PandoraPartyProject

シナリオ詳細

満月の夜のマリンカクタス。或いは、多難なりし芸術の道…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●もうすぐ満ちる欠けた月
 空に浮かんだ白い月。
 けれど、その端は血が滲んだみたいに赤い。
 満月になるまで、あと数日といったところか。
 潮の香りを孕んだ風に顔をしかめて、白髪の男は月をじぃと見上げ続ける。
 絵の具に汚れた白い衣服に身を包んだ痩身の男だ。
 長く伸ばした白い髪にも、よくよく見れば絵の具がべったり張り付いている。
 赤や青、黄色に緑といった絵の具で極彩色に染まった髪を掻きむしり、彼は唸った。
「せっかくこんなところにまで足を運んだってのに、これじゃあ沖に出られないじゃない」
 苛立ち紛れに足下の砂を蹴散らして、画家風の男……ベイクシー・ゾディソフは盛大なため息を零してみせた。
 胸中で渦巻く憤りを、ため息として吐き出すことで精神の安定を図ろうとしたのだ。
 それほどに効果は無かったようで、直後に舌打ちを零していたが……。
「小舟があれば沖に出られる。木炭があればスケッチはできる。絵の具があれば色も塗れる。カンバスは山ほど持ってきた……だって言うのに、聞いてないわよ、こんなもの」
 白い月光を反射する、黒い水面へ視線を向けてベイクシーはそう呟く。
 彼の声に反応を示すかのように、海面が波打ち巨大な何かが宙へと舞った。
 降りかかる水飛沫を回避しながら、ベイクシーは頬を引き攣らせる。
 先ほど、海面へ飛び出した影……巨大なシャチのようなそれは、全長5メートルはあっただろうか。
 人間1人程度なら、丸呑みに出来そうなほどの巨体。
 口腔にずらりと並んだ鋭い牙は、金属の鎧でさえも貫くだろう。
「ほんと、どうしろっていうのよ、あんな化け物……いいえ、化け物たち、かしら?」
 先ほどシャチが跳んだのは、何も月を見てテンションがあがったためではない。
 海面から飛び出したヒトデのような魔物へ食らい付くため、シャチは巨体を跳ねさせたのだ。
「シャチに食われれば即座にお陀仏。血を流せば、他のシャチを誘因するし、おまけに手裏剣みたいなヒトデも跳び回ってる」
 砂浜に転がるヒトデの死骸へ、足で砂をかぶせつつベイクシーは思案する。
 それから彼は、スケッチブックを取り出すと木炭でそれに風景画を描きはじめた。
「凶悪とはいえただの魚の絵を描いてもね。せめて、誰か食われてるんならいいモチーフになりそうなのに」
 なんて、不満のぼやきは止まらない。
 ついでに言うなら、木炭を動かす手も止まらない。
「退屈。退屈過ぎるわ……マリンカクタスの開花を見に来たって言うのに、何で魚の絵なんて描かなきゃならないのよ!!」
 ふぁっきんふぃっしゅ、とベイクシーは夜空へ怒声を張り上げる。
 ちなみにシャチは魚類ではなく哺乳類だ。

