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シナリオ詳細

執行せよ、アストライアー

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 ●疲れ果てた正義
「お願いです、もう争いなぞ! 殺し合いなどやめてください!」
 もう何度口にしたかわからぬ訴え。
 周囲の神々が奴らには無駄だよと諦めて、天へ帰ったとしても正義の女神アストライアーだけは地上に残っていた。手にした天秤は徐々に傾き始め、悪に重きが置かれている。
 それでもまだ、まだ。
 最初は判ってもらえなくとも、何度も説けば必ず。
 アストライアーは人間の『善』を信じていた。
 何度裏切られ、豊かな大地が血に染まったとしても。屹度いつかこの訴えは届くと信じていた。それは彼女が疑いようもなく『正義』の女神だったからに他ならない。

「おかあさん、おかあさん」
 戦火に斃れた母親の死体の傍で幼子が縋りついている。
 想像を絶する様な痛みと遠のく意識の中、きっと我が子だけはと守り抜いたのであろう。
 アストライアーは悲しみに胸を裂かれそうになりながら、親子の傍に寄ろうとした。
「坊や、一人かい? 寂しかったろう。おじさんとおいで」
 優しそうな笑顔の男が幼子に近寄っていく。
 良かった、あの男性に保護をしてもらえば暫くは安全だ。
 アストライアーが胸を撫でおろした瞬間、天秤がかちりと悪の方へと傾いた。
「……いけないっ!」
 はっ、とアストライアーが慌てて男の方を向いた時には既に遅かった。
 幼子は地に伏せており、こときれていた。
 下卑た笑みを浮かべながら、男は右手に血まみれの短剣と幼子から奪ったのであろう装飾品を左手に持ち上げていた。
「悪いなぁ、おじさんもこうしなきゃ生きていけねぇんだわ」
 アストライアーの信じていた何かが音を立てて崩れ去った。
 自分があの男の善性を信じたばかりに、尊き命が奪われてしまった。
 自分が、あの子を殺した。
 ――人間の『善』など愚かにも信じ続けたばかりに。

 アストライアーは男に近寄った。
「あ? なんだ姉ちゃん……?」
 母親の遺体を漁っていた男がアストライアーの方を向いた。刹那に首から上が飛び、ぼとりと地に落ちる。どさりと斃れた男を見下ろし、アストライアーは幼子の遺体を母親の腕の中へ抱かせてやった。
 
 強く天秤を握りしめ、アストライアーは己の過ちに気づいた。
 他の神々のいう事が正しかったのだと。
 いくら自分が説得したとて、人間達は何度も争いを繰り返す。
 それどころか私利私欲の為に平気で人を手に掛けるようになってしまった。
 自分の怠慢が多くの命を失わせてしまった。
 
 正義の暖かい炎に燃えていたアストライアーの心は急速に凍り付いた。
 終わらせなければならない。何もかも。これ以上の哀しみを産まぬために。
 存在さえしなければ失われる命もない。
 
「あなた方は何も悪くありません。あなた方に期待し、信じていた私が愚かだったのです」
 天に跳びあがったアストライアーが天秤を突き出す。
 すっかり平行ではなくなった正義の天秤は哀しいほどに煌めきを放っていた。
「この私が責任をもって終わらせましょう」
 掲げられた天秤から放たれた眩い光が大地を凪いだ。
 じゅっ、と何かが蒸発するような音と共に武器を手入れしていた男は一瞬で消え失せた。
 瓦礫の中から食べ物を探していた女が瓦礫ごと消えた。
 地面には黒い焦げのみが残り、辺りを悲鳴が包み込んだ。

「せめて苦しまずに送って差し上げましょう。それが私からの、この女神アストライアーからの最後の慈悲です」

 眼下に広がるは逃げまどい、裁きの光に焼かれゆく人間たち。
 正義の名のもとに、女神アストライアーは剣を振りかぶった。
 その眼に真珠の如き涙を浮かべながら――。

 ●執行せよ、アストライアー
「よっ、また星座の神話が歪められてな。悪いけど手伝っちゃくんねぇかい」
 境界案内人の朧は神話が記された書物を取り出し、『乙女座』の頁を開く。乙女座神話のあらすじを騙りながら朧はするすると頁を進めていく。
「ま、人間に愛想を尽かすところまでは同じなんだが。本来アストライアーは地上を去り星になるんだが」
 朧が見せた古びた紙には天秤と剣を持ち、血の海に立つアストライアーと夥しい数の屍。
 光に焼かれ崩れ落ちた建物の挿絵が鮮明に映し出されていた。
「……少なくとも、こんな酷いことはしない。アストライアーは正義の元に自分が見守ってきた人間を全滅させる気だ」
 去り行く神々の中、最後まで地上に残り人々の心に正義を訴えかけ続けた女神。
 しかし止まらない欲望に、繰り返される殺戮の歴史。
 信じて、信じて、信じ続けて――終ぞ届かなかった。
 疲れ果てた正義の女神。

