PandoraPartyProject

シナリオ詳細

幽霊ピアノは弾かれ足りない

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●「赤耳の蜥蜴亭」はその古いピアノで有名です
 エンサイン王国ハーストン領アルダーマン村の中心にある酒場「赤耳の蜥蜴亭」には、一台の年代物のピアノがある。
 とある名工が晩年に作り上げたとされるそのピアノは、「真に優れた演奏家しか満足に演奏させられない」ということで有名だった。
 村の住民は言うに及ばず、ハーストン領内の名うての演奏家でさえも、ここのピアノで演奏すると決まって音を外したり、ペダルの不調を訴えたりして完璧に弾くことが出来ないのだ。
 仕舞いには「あのピアノには幽霊が憑りついていて、満足する演奏が出来ないものの演奏を邪魔するのだ」と言われ、幽霊ピアノなるあだ名がつくほどである。
 そんなわけで「赤耳の蜥蜴亭」ではピアノの演奏はほとんど行われず、演奏家は弦楽器や笛で酔客を楽しませるのが専らの慣習だった。
 そんな具合でピアノの鍵盤を押す者もおらず、しかし酒場のマスターが掃除と調律をこまめにやっていた、ある日のこと。アルダーマン村に一人の若者が訪れた。
 決して華美でない、ありふれた服装に身を包んだ、人間族の年若い青年だ。彼は村の中を見回しながら緩やかに歩き、「赤耳の蜥蜴亭」の扉を開ける。
 そしていつものようにピアノの掃除をしていた、赤鼻のマスターに声をかけたのだ。
「素晴らしいピアノですね、弾かせていただいてもよろしいですか?」
「これを? いやぁ止めておいた方がいい、ピアノに邪魔されて恥をかくのがオチだ」
 無論、やんわりと断りを入れるマスターだ。何人も、こうしてお願いしてきて、押し通して、失敗して顔を赤らめてため息と共に去っていく演奏家を見てきたのだ。
 しかしてこの青年も、過去の無謀な面々と同じように懇願してくる。
「吟遊詩人としては駆け出しの私です。恥など今更恐れるものではありません。どうか」
 その青年の熱意と、瞳の奥に輝くまっすぐな光に、マスターは押し黙った。
 これは、何を言っても頑として動かないタイプの輩だ。ため息をついて、ピアノの前を空ける。
「……後悔しても知らんよ」
 そう告げて、カウンターの向こうに引っ込むマスターだ。
 新しい挑戦者の登場は、アルダーマン村を駆け巡った。老いも若きも、男も女も、誰もが「赤耳の蜥蜴亭」にやってきて、鍵盤を押して音を確かめる若者を見やる。
「『幽霊ピアノ』を弾きたがる奴が来たって?」
「若造じゃないか。無茶なことを――」
 口々に軽口を叩き、侮った様子を見せる村の人々。そんな声を背中に聞きながら、青年はすぅっと息を吸い込み、目を閉じた。
 楽譜を頭の中に思い浮かべ、リズムを整え、鍵盤を叩き始める。
 その瞬間だ。
「「う……っ!?」」
 彼の弾く音色に、その場にいる誰もが。誰もが息を呑んだ。
 的確な緩急、乱れの無いリズム、情感に満ち溢れ、流れる様に滑らかな演奏。
 上手い、という言葉ではとても言い表せない。卓越した演奏が酒場を支配していた。
「何という腕前だ……」
「しかもこれ、ツィーリーの八番じゃないか……? それをあんな正確に……」
 先程までの侮った空気が嘘のように、驚愕と感動、その奥にある興奮が人々の間で流れていく。
 ロマン派の巨匠、ツィーリーの作曲したピアノ用楽曲の中でも、八番は特に難度の高い曲として知られる。名だたる演奏家でも、楽譜に記載された通りの速度で、ミスなく弾けるものは一握りだ。
 それを、この青年は、あの幽霊ピアノで、一つのミスもなく弾いている。
 そして感動に満ちた数分の最後の数秒。結局最後まで一度の失敗もすることなく、青年の指が最後の鍵盤を押した。
「嘘だろ……」
「弾ききった……『幽霊ピアノ』で……」
 ざわざわとしたざわめきが、一層大きくなる。この青年は、確かにやりきったのだ。
 ホッとした表情をしながら、青年が鍵盤から指を離す。そしてゆっくりと立ち上がり、観衆へと振り返った。
「ご静聴ありが――」
「「おぉぉぉぉーっ!!」」
 途端に、割れんばかりの拍手が巻き起こる。誰も彼も、酒場のマスターまでも、惜しみない拍手を青年に送っていた。
 そして青年が、一礼をしようとした、その瞬間だ。
「な……」
「なんだっ、ピアノが!?」
 にわかに観衆が騒めき出す。何事かと振り返った青年は目を見開いた。
 ピアノが、ひとりでにガタガタと揺れ動いているのだ。まるで青年に拍手を送るかのように。
 そして。
『もっと……』
「え……」
 ピアノから、誰のものでもない、底冷えのするような女の声が聞こえてくる。
『もっと弾くのです! もっと聴きたい!』
 その声は確かに、若者――カートのさらなる演奏を求めていた。