●マリンカクタスの開花
 砂浜にある小さな小屋の真ん中で、その男は激高していた。
 足下に転がる木製の小舟を蹴飛ばしながら、絵の具に汚れた髪を激しく振り乱す。
 血走った目を限界まで剝き、今にも食らい付かんばかりの剣幕で口汚く誰かを罵っているのだ。
「あぁ、ちくしょう。あいつら! あいつらあいつらあいつら!! 肩書きばっかりで、ちっとも芸術ってものを理解できていないのよ!! なぁにが、アタシの絵は観る者を不快にさせるよ! 華やかさが足りないですって? 苦悩と無念を煮詰めたような色使い? だぁからなんだっつーの!! 芸術ってのは、そういうもんでしょ!! 胸の奥から湧き上がり、脳みそを芯から揺さぶるような強い衝動を表現してこそ絵画でしょう!! ねぇ、そうでしょ、アナタたち?」
 ベイクシーの罵詈雑言を、要約するなら以下のような内容となる。
 彼は描いた絵をあるコンクールへと出展した。
 結果、彼の絵は審査員から酷評を受けたのだという。
 曰く、観る者を不快にさせる絵。
 曰く、華やかさに乏しい売れない絵。
 曰く、苦悩と無念を煮詰めたような鬱々とした色彩。
 事実、ベイクシーの描く絵は少々独特だった。
 彼は極彩色の絵の具を塗りたくったかのような、不気味かつ抽象的な絵を描くのだ。
 一見しただけでは、モチーフが何かも分からないほどにデッサンが歪んでいることもある。
 絵が下手というわけではない。
 デッサンが苦手というわけでもない。
 ただ単純に、ベイクシーの考える芸術の発露が“そのようなもの”であるだけの話だ。
 そして、悲しいかなベイクシーの絵は、人の共感を得がたいものであったらしい。
「なぁにが、マリンカクタスのように“本当にきれいなものを見て来なさい”だっつーのよ。綺麗も汚いも、そんなもん人間が勝手に自分の物差しで測って言ってるだけだっつーの!」 
 審査員に薦められ、ベイクシーは航海へ足を運んだようだ。
 目的は、この時期、満月の夜に一斉に開花する奇妙なサボテン……マリンカクタスを鑑賞することだという
 マリンカクタスは、サクラメントのある砂浜から暫く沖に出た辺りに群生している。
 付近の水深は浅いため、マリンカクタスを潰さないよう注意するなら小型の船に乗って近づく必要があるだろう。
「アタシの性根が腐っているから、描く絵にもそれが現れている? 人間なんて、皮を剥いだらどいつもこいつもおんなじで、心の内は汚いものって相場が決まっているでしょう!」
 性格には少々難を抱えた男だが、彼には彼の括弧たる思想があるらしい。
「おまけに海まで来てみれば“シャチ”や“ヒトデ”が大量発生しているじゃない? 【滂沱】と血を流すのも【呪縛】を受けて海に沈むのも、アタシはごめん被るわ!」
 シャチはマリンカクタスの群生地周辺に、ヒトデはマリンカクタスの群生地に潜むようにして生息している。
 年に1度、マリンカクタスが開花する時期になれば周辺には魚介類が集まって来るのだ。
 シャチはそれを喰らうために、辺りを泳いでいるのだろう。
 そういう意味では、開花を見るため航海に来たベイクシーもそこらの魚類と同類である。
「それと、これは未確認だけどシャチの中にはひと際巨大なものが紛れているそうよ。そいつは状態異常を受けず、【必殺】を備えているみたい。ってわけで、アンタたちにはアタシの護衛を頼みたいのよ」
 護衛の期間は、ベイクシーがマリンカクタスの絵を描き上げるまで。
 群生地への移動は小舟で行うことになるのだが、1艘につき3名までしか搭乗できないという制約がある。
 また、肝心のベイクシーが乗る小舟には画材が乗せられているせいでベイクシーを含めて2人までしか乗れないようだ。
「シャチやヒトデからアタシを護り抜いてちょうだいね。あぁ、でもスケッチの邪魔にならないよう位置取りには気を付けてちょうだい。邪魔だと思ったら容赦なく移動してもらうから」
 それじゃあどうぞヨロシクね♪
 なんて、妙に朗らかな笑みを浮かべてベイクシーはそう言った。
 

GMコメント

●ミッション
ベイクシーの護衛を完遂する

●ターゲット
・ベイクシー・ゾディソフ×1
新進気鋭の画家。
極彩色で塗りたくったような奇妙な絵画を描くことで有名。
白い衣服も、白い髪も絵具で斑に汚れている。
今回は、マリンカクタスの絵を描くために航海を訪れている。
絵の実力はともかく、人格には大きな問題を抱えているようだが……。


・巨大シャチ
マリンカクタスの周辺を回遊しているシャチ。
魚類、人類、その他を問わずなんにでも喰らい付き、捕食する狂暴な性質。
その攻撃には【滂沱】が付与されている。
また、10メートルを超えるひと際巨大な個体は【必殺】と【BS無効】を備えている。
シャチたちは、時々浅瀬に乗り上げてくることもあるようだ。

