シナリオ詳細
近くて遠い物語
オープニング
●もしも明日が平和なら
残酷なアラーム音が睡眠時間の終わりを告げた。
布団への未練を断ち切るように手を伸ばし、現実世界への切符をつかむ。
IF...スマートフォンを抱えた通勤客が満員電車から降りていく。
商業施設を併設した巨大駅は迷路のように枝葉を伸ばし、コンクリートジャングルは人を循環する。
IF...蛙の鳴く畦道に車輪の音が軽やかに通り過ぎる。
長く伸びた雑草を自転車で踏めば、蒸したアスファルトから夏の匂いがした。
IF...眠たげな学友と挨拶を交わせば、話題はすぐにオンラインゲームの話へ。
イベントと部活の試合が重なるなんて何て悲劇。
そんなことより、今日の昼、学食のラーメンな。
さあ、今日も一日を始めよう。
●知っているようで知らない世界
「モニターの募集、ですか?」
「はい。多重世界を研究している世界で募集しています。ある島国で、一般人として平穏な日常生活をおくってもらう。そんなシミュレーション実験を行うそうです」
平穏な日常生活。その一言に興味をひかれた『散華閃刀』ルーキス・ファウン (p3p008870)は立ち止まった。
特異運命座標たちが<可能性>と<混沌での記憶>を無くし『ニホン』と呼ばれる国で一般人として生活した場合、果たしてどうなるのか。
「混沌での基本情報を元に、ニホンでの職業、身分、生活環境がランダムに設定されるのですね」
「ご希望があれば指定もできますよ」
堅苦しく言えば相異界転移時における情報相似再構成検証実験。
簡単に言えば、知らない世界でIFの自分となる。
――ニホン。
日の本と書くらしい。
その国には義務教育があるそうだ。
犯罪が少なく情報化された社会。少なくとも書面上はそうなっている。
練達のような場所だろうかとルーキスは想像を巡らせた。
巡らせてみたが、自分がセイフクを着て友人と共にブカツに励む姿……穏やかな日常を享受している姿はどうしても想像できなかった。
「では準備が出来ましたらお知らせします」
いつの間にかモニター参加者に組み込まれていたルーキスは、真面目な顔で手渡された日本の情報を読み込んでいくのだった。
- 近くて遠い物語完了
- NM名駒米
- 種別リクエスト(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月06日 21時50分
- 参加人数5/5人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 5 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(5人)
リプレイ
●『高校三年生』ルーキス・ファウン(p3p008870)
――ぐぅぅ。
ルーキスは目を閉じる。静まり給えと強く念じ、腹を押さえた。
成長期の身体は二時限目にして空腹を訴える。
「ルーキス、授業中に腹鳴ったろ。朝飯食いそびれた?」
「いえ、いつも通りの時間に食べました」
あーんと口をあけ、二個目のパンへとかぶりつく。
昼休みを教室で過ごすルーキスの机上には空の弁当箱が鎮座していた。
「腹いっぱいだと寝るぞ」
「そうなんですよねぇ。勉強は嫌いじゃないんですけど午後の眠気には勝てないんですよ」
「勝つ気ゼロじゃん。で、今日の放課後暇? 俺たち二組の女子とカラオケに行くんだけど」
少し悲しそうにルーキスは首を振った。
「今日は道場で練習がありますから、まっすぐ帰ります。大会も近いですしね。練習をさぼったら師匠が何と言うか」
「ルーキスの先生って剣道で賞をいっぱい獲った人なんだろ? 練習厳しそうだよなぁ」
「普段は優しいんですよ?」
ルーキスは苦笑する。
本人がこの会話を聞いていなくて本当に良かった。師匠は先生と呼ぶと何故か怒るのだ。
病弱だった幼少時代。体力をつけるためにと始めた剣道だったが今ではすっかり生活の一部だ。
師匠。いつか超えるべき壁を思い浮かべながらルーキスはパンの包装紙をゴミ箱へ捨てた。
眠気に身を委ねれば、あっという間に放課後だ。下校途中の会話から聞こえる夏休みの気配に心を躍らせる。
男友達と最近出来た商業施設に行ってみようか。それとも……。
脳裏を過った蒼いカチューシャ。
前に見かけた聖女みたいなあの子と一緒に――。
「って、何を考えてるんだ俺は!? そもそも恋愛とかそんなに興味無いし! 彼女とか羨ましくないから!!」
今は剣道と勉強に集中と何度も自分に言い聞かせ、夕陽よりも赤い頬を隠す。
「次こそは優勝を目指すぞ!」
コンビニのアイスを練習後のご褒美と決め、青春は焼けたアスファルトの上を駆け出した。
