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シナリオ詳細

再現性東京2010:レイニーデイP 翼の折れた物語

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●奪った翼の物語
 コンクリートに雨が降っていた。
 四階建ての廃ビル。月と虫だけが歌う夜。
 床タイルはおろか窓のひとつもはまっていない、そこは建設途中で廃棄されたビルの部屋。
 ここで一番月に近い場所。手すりのない屋上で、少女は両手を広げて踊っていた。
 白いワンピースが風にゆれて、少し伸びた前髪ごしに彼女がこちらを見た。
 ぴしゃん、裸足のかかとがコンクリートの水たまりにとまった。
 両手を腰の後ろで組んで、いたずらっぽく笑う。
「また来てくれたんだね」
 彼女の名前を、『ぼく』は知らない。
 ぼくの名前もまた、彼女は知らない。
 もう何度目か、この屋上で出会っただけの。
 彼女はスキップでもするように、水たまりの屋上を歩く。
 ぼくの前で立ち止まって、顔をのぞき込むようにして。
 そして。
 唇がもうすぐで触れるほどの近くで、もう一度笑った。

●夜妖<ヨル>を払うものたち
 所変わってここは希望ヶ浜学園、空き教室。
 スマートフォンへの呼び出しに応じたイレギュラーズたちを待っていたのは、開けた窓からの夜風と、高級なウィスキーの瓶と、ビットローファーのブランド靴を机にのっけてくつろぐ、紫のスーツを着た男だった。
 あなたが学園のパンフレットを見たことがあるなら知っているだろう。この学園の『仕事をしない校長』こと無名偲・無意式である。
「怠惰は神が人に与えた良心だと俺は思う。俺は休暇や有給や定時退社という言葉が好きだ。できれば一秒たりとも働かずに生きて行ければいいとさえ思う。
 俺が雇われ校長などやっていなければ今頃自宅でテレビでも見ていたところだ。いや、今すぐにでもそうしたい。
 お前もそう思わないか――イレギュラーズ」
 今さっきベッドから起きてきたかのような、けだるい口調であなたへと振り返る。
 くまの深い目やくたびれた髪型。顔つきから、服装から、纏う気配から、そのすべてから不吉さが漂う彼が……今回の実質的な依頼人である。

「さて、渋々ながら労働をしよう」
 机から足をおろし、両手の指を君で膝の上に置く。やや猫背になって、無名偲校長は話し始めた。
「『宵引き』――という怪異がある。
 これはぁ……鎌倉時代のことだ。主人と口論になった商家の息子が夜に家を飛び出すと、河原に薄着の遊女が踊っている。不思議に思って様子を見ていると声をかけられて、不思議と安堵した子供が遊女に心を開き胸の内を明かして語った。こんなことが数日続くうち、子供は徐々にやつれていくようになった。飯も食うし働きもする。至って健康な暮らしをしているのにだ。しかし子供は夜に家を抜け出しては河原の遊女へ会いに行っていたのだな。それが七十七日続いたある日、朝になっても子供は帰らなかった。主人が探しに出ると、明けの川にうつ伏せになって浮いていた。
 ……とまあこういう話だ。
 おまえも夜に家を抜け出して特別な気分になった子供時代があるんじゃないのか?」
 校長が語るのはあくまで怪異の元ネタ。怪異が顕現する原点といったところだろう。
「この『宵引き』が……この場所に発生したらしい。うちの生徒が魅入られたらしくてな、丁度……そうだな、明日の夜に出会ったが最後、彼は明けのビルの下に潰れた姿で見つかることだろうさ」
 けだるそうに、しかし淡々と彼は言った。
「やるべきことは簡単だ」
 指を二本、立ててみせる。
「彼が訪れる前に――現地へ行って、女を殺す」
 立てた指をそのままに、校長は目を細めた。
「簡単だろう?」

