シナリオ詳細
ふわふわ丸羊(家畜)、ボスを得て反乱す?
オープニング
●
メェエエエ。
メェー。
「もうすぐ出荷だなぁ……」
放牧地を駆けまわる白く丸っこい羊たちを眺めながら、男は呟いた。
ここは幻想のとある片田舎――この地域では年明けにこの丸っこい羊『丸羊』を食す習慣があった。
今、放牧地を元気よく駆け巡っているのは今シーズンに出荷される予定の丸羊たち。
この丸羊、縁起物的な食材の為それなりの高値で取引される。が、いわゆる「旬」のようなものが存在しており、そのピークをこの時期に合わせるのがなかなかに面倒で……。
(今年もよく育ってくれたな、美味しく食べてもらうんだぞ)
――ンヴェェエエエ!!!
感慨に耽っていた男の耳に、丸羊とは違う鳴き声が届く。
「なんだ?」
鳴き声のほうへと顔を向けた男が見たのは、黒く巨大な丸羊……のようなもの。
黒い丸羊は白い丸羊の群れへと突進し――。
――ヴェエエエエ!
――メェ!
――メェー!!
あっという間に群れを掌握してしまったのだった。
●
「で、この丸羊たちをなんとかしてほしい、という依頼なのです」
事件の概要を掻い摘んで話した後、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が続けた。
「正確に言うと黒い丸羊を退治して欲しい、ですね」
「どうか、どうかお願いします……!!」
ユリーカの隣で土下座せんばかりの勢いで頭を下げているのは、『丸羊飼い』の男である。
「黒い丸羊が群れに混ざった途端、他の丸羊たちまで凶暴化してしまったのです!」
現状、出荷は愚か近づくことすらできない始末。
「丸羊の需要は年明けの時期に集中しているのです。今、出荷ができないとなると……」
丸羊の飼育だけで生計を立てている男とってはそれこそ死活問題。
なるほどそれでローレットに依頼を、と納得しかけたイレギュラーズだったが、続くユリーカの言葉でそれは覆されることとなった。
「依頼主はその地方の領主さんなのです」
男が肩身狭そうに身を竦める。
「私では報酬などとてもとても……」
ならば幻想では割と珍しい領民の為に金を出す良領主なのかと思えばそうでもないらしく。
「領主さまの目的は『丸羊の毛皮』なのです」
男によれば、丸羊の毛皮はふわふわとして暖かく手触りも最高で毛皮としてそのまま加工してよし毛糸にしてよしの一品なんだとか。
「領主さまはその毛皮が大のお気に入りでして、毎年一定量をお納めしているのですが」
この騒動を放っておけば毛皮が手に入らなくなるかもしれないと気づいた途端、ローレットへの依頼を決めたのだそうな。
「あの黒い丸羊がいなくなれば私の丸羊たちも大人しい丸羊に戻るはず……ですからどうかよろしくお願いします……!」
そう言うと、男は再び深々と頭を下げた。
「――ところで」
男に向き直ったユリーカが問いかける。
「その丸羊というのは、美味しいのですか?」
一瞬呆気に取られていた男だったが、すぐさま満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「ええ、ええそれはもう! そうだ、折角ですので黒い丸羊退治が終わったらご馳走させてください! 私にはそれくらいしかできませんから」
せっかくの申し出を断る理由はない。
頷くイレギュラーズをちょっぴり羨まし気に眺めるユリーカの姿があったとかなかったとか――。
- ふわふわ丸羊(家畜)、ボスを得て反乱す?完了
- GM名乾ねこ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年01月09日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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丸羊飼い「ヘルマン」の案内で問題の放牧地へと向かうイレギュラーズ。
「いやー、ボルカノ先輩感謝感謝っすー」
『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)が引っ張るリヤカーの荷台で、うぃーんうぃーんと音を立てながら『扇風機』アルヤン 不連続面(p3p009220)が首を振る。
「羊狩りっすー。頑張るっすよー」
「黒い丸羊さん。……黒い仔山羊じゃなくて一安心ですね?」
『ジュリエット』江野 樹里(p3p000692)の言葉にアルヤンが問い返す。
「何故っすか?」
「山羊さんは意外と強かですからね……」
ふ、と一瞬遠くを眺める樹里。
「……それに山羊さんより羊さんのほうが美味しいですし」
