PandoraPartyProject

シナリオ詳細

羽よ背中に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●鳥かごの夢
「今日はスモーキィ・アクアな空ね。少し厭な気持ちになってしまうわ」
 『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)がそう告げ、ギルド・ローレットを訪れたイレギュラーズ達に会釈する。
「さっそくだけれど、新しい依頼よ。依頼人は、幻想東方の貴族。ヴァルティスタ家のご子息――。あとは、あなたの口から説明してもらおうかしらね?」
 声に呼応するように、プルーの傍らに立っていたフード姿の二人が、目深に被っていた暗色のフードを脱いだ。
 ひとりは、プルーよりも背の高い青年。
 ひとりは、プルーよりも背の低い娘。
 そろって一礼すると、青年が口をひらく。
「お初お目にかかる、イレギュラーズ諸氏。僕はユリエフ・ヴァルティスタ。こちらの女性は、ロミナという」
 声に応えるよう娘が膝を折り、イレギュラーズ達に挨拶をする。
 線の細いうつくしい娘だが、青年に比べると質素な身なりで、明らかに身分違いとわかる。
 青年は一同を見渡した後、娘の手をしっかりと握りしめ、よく通る声で、言った。
「僕は、ロミナと駆け落ちをしようと思っている。そのために、屋敷を抜け出してローレットへ来たんだ」

 青年――ユリエフ・ヴァルティスタの一族は、幻想東方、最大派閥であるフィッツバルディ派に属している。
 現当主はユリエフの父親が務め、『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディ大公爵の息のかかった議員として、幻想元老院(貴族院)に参画しているという。
「父は切れ者ではあるけれど、悪名高いことでも有名でね。民を省みず、私欲に走り、私財を増やすことに余念がない」
 貴族として生まれたユリエフは、生まれてこの方、暮らしに不自由をしたことがない。
 けれどそれは、力なきだれかを踏みにじってきたからだと理解しており、かといって体制を変える力などない己の不甲斐なさに、苦悩してきた。

「そんな折、父が言ったのだ。家督は弟に譲り、僕は他貴族の娘と政略結婚をさせる、とね」
「えっ、どうして?」
「ユリエフさんが嫡男なんじゃないの?」
 声をあげたイレギュラーズ達に頷き、「込みいった話になるが」と前置く。
「僕は、父の愛人が産んだ子どもでね。正式な嫡男と認められていない。その点、弟は貴族の父と母の血を受け継いだ純血だ」
 よってユリエフの父親は、正当な貴族の血を引く弟を跡継ぎとし、愛人の子であるユリエフを調略の道具にしようとしているのだ。
「だが僕は、ロミナを愛している。彼女とともに生きていきたい」
 ロミナは貴族ではない。
 ただの町娘であり、花屋の娘である。
 正妻であるヴァルティスタ婦人が、気まぐれに町中の花を買い集めた。
 その時偶然、屋敷に花を届けに来ていたロミナと出会い、言葉交わした。
 ロミナの語る世界は、光に満ちあふれていた。
 ゆえに、ユリエフは彼女と生きようと決めたのだ。

「屋敷を抜け出したことは、もはや父の知るところだろう。一族の汚点となったからには、見つかれば僕もロミナも命はない。……父は、そういう男だ」
 繋いだ娘の手が、小刻みに震えている。
 さきほどから青年が語るに任せているが、先の事を思えばこそ恐ろしく、不安でたまらないのだろう。
 だが不安を抱き、葛藤するのはユリエフも同じだ。
 ――貴族としての務めを放棄するのか。
 ――虐げられている民を見捨て、自分だけが幸せを望んでいいのか。
 それでも、ユリエフは決意新たにイレギュラーズを見渡し、声をはりあげる。
「今の僕に出せるすべての金を、ローレットに預けた。これも、父の汚れた金の一部だ。だが恥を忍んで、頼みたい」
 床に膝をつき、迷うことなく一同へ向かって頭をさげる。
「きみたちに、僕とロミナの命を預ける。お願いだ。僕らを助けてほしい」

 そういうわけでと、見守っていたプルーが説明を引き継ぐ。
「『二人を国境まで送り届ける』のが、今回の仕事よ。目的地は、フィッツバルディ領と陸路で隣接した外国――天義(聖教国ネメシス)との国境。最も成功確率の高い経路は、情報屋の意見を集めて導き出してあるわ」
 ただ問題があると、プルーが一同に地図を手渡しながら、眉根を寄せる。
「採用するルートには、どうしても避けられない3つの難関があるわ。対策を考えて行動しないと、逃げきれないでしょうね」
 逃走するにあたって、第三者を巻きこむことは二人の本意ではない。
 よって場所によっては、一般人の存在などにも気をつける必要がある。
 ローレットを出た瞬間から心して対応してほしいと、プルーは改めて担当者を募った。