●飛べない翼の物語
 なんでもない話をした。
 学校のこと。
 寮でのこと。
 今朝食べた食パンをのどにつかえたこと。靴のかかとがすり減ってきたこと。夏の天体について。昔見たテレビドラマ。かつて暮らしていた世界で読んだ漫画。かつて暮らしていた世界で仲の良かった友達。かつて暮らしていた世界での両親。かつて暮らしていた世界での学校。かつて暮らしていた世界でのクラスメイト。かつて暮らしていた世界で見た落書きだらけの自分の席。かつて暮らしていた世界で見たゴミだらけの下駄箱。かつて暮らしていた世界で見た汚された体操着。かつて暮らしていた世界で見た空。いま見ている、空。
 雨に打たれながら、なんでもない話をした。
「明日もまたきてね。約束、だからね」
 彼女が小指を立てた。
 ぼくと違って、雨に一滴も塗れず、そよかぜに吹かれた彼女が。
 笑って。

GMコメント

■オーダー
 成功条件:『宵引き』を殺し破壊する。

 校長に指定された時刻、指定された廃ビルの屋上へおもむき、『宵引き』を倒します。 求められているのはそれだけです。
 それ以外のことは、あなたの自由です。


 あなたはどうしたいですか?


■『宵引き』
 ひとを徐々に衰弱させて殺してしまうという怪異です。
 自衛能力、というか戦闘能力はがかなり強めに備わっているので、仮に戦闘して無理矢理倒すとなったら全員で協力して戦う必要が出るでしょう。

■■■アドリブ度■■■
 ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
 プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。

■補足情報
●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京2010:レイニーデイP 翼の折れた物語完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月04日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務
シルフィナ(p3p007508)
メイド・オブ・オールワークス
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール
一条 夢心地(p3p008344)
殿
薫・アイラ(p3p008443)
CAOL ILA
ロト(p3p008480)
精霊教師

リプレイ

●雨が降っていたから、死ねると思った
「怪談に紛れ込んだ幻想怪奇の類は如何に映るのか。此度の私は『美術部顧問』と設定すべき。貴様等の美貌は我等『物語』なのか」
 国語の教科書をぱたんと閉じて、『にんげん』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は世にも不気味に笑った。
 希望ヶ浜学園。放課後の空き教室に、閉じた音が乾いたように反響する。
 机に腰掛け、スカートをぽんぽんと叩いて整える『JK』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。
「うえー、暑い。トーキョーってこんなにむし暑いのが普通なの? そんなとこまで再現しなくていーじゃんねー」
「それも含めてだけど……召喚されてなお、この世界を否定してもとの世界の箱庭を作り上げるなんて、大したものよね。ある意味、破綻しているようなものかもしれないけれど」
 だて眼鏡を外し、ケースにしまう『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)。
 『はじまりはメイドから』シルフィナ(p3p007508)はその様子を見てから、最近手に入れたばかりのaPhone<アデプト・フォン>を取り出した。
「この後はしばらく自由行動でしょうか」
「メイは図書室いってみますね。例の廃ビルのこととか『宵引き』のこととか、なにか分かるかも知れないのですよ」
 『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)はそう言って教室を出て行く。
 その後ろ姿を見送ってから、肩から『歴史教師推参』ってたすきをかけた『殿』一条 夢心地(p3p008344)が皆へと振り返った。
「怪異のことは世間に秘密なのじゃろ? 本を調べて出てくるのかのう」
「関連する新聞とか……そういうものがあるかもしれませんわね。わたくしも少し、聞き込みをして調べるつもりです」
 『高貴なる令嬢』薫・アイラ(p3p008443)は胸に手を当てて、どこか気品を感じさせるしぐさで首をかしげた。
「こういった事柄には……ええ、正直に申し上げますと、好奇心が勝りますわ。
 伺いました怪異の原点のお話から推察いたしますに、まぁ、麻薬のような物ですわね
 ささやかな不満に付け入り、取り込んで破滅へと誘う。
 いずれにしても、わたくしにはあまりご縁のございません存在ですわ」
「なるほどのう。麿は油すましを見たことがあるぞ。あの油すまし!
 それに比べれば宵引きなどという聞いたこともない妖怪じゃのう。
 ま、妖怪退治なら大船に乗ったつもりでいてくれて構わないからのう。なーーーーっはっはっは!」
 大笑いする夢心地につられたように、『特異運命座標』ロト(p3p008480)もほんわかと笑った。
 そして口元に手を当て、うつむく。
「確かに今回の案件は怪異を倒せば解決する。けど……『救おう』とするなら……」
 外では蝉がないている。
 ジージーという音が、野球部と吹奏楽部の音に混じってかすんだ。

