シナリオ詳細
<現想ノ夜妖>夕暮れ二丁目雨降る水溜まりはねる靴
オープニング
●無名偲・無意式
俺は物語が好きだ。
意味が”無い”から好きだ。
舞台も、結末も、主人公も、かけがえがなく”無い”から好きだ。
ラムネの瓶を透明なガラス扉を開くと、やんわりと冷えたラムネ瓶が並んでいる。
そのひとつをつまみとり、ひもでぶら下がった押込具を蓋部分に押し当てる。
すぽんというビー玉の墜ちる音と、瓶の中に転げ落ちる音と、かきまざってソーダ水が泡立つ音が混じり合う。
瓶を片手に通路を進み、赤いランプの導く防音扉を押し開くと、食らい部屋がそこにはあった。
赤い布張りの椅子が数列並び、奥のスクリーンに真っ白な四角い光が当たっている。
紫のスーツを着た男は革靴を絨毯にならしながら、あえて一番前の席へと腰掛けた。
ラムネ瓶をひとくちあおり、手をかざす。
パチン――と指がなると同時に。
映写機のからからとフィルムロールを回す音。
フィルムに焼き付いた半透明な制止画がレンズの前を一定間隔で滑りながら、一連の映像を作り出す。
スクリーンに映るカウントダウン。
3――
2――
1――
さあ、かけがえがなく無い物語の、始まりだ。
●西洋開花、華と浪漫の――
時は諦星(たいしょう)十五年。善き政治に続き、航海王国(セイラー)との貿易は神光の地に新時代を開いていた。
神光(ヒイズル)。混沌におけるカムイグラにあたるその国が、ROOねじれた世界ネクストでは大きく様相を変えていたのである。主に流行と、あるいは平和すぎた治政によって。
妖怪変化や亡霊騒ぎも難なく片付けさながら大正ロマンな日常を送る人々。
だがそんな平和に、『夜妖』は忍び寄っていた。
ある日夕方の雨上がり。さしていた傘を閉じて歩くひとりの少年がいた。
身の丈にあわぬ学ランに学帽を被った丸刈りの、きっとどこにでもいるような少年だ。
そんな彼が下校中、十字路のまんなかに大きな水たまりを見つけた。暇を持て余した彼は何気なくぴょんと飛び、両足で水たまりを踏んだ――と、思ったその時には。
ざぷんと水たまりの中に頭まで沈んでしまった。
気付けば彼は土をむき出しにした道の真ん中にいた。身体のどこも濡れていない。
地べたの真ん中にしりもちをついたように座って居ただけだ。
ズボンのつちを払って立ち上がり、見回してみる。
十字に舗装された道と、木造の家屋が並ぶだけ。
まだ賑やかな時間の筈だけれど、誰の姿も見えなかった。
いや。
いた。
家屋の扉をがらりと開けて、あるいは小道の角から顔を出して……
身なりのよい服を着て髪をしっかりと整えた、しかし顔を真っ白に塗りたくり目も鼻もない、ただ口だけをあんぐりとあけた不気味な人間たちが、顔をだした。
開いた口は闇のように深く、歯の一本どころか舌すらも見えない。
思わず後じさりした少年の、すぐ後ろ。
肩に置かれた男の手。
僅かに振り返ると、同じ顔の男が首を一メートルほど伸ばしてこちらを覗き込んだ。
笑った、のだろうか。
わからない。
すぐさま男の手に目元と口が塞がれ、家屋の中へと引きずり混まれてしまったから。
●高天京壱号映画館
重く怪しいピアノ伴奏に乗るかたちのモノクローム映像。
もがく少年が木造家屋の玄関へと引きずり混まれていくさまと、ぴしゃりと引き戸の閉まるさま。そこで、映像は終わった。
真っ白なライトが照らすスクリーンだけが、映画館の客室に残る。
紫スーツの男、無名偲・無意式(p3n000170)は席を立つと、ラムネ瓶のわずかな中身を飲み干し、小さく息をついた。
「――以上が、『これから起こる』惨劇の映像だ。そう、これから起こる。未来の出来事だ」
ここROOネクスト、神光でのこと。渾天儀【星読幻灯機】ほしよみキネマによって現れた未来の映像は、それを未然に防ぐことのできる最高のアイテムであり、そして同時に防がねば同等の惨劇が起こることの確証でもあった。
イレギュラーズたちはこの『ほしよみキネマ』の未来を変えるべく、夜妖事件に立ち向かうのだ。
なぜか?
