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シナリオ詳細

再現性東京2010:←やみ  きさらぎ駅  かたす→

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夢うつつ
 高槻 夕子 (p3p007252)は、電車の程よい振動に身を委ね、夢の中にいた。夢に見るのは、希望ヶ浜にやってきて、すぐのころ。確か、『練達の科学者』クロエ=クローズ(p3n000162)の補講を受けていた時。
「少し休憩するか」
 と、クロエが言った。夕子達学生は、ありがたいとばかりに気を緩め――しばしの雑談に興じる。希望ヶ浜という土地について。これから戦う存在、夜妖(ヨル)について。その話題になった時だっただろうか、クロエがふと、こう言ったのだ。
「異界駅と言うものを知っているかな?」
「いかいえき?」
 夕子の言葉に、クロエは頷いた。
「この世界ではない、異界……其処に存在するとされる駅の事だ。例えば、すざく駅、すたか駅、霧島駅、あまがたき駅……結構種類があってな。おそらくその『原型』となったと思われるのが、『きさらぎ駅』だ」
「あ、あーし、聞いたことあるかも」
 夕子は記憶の欠片を繋いで思い出す。たしかインターネットの掲示板から生まれたネットロアだったはずだ。
「でも、創作なんでしょ?」
「おそらく、キミ達のいた場所では、な。だが、ここは夜妖の徘徊する希望ヶ浜だ。実在したとしても不思議じゃない」
「うえー、異界とかどう考えてもヤバいじゃん。クロエっち、きさらぎ駅についちゃったら、どうすればいいわけ?」
 ふむん、とクロエは口元に手をやり、唸る。
「色々脱出方法はあるのだが……そうだな、例えば」
 がたたん。がたたん。電車が大きく揺れて、夕子は眠りから目覚めた。窓から見える景色は暗い。確か、18時くらいに電車に乗ったから、そろそろ暗くなっても仕方ない時間だろうか。
「……ヤバ。寝過ごしちゃったかも」
 小首をかしげる。普段目にする光景とは違う、見慣れない風景がそこにはあった。都会から外れ、些か田舎の風景が見える。確実に寝過ごした。
 ――次は……駅……電車止まります……。
 停車のアナウンスが聞こえた。駅名は聞き取れなかったが、とにかく降りて、反対の列車に乗らなければならない。未だ眠気でぼんやりとする頭を無理矢理動かし、軽く伸びなどをしながら、夕子は立ち上がる。電車のドアが開く。あくびをかみ殺しつつ、夕子はホームへと降りた。
 さて、ここは何駅だっけ。寝ぼけ半分、駅の表示板を探した。それはすぐに見つかった。薄汚れた、年代物の看板。そこにはこう書いてあった。

    きさらぎ駅
  ←やみ   かたす→

「……は?」
 その表示を見た瞬間、一気に頭が覚醒した。途端、電車が音を立ててホームから走り去る。
「待……っ!」
 夕子は慌てて振り返った。が、電車が待ってくれるはずもない。夕子の目の前に広がっていたのは、空っぽのホームだけだ。
「待って、待って待って待って! きさらぎ、って、あのきさらぎ? マジ? ヤバい、ヤバくない?」 
 ぞわり、と肌が粟立つのを感じた。あたりを見回してみれば、何処か作り物めいて見える景色がそこにはある。それは、かつて自身が捕らわれた異界の空気によく似ていた。
 どうする……どうすればいい? クロエっちは、どうすれば逃げられるって言ってたっけ? 思い出せない。ヤバい、ヤバいヤバいヤバい、ヤバい――!
 と、かつん、と、何者かの足音が聞こえた。夕子は反射的に、看板の影に隠れていた。
 見つかったらまずい。本能的に、そう直感した。
 息をひそめながら、看板の影からあたりを窺う。ホームに現れたのは駅員の格好をした人影だった……だが、夕子はその人影の顔を見て、溜まらず息をのんだ。
 何もなかったのである。真っ黒なうろだけがそこにあって、何か得体のしれない、真っ黒な、何もかもが吸い込まれそうな黒だけが、そこにあったのだ。
「半面を周回します」
 駅員が言った。
「24時の録画音声が遍歴する角度です。それは彗星です。後頭部に針金を突き刺して電波を遮断します。包丁を340度に湯煎して腎臓。吠える狼がおおいおおい、そこにいるんですかぁ。あんないしますよぉおおお」
 ヤバい。ヤバい。ヤバい。夕子の脳裏に、ただただそれだけが浮かぶ。本能が、危険を伝えていた。今までの経験が、それを伝えていた。
 アレに見つかったら、絶対にヤバい――。

