シナリオ詳細
<禍ツ星>愛された鬼と屍鬼の村
オープニング
●光刺さぬ明日
はるか豊穣の空より山河を抜けて、鹿や熊の歩く谷を抜け、ふもとに位置するここは枝洞途(えどうと)という集落である。
元は炭鉱であったが掘り尽くしたがために閉山され、いわゆる中継地点であったこの集落だけが残ったという歴史があった。
背景からも分かるとおりに山内には長く枝分かれしきったトンネルがあり、谷を大きく迂回するよりも早いからとこのトンネルが集落と外の行き来に使われることがあった。
そんなトンネルをうねうねと抜けて進んでみよう。
闇の中にうめく者の声がいくつも聞こえるだろうか。
それが何か、説明せねばなるまい。
「ああ、あああ……」
喉からかすれたような声をあげて、人の腕を口にくわえた女があった。
痩せ細った女。目はくぼみ髪は半分ほど抜け落ち、身体のいたるところの皮膚が裂けてどろりと赤黒く腐った血を流している。
本来なら既に死に絶えてしかるべきはずの女はしかし、喉をなにかに食いちぎられて死んだ男の腕を一心不乱にかじっては、肉を噛みちぎっていた。
やがて、男の死体に変化が現れる。
全身の皮膚が避け、吹き出る赤くてらてらとしていた血が急速に腐敗を始めた。
目はくぼみ髪は半分以上抜け落ち、『あああ』と喉からかすれた声をあげながら頭をあげる。
女のほうはもはや用がないとばかりに男の腕から手を離し、立ち上がってあたりをうろうろと歩き始めた。
まるで、新鮮な肉を探し歩く亡者のごとくに。
そんな風景を、うっすらと開いた扉の隙間からのぞき見ている少年の目。
昼の光がわずかに差し込んだそこは、さほど大きくもない納屋であった。
少年の後ろでは、人形を抱えて震える幼い少女。妹だろうか。彼女の頭をなで、少年は小声で語りかけた。
「大丈夫。伝蔵さんが助けを呼びに行った。きっと助かる」
その確信ともいいがたい声色に、しかし、少女は頷くことしかできなかった。
●
静寂の青を攻略し至った黄泉津島の国豊穣郷カムイグラでは夏祭りが行われようとしている。
攻略に要したがゆえにサマーフェスティバル開催が難いほど体力低下を起こしていた海洋王国は国交起点にと合同開催を提案し、豊穣郷は(内部事情からすれば意外なことに)これを快諾。
そのために各方面で起きている問題の解決が求められた。
此度の問題もまた、そのひとつである。
「首都で行われる筈の夏祭りですが、そこで使うはずの神輿が異常を起こしたのであります」
そう語るのは枝洞途集落の駐在人。刑部省から派遣されたいわばおまわりさん的立場の役人である。
彼は伝蔵と名乗った。
「毎年夏になるたび、この集落から坑道を小さな神輿を担いで抜けて首都へ運びます。こうすることで土地神に一年の無病息災を祈願するのでありますが……」
伝蔵は当時のことを、できるだけ克明に語ってくれた。
枝洞途の神輿を本番に向けてメンテナンスしていた大工の頭領。彼がある朝急死したことが事件の発端だった。
目はくぼみ髪は剥げ落ち血は赤黒く腐る。昨晩まで一緒に酒を飲んでいたという伝蔵は彼の死はもちろんながらその異常なまでの急変ぶりに驚き困惑したという。
しかし葬儀はせねばと村の男衆を何人か集めて街の火葬場へ運ぼうと、近道になる坑道へ入った時のこと。
提灯で照らされた坑道の中で、突如として頭領の死体が起き上がり、棺をかついでいた男の一人へとかじりついたのだった。
場は恐怖と混乱に包まれた。
伝蔵はあまりの恐怖に逃げ出し、坑道の都川にある休憩所に立てこもることでようやく正気を取り戻したという。
「あのとき、なんで本官は逃げてしまったのでしょうか……せめて、せめて頭領の頭をこいつで打ち抜いていれば、あんなことには……」
火縄銃をわきにかかえ、頭を抱える伝蔵。
それもそのはず。
あとになって坑道に入ってみると、頭領のみならず棺を運んでいた男衆全員が同様の『歩く死体』となって伝蔵へ襲いかかったという。
今度は火縄銃を撃って牽制し、外まで逃げ被害の拡大を防ぐべくバリケードを組んだというが……。
「それはきっと『屍鬼』だね」
