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シナリオ詳細

荒れ寺の破戒僧 自然和尚の頼み事

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「これ、違う違う。その字はの、こっちの端をこーんなふうに、ピンとはねるのじゃ」
 荒れ寺の講堂で、朝から自然(じねん)は子供たちに字を教えていた。
 まだいろはもおぼつかぬ子の小さな手に、枯れ枝のような指をした薄い手を添えて、文字通り、手取り足取りで教える。
「おお、岳。なかなかよい字じゃ。のびのびと勢いがある。が、半紙から筆をはみださせてはいかん。床が汚れてしまうからの。床が汚れれば、足も汚れる」
「和尚、もともと床も足も汚いから何もかわらん」
「ほ? それもそうじゃのう」
 自然は子供らと一緒になって笑った。
 手習いの金は一銭もとっていない。そんな自然に感謝する親もいない。金を取らないのは自然が無欲だからではなく、金のとりようがないからだ。
 荒れ寺に集まる子らはみな孤児だった。それも普通の孤児ではない。大半が、召喚バグによってこの地に呼ばれ、突然親から引き離されてしまった大陸種族の子なのだ。
 自然自身もまた、召喚バグでこの地に飛ばされてきた、深緑出身の幻想種である。
 来るもの拒まず、去るもの追わず。
 自然は出生地や孤児になった経緯には一切頓着しない。分け隔てなく平等に、すべての子供たちと接している。とりたてて保護はしていないが、気が向けばこのように文字を教えたり、野草についての知識を教えたりしてやっていた。
「和尚、また破れた~」
 男の子に字を教えていた自然の元に、五歳くらいの女の子が長い尾を振りながら駆けてきた。手に小さなお手玉を握りしめている。
「環、また破けてしもうたか。しょうがないのう。どれ、いまつくろってやろう」
 自然は環と呼んだ女の子から、ぼろ布を縫い合わせて作ったお手玉を受け取った。複数の人がやってくる気配を感じてお手玉から目をあげ、節だった指で頭をかく。
 崩壊寸前の本堂の横を曲がってやってきた、イレギュラーズの姿が見えた。
「おお、鉢特摩殿。特異運命座標のみなさまも、よう来てくださった。早速じゃが、依頼の件、頼みますぞ」


 荒れるを越して、寺は崩壊寸前だった。
 寺の柱に住まう古木の精霊に頼みこんで、なんとか屋根の崩落だけは免れていたが、それも限界が近づいている。いくら保護はしていないとはいえ、さすがに子供たちを野ざらしにするわけにはいくまい。
 早急に修復、いや、新たに寺を建て直す必要があった。
 とはいっても、社寺建築の大工頭領に話を通せば、建て直しに莫大な金がかかる。自分でやるといっても知識も経験も、なにより体力がない。子供たちの手を借りるというてもあるが、すなおに手伝ってくれそうな子らはみな幼かった。少しでも役に立ちそうな年頃の子らは、『呑む』『打つ』『買う』が揃った生臭坊主の自然が、目を張るほどの悪ガキばかり……。
 困り果てた自然が目をつけたのが、ローレットなる寄り合いだったのだ。
 特殊な工法や技法が必要となる本堂の建て直しは無理としても、講堂ぐらいなら建て直せるのではないかと期待して、シモンと名乗る情報屋に話をつけたのが先月の終わりである。
 かくして鉢特摩以下、七人が自然の依頼を受けて山頂の荒れ寺までやって来たというわけだ。
「なにも立派な講堂を建ててくれとはいうとらん。雨風が凌げればよいのじゃ。木材? 木なら山にいくらでも生えておる。なーに、勝手に切り倒してもだれも文句はいわんよ。恐らく……。そうそう、伐採ついでにキノコや山菜を採ってきてくれると嬉しいのう。さすれば今夜は鍋を馳走しよう」
 寺の裏山に出る熊のことは黙っておいた。
 情報屋には、『一切危険はない。単純な肉体労働じゃ』と話していた。いまさら熊が出ることを正直に打ち明けて、話が違う、と帰られてしまっては困るからだ。
(「なぁに、酒場で耳にしたイレギュラーズの活躍ぶりが真実なら、熊の一匹や二匹に襲われたところでどうということはないはずじゃ」)
 あわよくば、久しぶりに肉の入った鍋が食べられるかもしれんの、と自然は密かに期待する。
「あ、水は山の中腹に湧き水が出ておる。ほれ、そこに桶があるのが見えるじゃろ。あれで汲んでここまで運んでくるのじゃ」
 ちゃっかり、水まで汲ませる気満々だ。
 汲んできた水はどこへと問うと、講堂の奥へ顎をしゃくって「あの水瓶に」といった。
 それから、あばらの浮いた胸を指でひとかきして。
「……あ~、そうじゃ。久しぶりに風呂に入りたいのう。のう、環?」
「うん! 環もおふろ、はいりたい!」
 更に自然はイレギュラーズに風呂まで焚かせるつもりだ。元を取る、いやそれ以上を取り返す気満々である。ちなみに寺の敷地の端にポツンと置かれた鉄砲風呂(木桶風呂)は壊れている。
 これはなかなか大変な仕事になりそうだ。
 鉢特摩たちは顔を見あわわせた。

