星の声

オープニング

●彼方からの声

　投網を引き上げた若い漁師は足の踏み場もないほどの収穫に顔を見合わせて笑った。
　二人にとって沖合に出ることは危険な賭けだったが、それでもやり遂げなければならない理由があった。彼らの暮らすパイル村の沿岸は例年に類を見ないほどの不漁であり、慢性的な食料不足に陥っていた。
　危機を感じた村の若者が立ち上がり、沖合に新たな漁場を開拓する構想を立てた。計画を成功裏に導くためにまず海岸沿いに長く放置されてきた帆船の修理を始めた。グランド号と名付けられたこの船はかつて村の発展に尽力した海賊の置き土産であり、船体には数多くの刀傷や火薬の焦げ跡が残されている。
　村人総出の見送りを受けて船は出港した。乗組員は人間種と海種の若者がひとりずつと、万が一を考えて最小限の人員で挑むことになった。彼らの航行は順調に進み、最良の漁場を見つけることに成功した。
「さすがに知らない魚が多いな。うまく料理できそうか？」
「毒の有無だけは気をつけないと――って、なんだこいつは。気持ち悪いな」
　海種の若者が網の中に混じった赤いヒトデを手に取る。
　牙の生えたヒトデは五本の手すべてに黒い穴が空いており、そこからぬるりとした粘液を絶えず流し続けていた。
「っつ、凶暴だなこいつは」
　じたばたと暴れ出したヒトデが手に噛み付く。
　海種は痺れを感じてヒトデを手放す。投網の中には同じ生き物が数匹混じっていた。
「どうする。そいつも持って帰るのか」
「止めとこう。この凶暴さじゃ他の魚まで食べられそうだ」
　慎重にヒトデを網から外し、一匹残らず海に投げ捨てた。
「もう少し集めたら戻ろう。みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶな」
　呼びかけに応える声はなく、人間種は顔を上げる。
　海種の若者は作業の手を止め、地平線のはるか向こうを見つめていた。
「おい、どうしたんだ」
「何か、声が聞こえないか」
「声？」
　耳を澄ませてみるが波の音すら聞こえない。つい先程まで響いていたはずの鳥のさえずりも、人間種の耳には届かなくなっていた。
「どうなってるんだ。おい、どうした。待てっ！」
　制止を振り切って海種の男性は海に飛び込んだ。
　海種の向かう先で海の底から迫り上がる巨大な生き物の姿が見えた。そのシルエットは網にかかっていたヒトデを巨大化したようであった。
　突如として強い風が吹き、船は怪物から逃げるように後退する。人間種の若者は元から船に積まれていた大砲に駆け寄り、祈るように砲弾を込めた。
　錆びた砲身は火薬の燃焼に絶えられずに破裂する。腔発により船尾まで吹き飛ばされ若者は重症を負って意識を失った。
　身動きの取れない船員を乗せたグランド号は風に流されるまま、水神の手に導かれるようにパイル村へと接岸した。

●思いを繋ぐため

「海洋王国に現れた巨大なヒトデの怪物を倒してほしいという依頼が来ました」
　依頼のために集まったイレギュラーズに対し、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はネオフロンティアで起きた不思議な出来事を伝えた。
「ヒトデが現れたのはパイル村から南方に進んだ沖合だということです。いっしょに船に乗った海種の男性が、声が聞こえると言って自ら海に飛び込んで、そのままヒトデの元に向かったらしいです。依頼者さんは人間種なのですが、この方は逆に自然の音がまったく聞こえなくなったと言ってました」
　声は獲物を引き寄せるために怪物が出したもので、恐らくは海種にしか聞こえない特殊なものだとユリーカは推測を述べる。道中で投網にかかっていた小さなヒトデもその眷属である可能性が高く、敵の出現地点を知る手がかりになると考えられた。
「声に誘われた海種がヒトデの元に導かれる。これはイレギュラーズのみなさんでも避けられないことだと思います。ただ、みなさんには怪物と戦う力があります。危険ではありますが接近戦を得意とする方ならそれほどのデメリットではないかも知れません。本当に危ないときには影響を受けていない他の方に引っ張ってもらうって方法もあります」
　むしろ危険度が高いのは海種以外だとユリーカは忠告する。自然の音がいっさい聞こえないとなれば、敵の動きも気づきにくくなってしまう。身を守るにも回避行動を取るにも判断が遅れ、まともに攻撃を受けてしまう結果に繋がる。十分に気をつけて欲しいと語るユリーカの顔には不安の色がありありと見て取れた。
「パイル村の人たちは男性の生存はもう諦めてるみたいです。ですがヒトデの現れたポイントは魚の豊富なとてもいい場所で、行方不明となった男性の意思を継いでこの場所を新たな漁場にしたいと考えてるみたいです。船はグランド号という丈夫な帆船を貸してもらえるみたいなので、海に強い方の参加をよろしくお願いします」
　ユリーカは頭を下げてイレギュラーズを送り出した。

