シナリオ詳細
海賊レース開幕。或いは、金鮫・ティブロンの栄光と名誉…。
オープニング
●熱海レース
海賊島“ナバロン”
海洋にある熱帯の島の名だ。
その島は3人の海賊によって統治された、悪党どもの楽園である。
そして、その島では時折、海賊たちによる何でもありの航海レースが開催される。
「ほぉ! 海の悪党たちばかりとはいえ、こうも揃えば圧巻だな!」
船の船首に仁王立ちして、島を眺める女が叫ぶ。
褐色の肌に金の髪。
水着を纏い、ランスを手にした女である。
腰にはパレオの代わりに自身の掲げる海賊旗が巻かれていた。
女の名は“金鮫”ティブロン。
海賊レースに参加するため島を訪れた女海賊である。
島の外周を1周すること。
海賊レースのルールは、詰まるところそれに尽きる。
同時刻に、同じ岬から出航し、他の海賊団よりも先に島を1周した者の勝利だ。
その間に海賊同士で戦闘が発生することもあるし、島に残った船員たちから妨害を受けることもある。
航海距離を短くするため島に近い位置を走れば、妨害を受けやすくなるだろう。
妨害を恐れ島から遠い位置を航海すれば、その分、ゴールまでの距離は長くなる。
「とはいえ、我がグレート・オーシャン・ティブロン号の航海速度であれば勝利することも難しくはない!」
船の甲板で腰に手をあて、呵々と笑うティブロン。
その足元ではティブロンの相棒である鮫“アーロ”がヒレを打ち合わせ拍手をしていた。
島についたティブロンは、早速レースへの参加手続きを踏んだ。
受付を務める女海賊は、参加者名簿を一瞥し「は?」と困惑した声をあげる。
「なぁ、本気か? 団員3名って……そもそも航海するには少なすぎるし、うち2名は人でさえないみたいなんだが?」
「うん? 問題が?」
アーロを背負ったティブロンは、首を傾げてそう問うた。
鮫の海種であるティブロン。
相棒の鮫、アーロ。
そして、船体を引く巨大怪生物“ヒトガタ”のヒーチョ。
以上が現在、船に乗っている“ティブロン海賊団”の総員である。
「……まぁ、一応の規定として団員数5名以上の組織に限るってことになってるんだが」
「なるほど。であれば、レース当日までに仲間を呼ぼう。それでいいだろう?」
「そういうことなら、まぁ」
昨年、海賊としての名乗りを上げたティブロンは各地を冒険する中で数多の団員を獲得している。
その仲間たちはイレギュラーズという組織に所属しているため、普段は共に航海をすることはないが、いざとなれば助けに駆け付けてくれる実力者揃いだ。
「優勝賞品である秘宝“呪い掃きの海酒”は、必ず私が手に入れる。盗まれたりしないよう、しっかりと保管しておいてくれよ」
「そんなヘマはしねぇよ。賞品はこの島を仕切る大海賊の1人、マリブ姐さんがきっちり管理してくれてらぁ」
「そうか。そのマリブとやら、かなり優秀なのだろう。うちに入ってくれないものかな?」
「……無茶言うなって。けどまぁ、姐さんは無理だろうが、優勝できりゃ仲間になりたいって海賊も集まって来るかもしれねぇな」
「そうか。楽しみだな!」
なんて、言って。
鮫を背負った女海賊は、意気揚々と自分の船へ戻っていった。
その堂々とした後ろ姿を、受付の女海賊は変なものを見る目で眺めるのだった。
●金鮫・ティブロンの依頼
「はぁん? それで、こんなくそ暑い島にわざわざアタシを呼び寄せたってわけなのだわ?」
海賊島“ナバロン”のある岬。
停泊しているティブロンの船の甲板で、紫煙を燻らせコルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は言う。
気温と湿気に辟易しているコルネリアは、到着早々不機嫌MAXと言った様子を隠しもしない。
「暑いのなら修道服を脱げばいいのではないか?」
「シスターがそうほいほいと修道服を脱げるかよ」
「シスター? そう言う雰囲気じゃないだろう。“怪銃”コルネリアの纏う雰囲気は、こう……カタギのもののそれじゃ」
