PandoraPartyProject

シナリオ詳細

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参加者 : 8 人

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オープニング


 幻想の王都から南方へ。街道を半日も歩かないであろう所に、林の向こうへと続く小道がある。
 いや、道と言って良いものだろうか。その大部分をひざ丈ほどの枯草が覆っている。
 暖かな季節であれば、あるいは雪でもあれば、道があることにさえ気づかないかもしれない。
 少なくとも長らく誰も使っていないであろう。そんな道だ。

 通常、旅や交易をするとなれば、宿場町や古くからのキャンプ地を街道沿いに点々と伝うものである。
 だから徒歩で、馬車で、馬で。いずれにもそぐわぬ中途半端な地点に、あえて立ち寄る者はあまり居ない。
 荒野には危険が多く、人は身を寄せ合って生きているのだから。
 とはいえ、そうもいかない場合だってあるもので――

 ――ハンスはこの日、田舎で新年を祝った後、幻想王都への帰路を順調に進んでいた。
 ところがそろそろ王都の目と鼻の先だという所で、借り物のロバが足を止めてしまったのだ。実家で持たされた多量の荷物にへそを曲げたのだろうか。
 しょうもない不運というのは重なるもの。自分への大切な土産物は、止まった拍子にバラバラと転げ落ちてしまった。

 時刻は昼過ぎ。夕刻には街へと到着するはずだったのだが。転げた荷物を拾い集め、休み、ロバをなだめているうちに、気づけばずいぶんと日が傾いてしまっている。
 街への門を通るのに夜間となると、それはそれで厄介ごともある。どうにも上手くいかないものだ。

 面倒になったハンスは、土産の酒でも飲み明かそうと、その小道に踏み込んだ。
 どこかキャンプが出来そうな場所か、あわよくば村でもあるのではないかと考えたのである。
 苛立ちを紛らわせるように、ハンスは酒のことを考えながら冬枯れの林を歩く。
 初夏の頃に青いクルミを経ち割って、少々のスパイス類なんかを加え漬け込み、じっくりと寝かせる。美味しくなるのはちょうど今頃である。
 彼の実家では年に数本漬け込むのだが、なんだかんだシャイネン・ナハトの帰郷の際に一本しか手に入らない。
 だからこれが冬の休暇明けの楽しみなのだ。

 そんな事を考えながら、十数分程経った頃だろうか。
 突如開けた目の前に小さな教会が現れた。
 暗い戸口の向こうに立っているのはシスターだ。

 助かった。
「やあ、困ってた所だったんだよ」
 ハンスは喜び勇んで、ロバを引きずるように小走りになっていた。

 だが――

 錆びたナタが見えた。
 赤い帽子が見えた。

 シスターには左腕がない。眼窩の奥が見えない。
 修道複は、やはり錆びたような赤褐色にまみれ。
 それでも彼女は動いていて。
 教会なんか、よく見れば朽ちているじゃないか。
 夕日に照らされた顔は。白い。骨か。

 ひとり、ふたり、さんにん。
 ひどくゆっくりとした動作で、骸達が戸口から姿を現す。
 四人、五人、次々と。

 奇声が聞こえた。
 自分の声か。それとも、教会になんて似つかわしくない。あの赤帽子の小人の声か。

 偶然にもロバがヘソを曲げた。
 偶然にも道があった。
 偶然にも面倒があった。
 偶然にも良い酒があった。

 そして偶然。
 それを見てしまっただけなのに。

 ハンスは走った。
 振り返ることもなく。ただ一目散に。

 その判断は正解だった。
 ハンスはこの日、初めての幸運をつかみ取ることが出来たのだった。


「と。そんな話があったとさ」
 肩をすくめる『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、ギルドローレットの情報屋だ。
 件のハンスは借り物のロバを失い、土産を失い、酒すら飲めず仕舞い。
 散々ではあるが、命があっただけマシというものだろうか。
 ともかく逃げ出したハンスは夕暮れの道をひた走り。情報はハンスから王都の衛視へ。巡り巡ってローレットまで届けられたのである。