参加者 : 8 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（8人）

リプレイ

●大海原へ

　村人たちの見送りを受け、イレギュラーズは大海原に繰り出した。
　操舵輪を握るのは『幻蒼海龍』十夜 縁（p3p000099）である。荒くれ者を乗せて戦地を駆け抜けてきたグランド号は長く放置されていた割には状態が良く、熟練の縁はわずかな時間で操作感を掴んだ。
「どんなじゃじゃ馬かと思ったが、これなら漁船への転用も納得だな」
　軌道に乗ってからは風の向きと進路に気を配るだけでよかった。航路が安全で豊富な海産物が眠っているとなれば漁場としての魅力は高い。怪物が取り除かれることを願う村人の気持ちは理解できるものだった。
「海種にしか聞こえねぇ声ってのも驚きだが、よりにもよってヒトデとはねぇ」
　海を眺めながら縁がぼやく。耳に届くのは鳥のさえずりと穏やかな波の音。船の揺れも縁にとってはゆりかごのように心地良いものだった。
「人魚の歌声に誘惑されるって話なら風情があるけど、ヒトデじゃ報われないよなぁ」
　同意を示したのは『若木』秋宮・史之（p3p002233）だった。
　海で誘われるといえば悲恋の定番である。道ならぬ恋に悩む葛藤を史之は容易に思い描くことができた。
「そう、女王陛下のような、美しい人魚が」
　うんうんと自分の妄想に何度もうなずいた。
「ロマンティックの欠片もないものね。たとえ結果が同じだとしても」
『光鱗の姫』イリス・アトラクトス（p3p000883）もため息をつく。
　何も知らずに誘われた先が怪物ヒトデとあってはせつない思い出話にもならず、実際に声が届く立場になってみれば笑い事では済まない問題であった。
「ええ、まったく許されることではありません。裏切られた気分です」
　他とは違った理由でいらだちを覚えているのは『全ては、天香の為に』小金井・正純（p3p008000）である。
　ヒトデはその特徴的な見た目から星に例えられることも多い。星に対し並々ならぬ思いを持つ正純は憤りを隠しきれずにいた。
「星のイメージを利用して悪逆非道を謀る恥知らずには、相応の報いを受けていただきましょう」
「女王陛下の海を荒らす不届き者だからね。目に物見せてやろうって考えには賛同するよ」
　動機に違いはあれども、異型の魔物を退治せんとする熱意は共通のものだった。
　四人とはまた別の理由でヒトデの怪物に思いを巡らせているのは『Meteora Barista』モカ・ビアンキーニ（p3p007999）である。不漁は海を相手にしていれば避けられないことだが、食糧難になるほど海産物が失われた事実には何かしらの意図を感じずにはいられなかった。
「もしかしてパイル村の不漁もそいつのせいなんじゃないか」
　沿岸で魚が獲れなくなれば沖合に出る選択肢が浮かぶ。そこまでがスターホーンの策略だとすれば、その知性の高さは脅威となる。
「放置しておくと人も海産物も食べ尽くされるかも知れないな」
「だったらヒトデを食べちゃえば一石二鳥ってことにならないかな」
　意気込みを新たにするモカの横で『森ガール』クルル・クラッセン（p3p009235）がのんびりとした声を上げた。
「食用のヒトデもあるとは聞くが、この種が有毒でないかが心配だな」
「そっかぁ。海産物って美味しいのが多いから、つい興味がねー」
「ヒトデはともかくとして、新たな漁場には期待してるよ。私も取引をお願いしようと考えてるんだ」
「モカちゃんお料理できる子なの？」
　瞳を輝かせたクルルが視線を上げる。
　子どものような反応にモカは表情を柔らかくした。
「店をやってるんだ。食材には特にこだわりがあってね。仕入先も厳選してるんだ」
「いいなぁ自分のお店。そうだ、いいものが」
　かばんを探ったクルルは旅のお供として用意したおさかなパンを掲げて見せた。
「ここのパンもおいしいんだよ。モカちゃんも食べてみて」
「ああ、ありがとう。なら遠慮なく」
　船から見える魚影を眺めながらふたりはつかの間の平和な時間を過ごしていた。
　嵐の前の静けさを楽しんでいるのはモカとクルルだけではない。『剣靴のプリマ』ヴィリス（p3p009671）は甲板の中央に位置取り、独特の足運びでリズムを刻んでいた。
「うん、匂いは変わってるけど、気分は上がるわね」
　自然の音に合わせてステップを踏むヴィリスの踊りに、船端に背中を預けた『貧乏籤』回言 世界（p3p007315）は控えめな拍手を送った。
「音楽がなくても踊れるんだな」
「どんな音でもね。見てくれる誰かがいればそれだけで十分」
「今回はその音を封じてくるみたいだからな。ヴィリスさんにとっては天敵ってわけか」
「私が困ってたら声をかけてもらえると助かるわ。あなたの声を頼りにリズムを刻むから」
「ご要望とあらば。せいぜい張り上げてみるとするか」
　気分良く演舞を続けていたヴィリスが戸惑ったように足を止める。
　違和感に気づいた世界が周囲に目を配る。彼の周囲を漂っていた精霊が慌ただしく騒ぎ立てていた。
　進路の先にはまだヒトデの姿はない。それでも敵の出現を予感した世界は大きく息を吸い込み、割れんばかりの声で警戒を促した。
「気をつけろ！　すでにテリトリーの中だ！」