「っと、そこまでだ。確かにアタシは善人じゃないが……それでもシスターではあるんだよ」
携帯灰皿へ煙草の灰を落としたコルネリアは、ティブロンの言葉を遮るようにそう言った。
コルネリアの視線を受けて、ティブロンはふぅとため息を零す。
「まぁ、コルネリアがそう言うなら、それでいいさ。さて、ではレースについての説明をしよう」
「っても、島の外周を船で一回りするだけなんだろ? 普通にやって1周1時間から1時間半ってところか?」
「実際には島内からの妨害や、他海賊との海戦もあるのでもう少し時間はかかるかな。島内からの妨害は大砲や火矢によるものが多いと聞いている」
射程が長く威力も高い大砲による砲撃を受ければ【ブレイク】や【飛】といった悪影響を受けるだろう。
一方、火矢は手数が多く【火炎】による追加ダメージもある。
「火矢は要注意だな。私の船は古いので、きっとよく燃える」
「……前も思ったけどオンボロ船なのだわ。マストなんか1本折れたままだし……航海する棺桶みたいなのだわ」
「まぁ、船はヒーチョが引いてくれるからな。マストが折れていても問題ないんだ」
「ヒトガタに可愛らしい名前を付けちゃってまぁ……なんかあいつ、元気が無いように見えるけど?」
船首を見やって、コルネリアは首を傾げる。
そこにいたのは全長20メートルほどの巨大な怪生物であった。
白い肌に、白濁した瞳。
口腔にはびっしりと鋭い牙が並んでいる。
下半身こそ魚類のそれに近い形をしているが、上半身はまるで人のようでもあった。
長い2本の腕なんて、水かきがある以外はまさしく人間そのものである。
「ヒーチョは北海に住んでいたらしいからな。熱帯の気候が肌に合わないのだろう」
「……あぁ、そう。それじゃぁ、速度は普段ほどに出せないってわけね」
海図に視線を落としコルネリアは言う。
島の形は三角形。
その外周に添って、20を超える海賊団が船を走らせる。
ちなみに、1つの海賊団につき出場できるのは1船までだ。
「大砲や火矢は他の海賊船が撃って来ることもあるだろうな。ちなみにうちの船にも1門だけ大砲が乗っている」
そのほか、場合によっては船上での白兵戦が起こることもあるだろう。
その場合は、マスケット銃やサーベル、火炎瓶などを武器として使う海賊が多いとティブロンは言う。
「数の上ではおそらくうちが一番少ない。出来る限り、白兵戦は避けたいところだ……とくに、こいつだ」
そう言ってティブロンは、1枚の手配書をコルネリアへと手渡す。
赤ら顔の巨漢の写真と、高額な報奨金。そして「 DEAD OR ALIVE」の文字。
男の名は“バルバリア”というらしい。
「こいつは?」
「今回参加する海賊の中でも一番の大物。“大酒飲み”のバルバリアだ」
常に酒に酔っ払った海賊であり、大口径のマスケット銃を得物としている。
戦闘力が高く、またBSにかかりづらいことが特徴だ。
「パドルシップ……推進力として水車型の外輪を使用する船に乗っているそうだ。狙いは滅茶苦茶だが【ブレイク】【崩れ】の付与された弾丸を連射すると聞いている」
出来れば戦いたくない相手の筆頭だ。
部下の海賊たちも銃火器の扱いを得意としているらしく、遠距離攻撃手段に乏しいティブロンは特に相性がよろしくない。
「とまぁ、説明はこれぐらいだな。優勝して秘宝と名誉を手に入れよう」
と、そう言って。
ティブロンは、コルネリアの前に酒のボトルを置いたのだった。
- 海賊レース開幕。或いは、金鮫・ティブロンの栄光と名誉…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●レース開幕
けたたましい鐘の音が、青い空に鳴り響く。
快晴。晴天。潮の香りを多分に孕んだ風が熱い。
鐘の音に合わせ、同時に出航する都合20の海賊船。
場所は海洋。沖合にある熱帯の島“ナバロン”。
通称“海賊島”と呼ばれるその島では、時折こうして海賊同士のレースが開催されていた。
