シナリオ詳細
万有引力は逃避行を赦さない
オープニング
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「ねえ、もしも――」
彼女は、唇を震わせた。煌々と照らす月がその表情さえ隠してしまう。
金の髪は目映く光を受け止める。表情は、見えない。のっぺりと影が伸びている。
ぱしゃり、と音がした。
足下に倒れ伏していた男の姿に息を飲む。もう、その命は潰えた。心臓は鼓動を刻まない。
時計の針の擦れる音に合わせるように、雲が揺れている。彼女の事を覆い隠すように。
そこから先のことは、何も覚えてない。
彼女が最後に、言った言葉だけを覚えてる。
ねえ、もしも――もしも、私が人殺しだったら、貴方は私と逃げてくれる?
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人が死んだ、という情報は瞬く間にスラムに広がった。一本向こうに行けば平凡に暮らす奴等が居る事に反吐が出るなんて言ってられない。陰に潜むように生きてきた筈なのに、今は注目の的なのだ。
殺されたのはこの辺りの『シマ』をシメていた男だった。明るい茶髪の、旅人の男だった。腕が4本あるだとかで喧嘩が強く、元々の世界では治政に携わっていたとか言うブレーンを生かして一躍人気だった。頭が良くて喧嘩も強くて心優しくて、孤児にもメシを恵んでくれる最高の親分。
でも、彼は死んだ。殺された。
荒れていたこのスラムに少しだけ訪れた平和が一気に薄れる気がした。
誰が殺した、と大人達はすすり泣いた。どうして、と子供達も泣いていた。
僕は――僕は、彼が殺されていた現場に倒れていたのだという。彼の血の中で頭を殴られて倒れていたそうだ。
犯人を見ていないか、と聞かれた。どうしてそんなことになったか分からないか、と聞かれた。
分からない。
分からない、けど――あの時、『笑っていた気がする』幼なじみのことが忘れられなかった。
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「殺人事件の調査をして欲しいのだそうです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はそう言った。ローレットのコルクボードに乱雑に貼り付けられていた羊皮紙を毟り取るようにしてから、中身を見て息をつく。
「ちょっとめんどくさいかもなのです」
彼女がそう言うのだから、そうなのだろう。天真爛漫で心優しい彼女は一応とでも云う用にワンクッション挟んだのだろう。どのような仕事であれど斡旋するのがローレットではあるが、その内容を選べるのも良いところだ。
殺人事件というのはローレットが拠点を置く幻想王国――の、スラム街で発生したそうだ。最近、そのスラム一体をシメている男が居たらしい。アレックスと名乗っていたというが、偽名であろうとユリーカは推測している。
四本の腕と『嘗て王であった』という経歴を語った彼は喧嘩の強さとその頭脳を生かしてスラムでの生活を劇的に改善したそうだ。それ故に慕うものは多く、力での制圧ではないことでスラムの治安が一気に良くなったという情報をユリーカは得ていた。
しかし、殺された。アレックスは呆気もなく、抵抗したそぶりもなく死んでいたという。
そして、その現場には後頭部を鈍器のようなもので殴られて気を失って倒れていたというレオという孤児の少年がいた。彼はアレックスが殺された場面も見ていなければ、そこに倒れていた理由さえ分からないのだという。その彼こそが、依頼人だ。
「レオさんはアレックスさんが殺された理由を探しているらしいのです。それから、唯一覚えていて、『アレックスさん殺しの犯人』として追われて居るシェリーという幼なじみが犯人なのかどうかを知りたいと……」
「もしも、犯人だったなら?」
ユリーカに聞いたイレギュラーズはその後に出てくる言葉を予見していただろう。
「アレックスさんを殺した罪を……償わせて欲しい、と」
つまりは――殺せ、という。
幼い子供達にとって死の報復は死だ。それに、彼女が『罪を認めて元の場所に戻った』としても待ち受けるのは『報復』だけなのだ。
幼い少女を殺さねばならないのか、と息を飲むものも居た。しかし、ユリーカは声を潜めてイレギュラーズへと囁いた。
「……殺す方法は二つ。本当に殺すか、その存在を殺すか。
これを選んでもいいらしいのです。依頼人は幼い子供です。だから――だから、シェリーが生きていてくれるなら」
どうやって生きていくかなんて、誰も考えつかない、けれど――そうであればと願ってしまうのだ。
