シナリオ詳細
ひとつきりの恋なれど
オープニング
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すきだったの。
だれよりも。
なによりも。
すきだったの。
あなたしかいないとおもっていたわ。
すきだったの。
でもそれももうおわりね。
ねえ、いとしいひと。どうして――どうして、あなたはわたしをみていないの?
●
チェス盤の上でひらりと踊ったクイーンはどこか寂し気だったと彼は語った。
ろくにルールも知らぬ盤上は無作為に置かれた駒たちが所在なさげにしているだけだ。
テーブルの上のワイングラスに残された赤い飛沫は黒々と酸素に触れた血液をも想像させた。
すらりと伸びた白い足を組み合わせた女はそんな彼の様子を詰らなさげに見つけて深く息を吐き出した。
「――それで?」
赤いドレスに身を包んだ妙齢の女の頬が僅かに動く。ワイングラスに指先添えた彼の言葉を待ち望むと暗い部屋の中で息を飲んで。
「誰があんたを殺すんだい」
「誰がって」
「そんな顔して『間違いでした』なんざ言いやしないだろ?」
女の言葉に彼はそのかんばせを青くする。かたりと揺れた指先がワイングラスを弾きテーブルクロスを赤く汚した。
ひ、と息を飲んだのは彼の怯えからだろうか。気にする素振りを見せやしない女はけらりと笑った。
男は、今から死ぬのだと己の運命を呪っている。
男にとって、最愛の人に殺されるという未来は『占われた』物だとしても当たり前に訪れるもののように認識されていた。
タロットを手繰った女は見ようによれば占い師然としている。魔女を思わせる鍔の広い帽子は女の表情に影を落とした。
「可哀そうに。このままならころされるね」
「彼女が云うんだ……俺は他の女の所に行くと」
「そうなのかい?」
「そんなわけ! ああ、でも、彼女は殺しに来るだろう!」
「なら、こう言っておいで。――あいつをころしてくれ、ってさ!」
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ギルドローレットに舞い込む情報は何時だって善悪を問わない。それが私情に塗れた物であれど誰も文句は言わないだろう。
クライアントの言葉を聞いて『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が最初に抱いた感想は「こわい」だったことだけを特異運命座標には伝えておこう。
「……ボクは恋も、愛もわからないのですよ」
小さく息を吐いたユリーカはギルドに設置されている椅子に深く腰掛けて小さく息を吐く。
此度のクライアントからのオーダーは『恋人殺し』だ。蜜月を過ごした相手を殺してきて欲しいと、そうローレットへと懇願してきたのだ。
「クライアントの名前はリッツさん。街の自警団さんです。
普通のお兄さんなのですが、仲のいい結婚を誓い合った恋人がいて――サリューさんという方なのです」
リッツはサリューを殺す様に求めているのだそうだ。何なら、その死体に火を放ち骸さえ残さないでくれとまで言っていたという。
それが愛憎の縺れとなれば尚更に『こわい』という感想は合っているのかもしれない。
「リッツさんはサリューさんに殺されてしまうのだと言っていました。
どうしてそうなったかはわかりません。リッツさんはサリューさんが悪魔に憑かれたと言っていましたが……」
世間を騒がせるような事件との関連性はないだろうとユリーカは判断していた。
サリューは普通の女性の筈だ。殺す事には何ら問題はない。寧ろ、彼女自身が殺されると危機さえ感じて用心棒を雇ったという程だ。
用心棒を倒し、サリューの心の臓の動きを止める。オーダーはただ、それだけだ。
其処に個人的な感情は存在してはいけないと情報屋は知っている。けれど、仲の良かった二人の間に何があったのか――気になってしまうのはきっと、普通の事なのかもしれない。
「ボクは擦れ違ったままの愛なんて、だめだって、おもうですよ。御伽噺だっていつだってお姫様は王子様と結ばれるのです」
不安げに瞳を揺らして。
ああ、けれど。
「けれど――」
幼さを感じさせるかんばせを泣き顔に歪めながら情報屋は、言った。
「ころしてきて、ください」
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――きっと、彼女はこういうんだ。
あなたって、いきてるかちもないのね、って。