●イレギュラーズ救出作戦
「まずい事になった」
 と、希望ヶ浜学園、化学準備室に集められたイレギュラーズ達はクロエからそう告げられた。
 何でも昨夜からローレットのイレギュラーズが行方不明になったのだという。行方不明になったのは、高槻 夕子。もしかしたら、他にも同時に行方不明になった者もいるかもしれない……。
「夕子君のaPhoneの位置情報の履歴を探ったのだが、希望ヶ浜内部を循環する電車に乗っていたのが確認できた。そこから消失した……と考えれば、おそらく異界駅『きさらぎ駅』に囚われた可能性が高い」
 きさらぎ駅……有名なネットロアであり、イレギュラーズ達も知っているものがいたかもしれない。
「きさらぎ駅に、此方の世界から侵入する方法は確立している……異界の出口から、無理矢理侵入する方法だ」
 クロエの話によれば、希望ヶ浜にあるとあるトンネルが、きさらぎ駅のある異界からの出口になっているらしい。ある方法を使いそこから異界と強制的に接続し、出口から異界へと接続する、というのが、この世界からのきさらぎ駅の異界へ移動する方法の一つだ。
「ただ、この方法だと出口からしか侵入できない。夕子君がいるのは、きさらぎ駅の異界の入り口……つまり、駅周辺になるだろう。夕子君を見つけて合流するには少し手間がかかる」
 とはいえ、入り口から侵入するとなっては、どれだけの時間がかかるか分かったモノではない。となると、出口から逆侵入し、夕子を救出、引き返して離脱するのが一番なのだ。
「それから……異界内にいる『生き物』とは絶対に接触するな。それが人型をしていてもだ。どんな悪影響があるかわからない……可能性(パンドラ)の加護のあるキミ達なら、何が起きてもある程度は耐えられるだろうが、余計なリスクはしょい込まない方がいい」
 クロエはイレギュラーズ達を見つめると、ゆっくりと頷いた。
「危険な仕事だが……皆に頼るしかない。夕子君を、よろしく頼む」
 そう言って、クロエはイレギュラーズ達を送り出した――。

GMコメント

 お世話になっております。
 きさらぎ駅へようこそ。

●成功条件
 生還。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 異界駅、『きさらぎ駅』に囚われてしまったローレットのイレギュラーズ、高槻 夕子 (p3p007252)さん。そして、夕子さんを救出するために派遣された、イレギュラーズ達。
 皆さんは、救出する側/救出される側に分かれ、この『きさらぎ駅の異界』から脱出してください。
 きさらぎ駅の異界は、駅を中心として、田舎の街を投影した素朴な景色が広がっています。
 街には、たとえば以下のような場所があります。

 『伊佐貫トンネル』
  異界の出口です。救出チームはここから異界に侵入します。脱出の際も、このトンネルを利用します。
 『きさらぎ駅』
  異界の入り口です。被救出チームはシナリオ開始時点でここに居ます。
 『集合団地』
  トンネル付近にある山に立っている、古びた集合団地です。います。近寄らないでください。
 『病院』
  街の中央にある大きな病院です。います。近寄らないでください。
 『幼稚園』
  駅の近くにある幼稚園です。います。近寄らないでください。