「お前さん達には彼女を止めてほしい」
 歪められた神話を本来の姿に戻すために、特異運命座標は神話の世界へ飛び出した。

NMコメント

 初めましての方は初めまして、そうでない方は今回もよろしくお願いします。
 星座のモチーフ大好きな白です。
 今回は乙女座のモデルとされている女神アストライアーの神話をベースにしたシナリオになります。
 以下詳細。

●目標
 正義の女神アストライアーを止める
 
 本来の神話ではアストライアーは幾度正義を説得しても殺戮を繰り返す人間に愛想を尽かし天秤と共に天へ帰ります。
 しかし今回の彼女は完全に心が凍り付き『正義』の元に人間を滅ぼす選択をした様です。
 結末が同じ(アストライアーが天へ帰る)ならば、途中の道筋が変わっても構いません。
 語り継がれた神話のうちの一つとなるでしょう。

●戦場
 戦場跡です、あちこちに瓦礫がありひび割れた大地が広がっています。

●舞台
 神と人が暮らす星座の神話の世界です。
 今回は『乙女座』の話の舞台です。

●敵
 アストライアー
 乙女座のモデルとされる正義を司る女神です。
 長い間人間達に正義を説き続け人間の『善性』を信じてきましたがOPの事件で心が凍り付いてしまいました。『正義の元に責任をもって』人間達を滅ぼそうとします。
 理性を失っているわけではありませんので会話は可能です。 

 攻撃方法
 剣での斬撃
 右手にした剣で単体へ攻撃をします。

 裁きの光
 左手の天秤の光を使い広範囲への攻撃を行います。
 はあらゆるものを一瞬で焼き尽くす強力な攻撃ですが、天秤に光が収束する予備動作があります。
  
 正義の心(凍)
 天秤の光を身に纏い己の身を護ります。
 彼女に傷をつけるのはなかなか難しいでしょう。

●サンプルプレイング
 信じていた物に裏切られ続ける……屹度、とってもつらかったはずだわ。
 でもこんなのやり過ぎよ! 彼女の為にも止めなくちゃ!

 こんな感じです、それではいってらっしゃい。  

  • 執行せよ、アストライアー完了
  • NM名
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年07月10日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
クシュリオーネ・メーベルナッハ(p3p008256)
血風妃
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫

リプレイ

 焦土と化した大地の上で剣を振るい、天秤を掲げるその顔からは慈悲は消え失せていた。

「あれが、正義の女神アストライアー……」
 『星の救済』小金井・正純(p3p008000)は自身の知る女神とはかけ離れた姿に眉根を寄せる。彼女がああなってしまった理由と想いには共感できる。共感できるからこそ彼女と話をしなければならない。それが星の巫女たる己の責務であると正純は判っていた。

「ふうん……正義ってわりには随分過激じゃない」
 『汚い魔法少女』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)はアストライアーを冷静に観察していた。アストライアーの戦闘能力の高さは本物だ。
「普通に倒すのは骨が折れそうだし、口先で丸め込みたいところね」
「うん、まずは説得を試みたいな……簡単じゃないと思うけど……」
 メリーに同意しつつ、『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は言葉で誰もがすぐ止まれるなら、こうはならなかった筈だとも考えていた。
「少なくとも今の彼女は正義とは程遠いですね」
 三人から少し離れたところで『血風妃』クシュリオーネ・メーベルナッハ(p3p008256)は腕を組み『正義の女神』を冷めた目で見ていた。

「まだ残っていましたか」
 四人にアストライアーが気づいた。右手の剣は赤く染まっている。
「まぁまぁ、話を聞いてくださいな女神様」
 わざとらしく手を上げてメリーはアストライアーを一旦止める。
「悪人に善良な生き方をさせる方法があるって言ったらどうする?」
「そんな方法ありませんよ。所詮悪は悪でしかありません、思い知りましたから」
「ま、あんなの見ちゃね。でもあるのよ、今からそれを教えてあげるわ」
 メリーが軽快な口調で話し始めた。