- ひとつきりの恋なれど完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年04月26日 20時50分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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あなたのことが、すきでした。
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恋は盲目という。恋は人の理性を奪ってしまうものなのだから、占いに一喜一憂することは間違いではないのかもしれない。
恋は盲目という。恋は人の常識を奪ってしまうものなのだから、占いの結果を信じ込んで過ちを犯すことも間違いではないのかもしれない。
恋とは――
「恋と悪意は違うのよ」
佇む姿は花の如く可憐に、『空白グリモアール』エト・ケトラ(p3p000814)は呟いた。グリモアールの魔女は親友から授かりし姿と愛する人から授かりし心を胸に形の良い唇を歪める。
「愛を勘違いするだなんて化物(ぐしゃ)と呼ばずしてなんと称せばいいのかしら?」
物語の中の怪物は狂ったように紙上を踊る。紅の瞳を細めるエトの傍らで『こや』っと鳴いて見せた『狐狸霧中』最上・C・狐耶(p3p004837)はふんわりとした尻尾を揺らし『ながいきつね』を抱える。
「占い、ですか。私も無縁ではないですね、あまりやらないですけど」
母の教えの通りお稲荷様を信仰する狐耶にとって此度の話題に上がる占いと彼女の狐狗狸占いは性質が違うのだろう。
あまりピンとこないのか耳をぴこりと揺らしながら茫とした瞳を細め、首を傾げる。
「……占い……思い込みは確信に、信じた方が本物って奴ッスかね……」
ロリータドレスで口元隠し、『落ちぶれ吸血鬼』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は病人のように白い肌に不安を浮かべる。虚ろな金の瞳がゆらゆらと揺れ動き、妙に冷ややかさを感じる指はゆっくりとマギ・リボルバーへとかけられた。
「……今回の件が嘘か誠かは知りませんが、依頼者の指示ならアタシらはただ目的を果たすだけッスよ……」
「ああ、『依頼』だもんな。――まあ、よくある事だが解せない点があるってのはアタシにもわかるがな」
金の髪を掻き上げて『Jaeger Maid』シルヴィア・テスタメント(p3p000058)はライフルの感覚を指先で確かめた。異世界より来たりしメイド服姿の女は歯を覗かせてからりと笑う。
「全く、これも悪運ってやつかねぇ?」
「そうかなぁ? ナーちゃんはとってもとってもロマンチックだとおもうの!
おたがいがアイしアイしあう……なんてロマンチックなの! むかしよんだ『おとぎばなし』もこんなテンカイだったにちがいないや!」
蛇の様な細い瞳孔が僅かに収縮する。『アイのミカエラ』ナーガ(p3p000225)は愛らしい口調で語りながらその巨躯を丸めてはぁ、と息を吐きだした。
彼女にとっての『アイ』とは一般的な愛ではないのかもしれない――少女のように無垢な口調で話すナーガの口にするアイは彼女の死生観そのものを表している。
「ナーちゃんもまざりたかったなぁ!」
恋が盲目というならば、愛は難と称せばいいのだろうか。幸福そうに頬を染めたナーガの言葉を聞きながら尾を揺らした『百獣王候補者』アレクサンダー・A・ライオンハート(p3p001627) は肺の奥いっぱいに入り込んだ森の空気を吐き出した。
「恋心を抱くものを殺せとな」
「うん、アイするんだよ」
アイするとは、傷つける事。
ナーガの告げる愛の意味を察したアレクサンダーはふむ、と小さく呟く。彼にとって『恋のかけひき』は人間特有のものに思えてならない。
「……人間というのは、恋愛一つとっても不自由なものじゃ」
「ああ。実に滑稽だ。愛憎劇の末、愛に狂った男は愛に狂った女の人生に幕を下ろす。たったそれだけのひとつきりの恋だ」
『蠢くもの』ショゴス・カレン・グラトニー(p3p001886)は黒い結膜に赤い瞳を浮かべ痩せぽっちの体を揺らす。伸びた青の髪が風に舞い上がる事を煩わしそうに目を細め、命知らずを嫌う様に皮肉にも唇を歪め。
「愚生は体を満たすため、ただただ喰らうだけである」
「ええ、そうね。残念だけれど――彼女にはここで死んでもらうわ。世の中って言うのは理不尽で溢れているものよ。
犬に噛まれる位、子供が転んでしまう位、それ程に容易い理不尽なの。その渦に飲まれてもらうだけ――仕事だから殺す。仕事だから死んでもらう、それだけよ」