GMコメント

このたびはご依頼、ありがとうございます。

●依頼条件
・荒れ寺の講堂を建て直す(取り敢えず屋根があって床があればOK)
 本堂の修復には専門知識が必要となるため、今回は依頼されていません。


●場所
カムイグラ辺境のとある山と、その山頂の荒れ寺
中腹には豊かな水源あり

寺の名は風鈴寺。
住職がいなくなって久しい荒れ寺です。山の上にあります。※自然は勝手に住みついているだけです。
かつては回廊の軒にたくさんの風鈴が吊るされていたそうで、それが寺の名の由来になっています。

南から北に向かって、南大門→中門→(塔)→金堂(本堂)→講堂(庫裡を兼ねている)がまっすぐ並んだ配置です。
中門から講堂まで、境内をぐるりと囲む回廊は、とうの昔に朽ち落ちており、いまはその後が草の間に見える程度となっています。
塔もとっくに倒れていまは見る影もありません。
鐘楼は本堂の横に立っていますが、なぜか鐘がありません。自然が勝手に木桶を置き、風呂場にしてしまっています。
とうぜん、どこもかしこもボロボロです。

●NPC
・自然(じねん)和尚 …… 本名、年齢不詳。
ずっと昔にカムイグラに召喚バグによって現れ、今は荒れ寺に住み着く幻想種の(自称)和尚
枯れ木のように老いた姿ですが、酒好きで女好きの生臭坊主。恐らく経のひとつも読めません。
「深緑院流薔薇槍術の手練れ、幻想院自然」を名乗っていますが、戦闘能力は未知数です。
酒やもろもろのつけを踏み倒して店の用心棒に囲まれたときなどは、槍の腕を見せるよりも逃げ足を見せるとか。

※ 依頼の報酬は、情報屋のクルールがしっかり自然から前払いでとっていますのでご安心ください。


・孤児たち …… 16人
様々な種族の孤児達。問題児揃い。
自然は彼らを保護しないが、追い払いもしないので荒れ寺に居着いています。
環(たまき)は狐の獣種の女の子です。
岳(がく)は鉄騎種の男の子です。
2人の他にも14人、種族は様々、下は5歳ぐらいから、上は13歳ぐらいの子がいます。
イレギュラーズが頼めば、何人かは手伝いをしてくれるかも。
ただし、戦闘面での手伝いはまったく期待できません。

・熊 …… 1体。
熊です。めちゃくちゃデカいです。凶暴です。
イノシシも一緒に出るかも。

●その他
講堂の解体に、ほぼ手間はかかりません。
というか、解体作業は描写しません。リブレイは更地にした所からスタートです。
屋根の瓦は再利用可。ほかの建材はほぼ新調しなくてはなりません。
取り敢えず、屋根と床があれば大丈夫とのこと。

山で木を切っていると、怒ったクマが襲い掛かってきます。
肉腫化していませんが、なめてかかると怪我をしますよ。

なお、山菜をとってきたり、水を汲んできたり、風呂を直したりするのは必須ではありません。
が、やると鍋の内容が豪華になったり、自然と子供たちが大喜びします。
ちなみに庫裡(台所)は講堂と一緒になっていたので、建て直しかある程度進まないと調理にかかれません。
寺に調味料は『塩』と『味噌(少々)』しかありません。
『なぜか』どでかくて深い鉄鍋があるので、それで煮炊きできます。