「それで。その魔物を倒しに行けばいいってことか?」
 念を押したイレギュラーズに、ショウは「そうしてくれると助かるね」と言いながら数枚の羊皮紙を広げる。
「まずこれが依頼書。今回の討伐依頼は、一応依頼元は国ってことになるから、ごく普通の報酬額になる」
「なるほど」
 さすが親方幻想(くにからのしごと)だ。わざわざ金と人手がかかっているものである。
「次にオレからの情報だよ」

 ショウの説明によると、場所は幻想王都近くの廃教会であるらしい。
「色々あったんだろうね」
 伝えられた状況から推測するに、過去なんらかの事件があったのかもしれない。
 そんな惨劇の後、いつ頃からかは定かでないが、アンデッド達が住みつく結果となったようだ。
 更にはその臭いに惹かれ、手ひどい――というより物理的に危険な悪さをする妖精レッドキャップが現れているらしい。

「相手の強さは、どんなもんだと思う?」
 知らないものは知らないのだから仕方がない。
 そんなイレギュラーズの問いに、ショウが頷く。
「冒険者としての初陣でも、どうにかやれると踏んでるよ」
 まあ、そうでなければ依頼も回ってこないか。
「話せば通じる相手ではないよな」
「そうだろうね」
 仮に相手が言葉を使うのであれば『崩れないバベル』によって意味は分かるのだろう。しかし少なくとも心通じ合う相手ではなさそうだ。

 それからイレギュラーズ達は幾らか詳細な情報を聞き、いよいよその時が迫ってきた。
「こんな所かな。くれぐれも、命を捨てるようなマネはしないでくれよ」
 もちろんだと返す。
「無理をかけるけど、今後ともよろしく頼むよ」
 きっとショウは本当に心配してくれているのだろう。だが、踏み出さねばキャリアは始まらない。
 ならば、やるしかない。

 これが初めての仕事だ。

GMコメント

 pipiと申します。
 これからどうぞよろしくお願い致します。
 最初なので軽めな戦闘依頼です。

●目的
 魔物の撃破。
 あまり逃がしたい相手ではありませんが、敵の生死は不問です。
 アンデッドが死ぬってのもアレですが。
 とにかくやっつけてください。

●ロケーション
 廃教会の前にある広場です。時刻は昼。
 到着した所からスタートです。
 目的地に着くなり、敵が全て飛び出してきます。

 十分に信頼できる情報精度です。
 あまり細かいことは考えず、思う存分に戦って頂いて結構です。

●敵
 悪い小人とアンデッドです。
 連携も何もなく、ただ暴力的に向かってきます。

・レッドキャップ2体
 血に錆びた衣装を着た小人の怪物です。
 錆びた鉈を振るい、毒の状態異常も懸念されます。
 すばしこく、腕力もある強敵です。
 敵の中で最も強いと思われます。

・スケルトン7体
 アンデッドです。
 うごきは遅いですが、執拗に接近戦を仕掛けてきます。
 それしか出来ないとも言います。

・ゴースト3体
 アンデッドです。
 うごきは遅いですが、物理攻撃が効きにくい相手です。
 遠距離から対象一体に怨嗟の念をぶつけてきます。
 触れた相手のHPを吸収する能力を持っているようです。

●他
 シンプルな依頼です。
 戦闘だけに注力した場合、プレイングの文字数はもしかするとひどく余るかもしれません。

 けれどせっかくの初陣です。
 個人的な心情。温めていた言葉。最初の戦友。
 ローレットの仕事を受け、達成せねばならないという状況。
 この世界で何を考え、どう生きるのか。