仲間達と共に話を聞いていたユーリエ・シュトラール(p3p001160)はカムイグラで手に入れたらしい本を開いてそう述べた。
隣でお行儀の悪い座り方をしていた篠崎 升麻(p3p008630)も顔をしかめて頷く。
「僕のいた『場所』でもンな実験があったなあ……成功したって話は聞かねえが、まさかその手の奴か?」
ここは伝蔵の話にあった休憩所。
急いで都へ助けを呼びに行った伝蔵が、この短期間でいくつもの事件を解決しカムイグラではかなり有名になりつつあるユーリエと升麻を中心にイレギュラーズチームをすぐさま結成させ、駆けつけた次第である。
「うーん……」
ユーリエは升麻のいわんとすることをあまり深く理解はしなかったが、途中で首を横に振って見せた。
「カムイグラでは祭具が呪いを受けて呪具化したケースが報告されてるから、今回はそれじゃないかな。無病息災を祈願するための神輿があやしいと思う。
それに、屍鬼化が『拡大』してるのも怖いところだね」
拡大というワードの強調に、升麻と伝蔵はゾッと顔を青ざめさせた。
「いかん、今頃村は……!」
休憩所から飛び出そうとする伝蔵を、升麻は襟首を掴むことで止めた。無理矢理に座らせる。
「そう慌てんな。アンタ一人で突っ込んでいったって仲間入りがオチだ。僕らにまかせとけ」
「けど坑道を抜けるには伝蔵さんの案内も必要だよね」
「連れて行かねえ選択肢はないってか」
村の状態を考えれば、坑道を隅々まで探索している暇はない。正しい道順を知る伝蔵を守りながら坑道を抜け、そして村も同様の状態になっているならそれを『解決』しなければならない。
「よし、っと!」
ユーリエは立ち上がり、手帳にさらさらと今回の目的を書き付けた。
「第一に、いちはやく坑道を抜ける! 次に村にも『屍鬼』がはびこっていたらこれを倒す! でもって、生存者がいたらそれを救出! 急ぐよ!」
「……ったく、しゃーねえな!」
升麻はばしんと自分の膝を叩くと、伝蔵と共に立ち上がった。
「人間、生きててナンボだ。見殺しにするよか寝覚めもいいだろ」
- <禍ツ星>愛された鬼と屍鬼の村完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月05日 22時35分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●きっと未来が続くから
梅雨明けの夕方。
西に茜色の日が燃えるあぜ道に、猟銃を片手にぶらさげた男がひとり。長い影をのばして立っている。今回の依頼人であり、いわば事件の中心にいた人物、伝蔵。
虫の声ひとつない後ろ姿に、『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は深く呼吸を整えた。
草と土の渇いたにおい。
それに混じったわずかな血の臭い。
(そういえば、屍鬼は元々村人だったか……)
村人たちの変わり果てた姿を見て、彼は大丈夫だろうか。
場合によって彼の目や耳を塞いで現実から遠ざける必要もあるのではないか。
そんな風に考えるエイヴァンの横を通り抜けて、『優愛の吸血種』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は腰から拳銃型魔道具を抜いてセーフティーレバーに親指をかけた。
銃後部をつかみスリングショットスタイルでスライドを引き押すと、装填された魔術式を切り替える。
銃のリロードめいた動作をあからさまに伝蔵の横でしてみせた。
ハッとして振り返る彼に、深く頷いてみせる。
「屍鬼は、元は村人の人たちです。呪いの原因になっている呪具を壊せば正しき輪廻の道へ導けるはずです。だから……」
かつて道具使いとして名をはせたユーリエらしいフォローに、伝蔵は脂汗を浮かべたまま苦笑をかえした。
「大丈夫であります。はは、なんとか……」
『壊しただけでは終わらない』……そんな予感をユーリエは、伝蔵の表情から静かに抱いていた。
『特異運命座標』Binah(p3p008677)は装備を点検し、持ち込んだ目薬を両目にすばやくうつとぱちぱちと瞬きをした。