鐘楼に置かれた木桶の風呂は、側面下部にこぶし大の穴が開いています。
水を入れると穴からじゃばじゃば洩れでます。
木桶風呂に水をいっぱいはるには、2つある桶を持って、中腹にある水源と山頂にある風呂を30往復しなくてはなりません。料理やその他で使うことを考えると30往復以上……。

  • 荒れ寺の破戒僧 自然和尚の頼み事完了
  • GM名そうすけ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年09月27日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マリリン・ラーン(p3p007380)
氷の輝き
鉢特摩(p3p008715)
地獄小僧
豪徳寺・美鬼帝(p3p008725)
鬼子母神
泰舜(p3p008736)
八寒 嗢鉢羅(p3p008747)
笑う青鬼
陰陽 秘巫(p3p008761)
神使
無明(p3p008766)
砧 琥太郎(p3p008773)
つよいおにだぞ

リプレイ


 『地獄小僧』鉢特摩(p3p008715)は、目に涙を浮かべて舞い上がる埃に咳き込んだ。
「こっ、この荒れっぷり……一体何年放ったらかしにしとけばこうなるンですか。よく住めていましたね、この有様で……」
 隙間だらけのボロ寺によくもこれだけの埃がたまっていたものだ。ほかの仲間たちも口や鼻を手で押さえながら、呆れかえっている。
 鉢特摩は解体された講堂の前にたつ本堂へ顔を向けた。中で自然和尚と子どもたちが昼寝をしている。
 ちなみに本堂の仏像も、金箔がすべて剥されて、随分前からごろりと横になっている。
「……つーか、便利に使いやがってよォ、あの生グサ坊主!」
 和尚も子どもたちも解体作業を面白がって手伝っていたのだが、主柱をひき倒して屋根を落とした瞬間、勢いよく噴いた大量の埃に悲鳴を上げて、本堂へ逃げたのだ。
「なんぞいうたか?」
 寝ていたと思っていた自然が、ひょっこりと本堂の横から顔を出した。
「い、いや別に」
「さようか。ほれ、濡れ手拭い。また汚れるじゃろうが、まあ、一度顔を拭いたらどうじゃ」
 ぽいぽいとぞんざいに投げられた濡れ拭いを、イレギュラーズはなんとか地面に落とさず受け取った。
 自然はさっさと顔を引っ込めて、寝に戻ったようだ。
 白狐の面についた埃をふき取りながら、無明(p3p008766)がさっぱりとした声でいう。
「んー。人使いは荒いけど、あの和尚、悪い人じゃないね」
 勝手に居ついているだけで、一切保護はしていない。そういう割に子供たちに好かれてるのは、自然の性根がよき人間だからだろう。言動と見かけはともかくとして。
「子供たちのためにも、だし、手伝いは頑張っていこうか」
 無明は幼馴染の逞しい青腕をぺしりと叩いた。
「依頼されたから、そりゃあやるけどよ」
 『笑う青鬼』八寒 嗢鉢羅(p3p008747)は濡れ手拭いを首にかけた。
「あれもこれもと……俺たちに刀で釣りをさせるようなもんだぜ、あの坊さん」
「ぶつぶついわない。ほら、始めるよ」
 嗢鉢羅は口をヘの字に曲げると、手拭いの両端をぐいっと引っ張った。
「ま、頑張りますかね!」