 また、駅、街の中には『くろいかおをしたひと』達が徘徊しています。意味不明な言葉をつぶやきながら、此方を発見すると近寄ってきます。出来れば相対することなく避けて移動したい所ですが、避けられない場面はあるでしょう。
 敵は戦闘能力そのものはありませんので、攻撃することで一時的に無力化することは可能です。しかし、数分後に復活し、再び動き出しますし、また、敵との遭遇は、皆さんの精神や肉体に、ダメージを与えるかもしれません。
 ちなみに、異界内部では、aPhoneによる通話が可能です。救出チームが、非救助チームへ電話連絡をすることは可能です。
 作戦決行時刻は夜。街灯などはありますが、明かりを用意した方がいいかもしれません。

●このシナリオの特殊ルールについて
 プレイングにて、『救出チーム』『被救出チーム』のどちらに所属するかを指定してください。救出チームは『助ける側』、被救出チームは『助けられる側』です。とはいえ、助けられる側もただ助けられるのを待つだけではいけません。ある程度は、自力での探索は必要になるでしょう。
 なお、人数配分は好きな様にして構いません、極端な話、オープニングの状況とは矛盾しますが、救出チーム0,被救出チーム8、という構成でも構いません。ただし、『高槻 夕子 (p3p007252)さんは必ず被救出チームに所属します』。
 前述の通り、人数配分はお好みで決めてください……が、異界脱出の情報を持っていたりするため、救出チームは存在した方が、難易度的には楽になります。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • 再現性東京2010:←やみ  きさらぎ駅  かたす→完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年03月31日 22時11分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
高槻 夕子(p3p007252)
クノイチジェイケイ
※参加確定済み※
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
チェルカ・トーレ(p3p008654)
識りたがり
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)
孤独のニーヴ
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
藪蛇 華魂(p3p009350)
殺した数>生かした数