GMコメント

こんにちは、西方稔(にしかた・みのる)です。

幻想国内にて。
貴族と町娘の『駆け落ち』を手引きする依頼です。

行動開始のタイミングは、参加者が決定できます。
「朝」「日中」「夜」のいずれかをプレイングでご指定ください。

●依頼達成条件
・ユリエフとロミナの二人を国境まで送り届ける。
 (死亡していなければOK。疲労・怪我の程度は問わない)


●逃走ルート
・情報屋によって、最も成功確率の高い経路が導き出されています。
・以下3地点が難関とされているため、何らかの対策が必要です。
・各地点の警戒度は、時間経過にしたがって上昇します。

【A】ローレット周辺(町中)
   最も警戒度が高く、多数の追っ手が配置されています。
   大通り・裏道に至るまで、ほぼすべての道に兵が展開しています。
   一般人の生活圏内であることも忘れてはいけません。

【B】郊外の検問(町はずれ)
   橋や門など、必ず通らなければならない場所の検問です。
   兵の数は十数名と限られますが、全員、近接系の攻撃を有しています。
   逃走を悟られた場合、振りきることは難しいでしょう。

【C】国境付近(森林)
   天義(聖教国ネメシス)との国境付近です。
   近&遠距離系の攻撃を有した精鋭兵が配置されています。
   逃走者を発見しだい、殺害するつもりで攻撃を仕掛けてきます。


★注意点
第三者への巻きこみ被害を防ぐため、以下を禁止します。
・公共交通機関の利用
・第三者への協力要請(その場にいる人を利用するのはOK)
・著しい破壊行動
・その他、幻想国民に不利益をもたらす行為


●ユリエフとロミナ
 二人への指示は不要です。
 状況を鑑み、重傷などを負わない限り自力で逃走します。
 ただし、ユリエフはロミナに危機が迫った場合、命を投げうつ覚悟でいます。


みなさまのプレイングが突破口を開きます。
行動しなければ、『可能性』さえも生まれません。
どうぞ失敗を恐れず、やってみたいこと、使いたいセリフ等、思うままプレイングにご記載ください。

それでは、よろしくお願いします。

  • 羽よ背中に完了
  • GM名西方稔
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年01月27日 21時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アガル・カルタ(p3p000203)
特異運命座標
ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)
大悪食
ニアライト=オートドール=エクステンション(p3p000361)
主の人形
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
狩金・玖累(p3p001743)
PSIcho
秋嶋 渓(p3p002692)
体育会系魔法少女
クリストファー・フランム(p3p002949)
医者見習い
シレオ・ラウルス(p3p004281)
月下

リプレイ

●第一関門:ローレット周辺(日中)
 昼の幻想大通りを、賑やかな一団が歩いていく。
 先頭を往くのは、極彩色の衣装に身を包んだ道化師と繰り人形――『主の人形』ニアライト=オートドール=エクステンション(p3p000361)。
「吾等、幻想随一の興業一座! お目にかけるは、ほかでは見られぬ妙義の数々である!」
 道化師の操る少女人形(ニアライト自身)がくるりふわりと舞い踊るたびに、通りを往き過ぎる人々が拍手喝采。
 鮮やかな桃色の髪に、羽根つきの大きな帽子をかぶった『特異運命座標』アガル・カルタ(p3p000203)も、
「大道芸に人形芝居。摩訶不思議な力をもった仲間たちが、みんなに楽しいひとときをお届けするよー!」
 風の精霊に力を借りて、白の紙ふぶきを通り中に運んでいく。
 その合間を、白塗りの化粧に仮面をつけた道化2人――今回の依頼人であるユリエフとロミナが、観衆に手を振りながら進む。
 変装を施しているとはいえ、誰かに見咎められるのではと、気が気ではないのだろう。
 時おり不安げな瞳を覗かせる二人へ、
『そうそう! 二人とも、その調子だよー!』
 『以心伝心』のギフトを使い、アガルが心の声で励ましを送り続ける。
 しんがりを務めるのは、フードをかぶった隠者風の男――『漂泊の』伏見 行人(p3p000858)だ。
 ロミナを手招き、その繊細な手のひらの上に、用意していた花の種を持たせる。
「――3、2、1」
 厳かなカウントダウンが過ぎれば次々に種が芽吹き、あっという間に色とりどりの花が咲き乱れていく。
 それを境に、怯えや不安の色が濃かったロミナの口元にも、かすかに笑みがこぼれるようになった。
 緊張の解けたロミナの様子に、ユリエフも安堵したらしい。
 彼女に負けまいと道化になりきり、積極的に場を盛りあげにかかる。
 自称『幻想随一の興業一座』は、彼らの狙い通り、大通じゅうの視線をほしいままにしていた。