 まずやるべきことは木材の調達だ。木を切ることはどうにでもなるとして、切った木を寺まで運ばなくてはならない。一本、一本、担いで戻るのは非効率すぎるし、第一しんどい。
 ふむ、と唸った嗢鉢羅の耳に、変わった鳴き声が飛び込んできた。
「おっ、ちょうどいい。ドスコイマンモスがいるじゃあねぇか! アイツに積めば楽できそうだな!」
 ――ドスコイ。
 ドスコイマンモスとは、ドスコイと鳴く異様にずる賢いマンモスで、『つよいおにだぞ』砧 琥太郎(p3p008773)の家族も同然のペットだ。
 いまも一緒に、廃材を敷地の端へ寄せている。
「んだよーあの和尚、人遣い荒いぞー! でもまー、子供達が安心して食って寝てできねーのはやだしな」
 ――ドスコイ。
「そっかー、ドス男もそう思うかー。よーし、ミキティのうまい鍋食えるみてーだし、やるぞー!」
 元気よく腕をあげた 琥太郎を見て、『鬼子母神』豪徳寺・美鬼帝(p3p008725)は、ふふふと笑い声を漏らす。
「あらあら、琥太郎ちゃんにそんなに期待されたら尚更頑張らないとね」
 美鬼帝は変わった形の大なべを、折り重なった廃材の下から取り出した。
「修繕が終わったら味噌鍋を振舞ってあげるからね♪」
 味噌鍋という言葉を聞きつけて、寝ていた子供たちが起きてきた。半分落ちたまぶたで駆けてきて、美鬼帝を取り巻く。
「こらこら、まだよ。山菜だけじゃなく山で茸も採ってきて、たくさん入れてあげるわね。だから、みんないい子にしてなさい」
 茸と聞いて、子供たちの勢いが増した。
 二メートル越えの巨体がたじろぐほどだ。
 遠くから愛情深い眼ざしを向けていた泰舜(p3p008736)だったが、どれ、と足を進めると、子供たちを美鬼帝から引きはがしにかかった。
「うちも寺にガキどもがいるが……いや、どこも大変だね」
「私も孤児院経営してるから、分け隔てなく子供達を教え導く自然和尚の様な方は尊敬に値するわ」
「その自然さん、生臭坊主だってな。妙に親近感あるぜ。さすがに俺ァ経くらい読めるけどよ」
 ひと足先に水の出る場所を調べに出向いていた『おっちょこちょいな水神様』マリリン・ラーン(p3p007380)が戻って来た。
「ん~も~、すっかり便利屋みたいな扱いなんだから! 何でもするのがローレットのルールだけど!」
「ほんまやね」と相槌を打つのは『神使』陰陽 秘巫(p3p008761)である。秘巫もマリリンと一緒に水源に行っていたのだ。
 なんとか整地……といっても廃材を敷地の脇に寄せただけ、が終わった土地を見て、「はれま、随分風通しがようなりましたな」と言った。
「もともと風通しはよさそうだったけどね」、とマリリン。
 鉢特摩が、水源はどうだった、と聞いてきたので二人は首をそろえて振った。
「水質はいいんだけど、湧き出る量が少ないわね。わたしのギフトを使って水の出を太くしてもいいんだけど、それより無明もいっていた井戸を境内に作った方がよさそう」
「井戸まで作りはるんですか?」
 秘巫がはんなり微笑む。
「どんどんやることが増えますなぁ。こら腕が鳴りますわ」
 マリリンは腰に手をあてて、秋空へ息を吹きあげた。
「しょうがないね、しっかり終わらせよっ!」