 様々な想いを存分にぶつけて頂ければ幸いです。
 皆さまのご参加を心待ちにするpipiでした。

  • first request完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年01月21日 00時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アクア・サンシャイン(p3p000041)
トキシック・スパイクス
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
巡離 リンネ(p3p000412)
魂の牧童
紅劔 命(p3p000536)
天下絶剣一刀無双流
アレフ(p3p000794)
純なる気配
四ノ宮 紅蓮(p3p000887)
揺蕩う陽炎
ティミ・リリナール(p3p002042)
フェアリーミード
九重 竜胆(p3p002735)
青花の寄辺

リプレイ

●Re:first quest
「一刀三拝。死線の果てに無限に至る。――いざ!」

 言葉を吐き終えるや否や。頬を撫でる大気の囁きと共に、錆色が『一刀繚乱』九重 竜胆(p3p002735)の眼前を鋭く横切った。
 髪がふわりと舞い、小石が跳ねる。濃密な死臭が辺り一面に広がり、冬枯れの林がざわざわと戦慄いた。
 無論、乱暴に流れる切っ先に視線を奪われるほど、彼女は甘くない。
 冒険者としての初陣ではあるが、この世界へ召喚される前は無双の武芸者でもあったのだから、どこか不思議な感覚も覚える。
 実際の所、彼女の事情はもう少々複雑なのだが、それはさておき。
「名乗らせても――」
 勝気に、大らかに、朗らかに。されど。
「――くれないのねッ!」
 放たれた二刀の斬撃は襲撃者の脇腹を十字に切り裂き、鮮血が錆色の服を尚昏く染めてゆく。

「おぉう、強そうねー」
 とは、彼女と背を合わせるように立つ『天下絶剣一刀無双流』紅劔 命(p3p000536)の弁。
 こちらはこの世界に生まれ育った傭兵武家の出で、竜胆とはどこか似ながら対照的でもある。
 けれどやはり戦い慣れているのだろう。
「天下絶剣一刀無双流、紅劔命。推して参る!」
 彼女の言葉に触発され、もう一匹のレッドキャップが空中に飛びあがる。その後背で骸達がぞろぞろと顔をあげる。
 跳ねた妖魔の姿が冬の浅い陽光を隠し、視界に影を落とした刹那。
 叩きつけられる強烈な衝撃に、踵が地を打ち、乾いた土が煙る。刃と刃が火花を散らし、きりきりと金属が擦れ合う。
「ま、わたしの方が強いけど!」
 けれど彼女はその一撃を己が刃で跳ね除けた。

 さて。最前線の邪悪な小人二匹は、ひとまず先の武人両名に任せるとして、中後衛を担う者等とてなさねばならぬ役割は数多い。

 戦場後方。儚げに揺蕩う煙は柔らかな冬の日差しに溶け、眩しさに目を細めた『揺蕩う陽炎』四ノ宮 紅蓮(p3p000887)に良く似合う。
 戦場にありながらどこか浮世離れした彼は、旅人と言えどこの世界での経験が長い。
 営む古書店には閑古鳥。妙によく眠り妹に窘められる日常とは違えど、こんな日常だってあることを彼は良く知っている。
 相手に恨みもなければ、個人的に思うこともない。けれど有り体に言えば暇だったのだ。

 真冬の肝試し感覚とはいえ初陣は初陣。筋肉痛にならない程度には頑張りたい所ではあるのだが。
 高められた集中力から編み上げられた術式は閃光を帯び、骸の一体は強烈な衝撃で骨の数本が吹き飛び、仰向けに倒れる。

 だが腕を上げ、地に指を這わせ。骸は跳ね上がるように起き上がった。
「まー向かってくるよねー」
 のんびりとした調子で『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)が述べた。
 紅蓮とて確かな手ごたえはあったけれど、やはり敵は化け物なのだ。ならばこんなものだろう。
「まあ……どうにかするしかないですからね」
「だいじょーぶだいじょーぶ。なんとかなるでしょー」
 紅蓮の呟きに、にっと笑ったリンネの口元にはギザギザの歯が覗く。
 戦いの前からどこかムードメーカーのような存在感があったのかもしれないが、彼女の鼓舞は初陣にして初手という重大な場面で、既に効いてきているに違いない。