●ラジオから聞こえる知らない人の悲しいニュースと、つまらないバラード
 放課後。部活を終えて帰路につく少年が、校内放送に足を止めた。
 自分を呼び出す旨の放送に首をかしげながらも、さりとて『約束』までには時間があるとして、彼は呼び出された部屋へと向かった。
「失礼します」
 ノックをして扉を開けると、そこには教師と生徒が数名。
 訳知り顔で椅子に座り、こちらを見ていた。

 さて、視点をオラボナたちへとうつそう。
「貴様等は愛を思わせる『繋がり』を得たと解せ、されど心中は赦されざる行為と説ける。貴様が望まずとも戦いには向かうが――如何か。離れてはくれまいか。【お互い】の為に」
「……えっ、と……?」
 少年はオラボナの発言の意図がよくわからないという顔をして、少し大きめに首をかしげてみせた。
(約束を破るのは辛いだろうが。
 拠り所を自らで殺すのは辛いだろうが。
 『手を切って』ほしい――誰の為とは言わないとも)
 オラボナはそこまで直接的には言わなかったが、それを補うようにロトが穏やかに微笑みかけた。
「僕は教師だから、君達の意志を尊重したい。
 "教え、導く者"として、諦めろとも諦めるなとも言わない。
 けれど、最悪を選びたく無いなら、頭の中で振り替えるんだ。
 家族、友人、夢、未来、思い出……。
 そうした後に悔いの無い選択をしてね。
 それと…そうだね、心からの言葉は大事だよ。
 選択がどうあれ、ちゃんと伝えるんだよ?」
 二人とも、直接的な言葉をあえてさけていた。
 というのも、学園は怪異を一般に対して秘匿しているからだった。
 正体不明の不思議な少女は、あくまで正体不明の不思議な少女であればいい。
 ある日突然消えてしまっても、それがこの平和な日常を破壊する脅威であったことを、伝えるべきではない……ということを、校長から求められたのだった。
 そうしていると、秋奈がばしんと少年の背中を叩いた。
「先生たち何言ってっかわかんないけどさっ。いや、『関係ない』とかじゃなくてぇ、他にやりたい事がないかなっつーかさー……。
 あ! 一緒に遊んだらやる気出るかも!
 本当にひまな時はちゃんと言いなよ!私、クラス知らないけど遊べるんだったらばっびゅーんって駆けつけっから!
 まぁ色々頼りにはならないかもだけど……いや! むしろ頼ってこい! そこンとこヨロシク!」
 グッと親指を立て、再び背中を叩いてから秋奈たちは教室を出て行った。
 残された少年はもう一度首をかしげて、そしておろしかけていた鞄をふたたび肩にかけた。
 約束まで、まだ時間はある。どうしようか……。

●君が口ずさむ聞き覚えのないメロディ
 薫はシルフィナやルチアたちを連れ、廃ビル周辺の噂話を収集していた。
「何故この場所に、この様な物が現れたのか、興味が御座いますわ。
 この廃ビルに夜妖を誘引する何かがあったのか、それとも人目が少ないという純粋な立地因子なのか……」
「薫はどう考えているの?」
 ルチアの質問に、薫はスマホをタップしていた指を止めた。
「例えば件のビルが廃ビルになった理由ですとか、以前似たような自殺騒動が無かったかですとか……そういった話に『宵引き』の正体が隠されているのではないかと考えていますわ」
 薫は『宵引き』を過去に起きた事件から発生した、いわば地縛霊のようなものではないかと考えているようだった。
 校長が出展元として語った怪談話は明らかに異世界のものだったが、仮にそれが現在の再現性東京で発生したのであるとするならば、同種の原因と同種の発展があるはずだと考えるのは自然なことだろう。
「それを知ることで、どんな……?」
 ゆえにシルフィナの疑問にも、当然答えることが出来る。
「噂話を集めて行く中から、対話を試みる方にとって有用な情報が得られるかもしれません」