「ROOの、それもカムイグラに相当する国に『夜妖』が出る。不気味だと、思わないか?」
ほしよみキネマや夜妖の説明をひとしきり終えた無名偲は、やっと映像に現れた夜妖について語り始めた。
「この国の文献を深く探ってみたら、確かにあった。『四時辻』と呼ばれる怪異だな。
夕方十字路の水たまりを踏んではならないというジンクスが、尾ひれをつけて怪異化したものだと考えられる。
……まあ慌てるな。同様のケースから怪異そのものの破壊方法も分かっている。
例の少年君が通りがかるまえに、この怪異を破壊してしまえばそれでいい」
無名偲が取り出したのは古い地図だった。それも測量皆無の手書き地図。四角く民家のある場所に家主の名前らしきものが書いてあるが、すべて奇妙に文字化けしていて読めなかった。だが、道をしめすルートには赤いペンでラインが……つまり道順が書かれている。
「この道順の通りに進み、ここ――この場所にある民家の扉を開けろ。開けた時点で怪異の破壊は成る。
多少寄り道するのは構わないが、空を飛ぶだのしてショートカットはするな。理由はわからんが、ろくな目にあわんぞ」
そして気になるのは、映像に映った白塗り集団のことだ。
彼らは顔を除き人間によく似た格好をしており、首を1mほど伸ばしたり腕を二倍の長さにまで伸ばすことができるという。
それだけならばさしたる脅威でもないが、彼らは猟銃や包丁といった武器になりそうなものを持ち出し、こちらを徹底的な方法で殺そうと群がるという。
その数も、種類も、方法やタイミングも未知数である。
「幾度か死ぬ覚悟はしておいたほうがいいな。幸いサクラメントは『水たまり』の近くにある。死に戻りを繰り返して目的地を目指せ」
以上だ。無名偲はそういって地図を畳み、差し出してくる。
「少年が怪異も闇も知ることなく平和に暮らせるかどうかは、お前達にかかっている。そう言っても……過言ではないな?」
- <現想ノ夜妖>夕暮れ二丁目雨降る水溜まりはねる靴完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月25日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●終わらないデスゲーム
四辻の真ん中で、八人の男女が一斉にそれぞれの道へ向けて振り返る。
健闘を祈ると誰かが言って、一斉に走り出した。
物物陰陰よりはみでるように現れた人々は、真っ白な顔にあんぐりとあけた口だけが彼女たちへ向いている。
走り出した彼女たちへ、飛びかかる人々。伸ばされる手。
手首を掴み押し倒し。
おおった陰を蹴り飛ばせば、スレッジハンマーをふりあげた男が視界に入る。
これは終わらないデスゲーム。
いつかは終わるデスゲーム。
そこに痛みも苦しみもないのなら、きっと笑って許せただろうに。
●ほしよみキネマと裏側の世界
「映画を通した予知……ですか。仮想世界ならではのことなのでしょうか?」
ほしよみキネマを通して見た映像を思い出しながら、『人形遣い』イデア(p3x008017)は深く考え込んでいた。
揺れる路面電車の座席。流れていく街の風景を前に、うつむく。曲げた人差し指を唇に当てて数秒。つり革に捕まって立つ『ヒーラー』ダブル・ノット(p3x009887)の様子にふと顔をあげた。
「俺はこっちの世界じゃ日が浅くてな、ヒイズル……混沌で言うカムイグラのことも、練達の希望ヶ浜地区ってとこもよくはしらねえんだ。希望ヶ浜に出る夜妖ってやつが、ここにも出るってのはそんなにおかしなことなのか?」
「んー、まあ、そうだね?」
微妙に歯切れの悪い言い方をする『硝子色の煌めき』ザミエラ(p3x000787)。
「他のエリアで観測されたことはないから、前代未聞だと思うよ。夜妖は希望ヶ浜の中にしか出ないもの……っていうか、そこでしかそういう名前のつかないものだから」
きちんと両手を膝にのせ、座席に腰掛けているザミエラ。
「名前ってだけなら、似たような妖怪やゴーストを夜妖って呼んでしまえばそれまでじゃねえのか?」
「え? うん? あれ? そうなのかな?」
ザミエラは、自分の抱いていた違和感……もとい、歯切れの悪さの原因に気付いて首をかしげた。
背もたれによりかかり、足を組む『朝霧に舞う花』レインリリィ(p3x002101)。
窓ガラスにあたまを預けると、がたがたという揺れをより強く感じる。
「『定義』はそんな曖昧にはつかないよ。石油にもメイプルシロップにも『水』と名前をつけることはできても、そう定義することはできない。同じように手を洗ったり飲んだりしたらベタベタになったり最悪死んだりするだろう?