●『大学四年生』久住・舞花(p3p005056)
『舞花、元気? 昨日お野菜を送りました。今日の夜、届くからね』
『ありがとう』
母からのメールに素早く返信すると、舞花はベッドから起き上がった。
黒胡椒入りのスクランブルエッグを、焼いたバゲットとバターの上にとろりと添える。
コーヒーだけの簡素な朝食は四年でここまで進化した。
今日の講義は二限目から。午後は剣の修練。
楽しい一日になりそうねと長い黒髪をリボンで結い上げる。
「すなわち黄泉平坂の坂に象徴される幽世と現世を明確に断絶する隔ヒとは隣接する世界同士としての境そして人間の六感を意味する六根としての境という意味を持ち今日に於いては六道の――今日はここまで」
読経のような民俗学の授業が終わると、舞花は隣で伏した同じゼミの子を優しく揺すった。
「よく起きてられるね。出席取ったら、あとはもう消化試合じゃん」
「意外と興味深いわよ」
「またまた」
嘘偽りなく本心なのだが。舞花はおっとりと首をかしげる。
「あ、今日のゼミ出る? 終わったら遊びにいこ!」
剣の修練に打ち込むからと素直に言えず、舞花は眉をハの字に下げた。
「ごめんなさい、今日は先約があるの」
「じゃあ、また今度ね!」
授業、実習、就職活動。
一人暮らしを始めてからの生活はあっという間で、自分が大学を卒業するこの現実でさえ、何だか夢のようだ。
学友、教授、剣の恩師、会社。
素振りをしながら考える。
スーツは今のうちに買っておいた方がいいのかしら?
練習を終えた舞花が家に帰るとインターホンが鳴った。
「ちわーっす! 黒猫メイドのお届けものでーす。ココにサインか印鑑お願いしまーす!」
時々、舞花には普段の景色や日常を懐かしいと感じる時がある。ありえない物を見ているような不思議な気持ち。
そんな筈は無いのにね、とピカピカ光るスマートフォンの通話ボタンを押した。
「あ、もしもし。お母さん? ありがとう、お野菜届いたよ……」
●『大学一年生』シルキィ(p3p008115)
「……あれっ、わたし寝てた?」
ふわぁと小さく欠伸をして、羽化するようにシルキィは全身を伸ばした。
微睡むような春の陽射しを浴びながら、眠たげな思考は緩慢に動きはじめる。
「昨日は確か……授業出て、バイトして、その後カラオケ行って……それで、帰って来てそのまま寝ちゃったんだっけ」
覚えていることを指折り数えて、シルキィはう~んと唸って両腕を組んだ。
「まだ疲れが残ってるねぇ。今日は……2限からだっけ、もう少しゆっくりしてから出る準備しようっと……」
……すやぁ。
普通であれば完全な寝坊フラグであるのだがシルキィは見事に遅刻を回避してみせた。
『見た目は儚いが、あれはド真面目でド熱心なド根性の申し子である』というのが学内における彼女への共通見解だ。
追加で五分の睡眠を取得すると、シルキィはきっぱり布団とお別れした。
「という訳で、なんとか寝過ごさずに済んだねぇ」
桜色のコットンセーターにシフォンスカート。クリーム色のスプリングコートは大学近くにあるアウトレットに皆で出かけた際、思わず買ってしまったものだ。
半円状の講義室には誰の姿もない。前の授業は民俗学だったのか、板書に薄らと名残が残っていた。
(ちょっとずつ新しい生活にも慣れて、やるべきことも楽しいことも分かってきた。けれどまだまだだって感じちゃう……)
ぱらぱら。復習を重ねる音が木の葉のように響く。
保健学部の春は何かと忙しい。
シルキィは振り落とされないように必死だった。
衛生の授業に外国語。先輩や教授の話では、そろそろディスカッション形式の授業が始まるらしい。
(時間はあっという間に過ぎて行くから、後悔しないように過ごしていければいいなって思うよぉ)
手遊びのようにペンを回して、次のページへ。
シルキィは養護教諭を目指している。
良いことも辛いことも、何だって起こるのが学校。
そんな場所に、拠り所を作れるような人になりたいと願い、輝く夢の一歩を踏み出したばかりだった。
●『運送業者』パーシー=マクベス(p3p006620)
俺の名前はパーシー=マクベス(25)。
中卒だし親も彼女もいねぇけど、黒猫メイドっつー運送業社で正社員として働いている。
最初は目付きが悪ぃ、態度が悪ぃってビビられたりクレーム入れられたりしたけど、慣れりゃどーってことねぇ。目付きは愛想良く笑っときゃなんとかなるし、態度だって、昔に比べたらちったぁマシになってんじゃねーか?
まっ、自分じゃわかんねーけどよ!
制服を着て愛想良く、元気いっぱい、心をこめて!
今日も荷物を届けまくりますッ!!(ただし居留守と住所相違は勘弁な!)