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「シェリー、アレックスは?」
「死んだんでしょ。いいじゃん、別にさ……あたしはアレックスのこと好きじゃなかったよ」
「どうして? アレックス、良い奴じゃん」
「……どう、かな。まあ、レオはそう感じるのかもね」
「シェリー、何かあったの?」
「……まあ、ね。うん、レオは知らなくていいんだよ。大丈夫」
「夜、アレックスの所に出てってさ、それから何時も帰ってこないじゃん」
「……気にしないで」
笑ったその顔の寂しさに――何か秘密が隠されている気がして、酷く、恐ろしかった。
- 万有引力は逃避行を赦さない完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年12月14日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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それは蒼褪めた月の夜であったように思う。
けれど、もう――覚えてなどいないから。忘れていたかったから。
だから――あなたのためなら、其れで良かった。
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ローレットへと『詳細な背景情報』のない依頼が舞い込んだのは幼い子供が持ち込んだ一件だったのだろう。その結末と詳細について思うのは十人十色の背景だ。
不幸は世界に溢れていて。貧困の中で喘ぎ、苦しみそれしか知らず死ぬものは多い。幾ら努力をしても底辺より這い上がる事は出来ない儘である者が居る事を『初日吊り候補』セリア=ファンベル(p3p004040)は知っていた。
「……でも、目の前の人位助けたいよね」
呟く言葉に、返す言葉はなく。唇を震わせて『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)は目を伏せる。眠たげな雷の色の瞳はすう、と細められ、思考を巡らせたままに息を吐いた。
「……色々と、考えてしまう事件だね。
出来る事なら……なるべくみんなが笑顔で終われるといいんだけど」
それが難しい事である事を誰もが分かっていた。世界は不条理と理不尽が色どり、描き続けているだけなのだから。シェリーと呼ばれた少女がどうしてアレックスを殺したか――その推理も推論も『情報があまりに少なく』誰が犯人かを断定できない状況でも、スラムの人々は『実行犯』の存在を求めたのだろう。それが、こころの安寧に繋がる事を『星飾り』ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)は知っている。『下らない安寧と安心』には誰かの犠牲が付き物なのだ。
(例えば――アレな現場を見ちゃったレオがアレックス殺るが反撃もされて記憶飛んでる……的な?
それで結果的に救われたシェリーは言うに癒えず、濡れ衣着ようとしてるとか……)
少女と、男。そこから導き出された事件の糸口。『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はもしもそうならば『暴くのも気が引ける』とげんなりと肩を落とした。
「……まあ、どうしたことなんだろうか、ってのは何となくは予想は付くさ。
特に、シェリーが俺達を見る『目』で推測が真実たり得るかどうかを判断できてしまうだろうな」
呟いた『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)に夏子は渋い顔をした。複数人が関係し――それも、一人の命が失われた後であると思えばこそ、事は慎重に運ぼうと『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)は準備を整える。シェリーと呼ばれた娘は此の儘、この薄汚れた地に残ったならば『最悪のパターン』の最期を迎える事など想像に付いている。
「シェリー嬢をこのスラムから消しましょう」
出来れば傷を付けずに。そう告げた瑠璃に『ローゼニアの騎士』イルリカ・アルマ・ローゼニア(p3p008338)は凜と桜の色の淡い眸に強い色を湛えて云った。
「皆のやることに協力する。だから出来れば私のやることにも協力して」