・手裏剣ヒトデ
マリンカクタスの群生地に身を潜めているヒトデ。
白銀の輝き、刃のごとき硬質な身体を持ち、勢いよく水面から飛び出してくる。
どういった条件で飛び出してくるかは不明だが、非常に速く、狙いも正確。
その攻撃には【呪縛】が付与されている。

・マリンカクタス
砂浜から暫く沖に出た辺りに群生している海中に生えた青白いサボテン。
年に1度、満月の夜に赤や青、黄色といった色とりどりの華を咲かせる。
開花の時期には、周辺に魚類が集まって来ることで有名。
シャチやヒトデが接近して来た人を襲うため、その光景を見ることができる者は非常に稀である。


●フィールド
航海。
砂浜に建つボロ小屋にサクラメントが設置されている。
また、ボロ小屋には都合8艘の小舟が置かれている。
沖へ暫く出た浅瀬にマリンカクタスが群生している。
喫水の深い船を使うと、マリンカクタスを潰してしまう可能性がある。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

※重要な備考
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • 満月の夜のマリンカクタス。或いは、多難なりし芸術の道…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年06月10日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スキャット・セプテット(p3x002941)
切れぬ絆と拭えぬ声音
シラス(p3x004421)
竜空
レニー(p3x005709)
ブッ壊し屋
ディリ(p3x006761)
九重ツルギ(p3x007105)
殉教者
ヤーヤー(p3x007913)
そらとぶ烏
イデア(p3x008017)
人形遣い
イズル(p3x008599)
夜告鳥の幻影

リプレイ

●満月の夜に咲く花
 空に浮かんだ赤い月。
 暗い海を不気味に照らす満月の光。
 沖へ漕ぎだす幾つかの小舟に、ゆっくりと迫る影がある。
 人よりもなお大きなそれは、近海に生息するシャチの影だ。
 マリンカクタス……この時期、満月の夜に一斉に花を咲かせるという海に生息するサボテンに惹かれ、それらはこの海に集まった。
 海面に覗く背びれを目にし「ひぃ」と悲鳴を上げる男が1人。白い髪や衣服を、絵具で斑に染めたその者の名は“ベイクシー”。
 この度、マリンカクタスの開花を絵に描くという目的のため、一行を海へ呼びつけた依頼人である。
「ちょっと!! 本当に大丈夫なんでしょうね!? あのシャチの数……1匹や2匹じゃないわ! アタシが絵を完成させるまで、本当に守り切れるのかしら!!」
 大慌てといった様子で騒ぐベイクシーだが、その手には木炭とスケッチブックが握られている。騒ぎはするものの、ここで諦めて帰るという選択肢はそも存在しないようだ。
「アタシがここで死んだら! アタシの芸術が、今後この世に生まれなくなってしまうのよ!」
「……悪いが絵画の類はさっぱりだ、でも護衛なら任せてくれよな」
 海を大きく波立たせ、白い巨躯が降下する。
 翼を広げ、夜空を舞うそれはドラゴンである。名を『シラスのアバター』シラス(p3x004421)というその竜に、ベイクシーは胡乱な眼差しを向けた。
「いざとなったら、アンタ、背中に乗せなさいよ?」
「その必要はねぇだろ。庇うのはオレがやるさ」
「本当に頼りになるのかしら? えぇっと……『ブッ壊し屋』レニー(p3x005709)って言ったかしら? って、ちょっと、画材を雑に扱わないでよ?」
「分かってるよ。人に触られたくない物、慎重に扱って欲しい物もあるだろうしな。オレは魂がジェントルなんだ」
 などとうそぶくレニーに対し、ベイクシーはどこか懐疑的な視線を向けた。
 基本的に、他人に対して信頼が薄い性質なのだろう。
「やれやれだな。伝えたいことはあるが、真面目に話した所で取り合ってくれはしないだろうし」
 銀の髪に月の光を反射させ『描く者』スキャット・セプテット(p3x002941)は静かに溜め息を一つ零した。彼女自身も画家の端くれ……同業者として、ベイクシーには言いたいことの1つや2つはあるのだが、聞き入れてもらえそうもないので黙っているのが現状だ。
「芸術……音楽なら心得がありますが絵に関しては門外漢ですね。ですが評価されることだけが全てではないと思います」
 シラスに並び、空より舞い降りたメイド……『人形遣い』イデア(p3x008017)の言葉にベイクシーは目を剥いた。
「評価より大事なこと? 評価されなきゃ金にならない! 金にならなきゃ次の絵も描けない! そういうものだって、知ってて言ってるんでしょうね!?」
「……イデアさんに怒っても仕方ないだろうに。でも、この感じ……俺の中の画家のイメージには近いかな」
「言っておくが、画家が全員“あぁいう感じ”ではないからな」
『そらとぶ烏』ヤーヤー(p3x007913)の言葉を聞きつけたスキャットが、即座に訂正を入れる。
 とはいえ、画家に限らず芸術家には極端オブ極端な性質の者が多いのも事実。自画像の耳が描きづらいからという理由で、自身の耳を削ぎ落した者も過去にはいた。