『夜妖の専門家』が夜妖と定義したからには、相応の理由があるものさ。見つけ方にも、払い方にも、あるいは残し方にも」
頭をおこし、『そろそろ到着か』とつぶやくレインリリィ。
「ともあれ……ボクは『人助け第一』にしているんでね。考察や研究は、後の専門家に任せておくことにするよ」
止まった路面電車。このタイプに連結車両はなく、そして扉もない。
階段式の乗降口を学生靴でおりた『学生』一(p3x000034)は、目の前に広がる風景にぱちくりと瞬きをした。
日本の大正時代に流行ったような表記の看板やイラスト、ファッションや商品が並ぶ大通り。しかし歩いているのは猫の尻尾をはやした少女や翼をはばたかせた郵便屋や、上等な洋服をきた航海国の観光客たちだ。複雑に入り乱れ、まるで七色味のドロップ缶のような様相を、この町は呈していた。
学生服のニノマエも、ここではただのいち通行人に過ぎない。
心配することはなかったな。
そんな風に言って歩き出すニノマエの視界に、ふとなにかがよぎった気がした。眼鏡のレンズ領域からはずれた途端に消えたそれに、慌てて振り返る。
だがそこにはなにもない。赤いライダースジャケットの男性が、見えた気がしたけれど……。
目的の場所は大通りからずっとはなれた小道の先にあった。
その途中。立ち飲み屋が並ぶエリアに『???のアバター』エイル・サカヅキ(p3x004400)と『きらめくおねえさん』タント(p3x006204)が並んでいた。
おでんとハイボールを粗末な木のテーブルもどきに乗せ、乾杯してから飲み干す二人。
「大正浪漫、ねぇ。まーこう見えてアタシ古典とか文学とかそういうの好きなんだわ。
随分カムイグラとは違うし、ホラーとかマジ勘弁だけど!」
「そうねぇ……わたくしも、ホラーはいやだわ」
頬に手を当てたタントが、その国で使われる紙幣をテーブルに置いてくるりときびすを返す。
「足が竦まないように、なるべく見ないようにしなきゃ……」
「見ないようにしたら倒せなくない?」
「そうよねぇ、困ったわぁ……」
そこへ、合流してきた『疑似人格』ハンモちゃん(p3x008917)が手を振った。
「おまたせー。ハンモも準備できたよー。それじゃあいこっか」
一緒に並んで歩いていく。他の仲間達もまた合流し、八人はそれぞれ大きな水たまりの前に立ち止まった。
「少年が水たまりに飛び込みずぶ濡れになって笑う。そんなかけがえのない世界、守らなくっちゃね」
ハンモはせーのとつぶやくと、助走をつけて水たまりへとジャンプした。
●四時辻
四辻の真ん中で、八人の男女が一斉にそれぞれの道へ向けて振り返る。
建物の中から、曲がり角の先から、郵便ポストの影から、のっぺら顔の人間たちが現れる。
ホラーがだめでも、怖い物が苦手でも、死に恐れがあっても。
八人のなかで、恐れおののく者はひとりもいなかった。
「健闘を祈る――!」
レインリリィはどういう理屈か一緒に転移してきた馬に飛び乗ると、指定された道とは全くの逆方向へと走り出した。馬へと一緒に飛び乗り、レインリリィの背にしがみつくザミエラ。
その様子に驚きの様子を見せたものの、男性らしき服装をした夜妖たちが飛びつこうと身構える。
「ザミエラ」
「おっけー!」
ザミエラはここぞとばかりに呼び出したガラスのナイフを投擲。突き刺さった男性の胸が突然爆ぜ、まき散らされたガラス片の鏡からザミエラが現れた。手をかざすザミエラ。突如として起こるガラス片の旋風に、周囲の夜妖たちが顔を覆うようにした。
その隙を逃さず突っ込むレインリリィ。柄の両端に伸びた刃を振り回し夜妖たちを倒していく。
周囲の夜妖が次々と集まりレインリリィを取り押さえようと掴みかかるが、レインリリィの腕力や武力で押さえられるようなちからではなかった。
今のところ正規ルートから外れたメンバーはない。ニノマエは弓を取り出し、後方から追いかけてくる夜妖たちへと狙いを定めた。
「足止め程度ですが……」
ニノマエの打ち込んだ矢が夜妖の膝に命中し、転倒。その脇をよけて走ってくる夜妖の脇腹に次なる矢を打ち込んだことでその夜妖もまた転倒した。
矢の刺さった脇腹を押さえて呻き、転げ回っている。
……呻き?