 本音を言うならば『ちょーハンパない』アクア・サンシャイン(p3p000041)とて、戦うのは苦手だ。
 武器を振るうのも、魔法を編み上げるのも――
 岩場の工房に籠れば三日三晩と除草剤を調合していられるのだから、そのほうがずっと彼女の気質に合っていた。
 ――けれど、かつての世界ではなく今ならば。それは前に進まない事を選んでいるだけなのではないかと想う。
 知り合いも、コネも増やす。それが大切だということは師匠も言っていた。
 そも、師匠の手伝いをしていたら、突然飛ばされてきた世界。右も左も分からぬ彼女を拾ってくれたローレットへの恩返し、と言ってしまえば、それも少し違うのかもしれないが。

 ともかくこうして彼女は最初の一歩を踏み出した。調合だけに明け暮れる日々は、自分の世界に帰ってからだ。
 仲間のために胸を張り、大地を踏みしめ、毒撃を放つ。液体――これも除草剤だろうか――は放物を描き、ぼろぼろの修道服に染み込んでいく。ぶすぶすと煙を吹き出しながら骸が苦悶の呻きをあげた。
 大丈夫だ。効いている。されど呻くまま肉薄してくる骸の腕が、眼前でゆっくりと振り上げられ――避けきれない。
 視界がぶれ、眼前に火花が散るようなしたたかな衝撃を感じる。だが浅い。耐えきれる。マークを外す訳にはいかない。
「こっちよ!」
 彼女は凛とした瞳で骸を見据え、もう一度勇気を振り絞って大地を蹴った。

 闇を切り出したようなローブを纏い大鎌を構えた『儚き雫』ティミ・リリナール(p3p002042)に、普段の可憐な少女の面影はない。
 特異運命座標となり、虐げられるだけの人生を終わらせ、自分の足で歩く事を誓った彼女は、けれどひどく臆病なままだった。
 強い決意というのは抱きさえすれば即座に人格が変わるというものではないのだから当然ではあろう。
 それに他人を傷つける事も、自分が傷つく事も。人一倍味わったからこそ恐ろしい。
 だからこうして、かつてのような枷を身に着ける。
 それは彼女自身の意識の上で、ローレットの隷属となるための儀式だ。
 鎖が音をたて、瞳に昏い光が灯る。
 骸の腕が彼女のこめかみを打ち付け、赤い血が飛び――しかし彼女は転げるそのままの勢いで鎌を振るう。放たれた魔力が骸の足を寸断した。

「はー、やっぱりアンデッドはこの世界にもいるねー」
 リンネの世界と成り立ちは違えど、そういった存在の徘徊はやはり職業柄(しにがみとして)気になるものだ。
 死者も、それを利用する奴も。きっちり仕留めて送るのみ。
「いくよー」
 編み上げられた魔力術式が修道服を切り裂き、骸のあばら骨がはじけ飛ぶ。
 やるべきことは以前と何一つ変わらない。
 とはいえ同族以外との共闘という体験は、これまでを振り返れば稀有なもので――

 ――――ほんの数分前。
「初めてのお仕事。とても緊張します……。皆様どうぞよろしくお願いいたします」
 戦いの前に改めて仲間と挨拶を交わした『ねこだまりシスター』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)の視線の先。
 見上げた尖塔はひどく朽ちており、猫達が待つ陽だまりから見るものとは随分かけ離れている。
 だが建物自体は良く見知ったあの場所と、丁度同じぐらいの大きさだろうか。
 そんな小さな教会を預かる彼女だからこそ思い至ることもある。それは一体なぜこんなことになったのかという、経緯への惟みだ。
 とはいえまずは――

 彼女はゆっくりと迫り来る骸へ向けて、そっと腕を伸ばす。
 冷静に、沈着に。冷たい風に清らかな祈りの句を乗せて。
 魔力を増幅された魔弾は狙いたがわず骸の胸元に吸い込まれ、粉々に打ち砕く。
 これで一体か。
 まずは死者達が再び生者への危害を加えぬよう、そしてさらなる罪を重ねぬようにしてやらねばなるまい。