それは少女を救うための道筋だった。イルリカの真摯な眸を受けて、イレギュラーズは鬱屈としたスラムの中へと進む決心をした。まるで引き合うように、少年と少女が一つの殺人事件の前に辿り着いた。いのちの価値など、人それぞれ。少なくとも『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)にとって他者の命などストレス発散のためのサンドバッグと同時であって。
(最近、人を殺せて無くてストレスが堪ってるの。皆は優しいから、殺さないことを選ぶのだもの。
絶対殺さなくっちゃ為らない、なら、相手が強いことが多いのだから。わたしは弱くて戦意も薄いヤツを一方的にぶち殺したいのよ。――危ない目に合うのは嫌だから)
心の中に渦巻いたのは少女にとってのあたりまえ。揺らいだ金の髪を煽った風は彼女の視線を荒廃したスラムへと向けた。
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平和というのは色々と考えさせられる。平和とは何か。当たり前のようにケーキの上には苺とホイップクリームが準備されていて、灯りの付いた部屋で食べる其れが選ばれし者の幸福だと言われるならば、そうなのかもしれないと夏子は頷いた。
アレックスの亡骸を見つけることは叶わない。彼はこの地では大層好かれていたのだという。レオと名乗った少年と共にシェリーの元へ向かう手筈を整える雷華は小さく溜息を吐く。レオは何も知らないのだという。ただ、自身が溺れた血溜まりがレオのものであったことを、微笑んだシェリーが自身の罪を認めるように笑みを浮かべていたことを。
レオはそれが頭にこびり付いて恐ろしいというように身を屈める。怯え、竦むようなその背中にラグラは静かに声掛ける。
「レオくん、シェリーちゃんはどこにいるんですか? スラムの人達は知らないんでしょう」
眸の色彩は変わらずに、褪めた声音が降れば少年は「今は、シェリーを匿ってるんだ。秘密基地に」とラグラを見上げる。スラムの人間達はあまり郊外に出ることはしない。下手に貴族の怒りに触れることなどが恐ろしいからだ。幼こころをで秘密基地を作った少年が少女をそこに匿ったというならば。
「レオ君はシェリーちゃんを信じてるんですね」
「……ともだち、だから」
少年に「へえ」と呟いた後、ラグラは『情報収集』をしてきますと歩み出した。此の儘何も知らずに、其の儘で総てを終えたならば屹度、心は後で不安を湛える。ラグラがそうして調べる事を選んだのは雷華にとっても渡りに船であった。
「今回のことは、シェリーが犯人じゃないかもしれないし……犯人だったとしても、事故だったり事情があったりすると思う。
全部を聞いた後に改めて……シェリーをどうしたいか、レオ――あなたはどうしたいのかを聞きたい。どんな結論になっても……わたしはそれを手伝うよ」
「人を、殺しても?」
レオの無垢な眸にラグラは「はあ」と呆れたように声を漏らした。少年は歪んだ倫理観を胸に抱いている。そのこころが幼く、そして生育環境がそうしたのかも知れないが――少なくとも、『まだ』教えることが出来る筈だ。
「理由なく人を殺すのは変態だけです。
シェリーちゃんがそうだったとは考えにくい、というは前情報からですが。レオ君もそう思いませんか?」
「……」
黙りこくった彼を置いて、ラグラはアレックスとシェリーの関係性を最低限でも確認することを選んだ。スラムなら、倫理と法律のないその場所ならば当たり前のような現実。
それをニコラスは「当たり前で、変えようもなく、今後の変化さえない人間の澱」だと、そう言った。
「何も持たないガキが生きていけるほどこの世界は優しくない。
……だからこそそこから抜けるには幸運と覚悟が必要なんだ。幸運は俺らがいること。ならあとは覚悟を問おう」
そう、シェリーにも、レオにも。無数の覚悟が存在なのだとニコラスは囁いた。時間になったから生きましょうかと進むセリアは背後で足早に走り寄るスラムの住民達を振り返る。
「……追ってきたみたい」
目を細めて、不安げに。瑠璃はスラムの住民達が告げる言葉を知っていた。
――シェリーという女のガキを知らないか。
「知りません」と端的に答えようとも余所者たる彼女たちがレオと共に居る事は怪しくて。
「知ってるだろ!?」
「知らないよ」と微笑んだ夏子を見てぎょう、と目を剥いた男達。幻想王国では名を馳せた青年は「俺の事知ってるの? 嬉しいなぁ。じゃ解るかな? 余計な事しちゃダメよ?」とにんまりと笑みを浮かべる。
「……余計じゃない.俺達の権利だろ?」
「いいえ、いいえ。この件はわたしたちが預かるわ。だから、帰りなさい。
……あなたたちを殺したくって仕方ない人も居るのよ。生きているウチに逃げて」
これは警告だと足下へ向けて光を放つセリアはレオに「あなたの未来かもね」と囁いた。