 海の殺し屋。
 シャチがそうあだ名される理由の1つに、その狂暴性があげられる。
 海洋生物の中で、シャチに対抗できる種は存在せず、例えばホオジロザメでさえシャチとの接近を避けるという話もあるほどだ。
 さらには社会性の高さ……知能の高さや、索敵能力の高さも脅威であった。
 音もなく『君の手を引いて』ディリ(p3x006761)の乗る小舟の真下に迫ったその個体は、ディリの意識が近くを回遊する別の個体へ向いた瞬間に海の深くから急浮上。
 鋭い牙の並んだ顎を大きく開けて、船ごとディリに喰らい付いた。

「ちょっと! シャチ! 出たわよ、シャチ!!」
「シャチならずっと辺りにいますが? それより、目下の脅威はあちら……ヒトデの方では?」
 慌てふためくベイクシーを宥めながら、イデアは沖を指さした。
 ぼんやりと、海面が淡く光っているのが見て取れる。どうやらマリンカクタスの開花が始まったようだ。
 マリンカクタスの放つ光に反応してか、金属に似た光沢を持つヒトデたちがその活動を活発にした。
 海面へ飛び跳ね、時として回転しながら滅多やたらに適当な方向へと飛び出していく。
「おぉぉぉ!! 行きましょう! 行くべきよ、今!! さぁ、船を漕いで」
「そしたら誰があんたを護るんだよ……船ならあんたが漕いでくれ」
 剣を手にしたレニーが船頭に立ち、飛来するヒトデを斬り伏せる。
 カキン、と小気味の良い音が鳴り、ヒトデは明後日の方向へと弾き飛ばされた。
「ツルギ!」
「えぇ、イズルさん……例の物を!」
 小舟に乗せた小さなソファーに腰を沈めた『宣告の翼』九重ツルギ(p3x007105)が、パチンと指を弾き鳴らす。
 名を呼ばれた『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)は、無言のまま原色に光る不気味な薬液が一杯に満ちた小瓶をツルギへ投げ渡した。それを受け取ったツルギは、躊躇いもなく薬瓶の中身を一息に煽る。
 ツルギの身体が、ほんの一瞬大きく震えた。
 にぃ、と笑みの形に歪んだ口角。僅かに頬が上気し、その瞳には狂気の輝きが満ちる。
 肩をくっくと揺らすツルギは、直後眩く光り始めた。
 青から赤へ、赤から緑へ、次いで黄色へ、橙色へと次々に光は色を変えていく。
「ちょっとハッピーになれるポーションだよ。光りたいと言っていたから、薬効はついでのようなものだけど」
「見よ、16万色に輝くゲーミング俺! さあヒトデよかかって来なさい、美しい花に群がる蝶の様に!!」
「相変わらずナルシスト気味で呆れるが、頼りにしているぞ」
「……おや。如何されましたスキャットさん。これでも貴方の目的のため尽力してるのですよ?」
 光に誘われ飛来するヒトデを、イズルは自身の血液で形成した魔弾で撃ち落としていく。
 2人にヒトデの引きつけ役を任せ、スキャットやベイクシーは、サボテンの方へと近づいていく。