今回の優勝賞品は“呪い掃きの海酒”。
あらゆる呪いを解除する、海の秘宝であるらしい。
「ははは! 血が湧き、肉が踊るじゃないか! なぁ、船員諸君!!」
呵々と笑ってそう告げたのは、褐色肌に金の髪をした海種の女性。“金鮫”ティブロンである。
「どちらかと言えば、俺はレースに出るよか、酒を片手にレースを観戦する方が得意なんだがねぇ」
甲板に座した中年の男『ティブロン海賊団“金鮫の剣”』十夜 縁(p3p000099)は海を見渡しそう言った。
元ギャングにして特異運命座標の一員。そして、今ばかりは海賊団の斬り込み役と経緯や肩書きが渋滞している節はあるが、その実力は本物だ。
「作戦通り、序盤は外回りで行くぜ。言っておくが、お上品な戦略なんて取らねえからな?」
「構わん。蹴散らせそうなら、容赦なく蹴散らしていけ!」
「ははっ、ティブロン船長は今日も絶好調だな! それなら今回も勝てるな!」
操舵輪を握る『ティブロン海賊団“風掴みの”』カイト・シャルラハ(p3p000684)は、海賊船の群れから離れ沖の方へと進路をずらす。
「史之! そっちはどうだ?」
「何リットルかの水じゃ、文字通り“焼石に水”ってところだね。まぁ、1周ぐらいなら牽引できそうな感じではあるけど」
カイトの声に応じたのは『若木』秋宮・史之(p3p002233)だ。船を牽く巨大怪生物“ヒトガタ”のヒーチョに水を与えつつ、海図へと視線を落としてる。
「そう難しい航海じゃなさそうだけど。あ、船長も見るかい?」
「いや、不要だ! 私は海図が読めないからな! 委細任せる!」
要は勝てればそれでいいのだ。
仲間を信じ、すべてを託す。
ティブロン船長の度量が窺えるものである。
さて、一方そのころ甲板前方で周囲を見張る2人の人影。
片や海賊帽を被った長身の女『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)。
もう1人は銀の髪をした鉄腕の偉丈夫『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
「うーん、この帽子は目立ちますかね~?」
「いいんじゃナイ? せっかくのお祭り騒ぎなんだから、楽しまないとネ!」
ウィズィの被った『偉大なる』ドレイクの海賊帽はひどく目立つ。
2人の役割は他船の牽制と、動力であるヒーチョの警護だ。
「あぁ、もちろん全力を尽くすよ! 練達のエライ人も言ってたらしいからね。仕事じゃねぇんだぞ! シンケンにやれよ! ってね!」
「それは当然。では……おぃ、あの船見てみろよ! 初っ端から飛び出すたぁ良い的だ! やっちまおうぜ!」
ウィズィは巨大ナイフを前方へかざし、突出した小型帆船を指し示す。
周囲の船を扇動し、敵の数を減らす作戦であった。
海賊レースに仁義などない。
日頃、島内での海賊同士の争いはご法度とされているが、この日ばかりは話が別だ。島内から火矢を射掛けようと、砲撃を撃ち込もうと、それはレースの一環として処理される。
妨害工作の名のもとに、気に入らないアイツを海の藻屑とする好機。なればこそ、島内に残った海賊たちは普段以上に沸いていた。
「あっついあっつい……嫌んなるねぇこの気候は。勝った時は酒場で奢ってもらわにゃあね」
『ティブロン海賊団“怪銃”』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は言う。
視線を周囲へと動かした彼女は、高台に大砲を持ち込んだ1人の海賊を目に止めた。
「お、さっそく妨害するつもりか? なぁ、止めた方がいいんじゃない?」
「いや、放っておこう」
高台へとガトリングの砲口を向けたコルネリアを『ティブロン海賊団“流星淑女”』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が制止した。