●ざわつく呼び声

　世界の叫びに呼応するかのように前方の海が迫り上がる。
　最初に露出したのは三角形の手の一本。さらに腕を広げたような格好で二本の手が海上に現れた。それぞれの手には黒い穴が空いており、そこから発せられる微弱な音波が海面を緩やかに波立たせている。
　縁とイリスはその発音器官から響く音を感じ取っていた。どちらも誘われはしなかったものの、想定外の声に一瞬の戸惑いを見せた。
「呼び声ってのはこういうことか」
　怒りに顔を歪ませた縁はそっと自分の首筋に触れる。
「こんな下衆野郎は海の恥だ。先に行かせてもらうぜ」
　変化を解き、一切の躊躇なく海に飛び込んだ。
「下衆か。相当な怒りを感じたけど」
「たぶん、当人と関わりのある人の声に聞こえるのね。悪趣味としか言いようがないわ」
　嫌悪感を隠さずに吐き捨てたイリスも、縁に続いてグランド号を離れた。
　船に水分を含んだ何かが打ち付ける音が響く。精霊の呼び掛けで発生場所に気づいた世界が身を乗り出すと、船体に張り付いてよじ登る小さなヒトデの姿があった。
「こっちも逃がすつもりはないってわけか。みんな、襲撃に備えろ！」
　世界の号令がグランド号に残るイレギュラーズ全員に届く。スターホーンのハウリングにより聴覚の一部を遮断されていた者の耳に自然の音が聞こえるようになった。
「船の横にいるんだね？　じゃあ、これでっ！」
　クルルの弓から放たれた電撃の矢が船体に張り付くミニスターを蹴散らす。
　さらに反対側から別のミニスターがよじ登ってきていることが世界に耳打ちされた。
「ヴィリスさん、もう一方を！」
「任せて。あなたの声、この耳に届いてるわ」
　環境音と世界の声。混じり合わないふたつのメロディを調和させ、ヴィリスはステップを踏む。その熱量を具現化したかのように炎が放たれ、ミニスターの集団を焼き払った。
「こっちは問題無さそうだね。俺はヒトデの親玉を狙うよ」
　船の守りが十分だと判断した史之が海種のふたりに続いて前線に向かう。
「私も前に出る。ここは任せた」
　モカもその後を追って海に飛び込んだ。
　戦況を見守っていた正純は船首に近づき、はるか視線の先で気勢を上げるスターホーンに狙いを定めた。
「不届き者には、本物の星の力を味わっていただきましょう」
　天津神の名を冠した正純の一撃が巨体のヒトデに叩き込まれる。
　迫りくる獲物を見据えていたスターホーンの身がのけぞる。仰向けに倒れるように水中に潜ったヒトデは身体を回転させながら浮上した。