 自然は不自然なほど大きないびきをかいていた。泰舜は自然を本堂から引きずり出すことを早々にあきらめて、簡単にではあるが、一人で山の神を祭る儀式を執り行った。
「俺は僧侶だが、木を切り倒す前に山の神さんに一言あったほうがいいだろうと思ってな。まあ、なんだ……こっちの都合で数百年も生きてきたものを切るんだ。経をあげるのは当然だろ」
 美鬼帝がポンと泰舜の背中を叩く。
「お疲れさま。本当に経があげられたのね。ふふ、なかなかの美声だったわよ」
 儀式が終わり、みんな揃って山に入った。
 山の木々はどれも、樹齢何百年と思われる程の太さがあった。まずはどの木を切るかを決め、重心をみる。重心を見定めないと狙った方向に倒せないからだ。
 無明は自分の木をこれと決めると、式神を呼び出した。枝払いと運び出しの手伝い、それに周囲の警戒に当たらせるためだ。
「どいて、そっちに倒すから」
 ドリルで等間隔に空けながら幹を半周半した。仕上げに穴を空けた方から幹に衝撃波を当てる。ミリミリと音をたてて傾き、倒れた。朽ちて倒れた古木の上に、どうっと音をたてておいかぶさる。
 式神たちが倒した木にわらわら寄ってきて、枝を折り始めた。
 嗢鉢羅やほかのイレギュラーズも、事故を起こさぬように、互いに間隔を開けて木を切り倒す。
「一本がこれだけ太いなら、一五本近く頂戴すりゃいいだろう」
「そうね。壁は無くてもいいっていうし」
 美鬼帝が倒れた木を軽々と持ち上げ、わきに抱えた。懐には、いつの間に取ったのかたくさん詰め込まれた茸や山菜が顔を覗かせている。
 おー、すげーと上がった声に、美鬼帝は飛びきりの笑顔で応じた。
「伊達に筋肉付けてないわよ」
「頼もしいねぇ」、と泰舜。
 鉢特摩と一緒に倒れた木の両端を抱え持つ。
「時に無明、警戒に当たっている式神たちは何も言ってこないか?」
「今のところはない」
 嗢鉢羅が手拭いで首の汗を拭いながらいう。
「秋の山だし、冬眠前の熊やイノシシがこえぇよな。まァ、出たらぶっとばして鍋にぶち込んじまおうぜ! な、美鬼帝」
「いいわね、熊猪鍋。精がつくわ。毛皮も取れるし」
 琥太郎がドスコイマンモスと一緒に苦労しながら木々の間を上がってきた。
「熊とか、イノシシがでるのかー。マリリンは魔法使いみたいだし、オレの近くから離れんなよー!」
「ありがとう。この木を切ったらそっちに行くよ」
 マリリンは電動のこぎりを召喚すると、目星をつけた木に唸る刃を当てた。
 鉢特摩が木を運びながら、飛び散る木片に注意しろ、と声をかける。
「小さくても先のとがっているやつとか、肌に刺さるぞ」
 上から秘巫も小枝を抱えて降りて来た。切り落としたものではなく、どれも枯れ枝だ。風呂やかまどにくべる薪にするという。
「廃材は湿ってるかもしれまへん。最初はこうした枯れ枝で火をつけたほうがええと思います」
 ひと足先に寺に戻る、と秘巫がくだり出したその時、無明が警告の声をあげた。斜め下の木間を指さす。
「あそこにクマがいて、こっちを見ている。近くでイノシシもウロウロしているみたいだ」
 琥太郎が右手で戦鎚を構えもち、左腕を横に上げた。
「ドス男、危ないからさがれー。マリリンはこっち、オレの後ろへ来てー」
 ――ドスコイ!