何の感情も浮かべずに、秋空 輪廻(p3p004212)はそう言った。その美しいかんばせに張り付けた能面の奥、彼女が何を考えているのかは誰も知らない。
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犬の気配がする。それだけでクローネはその表情に嫌悪を示した。人気はないが決して質素ではない暮らしをしているのだとわかる居宅には柔らかな明かりが灯っている。
己を護る用心棒達に料理でも振る舞っているのだろうか、何所か優しいかおりが周囲には漂っていた。
「……用心棒の生死は問わない、……猟犬? ……どっちでも良いが犬は嫌いだ」
ぼやいたクローネはぐるると咽喉鳴らしながら冒険者たちを警戒する了見を見下ろし、冷たい目でマギ・リボルバーの銃口を向ける。
揺れたカンテラの灯りが猟犬に影落とす。安易に引かれる引き金に、はじけ飛ぶように魔力は弾丸と化して猟犬の身を抉る。
キャインと跳ねる様な声が聞こえ、クローネが後方へ一歩後退したその場所へ『敵襲』だと声高に叫ぶ用心棒達がサリューを庇い逃げ出さんと姿を現した。
「何であれターゲットを逃がす様な動きがあるならさっさと殺しますよ……」
「美人を殺すのは忍びないが、これも依頼なんでね」
だん、と地面を蹴り己が手に憎悪の剣を握る如く、闇を切り裂く銀の弾丸は用心棒を狙い穿つ。その一撃に怯えた様に頭を下げたサリュー。
頭上をぐるんと回った慈愛の円匙はナーガの『アイ』を乗せ用心棒の体を叩きつけた。
「アイしアイされ、とってもたのしいね!」
アイの深さはその攻撃一撃に現れる。取り回しの悪さは彼女の『アイ』の重さ故か――地面を勢いよく蹴り上げて肉薄する巨体と突如の襲撃にサリューはきゃあ、とか細い悲鳴を漏らした。
「だ、誰か」
助けての言葉は聞きたくなくて。ナーガは首を傾げて瞬く。「ナーちゃんにアイされたくない?」と問い掛けるその言葉の意味が解らずにサリューは「あ、あ」と何度も繰り返した。
「押し込み強盗ってやつですね、ぶっちゃけ」
占いは指針を示す。それ故に、こうして『占いの結果を信じ込み殺人事件にまで発展』するというのは狐耶にとっては違和感しか感じないがこの際口にするのも憚られるだろう。
風に靡いたマフラーで口元隠し、父が泣き寝入り母が満足げに手渡して来た家宝『宝剣コヤンスレイフ』を振り上げたヨリシロたる少女は『こやっ』と用心棒を凪払う。祭事に使用する鏡を盾代わりにその身を前進させ狙うは――
「ヒーラーを倒すのが定石です」
茫とした表情からは想像もつかぬ理知的な思考はすぐ様に敵の意識を彼女へと向けさせた。
「余所見ね」
ぐん、と肉薄し拳を叩きいれた輪廻は己が肉体を使って戦闘態勢へと転じる。サリューの動向を確認する冒険者たちに、聡い用心棒はハッとしたように顔を上げ声高に畜生と告げた。
「『やっぱり』あの男か――!」
「……印象と経験論でしかないけど、あのタイプの男で最初に取るアクションが間接的とはいえ殺害って珍しいだろ。良い悪いの話じゃなくて、ヘタレだし」
サリューの不安は『リッツに殺されるかもしれない』というものだったのだろう。予想が当たったと歎きの声を上げた用心棒の言葉を耳にしてシルヴィアはライフルを手に肩を竦める。
銀の弾丸は敵を穿ち、逃がさない。サリューを庇う男の肩口を抉った精密なる射撃が赤い血潮を滲ませる。
声なきサリューの叫びを聞いて痴情の縺れの片づけは面倒なものだとシルヴィアはぼやく。輪廻は先ずは一人と用心棒の意識を奪い足元に絡みつく様に動く猟犬の脳天へと踵を落とす。
(綿密な策などないが『押し入り強盗』とは斯様なものか)
ショゴスは赤い瞳でぐるりと了見を見遣る。自由なる攻勢は徹底して猟犬を痛めつける。
長い髪が動きに揺れる。くん、と引き摺る様に猟犬がその髪に絡みつけば、ショゴスは痛みを感じる様な仕草なく、一気に拳をその胎へと叩き込んだ。
「――愚生が喰らう側だ」
己が中に居る茶の髪の青年の形を思い出す様にショゴスはどろりとその身を変貌させる。性別も、年齢も、理性さえ、全てを失った混沌の徒は獣に怯む事無く奥に控えた女を両眼に映り込む。
「あ、あ――どうして」
「……愚生には分からない」
首を振るショゴスの言葉にエトは「そうね、そうだわ」と小さく呟いた。
「『理解(わか)っている』人なんて此処には誰もいないわ」
――これが誰の差し金かなんて、直ぐに理解っているのでしょうけれど。
あえて言葉にせずともエトが告げたいそれは伝わっていただろう。
