PandoraPartyProject

シナリオ詳細

岩花火が咲く頃

完了

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 赤き焔が蒼穹の空へ火の粉を散らす。冬風に揺らめく温かさが頬を撫でていった。
 小さな靴音を鳴らし石畳の上を歩いて来る童女。
 深紅の髪を結い上げた小さな子供が炎の前で立ち止まる。

「朱雀様、お久しぶりに御座います」
 深々と頭を下げた『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)はゆっくりと視線を上げて、この方南紅蘭院の主である『焔王』朱雀に笑顔を向けた。
「おお、天香の。大きくなったのう。前に此処に来た時はこんな小さな童子だったのにの」
 身長を示すため、朱雀は自分の目の高さで手を横に振る。
「その節はお世話になりました。天香を継いだご挨拶と稽古の場をお借りしたく参りました」
 朱雀が遮那の後ろに視線を向ければ、数人の神使が此方を見つめていた。
「成程な。だが、我の試練は戦闘向きでは無いぞ? それこそ白虎辺りに頼んだ方が良いのではないか?」
「其処はアタシが説明するよ」
 遮那の後ろから一歩前に踏み出したのは星影鬼灯だった。
 隠岐奈 朝顔 (p3p008750)の伯母である彼女は他人の能力を著しく下げる代わりに、込めた思いが増幅されるという術を使うという。溺愛している朝顔の悩みに寄り添う形で、この方南紅蘭院まで出向いて来た。
「この子らが求めているのは、戦闘技術の方じゃなく『心』の試練。アタシの術と朱雀様の試練を掛け合わせて『心』の鍛錬をしたいんだよ」
「成程な。話は大体分った。ならば、あの炎の的を使うが良い。そこから弓を引き、燃え盛る炎的に中たれば良い。簡単じゃろう? ほれ、やってみよ」
 従者の星宿に弓矢を持ってこさせ、遮那に渡す朱雀。
 遮那は深呼吸をしてから弓を持ち上げ、ゆっくりと引いて行く。
 弦の軋む音は十分に弓が撓っている証拠。義兄長胤の言葉を思い出しながら凛とした表情で会へと至る。
 離れと共に響く弦音。矢は回転をしながら炎的に飛んだ。
「えっ!?」
 小さな驚声を上げたのは鹿ノ子 (p3p007279)だった。
 確実に中たったはずの矢は的に届く前に朱雀の炎で燃え尽きたのだ。
「どういうことなの? 中たったよね?」
 タイム (p3p007854)の問いかけに朱雀はこくりと頷く。
「……あの的は弱き心を持つ者の矢を寄せ付けぬ」
「成程。一矢に込める想いの強さで炎を超えられるかが決まるという事ですね」
 小金井・正純 (p3p008000)は消し炭になった矢の塵を視線で追った。
「何を想うかは人それぞれじゃろう。だが、『ただ想いが強い』だけでは中たらぬ。試練だからの」
 強すぎる思いで放った矢は、翻って自分自身に向かってくるというのだ。
「では、どうすればいいんですか?」
 朝顔が不安げに眉を下げる。
「心を落ち着け、今一度何を想うかを問いただすのだ。己自身に。
 特に誰かを想う気持ちというものは強い。だからこそ負担も反動も大きいのじゃ。
 最初から強い心を持つ者は居ないじゃろう。小さな灯火だったはず。その始まりは何だったか。
 ゆっくりと思い返すといいぞ」
 始まりの気持ちからゆっくりと思い返していく。どんな想いを重ねたのか。
 己が内に秘めた心。大切な人を守りたいという気持ちを見える『カタチ』として表すことが出来る。
 そうすれば、自ずと矢は炎に打ち勝つことが出来るだろうと朱雀は伝えた。
「朱雀の炎を掻き消す程の想いの強さか」
「すごく大変そうなのだわ! でも、鬼灯くんなら大丈夫よね」
 黒影 鬼灯 (p3p007949)の言葉に章姫が激励を飛ばす。

「さぁ、遮那坊。見せておくれよ、アンタの意志って奴を。向日葵を守りたいと願うのなら尚更だ。
 ――きっと、あの子は自分を狙う魔種の事は隠すんだろうから」
 何を想い、何を伝えるのか。心の内側にある言葉を一矢に変えて。
 赤き炎を打ち消すほどの強き想いを持って――