じゅるり、と響く涎の音が二つ。一つは樹里の、そしてもう一つは……。
「羊のお肉が食べ放題……たべほうだい……じゃなくて」
溢れる涎を急いで拭う『森ガール』クルル・クラッセン(p3p009235)。
「このままじゃあ牧場の人達……ヘルマンさんも困っちゃうからね、助けてあげないと!」
そのまま何事もなかったかのようにキリっとした表情で言葉を紡ぐ……が。
「羊ね。大好物なのよね」
そんな呟きを皮切りに『冷たい雨』鮫島 リョウ(p3p008995)が語り始める。
「初めこそ、そのクセの強い風味に眉を顰めたものだけど。気が付くとあのクセが恋しくなっているからびっくりよね。スープカレーに入れると、クセの強さが上手い具合にスパイスと調和して絶品なのよ」
リョウの力説に釣られるように、再びじゅるりと響く涎の音。
「今回はかなり期待しているの実は。マトンならスープカレー、子羊ならラムチョップもいいわね。そうだわ途中で……」
言いかけて、リョウはハッとしたようにあたりを見回す。
「――コホン」
口元に拳を当て、咳ばらいを一つ。
「失礼。つい興奮してしまったわ」
皆に呆れられないようにと平静を装うリョウ。
「羊さん美味しいですよね……」
「お肉いいよね……」
その脇では、樹里とクルルがまだ見ぬ羊肉を思い頬を緩ませていた。
「――こちらです」
そうこうしているうちに、件の放牧地へと到着。
「まあ……見渡す限りの羊さんですね」
頬に手を当て僅かに首を傾げながら、樹里がふんわりと微笑む。
冬なお瑞瑞しい緑の牧草が茂る放牧地――その中でのんびりと過ごしているのは、黒く大きな丸羊(もどき)を中心とした白い丸羊の群れ。
メェー。
メエエエェ……。
「……なんか平和ねぇ……」
青く透き通った空。緑の草原。時折響く丸い羊たちの鳴き声。
「見た目もなんか可愛――いや、こう、ゆるいっていうか……」
「ふわふわころころで、かわいーねー」
『焔獣』メルーナ(p3p008534)の呟きに、クルルがにぱっと笑って同意した。
(体当たりとかされたら、毛並みのもっふーって感触にうっとりしちゃいそう)
先程までとは違う意味でほわわんとした表情を浮かべるクルル。そんな彼女をよそに、じっと丸羊たちを見つめるメルーナ。
草を食み、のんびりと過ごす丸羊たち。このまま手を出しさえしなければ、ずっと無害なままなのでは……?
メルーナの控えめな胸の奥に、後ろめたさのようなものが湧き上がる。
「……ねぇ、やっぱこれ倒すの?」
何とも言えない表情で丸羊たちを小さく指さすメルーナに、『優しい夢』メーコ・メープル(p3p008206)がゆるく首を振って見せた。
「羊さんたちをおとなしくさせるためには仕方ないですめぇ」
「そうね……依頼だものね、仕方ないわよね……」
やらなければ丸羊で生計を立てている人々が困る。何より、ボスがモンスターでは群れ全体がいつ暴れ出すとも限らない。
「多少荒々しいですが、しっかりともふ……おとなしくさせましょうめぇ」
「……もふ?」
誰かの呟きをスルーして、戦いの準備を始めるメーコであった。
●
「あそこの黒羊を狙えば良いのよね?」
丸羊たちの群れのほぼ中心に居座るひと際大きな黒い物体を指さしながら確認するメルーナ。
黒い物体――事件の元凶である黒丸羊の周りには、たくさんの白丸羊。黒丸羊を仕留めるにはどう考えても周りの白丸羊が邪魔である。
「しょうがないわね、道を作るわ」
言いながら自慢の得物「煉獄砲装アサルトブーケ」を構えるメルーナのすぐ隣に樹里が並ぶ。
「道を切り開く、というのであれば私の得意分野です。お任せください」
すちゃ、と長杖と思われていた得物「真魔砲杖」を構える樹里。
(時はまさに年末年始。魔と厄を祓い明日への道標と為す祈りの祝砲……)
一度目を閉じ深呼吸。メルーナと二人で頷き合い、その照準を黒丸羊へ。
「退いてなさい、アンタ達!」
「遠からん羊は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――本邦初公開、これぞ樹里大魔法です!」
『『メエエエエーーーーー!?!?』』
続けざまに放たれた魔砲と樹里大魔法が、射線上の白丸羊たちを景気よく吹っ飛ばす。
「うーん、これは壮観だね!」
二人の超長距離貫通攻撃で丸羊たちの群れの間にぽっかりと開いた一筋の道に感嘆の声を漏らす『狼殺し』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)。
丸羊たちの毛皮は多少犠牲になったかもしれないが、この際それは仕方ないんじゃなかろうか。
そんなことを考えるリコリスの耳に、『敵』に不意打ちされた黒丸羊の咆哮が届いた。
――ンヴェエエエ!!!