　身を小刻みに震わせる動きに合わせて海面が波打つ。折り込んだ手に塞がれた黒い穴の中では金切り声のような高音が反射を繰り返し、音量を高めていた。
「熱烈に誘っておきながらつれないな。嫌でもこっちを気にしてもらうぜ」
　充填が完了するよりも先に縁が斬り付ける。
　たまらず開放された発音器官から音が漏れ出す。苦痛を与える音量ではあったが最大出力には程遠く、被害は最小限に抑えられた。
「それが貴方自身の声なのね。借り物を使わないと誘い出せないのも納得ね」
　耳障りな音を鳴らす怪物にイリスが接近する。
　五本の手は赤黒いイボだらけで先端から絶えず膿が流れ出ている。中心の盤が口部となっており、鋭利な牙に混じって数え切れないほどのフジツボが寄生していた。
　ローレライの正体はその巨大さも相まって、目を覆いたくなるような醜怪であった。
「呼び掛けられた相手がこれじゃあ、ときめく要素もないわね」
　関わり合いを拒むように、渾身の力で三叉の短棒を打ち付けた。
　誘い込んだはずの獲物から思わぬ反撃を受けながらも、ヒトデは怯まず怒号を上げる。
　縁の腕を狙い、鋭い牙で噛み付いた。
「はっ、ようやく歓迎してくれる気になったか。いいぜ、とことん相手をしてやるよ」
　力任せに引き剥がし、さらなる一太刀を浴びせる。
　傷ついた部位を守るように手を丸めた巨体が海に潜る。その後を追う史之が刀を引き抜いた。
「どれだけの犠牲者を出したかわからないその牙、折らせてもらうよ」
　手にした妖刀が稲妻をまとう。ヒトデの全身に電気が走り、数本の牙が砕けた。
　懐に飛び込んできた史之の頭部にイボだらけの手が叩き付けられる。吹き飛ばされた史之は水中で身を翻し、鱗に覆われた敵の背面を強襲した。
「人間だってこれくらいの水中戦はできるんだよ。生態系の頂点が誰なのか、その身に刻んであげるよ」
　前後を挟まれたヒトデは地面と水平になり、高速回転を始める。
　無軌道な動きで翻弄する星型がモカの腹部に突き刺さる。それでは止まらず、ノコギリのように傷口をえぐっていく。
「力比べか。望むところだ」
　盤と背中を両手で挟み、渾身の力を込める。痛みに耐え、海底で足を踏ん張り、強引に動きを止めた。
「ようやく大人しくなったな。このまま駆除させてもらうぞ」
　隙無防備な背中を蹴り上げる。さらに接近して追撃のラッシュを叩き込んだ。
　突き放されたスターホーンは水流を操り、イレギュラーズを押し流す。自らは海面に浮かび、船まで届く大音量を上げた。