●海のサボテン、海の殺し屋
 暗い海に淡い青色が煌めいた。
 海底より、虚空へ揺らぐその光はマリンカクタスの花が発する輝きだ。
 時折、ぱしゃんと水が跳ね、その度に青い光が弾けた。
 海中から飛び出したそれは、鈍い光沢を放つヒトデだ。ヒトデたちは、光に反応しその活動を活発にしているのだろう。そのためか、マリンカクタスよりなお明るく輝くツルギの元へ次々に飛来し続けていた。
 その体表は金属の、それも刃物に酷似しており、降れれば皮膚は斬り裂かれる。
「い、っ⁉ 数が多いですね!!」
 飛来するヒトデを、細剣で次々弾きながらツルギは叫んだ。彼の剣技は確かに大したものではあるが、些か敵の数が多い。
「ヤーヤーさん! まだ足りませんか? ぶん投げやすいよう、そこに積んでいますけれど!」
「ツルギさん、そろそろ体力を回復した方がいいんじゃないかな? それとも、必要ならシラスさんに曳航してもらって離れるかい?」
 しゃがんでヒトデを回避しながら、イズルはツルギへポーションの詰まった小瓶を渡した。APの消費を必要としない回復薬だ。体力の回復量は限られているが、その気になれば無限に生成を続けられる。
 小瓶を受け取ったツルギが下がり、中身を一息の飲み干した。
 その間、イズルは血のように紅く不気味に輝く魔力を放ち、ヒトデたちを一気に数体撃ち落とす。魔力の波動を抜けたヒトデがツルギの脇を斬り裂くが傷はごく小規模だ。
 切れ味は鋭いが、体積の小さなヒトデであれば1匹や2匹通したところで、大したダメージは受けないだろう。
「問題は……」
 チラ、と背後へ視線を向ければ海面に飛び出した黒い背びれが見えていた。零した血の臭いと、戦闘の音に惹かれたシャチが集まって来たのだ。
「ちょっとあんたたち!! 光りすぎてて眩しいわ! スケッチの邪魔よ!!」
 護衛の為に前に出ていたツルギとイズルへ、ベイクシーが怒声を浴びせる。
 その手にはカンバスと木炭。
 ヒトデが飛来し、シャチの迫るこの最中、宣言通り絵を描くことに集中しているようだった。
 
 月明かりの中、青く淡く光る水面をじっと見つめるスキャットへイデアがふわりと近寄った。ついでとばかりにヒトデを蹴りで遠くへ弾き、彼女は言った。
「何かございましたか?」
「……いや、何でもないさ」
「然様ですか。ではご協力を。シャチをできるだけマリンカクタスの群生地からは遠ざけたいですからね」
「あぁ、わかった」
 マリンカクタスから視線を逸らし、スキャットは瞳を見開いた。
 彼女の持つアクセスファンタズム【極彩聴覚】は、音を色彩として視認することを可能とするのだ。
「何を?」
「エコーロケーションを見ているんだ。っと、2匹……ディリさん!!」
 イデアの問いに応えを返すスキャットは、直後、悲鳴のような声をあげた。
 慌てて背後を振り返ったその先には、海底から急浮上した巨大な魚影。
 大きな顎を限界まで開けた巨大なシャチが、小舟ごとディリの身体を飲み込んだ。
「っ……押さえます。シラス様はベイクシー様を安全な場所へ!」
 シャチの頭上へ飛来するイデア。
 指示を受けたシラスは、翼を大きく羽ばたかせるとベイクシーの乗った小舟を無理やり数メートルほど前方へと移動させた。
「ちょっと! 筆がぶれたじゃない!」
「言ってる場合か!」
 不満の声をあげるベイクシーの前に、剣を構えたレニーが立った。拍子に小舟が大きく揺れるが、構わずレニーは剣を一閃。
 マリンカクタスの上に乗り上げ、襲い掛かったシャチの鼻先を強かに斬り付けた。
 血が飛び散って、シャチはもんどりうって転がる。
 ばしゃんと盛大に水の飛沫が上がった瞬間、ベイクシーは悲鳴をあげた。
「か、紙が!!」
「だから言ってる場合かっての! ったく、この身体だとやっぱ防御しづれぇな」
 さらに1匹。
 襲い掛かったシャチの口腔へ、腕ごと剣を突き立てる。
 レニーの腕に鋭い牙が突き刺さり、赤い血が海面へと零れた。
「あ……血」
「あぁ、大事はねぇよ。血が抜けた所で『オレ』の本気が出せるってな」
 裂けた皮膚と、零れる血を見つめながらベイクシーは言葉を零す。
 HPが40%を切れば、レニーの思考は加速する。彼女の所有するスキルの効果だ。
「血が……赤。綺麗な……」
「あ?」
 表情の抜けた、どこか呆とした顔付きに思わずレニーは息を飲む。よくよく見れば、呼吸も荒くなっているし、頬は赤く上気していた。
「なぁ、おい。どうした、様子がおかしいぞ?」
「あ、いや何でもねぇ……ないわ。うん、絵を、絵を描かなきゃね」
 首を振り、何かしらの不穏な思考を追い払ったベイクシーは再びスケッチへと移る。