その声に呼応するかのように、他の白丸羊たちも動き出す。
「白羊さんを集めますめぇ」
メーコがたたたっと白丸羊たちの中へと走り込み、手にした羊飼いの鐘をカランカランと激しく鳴らした。
『メエエ』
『メエエエ!!』
鐘の音に反応し、多くの白丸羊たちがメーコに向き直る。
(本業の羊飼いとしても、きっちりと纏めてみせますめぇ)
再びカランカランと鐘を鳴らせば、メーコの周りの白丸羊たちの殆どが心なしか逆三角になった目で彼女を睨みつけるような状況に。
『『ンメエエエェ!!!』』
怒りに狂った白丸羊たちがメーコ目掛けて殺到する。
「メーコ先輩大丈夫っすかー?!」
その数の多さに慌てて声を掛けるアルヤン。
「羊さんのじゃれつきは慣れたものですめぇ。メーコの事は気にせず黒羊さんをお願いしますめぇ」
メーコはそう言うものの、流石に数が多すぎるような気が……。
「一匹二匹でも減らしたほうがいいでしょう、私が行くわ」
「お願いするっす!」
メーコの側へと走り出すリョウ。そのままの勢いでメーコを取り巻く白丸羊の一頭にその拳を叩きこむ。
『メ……』
小さな鳴き声を上げてその場にコロン、と転がる白丸羊。ピクピクと痙攣しているところを見ると、どうやら気絶したらしい。
チラリとそれを確認し、リョウは内心だけで安堵する。
(うまく気絶させられたわ)
表向きの依頼理由というのがある、お肉……もとい、毛皮への損傷は少ないほうがいいはずだ。
「それじゃあこっちは邪魔な白羊を退かすっすよー」
うぃーんうぃーん。どーん。
黒丸羊の周りにはまだ白丸羊が残っている。その中の一頭目掛けて、アルヤンはアブソリュートゼロを放った。まともにそれを受けた白丸羊が、みるみる凍り付き動かなくなる。
(氷漬けになって肉も保存できるし、毛皮も傷つかないし、一石三鳥っすねー)
微かな音を立てながら首を上下に動かすアルヤン。
「よーし、僕は羊を爆撃するよ! ……って、あれ?」
自身の周囲に侍らせたドローンの群れを操っていたリコリスがふとその動きを止めた。
「どれも羊だ……」
はい、見た目はどれも羊です。一頭だけサイズ感が違いますが。
「とまあ冗談は置いておいて! ドローン! 一斉爆撃! てぇ~!」
リコリスが黒丸羊に向けて手を勢いよく突き出せば、ドローンたちが黒丸羊を中心とした一帯の爆撃を開始する。ドローンの爆撃に巻き込まれ、何頭もの白丸羊が牧草の上に倒れ込み動かなくなった。
(うん、今ならいけるはず!)
クルルが手にした短弓に矢を番える。
黒丸羊の取り巻く白丸羊は疎らになった。そのうちまだ無事な白丸羊が集まってくるかもしれないが、今なら――。
引き絞った弓から放たれた矢は狙い違わず黒丸羊へと突き刺さり、その体表で鮮やかな花が咲き乱れる。
『ヴェェエエ!!』
その身を苛む幾つもの痛み故か、黒丸羊が声を上げた。
(獲物は狩るもの食べるもの……だから、ごめんね!)
