――」
コルネリアが任せたと言ったとおり。力でねじ伏せるまでだった。妖は夏子が受け止めてくれている。ならば、そのうちに獣の理で生きる幼児の生存本能へと訴えかけるのみだった。その母を狙った無法者には勝てないと。勝てない相手である事実を彼の本能と体に叩き込む。
「お前の憎しみも悲しみも全て受け止める。だから何度でも立ち向かって来い!」
叩き付けた肉体言語が、痩せ細った『ああ』の体を地へと叩き付ける。打撲に、切り傷。其れさえ気にもせず幼児は立ち上がる。
伝わらなくても、届いて欲しかった。一打に、一撃に。其れ全てに信念と希望を込めたならば。生きて欲しいと、伝わるのでは無いかと、願いを込めて。
――『ああ』が生きたいと、願ってくれるなら。
そうならいいな、と朝顔は小さく呟いた。裏打薄翠に乗せた希望は命を奪わぬ想いと願いを込めた刃となる。泡に溶けてしまいそうなその心を届けるように、巨躯の娘は唇を噛み締める。
見上げるような妖の紅玉髄の湛える母の愛を朝顔は、『向日葵』は知らなかった。
それでも。彼女は屹度『ああ』に生きて欲しいと願うだろう。『ああ』が生きたいと望むために、共存する道を開くために、母に告げておきたかった。
「……ごめんなさい。私は貴女を殺します。でも私は……ああを生かしたい。
母を失い、より暴走したり、魔種になるかもしれない。けど私は、背負うなら殺した事より生かした事の方が良い……!」
●
毛むくじゃらの体から腕が伸びる。唇に乗せた笑みは深く、研ぎ澄まされた剣戟は命を奪う為に振るわれて。
「とっとと喰わないから、殺しちゃわないからあぁやって誰かにとられるんですよぉ? 滑稽だ。
化け物が、撫でれば潰せる人の子を、喰らうでもなく、護ったって? 育てたって? 愛情の真似事ですかぁ?
滑稽だ! そうですか、『お母さん』。愛しましたか。愛せましたかぁ?」
整ったおんなのかんばせを借りて滑り出した言葉は、未完の儘に刀としての歓びを満たす人斬りの鋭さだけを湛え続けて。
「素敵ですね、残念です、アナタの愛を世界は受け入れられませんでした。呪いなさい、嘆きなさい、そして死になさい――化け物!」
鏡は知っていた。
この化物と愛し愛され育てられた獣(こども)が多数の命を奪ったことを。それと同じ事を、自身は行っているだけなのだ。
呼吸を整え、腰を落して構えた。空気は気配を遠く、息を潜める世界の息吹に、合わせて乗ったのは割れた鏡の理だけ。
獣が喰らうために殺す。鏡が割れれば戻らない。絶えた命は戻らない。そんな合理の世界を斬り伏せる鏡の前で妖を受け止めた夏子は唇を噛んだ。
人々のためならば決断は当たり前だったではないか。「ああ、そう」と炸裂させて、サヨウナラ。
「神が居るならぶん殴ってやりたいけどな」
「ええ。そうね」
タイムは蚊の鳴くような声音でそう言った。彼等の常識の中では逝かせることが救いなのかも知れない。仲間の声が、鏡の笑う声が耳朶にこびり付く。
知っている。化物が撫でれば潰せる人の子を、護って育って、愛情を真似ている。それでも、『お母さん』だった彼女は紛れもなく子を優先していた。
せめて子供は。
そう思わなければこんなにも身を投じて救うだろうか。ああ、ほら。『愛してしまった』んだ。彼女はけだものであるのに、人の子を。
「……ッ、あなたは、どうして――なんて聞く方が、可笑しい?」
「そうだ。そうだぜ。感情じゃ助けたいし、やっぱ人は殺したくない……んだけどなぁ。
けど理屈じゃだめだ。感情で考えて、考えて、考え抜いて想うだろ? 今から僕等は彼の日常と親の未来を奪うんだ。
獣の中の一般常識にナイフを突き刺して、一生懸命に生きてきたことを否定され、強制され、人間の常識に嵌められて、悪い事をしてきたから償えって!」
夏子は朗々と言葉を紡ぐ。つまり、自身らが彼に望んだ『人間としての生き方』はそういうことなのだと、叫ぶ。
「けど!」
朝顔は首を振った。
「けど、私は……生きて欲しい。背負う罪なら、殺した枷なんかじゃない、生かした業で良い。
お願い、彼に生を望み私達と生きる為の言葉を届けて……! お願い、『お母さん』。貴女に育てられて、愛されたことが間違いだったなんて、否定したくないの」
愛し愛され。