 人だかりにまぎれ、後を追い移動するのは『医者見習い』クリストファー・フランム(p3p002949)。
 帽子を目深にかぶった『月下』シレオ・ラウルス(p3p004281)も、騒ぎを物珍しそうに見やる観衆を装い、歩く。
 服の下に触手を隠したヴェノム・カーネイジ(p3p000285)も、子どものふりをして一団を追っていた。
 集団をいぶかった兵が近づこうものなら、
「お人形さん、こっち! こっち向くっす!」
 ニアライトに手を振り、兵の視界からユリエフとロミナを隠すよう、位置取りを変更すべく合図を送る。
(こちらに来ての初仕事。かつての何時かのように、吾の在り方を示させてもらおうか――)
 意を察したニアライトが、トンとかかとを鳴らす。
 すると、近くに居た女児の抱えていたぬいぐるみが身震いし、持ち主の腕からぴょんと飛びだした。
 ぬいぐるみは、女児に向かってうやうやしく一礼。
 それを目にしたほかの子どもたちが、我も我もと、次々に人形やぬいぐるみをさしだして。
 踊る人形たちの輪は幾重にも広がり、近づこうとする兵たちを否応なく遠ざけてく。

 前情報通り、すでに大通り周辺には多くのヴァルティスタ私兵が配置されていた。
 と同時に、昼日中の今の時間帯は人通りがもっとも多く、大道芸を見ようとする人の波は、通りに壁をつくる勢いとなっている。
 ――市民の娯楽をむげに蹴散らせば、貴族の評判に傷がつく。
 まして兵たちは、探している逃亡者が通りのど真ん中にいるなど、想像もしないのだろう。
 逃亡者はこの騒ぎに乗じて裏道を使うのではと、細い道などに配置を割き始めた。
(ここは、うまく乗りきれそうですね)
 一団からやや離れた位置に陣取り、町の兵の動きを俯瞰して見ていた秋嶋 渓(p3p002692)が、安堵の息をこぼして。
 そしらぬ素振りでそばを通過した『PSIchoparty』狩金・玖累(p3p001743)の背を追い、己も歩調を速めた。

●第二関門:郊外の検問(夕刻)
 作戦が功を奏し、町中から町はずれへの移動は、無事完了。
 繰り人形師として最もひと目を集めたニアライトは、念のため門を往き過ぎる地点まで演技を続け、少し後に合流する手はずだ。