「今、なんで」
ニノマエは、なぜだろう。
先ほどから夜妖たちの言葉がおぼろげながら理解出来る気がした。
「ハンモちゃんに任せて!」
妖しいエフェクトがハンモちゃんから湧き上がり、掴みかかる男女の夜妖たちを引きつけ始める。
彼らはハンモちゃんの両腕や足を掴んで拘束すると、そのまま近くの民家へ引きずりこもうと引っ張り始めた。
「させないわぁ! 少なくとも、まだ!」
飛行によって頭上をとったタントが、天空より稲妻を呼び出した。打ち付ける雷鳴と光が夜妖たちを吹き飛ばす。
まだ行けるだろうか。腕にひどいひっかき傷のできたハンモの手当をすると、タントは手を引いて走り出す。
イデアはそんなタントたちの前方へ出ると、木刀を持って立ち塞がる壮年らしき夜妖めがけてキュウと糸を操った。
飛び出した人形が男性夜妖の腕や足を切り裂き、駆けつけた子供らしい夜妖を斬り付けて壁へ叩きつける。
女性らしき夜妖がそこへ掛けより、何かをわめきながらイデアの人形へと飛びついた。
体重をかけてしがみついたせいか簡単にはねのけるには難しい。
「エイル様、ダブル様。お力を貸して頂いても?」
「もち」
エイルはホップステップのジャンプで女性夜妖へ飛びかかると、その顔面を豪快に蹴りつけた。
すさまじい衝撃でもって吹き飛んだ女性夜妖がブロック塀にぶつかり、頭を押さえてうずくまる。
ダブルは拡張された翼を広げて空中へ飛び上がり、魔方陣を展開。仲間達のアバターデータに修正パッチをあてることでに高い抵抗力を付与。更に自らに残像の生まれるエフェクトを発生させると、エイルにも同様の処置を施した。
「よっしゃ、行けるとこまで行こうぜ。でもって、いざとなれば囮作戦だ!」
『サンクチュアリ』が発動。聖域の上を走るエイルたちが、それまでつけられた細かい傷が消えていく。
まだもうしばらくは、このままでよさそうだ。
だが……。
「妙に楽過ぎるな。敵が本気出してねーのか? それとも……」
●あえて侵す禁忌
限界は、思ったよりも早く来た。
路地の向こうから警笛の音がして、振り返ると馬に乗った数人の男性夜妖がこちらへと走ってくる。相変わらず顔はのっぺらで口だけがぽっかり空いている怪物だが、男達の服装は警察官や憲兵隊のそれに似ていた。
腰にさげた刀を抜く憲兵夜妖たち。
このまま本隊に突っ込まれればタダではすむまい。少なくとも、進行をかなり妨害されるだろう。
「そろそろ、だね」
レインリリィはザミエラに呼びかけると、馬を操って憲兵夜妖へと突進。
道順から外れ、剣でもって相手の刀を受け止める。
実力は……なかなかだ。一人で全員相手にするのは難しいかもしれない。一人でなら、だが。
「みんなの死は無駄にはしないわ、だから私のもお願いね!」
ザミエラもまた道順からわざと外れ、憲兵夜妖のすぐそばまで接近――すると同時にその喉をガラスナイフで切り裂いた。
吹き上がる緑色の血。ザミエラは『わっ』と言って血の吹きかかる場所から飛び退いた。そして、ぶにゅりとした感触のものを踏んだ。
いや、今初めて踏んだわけではない。
周りを見てみると、そこはぶよぶよとした肉の平原だった。
憲兵夜妖たちはぐちゃぐちゃと音を立てて人間らしいシルエットを失い、何本もの刀を腕から生やすと非人間的な動きで飛びかかってくる。ガラスの嵐を浴びせても、レインリリィが剣で胴体を真っ二つにしても、それは止まらなかった。
「さあて、ここへ入って碌な目に会わないことはたしかだけど……ま、これも人助けってことで」
付き合うよ、と肩をすくめ、レインリリィは再び身構えた。
「おーにさーんこーちら、にあんまり来ないでねぇぇ……!」
びくりと怯えつつも、おせくしーなお姉さんを演じ通すタント。