妖を打ち倒すが為だけにブライアンとコルネリアは攻撃を重ね続けた。周辺から聞こえる物音に、村人達が『神使』へと与える期待の大きさを認識する。
子供の叫び声、そして獣の如く妖が響かせた唸り声をかき消す如く、獅門は踏み込んだ。
肉を断つ剣はその体を打ち倒す。深い、幼い子供が「うああ」と泣いた声さえ遮るような鋭さで。
鏡はまざまざとその様子を見下ろした。『母親』を殺す事は決まっていた。それがどれ程の罪を噛み締めようとも、正しいことだとルーキスは知っていたのだ。
「誇っていいですよ、お母さん、私知ってるんです――人斬りですから。アナタを斬った時、子を想う母親の味がしました」
其れが救いであれば、良かったのに。
見下ろす『鏡』の眸には黒々とした獣と、虚に消えてゆく紅玉髄の眸だけが映り込んでいた。
●
何人も、人が人として生きる幸福を知っている。それを鏡は否定しない。
もしも『ああ』が、言葉も知らない、善悪も知らない彼が、一言『嫌だ』と言ったなら――
「負けたな。本当なら命を落とすところだが、子供のお前には選ぶ機会がある。従うか死ぬか、選びな」
獅門は獣と違って人の理は複雑で不自由だとそう告げた。俯いたままの子供はその意味を理解したのだろうか。獅門は『ああ』の人生だ、と告げた。
ゆっくりと顔を上げたのは――それが己の名であると認識して居るからだろう。
「……ん? ……ああ、そっか。逆のパターンもアリなのか。
そりゃ生かしといた『ああ』が村人を襲う可能性もあるが、無力化した『ああ』へと村人が復讐しようとする可能性だって十分にある」
後方で見守っていたブライアンは物音へと近付いてから、鍬を構えて潜んでいた子供を摘まみ出した。
「復讐を悪いとは言わねえが、無力化して尚、村人より『ああ』の方が強そうだしよ。……返り討ちに会いたくねーなら引っ込んでろってな」
「でも、隣村のあいつは! コイツ達に!」
叫んだ子供にコルネリアは溜息を吐く。誰かの恨みを買って、殺し合うばかり。そんな苦しみの連鎖が続いていることをイレギュラーズは知っていた。
「貴方が間違ったのは人を殺し、略奪する事だけです。こうして報復されてしまうから。
けれど、それは獣にとっては当たり前――ええ、そうです。そうなのです。けれど、貴方は人だから……」
朝顔は手を伸ばす。無力化して地へと転がった子供は余りにも細く皮膚は骨へと張り付き浮上がらせる。その傷ましい姿にルーキスは俯いた。
「なんていうか、さ。彼はもう人として死んで、妖怪として生きたんだ。
妖怪として幸福に生きたなら、その邪魔をしてる気もする……まあ、彼の為に最善を。被害者達に弔いを――というか」
夏子を、タイムはきつく睨め付けた。何を言うのと言いたげな眸に夏子は頬を掻く。卑怯で御免と言葉にせずとも彼女の頭にぽんと掌を乗せて。
「……母ちゃんと一緒に、逝くかい?」
『ああ』の長く伸びた髪で表情は見えない。夏子の優しすぎるその言葉にタイムが「夏子さん」とその名を呼んだ。コルネリアが肩を掴んで首を振る。
鏡は「良いと思いますよぉ」とその様子を眺めていた。
「……だってそうでしょう。家族は一緒が一番ですから」
「そう、でしょう。そうであろうと思う。けど……
この先の道は決して平坦じゃない。それでも『生きる』事を選ぶなら…君の未来に光が差す様、出来る限りの事はする。約束だ」
この手を取って欲しいとルーキスが手を差し伸べた。言葉は通じないのは何方にとっても同じか。
「私を恨んでも良い。殺したいなら狙えば良い。
それでも貴方の母を奪ったからには……私が貴方を引き取る。絶対に貴方を独りにしない! だから、お願い……生きたいと願って……!」
縋るような思いで朝顔はそう言った。子供は何も言いやしない。厭だと拒絶することもない子供に夏子は自分も同じだと目を伏せる。
選択は難しく。大人でさえも迷うのであれば、子供が自ら自死を選ぶことさえ恐ろしいのだろう。
目を合わせて、タイムはそっと『ああ』を抱き締めた。小さな体を癒して、傷を撫でてごめんなさいと呟いて。
起き上がった幼児の伸びた髪の間から紅玉髄の――『おかあさん』と同じ色の瞳が覗く。それが、彼女と子供を繋いで居た絆のようで。