●酒場に楽器演奏はつきものです
「やあやあお歴々、今日もお日頃はいかがかな?」
 『ツンドラの大酒飲み』グリゴリー・ジェニーソヴィチ・カシモフはにこやかに笑いながら、境界図書館の一室に居並ぶ特異運命座標たちにそう告げた。
 その手にはいつものように、一冊の本。彼が本を片手にここにいるということは、何かしらの仕事が舞い込んできたということだ。
「今回案内するのは、そう、『クロウエル』での案件だ。何やら、とある村で面倒なことが起こっている様子でね」
 そう話しながら、グリゴリーはもう片方の手に持ったスキットルの蓋を開けた。その中身をくいと飲み、ぺろりと口の周りを舐める。
「何でもその村には『幽霊ピアノ』と呼ばれる、幽霊が憑りついていると噂されるピアノがあるんだがね、驚くなかれ、並の演奏家では幽霊に邪魔されて満足に演奏できないという代物だ。そいつを使って、完璧に弾き切った演奏家が現れたらしい。しかも難関曲と評されるツィーリーの八番をだ」
 大仰に両腕を広げて話しながら、グリゴリーは満面の笑顔を見せる。
 曰く、そのピアノは、弾くたびに音が不規則に外れたり、ペダルが破損したりと、演奏するたびに何かしら失敗やトラブルが起こる、いわく付きのピアノなのだそうだ。村の人々はそのピアノには幽霊が憑りついて、演奏に不満があると邪魔をするという噂までしている。
 そんなピアノで、難しいとされる曲を、完璧に弾き切る。並大抵の技量ではないことは間違いない。さぞ名のある名演奏家か、これから名が売れる若手なのだろう。
「まぁ無論のこと、大歓声、大喝采。ここから彼、カート・ダンヒルの名は王国を飛び越えて世界に知れ渡り――なんて、事がうまく運ぶわけもなくてだね。かの青年の演奏は、ピアノに憑りついた幽霊すらも魅了してしまったらしい」
 そう話し、スキットルの蓋を戻しながらグリゴリーが苦笑を浮かべた。
 なんでも幽霊は、カートの演奏をいたく気に入り、カートが何とかしてピアノの傍を離れようものなら、見えない力で引っ張り戻してしまうのだそうだ。
 酒場だから飲食物の用意は出来るし、他の者がカートに近づくことは出来るから身の回りの世話こそできるものの、これでは睡眠も満足に取れない。排泄するためにトイレに行くことすら許されないのだ。
「と、いうわけでだ。このままではダンヒル氏が幽霊の我が儘で命を落としかねない。なんとかして、彼を救ってくれ……というのが、今回の案件なのさ」
 そこでグリゴリーは言葉を切る。彼自身も、どうしたものかと言いたげである。
 何か手はないのか、と誰かが声を上げた。その言葉に、グリゴリーは再びスキットルの蓋を開ける。中に入っている何かをぐっと飲みこむと、親指で顎をかきながら眉間にしわを寄せた。
「そうさな……俺も、そこまでいい案が浮かんでいるわけではない。が、相手は幽霊だ。求めているのはダンヒル氏のような素晴らしい弾き手に自身を弾いてもらうこと。
 演奏の腕に自信があるなら、正攻法で自慢の演奏を披露するんでもいい。腕前に自信がなくとも、模倣に自信があるならダンヒル氏の演奏技術をまるっと写し取ればいい。ダンヒル氏のコピーを作り上げて演奏させるのもありかもしれないね。
 要は、ダンヒル氏がピアノから解放されれば、それでいいのだよ」
 その言葉に、ため息交じりに肩を落とすもの、逆に目を輝かせるもの。特異運命座標の反応も様々だ。
 つまりは何とかして、「もう充分カートの演奏を聞いた」と思わせるなり、「カート以外の人の演奏も聞きたい」と思わせるなり、すればいいということだ。
 悩ましい話だが、考えれば手はあるだろう。顔を見合わせる特異運命座標の面々を、グリゴリーがぐるりと見回す。
「とまぁ、そんな具合だ。若く輝かしい才能が地に落ちてしまう前に、お歴々の力で救い上げてくれたまえ」
 そう告げて、獅子の獣人はにこりと笑う。ポータルの向こうから、絶え間なくピアノの音色が聞こえてきていた。