わざと近くの家屋の扉を開くと、『他人の家』のにおいがする玄関を土足のまま駆け抜ける。
「私も行きますっ」
ニノマエが弓を腰のあたりにぶら下げるように持ち、前屈みの姿勢で走る。弓兵が主にやる走り方だが、アーチェリー選手がたまに使うフォームでもある。
タントは薄暗い民家の奥へと消えていき、ニノマエもまたそれを追って走った……のだが。
「ぴゃーー!? ストップストップですわ! ご勘弁をーー!」
暗闇がはれた先。
タントはプルプルと震えながらも襲いかかる夜妖たちに対抗していた。
『ロイヤルサンダーワークス』『ティル・ナ・ノーグで甘噛み』『ダズリングスープ』……バランスのいいスキルをここぞとばかりに使いこなし、3世代家族分はいそうな老若男女の夜妖たちと戦っている。
充分に対抗できているように見える……のだが。
「あ、あれ……」
ニノマエはぱちぱちと瞬きをし、そして眼鏡を床に落としてしまっていたことに気がついた。
慌ててかけなおす、と。
「――」
レンズ越しに見えた風景に、固まった。しかし、それでも動かねばならない。ニノマエは弓をとり、矢を取り、タントを押し倒し顔面に包丁を突き立てようと暴れる女性型の夜妖めがけ、矢を放った。
「こっちは引きつけたよ。あとはヨロシクー」
エイルは二つ折り携帯電話を耳に当て、そんな風に言った。
『ありがとう。気をつけてね!』
電話のむこうから声がする。
エイルは返事をしようとして、ぴくりと眉を動かした。
「ねえ……」
『なあに?』
「アタシ、今日は誰ともTELできない筈なんだけど」
フッと周囲の風景が切り替わった。
瞬きをしたその一瞬で。
突然のことにぐらりとよろめくエイルだが、電話機を落とす事は無かった。
『そんなことないよ』
声が、まだする。
『私はずっと』「見てるよ」
耳元で声がした。電話機とは、反対側の。
「おいなんだコレ、くっそ……!」
同じ家屋に飛び込んだはずだったが、ダブルはエイルと分断されていた。
敵は周りにいない。明治時代の日本一般住宅に似た構造だが、あちこちにある物品に解読不能な文字が書かれていた。
それだけではない。ダブルの周囲に無数のゲームウィンドウが開き、真っ赤な文字で『この部屋は好きですか?』と書かれていた。邪魔におもって消しても、また開く。
徐々に開く速度は増し、ダブルのまわりが赤い文字とウィンドウで埋め尽くされていく。
「何かの干渉……なんだろーが……」
ダブルは拡張翼からナイフ化した羽根を展開し、身構えた。
「悪いがこちとらタダで食わせてやりはしねーぜ!」
「まあまあ」
ぽん、と背中を叩かれた。
振り向くと同時に羽根を放つ――が、誰もいない。
またぽんと背中を叩かれ振り返るも、同じく誰もいなかった。
ぽん、ぽん。何度も背中を叩かれる。何度振り返っても誰もいない。
「ゆっくりしていきなよ」
声がしたと同時に、ウィンドウがすべて消えた。
周りには、何人ものひとが立っていた。顔は、ピクセルモザイクで隠れてわからない。
一斉に伸びた手が、ダブルの口や喉を塞いだ。
道順は合っている。もうじき、目的の場所につくだろう。
だが、前方は夜妖たちでがっちりと固められていた。
構えるイデア。同じく構えるハンモ。
「引き返したり……しないよね」
「ええ、仮想現実とはいえ誰かが犠牲になるのはいやですから。
もし、もし余裕があれば少年が無事に水たまりを超えているところも見届けたいですね」
と、いうわけで。イデアは冷静に構えを変えると、操作システムを反転させた。
人形に自身を操らせ、すさまじい速度で突撃をしかける。
「諦める、という言葉は私たちにございませんので」
「突撃だね、おっけー! オラアッ! 突撃お前の仮住まいのお時間だぁッ!