斯くも人間は不便なものだとアレクサンダーは人間の想いをなぞる様に咽喉鳴らす。
「この場所に住まう女を殺す事だけじゃ」
「わたし、を……」
サリューのか細い声にアレクサンダーは大きく頷く。彼女は己が殺される理由に見当がついていたのだろう。
アレクサンダーの巨躯を眺めながら「占いが」と小さく呟く。
「占い、そうですね。何かご存知ですか?」
息絶えた用心棒の死骸を踏まぬようにと跳ね乍ら近寄る狐耶の傍らでアレクサンダーは丸い瞳をサリューへと向ける。
「『占い』は――……わたしと、リッツが出会ったきっかけの……」
ぼそぼそと、小さく呟いたその声にアレクサンダーは「占いで人は愛し合うのか」と不思議そうな顔を見せた。
贔屓にする占い師が居たのだという。その占い師が声高に二人へといった。
殺してしまうのだと――女が男を殺す未来が見えているのだと。その言葉は、如何したものか二人には『本当にそうなるもの』のように感じてしまって。
個別にその占い師に問いかけた。そうなってしまうのかと。
嗚呼、そうだと『占い師』は言ったのだという。だから、殺しなさい、と。愛憎劇の果て、生き残るのはどちらかのみなのだと。
「どうして信じることができたのだ?」
アレクサンダーの言葉にサリューは首をふるりと振る。その意味が解らぬままにショゴスは小さく首を傾いだ。
「わたしは」
女は言う。声を震わせ、裸足の儘に飛び出した、その哀れな姿で。
「わたしは、ころされてしまうのかしら」
彼に――それとも、あなたたちに。
女は理解していたのだろう。強盗としてやってきたわけではないのだろうと。己を逃がさんと動く冒険者たちの動きに、『彼』が殺す様に依頼したのだろうと。
聡い女のその声にエトは目を細める。物語はハッピーエンドばかりではないと彼女はよく知っていたのだから。
「ごめんなさいね、わたくし達は此度は殺戮者。
貴女の終わりを紡がなくてはならないの。恨み言の一つ位、彼に届けても構わないけれども……何か伝える事はあるかしら?」
見下ろした女の表情は蒼白。白んだ空よりも尚――その色を失っている。
唇が揺れ動く。
愛しい人の名前を呼んで。
エトの瞳がゆっくりと見開かれる。狐耶は深く息を漏らし尾を揺らした。
ゆっくりと歩み寄った輪廻は首を振る。そんな言葉、聞きたくはなかった――『有益な情報』だけを教えてくれればよかったのに。
流れる血潮が、女の髪を汚している。そんな悲痛な顔をして、最後に言ったのがそんな言葉だったなんて。
「……アイしてあげたんだね」
「そうね」
ナーガの言葉に輪廻は只、それだけ返す。倒れた用心棒たちの遺骸と息絶えた猟犬を見下ろしてシルヴィアは「終わったな」と肩を回した。
「人間とは、」
「――……難しい……生き物ッスよね……」
アレクサンダーの言葉の続きを口にしてクローネはゆっくりと屋敷の外に上り始めた日を眺める。
流れた血潮を指先なぞりショゴスは『哀れな女の言葉』を――決して届く事のなかった想いを口にした。
――あなたのことが、すきでした。
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ぱち、と爆ぜる音がする。茫とその両眼に焔を映しこみながら狐耶は「この事件の顛末は実に簡単です」と振り仰いだ。
「サリューさんは命の危機を感じ、用心棒を雇っていた。その危機が何なのかは『知りません』。
罪なき市民を襲ったのは、金に困った荒くれ者。用心棒やサリューさんを殺し、金品を奪った後、家に火をかけた」
ぱちぱちぱち、と。何度も爆ぜる音がする。狐の耳はぴこりと動き詰まらなさそうに指先は髪を弄る。
「実にこやっと簡単な事件です。探偵だってこの事件には欠伸を漏らして1分でターンエンドでしょうね」
「ええ、そうだわ。だから――だから、遺品を持って依頼主の所に戻って頂戴」
表情は変わらない。狐耶の言葉を聞きながら輪廻は小さく呟く。リッツに聞きたいことが有るのなら好きになさい、と。
火を放ったサリューの居宅には用心棒の遺骸が詰め込まれている。外傷も気付かれない様にと脂の饐える匂いが周囲には蔓延していた。
「……アンタは?」
「私は、彼女を埋葬してから戻るから、先にいきなさい」
輪廻の演技とポーカーフェイスは完璧だった。周囲の警備を固めていたシルヴィアはたいまつを投げ入れて輪廻の背を見遣る。辺りを照らす焔が誰かの命を消し去らんとする様子はシルヴィアの瞳には『よくある事象』として映り込んでいた。
「了解。ナーガ、アイし終わったんなら行くぞ」