 こうして聞き込みを続けた三人だが、結果として二つの情報を得ることが出来た。
 一つ目は、廃ビルはずっとまえから廃ビルで、元がなんだったのかは結局分からずじまいだったということ。
 二つ目は、廃ビルで飛び降り自殺があったというが、サラリーマンだとか女子高生だとか主婦だとか親子連れだとか、誰が死んだのかについての情報がばらけてしまっていたこと。
 とはいえこれらの内容を一旦持ち帰るほどの時間は、どうやらとれないようだ。
「おまたせなのですよ」
 メイが図書室で借りてきたらしい探偵の本をひらひらさせて立っていた。
 どうやら彼女は薫とは別のアプローチで廃ビルについて調べていたらしい。
 もちろん、前述した理由から夜妖については一般に秘匿されているために、図書室にばりばり妖怪退治の方法が載っていたりはしないのだが……そのかわりにあることが分かった。
「この廃ビルについての情報は、全然見つからなかったのです。ちっとも」
 一見空振りしたかに見える発言だが、メイはちゃんとそこから見つけるべき情報を見つけていた。
「ここまでコンクリート打ちっぱなしのまま廃棄されてるなら、工事が途中で止まったってことですし、そうなるだけの理由があるはずなのですよ。
 けどだいぶ昔の新聞まで遡ってもそういう話はないし、この辺で自殺? があったんですよね? けどそういう事件も載ってなかったのです。
 導き出されるのは……」
「夜妖がらみの事件だったので、隠蔽されたのじゃな」
 夢心地が傘をさしてビルの前に立っていた。
「夕立が来るぞえ」
 どこかふざけた口調で彼が言うと、まるで合図でも待っていたかのように雨が降り始めた。