 ドスコイマンモスがドスドスと足音をたてて斜面を下りだすと、身を屈めて潜んでいた熊が藪から飛び出した。どうやら熊の目当てはドスコイマンモスのようだ。左右に揺れる尻尾を目がけて一直線に走る。
「うおー、ドス男はダメだ。食べさせないぞー!」
 琥太郎は熊の前に飛び出すと、戦鎚を振るって黒い鼻柱を叩いた。
 普通なら、この時点で戦意と食欲を失くして逃げて行くのだが、熊も冬眠前とあって必死だ。ぶるりと首をひと振りして鼻血を枯草に落とすと、手で戦鎚を押しのけ、またドスコイマンモスを追いだした。
 尻もちをついて、ころん、と転がった琥太郎をマリリンが抱き起し、擦りむいて血がにじむ膝を美鬼帝が優しく手当てした。
「おい、熊公!」
 嗢鉢羅が上から黒い背毛に大音声を投げ落とす。
「どこへ行く、ここにも美味そうなのかわんさといるだろうが! それとも何か、俺たちにはとうてい敵わないから、端から食うのを諦めたか?」
 足を止めた熊が斜面を滑り落ちる。ややあって止まると、くるりと体を回した。目に凶暴な光を湛え、牙を剥きだす。
「おう、いいね。かかって来いよ。八寒 嗢鉢羅様が正面切って相手してやらぁ!」
 泰舜は嗢鉢羅の前に出て腰を落とすと、枯葉を蹴り飛ばしながら突っかかってきた熊とがっちり組みあった。
 獣臭い毛に鼻を沈めながら、唸るように言葉を吐く。
「しかし、あの爺さん。山の獣を知らんわけじゃなかったろうに……やられたぜ」
 上背をひねって熊をうっちゃり投げた。
「倒しゃ熊鍋か? 楽しみだな」
 カコン、カコン、と盾の縁を太い木に打ちつけていた秘巫は、手を止めると斜面を転がり落ちてきた熊に目を合わせ、仄かに暗く、ねっとりとした甘い声をかけた。
「こっちへおいで。そうそう、ええ子やね。汝の首も飾りにしてあげるわな」
 仕上げとばかりに幹をちょんと押す。杉の木はあっさり折れて、熊の上に倒れた。
「あら~、もう終わっちゃったの?」
 暴れたりなくて不満だった美鬼帝だが、がさりと音を立てた茂みにとある生き物を見つけて眼光を鋭くした。
 式神から警告を受けた無明も同時に声をあげる。
「マリリンちゃん、うしろ!」
「マリリン、イノシシだ!」
 え、と驚きを声に出すと同時に、マリリンはひらりと身をひるがえした。
 足元を猛スピードで駆け抜けていく獣の毛深い尻に、踵を落とす。
「えいっ!」
 鉢特摩は腰くだけになって枯草の上を滑っていく猪の下あごに腕を伸ばし、牙を握った。
「熊とか猪か、出るなんてひとっことも言ってなかったじゃねェかよ!!! あのクソジジィ!!!!」
 猪は体長は尾を除いて百二十センチほど、体重は九十キロ程か。そのうえ暴れるそれを鉢特摩は力任せにぶん投げる。
 意外と高い身体能力を発揮して、猪は空中で身を回した。牙を真下にいた琥太郎に向ける。
「かかってこい、『牙』対決だー!! オレの牙はこのダークムーア・スターンだぞー」
「琥太郎ちゃん、気をつけて! 猪は固い鼻も強靭な武器よ!」
 叫ぶ美鬼帝の目の前で、自分と同じ重さの岩さえも動かせるその硬い鼻先が、牙が、猛烈な加速をつけて落ちてくる。
 琥太郎は猪の鼻が当たるタイミングを見切った。が、牙はかわせなかった。それでも戦槌を振り上げて猪の腹を力いっぱい叩いた。
 