GMコメント

●目的
 遮那と稽古や交流をする

●ロケーション
 朱雀が座する方南紅蘭院です。
 広い境内には炎の的があります。
 休憩所もあるので疲れたら休む事も出来ます。

●出来る事

【1】稽古
 炎の的に矢を中てる試練です。
 星影鬼灯の術で想いや言葉が伝わりやすくなっています。
 想いが弱いと矢が炎に燃え尽くされ届きません。
 強すぎても矢は自分へと返って来ます。
 積み重ねた想いを一つずつ思いだし語る事で矢は炎に打ち勝つことが出来るでしょう。

【2】観覧
 稽古を眺めたり、休憩の間にお話をしたりするのはこちらです。
 観覧場所には温かいお茶とお菓子、おにぎりなんかがあります。
 食べ物の持ち込みも自由です。
 身体を冷やしてしまわないように、温かい格好で過ごしましょう。
 また、毛布を貸してくれます。

●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
 誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家でした。
 義兄の意思と共に天香家を継ぎ、前に突き進んで行きます。
 大戦を経て心の成長に伴い、身体も変化しようとしています。
 最近どうやら声変わりが始まったようです。身長も少し伸びているらしい。

○星影鬼灯
 隠岐奈 朝顔 (p3p008750)さんの関係者です。
 伯母にあたる人で、豪快な姉御肌。

  • 岩花火が咲く頃完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年02月11日 22時00分
  • 参加人数5/5人
  • 相談6日
  • 参加費300RC

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(5人)

鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
※参加確定済み※
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
※参加確定済み※
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
※参加確定済み※
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
※参加確定済み※
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
※参加確定済み※

リプレイ


 寒さ染みる空の色合いに青見れば。何処か遠くの郷愁に囚われてしまいそう。
 水分を多く含んでいる豊穣の空気なれど、冬は乾いた風が頬を撫でていく。

「朱雀様も朝顔さんの伯母様も今日はどうぞ宜しくお願いします!」
 ぺこりと頭を下げた『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は辺りを見渡して眉を下げた。
 大きく燃える炎の的と、手渡された和弓。
 タイムの背丈よりも遙かに大きい弓に緊張が這いあがってくる。
「あれ、なんだか思っていたより難しそうなことをやる、の、ね?」
「さて、せっかく朱雀様と星影さんに用立てて頂いた機会。有意義に使わせていただきましょう」
『地上の流れ星』小金井・正純(p3p008000)は不安げなタイムの肩に優しく手を置いた。
「心の試練、となれば私も他人事ではありませんから」
「そ、そうよね。心の試練だものね。
 正純さん、わたしにも弓を教えてほしいの。お願いしますっ」
 弓を手にお辞儀をしたタイム。同時に弓も傾き目の前に居た正純の額に直撃する。
「あ、痛っあ!?」
「あわわあ!? ごめんなさい」
「ふふ、大丈夫ですよ。まずは姿勢からですね」
「は、はいっ! ふふっ」
 何方からともなく、くすりと吹きだして、笑い合う。
 実際の所、正純は痛くも無い額への直撃に大げさに声を出したのだろう。
 タイムの緊張を解すために。友人の心遣いに嬉しくなるタイム。

「とはいえ、せっかくですし遮那さんに教えていただくのも良いかもしれませんね。
 誰かに教えるということは、自分の技術を見直すことにも繋がりますから」
 正純は遮那へと向き直る。
「そうだな。私で教えられる事なら」
「えっと、じゃあ試練を行う前に……遮那君。使った事ないので弓を教えてくれませんか?」
「勿論いいぞ」
 身体の大きい『天色に想い馳せ』隠岐奈 朝顔(p3p008750)に。飛んで引き方を教える遮那。
 簡単なようでいて、中々難しい。
 悪戦苦闘する朝顔を微笑ましく見つめるのはタイムだ。
 遮那は、ああして長胤から弓の引き方を教わったのだろうかと目を細める。