「わたしが前住んでいた所はとても治安が良くて、殺したり奪ったり、あからさまに悪いことをする人は少ししか居なかったの。でも決して善人ばかりではなかったわ。善人と悪人の数はそれほど変わらないのに、実際に悪いことをする人はごくわずかだった」
 不思議よね? とアストライアーに問いかける。彼女は何も答えず、メリーの言葉の続きを待つ。
「それはなぜかっていうと、教育レベルが高かったおかげだと思うのね。悪人たちに教養があるおかげで、『自分が殺されたり奪われたりしないために、お互いに悪いことをせずに治安の良い社会を維持した方が得だ』という損得勘定をすることが出来たってわけ。賢い悪人は自分が得をするために良いことをするのよ」

(現に今の私も恩を売って権力得る為に頑張ってるし)
 と内心で呟きつつ但し、とメリーは続けた。
「その一方で、無教養な善人が偏った政治思想や宗教思想にとらわれて大量殺人を犯したこともあるわ。愚かな善人は善意で悪いことをするの」
 それが正しいことだと本気で思っているから、救えないのだとメリーは言う。
「さっきの男はまさしく悪人だったけど。善意で『母親と別れて可哀想だから殺してあげよう』なんて言って殺す善人もいるってことよ」
「……っ」
 言葉を詰まらせるアストライアーにメリーは彼女は本当は心のどこかで分かっていたのだろうと思う。
「あなたが失敗したのは、悪人を善人にしようとするアプローチが間違っているから。あなたがすべきなのは、愚者を賢者にすること、教育をほどこして損得勘定を正しくできるようにすることよ。この世界の人々に足りないのは、良心じゃなくて教養よ」
「彼らに教育など施したところで……」
「今すぐにとは言わないわ。それこそ根気強くゆっくりでいいのよ。あなたがしたみたいに」
 アストライアーは暫く考え込んでいたが、剣を構えなおした。
「貴女のいう事は一理あります。次はそうすることに致しましょう」
(今回の残滅はあくまで止めないって訳ね)

 二人のやり取りを見届けた様に放たれた弾丸。
 それを剣でいなし、アストライアーはクシュリオーネに視線を寄越す。
「いきなり撃つだなんて随分な事をしますね」
「殺戮を楽しんでいる貴女には言われたくありませんね」
「……なんですって?」
 クリュシオーネの言葉に、アストライアーは地面に墜ちた弾丸を踏み躙り剣を向ける。
「取り消しなさい」
「取り消しません。己の勝手な理屈で殺戮を為す貴女の行い、人間達と何が違うのか」
「正義の女神としての責任を果たしているだけです」
 クリュシオーネの足元に焦げ跡が付く。
「もう一度だけ言います。取り消しなさい」
「貴女は正義と言いますが、そも正義とは何なのでしょうか?」
 アストライアーの忠告は無視し、横たわる屍を見ながらクリュシオーネは続けた。
「人間達が悪を為すのは、見る限り生きる為のこと。ならば何故、生きる為に悪を為さねばならなくなったのか――顧みたことは、ありますか?」
「幾度も戦争を繰り返し略奪と殺戮を繰り返すことが生きる為だというのですか?」
 アストライアーは冷たく言い放った。その顔には自嘲の色が浮かんでいる。
「全て消してしまえば、顧みる必要も無いでしょう?」
「可哀想な人。少しだけ同情してあげますよ」
 理解はできませんがね、とクシュリオーネは再度弾丸を放つ。
 アストライアーの剣が弾く。その度に火花が飛び散り網膜を焼いた。
「そこを慮ることなく、只々正しく生きろ等と説くだけでは、耳を貸す人間など居ないでしょう。己の正義が受け入れられないと嘆くより前に、何故受け入れられないのか考える事。其を放棄した時点で、最早貴女の正義は正義ではなく――偽善になり果てたのです」
「黙りなさい」
「己の使命に酔い痴れて、殺戮に耽溺する『悪しき』女神。それが今の貴女です。この地上に在る如何な人間より罪深い、悪より尚悪しき『最悪』の存在――」
「黙れと言っているッ!!」
 切っ先がクシュリオーネの頬を掠める。鋭い痛みと鮮血にクシュリオーネは小さく舌打ちした。激昂したアストライアーが天秤を高く掲げ、主の意志に応える様に天秤に光が収束していく。
「だめ……!」
 祝音がクリュシオーネを護る様に飛び出した。聖域を展開し裁きの光から身を護る
「大丈夫……?」
「ええ、ありがとう。祝音さん」
 血の滲むクリュシオーネの頬に祝音は手を翳す。優しい光が包み込み、傷を癒した。
 痛みが消えたクリュシオーネが即座に反撃する。咄嗟に剣を盾にしたアストライアーは一旦飛び下がる。剣は幾度となく攻撃に晒されたことで、とうとう折れてしまった。揺らぎ始めた彼女の目を見て正純が歩み寄る。