リプレイ

●ようこそ異界へ
「これはある日のことです。子供の頃からお世話になっていたおじいさんとおばあさんから聞いた話です。山に登りましたか? 大きなお社があったはずです。そこに接続しましょう。きんぎんにきらめくほし。80度の水」
 何か、訳の分からないことをぶつぶつと呟きながら、『くろいかおをしたひと』が目の前を歩いていく。駅構内の影に隠れ、それを見送っていたのは、『クノイチジェイケイ』高槻 夕子(p3p007252)、『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)、『どんまいレガシー』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)、『殺した数>生かした数』藪蛇 華魂(p3p009350)、この4人だ。
 4人は、まったくの偶然で同じ列車に乗っていた……いや、本当は、まったく別々の列車に乗っていたのかもしれない。いずれにしても、その乗っていた列車は世界と空間を捻じ曲げて、異界という場所へとたどり着いた。
 現実では、とある路線から突如として繋がる、この世界には存在しない駅。
 名を、『きさらぎ駅』という。
「ここはどこ……会長は誰……いや、会長は会長なんだけど」
 混乱する頭を落ち着けるように、茄子子が言った。
「電車で寝過ごしただけなのに! いや、電車で寝過ごしたから知らない場所に来ちゃったって言うと普通だな……いや、普通じゃないんだけどね! 明らかに異常だし、あの黒い人なに!?」
 小声で。しかしまくしたてるように、茄子子が言う。その問いに、誰も答えられない。なにせ、本当にわからない存在なのだ。生き物であるのかすらも怪しい。
「ぴえん……うっかり寝過ごしたら噂のきさらぎ駅についてるなんて……今日の吾輩アンラッキーデー!」
 ジョーイが言う。取り合えず、気を落ち着けるために、カバンからエナジードリンクを取り出して、ごくりと一口。
「おめめぱっちり! ……いや、なんか見えないものも見えてしまいそうな気もしますがそれはそれ。とにかくあたりを調べるのですぞ! 今日も探索頑張るぞい、ってね!」
「ンフフ。しかし、まだむやみに動くフェイズではないかもしれませんなぁ」
 華魂が言った。
「きさらぎ駅、小生も名前くらいは聞いたことのある怪異譚(ロア)でございます。もしかしたら、何か脱出の情報も出回っておるやもしれませんねぇ。夕子様、なにかお心当たりなどはございませんか?」
「うーん、きさらぎ駅、きさらぎ駅……」
 頭に手をやり、必死に思い出そうとする夕子。
「ぴえん、こんな事なら授業中もっと睡眠学習(いねむり)しとくんだった! クロエっちも、ちゃんと説明おわってからあーし起こしてよね! ぴえんこえてぱおん!!」
 その時、ふと夕子の脳裏にJKとしての天啓が浮かんだ。何はなくとも、まずはスマホで検索すればいいのだ。慌ててカバンからスマホ――aPhoneを取り出してみれば、どういう訳か、アンテナはネットワークに接続できていることを示している。
「よいちょまる~! aPhoneつながんじゃん! 検索検索……」
 怒涛の速さで画面をタップアンドフリックしていく夕子。一同、その画面を後ろからのぞき込む。
「あったあった! きさらぎ駅……うえ、ちょっと情報あり過ぎじゃない?」
「それだけ有名なネタって事なんだろうねぇ」
 茄子子が言った。
「でも参ったなぁ、そうなるとどれが本当で、どれが作り話なのかわかんない……とにかく片っ端から情報試してみるしかないよこれ!」
「えーと、現地の人に助けてもらう、いやいや現地の人とは関わるな? 現地の食べ物や飲み物は口にしてはダメ……ぴえん、これ矛盾することが平気で書いてありますぞ!」
「そもそも、同じきさらぎ駅にたどり着いているかも怪しい所でございますねぇ、ンフフ」
 華魂のいう通り、この情報の主が、『同じきさらぎ駅』にたどり着いているかどうかも怪しいのだ。これだけ情報が違えば、『複数のきさらぎ駅』が存在するとみて間違いないだろう。となれば、今イレギュラーズ達がいるきさらぎ駅も、いわゆるネットロアにあるきさらぎ駅とは違うのかもしれない。
「でも、大体共通してる所はある……やっぱり駅からは出ないとダメっぽい。とにかく駅から出て、町はずれを目指す?」
 夕子がそう言った瞬間、ぶぶぶ、ぶぶぶ、と何かが振動する音があたりに響いた。思わず悲鳴をあげそうになる一同は、無理矢理それを飲み込む……お互いの顔を見回す。
「失礼、小生のあでぷとひょんでございますね」
 華魂が、白衣のポケットからaPhoneを取り出す。画面を見てみれば、見知らぬ番号からの電話が着信している。
「えー……でるのこれ……会長、見なかったことにして無視したい」
「ですが、これも脱出のヒントかも知れませぬぞ!」
 二人の会話に、華魂が首をかしげた。
「ンフフ、あでぷとひょんとやら、使ったことがないので……どうやって出るのでございましょう?」
「ん? あ、ここのぼたんタップすんの。華魂っち、スマホ使ったことないんだ?」
「ンフフフフ、恥ずかしながら……ここを、たっぷ、と……」