「朱雀の炎をかき消す程の想いか。俺の想い、想いか」
『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)は紫瞳を彼方遠くへ向けた。
 彼の不安を感じとった章姫は小さな手で袖を握る。
「鬼灯くん、大丈夫なのだわ」
 視線を華蓮な姫君に落とせば朗らかな笑みが鬼灯を包み込んだ。
 彼女が腕の中に居てくれる。それだけで勇気づけられる。
「……そうだね、章殿。さあ、舞台の幕を上げようか」

 目を閉じて深呼吸をする鬼灯。
 感じるのは肌を浚っていく風の冷たさ。握り皮の感触。徐々に視界に入ってくる矢の先。
 そして、視線の先にに燃え上がる赤き焔。

 生まれたときには『黒影鬼灯』であったと自覚している。
 それが、気付いた時には忍びになっていた。
 自分を育てた『祖父』は何を想い。この身体を作ったのだろう。
 散りかけの命を救ってくれたのだろう。
 空虚で伽藍洞の日々。闇に紛れて影を纏い、数多の命を奪い。傷つけて。
 積み重ねた時間。自分が誰なのか。不確かで先も朧気。

「でも、君を見つけた」
 あの日。いつも通りに任務を熟していた自分の目の前に現れた人。
 当時は名前も無かった『人形』だった章姫を見つけた。
 硝子匣に入れられた彼女を見て鬼灯は思ったのだ。
「なんて美しいんだろうと。自分なんかとは違う愛されるべき器。だが、同時に。
 君はどこか寂しそうだった。その硝子の瞳に吸い込まれた」
 一目惚れなのだろう。モノクロームだった鬼灯の世界に光が灯った。
 辺りが開けたように色彩を奏で、映像が音を立てる。
「何れだけ、その瞬間が大切だったのか、分かるだろうか」
 そこから沢山の時間を共に過ごし、少しずつ『人』になっていった。
 人ならざる者が。人形を抱え。人になっていく。
「それに章殿だけでは無い。俺を支える十二の月もその下に着く彼女らも。俺の大切な宝物だ」
 沢山の人に囲まれて。鬼灯は笑うことが出来るようになった。
「俺は、彼等を遺しては逝けない。暦の頭領としても、章殿の夫としても」
 それが鬼灯の想い。穏やかで大切な。想いだ。

 矢は真っ直ぐに空を切る。
 朱雀の炎に焼かれながら。それでも。前に進み。
 的へと届く――


「次は、わたしの番ね」
 緊張した面持ちで的前に立つタイム。
 強い思いが思いつかないのは、彼女の記憶が失われてしまったせいなのだろう。
 微睡みを揺蕩うようだった世界との関わりが、この豊穣の地を訪れて一変した。
 激流に飲まれるようにタイムの前に開けた道。
 されど。それは彼女が彼女であったから。辿る事のできたものだ。
 遮那に優しく声を掛け、懸命に人を助けようと、震える身体で立ち向かった。
「タイム、そなたの声がどれだけ希望になったのか分かるか」
「あの時は必死だったの。震えちゃってドキドキだったんだから」
「それでも。頼もしく思えた」
 遮那はタイムの傍に立ち、もしもの時の為に介添えの任を申し出ていた。
 あの頃と比べて、背も高くなり、頼もしくなった遮那。
 それが少しだけ寂しくて。
 変わって行く事が嫌なわけじゃない。
 けれど、『幼く愛らしいと思っていた存在』が成長していくのは、それが『もう届かない過去』の事だと思い知ってしまうから。ほんの少しだけ寂しいのだ。

「大勢の人に出会えて、わたしの心に沢山の気持ちが芽吹いた」
 これからもタイムの前には絶望と苦悩が広がり、そしてその度に希望と勇気が背を押すだろう。
「鹿ノ子さん朝顔さん鬼灯さん正純さん、そして遮那さんも。
 こうして繋りあい、迷いながらそれでも望む未来へ向け進んでる」
 タイムは弓を限界まで引き、狙いを定める。
「大丈夫。タイムこのまま放てばいい」
「そうやってわたし達が紡いできた技も想いも何もかもがきっと世界を満たすと信じてるから!」

 解き放つ矢。
 ジンジンと指に響く弦が離れる衝撃。
 緩やかな弧を描き、タイムの矢は朱雀の炎に飲まれた。
「失敗、したの?」
 不安げなタイムの声に。遮那は首を振る。
「いや、大丈夫。中たったぞ。其方の思いはきちんと届いたのだ」
「そっかぁ。良かったぁ……」
 へたへたとその場に座り込むタイムに手を差し伸べる遮那。