 抱えたヒトデを、海へと放るヤーヤーへ海底より跳びかかる影。
 それは1匹のシャチだった。
 月明かりに浮かぶ、白と黒のぬらりとした肌。
 鋭い眼光に、開いた口腔に並ぶ牙。
 ヤーヤーの投げたヒトデに誘因されたのだろうが、ごく小さなヒトデよりも、それを放るヤーヤーの方が喰いでがあると判断されたのであろう。
 事実、ヤーヤーの手からは絶えず血が滴っていた。ヒトデを運ぶ際に斬ったのだ。
「くっ……血を止めないと」
 水面へ跳ねたシャチの牙が、ヤーヤーの腰を切り裂いた。
 肉が抉られ、血が溢れ、ヤーヤーは体勢を崩し高度を下げる羽目になる。零した血に誘われるように、回遊していたシャチが数体、ヤーヤーの方へと迫っていく。
「これじゃ、羽休めする暇もない……っ」
 衣服の切れ端で腰の傷を縛りながら、ヤーヤーは歯を食いしばる。
 激しい痛みに耐えず襲われてはいるが、一息吐けるのはまだまだ先になりそうだ。

 巨大なシャチが跳ねあがる。
 翼を広げ、シラスはその牙を回避した。
「この夜空を自由に飛んで回る俺を、その程度で捉えられるものか」
 【回避】を上昇させたシラスを、捉えられる者は多くない。多少のダメージこそ負ってはいるが【反】を付与したシラスに攻撃を加えれば、その度にシャチもダメージを受ける。
 防御と回避を駆使しつつ、シラスは宙を自在に泳ぐ。
 巨大なシャチは【怒り】に我を忘れたまま、延々とシラスを追い立てる。
「それにしても綺麗な花だなあ。花に見惚れて、ベイクシーの筆が止まってないといいんだけど」
 チラと横目で海面を眺め、シラスは体を大きく右へ傾けた。
 直後、先ほどまでシラスのいた位置をシャチの背びれが通過する。
 きらり、と。
 その背びれに、細い糸が巻き付いているのが見て取れた。
「シラス様、できるだけマリンカクタスの群生地からこれを遠ざけてしまいましょう」
 シャチの身体に糸を巻き付けながら、イデアは僅かに高度を上げた。
 ピンと糸が張り詰めて、シャチの身体に裂傷が走る。滲んだ血が零れ、シャチはその身を悶えさせる。
「っと」
 シャチが暴れたことにより、糸が張り詰めイデアは姿勢を大きく崩した。あわや海へ転落するとなった直前、糸をパージし高度をあげた。
 盛大な水しぶき。
 驚いたヒトデが滅多やたらに宙へ跳ぶ。
「っつ……せっかく濡れるのは回避したのに、メイド服が破れてしまいました」
「ヒトデが鬱陶しいな。急いでシャチをこの場から遠ざけよう」
 イデアは人形だ。
 いくら斬られても、その身が血を流すことはない。
 けれど、血が流れないこととダメージがないことはイコールではない。この調子でヒトデとシャチの攻撃を受け続ければ、いずれ死亡判定を受けることになるだろう。
 手と手の間に無数の糸を展開させて、イデアは高度をさらに上昇。 
 シラスとともに、マリンカクタスの群生地から猛スピードで距離を取る。