「正義の神アストライアーよ。貴女のお心は痛いほど分かります。期待していたものに裏切られる苦しみも、自身の思い描いていた理想が汚される痛みも、その全てが分かる。……今の貴女は、きっと辿る可能性のある未来の私だから」
 否、屹度誰もが辿りうる可能性を持っている。
 その涙も、怒りも自然なものだ。神とて、当たり前の感情だ。
「ですが、その権能を感情に任せて振るえば、貴女は神である前に、ただの殺戮者になってしまう。私の知る貴女は、人を見限ってなお天へと帰るに留まり、星々となって空より私たち愚かな人間を見守ってくださっていました。ですから、いいえ、だから、そんな風に怒りのままに力を振るうのは止めなければならない」

 誇り高き清らかな正義の女神。
 疲れ果て、血に染まった姿は余りにも痛々しい。
「お言葉で止まっていただけぬのであれば、実力行使で止めさせて頂きます」
 正純は弓を絞り狙いを残った天秤に定める。
 紅い月が正純を包む、正義とは真逆の邪剣。
 その極意をたった一瞬だけ、一矢に込めて放つ。

 星々の加護をもって、正義の女神を。
 乙女の怒りと悲しみを鎮める一撃と為す。

「この祈り、明けの明星。末路わぬ神に奉る――天津甕星!」
 弾き飛ばされた天秤が宙を舞い、地に墜ちた。アストライアーが膝を着く。
 尚もまだ、折れた剣を支えに立ち上がろうとする彼女の手を祝音の小さな手が握った。
「もう良いんだよ」
「……え?」
「アストライアーさん……頑張って、声をかけ続けたんだよね」
 最後まで信じ続けて、裏切られ続けて疲れてしまったのだろう。
 もう十分頑張った筈だ。なのに彼女は己の責任だとこうしてまだ休めずにいる。
「だから……もう、あなたの言葉を聞かなかった人間達の命と未来の責任まで、あなたが背負う必要はないんだよ」

 今まで、よく頑張ったね。

 アストライアーの凍り付いた心を溶かしたのは、祝音の一言だった。

 温かさを取り戻したアストライアーの瞳から涙が頬を伝い落ちる。
「私は貴女の言う通り『最悪』の存在と成り果てたのですね」
「漸く正気に戻られたようで。貴女の正義がこれ以上穢れなくて良かったです」
 構えていた指を解き、クシュリオーネは再度腕を組みなおした。
「人間なんて大体馬鹿なんだから適当に見とけばいいのよ。全部私が、なんてしてたら疲れるわよ?」
「ええ、その通りですね」
 魔法陣を解き、得意げなメリーにアストライアーは微笑む。
 アストライアーは改めて周囲を見渡し己が正義の元に生み出した惨状に目を伏せた。
「もう正義の女神だなんていえませんね」
「どうか、自分を責めるのはおやめ下さい」
 悲しそうに呟いたアストライアーに正純は寄り添う。
「貴女の正義は、ヒトにとっては過ぎたるものであるだけなのです」
 人間とは彼女が思う程善良で賢明な生き物ではない。
 幾度も過ちを犯し、傷つけあう愚かな生き物だ。
 だが過去から学び、何度だってやり直せる生き物でもある。
 
「私は、貴女の正義を信じています」
 その言葉に目を瞠ったアストライアーは満ち足りたように目を閉じた。
 アストライアーの身体が徐々に光の粒子となり天へ昇ってゆく。
 彼女の後を追う様に、天秤もまた空へ昇り見えなくなった。
「……しあわせに、なってね」
 祝音が手を振り彼女達を見送った。

 正義とは何か?
 四人は満天の星空を見上げ考えていた。

成否

成功

状態異常

なし

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