シェリーの元へ行くのに付いてこられては困る。故に、イルリカは『保身』の為に武器を握る。
「自分の身を守るためならば、当たり前のこと」
じり、と後退した男。幾人かは慌てて逃げ果せる。人を殺す事を厭わずとも殺されることを怖れる彼等を見送れば、納得出来る筈もないと云わんばかりに男が一人飛び込んだ。
「――言ったじゃない。『殺したい人が居る』って。
聞いていなかったの? 『わたしたち』はシェリーを殺しに行かなくちゃならないの。
これは私達の仕事。あなた達に殺されたら成功とは言えないわ。なら、最も簡単なことは何かわかる?」
殺す事よ、と微笑んだメリーへナイフが投げ付けられる。頬をざくりと裂いて赤い血が滴り落ちた。
「痛い」と奏でた唇に僅かな苛立ちが滲む。良い子でいるのは難しい。苦痛なき攻撃が男を捕えた。呻いた男は反撃の姿勢を見せただろうか。彼の命が失われるのも時間の問題か――メリーは茫と考えた。
(わたしはこいつらを殺したいけれど、簡単には殺させてくれないのね。なんて、面倒くさい)
レオを連れ、道中を急ぐイレギュラーズ。脅しに逃げ果せたスラムの住民の幾人かを目で見送ってから、吹いた暖かい風が人の命をひとつ奪った事を知った。
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「皆、逃げてったよ」
レオの囁く声に、ひみつきちのなかから頭をだした少女は警戒する様にイレギュラーズを睨め付けた。その場所へ至るまでに、追い縋ったスラム住民は『イレギュラーズが彼女を殺すために遣ってきた』事を認識しただろうと瑠璃は考えた。何よりも、其れを邪魔立てするならば命を奪うと告げた事は彼等にとっても恐ろしい事であったか。
「シェリー嬢で良いですか?」
「……ええ」
頷き、顔を出した彼女は美しいかんばせを泥で汚していた。大人の男が近づくと気になるだろうかと、夏子とニコラスはレオを傍に呼び、声の聞こえる所で、と待機を行うこととした。
「君に言い難い事があるかも知れない。だけど、聞いといた方が良い……かも知れない」
見上げるレオにニコラスは鋭い眼光で彼を睨め付ける。それは彼のこれからを問う重要なことだ。
「このままではレオがシェリーの内通者と思われ危険な目に遭う可能性がある。
そして本当にシェリーが隠している真実を知りたいのか、だ。お前とシェリーは幼馴染みだ。その幼馴染みが隠した理由を知った上で知りたいのか。それを知ってどうするつもりなのか」
威圧的なその空気に怯えるレオは肩を竦ませてから震える声で「シェリーのことを、ほんとうはたすけたかった」と呟いた。たどたどしい、その言葉。メリーは、彼と会ったときに「あなたのことは仕事に含まれていないから」と護衛を行うことは拒絶した。
そうだ、此の儘ならシェリーの内通者となる自分がいる。だから、レオは――降り掛かった火の粉から逃れるように『シェリーが犯人で、其れを殺した自分』を用意したかったのかも知れないと。気付いた少年は夏子に縋り付いて泣いた。
「……いきていて、ほしい」
秘密基地の中で、シェリーと呼ばれた娘はイレギュラーズを見詰めていた。泥塗れた顔を隠すように目深にフードを被り直した彼女へと瑠璃は静かに声を掛ける。
「このスラムではもう生活できません。今のあなたは殺人犯として追われていますから。
察しているでしょうが、此処を出るなら死を装い、死んだとして別の場所に向かわねば為りません」
「……どういう意味? それは、あなたたちが助けてくれるって事?」
聡い娘の言葉に雷華は「出来ることなら」と言葉を紡ぐ。それでも、総ての事柄に彼女の――シェリーと呼ばれた一人のむすめの決心が必要である事を知っているから。
「生きたいなら……此処を出て欲しい。けど、死にたいなら……。だから、選んで欲しい。
何があったのかは推測しか出来ないけど……もし、まだ生きたい気持ちがあるなら、力を貸してくれるみんなの事……信じてあげてほしいな」
「……死にたがる人は、いないわ」
此処まで来て、逃げているのだからと呟いたシェリーの瞳を覗き込んだ後、セリアは「シェリー」と優しくその名を呼んだ。
「答えなくてもいいわ。ただ違ってたら言って。
シェリーはアレックスに日常的におもちゃにされ、食事を与えないなどと脅され従っていた。
事件の日、現場を目撃したレオが激高してアレックスに深手を負わせ……シェリーはレオを殴って気絶させ、レオはショックで一部の記憶を忘れた。最終的な死因がレオかシェリーか分からないけど。どう、かしら?」
「……」
沈黙は、肯定の一つ。