「あんな突出した位置に1人で立って……ご愁傷様、どこからでも狙い放題だ。私なら30秒以内に撃ち落とすね」
モカの宣言通り、それからおよそ60秒後、高台に上った海賊は無数の鉛弾に撃たれ、海へと落下していった。
「手際が悪いね」
「だが、利用できるぜ、こりゃぁよぉ」
そう言って『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は海岸へ向けて駆けていく。血に赤く染まった水面を見下ろし、彼は叫んだ。
「クソッ! 許さねぇ! バルバリア海賊団の野郎が仲間をヤりやがった!!」
晴天に響く大音声。
銃声を耳にし、テンションの上がっていた海賊たちは簡単にブライアンの言葉を信じた。あちこちで響く銃声に、怒号。それを聞きながらブライアンは気配を消して密林の中へ姿を晦ます。
●海の荒くれ者たち
海岸沿い。
一列に並ぶ海賊たちは、次々とマスケットや大砲を駆使し、海賊船を狙い撃つ。装填から狙いを付けて、引き金を絞る動作が早い。日頃から銃を扱っているのだろう。
手慣れた動作はモカの目から見ても、玄人のそれと太鼓判を押せた。
「ちいせぇ船から撃てってのが頭からの命令だ。沖にいるキャラベルを狙え!」
砲撃隊の指揮者らしき男がそう叫んだ。
それを合図に、一行は銃口をティブロンの船へと向ける。
「あぁ、まずいな」
十分に沖まで出てしまえば、大砲の弾も届かないだろう。
けれど、それにはまだ時間が足りない。
「待て。頭からの命令が変わった。狙いは、頭と競り合ってるガレオン船だ」
「あぁ? 小型船はどうするよ?」
「放っておけ。あんな小船じゃ、船長にゃ追いつけないさ」
海賊たちへ指示を出し、褐色肌のその男は密林の方へと姿を消した。おそらく、他の場所で待機している仲間たちへ、指示を伝えに行ったのだろう。
男の指示を受け、海賊たちは狙いをガレオン船へと変える。
密林へと入った男……モカは、付け髭とバンダナを脱ぎ捨てると、島の反対へ向けて駆けていく。
「っと、ちょうどいいところに」
その途中で逢った男の背後へ迫ると、その首筋へ鋭い手刀を叩き込む。気絶はしたが、命までは奪っていない。身ぐるみを剥がせば、また別の誰かに変装できる。
「私にできるのはこれぐらいだな。あとは頼むぞ、皆」
こうしてモカは、誰にも正体を悟られないまま、次々と場をかき乱していく。
高台に上ったコルネリアは、ガトリングを構え蒼い海を見渡した。
「うっし、ここならよく視える。狙い撃たせてもらおうか」
砲塔が回る。
火薬が爆ぜ、ばら撒かれる無数の弾丸。
ティブロンの船に近づいていく大型船の機関部が、弾丸に射貫かれ火を噴いた。
「スナイパーの真似事なんざ久しぶりねぇ。何処から聴こえてくるかも分からねぇ弾丸に怯えな!」
次の獲物に狙いを定め、再度ガトリングのトリガーを押し込む。
派手な砲撃だ。
当然、目立たないはずはない。しかし、コルネリアの元へ他の海賊が現れることは無い。
付近に潜んでいた海賊は、既にブライアンが打ちのめしているからだ。
「っても、そろそろステルスミッションも限界か?」
コルネリアは目立ちすぎている。
遠からず、島中の海賊たちが彼女を障害と認識するだろう。
「それじゃ、そろそろ祭りの始まりだ! 派手な花火をあげてやるぜ!」
肩に担いだ機剣が猛火を噴き上げる。
ブライアンは、それを大上段へと振り海賊たちの群れの中へと突き進む。
鉛の弾が腕を撃ち抜く。
カトラスの刃が肩を裂いた。
手投げ斧は、身体を丸め背で受ける。
身を低くし、脚を止めたブライアンへ海賊が1人襲い掛かって……。
「暴れに暴れてやるぜ! 妨害なんざ、してる余裕はもうねぇぞ!」
ブライアンは剣を一閃。
爆炎に包まれ、海賊はその場に倒れ伏す。
巨大なナイフが、淡い燐光を纏って飛んだ。
「さあ、Step on it!! ですよヒトガタさん!」
ヒーチョの口へ氷砂糖を投げ込みながら、ウィズィは言う。
大きく旋回しながらも、ティブロンの船は加速した。僅かに元気を取り戻したヒーチョが、泳ぐ速度を上げたのだ。