「うんうん! ……カラダがのこらないなんて……サリューちゃんもかわいそうだなぁ……せつないや」
サリューの遺髪だけでもと、埋葬を望んだ輪廻を振り仰ぎナーガは淋し気に肩を竦めた。この依頼が罪なき人の命を奪った事を冒険者たちは重々承知していた。だからこその焔だ、そう分かっていても。
ハンカチーフに包んだサリューの左手の薬指には小さな石が嵌った指輪がその存在をアピールしている。エトはそれを『サリューの死』として依頼主に渡す事としていた。
周辺の隠蔽工作を行うショゴスは肉体のいたるところから聞こえる冒涜的な声を耳にしながらゆっくりと目を細めた。己が中に捕食した何かが産声を上げる様に手を伸ばしている。
命を莫迦にしている莫迦げた滑稽たる愛憎劇――ショゴスにとって『命知らず』でなかったリッツは余りに愉快な存在で。
人気ない酒場で待ち合わせしていたリッツは不安げに冒険者を仰ぎ見る。どうだったのか、とその表情は依頼の成否を問い掛けた。
「……髪なり、装飾品なり、恋人なら直ぐにわかるでしょうよ……」
「サリューだ」
ぼそり、と呟いたリッツの左の薬指には同じデザインの指輪が嵌められている。ちら、と視線をやってクローネは小さく肩を竦めた。
「……これで殺されないで済んだですから、後は精々生きて下さいな……」
大きく頷くリッツの表情に安堵が滲む。占いとは、と声をかけたクローネに視線を合わせエトは「ねえ」と小さく囁いた。
「彼女もまた、占いで貴方に疑念を持った様よ……貴方もそうじゃないの?
偶然と片付けるか、真実を手繰るか……貴方の良心と彼女への思い次第よ」
――誰かが、サリューとリッツの運命を捻じ曲げたのかもしれない。エトの言葉に蒼褪めたリッツはサリューとか細い声で呼ぶ。
命を狙われていると最初に感じたのは只の勘違いであったのかもしれない。只、その『占い』が脅迫的になるほどの何らかの影響を与えたのは確かだ。
これ以上話を聞く事が出来ないだろうとエトはサリューのすべてを伝えながら小さく息を吐きだした。
「コレでよかったのか? ……まぁ、どこかで腹ごしらえしていくか」
困った様に呟くアレクサンダーの声を聴き、狐耶は「そうですね」と尾を揺らす。エトは俯き涙を溢す青年の傍らでその表情を変えぬまま、少女の声音で囁いた。
「ねえ――ひとりきりの恋(ものがたり)のエンディング。それは貴方が、選ぶのよ」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
炎の爆ぜる音を高確率で描写しておりますが、炎で全てを隠すというのは非常に良い選択でした。
またご縁がありましたら。
GMコメント
菖蒲(あやめ)と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。
●成功条件
サリューさんの死亡確認
●サリューさん
普通の女性。リッツさんの婚約者です。
彼の事を愛していましたが、彼が己と遠く離れて仕舞う事を酷く恐れているようなことを話していました。最近は占いに夢中のようです。
●用心棒*2名
彼女を護る用心棒です。猟犬5匹と共に彼女の住まう小さな家を護っています。
二人ペアのようで、片方は前衛、もう片方は後衛(回復中心)のようです。
●サリューさんの家
少し市街地より離れた小さな家。木造作りです。
サリューさんの死亡を確認した後に最後は家ごと燃やしてくれればうれしいとクライアントは宣言していたほどです。
戦闘行動が不利になる様な立地ではありません。それなりの広さです。ノックが3回で扉を開く習慣があります。
●リッツさん
最近は占いに夢中の自警団の男性。サリューさんに殺されると思い込んでいます。理不尽ですか? そういうものです。
終わった後で話を聞く事は出来そうですが――今の段階では無理そうですね。
こわいこわいかのじょがきてしまうじぶんをころしにくるんだ。そのまえにころさなければならない。どうしようかのじょがかのじょがきてしまう。はやくかのじょをころしてくれないか!
●注意
この依頼は悪属性依頼です。
通常成功時に増加する名声が成功時にマイナスされ、失敗時に減少する名声が0になります。
又、この依頼を受けた場合は特に趣旨や成功に反する行動を取るのはお控え下さい。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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