NMコメント

 特異運命座標の皆様、こんにちは。
 屋守保英です。
 ピアニストってすごいですよね、最近演奏動画をよく見ては魅了されています。
 今回は、そんなピアニストを助けるお話です。

●目的
 ・カート・ダンヒルを「幽霊ピアノ」から解放する。

●場面
 エンサイン王国ハーストン領アルダーマン村にある酒場「赤耳の蜥蜴亭」店内です。
 店内はアメリカンスタイルなバーという感じで、様々な軽食と酒を吟遊詩人の演奏と共に楽しめることがウリです。
 料理も酒もそれなりに美味しいです。
 店内のステージには年代物のピアノ「幽霊ピアノ」が据え付けられています。カートはこのステージ上から降りることが出来ないでいるようです。

●被害者
 カート・ダンヒル(20歳)
 エンサイン王国の吟遊詩人ギルドに所属する、旅の演奏家。人間族の男性。
 ピアノの演奏に関して卓越した技量を持ちながら、その若さゆえに重んじられておらず各地の酒場で演奏を披露することで生計を立てている。
 アルダーマン村の酒場のピアノで演奏を披露した際、幽霊ピアノに魅入られて縛り付けられてしまう。

 それでは、皆さんの楽しいプレイングをお待ちしております。

  • 幽霊ピアノは弾かれ足りない完了
  • NM名屋守保英
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年08月26日 22時10分
  • 参加人数4/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ボーン・リッチモンド(p3p007860)
嗤う陽気な骨

リプレイ

●クレッシェンド
 酒場店内に、ピアノの音色が絶えず響く。
 演奏するカート・ダンヒルの顔には疲労の色が濃かった。何曲、ピアノに乞われて演奏を続けたことだろう。
「楽しいはずの音楽……ずっと聴きたいのは山々だろうがそれで人が一人、死んでしまうかもしれないのは頂けないな」
 『小鳥の翼』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)が愁いを帯びた声色で漏らせば、彼の隣に立つ『闇之雲』武器商人(p3p001107)が小さく口元に笑みを浮かべる。
「美しい演奏に魅了されて欲しがるのもわからなくはないが、それで殺してしまったら、ねぇ?」
「カッカッカッ! だが演奏に五月蠅い『幽霊ピアノ』に認められる……演奏家にとって名誉みたいなもんだな!」
 武器商人の言葉に『嗤う陽気な骨』ボーン・リッチモンド(p3p007860)が笑って返すも、その顔には悩ましい空気が見える。
「それにしても、なんでそんな物騒な物を大事に置いていたんだろうな」
 『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)がぼやくように言えば、武器商人がそっと肩を竦めた。
「永い時を経た楽器には、人は愛着を抱くもんさ、回言の旦那」
「そうか……まあ、壊すのは最終手段としておくか」
 彼の言葉に、溜息をつく世界だ。そのほんのり物騒な発言に、ボーンが再び笑い声を零す。
「カッカッカッ! 折角有望な演奏家ならここでピアノの我儘で潰されるのはこの世界の損失だ。人助けと洒落こもうか!」
 そう言いながら、彼らは店内のステージに足を向ける。さて、人助けの時間だ。