 数舜には長すぎ、一分には短すぎる程度の時間が過ぎた。
 僅かに雲が動いたのか、陽光が突如として薄くなる。
 冬というのは、その瞬間から夕刻のような肌寒さに襲われるものだ。

 未だ戦闘は継続している。
 パーティの中衛部隊から次々と放たれる魔術が、先頭に立つ骸へと集中していた。
 魍魎達はやはり人間とは別物だ。足が折れ、肩が砕け、足を失い、頭蓋に穴が開いても向かってくる。
 前衛の二人は初手に敵陣の三分の一程を引き付けたが、結果として苦しいのは作戦上集中攻撃を受けることになった命だろう。
「数に限りがあるからねー」
「はーい」
 のんびりとした応答だが、命とリンネの表情は真剣だ。
 体力を削られていく毒を放置しておくのは危険に過ぎるのだから当然であろう。無事で済むのは薬師たるアクアぐらいのものだ。
 だがこうしたリンネによるサポートは功を奏し、最前線で体力を削られ続ける武人両名も、まだまだ戦闘継続が可能であると思える。

 戦いの天秤は時にシビアだ。守るべき時に守らなければ、突如発生した大きな損失から作戦全体が瓦解することもあるだろう。
 さりとて守りに徹するということは、攻撃の機会を失うことでもある。機を見るに敏たりえなければ、どん詰まりに追い込まれることもある。
 だがこの戦いはそうではない。戦況はおおむね作戦通りに推移していた。

 ただ一つの問題は骸と亡霊が、命のコントロールを離れつつあることだ。
 そして二体目の骸は『堕ちた光』アレフ(p3p000794)が消し飛ばしたが、今もまだ一体ずつの骸がアクアとティミに張り付いているのである。
 幸い後衛に浸透はしておらず乱戦となることは防げているから、火力の集中には影響を与えていない。
 だがアンデッドに対する最大神秘火力であるティミが亡霊へと到達出来ていなかった。

 そんな微かな焦燥を打ち消すように、静かな声音が戦場を貫く。

 ――――影すらも存在しえぬ、光の果てに消えるが良い。

 かつて神々と矛を交えた経験からは、些かささやかに過ぎる力ではあったが。
 輝く六翼を纏うアレフが放つ破壊の魔力が、今まさにティミに腕を振り下ろそうとしていた骸を光の塵に変えた。
 この世界へと至る以前のような力は使えぬと、改めて身の丈を思い知る。
 そんなアレフの憮然とした気配とは裏腹に――今、道は切り開かれた。

「行きますね」
 亡霊も骸も、元は人間だったのだろう。
 ティミはかつて居た場所で、同じ奴隷だった子供達の無残な姿を沢山目にしてきた。
 生き残っても酷い状態ならば、己が手で命を終わらせた事とて数知れない。
 眼前の存在も、無数に出会った無念の一つなのである。
 だから。
「もう、大丈夫ですよ」
 小さな体へ覆いかぶさる亡霊へ鎌が走る。逆転した生命の波動は亡霊に飲まれ、一気に破裂した。

 間髪いれずクラリーチェは聖唱を紡ぐ。
 尽きた命の果て、不浄な存在となり果てた亡者を世界の理へと引き戻す為に。
 清廉な声音に乗り光が収束する。放たれた魔弾に亡霊は耐えきれず、紙のように引き裂かれ雲散霧消した。

 もしも闇雲に殴れば厄介な相手だったのかもしれないが、こんなものか。
「ちょーハンパないわ……!!」
 アクアが思わずつぶやいた。とはいえ眼前の骸を思い切り火刑に処しており、こちらもこちらでマジパない訳だが。