 そして、続く難関。
 町と街道を繋ぐ門には、十数名の兵による検問がしかれていた。
 検問を通りすぎても国境まで距離があることを考えれば、できうる限り、この場所も穏便に通過しておきたい。
 ヴェノムは一般人と同様の手続きを経て、先に検問を通り抜け待機していた。
 すこし遅れて、フード付きの外套に荷を背負った行人が、旅人を装い検問を突破する。
『俺も先に行くね。ユリエフ君、ロミナちゃん。不安になった時は、いつでも心の声で俺に呼びかけて』
 アガルも普段着に着替え、旅人の一人として検問へ向かう。
 10メートル以内の距離を維持すれば、ギフト『以心伝心』の効果範囲。
 兵に知られることなく連絡を取ることができる。
「通って良し!」
 先行くアガルの背が、門を抜ける。
 次に兵の前に現れたのは、6人の小集団だった。
(二人とも、凄く勇気ある決断だったと思う。……だからこそ、成功させなきゃ)
 進み出たクリストファーが、己は医者であると身分を明かす。
「……医者? にしては、妙な集団だな」
「彼らは、患者と付き添いです」
「顔が見えん。フードとマスクを外させろ」
 何人かの兵が動き、ユリエフとロミナに手を伸ばそうとした瞬間、
「――さわるな」
 傍に控えていた護衛役の玖累が、するどい一言をはなった。
 『演技』を用いた威圧に、兵の何名かが後ずさる。
「ご容赦ください。これは、厄介な感染症でして」
 クリストファーがうやうやしく一礼し、続ける。
「この方たちは、さる貴族の御兄妹なのです。感染症による高熱にみまわれ、今なお顔が酷く腫れあがっております」
 病状を聞き、一部の兵が距離を置く。
 しかし、検問の責任者と思しき老齢の兵だけは、引こうとしなかった。
「いかに病人とはいえ、やましいことがなければ、顔くらい見せられるであろう」
「年ごろの方々です。噂になれば、お家の評判にも関わりかねません。それゆえ、こうして内密に療養地へと向かっております」
 うつむき、身を縮めるロミナの身体が震えていることに気づき、ユリエフが身を寄せる。
 患者を気遣うふりをして、クリストファーがギフト『心彩眼』を使用。
 目をあわせたユリエフは、赤い、怒りのオーラにとらわれつつあった。
(だめだ。殺気をはなっては――)
 老齢の兵が動こうとした、その時。
「ねえ、これっていつまでかかるの? 早く通してよ」
 いらだちを露わに告げたのは、渓だ。
「キミたちは、私の従者が嘘を言っているとでもいうのかな?」
 『プリンセス』らしい高飛車な視線を投げかければ、シレオも続いてやんごとないオーラで老兵を睨みつける。
「こちとら貴族ぞ? 身内を愚弄するってんなら、相応の咎を受けてもらうが?」
 プレッシャーを受けてなお、老兵は6人の前に立ち続けた。
 おそらく、ヴァルティスタ家に長く仕えた兵であろう。
 貴族の内情については、彼ら以上に熟知しているのかもしれない。
 しかし、それゆえに。
「君、所属と名前を教えてよ。……ああ、勘違いはしないでおくれよ。君の勤勉な働きぶりを、しっかりと上様に報告しないといけないなぁと思っただけだよ」
 『扇動』『言いくるめ』を併せた玖累の弁舌は、老兵をたじろがせるに十分。
 ただでさえ、貴族同士の争いが絶えない幻想(レガド・イルシオン)だ。
 たかだか、『身から出た錆』を捕らえるための検問。
 万が一にも、他家と問題を起こすべきではないと判断した。
「――大変、ご無礼をいたしました」
 老兵が引き下がったのに続き、周囲に居た兵たちも、そろって道を空ける。
「大丈夫か、二人とも」
「さ、行こう」
 シレオと渓が、ユリエフとロミナにそれぞれ付き添うようにして歩き、玖累が兵隊ににらみを利かせた後、4人の背を追って、門を通り抜ける。
 クリストファーは「ご理解とご厚情に感謝を」と、丁寧に謝辞を告げ。
 内心、ほっと胸をなでおろしながら、その場を後にした。

●羽よ背中に
 一行が検問を抜け、兵の眼がない場所で合流を果たしたころには、空のほとんどが藍色に染まっていた。
 ――このまま歩き続ければ、今夜中に天義(聖教国ネメシス)との国境へたどり着くことができる。
 その想いだけが、駆け落ちをした二人の気力を支えているのだろう。
 昼から、ろくに休憩もとらずの強行軍ではあったが。
 イレギュラーズが極力戦闘を避けるべく働いたおかげで、ユリエフとロミナの消耗は少なく、自分たちの足でしっかりと歩き、ついて来る。
 二人はこれまで寄り添いこそすれ、ほとんど会話を交わしていない。
 それでも、事あるごとにユリエフがロミナを励まし、愛情をもって接していたのは、誰の目にも明らかで。
「さて。森も見えてきたし、ここらで別れるか」
 闇に沈みゆく空を仰ぎながら、シレオが提案する。
 ここから先は、『囮』と『本隊』に分かれての行動となる。
 『囮』になるシレオ、渓、玖累、ニアライトの4人にとっては、これが二人との別れになるのだ。
 「お世話になりました」と頭をさげる二人に、
「なに。吾は、人のために創られた人形であるが故に」
 ニアライトに続けて、玖累はというと、
「僕は、ロミナちゃんのために依頼を受けたようなものだからね」
 それからと、ついでのように付け加える。
「ユリエフ君はもっと自分勝手にしなきゃ。貴族としてのしがらみとか、領地の民草の事とか、そんな物ほっぽり出してさ」
「ご忠告、痛み入る」
 ユリエフは苦笑しつつも、「ありがとう」と言い添え、深く頭をさげた。
「俺からも、言わせてくれ」
 シレオに向き直り、ユリエフが頷く。
「父親の性根を知るあんたが居るのと居ないとでは、民の暮らしは違うだろうが。俺はあんたの決断を支持したい。――だが」
 検問のところで、シレオは見ていた。
 あの時、ユリエフが死を覚悟していたことを。
「ユリエフ、あんたロミナを守りたいと思ってるだろう? でも、それだけじゃダメだ。あんたがしなくちゃいけないのは、ロミナを自分の命に代えても守ることじゃない。二人で、生きていくことだ」
 青年は唇を噛みしめ。
 ただ、「肝に銘じる」とだけ、返した。
 シレオは、そんなユリエフの肩をポンと叩き、「達者でな」と背を向ける。