ヒーチョの体を覚ますべく、史之が水を撒いている。
それを一瞥し、ウィズィは戻って来たナイフをキャッチ。次の獲物へ狙いを定めた。
「白兵戦はオコトワリだよ!」
甲板に飛び込んでくる海賊を、イグナートが迎撃。
振るわれた鋼の拳が、その顔面を打ち抜き海へと叩き込む。
ならば、とばかりにヒーチョへ向けて敵船からの砲撃が続いた。砲手を狙い武器を投げるウィズィ。迎撃を彼女に任せ、イグナートは跳んだ。
「っぐぉ!?」
爆音。
その身で砲弾を受け止めたイグナートの体が甲板に転がる。
「船長! 風は捉えたが、敵船の数が多すぎる! ちょっと行って来るから、操舵を変われないか?」
そう叫んだカイトは、愛用の三叉槍へ手を伸ばした。
風向きは良好。
帆も限界まで張っているのだ。後は、進路を塞ぐ敵船さえ退ければ、船は加速するだろう。
「いや、そのまま操舵を続けてくれ! それでいいんだろう、史之!」
「問題ないよ。そろそろ縁さんが動くころだ」
イグナートの治療をしつつ、史之は告げた。
「ってわけで、もう少しだけがんばって、ヒーチョ! カイトさん!」
「よし来た! 海賊のお祭りだぜ!! もっと熱くだ!」
カイトが舵輪を旋回させれば、船は大きく傾いた。
海賊船と海賊船の間に空いた僅かな隙間に、ヒーチョと船が割り込んでいく。左右から立て続けに撃ち込まれる砲撃をイグナート、史之、ウィズィは迎撃。
「乗船許可を出した覚えはないぞ」
乗り込んできた数名の海賊は、ティブロンのランスに打ち据えられて、ボールみたいに海へと落ちた。
暗い暗い海の底。
腰の刀へと手を添えて、縁は遥か頭上を仰ぐ。
「まずは一隻」
一閃。
居合の要領で放った斬撃は、海水を巻き込み狂濤へと形を変える。
荒れ狂う波の杭が、大型船の船底を貫いた。
大きく傾いた船が、さらに海流をかき乱す。小さな船なら、これだけで舵が利かなくなるだろう。
「ま、うちの船は平気だろう。カイトとヒトガタがいるからな」
事実、荒れ狂う海をまっすぐに駆けていく船影が幾つかある。
1つはヒーチョが牽引するティブロンの船だ。
残る2隻に関しては、腕の良い総舵手が乗っているのだろう。
「ヒトガタを狙い撃ちされちゃ適わんからな」
落とさせてもらう。
そう呟いて、縁は海面へ浮上していく。
振り下ろされたカトラスを、三叉の槍が受け止める。
手首を返して刀身をへし折り、カイトは嗤った。
「俺に勝てないようじゃ一番なんて名乗れねぇぜ? ま、勝てないけどな!」
武器を失い慌てる海賊の腹へ前蹴りを叩き込み、海へと落とす。
時を同じくして、史之の刀が1人を斬った。
背中から血を流しながら、男は慌てて甲板を駆ける。
自分たちの船へ逃げかえるつもりなのだろう。
もっとも、彼が帰るべき船は既に縁に沈められているのだが……。
「ほら、もたもたしないで飛び込んで」
その背を蹴飛ばし海へ落とすと、史之は刀を鞘へ仕舞う。
ゴールまであと少し。
残る海賊船も少ない。
進行方向では、今も一隻が停止した。帆に大穴を空けられては、航海もままならないのだろう。無数の穴が空いている所を見るに、それを成したのはコルネリアだろうか。
ティブロン海賊団。
そして、バルバリア海賊団と、半壊しているガレオン船。
以上3つの海賊団が、優勝候補となるだろう。
●デッドヒート
ガレオン船の船長は、年老いた偉丈夫であった。
髪も髭も白くなったが、その瞳は鋭く、よく日に焼けた身体は屈強。腕っぷしと、老獪な戦術で鳴らした海の猛者であるのだろう。
そんな彼だが、今現在に至っては明らかな劣勢に追いやられて、焦っていた。
「どういうことだ? 何で陸に置いて来た連中は、援護に来ない?」
ゴール付近に多数の部下を配置した。レース序盤の妨害など、他所の海賊に任せてしまえばそれでいい。
「よぉ、爺さん。十分長生きしただろう?」
真横を走るパドルシップから、巨漢が手を振っている。
バルバリア。