●ディミヌエンド
 ちょうど曲が終わったらしい。拍手の中、酒場のマスターが近づいてきた四人に目を向けた。
「おお、その身なりに荷物は、吟遊詩人かい?」
「ああ、そうだ……ステージに上がらせてもらっても?」
 世界の携えるバイオリンのケースと、ヨタカの装い。吟遊詩人の集団と判断する材料は多かった。
 ヨタカが視線をピアノに向ければ、マスターも親指をくいと動かす。
「勿論だ、どうぞ」
 その言葉を受けて、静かにステージに上がっていくのはヨタカ、武器商人、ボーン。世界は一人踵を返してバーカウンターに腰を下ろした。
「さて、まずはあっちに任せよう。マスター、何か甘いものを頼めるか」
「あいよ、それじゃハニーミルクでも出そうかね」
 考え事をするには甘いものがいる。そう思いながら注文を投げかければ、マスターは快く応えた。
 対して、ステージに上がった三人である。ソフトドリンクに口をつけるカートに、ヨタカが声をかけた。
「君が、カート・ダンヒルかな。助けに来た……」
「わ……私を助けに、ですか?」
 唐突に差し伸べられた救いの手に、カートが困惑の色を見せる。その困惑を吹き飛ばすように磊落に笑いながら、ボーンがカートの肩を叩いた。
「カッカッカッ! カートの旦那、今回は災難だったな! だがまあ、あまり幽霊ピアノを責めないでやってくれ」
 幽霊ピアノに目を向けながら話すボーンに、カートの目が見開かれる。
 責めるな、とは珍妙な話だ。とはいえピアノに憑りついた幽霊について、ボーンは話しているようで。
「そう、こいつは旦那の演奏に心底惚れこんじまったファンなもんだ」
「ファン、ですか」
 彼の言葉に、呆気に取られたカートが言葉を繰り返すと、ピアノの蓋が揺れた。中から女性の声がはっきり聞こえる。
「そうです! 私は貴方のファンです!」
「ほらな。ま、今回は度が過ぎるから俺達が介入させてもらうんだがな?」
 その物言いに苦笑をしながら、ボーンは再び笑う。確かに度が過ぎているが、それもこれもカートの演奏に聞き惚れたが故にである。
 落ち着いたところで、武器商人がヨタカに声をかけた。ステージ上の椅子をもう一脚持ってきながら、そっと笑みを浮かべる。
「さて、小鳥。手筈通りにいこうかい?」
「ああ……カート、体力は大丈夫か? 連弾を出来ればと思うんだが」
「あ、はい。曲目は何にしますか?」
 ヨタカがカートを慮りながら声をかけると、年若い青年は喜々として頷いた。
 快諾を得たヨタカが取り出した楽譜は近代印象派の作曲家、フォルトの行進曲だ。賑やかなメロディが幾重にも重なり、とても盛り上がる一曲である。
 ピアノの前に二人座り、呼吸を合わせてから、彼らの指が鍵盤に触れると、ヨタカの演奏するメロディに、カートの演奏する和音が重なった。その音は落ち着いていて軽やかだ。
 そこからジャンと強い音。一転して激しく力強い二人の演奏が、酒場の店内に満ちていく。
 その音色と演奏技術に、マスターと世界がカウンターから笑みを向けた。
「なかなかやるな、あの兄さんも」
「俺は楽器の事なんて詳しくないが……それでも、楽しそうに演奏している、というのは分かる」
 ヨタカのギフトは、人々の感情を増幅する。彼は今、「楽しい」という思いを一杯に広げながら演奏をしていた。
 演奏が楽しい。聞くことが楽しい。そんな思いが、音色を通じてどんどん広がっていく。
「あぁ……この高揚感、ピアノに憑いてからついぞ味わったことのない感覚だ!」
「どうだ、楽しいだろう。カートも、幽霊ピアノも!」
「はいっ!」
 うっとりした声を聞かせる幽霊にヨタカが答えて、カートにも呼びかければ元気よく返事が返ってきて。
 そこから曲の盛り上がりは最高潮。盛り上がって盛り上がって、そこで一気にクライマックス。最後の一音を二人が同時に弾いた瞬間、店内の客という客が一斉に立ち上がる。
 万雷の拍手。それに応えながら、ヨタカは幽霊に声をかけた。
「どうかな。満足してもらえただろうか……」
「どうでしょう……その、そろそろ私は、お手洗いに……」
 カートもおずおずと言葉をかけると、無言でいた幽霊が、観念したように声を発する。
「いいでしょう。用が済んだら、またステージに戻ってくると約束してください」
「ほっ……ありがとうございます!」
 その言葉に安堵の息を吐いたカートが、ステージから文字通り飛び降りた。よほど我慢していたのだろう。
 用を済ませて、手を拭いながら戻ってきたカートに、演奏を傍で聞いていた武器商人が声をかける。
「ダンヒルの旦那。あのコと一緒に演奏して、どうだったい?」
 その言葉に、一瞬目を見開きながらも。カートは頬を赤らめながら頷いた。
「すごく……楽しかったです。演奏が感情豊かで」
「そうかい、よかった」
 そう告げて、武器商人もゆるやかに笑った。