「つながったかい? 藪蛇先生であってるね?」
 『識りたがり』チェルカ・トーレ(p3p008654)が、aPhoneへと向けて声をあげた。『伊佐貫トンネル』付近である。あたりは山道のような景色が広がっていて、薄暗く心細い。周りには、『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)、『孤独のニーヴ』ニーヴ・ニーヴ(p3p008903)、『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)の姿があって、とりわけ奈々美などは、極度におびえた表情であたりをきょろきょろと見まわしていた。
『ンフフ。その声は……チェルカ様。”あでぷとふょん”……使うのは初めてですが、これ結構楽しいですねぇチェルカ様。ンフフ……』
「元気そうで何よりだ。単刀直入に言うよ、君たちを救出しに来た……こっちで行方不明が確認されてるのは……」
 チェルカが華魂と通話を始める。ノリアは、身体を走る『寒気』のようなものを感じ取って、思わず己の肩を抱いていた。
「こ、この空気、この世のものとは、思えませんの……こんなところ、とっとと去ってしまいたいですの!」
「ど、同感だわ……っていうか、きさらぎ駅って最大級の厄モノじゃない! い、いやよ、こんな所に長々といるの……!」
 奈々美が同意する。あたりを漂う空気、そして景色は、現実のようで、何か異質なものを纏っている。違和感……何か特殊なレンズ越しに景色を見るような、脳裏をくすぐるような何かが、あたりに満ちて居る。
「たしかに、長居はしない方がいいと思うよ」
 ニーヴが言った。
「脱出報告によると、元の世界に帰還したら七年経ってた、なんてのもある。時間がずれてるんだ。ボクたちも早く帰らないと、ウラシマタロウって奴になりかねない」
「それは確認したよ」
 チェルカが言う。
「こっちでは一晩たってるけど、向こうのチームの感覚だとまだ一時間くらいしかここにいないらしいね」
「ひ、ひぃっ! や、やっぱりとんでもない所じゃないぃ……! どうしてあたしの仕事、こんなのばっかりなのよぉ……!」
「気持ちはわかりますけれど、迷い込んだ皆様は、もっと心細いはずですの……!」
 ノリアの言葉に、こくこくと奈々美は頷く。
「そ、それは分ってるわ……! だ、だから早くみんな助けて、さっさと、帰りましょ……!」
「同感だね。長居は禁物だし……『くろいかおをしたひと』という奴の情報が見当たらない。もしかしたら、オリジナルの夜妖(ヨル)なのかもしれない」
 ニーヴが言う。
「チェルカ、向こうに作戦は伝わったかい?」
「ああ、ニーヴ殿。とにかく、合流を目指そう。何処か目印が欲しいけれど……とはいえ、クローズ殿の情報にあったランドマークには近寄らない方がよさそうだね」
「病院とか、幼稚園とかって奴でしょ……!? い、言われなくても近寄るつもりはないわ……!」
「なら、奈々美さんのサポートが、必要不可欠ですの……わたしも、精一杯頑張りますから、一緒に頑張るですの!」
 ノリアの応援の言葉に、奈々美は諦めたように頷いた。
「うう、か、帰ったら、お腹いっぱいラーメン食べてやるぅ……!」
 かくしてその言葉を合図にしたように、救出チームは歩き出した。山道を越えて、徐々に道がアスファルトへと変わっていく。
 些かうらびれた風の田舎の街の風景が広がっていた。高く見える建物は、件の病院だろうか。建物に紛れて駅の様子は見えないが、少なくとも向こうも、駅を出発して歩き出しているはずだ。
「う、うう、ううう」
 奈々美が呻いた。
「あ、あちいこっちに、いる……」
「『くろいかおをしたひと』だね」
 ニーヴが唸った。
「観察したい所だけど――」
「ひいっ! や、やめてよ……!」
「いや、あまり接触はしたくないね。ノリア、危ない役目だけれど、斥候を頼めるかな」
「はい、そのために、わたしはきましたの!」
 すう、と空中を泳ぐように、ノリアはその尻尾をうねらせた。壁をすり抜けられるノリアは、いざという時にも逃げやすい、斥候としては便利な性能を持っている。となれば、確かに危険であるが、その力を借りなければ先にはすすめまい。
「悪いね。ソーリア殿。危険を押し付ける」
 チェルカの言葉に、ノリアは微笑んで返した。かくて、ノリアを先頭とし、一行は危険な街の中へと踏み出していく。