大口径の銃を獲物とする大海賊だ。
小高い丘の中腹に、無数の男が転がっていた。
車輪の壊れた大砲や、へし折れた弓、曲がった剣にマスケット。折れた骨の痛みに喘ぐ海賊たち。
その真ん中に倒れ伏すのは、金髪の偉丈夫。血だまりに身を横たえ、青い空を仰ぐ彼は、けれど未だに剣を握ったままである。
「生きてるか、ブライアンさん?」
男……ブライアンの傍へ近づき、モカは問う。
見るからに重症ではあるが、幸いなことに息も意識もあるらしい。
「おぉ、モカか。はっは、案外悪くねえ結果になったんじゃねえの?」
そう言ってブライアンは、身を起こして丘の上へと視線を向けた。
コルネリアは無事、丘の上まで辿り着けたようだ。限界まで暴れ回った甲斐もある。
「後は皆に任せて、少し休んだらどうだ? 残りの連中は私が引き受けてやるよ」
手袋を嵌めなおしながらモカは言う。
その直後、遠くから幾つかの怒号が聞こえた。
島の逆方向から、丘へ向けて走って来るのはバルバリアの手下たちか。モカの流した偽情報に踊らされ、明後日の方向へ向かっていた彼らだが、どうやらやっと騙されていることに気づいたらしい。
「ティブロン! テメェのレースだ、ぜってぇ負けんじゃねーわよ! アンタの敵は、この怪銃が撃ち抜いてやらぁ!」
声援と共に銃火が轟く。
ばら撒かれた弾丸が、巨船の船体を蜂の巣にした。
ガレオン船が動きを止めた。
濛々とたなびく黒煙が、青い空に昇っていった。
残る海賊船は怪物が牽くオンボロキャラベル1隻だけ。勝利を確信し、バルバリアは嗤った。一足早い祝杯代わりに酒瓶の中身を一気に煽った、その直後。
ドゴン、と空気を震わす轟音と共に、甲板に雷が落ちた。
「あぁ、なんだぁ?」
「船長!! オンボロキャラベルが近づいてきました!」
「はっぁ?」
まさか正面からやり合う気か、と。
目を丸くするバルバリアの船に、乗り込んできたのは2人の男たちだった。
「……ま、ティブロンの嬢ちゃんとは知らねぇ間柄でもねぇしな。やれるだけはやってやろうかね」
「『風読禽』のカイト、見参! よぉ、熱くなってるか?」
縁とカイトは、それぞれの得物を手に構えバルバリアを見据えた。
「白兵戦か? 望むところだ。てめぇら、相手してやれ!」
空の酒瓶を投げ捨てて、バルバリアは部下に指示を出す。
血気盛んな者たちが、一目散にティブロンの船へと飛び移るが……。
「守りにはいるのはここまでだ。アバレてくよ!」
空気の爆ぜる音がした。
紫電を迸らせながら、放たれるは神速の殴打。
飛び込んできた男の胸を、イグナートの拳が打ち抜いた。
それでも、数名が甲板に無事着地したが……。
「出し惜しみはしません。その千鳥足、吹っ【飛】ばしてやる!」
「うむ! 守りは私たちに任せ、ヒーチョはゴールを目指してくれ!」
身を低くしたまま、ウィズィは大ナイフを一閃させた。海上での戦いを得意とする海賊たちは、短い動作でそれを回避。けれど、宙に身体が浮いてしまえば防御も回避も出来ないことを、彼らは理解するべきだった。
甲板を疾駆し、突撃して来たティブロンがランスを薙いで彼らを海へと叩き落す。
海中より、高速で浮上する影がある。
黒きオーラを纏った刀を腰だめに構え、パドルシップの外輪部へと狙いを定めた。
一閃。
放たれた黒き顎が、海水を押しのけ海上へ疾駆。一撃で、外輪の一部を削ぎ取った。
「ヤバい奴って言われるほど火遊びしたくなっちゃうんだなこれが。水中から大砲打たれちゃかなわないだろ」
一撃で外輪を砕くことは適わない。
ならば、2度でも3度でも技をあてればいいだけだ。
追撃を放つべく、史之が再び刀を構えた、その直後……。
「ぬ、ぉぉおお!!」
盛大な水柱を上げて、巨漢が海へと落下した。
大口径の弾丸が、絶えず縁へ撃ち込まれる。
刀で受けては、刃が折れかねない。幸いなことに威力はともかく、狙いはひどく適当なため、縁は軽くそれを回避し、バルバリアとの距離を詰める。