「……屍鬼、か。元々は人であった、のかな」
「ヒトであったものを斬るのに、抵抗があるか?」
つぶやきを聞いて、『鬼狩人』前田 風次郎(p3p008638)が背負った斬馬刀に手をかけながら声をかけてきた。
「無いと言えば、うそになります」
あなたはないのですか? とは聞かなかったが、目がそう訴えたように見えたので風次郎は息をついた。
「俺とて思うところはある。だが……そうだな、伝蔵に述べたことを、そのまま云おう」
「……なんと?」
ロックをはずし、斬馬刀を前方へ構える。風を強引にかきわけるゴウという音がした。
「『もしもの時は迷わず撃て。死して奴らの餌食となるか、生きて彼らを弔うかは、お前次第だ』」
「にしても……神を祀る為の神輿が、一転して人への呪いを吐き出す存在に化けたってか。
他でも祭具が呪具化してるって言うが……」
頭をがりがりとかいて、『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)は顔を左右非対称にしかめた。
「確かに似たような依頼を受けて地方に派遣されていった仲間の話も聞くッスね」
『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)は黒犬の軽量版ともいうべき刀『黒蝶』を特殊な鞘から抜いた。
へらへらとした表向きの表情をスッとさげ、目に冷酷な光を宿す。
「人為的なもの……ッスかね……」
「わからん。まあ、人間ってやつは大義があればなんでもできちまうモンだからな」
升麻もまた、片目にだけ冷酷な光を宿して苦笑と怒りが混じり合ったような左右非対称の顔をする。
「ともあれ。今は目の前の事件からだ。生存者もいるなら……」
「はい。一人でもおおく助けたいです。ですがそのためには……」
彼女たちに並んで、恐ろしく長い直刀をかかとで鞘を蹴ることで起用に抜刀。
「時間との勝負になります。まずはトンネルをいかに素早く突破するか、ですね」
準備万端で歩き出す仲間達。
『砲使い』三國・誠司(p3p008563)は完成して間もない御國式大筒の最新機こと【星堕】を大きなドラムバックから取り出した。
仲間達の背は、どれも眼前の人命を助けるべく歩いている。
パンドラを収集し世界の破滅を回避するというイレギュラーズの使命とは、言ってしまえば関係の無いところで彼らは動いていた。
それは誠司の最終目的である自らの世界への帰還ともまた、関係の無い事件と言えるだろう。
「ここは自分の世界じゃない。帰れれば終わり、ここで何したって意味はない……かもしれない。けど」
『けど』を象徴するかのように、誠司の手に大砲がずしりと重みをあたえた。
そして彼もまた、歩き出す。
●闇に足
ホオウ、という空気の通り抜ける独特の音。
風次郎はわずかに先をてらすだけの提灯をかざし、暗いトンネルを進んでいた。
「聞こえるか」
誠司の問いかけに、風次郎はぴたりと足を止める。
彼の耳にはまだ風の音しかなかったが、しばらく耳を澄ませているとずっと遠くの前方から、『あああ』という喉から絞り出すような枯れ声がするのがわかった。
続いて、片足だけを叩きつけるようなアンバランスな足音。
光に目がくらまぬよう頭の上へ手越にかざすと、まるで闇から染み出るかのようにずるりと死体が現れるのがわかった。
間違いない。『屍鬼』である。
提灯をおとさないように腰帯にさし、太刀を握って味方へとサインをだす風次郎。
「早速だ。タイミングを合わせろ」
お前からだ、と顎で示されたステラが、こちらへゆっくりと接近する数体の『屍鬼』めがけて突進。
壁に刀の先がこするほど強引に振り抜き、火花をあげながら『屍鬼』へと斬り付けた。
一体の肉体を派手に切り裂いたが、運良くというべきだろうか、悪くというべきだろうか……膝関節がおかしな方向にまがっていたせいで転倒した屍鬼がステラの斬撃を回避し、這う形でステラの足首に掴みかかった。
口を開き、歯を露出させる屍鬼。
しかし素早くたたき込まれた風次郎の剣が屍鬼の腕を肘部で切断。