「あなたを育ててくれたお母さんを殺してごめんなさい。……恨みも悲しみも背負うから今はただ生を望んで」
噛み付かれた腕が痛んだ。タイムちゃんと呼んだ夏子に首を振る。
痛い。けど、彼の方が、もっと。
タイムは強く、強く抱き締めた。暴れようと、頬を叩かれようとも噛み付かれようとも。己の痛みなんて、関係ないと抱き竦めて。
「生きよう?」
落ちた涙の意味を子供は理解出来ないだろう。ぎゅうと抱き締められたまま、子供は首を傾いだ。
朝顔はゆっくりと目線を合わせ闇憑き餅をそうと差し出した。それが、子供にとっては天の恵みの如く飢えを満たす。
「ああ、まずは略奪以外にも腹を満たす方法がある事を学んで欲しい。
それからね、君の名前に1つ意味を加えたいんだ。……憙(ああ)――君が少しでも喜びを見つけられますようにと」
食事を分け与えてくれた朝顔に子供は意味も分からぬままに頷いた。それが、彼の道になるのだろう。意味も分からぬまま、何時か、殺したいほどに誰かを憎むことになろうとも――母の死を、まざまざと知る事になろうとも。
「この子の先は生きるも地獄、死ぬも地獄……何方にしても自分は忘れてはいけない。
正体か何であれ、アタシはこの少年の親を手に掛けた事を、罪は消えず――罰は何れ訪れるのだろうさ」
コルネリアの呟きに、噛み締めるようにルーキスは頷いた。いつか、この子供に恨まれるのは自分たちだ。
そうして、よろこびの意味を授けられた子供は初めて、人の言葉を口にした。
神使が教えた。
大切な言葉、ただ、その一言だけを噛み締めるように『人間の言葉』として。
「おか――さん……?」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
この度は部分リクエストを有難う御座いました。
一目、見た時からとても辛い選択の待ち受けているシナリオであると感じました。
沢山の議論を重ねた上での選択をお疲れ様でした。
MVPは殺した事より生かした罪を背負うことを選んだ貴女に。与えて下さった『よろこび』が末永く続きますように。
またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します。
GMコメント
日下部あやめと申します。部分リクエストを有難うございます。
●目標
・『妖』の撃破
・『ああ』への対処
●ロケーション
神威神楽のある山。その周辺の集落では妖による襲撃が多発し、村人が皆殺しになる事件が多発しています。
次の標的になるであろう村で襲い来る妖怪と『ああ』を撃破して下さい。
村人は家の中に隠れていますが状況次第では避難等が必要になるでしょう。
●『妖怪』
純正肉腫。戦闘能力よりも増加を得意としています。黒々とした外見に紅玉髄の眸が3つ。
元になったのは黒い葉牡丹であったのではないかと雪風は言います。2m程の巨体。『ああ』を慈しむ心を有しています。
『ああ』を護るタンカーとして動きます。堅牢です。純正肉腫ですのでそこそこ強力な妖です。
生きる為に、生活のために人里に降りてその場の人々を殺し様々な者を奪っていきます。それが当たり前の事であると認識している様です。
●『ああ』
複製肉腫。少年です。赤子の頃に山に捨てられ『妖怪』が広い気紛れに育てたようです。
妖怪を母だと認識しており、大切にしています。妖怪と同じ紅玉髄の眸が自慢の可愛い男の子です。
母に教わった生き残る全てを駆使して戦闘を仕掛けてきます。前衛で走り回ります。幼いですが一端の戦士のようです。
戦闘不能にすることでその命を救う事が可能です。ですが、如何するかはお任せ致します。
赤子の頃に捨てられ人間敵常識も無く、獣の世界では当たり前の弱肉強食に身を委ねてきたために人の命を奪う事に何の躊躇いもありません。
身寄りも無く、ただ『妖怪』だけが家族です。言葉もあまり知りません。何となくは理解してくれるようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
『ああ』と名乗った少年にとっての唯一無二は、倒すべき存在でした。
どうぞ、宜しくお願い致します。
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