 さておき再び最前線である。
 右からの一撃を命は剣で受け流す。間髪を入れずに上段から一撃。
 即座に半身引き――肩に衝撃と灼熱。
「やるじゃない!」
 敵の一撃は浅く、そのまま冬枯れの大地を抉るレッドキャップに、命は剣を振りかぶる。
 渾身の一撃に手ごたえはない。避けられた。
 けれど。
「だから言ったでしょ――」
 不敵な笑みは崩さず横凪の一閃。今度は捉えた。舞い散る血煙が冷えた空気に溶ける。
「――私のほうが強いって!」

 迫る錆色の刃に竜胆は二本の刀を重ねて受け止める。レッドキャップはそのまま跳ねまわり、癇癪持ちの幼児が如く刀に向けて何度も振り下ろすが。
「押して駄目なら引いてみろ、何てね」
 襲い来る衝撃を軸に前方の地を蹴ると、妖魔は前のめりに姿勢を崩した。
 足元を狙う破れかぶれの一撃を左の刃でいなし、右の刃で胸を突く。
 確かな手ごたえを感じる。かなりの深手を負わせた心算だが、跳ねるように飛びのく妖魔の戦意は衰えていない。
 とはいえそれはイレギュラーズとて同じこと。
「あと少しでわたし達の勝利じゃない?」
 武具百専に戦技無双の二人。命の言葉に竜胆が頷く。

「これは筋肉痛どころじゃないかもしれないですね」
 戦況は良い形で進んでいるが、さすがに実戦というものは骨が折れるもので、これまで激戦の只中でも飄飄とした紅蓮とて疲労の色がみえつつあった。
 幾度かの攻撃は回避すれど、その身には数度の打撃を受けている。
 さすがに敵陣は半壊したと言える状態ではある。一方でさしものイレギュラーズ達も疲労の色は隠せないが、未だどうにか戦う力は残されていた。

 たとえ何が夢であれ、現であれ。いつだって世は常ならず空虚なものかもしれない。
「そろそろ終わらせましょうか」
 紅蓮の術式が宙に力を顕現させる。骸が壁に叩きつけられた。
「所詮この世は邯鄲の夢――であればきっと、化け物なんていない方が良いのでしょうね」
 涼し気に述べた紅蓮の眼前で、骸はそのまま糸が切れたようにからからと崩れ落ちる。

 イレギュラーズ達の魔術弾幕に魍魎達が次々と打倒され、ようやく肩で息する両名の元に強烈な援護射撃が向き始める。
「魂を巡りに還すのは私は門外漢なのでね。強引にいかせて貰う!」
 アレフが放つ光に灼かれ、亡霊の奇声が大気を劈いた。
 続いて穿たれるクラリーチェの魔弾に最後の亡霊が消え去り、竜胆の刃が妖魔の首に二枚目の赤帽子を被せた。

 天秤が傾けば、戦況はまさに一気呵成の様相で終結へと向かう。
 相方を失ったレッドキャップとて、イレギュラーズ達を相手に八面六臂の活躍など出来ようはずもなく、瞬く間に打倒された。

「これで――」
 アクアが再びその名に、そして元来の気質にも似つかわしくないであろう炎の術式を編み上げる。
 けれど一歩踏み出すと決めたのだ。だから。
「――おしまい!」
 激しい炎に包まれ、最後の骸が焼け落ちた。


「……この調子では今後も楽に、とはいかないな」
 今の己自身の戦いの仕方を探る必要があると、アレフは嘆息して掌に視線を落とす。
 特異運命座標としての初仕事は終えたが、なかなかどうして、分かってはいたのだが天に弓引いた熾天には相応しくない力のありようだ。
 この世界に来た以上、あの頃の力など望むべくもない。だが客観的に考えれば、先ほどのフォローは間違いなく戦況に貢献している。
 ともかくこの世界に求められている事が何であるにせよ、彼が戦いから離れることは決してあり得ないのだろう。
(何れにせよ、今の私は強くはない)
 それを知ることが出来ただけでも、まずは僥倖であろうか。