更に暴れる屍鬼の頭部を、足で踏みつける形で強引に破壊した。
目を瞑って顔を背ける伝蔵。
「油断すんなよ。頭だけでも襲いかかってきそうだが、頭がなきゃあ動かねえとも限らねえ」
升麻はそう言って二人の前に出ると、目を細めてその向こうをにらみつけた。
叫び声……なのだろうか。獣が吠えるような声がして、いくつもの不揃いな足音が接近するのがわかる。
それも前方からだけではない。分かれ道の先や、後方からもである。
「囲まれてんな。悠長に戦ってる暇はねえ。突っ切るぞ!」
升麻は鹿ノ子にランプを灯すように言うと、彼女と共にいち早くかけだした。
「背中は任せたぜ。頼りにしてっからな」
「背中っていうか……」
後を追って走る誠司たち。後方へと振り返ると、全身をぐちゃぐちゃに動かしながら走ってくる屍鬼の姿が確認できた。
「くそっ、こんな場所で圧迫されたら終わりだぞ!」
誠司はキャノンのレバーを操作してセーフティを解除すると、アタッチメントのマジックサイトをのぞき込んだ。
レンズに描かれた魔方陣が薄く輝き、屍鬼数体をマーキングしたところでトリガーをひき、発射される青白く光るエンチャンテッドミサイルを発射。空中で炸裂し線香花火よろしく多段炸裂を起こした魔術弾が屍鬼たちを焼いていく。
さらなる発砲を続け、後ろ向きに走りながら叫ぶ徹甲弾。
「こっちの背中も任せた!」
「あいよ」
升麻は頷き、隊前方から走ってくる屍鬼の首を刀ではねた。
その横を風のようにすり抜ける鹿ノ子。
どころか屍鬼集団の間をくるくると踊るように吹き抜けて、最後に一体の開いた口に剣を突っ込んでトンネルの壁へと突き立てた。
一斉に崩れていく屍鬼たち。
「……すげえ」
「そのうちできるようになるッスよ」
そういって、鹿ノ子はユーリエからパスされたポーションを受け取った。
試験管めいたケースに入った特殊な魔法薬を一気に飲み干し、唇を手首でぬぐう。
ユーリエは新たなケースの上でひらりと手を振り、凝縮された魔力を液体の薬へと変化させため込んでいく。
「消耗した分はすぐに取り返せるよ。出し惜しみなしで行って」
こうして新たに生成されたポーションを投げられ、エイヴァンはそれをキャッチ。
「助かる」
エイヴァンは特別な斧を操作すると、屍鬼めがけて『メチェーリ・スナリアート』で殴りかかった。
至近距離から放たれた砲弾が屍鬼の肉体を派手に破壊していく。
「立ち止まってる暇もない、か」
相手はヒト。もとい、ヒトだったもの。いつかは本当にヒトと戦わなければならない日が来るのだろうか。Binahは自らの中の葛藤と向き合いつつも、伝蔵を振り返った。
伝蔵は銃を構え、きっと見知ったであろう顔へと発砲していた。
「……せめて来世では幸せになれる事を祈っています」
Binahは必死に射撃する伝蔵と共に、まだ倒せていない屍鬼へと魔力をこめて殴りかかった。
●
発射される散弾。吹き飛ぶ屍鬼。
坑道から飛び出したエイヴァンは、そこが村であることを一目で確認すると空に向けて吠えるように叫んだ。
「助けに来たぞ! 伝蔵も一緒だ。いますぐ駆けつける、静かにしてそこを動くなよ!」
こういった状況の場合、『呼びかける』というのは大事な行為である。
確実に相手に聞こえる保証はないが、仮に聞こえた場合ひとは声なき声で助けを求めるもの。
それを――。
「あっちの方からッス! 伝蔵さん、行きましょう!」
鹿ノ子が『人助けセンサー』で感知し、鋭く走り出した。
声につられてそれぞれの民家から現れる屍鬼。
左右に身体をぐらんぐらんと振りながらよろめくように歩み出た彼らが、一斉にこちらへと顔を向ける。
中にはへし折れた首を無理矢理ねじったものもあった。
升麻は刀を両手でしっかりと握り、そんな屍鬼の群れへとまっすぐ突撃していく。
「構ってる時間はねえ。鹿ノ子、ここは任せて伝蔵と先に行け」
鋭く放たれた斬撃が屍鬼の首を落とすが、別の屍鬼が刃に直接噛みつき動きを鈍らせる。
舌打ちして屍鬼を蹴りつけるが、その隙に草刈り鎌を手にした屍鬼が升麻の肩へと刃を突き立てた。
「升麻……!」