 4つの明かりが、遠ざかっていく。
 ここから先は、残る6人で行動しなければならない。
「行こう。この国の向こうに」
 告げたクリストファーの視線の先には、黒々とした森が広がる。
 ――幻想に。夜が、やってくる。

●最終関門:国境付近(夜)
 森にはなたれた精鋭兵をおびきよせるべく、4人は煌々と明かりを照らし、できるだけ騒がしく、そして全速力で駆け続けた。
「ここからが、『超技巧』の腕の見せどころであろうかの」
 ニアライトは従者人形をユリエフに見立て、己は抱き上げられたロミナとなり、二人の影武者を演出。
 人間さながらの機微のある動きは、暗い森のなかであれば、形代(かたしろ)とはわかるまい。
 夜の森で、よほど目立ったのだろう。
 駆ける4人の周囲に、すぐに不穏な気配が張りついた。
 影武者にまんまと騙され、ニアライトを標的と定めたらしい。
 殺気が間近に迫った瞬間、『ギアチェンジ』で反応速度を飛躍させ、真っ先に飛びだしたシレオが剣を一閃。
 町や検問で見たのとは違う、軽装備に身を包んだ兵を袈裟斬りに伏す。
「私は秋嶋 渓! ユリエフとロミナの二人に用があるなら、まずは私が相手になりますよ!」
 名乗り口上で戦意を高め、渓は迫りくる兵に次々と鋭い拳を叩きこんだ。
 敵の攻撃を回避した玖累は、すかさずマジックロープをはなち、兵の動きを阻害。
 従者人形に投げられ死角に飛びこんだニアライトが、息もつかせぬ格闘術で地面に叩きつける。
 4人の連携を受けてなお、兵は立ちあがった。
「なるほどね。精鋭って呼ばれるわけだ」
「殺さずに済ませたいですが、手加減が難しいですね」
 玖累、渓の言葉に、シレオとニアライトが笑う。
「なに、焦るこたぁない。俺たちには、『時間はたっぷりある』んだからな」
「吾ら、幻想随一の大道芸。とくと堪能してもらおうではないか」

 夜闇をつんざく戦闘音は、『本隊』のもとにも届いていた。
 それでも、6人は歩みを止めるわけにはいかない。
 敵に気取られぬよう明かりを使わず、イレギュラーズのスキルを頼りに暗闇を進んでいく。
 まず、行人が夜の星を見上げた。
 彼のギフトは『どのような世界でも、夜の星を見上げるか、外で風を感じると方角が解る』というもの。
 方角が判明したところでアガルが先頭に立ち、『自然会話』や『精霊疎通』であまねく存在に協力を呼びかけ、天義への方角や、精鋭兵の情報を集めていく。
 始終重宝していたアガルのギフト『以心伝心』だが、声を出さずに情報を共有できるとあって、ここでも重要な役割を果たした。
 なぜなら。
 この場で頻繁に言葉を交わそうものなら、すぐに精鋭兵に感知されていただろうからだ。
『大丈夫。こっちに兵の気配はないみたいだよ。慌てずに、ゆっくり進んでね』
 アガルが引率に集中する間は、ヴェノムのスキルが威力を発揮した。
 『超嗅覚』にかかれば、ひとの臭いを探るのは容易い。
 わずかでも兵の匂いが感じられれば立ちどまり、皆で身を隠し、やり過ごした。
 3人が情報収集や索敵に徹する間は、クリストファーがユリエフとロミナの警戒にあたる。
(検問で見た、ユリエフさんの覚悟じゃないけど。大切な人を守りたいと思う気持ちは、僕にも、わかるから)
 戦闘音が激しくなるごとに、ロミナが息を詰めるのがわかる。
 離れていく4人の気配を惜しむように、時おり、ユリエフが彼方を見やるのも。
 だれも、なにも言わない。
 それでも、昼からともに行動してきた6人には、言葉にせずとも、伝わるものがあって。
『二人とも頑張って。もうすぐ、国境だよ』
 アガルが手招き、ヴェノムが二人の手を引く。
 暗闇に慣れた目に、ぼんやりと、国境を示す道しるべが見えはじめて。
 クリストファーは最後まで警戒を続け、二人の側に立ち。
 行人は全員が国境を越えたのを見届けてから、言った。
「どうだ? 『鳥かご』の外の空気は」
 顔を見あわせ、抱きあったユリエフとロミナの答えは。
 熱い涙に変わって、どちらも、言葉にならなかった。