豪邸への配送が終わったパーシーは襟元のリボンを指でいじりながら首を傾げた。
普段着慣れている筈の制服が何故だか妙に落ち着かない。
足元はすーすーするし、耳に当たるホワイトブリムや足首のソックスガーターのフリルがこそばゆい。
「普段はこんなん思わないんだがなぁ? っと、今は仕事に集中しねぇとだな」
制服への違和感は一日中続いたが今日は花の金曜日。飲み会ができるとルンルンで――。
「ごめん、今日オレ、デートなんだよ」
「すまん。うちも娘の誕生日でなぁ」
「へへっ、どうせ俺は独りぼっちですよ……」
やさぐれ街道まっしぐら。
部屋にまた一つ、放物線を描いてストゼロの抜け殻が転がった。
部活帰りに笑顔でアイスを買う男子高校生と死んだ目でチューハイ(ストレスノンノンゼロ)を買う俺。
それを見比べるコンビニのレジ店員。切なさがマッハである。
「皆、いつまで俺とバカ騒ぎしてくれるんだろうなぁ」
しんみりした金眸が膝をかかえて潤みだす。
「少しだけ、寂しい……ってそんなわけねぇよ! メイドで何が悪い!!」
何言ってんだ俺ェェ!?
恥ずかし紛れに投げた銀の空き缶が薄壁にぶつかり綺麗な音を立てる。
怒れる隣人が壁ドンするまで、あと十秒。
●『小学五年生』ルアナ・テルフォード(p3p000291)
「ルアナちゃんのランドセル、可愛い」
「うん、お気に入りなの!」
ほんのりとしたピンク色を見せたくて、くるりと回る。
「ルアナちゃん。お気に入りなのは分かるけど、もう少しおとなしくしようね」
「はぁい」
先生の言葉にクラスメイトはくすくす笑う。
嫌な笑い方ではない。子猫を愛でるような笑い方だ。
「でもねー。皆おんなじようにおとなしくていい子でって。そんなのつまんないじゃん。お勉強はちゃんとするし、いい子にはするけれど、おとなしい子にはなりたくないな。あっ、それと今日から保健室に新しい先生が来たんだよ」
ルアナの学校での報告を聞くのも、執事服を着た老人の仕事だ。
「お嬢様、お茶が入りましたよ」
「わあ!」
今日のおやつはシャトー・メルヴェイユのパティシエによるルージュトルテ。素材は全て国産のものを使用し上のカラメリゼは沖縄県産のきび砂糖を……。
「聞いていらっしゃいますか、お嬢様?」
「ごめんよく覚えてないや」
えへへと笑って美味しかったよと空のお皿を見せれば甘い執事はいつも許してしまうのだ。
「本日のスケジュールですが」
「覚えてるよ。音楽にピアノにバレエの日でしょう?」
習い事で忙しいルアナの自由時間は寝る前だけ。
それでも日課の動画巡回は欠かさない。
「すごいよねー。その場に行かなくても旅行気分になれたり、コンサートを聞いた気分になれたり。わたしも大人になったら、なにか発信できるような人になりたいなぁ……」
天蓋つきのベッドにごろりと寝転がる。
「私に出来ることってなんだろう?」
考えたくても、ふわふわのフレンチトーストみたいなベッドは容赦なくルアナを眠りへと誘う。
明日の朝食はフレンチトースト……と微睡みながら、ルアナは今日におやすみを告げた。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
リクエストありがとうございます。
情報化社会の特徴をもつ、どこか見覚えのある時代と国で起こる、もしもの日常。
●依頼内容
「もしも貴方が現代日本社会の一般人だったら?」というシミュレーションです。
社会人でしょうか? 学生さんでしょうか? それとも……。
このシナリオでは指定しない限り危ないイベントは発生しません。
●世界観/舞台
現代日本によく似たシミュレーター世界。
どこかで見たことのある場所や施設を登場させることができます。
ただし具体的な名称はふわっとぼかす可能性があります。
●NPC
学校の友達、会社の上司、信号待ちをしている人。
プレイング次第ではモブっぽい群衆が出てくるかもしれません。ご了承ください。
〇サンプルプレイング
・中学三年生、夏。弓道部。
テストかぁー。受験もあるし真面目にやるかなぁー。
部活帰りに後輩たちとファストフードの店で食べて帰るのが癖になっていたから、早く家に帰るのが少し憂鬱。
ちょっとコンビニ寄って帰ろうかな。
あ、ちょっとアンニュイで魔術大好きなお隣さんだ!
・社会人、夜。金曜日、社畜。
終わった。仕事が終わった。
明日は休みだァー!!
ゴロゴロするのも良いし、積みゲー消化とか、いや洗濯が先かも。
そうだ、髪の毛を染めに行かないと。仕事が無ければ赤に染めるんだけどな。
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