エイヴァンがそれに気づいて屍鬼の首根っこを掴み、無理矢理引き剥がして放り投げる。
「一人で無茶はさせん」
「協力はいいが……僕ぁそう長持ちするタチじゃねえぞ」
どろり、と額から頬にかけて血が流れていく。
無理矢理に構築された肉体ゆえか、長時間戦闘機動をとり続けていると肉体に負荷がかかるのかもしれない。
更に言えば『血意変換』によって体力を気力に変換し続けたことでかなり体力が減少していた。ある意味エイヴァンとは逆タイプのファイターである。
「調子が悪いのか?」
「冗談」
頭がクラついてからが升麻の『本番』である。
「コンディションは最高だ」
「そういうことなら、僕も手伝うよ」
魔法で身体をコーティングしたBinahが、あちこちから現れる屍鬼たちに対して身構えた。
「だから先へ」
Binahに促され、鹿ノ子は誠司と共に伝蔵を連れて走り出した。
エイヴァンたちはあくまで救護班を先に行かせるための時間稼ぎ。
屍鬼たちを呼び寄せる囮は主にユーリエたちの役目だった。
転がった鉄鍋の底を金属でがんがんと叩きながら、ユーリエは声を上げる。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……ってね」
彼女の狙い通りに屍鬼たちが現れたのを確認すると、ユーリエは銃のスライドを操作。投影魔術をセットすると、自らのこめかみに当てて引き金をひいた。
するとユーリエの髪や肌の色が変化し、魔法の渦が彼女をまくように吹き上がっていく。
どこからともなく現れた魔法の杖を手に取り、自らの周囲に治癒の魔術空間を生成していく。
「全方位に警戒。伝蔵さんたちが戻ってくるまで、耐えましょう!」
「はい!」
彼女の支援をうけ、大太刀を構えるステラ。
全く反対側では、風次郎が斬馬刀を頭上でぐるぐると回して勢いをつけていた。
二人とも持久戦の得意なタイプでは全くないが、ユーリエという高度なヒーラーを中心に据えることでそれを可能にしていた。
そして彼女たちのやるべきことは『敵をできるだけ沢山引きつけ続ける』ことである。
「ここは『名乗り口上』の出番だろうか」
「でしょうね。タイミングは?」
ステラと風次郎が群がる屍鬼たちをさばきながら振り返ると、ユーリエは治癒空間魔法を継続させながら頷いた。
「この際です。私を中心にぐるぐると走り回りながら常に呼びかけ続けてください。効率からしてもそれが最も適している筈。集まりすぎて動けなくなったらその場で暴れ回ればいいでしょう」
「了解した」
風次郎は勇ましく吠えながら走り、屍鬼へとタックルを繰り出した。
倉庫めいた小屋のまえ。
ガタンという音に気づいた屍鬼が、喉からかれた声を出しながらゆっくりと小屋に近づいていった。
小さく開いた扉の隙間。
その隙間から覗く、少年と目が合う。
「あああ――」
驚きと恐怖に見開かれる目。
伸びる屍鬼の手。
それが扉に触れ――た瞬間に手首から切断された。
「ここッス!」
鹿ノ子は素早く連続斬撃を放ち屍鬼をバラバラにすると、扉の前で反転し負ってくる屍鬼たちやその場にいた屍鬼たちへと構えた。
ドアをノックする誠司。
「助けに来た! 安全を確保するから、まだここを出るなよ」
扉を背にして大砲を構える誠司と、猟銃を構える伝蔵。
見回してみれば、変わり果ててはいるがみな元は人。小さな村社会の駐在ともなれば、伝蔵とも親しい大人たちだったことだろう。
鹿ノ子は刀を構えながら呼びかけた。
「もし倒すことに躊躇するなら、戦わなくてもいいッス。僕らが戦う間、そこで目を塞いで、なんなら小屋の中に隠れていてもいいッスよ」
「…………」
猟銃を握りしめる伝蔵。
誠司はその手の震えを見て、自分自身をふりかえった。
「ああ、確かにな。つらいなら目を背けてていい。逃げたっていい。
けど――生き残って、こんな今を変えたいと思うなら。見なきゃだめだ。逃げたら先には進めない」
ハッとして振り返る鹿ノ子。
伝蔵は……バシンと自分の頬を叩くと、猟銃を女性の屍鬼めがけて発砲した。
「ジブンも戦います! ジブンは、刑部の伝蔵ですから!」