●スフォルツァンド
「さて、と」
 そう言いながら腕をぐるぐる回したのはボーンだ。
「ボーンも、弾くか?」
「俺も演奏家の端くれとして、生前はピアノを嗜んでいたもんさ」
 そう言いながら、先程まで弾いていたヨタカに席を譲ってもらうボーンだ。得手とするのはバイオリンだが、ピアノの腕にも何気に自信がある。
 そこで、考えがまとまった世界も立ち上がる。ストラディバリウスを手にステージに上がった。
「それなら俺も付き合おう。このまま眺めているだけ、というのもさすがにな」
 調弦しながら彼はそう言った。戦闘用の武器だが、演奏に使えないわけではない。
 そんな二人を前に、幽霊ピアノがため息をつくように埃を吐く。
「……ふん、私を簡単に弾きこなせるとは思わないことです。それで、曲目は?」
「カッカッカッ! 決まっている」
 彼女の言葉にボーンは嗤った。世界と視線を交わして、鍵盤に手を置く。
「ツィーリーの八番だ。『幽霊ピアノ』、ボーン様の演奏を堪能しな!」
 そう告げるや、彼は楽譜も見ないで演奏を始めた。同時に世界も即興で、演奏に音色を足していく。ピアノ単体でも華やかな八番だが、バイオリンが加わることでより音の密度が上がった。
「おぉ……!」
「こんなにも華やかになるのか……」
 観客も感動に打ち震えていた。幽霊もまた、邪魔をしようという気が起きていない様子。
 二人の演奏を聞きつつ、武器商人が傍らのヨタカに視線を向けた。
「我は小鳥がこの曲を演奏するのも聞きたいけれど」
「……後で、たっぷり弾いてやるから」
 返すヨタカは嬉しそうだ。自分の演奏が乞われるのは喜びのようで。
 そうこうするうちに演奏はクライマックス。ボーンの指が鍵盤を駆け、追いかけるように世界の弓が弦の上を走る。
 そして最後。しっかりと一音を骨の指が奏でた。
「……よし」
「お見事!」
「素晴らしい!」
 またも大歓声だ。彼もまた、ミスなく一曲を弾き切ったのだ。
 その偉業に、幽霊がぽつりと言葉を発する。
「不思議です。彼と同じ曲目なのに、全く異なる……そして、とても良い」
 そう話す彼女に、ボーンが力強く笑った。
「カッカッカッ! 『幽霊ピアノ』よ、カートの旦那がお気に入りなのは分かるが、世界にはもっとすごい演奏家もいるぜ? 旦那には偶に弾いてもらいつつ、そいつらにもアンタを弾かせるチャンスをやってくれよ、頼むよ」
「そうです……貴女を私が独り占めするのは、勿体ない」
 カートも同調しながら、ピアノに語り掛けた。
 世界には数多の演奏家がいて、その数だけ演奏の仕方があるのだ。その全てが、等しく素晴らしいのだ。
 二人の言葉に、幽霊ピアノはまたも埃を吐き出した。
「そうですね……いいでしょう。今後は、もう少し大人しく聴かせてもらうことにします」
「よっし、決まりだ!」
 彼女の発言にわっと店内が沸き立つ。これで、もう少しこのピアノは大人しく弾かれてくれるようになるだろう。
 喜びが溢れる店内を見ながら、武器商人は傍らのヨタカに声をかけた。
「さて、一件落着。とはいえこれでハイさよなら、ってのも味気が無いってもんだ。そうだろう? 小鳥」
「ああ。もう少し、楽しんでいこう。せっかく解放されたのだから」
 彼もその言葉に頷いて。ゆっくりとピアノに近づけば、再び椅子に腰を下ろす。
 「赤耳の蜥蜴亭」から響くピアノの音色は、それまでよりも数段楽しく、明るいものであった。

成否

成功

状態異常

なし

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