●救出・離脱
 街には無数の『くろいかおをしたひと』達が徘徊していた。皆口々に、訳の分からぬ言葉を吐いている。
 奇妙にして恐ろしいのは、彼らがまるで、この街で生活しているかのような行動をとっていることだ。例えば幼稚園では訳の分からぬ言葉で園児たちがはしゃいでいるし、病院では治療まがいの事を行っているようにも見えた。
 ぶろろろろ、と軽トラックが道を走っている。中年男性のような体躯をした『くろいかおをしたひと』が、窓から外へとがなり声をあげていた。
「のっていきませんか。のっていきませんか。のっていきませんか。背中の骨を抜き去って空へ捧げましょう。電波を保持するためにはうってつけです」
「うへぇ、乗ってきますか?」
 ジョーイが言うのへ、
「冗談でしょ、会長アレに乗るくらいなら死んだほうがましだよ!」
 茄子子が言う。あんなものに乗っては、どこに連れていかれるか分かったものではあるまい。
 一行は救出チームとの合流を目指して、駅を脱出、そのまま市街地を進んでいた。
「34度の三角定規が天体をころころ転がしたから、おじいちゃんとおばあさんが川でマッドガッサー……」
 ぶつぶつとつぶやく夕子。その背中を擦るのは華魂である。
「ンンンン、いけませんねぇ。予想以上に皆様、精神へのダメージが大きい」
「うええええ、なんか頭がぐるぐるする」
 夕子がそう言うのへ、ジョーイが答えた。
「あ、はい、拙者も解りますというか。ホントコワいで御座るねー、お化け屋敷の比じゃない感じで!」
「ジョーイ様も、囮などでお疲れで御座いましょう」
「んー、じゃあ、皆落ち着くまで会長が前に出ようかなぁ」
 司令塔として一行を率いていた茄子子であったが、しかしそろそろ前に出なければならないほどに、皆も消耗しているようだ。仕方ないだろう。茄子子がそう決意した瞬間、眼前の塀から、にゅ、と何かが顔を出した。それは白い髪の少女のような顔をしていて、目を見開いてこっちを見ている。
「――――ッ!!!」
 たまらず悲鳴をあげそうになるのを、無理矢理口を押さえて止めた。バクバクなる心臓を押さえながらよく見れば、壁から顔を出しているのは、救出チームのノリアである。
「や、やめてよそういうの! 会長、パンドラすり減らすかと思ったじゃん!」
「し、失礼ですの……お気持ちはわかりますけれど……」
 ノリアはこほん、と咳払い一つ。
「皆様、この建物の、裏手まで来てますの」
「お、マジ!? 合流できるじゃん! あげみざわ!」
 夕子が声をあげる。どうやら、救出チームも近くまで来ているらしく、このままいけばすぐに合流できそうだった。そうなると心強い。
「じゃあ、さっさと合流して離脱するのが吉でござりまするな!」
「あ、それなのですけれど」
 ふと、ノリアが此方をじぃ、と見つめた。明らかな不信の表情である。
「……皆様は、本当に、『皆様』ですの……?」
「ンッフフ! この異界では当然の疑問で御座いますね!」
「え、やめて、そう言うのマジで怖い……」
 ケタケタと笑う華魂と、げんなりする茄子子。とりあえず本人そうだ、と思ったノリアは、ぺこり、と頭を下げると、再び壁の中へと消えて行った。

「おお、よかった。みんな無事に合流できたね」
 チェルカはそう言って、安堵の表情を見せる。多少のダメージは負ったが、全員が無事に合流できたようだ。これはイレギュラーズ達の行動の成果と言えるだろう。
「たすかったよぉ、マジきさらぎ駅で目覚ました時テンサゲってレベルじゃなかったし」
 夕子の言葉に、チェルカは笑う。
「まぁ、そうだろうねぇ。さて、色々と興味深い場所だが、長居をするわけにはいかない。さっそく離脱しよう」
「えーと、出口は分ってるんだったよね」
 茄子子が尋ねるのへ、チェルカは頷く。
「私達が入ってきた場所がそのまま出口になっているよ。さぁ、もう少しの辛抱だ……ん?」
 ふと、チェルカの視界に、真っ青な顔をした奈々美がうつった。よく見れば、小刻みに震えている。
「……黒水君、どうした?」
「き、き、来てる」
 奈々美が喘ぐように言った。
「全部! くろいかおをしたひとたち……反応してるの、ぜんぶ、こっちに来てる……っ!」
「なんだって」
 チェルカは呻いた。どうやら、こちらの脱出を察知し、敵も本腰を入れてきたという事か。
「……まずいね。どうする?」
 チェルカの言葉に、
「多少無茶をしてでも、真っすぐ突破した方がいいと思う」
 ニーヴが言った。
「そうだね、会長もそう思う」
「あっちのチームを率いていた茄子子が同意してくれるなら、多少の無茶は効くと思う。最悪なのは、ここで手をこまねいて囲まれることだよ」
 茄子子、そしてニーヴの言葉に、チェルカは頷く。
「うん……じゃあ、突破を狙おう。すまないけれど、もう少しだけ厳しくなるよ」
 とはいえ、ここで待っていても待っているのは確実な破滅だ。一同は頷くと、一気に走り出した。