「わかった。手伝うぜ」
「そういうことなら、僕もッス!」
●墓標
いったいどれだけの時間がたっただろうか。
激しい銃声やうなり声、肉や骨が破壊される音が続いた後……。
少年少女やわずかな生存者を連れ、ユーリエたちは村を脱出していた。
「坑道は通らないのか?」
「あそこはあくまで隣町への近道ッス」
「そうね。村の皆さんを助ける目的なら、遠回りでもこっちの道のほうが安全」
「なるほど。そういうものか」
エイヴァンと風次郎が子供を背負い、歩ける者は鹿ノ子やユーリエに守られる形で歩く。
振り向くと、村はずっと遠くに見えた。
「他人事に……遠回り、か」
つぶやく誠司に、Binahが振り返る。
升麻がちらりと、彼らの横顔を見た。苦笑する誠司。
「いや。寄り道も、人生には必要なのかもってな」
「なんだそりゃあ」
ステラはそんな会話をよそに、回収してきた十字のシンボルを取り出してみた。
神輿に取り付けられていたものだが、伝蔵の話によると元々神輿にはついていなかった飾りであったという。
「そうなるタイミングがあるとすれば、治部省の役人が祭りの視察に来たときです。それまでは無かったし、この事件が起きたのもそれからでした」
「呪具化した神輿は破壊しましたが……偶然こんなことになったとは考えにくいです。何者かが、裏で糸を引いたはず。まるで『実験』でもするみたいに」
握りしめ、前を向く。
「……チッ」
升麻は舌打ちし、笑みと怒りが左右非対称になったような顔をした。
「僕のサイコーに嫌いなタイプのクズだぜ。そういう奴は、叩き潰さねえとな」
「うん……」
いまいちど振り返るユーリエ。
この事件で一体どれだけの犠牲が出たのだろう。
そしてどれだけ助けることができたのだろう。
きっと、ベストを尽くせたとおもう……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
成功条件達成――神輿の破壊に成功しました。
フラグ達成――村の生存者を救出しました。
フラグ達成――伝蔵が生存し、政府に対し疑念を抱きました。
隠しフラグ達成――神輿にあった不自然なシンボルを回収しました。
GMコメント
■オーダー
坑道を抜け、集落の屍鬼を殲滅。
最後に呪具となった神輿を破壊して完了となります。
途中で撤退する場合依頼は失敗扱いとなります。
■坑道突破パート
暗い坑道に提灯(照明器具)をもって突入。
道中で出会う屍鬼たちを倒しながら村へと突き進みます。
この際依頼人でもある伝蔵が同行します。彼の案内なしには最短ルートを通るのは難しいので彼を守りながら進むことになります。
■集落殲滅パート
現在村は屍鬼だらけになっています。
わずかながら生存者が隠れていますが、彼らが見つかるのも時間の問題です。
村中で手分けして屍鬼殲滅にあたってください。
ここでは『チームを分散すればするほど生存者の救出確率があがる』『チームを分散すればするほど戦闘のリスクがあがる』という状態がおきるので、バランスをみて分散策をとってください。
ちなみに生存者救出は成功条件に含まれていないので、ただ成功させるだけなら全員一塊になっていったほうが安全であります。
皆さんで相談して願いと挑戦のバランスをとりましょう。
■呪具の破壊
神輿の破壊は一番最後でOKです。別に最後にしなきゃいけない理由はありませんが、ちゃんとした解体や破壊にはだいぶ念入りな手順を要するので、屍鬼との戦闘をそっちのけでやる意味がありません。
■伝蔵
同行するNPCです。
すごく大雑把に言うと皆さんと大体同じくらいの戦闘力があります。
銃撃やナイフでの戦闘が可能です。基本的には責任感のつよいおまわりさんのような性格で、集落の人々とはとても親しくしていました。
なので今回の出来事に深く胸を痛めています。
■■■アドリブ度■■■
ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。
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