そんなクルルの内心など知ったことではない黒丸羊、彼女にくるりと向き直り一直線に走り出す。
「わわっ、こっち来た!」
避けようとしたクルルだったがそれは僅かに間に合わず――上半身をもふんとした妙に心地良い感触に包まれたと思った瞬間、思い切り弾き飛ばされる。
『ヴェェエエ!』
『『メエエエエ!!!』』
高火力の攻撃にも怯む気配を見せない黒丸羊と、元気な白丸羊たちの暴走が始まった。
●
ぴぴぴぴと独特な音を立てて樹里大魔法が炸裂し、メルーナが放った蛇のようにうねりのたうつ雷撃が丸羊たちへと襲い掛かる。その度に黒丸羊の周りに集まった白丸羊の体が宙を舞い、あるいは感電して地面へと崩れ落ちる。
リコリスが放つ死の凶弾が、射線上の白丸羊たち諸共黒丸羊を撃ち抜く。
しかしながら黒丸羊はまだまだ倒れることなく……こちらが終われば今度はあちら、といった調子で散開したイレギュラーズに向けて突進を繰り返し、それに従う白丸羊も徐々に数を減らしながらもイレギュラーズへの攻撃を続けていた。
――メエエエ。
とととと、と駆け寄ってきた白丸羊が可愛らしい鳴き声を上げる。
「……なるほど。おいしそうな鳴き声ですね?」
ボソッと呟く樹里。
「わあ……ほんとふわふわで……、っていけない!」
状況を忘れ思わず手を伸ばしかけたクルルが、慌てたようにブンブンと頭を振った。
黒丸羊の突進も白丸羊の体当たりも(ダメージさえなければ)それはそれは心地良いもので、実際にこの手でもふってみればさぞかし……と思われたがそれを堪能している場合ではない。
「気を取り直そー……」
自身の頬を両手で挟むようにしてバシバシ叩き、改めて気合を入れ直すクルル。
「確かに、冗談を言っている場合でもありませんね?」
七割くらいは本気なのですが……という心の声は置いておき、樹里も応じる。
「とはいえやる事は一つです。つまり――」
構えた長銃から自分の魔力を撃ち出しながら続ける樹里。
「力尽きるまで黒羊さんに向かってぶっぱです」
「ですね!」
ぽすん、と体に当たる白丸羊のふんわりとした感触を振り払い、クルルもまた短弓に番えた矢を発射した。
ぽすん。どすん。
メーコの鐘の音に囚われた白丸羊たちが、彼女に次々と体当たりしていく。
威力そのものは大したものではない。一度や二度ならば、ふわふわとした毛皮の感触を楽しむ余裕もある。しかしそれを何度も、立て続けに受け続けるとなると……。
(久々の羊さんのもふもふ……でもちょっと大変かもですめぇ)
自身の傷を癒しながら、心の中で呟くメーコ。羊のじゃれつきは慣れたものという言葉に嘘はないが、黒丸羊の影響で強化されていることもあってここまでくると流石につらい。
おまけに――。
「あっ、そっちいっちゃダメですめぇ」
鐘の音がもたらす怒りから解放されメーコの側を離れようとする白丸羊たちにも対応しなければならぬ。
「その子は任せて」
メーコのサポートを買ってでたリョウが、彼女の群れからはぐれた白丸羊に当て身を喰らわせ地面に沈める。
「……キリがないわね」
思わず呟くリョウに、メーコが返す。
「黒羊さんが倒れるまでの我慢ですめぇ。頑張りましょうめぇ」
常に攻撃に晒されているメーコに言われて、奮起しないリョウではない。
「そうね、それまで頑張りましょう」
●
「見た目に反して以外と頑丈だったのね……」
なかなか倒れない黒丸羊を、メルーナが睨みつけた。
白丸羊を集め続けたメーコの足がついに止まった。全力で射撃を行っていた樹里もまた、最後の一射を放った直後に白丸羊の体当たりを受け膝をつく。
しかし、黒丸羊とてその身に蓄積されたダメージは相当なはず……黒丸羊に狙いを定め、手にしたアサルトブーケに魔力を込める。
「アンタもいい加減、倒れなさい……よ!」
メルーナが放ったマジックミサイルが黒丸羊を直撃し、その体を大きく揺らした。
「ちゃーんす!」
駆け出すリコリス。
(やっぱり狼だもの、羊がいたら走って噛みつきにいかないとね!)