●落星

　空間を歪ませるほどの音波がグランド号の乗組員を襲う。
　脳を揺さぶるほどの高音に一同はめまいを覚える。ある者は頭を抱え、またある者はうずくまって苦しみに耐えた。
　その間隙を縫って新たなミニスターが船体に張り付き、デッキに上がった。
「何度繰り返しても同じことだ。みんな、頼んだぞ！」
　世界の言葉が音による障害をかき消す。
　弦を引いたクルルが目の前のミニスターをまとめて射抜く。さらなる矢を番え、海面に横たわる巨体に狙いを定めた。
　放たれた矢が隆起したイボに突き刺さる。傷口から小さなキノコが生まれ、熱を帯びた胞子を撒き散らしながら踊り出した。
「ヴィリスちゃんみたいに可憐じゃないけど、効いてるかな？」
　クルルの背後では、休みなく踊り続けるヴィリスが続けて現れたミニスターを焼き払っている。躍動的なステップは見る者を惹きつけるほど美しく、船の揺れもスターホーンの発する不協和音も、ヴィリスのステージを彩る舞台装置に思えるほどだった。
「ヒトデさんたち、よく見ておきなさい。これがあなた達が最後に見るプリマの舞よ」
　熱気に包まれた船上でミニスターは残らず消し炭となった。
　駆け回る雑兵はすべて片付いた。仲間と頷き合った正純は一切の憂いもなく仇敵を見据える。
「八つ当たりであることはわかっています。勝手に期待して、裏切られた気になっているだけだということも」
　深く深呼吸をした正純が真っ直ぐに手を伸ばす。その顔には憤怒の相が浮かんでいた。
「大人しく消し飛びなさい。その声はもう誰にも聞かせたくありませんので」
　静かな怒りが星を落とす。
　重圧で身動きの取れないスターホーンがゆっくりと海に沈む。隕石が地表を削るように、海底に星型の亀裂が入った。
　引き裂かれた大地から視界を遮るほどの空気の泡が浮かび上がる。泡を散らしながら進むイリスは飛び出してきた生き物を相手に身構えるが、それが無害な魚介類であることに気づき、手を止めた。
　鋭い痛みが走る。泡に紛れて接近していた複数のミニスターが一斉に襲い掛かってきた。
「こんな歯で貫かれるほど柔ではないわよ」
　素早い乱撃で息をつく暇もなくミニスターを蹴散らした。
　配下を囮にスターホーンはイリスから逃れる。先ほどまでの敏捷な動きは見る影もなく、あっさりと史之の追撃を許した。
「そっちは行き止まりだよ。もっとも、行き先なんて何処にもないけどね」
　振り下ろした刀が手の一本を斬り落とす。
　ふらつく星を頭上に捉えたモカは海底を蹴り、推進力を乗せてスターホーンの背中に拳を突き上げた。
　打ち上げられた巨体が水しぶきを上げて宙を舞う。動くことのできない巨体はグランド号で戦うイレギュラーズにとって格好の的だった。
「醜悪な怪物ほどしぶといものですね。ですがもう、終わりです」
　正純による援護射撃はもう一本の手を消し飛ばした。
　流れ落ちた星が海底に横たわる。まだ息は途絶えておらず、かすかに口が動いている。
　怪物の身体に影が差す。見下ろすのは縁。自然に死にゆく姿を見届ける甘さなど、修羅場を潜り抜けてきた男は持ち合わせていなかった。
　スターホーンの手がわずかに動く。最後の抵抗を見せるよりも先に、青い刀身が突き刺さっていた。
「声をかける相手は選ばねぇと、こういう目に合うぜ。いい教訓になったな？」
　ゆっくりと刀が引き抜かれる。
　口部からうがいをするような水を巻き込む音が漏れる。それが怪物の残した断末魔だった。

　ヒトデの死骸を括り付け、グランド号はパイル村へと進路を取る。
　斬り落とした手は甲板に積み上げられた。再生能力を警戒した史之の提案であり、行方不明となった海種の手がかりを探すためでもあった。
「ひょっとしたらこれが、遺品になるかもしれないね」
　スターホーンの体内からは砕けた天色の宝石が見つかった。
「逃げ延びた先で静養してるってこともあるかもしれんが、これ以上はどうしようもない。ありのままを伝えるしかないな」
　安全が確保された後、縁を中心として周辺の海を探し回ったが、折れたモリや錆びたナイフが見つかるだけだった。陽が落ちる前に帰路につくため、断腸の思いで捜索を打ち切った。
「そう都合良くはいかないもんだよな。いつものことだ」
　スターホーンを討伐する際には協力してくれた精霊たちも、行方不明者の話には興味を持たず、世界の前から姿を消した。
　海の脅威が取り除かれ、パイル村の新たな漁場が開拓された。間もなく食糧難は解消され、これまで通りの生活とこれまで以上の発展が見込まれる。
　海種の男性が戻って来なくとも、イレギュラーズは間違いなく村に吉報をもたらす救世主であった。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
討伐後の探索で見つかった物品はパイル村に預けられました。