「次は、私が試練を受けよう」
 タイムの介添えに着いていた遮那がそのまま的前に立つ。
「試練……な」
 物憂げに弓を取る遮那に正純が言葉を紡ぐ。
「遮那さん、初めて弓を引いた時のこと、その理由を思い出してはいかがでしょうか?」
「初めて弓を引いたときか」
 天香邸の修練場。かけを着けるのも悪戦苦闘。
 優しく厳しく。教えてくれた兄長胤の姿。
「……っ」
 胸の奥に響く、義兄の声に。目頭が痛くなる。こんな所で泣いてしまうなんて試練にならない。
 落ち着こうと息を吐く遮那。
「貴方の想いは、ここにいる誰もが支え知りたいと思っているでしょうから。
 そして、貴方ならばこの試練もきっと乗り越えられると信じています」
「ああ、有難う正純。其方はいつも導いてくれる。感謝しておるよ」
 弱音を零した事もある。その度にどうすればいいか教えてくれた。

「……なんて、偉そうなことを言って私自身がその試練に苦闘しているわけですが」
 先ほどから正純がどれだけ射ようとも、矢は朱雀の炎を超えられない。
「正純にも超えられぬものがあるのだな」
「勿論ですよ。むしろ私の中は。この激情は私自身まだ解決させられぬものです」
 ――今はまだ。
 胸元をぎゅっと握りしめる正純。憂う瞳は思い詰めるようで。
「なあ、正純。……その、私をもう少し頼ってもいいのだぞ? 辛いときは心を預けても弱音を吐いても。
 そのぐらい出来るようにはなったと思うのだ」
 遮那の言葉に正純は目を瞬かせる。少し前まで不安げに瞳を揺らしていたのは遮那の方なのに。
 己が導き見守ると誓ったのに。子供の成長に驚かされるばかりだ。
「……ええ、その時がくれば。頼らせてもらいます。いずれまた、この試練に臨むときも来るでしょうし。
 それよりも、少し休憩しませんか。心を落ち着けましょう」
「ああ、そうだな」

 ――――
 ――

「ふぅ緊張しちゃった。あ、お茶出しならわたしも手伝いまーす。一緒にやりましょ」
「今日はねスコーンとアプリコットのジャムと紅茶なのだわ!」
 試練を終えた鬼灯は章姫と共にお茶の準備をしていた。そこへやってくるタイム。
 小さな身体で紅茶を淹れる章姫に感動しながら、鬼灯は遮那へと視線を向ける。
「……なあ、遮那殿。きっとこれから目を背けたくなるような現実が幾度となく貴殿を襲うだろう。
 その時は、躊躇いなく周囲に助けを求めるといい。貴殿には頼りになる仲間が沢山いるのだから」
 想いで繋がった仲間が居るのだからと紡ぐ鬼灯に応と笑顔を向ける遮那。

「じゃーん。今日はみんなに柚子のパウンドケーキを作ってきました~」
「あら、美味しそうですね」
「切って出しておくので良かったら!」
 タイムと正純は手際よく台の上に並べていく。
「それと遮那さんにいいもの作って来たの、はいっ」
 タイムは遮那の手の中にお手製の蜂蜜ゆず茶を乗せた。
 ころんとした瓶に入った蜂蜜がとろりとした光を反射する。
「やっぱり喉の調子が気になっちゃって。乾燥してる時期だし猶更ね
「おお、タイムが作ったのか? 是非飲みたいぞ」
「あら今飲む? 分かったわ」
 カップに入れられた蜂蜜色の中に、柚子の香りが漂う。一口飲めば温かいお茶と柚子が喉を通っていく。
 爽やかな柚子の香り。それでいて優しい蜂蜜が心を癒すようだ。
「美味しいな」
「馴染みのある豊穣のものがいいと思って柚子にしてみたんだけど……実は買い過ぎちゃったの! 暫くは柚子三昧かも~!」
「これなら、毎日飲みたいぐらいだ。また、作ってくれると嬉しいぞ」
「そうね。また無くなった頃に持ってくるわ」
 笑顔で応えるタイムに遮那も微笑む。
 執務で忙しくある時に、このタイムが作ってくれた蜂蜜柚子茶を飲めば。
 きっと木漏れ日の中にいる様に落ち着くのだろうと遮那は思ったのだ。