セリアは物陰で聞いているレオが僅かに動いた事に気がついた。ニコラスがレオの口を押さえ、叫び打算とする声をごくりと飲み干させる。夏子は昏いかんばせに僅かな中予を湛えた。
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生きるためには、理由が沢山必要で。死ぬには、あっけなさしか付き纏わない。
メリーは其れを識っていた。ならば、レオが『自分の保身のため』にシェリーを殺す依頼をしたのだとしても、それはそれで構わぬとさえ思って居た。簡単に殺せば良い。それだけだ。幼い少女一人くらいならば動作もないことだから――
だから、簡単になくなる命を思えばこそ、それが愛おしいと願うようにイルリカは目を伏せる。
「色々な選択肢がある。けど、これも選択肢の一つ。
私の信者になって。――これでも、神様なの。
領地もあるから衣食住は心配しないで。ちょっと遠いけど……。
あなたが祈れば私は変われる。あなたが願えば私は叶える。誰かの声を聞き届けることが、今の私に必要なの」
神様だから、とイルリカの告げたその言葉にシェリーは「選択肢」と呟いた。
「ええ。情報屋を頼って幻想の孤児院に行くことも出来るし、不安なら私の領地に来ても良いわ。
それから、国を出て馬車で長旅で練達や海洋に行くのだって構わないわ。勿論、信者になって祈り過ごすのも良いかもしれない」
どれだって選ぶことが出来るからとセリアは微笑んだ。どうして、見知らぬ『人殺し』にそんなにも配慮をするのか。少女が呟く言葉にラグラは「勘違いしないで」と言った。
「私は何も気にかけない。私は二人が死んでも構いません。生きるのも構いません」
生きたいのなら誰かの手を取れば良い。生きたいのかどうかわからないのか。
レオとてそうだ。彼女に、生きて欲しいと願うならば――レオが叫ばなくてはならない。
「生きて欲しいと願う人に応えて生きるのと、背いて死ぬの。どっちが楽なんだろ。……ねえシェリーちゃん。本当にどっちでもいいの?」
ラグラはゆっくりと振り返る。物陰から顔を出した少年を連れたニコラスと夏子は不安げにシェリーを見遣る。怯えの色に、アレックスの姿が重なったように唇が戦慄いている。
「……ねえレオ君。
私たちはこの子を生かす事も殺す事も出来ますが、本当の意味で救えるのは誰なんでしょうね」
「……でも、」
レオは、何も知らず、何も持たず、何も救えない少年は夏子とニコラスを見上げた。
「『死ぬなら苦しまずに、出来れば生き延びて欲しい』だっけ?
他人事みたいに言うじゃん。……子供だから仕方ないし、事実だろうけど……良いのか?」
彼女は覚悟した。夏子と、ラグラの眸がレオを見ている。
「彼女と一緒に生く、って選択は無いのかい」
誰が本当に救えるか――なんて、分からない。少年の背を押した夏子は「後悔しない選択を」と囁いた。
ふらり、と歩き出す少年の前でイルリカはそうと手を差し伸べる。
「折れず、運命と戦ったあなたが欲しい――私と一緒に来て。シェリー」
少女は震える指先をそう、と重ねた後。イルリカを見上げた。その眸は揺らぎ、不安と混ざり込んだ色彩をしている。
「神様を信じることは、できないかもしれない。けれど、わたしは、いきていたいです」
「シェリー」
レオの声に、少女は曖昧に微笑んだ。
「レオが、大きくなったら。わたしを迎えに来てくれる?」
「……わるいことをしたのは、おれで、償うのは」
「……わたしも共犯者。同情してくれる人が居ても、わたし達が悪いから」
でしょう、と見上げた先の瑠璃が緩やかに頷いた。これが不幸の縮図なら、悪くはないと言ってやれるのだろうか。唇を噛んだニコラスは「生きていくんだな」と呼び掛ける。
「うん。生きていくために、殺してください」
――ニコラスと瑠璃はスラムの真ん中で、少女を捕え、殺したのだと知らしめた。美しい光の下に、少女の姿はなく、血に濡れた衣服だけが残されていたという。
馬車に乗り、心地の決して良くない道を行く少年は「本当に良かったの」とラグラへと問い掛けた。
「別に、残っていたらシェリーちゃんとの約束を果たせないだけですし」
自身の領地で彼を一時的には匿うことを決めたラグラは「いい女ですね、シェリーちゃん」と囁いた。意気地なしの少年よりも肝の据わった堂々とした娘。
イルリカの信者になる事はできないと頭を下げたシェリーはセリアが出した選択肢の中で、幻想の孤児院へと移動した後、『身支度』を調えたら彼女の領地へ移ることを選んだらしい。今度はしっかりとした護身の術を身に付けると微笑んだ少女は逃避行を止めて、気丈に生きていくことを選んだのだ。
ねえ、もしも――もしも、私が人殺しだったら、貴方は私と逃げてくれる?