文字通り噛みつかんばかりの勢いで黒丸羊に飛び掛かると、黒丸羊の喉元にゼロ距離からの魔射をお見舞いし即座に仲間の射線外へと離脱する。
『ギュエェェ!!』
黒丸羊が身を捩り、悲鳴のような声で咆哮する。それに交じって、きゅいんきゅいんと何かのモーターのような音がした。
音の出どころはアルヤン。顔(?)のプロペラが高速回転し、その魔力と電力を練り上げる。
徐々に高まるプロペラ音――開けた射線の先にいるのは、痛みに悶える黒丸羊。
――どかーん!!!
我が身が傷つくことさえ厭わない破壊と貫通に特化した魔砲が轟音と共に打ち出され、黒丸羊の巨体を貫く。
『ヴェ……』
暴れるように悶えていた黒丸羊の動きがぴたりと止まる。
数秒の後、黒丸羊は大きな音を立てて地面に横倒しになり――そしてそのまま、動かなくなった。
……メェ?
メェー。
メェ♪
その後、幾人かのイレギュラーズが正気に戻った白丸羊にもみくちゃされたのは……また別のお話。
●
「お肉です」
黒丸羊を倒すために散っていった尊い犠牲に祈りを捧げていた樹里がくるりと向き直り言った。
「そうね、犠牲になった羊たちは、せめてちゃんと食べてあげないとね」
キリっとした表情でメルーナが同意する。
「羊肉はやっぱり血の滴る生が一番だよ! そうそう、内臓が特に美味しくってね~……」
そんなことを言いながらいの一番に用意された丸羊肉に駆け寄ったリコリスの表情がほんの僅かに曇った。
理由は簡単、用意された丸羊肉がきっちり下処理されたものだったからである。
「流石に死んだ丸羊をそのままお出しする、というわけには……」
申し訳なさげに告げるヘルマン。がっくりと肩を落としたリコリスだったが、次の瞬間聞こえてきたじゅうじゅうという音にばっと顔を上げた。
「え? 焼くの? 何そのタレ美味しそう!」
肉の焼ける匂いと、甘辛いタレの香りにフードの中の赤い目がキラキラと輝く。
「私はシンプルに、チョップのステーキが良いわ。あんまり焼き過ぎない程度にしておいてね、臭い取りも程々で大丈夫よ」
「わたしもラムチョップが食べたいな」
メルーナとリョウの要望に、ヘルマンが笑って頷く。
「私はシチューを頂けますか?」
「はいはい、少々お待ちを」
「あ、お手伝いするっすよー」
シチューを取り分けるヘルマンにアルヤンが声を掛ける。
「いやー、自分料理できないんすよねー。いや、扇風機だからじゃなくて、苦手なんすよー」
言いながらシチュー鍋をかき混ぜるアルヤンに、ヘルマンは少々不思議そうな視線を向ける。
「あ、自分もちゃんと食べるっすよー。こう、口からー」
アルヤンがファンカバーをかぱりと開けて見せると、ヘルマンは驚いたように目を丸くした。
「お肉はじっくり煮込むほどやわらかく味が染みるといいます」
一方、取り分けられたシチューを受け取った樹里はその器に顔を近づけシチューの香りを堪能していた。
「なので、このシチューは絶品間違いなしです」
言い切ってまず一口――そしてふにゃん、と顔を幸せそうに緩ませる。
「ふふ、思った通り柔らかで美味しいわ」
「この風味がたまらないのよね」
いい感じに焼きあがったラムチョップを堪能するのはメルーナとリョウ。
(焼肉、シチュー、どっちにするか迷っちゃうね)
どちらも美味しそうでどちらも捨てがたい。迷ったクルルが出した結論は。
(……両方いっちゃおうカナ?!)