 嗢鉢羅は猪の手足を荒縄で縛り、槍に括りつけた。
「さあ、帰ろうぜ。鍋だ、鍋」
「嗢鉢羅くん、その前にやることがあるでしょ? 台所も一緒に潰しちゃったんだから、講堂を建て直さないと」
 美鬼帝は琥太郎の前に膝をついた。
 こんなのへっちゃらー、という琥太郎をメッと叱り、猪の牙で傷つけられた腕を手当する。
「全く……琥太郎ちゃんは。無茶しすぎたら駄目よ? ねえ、マリ……あら、マリリンちゃんは? 姿が見えなけど」
「寺まで水源を伸ばすんだって、さっき無明と一緒に沢へ降りてったぞ」
 泰舜は枝を切り落としながら言った。
「鉢特摩と秘巫も先に寺へ戻った。参道の整備をしたいって……荒れ放題で登ってくるまでに苦労したからな。子供たちがつまずいて転ぶと危ない。あ、秘巫は風呂の修理だ。ついでにタライも作るらしい」
 へー、と感心して、嗢鉢羅は肩に担いだ猪の尻をペチリと叩いた。
「タライはこいつと熊の毛皮を洗うためか。秘巫は器用だからなぁ」
 琥太郎は傷跡にふーと息を吹きかけると、脱いだ法被を風呂敷がわりにして採ったキノコを包んだ。
「ありがとな、美鬼帝。ドス男ー、熊を運んだら次は木を運ぶぞー」
 熊を背に括りつけたドスコイマンモスはもちろんのこと、連れてきた馬たちにも木をひかせて寺まで運んだ。その数およそ十五本。どれも腕が回せぬほどの巨木だ。
 寺に運ばれた木々は順次切られて板にされた。ボロ寺にカンナなどの大工道具があるはずもなく、廃材の中からなぜか二本も三本も出てきた山葵おろしの鮫皮を紙やすりの代わり、あるいは細かい砂で表面を根気よく磨くことになった。
「うおー、腕が疲れるぞー」
 琥太郎は愚痴をこぼすが板を磨く手は休めない。なぜなら隣で寺の子らがもくもくと板にやすりをかけているからだ。
 先に寺に帰ってきていた秘巫が子供たちの目の前で首を落とし、「いうことを聞かないと、こうなりますよ」と脅かしていたためか、子供たちは一生懸命に腕を動かし続けている。
「お風呂の修理もできましたし、タライもできました。ここに湯をはって毛皮を洗いましょう……と、井戸はどないなってます」
 秘巫は無明とマリリンに声をかけた。
「井戸は掘れた。あとはマリリンが水をここまで引いてきてくれれば完成だ」
「あともうちょっと待って。水はもうそこまで来ているから」
 山道の修繕を終えた鉢特摩がやってきて、できたばかりの井戸を見やり、水汲み桶がいるンじゃないですか、と言った。
「まさか、勝手に水が吹き上がってくる……なンてことはありませんよね? おーい、秘巫。井戸用にひとつ、水汲み桶も作ってくれませんかねェ」
「なんや、人使い、いや鬼使いが荒いなぁ」
 秘巫はぼやくと、水汲み桶の材料を探しに講堂へ向かった。
 講堂は柱が立てられ、屋根を組んでいるところだった。土台は元あったものをそのまま流用したようだ。
 顎に指を当て、天井をじっと見上げている嗢鉢羅に声をかけた。
「嗢鉢羅、なに見てるんや?」
「おう、秘巫か。ちょうどいいところに来てくれた」
 くるりと踵を返した秘巫の肩を、嗢鉢羅ががっちりつかむ。
「まあ聞けよ」
 寺の建物はどこも天井が高くてがらんとしている。講堂も例外ではない。それゆえこれから秋も深まって夜が冷えるようになると、寒くて子らが寝られぬのではないか。だから講堂の床に囲炉裏を作ろうと思う――というようなことを、嗢鉢羅は至極短く言った。
「七輪を置けばと思うが、そんなものないだろう。だからおめえが作ってくれ」
 こうして秘巫はまた一つ、頼まれごとが増えた。
「しょうがあれへんなぁ。とりあえず、井戸の桶からや。床に穴をあけて待っといて」
 茜の空にイワシ雲が浮かぶころ、釣鐘のない釣鐘堂には湯と子供らの笑い声が溢れていた。
「ほら、ちゃんと肩までつかる!」
「まりりん、こわーい」
「なんですってー、お湯抜いちゃうぞ」
 きゃーと甲高い声があがる。
 マリリンは笑いながら岳という男の子の頭にお湯をかけた。
 無明が乾いた手拭いを持ってやってきた。
「子供たちをお風呂からあげたらお湯を入れ替えて、うちらから先に入らせてもらおう。男どもはあとにして」
「鍋の用意は? 手伝わなくていいの」
「美鬼帝が全部、仕切ってる。熊と猪の解体を嗢鉢羅と鉢特摩に、茸や山菜は琥太郎と秘巫に洗わせてるよ。でも、まあ、風呂からあがったら給仕ぐらいは手伝うか」
 とりあえず、汗を流そう。そういって、無明は鋭い目を東の方角に飛ばし、干してある熊の皮を動かして、目隠しを作った。
「ぬ、目隠し……。困ったのぅ、ここからみえなくなってもうた。場所を変え――!? お、おお、鉢特摩殿に泰舜殿ではないか。奇遇じゃのう。お主たちも覗きか?」
「ンなわけあるか。この色ボケくそ坊主! いねェと思って探していたら」
「仲間の風呂を覗こうとするとはな……さて、どうしてくれよう」
 泰舜は自然の垢じみた襟をつかんでつるし上げた。
「待った、待った! 見逃してくれんかの。酒……酒が隠してある。それをやる、ちょっとだけ」
「酒ねェ……まあ、いいでしょう。未遂ですし」
「じゃあ、みんなで月を見ながら『全部』呑ませてもらうとするか」
 自然の泣き事を美鬼帝の声がかき消す。
「茸と山菜入り、とびきり美味しい熊猪鍋ができたわよー」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

このたびはリクエストありがとうございました。

わいわいがやがや、荒れ寺の自然和尚と子供たちと良き縁が結ばれた秋のある日でした。
年長の子供たちも鍋の具が割れ椀につがれる頃には戻ってきて……まあ、そのあともうひと騒ぎ、ドタバタがあったようですが、なんだかんだと鍋も酒樽も空になり、新しくなった講堂で雑魚寝の一夜を明かしましたとさ。

ご縁がありましたら、また宜しくお願いいたします。

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