もちろん、ノーダメージとはいかないが、戦闘不能に陥るまでは時間がかかる。
肉薄し、最小の動きで刀を振るった。
銃を握る右腕に深い裂傷が刻まれる。
「まぁ、指揮が取れなくなりゃそれでいいか」
轟音と共に船が揺れる。
史之の技が外輪を削った余波であろう。
船体が傾いた瞬間、縁はバルバリアにタックルをかまし……。
「水でも浴びて酔いを覚ましな!」
空高くより急降下したカイトの槍が、バルバリアの肩を貫く。
「お、おぉぉぉおおお!?」
「こっちはこっちでずらかるからよ! 船長はさっさとゴールへ向かいな!」
そう叫び、カイトは巨漢ともつれるように海へと落下。
直後、2発目の黒き波動が外輪の軸を砕き割った。
「はは。思ったよりも波乱に満ちた航海だったが、見事やり遂げてやったぞ!」
船首に立ったティブロンは、相棒の鮫“アーロ”へ向けてそう告げた。
その背後には、ウィズィ、そしてイグナートの姿。
潮風と歓声、時折混じる怒声を浴びながら彼女たちは見事1着でその航海を終えたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
皆さんの助力によりティブロン海賊団は優勝。
海の秘宝を見事手に入れることに成功しました。
この度はご参加いただき、ありがとうございます。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
それでは、よい航海を。
GMコメント
こちらのシナリオは
『北海の怪物“ヒトガタ”。或いは、金鮫・ティブロンと氷の海…。』のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4798
●ミッション
海賊レースにて優勝すること
※ルールは以下の通り
・島の外周を誰より速く1周すること。
・1つの海賊団につき1船まで出走可能。
・レース中の戦闘及び妨害は自由。
●ターゲット
・バルバリア
巨躯の海賊。
酒好きであり、大口径マスケットの使い手でもある。
また、配下の海賊たちもバルバリアに似て銃火器の扱いを得意としている。
※常に酔っ払っているからか、BSにかかりづらい。
大口径マスケット:物遠単に大ダメージ、ブレイク、崩れ、連
大口径の弾丸を撃ち込む。威力は高いが、狙いは定まらない。
・海賊団
都合20ほどの海賊団がレースに参加している。
船の装備として大砲を備えていることが多い。
白兵戦ではマスケット銃、サーベル、火炎瓶といった武器を使用。
また、島に近づきすぎれば島内からの妨害を受けることもある。
大砲:物遠範に大ダメージ、ブレイク、飛
火矢:物中単に小ダメージ、火炎
●チームメイト
・ティブロン(ディープシー)×1
長身の女性。鮫のディープシー。
褐色の肌に、ウルフカットの金の髪。
水着の上からキャプテンハットやキャプテンコートを纏っている。
武器は騎士が持つような巨大なランス。
生まれつき泳ぐのが苦手なため、相棒の鮫“アーロ”に騎乗し水中を駆ける。
ティブロン・ラ・ランザ:物中貫に大ダメージ、ショック
アーロの推進力とランスの破壊力、ティブロンの実行力を1つにした突撃。
・オンボロキャラベル船×1
ティブロンの所有するキャラベル船。
3本あるマストのうち1本は折れて使用不能。
大砲は船首に1門のみ設置。
ヒトガタという怪物に船を牽かせることで航海している。
※ヒトガタは北海の怪物であるため、熱帯気候のナバロンではいつもより元気がないようだ。
●フィールド
海上。
オンボロキャラベル船上や敵対海賊船上がメインとなる。
海上であるため、遮蔽物などは存在しない。
レース中は、他の海賊船や海賊団との交戦や、島内からの妨害に警戒する必要があるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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