一人頷き行動を開始するクルル。
「お肉はいくらでも入っちゃうよ、なんてったって肉食系女子だからね……!」
「ボクだって負けないよ!」
クルルと共に、リコリスが彼女にとって未知の料理に手を伸ばす。
「羊のお肉といえば、アヒージョも美味しくておすすめですめぇ」
温かい料理に舌鼓を打ちながら、ヘルマンにおすすめの調理法を紹介するメーコ。
「アヒージョ、ですか」
「オリーブの香りと程よい辛さで独特の臭みを抑えつつジューシーな風味が楽しめますめぇ」
続けるメーコをじっと見つめるヘルマン。
「……えぇと、メーコも羊ですけど……メーコは食べられませんめぇ……」
メーコが困ったように呟くと、ヘルマンが慌てたように手を振った。
「い、いえそうではなく! その、お体のほうは大丈夫かと思いまして……」
戦闘中ずっと白丸羊を集め続けたメーコの怪我は、思いのほか深かった。
「大丈夫ですめぇ。しばらく休めば回復しますめぇ」
メーコがそう答えると、ヘルマンは安心したように息を吐く。
「あの、おかわりしてもいいですか?」
「美味しい~。あ、そっちも食べる!!」
「どうぞどうぞ、まだまだありますから一杯食べてくださいね」
「ところでマトンのスープカレーというのはご存じだろうか」
わいわいと、楽しく美味しい時間が過ぎていく――。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
皆様のおかげで黒丸羊は討伐され、白丸羊たちはただの丸羊へと戻りました。
幸い毛皮への損害も無事な白丸羊でカバーできる程度に収まり、ヘルマンさんも胸をなでおろしてイレギュラーズに感謝しているようです。
MVPは戦闘中多くの白丸羊を集め続けた『優しい夢』メーコ・メープル(p3p008206)さんに。
ご参加ありがとうございました。
ご縁がありましたら、またよろしくお願い致します。
GMコメント
乾ねこです。
幻想の片田舎、名もなき(?)小さな地方領主からの依頼です。
依頼理由は「毛皮が手に入らないのは嫌」という割と我儘なものですが、結果的にオープニングに出てきた丸羊飼いの男性も助かります。……助けてください。
ちなみに丸羊飼いの男性の名前は「ヘルマン」さんです。
●成功条件
黒い丸羊(モンスター)を討伐する
●地形
なだらかな丘に囲まれた牧草地。
この地域限定で飼育されている丸羊の放牧地で、所々に干し草が積んでありますが基本的には見晴らしがよく戦いやすい場所です。
●敵の情報
モンスターと思われる黒く大きな丸羊(っぽいもの)と、それに影響されて凶暴化した普通の白い丸羊の群れが相手です。
黒い丸羊を攻撃しようとすると白い丸羊たちが妨害、攻撃してきます。
極上の毛皮のせいで攻撃があたると痛いのに気持ちいいらしいです。当然ですがダメージはしっかり入ります。
・黒丸羊(1体)
突如現れ丸羊の群れを掌握してしまったモンスター。
色以外は丸羊と同じようなフォルムをしていますが、サイズが一回り以上違います。
打たれ強く攻撃力もあり、「突進」(物遠列)や「頭突き」(物近単)といった攻撃のほか「鳴き声(ダメージあり)」(神自域)で「敵」を攻撃、魅了しようとしたりします。
ふわふわもふもふです。
・白丸羊(たくさん)
放牧地で飼育されていた体長1mほどの丸くてふわふわころころの羊。黒丸羊の影響を受けて凶暴化しています。
能力も向上していますが、もとはただの家畜なので単体であればイレギュラーズが苦戦するほどではありません。ただ、とにかく数が多いです。
主な攻撃は「体当たり」(物中単)。たまに「鳴き声(ダメージなし)」(神自範)で「自分と黒丸羊以外」を魅了しようとします。
黒丸羊を倒せば大人しいただの丸羊に戻るので、全頭倒す必要はありません。
最終的に食肉になるため(爆発四散したとかでもない限り)生死は問わないそうですが、依頼理由の手前「毛皮の状態は良いほうが望ましい」そうです。
ふわふわもふもふです。
●試食会という名のおもてなし
無事依頼を成功させれば、ヘルマンさんが丸羊料理を振舞ってくれます。ヘルマンさんは絶賛してますが、ようは「とても美味しいラム肉」だと思っていただければ……羊なので。
ごくシンプルな「焼肉」と温かい「シチュー(アイリッシュシチュー的なもの)」を用意するつもりのようです。
プレイング内にご希望の料理があればさらっと用意されるかもしれません。
また、食べるだけでなく新しいレシピの提案も喜ばれそうです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、皆様のご参加お待ちしております。
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