 桃と若草の髪を揺らし『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は一つ息を吐いた。
 隣に立つ遮那とこうして出会った日の事を思い出す。
 自分達イレギュラーズにとっての不倶戴天の敵、魔種――天香長胤に連なる者。
 警戒をしていた人も居ただろう。
 けれど、鹿ノ子にとって遮那はただの『年の近い男の子』だった。
「初めて会ったときの事を覚えて居るッスか。遮那さん」
「ああ。其方は神使のこと、空中庭園のこと様々な知識を教えてくれたな。今思えば、『危ない橋』であったのだろう? 世界の敵となる『魔種』の弟にそれを伝うのは」
「……そう、なのかもしれないッス。でも、例えそれで不利益を被ろうとも責任を取ろうと思ってたッス」
 真摯な眼差しで此方を伺っていた少年の瞳に嘘はつけなかった。

 始まりの言葉を覚えている。
『――海の向こうから来ました。鹿ノ子といいますッス!』
 眩しい笑顔に、海の向こうに住まう者も屈託無く笑うのだと遮那は思った。
 自分達と何も変わらない。同じ人間。
 京の大門に向かって駆けて行った情景を懐かしく思う。

 夏の日。
 忘れもしないあの夜。
 約束を交したあの夜。
「貴方を守りたいと思った」
 そして、自分の存在を、心の隅に置いて欲しかった。
「離れていても心は傍にと」
 其れは鹿ノ子にとって『よすが』であり、誓いなのだ。

「例えば美味しいお菓子を食べたとき、鹿ノ子にも食べさせたいと思う。
 花を愛でるとき、鹿ノ子の髪に飾れば似合うだろうかと思う事がある。
 それは心の隅に置くということなのだろうか。他の者にも思う事もあるしそうでないときもある」
 人の心は物差しでは測れない。だからこそ、悩む事も多い。
「鹿ノ子が想うように、私は其方に返してやれているのだろうかと、悩んでしまうのだ」

 遮那が敵となり現れ、そして目の前で消えてしまったこと。
 後悔と嫉妬で狂いそうだった。
 守るという約束も。手を伸ばせなかったことも。
 己の無力さが腹立たしくて。
 自分が暗く澱んだ泥の中に沈んで行くようで。
 この感情を知って欲しい。知られたくない。せめぎ合う心に胸が裂けそうだった。
 けれど、立ち止まってなど居られなかったから。

「あの時、踏みとどまれたのは……」
 仲間が出した写真を見たから。
 視覚に叩き込まれる鹿ノ子の笑顔は、暴君と化していた遮那に隙を作り出す程だったのだ。
 真っ暗な闇の中で救いの様に光り輝いて見えたのだ。

「知っておるか。其方だけなのだ。其方だけにしか、言葉にしておらぬ。『助けて』などと其方にしか言っておらぬのだぞ」
 自分が守らねばならぬ相手には決して言えぬ言葉。
 対等であるからこそ、吐ける弱音だ。
「其方が先に私の弱さを受入れてくれたのだ。だから、私は其方の弱さを受け止める義務がある。
 鹿ノ子が泣けぬなら、代わりに泣く」

 守りたい。守られたい。弱さと向き合い、逃げずに立ち向かいたい。
 それでも足りない部分は、お互いに補って埋め合って行きたいから。
「変わらぬ想いがあると、変われる強さがあると、今の僕は知っているッス。
 あの的を、苦悩した日々を、向き合えなかった弱さを、僕は――今こそ貫く!」

 放たれた矢。
 想い乗せ。琥珀の奇跡を描き。朱雀の炎を超えて。
 見事、的を射貫いたのだ。


 朝顔は始まりの日を思い出す。
 地獄だった。何もかも絶望に満ちていた。
 そこへ偶々見かけたのが遮那だった。
 獄人も神使も八百万も分け隔て無く笑顔で接する。
 それが、闇の中で輝く星に見えた。
 恋をしたのだ。