 国境を越えたとはいえ、兵の気配は完全に消えたわけではない。
 『囮』の4人は『以心伝心』の範囲外におり、未だ戦闘は続行している。
 念のためにと物陰に身を隠し、クリストファーが二人の怪我の手当てを施す。
「大きな傷は見当たらなかったけど、疲労が蓄積してると思うから」
 この先も、十分注意して進んでねと、予備の医療品を手渡す。
「二人とも、ここからが本番だよ。頑張ってね」
 アガルが、心の声ではない、自身の声でそう伝える。
 二人にとっては、一日中、励まし、見守り続けてくれた声でもあって。
「みなさん。本当に、お世話になりました」
 揃って頭をさげる様子に、ヴェノムがひらひらと触手を振って応える。
「一つのはっぴーえんど。そのために、僕は此処にいるっす」
 それから、それぞれの顔を覗き込んで、にっと笑う。
「誰かの幸せは誰かの不幸。どうした処で、それが真実。だったら、迷わず己の幸せを選べばいい。言ってやりゃ良いんすよ。『糞くらえ!』って」
 目を細めて笑う二人に、4人の肩の荷も下りる。
 ひとしきり礼を告げ、立ち去ろうとする二人を、最後に行人が呼びとめた。
 背負っていた荷物と外套を、ひとつずつ手渡す。
 慌ててユリエフが袋の中を覗くと、中には。
 革の水袋。
 雑多な花の種は小袋に一杯。
 保存食。
 幻想と天義側の地図。
 ナイフと火打ち石。
 針と糸。
 ちょっとしたお小遣いの入った小さな袋。
 それらを詰めた袋も、耐久性のあるしっかりした品物で。
「旅の先輩からの、細やかなお節介だよ」
 フード付きの外套はロミナに着せとけと、笑った。

 並ぶ背中が、天義の森に消え、見えなくなるまで見送って。
「それじゃあもうひと暴れ、するっすか」
「良いね。囮の4人にも、二人のことを伝えないといけないし」
「それなら、ひとまずは『以心伝心』の効果範囲まで」
「後は適当なところで、撤退な」

●比翼の鳥 連理の枝
 天義への道を歩きながら、外套を身にまとったロミナは延々泣き続けていた。
 ――想いが通じあった時、命を終えても惜しくはないと思った。
 ――二人で生きようと決めた時、もう命はないものと思った。
 ――生きて国を出られるとも、明日を迎えられるとも、思っていなかったのだ。
 だからこそ今、こうしてユリエフとともに在ることが嬉しい。
 背中を押してくれたイレギュラーズ8人全員への想いがあふれて、涙がとまらない。
「ユリエフ様、お願いがあります」
 泣きじゃくるロミナの肩を抱きながら、ユリエフが頷く。
「このまま、どこかに落ちつくことができたら。種を植えたいのです」
 愛しい人を抱きしめ、かつて貴族だった青年も、言った。
「僕も、同じことを考えていたんだ。きみとの庭を、花で、いっぱいにしたいって」

 行人から譲り受けた荷物には、昼間使った花の種が詰まっていた。
 花は実をつけ、種を宿し、季節めぐる限り、いつまでも二人とともに在るだろう。
 極彩色の花々を見るたび、想い出すはずだ。
 8人のイレギュラーズと過ごした。
 この、長い長い、奇跡のような一日のことを――。
 
 

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

任務遂行、おつかれさまです。
依頼人たちに、最も負担がかからない方法での成功。お見事でした。

伏見 行人へ。
ユリエフとロミナより、称号を贈ります。

――【北辰(ほくしん)の道標】。

PAGETOPPAGEBOTTOM