オ・ジャ・マ・イ・タ・シ・ます!!」
と同時にハンモはすぐ横にあった民家の扉をタックルで突き破ると、屋内へと転がり込む。
多くの夜妖たちがフッと姿を消し、転がり込んだハンモの髪や腕や服を掴んで更に屋内へと引っ張り込んでいく。
このあとどうなるかわからない……が、助けに行くという選択肢はなかった。
イデアはそのまま自らを加速させた状態のまま走り、邪魔しようと掴みかかる夜妖を突き飛ばす。
と同時にブレーキ。ブロック塀のスキマからのびる飛び石と、その先の玄関引き戸。
駆け寄るも、庭から飛び出した子供らしき夜妖が脚に掴みかかる。ギリギリだ。だが届いた。
イデアは精一杯に伸ばした手で、引き戸を――開けた。
●そして正常性は保護される
ばしゃん、とはねた水たまり。
夕暮れ二丁目雨降る水溜まりはねる靴。
少年はきゃっきゃと笑い、そのまま走って行った。
雨の降る地面に倒れていたイデアはゆっくりと起き上がり、息をつく。
「死んだ甲斐は、ありましたね……」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
――クエスト完了
GMコメント
●オーダー
・『四時辻』の怪異を制限時間内に破壊する
あえて怪異へと飛び込み、映像にあるような事件がおきる前にこれを攻略、破壊します。
少年がくるまでの実質的なターン数とは別に、『あまりにも長い時間をかけた場合は依頼失敗』とします。
少年が来ないようにあれこれ工夫するといったプレイングをまるごとカットするための判定処理ですので、そちらはあえてスルーしておいてください。
どのみち他の誰かが入ってきたり四時辻の出現ポイントがどこかへ移動したりしたらもう手がつけられないので、『可能な限り急ぐ』より他ないのです。
●飛び込んでから戦闘に至るまで
水たまりに飛び込んだ後の空間(以降仮にこれを『異空間』と呼びます)で、地図を頼りに移動を開始してください。
皆さんの侵入に気付いた人型実体が大量に現れ、皆さんを拘束ないしは殺害しようと試みるでしょう。
これを排除し、目的の場所を目指します。
・囮、または『あえて侵す禁忌』について
怪異の専門家である無名偲の話によれば、この空間において道をはずれたり家屋の中へ飛び込んでいくことは重大な禁忌であるとされています。
『道を外れる』ことは『目的地が遠のく』という異常現象を発生させます。これ自体は地図を覚えて道を辿るだけで済むので問題ありません。
が、『家屋に入る』ことは映像に映っていないが極めて深刻な死を招くとされています。
少年が家に引きずり混まれたように、確実に殺してしまうための手順であるようです。
が、これを逆に利用して一定のところまで進めたらあえて何人か家屋に飛び込み、四時辻のリソースをそちら側に割かせるという手を使うことができます。(なぜならサクラメントからのリトライが比較的容易だからです)
『我こそは死に戻り可である』という方は、そうした囮作戦も検討してみてください。
●情報精度なし
ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
未来が予知されているからです。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
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