 ――けれど覚えているだろうか。誰にでも優しい薄緑の君は。あの日の、獄人の、たった一人を。
 覚えては居ないのだろう。だからこれは朝顔だけの、けれど大切な出会いだった。

「神使になり、獄人の自分でも遮那君に近づけると喜び、同時に彼に待つであろう絶望も知った。死んでも君を救う。君が悲しまないよう演技して。それでも遮那君と話せるだけで幸せで。
 君を助ける為に全力を出して」
 結局、誰も犠牲を出さずに遮那は救われた。
「私の誓いや力は無意味だと嘲笑された気がして……」
 悲しみや怒り。どうしようもない焦燥感が朝顔を包む。
「可笑しいね。遮那君に近づき、告白できたのに
 君が別の子の方が好きだと知って。私は君にとって唯一無二の何かになれなくて」

 昔より、ずっとずっと苦しい。
 助けてと叫びたいぐらいに。

 おみくじに書いてあった『心に寄り添い、苦難を支えよ』という言葉。
「心に寄り添うって何? 悲しみを否定せず受け止める事は出来るよ。でも悲劇や失った者ばかり見て
『あの頃は幸せだった』なんて誰にも思って欲しくないの!」
 朝顔の声が的前の石畳に響く。
「君が心から今が一番幸せだと言えるように、失った者以上の存在になりたい……それは間違いなの?」

 朝顔は報われたいと願うのだ。
 想いを傾けた分だけ、同じ質量を返して欲しい。最愛が欲しい。
 叶わぬなら遮那の事を知らず絶望の中で生きて居た方が良かったのではないかと考えが巡る。
「それでも、私が遮那君を幸せにしたい。心から遮那君の最愛になりたくて……っ!」

 放たれる矢。
 されど、それは炎の壁に弾かれるように裏返った。

 迫る焔矢に目を瞑る朝顔。
 しかし、いくら待っても矢は彼女を刺さなかった。
 天色の瞳を見開く。
 其処には、焔矢を掴んだままの遮那の姿。炎は遮那の手を焼く。

 あの時と同じように。
「向日葵! 大丈夫か!」
 ――守られた。
「遮那君……、どうして」
 矢が返って突き刺さるならそれで良かったのに。
「何で、守ったの! 遮那君その手で弓が引けないよね!? 試練出来ないよね!? どうして!」
 試練を受けなければ想いの強さが分からないのに。
「其方が傷つくより、私にはこのほうがよい」
「でも……!」
 何故。どうしてこうも上手く行かないのだろう。
 朝顔の瞳に涙がにじんでくる。

「強すぎる想いは、相手を焼き尽くす事がある」
 朱雀は燃えた矢を持ったままの、遮那の手を掴む。
 ゆっくりと消えて行く炎。閉じたままの遮那の手に朱雀は回復を施して行く。
「応急処置はした。だが、しばらくは痛むじゃろ」
「構わない。傷も痛みも男の勲章なのだ。向日葵を守れたならそれでいい」
 力強く言い放つ遮那に。朝顔は涙を零しながら抱きついた。
「うぅ~、遮那君」
「落ち着くがよい。朝顔よ。ゆっくり、少しずつ、積み重ねて行けば良いのではないか?」
 朱雀は朝顔へ言葉を掛ける。
「今はまだ其方の強き思いを受け止められる男ではない。まだ声が変わり始めたばかりの子供じゃぞ?
 恋も愛も何も。まだ分からぬ小童じゃ。そんな子供に最愛を求めても望んだものは返ってこぬよ。
 けれど、成長しておる。少しずつ背も伸びてな。そのうち其方の強き想いを受け止められるようになるじゃろうて。だから焦らずとも良いであろう。最愛を求むのならばゆっくりと育むのじゃ」
 朝顔の瞳から零れる雫を懐の布で拭いて遮那は微笑む。

 鹿ノ子の弱き涙を。朝顔の強き想いを。胸に。
 遮那は朱雀の試練を断念する。
 それは決して、胸に宿る焔矢が潰えた事にはならない。
 いつの日か。再び挑戦する時が来る。
 その時には必ず朱雀の炎を超えてみせるだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様です。如何だったでしょうか。
 いつか、再び。

PAGETOPPAGEBOTTOM