●やがて消えてしまう
「まずは何よりも先に会話じゃな。
 この手の怪異の中には、たまーーーにあんまり悪くないものもいるからの。
 殿的存在としては極力穏便に解決したいと願っているゆえ……」
 屋上にあがる階段のなかで、夢心地はそんな風に仲間へ呼びかけた。
 閉じた番傘を立てかけて、屋上へと出る。
 降り注ぐ雨がコンクリートをはねて、どこか土と草のにおいをさせていた。
 屋上の淵に腰掛けて、遠くを見つめているであろう少女がひとり。
 彼女は不思議と、この雨に濡れていなかった。
「ねえ、ここから見える景色は、誰が作ったと思う?」
 問いかけに、ルチアもシルフィナも応えなかった。
「人の活力を吸って死に至らしめる妖……古今枚挙に暇はないわね。願わくば、止めてほしい……なんて言っても、きっと無理なのでしょうね。それが、あなた達の生きる術なのだろうから。
 だから、ここで止めるわ。目の前で殺させて堪るものですか」
 二人はそれぞれ身構え、今すぐにでも相手を抹殺できるほどの殺気や闘志を放った。
 伊達眼鏡を外し、胸ポケットに入れるメイ。
 取り出した羊の毛皮を被り、いつでも突撃できるようにもこもこさせはじめる。
 薫はといえば、戦いは執事に任せておけば良いとばかりに両手を腰の後ろで組み、代わりに彼女の後ろから現れた幽霊がテーブルナイフをじゃらりと扇状に広げてかまえた。
 一触即発。
 時に秋奈は小声で鼻歌をうたいはじめており、刀に手を書けて両目を大きく見開いていた。
 相手がなんであろうが関係なくぶった切り状況がどうであろうが死ぬまでくるくる踊り続けるという、人類兵器としての本能が垣間見えてすらいる。
 だがそんな仲間達をいちどとめて、オラボナとロトは前へ出た。
「話したいことがあるんだ」
「貴様の『事』は聴いたのだ。訊くべき事柄は幾つか『在る』筈よ。面倒事は早々に片付けるべきだが、世の中には『グロテスク』な終いを望む人物も歩むのだ――衰弱死(まつろ)は貴様も理解して笑う。浮かんだ面は『悲劇的』で、輝かしいだろうよ。先に絶えて腐るのか」
 オラボナの呼びかけを待って、ロトはもう半歩前に出た。
「夜だけとはいえ、君は生徒だと思うんだ。生徒だから…僕は"教え、導く"。
 君は連日会う彼をどう思うか?
 好きかい? ライクでもラヴでも良い。
 好きならば、一つアドバイスをするよ。
 これから、どうなろうとも、彼には心からの言葉を伝えるんだ。
 彼が此処へ来る前に逝くなら遺言でも良い。
 ちゃんと伝えなければ、君達は後悔する。
 僕の生徒に後悔はさせたくない」
 二人の呼びかけを、少女は背を向けたまま聞いていた。
 言い終えて、雨の音だけが三秒ほど。
 少女はくるんと身体をひねるようにして振り向いて、屋上の淵に立ち上がった。
 フェンスも手すりもない、むき出しのコンクリートの淵。
 幅にして六十センチもない場所で、少女は両手を腰の後ろで組んで、まるで当たり前のように立っている。
「なんで、間に入ってきちゃったのかな? けど、言いたいことはわかるよ。とっても」
 少女はわずかに周りの足場よりせりあがった淵より、一段下りる――頃には、ルチアたちの目の前にいた。
「――!」
 素早く治癒術をセットするルチア。
 シルフィナもまた短剣を構えて斬りかかる。
 それが合図になったかのように、夢心地は刀を抜き、薫の執事はナイフを投擲。
 メイとオラボナがギアをあげて体当たりを仕掛けたかと思うと、ロトがその場から大きく飛び退くように転がってから、仲間達に付与術をまき始めた。
 中でも特に激しく動いたのは、他ならぬ秋奈だった。
 少女が何かをするよりも早く手を出し、相手の襟首を掴むと屋上をダッシュ。
 全員から強制的に引き離すと、屋上の淵を蹴って『外』へとダイブした。
「希望ヶ浜学園高等部1年剣道部、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしない!」
 雨粒をいくつも弾いて、風をいくつも切り裂いて、鈍い泥のような音と衝撃に包まれながらも秋奈はまだ鼻歌をやめなかった。
 少女にマウントをとり、拳を振りかざす。
 突如吹き荒れた暴風雨に吹き飛ばされ、廃ビル屋内へと転がり込む秋奈。
 急いで駆け下りてきたルチアがスーパーアンコールとミリアドハーモニクスを行使し秋奈の支援を開始。更にコンセントレーションで自己強化したシルフィナがスノーホワイトで斬りかかった。
 頭数では明らかに勝っている筈の戦いが、しかし苦しい。それが夜妖の力だというのだろうか。
 オラボナやロトが更に加わり防御を固め、夢心地とメイ、そして薫が攻撃に加わる。
 陣形を再び組み成した秋奈は左右それぞれの腰に結んだ刀を抜き、『宵引き』へと構えた。
 もはや語る言葉はなし。ギラリと歯を見せて笑い、秋奈は斬りかかった。

●泥まみれのお別れ
 地面についた手をはらい、秋奈は立ち上がる。
 既に駆けつけ、戦闘に加わっていた仲間達は、それぞれの傷や疲労を手当しがてら廃ビルへと移っていた。
 やがて気づけば雨はあがり、空はまだ曇ったまま。
「あの……」
 廃ビルの入り口に、傘をさした少年が立っていた。
 そんな彼のもとへ歩み寄り、背中をばしんと叩く秋奈。
「さーてと! 帰りにみんなでコンビニ寄って季節限定のフラッペ買ってこーぜ!」

 夜妖<ヨル>は払われた。
 泥と雨水まみれの、決して綺麗とはいえない戦いの先で、滅茶苦茶になった少女が、泥の上に寝転がって……。
 最後にいった言葉を、まだ覚えている。

 ――「だいきらい」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――怪異、討伐完了

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