今度は、こう答えられるだろうか。
うん、一緒に逃げよう。ふたりで。償うために、どうすればいいかを考えよう、と。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加有難う御座いました。
MVPは沢山の選択肢と説得を下さった貴女様へとお送りします。
シェリーはセリアさんの領地へ、レオはラグラさんの領地にお邪魔することを決めたようです。
罪を償うための、勉強を、それから、力を身につけて二度と悲しまない人が出ないように。
また、ご縁がございましたら。
宜しくお願い致します。
GMコメント
日下部あやめです。
●達成条件:『シェリーの殺害』
その『死亡』の意味はお任せいたします。スラムからシェリーが消えれば良いのです。
意味によっては困難を極めるでしょう。
●スラム街
アレックスが治めていた一帯。幻想王国のスラム街です。
最近は彼が殺された噂で持ちきりです。シェリーは郊外に身を隠しているようです。
何故か、彼女が街を歩けばアレックス殺しの容疑で直ぐに殺害されてしまうからです。
●スラム街の住人*10
シェリーを追って郊外に向かう住民達です。スラムの住民なので手を上げようとも皆さんは何の悪事にも該当しません。殺さない程度に痛めつければ怯え帰ります。
放置していればシェリーと内通者扱いされるレオ共々、リンチに合って殺されるでしょう。
但し、『弱者を痛めつける事をあからさまに行う』事を大々的にアピールする場合はプレイングの最後に【悪】とご記載下さい。成功時は悪名声を付与させて頂きます。
(こっそりと行った場合や顔を隠した場合は通常の名声を付与します)
●シェリー
孤児。金の髪、鮮やかな青い瞳。見目麗しい、けれど、幸の薄い。女の子。
アレックスを殺した殺害犯として噂されています。レオは信じられない、シェリーはそんなことしないと言っています。
ですが、シェリーは「あたしだったらどうする?」と問うことしかしません。
どうやら、『殺したことは本当』ですが『その殺すに至った理由』が存在するようです。
その理由を幼馴染み(レオ)には知られたくないためにはぐらかし続けているようです。
彼女は皆さんの選択を受入れます。どうせ、戻っても殺されてしまうからです。
ただ、逃げる道に関しては言うでしょう。「力も無いただのガキは、何処に行ったって冬を越せず死ぬだけだ。どうすればいい?」と。
●レオ
正義感の強い少年。彼は『あまりアテにはならない協力者』です。
アレックスの血の海で倒れていました。周囲の人々は彼も被害者の一人と認識しています。
シェリーが犯人であるか、犯人でないかは分かりませんが、スラムに戻って暴行で死んでしまうなら苦しまずに死んで欲しい。出来れば、生き延びて欲しい、そう願っています。
●アレックス
旅人の青年。スラムを治めていたらしい故人。
その実力で周囲の人間は彼を好いていましたが、シェリーだけは「クズヤロウ」「サイテー」と云う事もありました(それでもジャレているだけだと認識されていたようですが……)
彼は抵抗した素振り無く殺されていたそうです。幼い子供が馬乗りになって殺したかのような痕跡も残されています。その状況からシェリーが犯人であろうと推測されます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
どうぞ、宜しくお願いします。
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