 こうして戦いは終わった。だがローレット戻って上々な戦果を報告する前に、イレギュラーズ達は自らもう一仕事を課したらしい。

「荷物も捜索しなきゃね。もう少し位の幸運を望んでも罰は当たらないでしょ?」
 竜胆が述べたのは可哀そうな事件の大元、ハンスの件だ。
 生きていただけで幸運とも言えるが、イレギュラーズたる彼女等が関わった以上、もう少し何かあっても良いではないか。
 なにせ運命の特異点なのだ。
「ロバも野生で生きるのは難しいですし、死んでしまったら可哀想です」
 頷いたのは拘束の儀式を解いたティミだ。すっかり普段の表情に戻っている。
「ロバ? そっちは私の出番じゃないかなー」
 そう言いながらもリンネはリンネで自分の役割を果たそうと歩き出す。
 もしもの時が彼女の職分なのだから、そうならないに越したことはないのだ。

 発端は、この教会の化け物を王都の住人が見つけてしまったことにあった。
 その時に荷物とロバを置いたまま帰ってきてしまったということで、ならば化け物を倒すついでに荷物も探してやろうという話になった訳である。
「望み薄だとは思うけど――あれ?」
 アクアが何かに気付いたらしい。よく見れば点々と林のほうに荷物が落ちているではないか。
 荷物を追い、拾い、時に草木に尋ね。ティミとアクアと竜胆は程なく、震えてうずくまるロバを見つけることができた。怯えているだけで衰弱している様子もない。
「日が暮れる前に見つかってよかったわ」
「そうね」
「はい」
 ほっと一息。仕事は順調に進んでいる。

 幸い件の酒瓶とやらも割れてはおらず、今度はロバさん、王都までしっかりと運んで欲しいものだ。
 こちらはこれで一安心であろうか。

 ――

 ――――否。

 そ も そ も の発端は、そこではない。
 冷えた壁に手を添え、命は一人建物の中に踏み込んだ。

 床が軋んだ音を立てる。
(この教会が廃れた原因がある筈だものね)
 荒々しい家探しをする心算もないが、真相は掴んでおきたいものだ。
 礼拝堂の裏方にまわると、染み込み乾いた血の中に落ちていたのは一冊の手記だった。
 記されていたのは、権力闘争の果てに修道院へ閉じ込められた貴人による、憎悪と怨嗟から狂気へと至るまでの言葉だ。
 それが惨劇へとつながったのであろう。
 妖魔も血の臭いに誘われて現れた。要するにただそれだけの話であった。
 これは後で一応情報屋へ伝えておけばよかろう。

 そんな命からの報告に、クラリーチェ視線を落として祈る。
 彼女としては、知らなければならないことではあったのだ。
 そしてそれ以上を知るべきか否かは、この国では特に、慎重にならざるを得ない問題でもある。

 それはさておき。後は簡素な葬儀をせねばなるまい。
 教会の裏方に古い墓地があるが、弔いはそこが最適に思えた。

 ――命はいつか尽きるもの。
 その魂は天に還り、その肉体は土に還り。
 土に還った肉体は、他の生命の糧となり、世界は回ります――

 クラリーチェが祈り、リンネが沈んだ音色の鐘をそっと奏でた。
 盛り土に命がそっと花を添える。
「貴方たちも、還りなさい」
 クラリーチェの言葉に、イレギュラーズ達が思い思いの作法で祈る。亡者達が今度はゆっくりと眠れる様に。

 各々のやりようは違うが、そんな教理の差異はともかく、なすべきは何も変わらない。
「はいはーい、送るよー。正しい輪廻へご招待~」
 そして世界は違えども、死神の職務も変わらない。

 冬の風は祈りと共に。

 灰は灰に――

 塵は塵に――――

 埃の積もった歯車が動き出す。

 魂はあるべき輪廻の環へと還るのだろう。
 残された清らかな灰は、澄んだ青空に溶け消えた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様です。

 快勝ですね。
 久しぶりのリプレイでしたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 またのご参加を心待ちにしております。pipiでした。

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