●離脱
「まってくださいよおお」
「まってくださいよおお」
 異形たちの声が響く。それは、意味不明なそれから、こちらの足止めを頼むような言葉に変化している。
「こ、これって、あいつらがまともになったのかしら?! それとも、あたし達が『壊れて』、向こうの言葉を理解できるようになったのかしら!?」
 走りながら、奈々美が叫ぶ。異形の群れを突破し、異形の群れに追われ、一同はトンネルを目指して走り続けていた。
「前者! 絶対前者!」
 茄子子が叫ぶ。自分たちが壊れたとは思いたくはない。一同は市街と抜けて山道へ。近くのマンションから、何かが雪崩を打ったように飛び出てくるのが分かった。
「うひゃああ、とんでもないことになってますぞ!?」
 ジョーイが叫ぶ。あの群れに追いつかれたお終いだ。足を止めるわけにはいかない。
「ンンン!! あれだけいるなら、一人くらい解剖したいもので御座いますねぇ!」
「じょ、冗談じゃ、ありませんの……!」
 華魂のジョークに、ノリアが答えた。やがて、山道は見覚えのある場所にたどり着く。それは、線路に並行するように建てられた、大きなトンネルだった。
「あった、トンネルだよ」
 ニーヴの言葉に、
「あそこをくぐれば『現世』だよ。さぁ、もう少しだ、走って!」
 チェルカが叫ぶ。一同は必死に走った。もつれるようにトンネルの中へ。遠くに光が見えて、そこを目指して走る。
 不安がなかったと言えばうそになる。このトンネルも、また違う異界につながっているだけなんじゃないか。
 ……だが、今は走るしかない! 一同は息を切らせながら走った。途端、何か膜につつまれたような、異様な感覚が身体を襲った。ぞくり、とするような感覚。それを振り払うように、一同は走った。その幕を切り裂いて、突き進むような感覚。トンネルを抜ける。光に包まれる。
 ――トンネルの外は、夕暮れだった。救出部隊が異界入りしたのは、昼頃だったか。2時間も中にいた記憶はないが、しかし倍以上の時間が、外では経過していることに気づいた。
 音が聞こえる。これは現世の音だった。現世の風の感覚。現世の空気の感覚。異界とは何もかも違う、清浄な感覚が、イレギュラーズ達の身体を包み込んでいた。
 逃げられたんだ、と夕子は思った。助かった、と思うと、体中から力が抜けて、思わずへたり込んでしまった。
 まだ奇妙な感覚は抜けないけれど、しかし助かったことは事実だ。なんだかおもしろくなって、夕子は笑いながら、仲間達に礼の言葉を言った。
「金星と木星が繋がります。茫洋とした水銀の海は塩を詰め込んで脳髄を引きずり出しました。こんなことをしていては、呪われるのも仕方ない。仕方ない。仕方ない」


 その言葉に、みんな笑った。
 みんな笑った。
 みんなわらっているよ。
 みんなくろいかおをして。
 わらっているんだ。
 よかったね。

成否

成功

MVP

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚

状態異常

なし

あとがき

だいじょうぶです。

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