●月の夜
「ベイクシー」
 筆を止めない彼の名を、レニーは掠れた声で呼ぶ。
「芸術は己の心の表現であると同時に、誰かに伝えたいって気持ちの結晶だと俺は思うぜ」
「あぁ? 何を知った風な……」
「いいから聞けって。だからよ、ベイクシー。知ろうとしない奴は気にしないでいいんじゃねぇかな。自分と、己の信念を感じ取る人の為に描いたらいい」
「そんなこと言われなくて、も……え」
 眉間に皺を寄せ、ベイクシーは背後を見やった。
 月明かりに照らされたレニーの表情は窺えない。けれど、その立ち姿の異様さはシルエットからも判断できる。
 だらんと下げた両の腕。
 手にした剣から滴る血が船底を濡らす。
「アンタの心の結晶、楽しみにしてるぜベイクシー」
 最後に、それだけを告げて。
 レニーの身体は、夜闇に溶けるように消え去った。

 絵に上手い下手はあるだろう。
しかし、それは決して美しいか醜いかをはかるための物指しではない。
絵が上手ければ、美しいのか。
下手ならば、その絵は醜いのか。
否。
断じて、否である。
「醜いと評された絵は、それだけで表現の塊だ。つまり、絵の美醜なんてものに上下はない」
 スケッチブックを手に、そう呟いたスキャットは青く光る海を眺めて、そう呟いた。

 血に濡れ、海に落ちたヤーヤーをイズルは船上へと引き上げる。
「あーあ、酷い怪我だ。ちょっとこれ飲めるかい?」
 回復ポーションを生成し、それを渡した。
 ヤーヤーは、震える手でポーションを受け取るとそれを口へと運ぶ。淡い燐光が飛び散り、傷が癒える。そうしながら、ヤーヤーは頬を笑みの形へと歪めた。
「こんな状況でも描き続けるほどなんだから……絵ってきっと……奥深い世界なんだろうね」

「出来た! 出来たわ! あっははは!! 見事にこの光景を写し取ってやったわ!!」
「おぉ、描きあがりましたか! では、スキャットさん、巨大シャチを引き付けているシラスさんとイデアさんに撤退の合図を!」
 自身の乗った小舟につなげた空の小舟を切り離し、ツルギは撤退の判断を下す。
 その身に纏ったスーツには、数多の血痕が残っていた。
 けれど、その瞳は爛々と光っているようにさえ見えた。イズルの造った薬の効果によるものか、それとも何か別の理由か。
「それでベイクシーさん、どうでしたか? マリンカクタスをその目で見て、描いた感想は?」
「えぇ、そうね。なんていうか……ねぇ、美しさと醜さって紙一重だと思わない?」
「ほほう? と、いいますと?」
「さっき、見損なったんだけど……死に直面した誰かの表情を観察する方が、インスピレーションも湧く気がするのよ」
 なんて、ベイクシーの答えを聞いてツルギは満足そうに笑った。

 暴風を纏う騎士が海水を巻上げた。
 撤退の合図だ。
 それを目にしたシラスとイデアは、ほんの一瞬視線を交わし高度を上げた。
 シャチの射程外にまで逃げた2人は、そのまま陸へ向かって移動を開始する。
「あぁ、きれいな花だ。この花をあのおかしな絵描きがどんな絵にするのか楽しみになってきた」
「……案外、悪くは無い出来なのかもしれませんよ」
 なんて、言葉を交わす2人はすっかり傷だらけ。
 青く、淡い光を眼下に見下ろしながらゆっくりと空を舞っていた。

成否

成功

MVP

九重ツルギ(p3x007105)
殉教者

状態異常

レニー(p3x005709)[死亡]
ブッ壊し屋
ディリ(p3x006761)[死亡]

あとがき

お疲れ様です。
返却遅くなって申し訳ありません。

ベイクシーの絵は完成しました。
無事に依頼は成功となります。
きっと彼も今回の依頼を通して、何か得たものがあったでしょう。
今後の活躍にこうご期待ですね。

この度はご参加いただきありがとうございました。
また、別の依頼でお会いしましょう。

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