地獄より来る魔王、ウラボン

オープニング

　どこの世界にも毎年恒例の行事というものはある。
　特にその世界には一風変わった行事があった。

　その世界では毎年真夏になると地獄の釜の蓋が開き、地獄より魔王ウラボンが攻めてくるという。
　だからその世界では夏になれば名うての勇者たちを集め、魔王を迎え撃っていた。そして毎年魔王の迎撃に成功していた。中にはあわや敗れる寸前という危ない年もあったというが、勇者たちは必ず勝利し、人間たちは幸せを謳歌している。
　魔王ウラボンはとても恐ろしい存在だ。冷酷無比で尊大、かつ野心に満ち溢れ、その世界を支配することを目論んでいた――――。

　が。

　度重なる敗走に魔王ウラボンはもうすっかりやる気を失くしてしまっていた。
　戦いの最中でも生気が見られず明らかに手を抜いており、人間界に毎年来るのももはや惰性という有様だった。
　魔王がそんな感じなので人間の方もやっつけるのは可哀想かなという気分になったらしい。
　ここ最近百年くらいはちょちょいのちょいと戦争ごっこをしたら魔王は適当に白旗を上げ人間たちもそれを受け入れ、魔王と勇者たちで酒盛りの宴をして美味しいものをたっぷり食べて満足したら魔王は地獄へと帰っていくらしい。
　なんでも百年前に「そんなにつまらなさそうな顔して戦うくらいだったら、一緒に飯でも食おうぜ！」と大胆不敵にも魔王を戦場から連れ出してしまった勇者がいたことからこの習慣が始まったらしいが、真相は今では分からない。
　とにもかくにも魔王ウラボン襲来はその世界で最大のお祭りごとになった。

「今年は異世界からの勇者も募集してるんだってさ。行ってみない？」
　境界案内人カストルはイレギュラーズに持ちかける。
　その世界は現在では多種多様な勇者にこのお祭りに参加してもらいたいと考えているらしい。異界の勇者として魔王ウラボンとの戦いに参戦し、花火のように賑やかな戦争ごっこをし、その後は魔王が帰るまで宴をするのが役目だ。
「始めの戦争ごっこは戦う振りだけだし、それが終われば歌って飲んでの宴会だよ」
　楽しいよ、とカストルは誘う。
「参加してみる？　どうする？」
　少なくともその盛大さにかけては境界案内人の折り紙付きだ。

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第2章

第2章 第1節

　広場から聞こえてくる音楽と人々のざわめき。
　人々の顔には皆一様に幸せそうな空気と不思議な高揚感があった。
　魔王に勝った祝いのお祭り、ということにはなっているが当の魔王が高笑いを上げながら人々に気さくに挨拶をしているのだから誰もがこの祭りの本当の意味は分かっている。

「皆、此度の戦にて活躍した勇者様に拍手を！」
　戦場から帰ってきた勇者たちを街の人たちが歓声と共に迎えた。
　さあ、宴会の時間だ。

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第2章 第2節

　これからが本番だよね、と紅の着物が街に翻る。
　最大の功績を上げた勇者の一人である火夜が祭りの活気に目を輝かせていた。

　街では神聖な生き物を象ったという緑色の馬のようなものの模型が引かれてパレードをしている。
　火夜がこの世界の名物であるというメイカイヤキソバを食べていると、楽しそうに飲んでいる魔王ウラボンを見かけた。
「さっきはお疲れ様ー。満足できたかな？　ボクはすっごい楽しかったけども！」
　火夜は躊躇いなくウラボンに話しかけた。
「おお、勇者か！　我も楽しかったぞ！」
　ウラボンは朗らかに応えた。
「そういえば、そもそもなんで地上を征服しようと思ったの？」
　その理由が何であれ今が楽しいならいいと思うけど、と火夜は言い添える。
「ほう、それを我に直接尋ねるか勇者よ」
　魔王は面白そうに笑う。不快そうなものではなく、どちらかというと嬉しそうな笑みだ。人間に気軽に話しかけられたことが嬉しいのだろう。
「昔は……冥界に楽しいことなど一つもないと思っていた。せめて退屈凌ぎに人間界を手中に収めようなどと思っていた。愚かな若い頃の話だ」
　魔王は気障っぽく首を振って言った。
　今では彼の世界は退屈に満ちたものではなくなったらしい。

「それじゃー景気づけに！」
　火夜は人差し指を高く天へと掲げる。
　彼の指から、色とりどりの花火が打ち上げられる。
　人々は空を仰ぐと、その顔に笑みを浮かべたのだった。

成否

成功

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第2章 第3節

　空を見上げると、賑やかな色とりどりの花火が上がっていた。
　大花火が夜空を彩る祭りの本格さに感心しながら、誠司は美味しそうなきつね色のカリカリの衣が付いた揚げ物に手を伸ばしていた。
「あ、ウラボンさんこんばんは」
　魔王ウラボンの姿を見かけ、誠司は特に気負いなく挨拶をした。
「ほう、勇者か」
　片手に酒の入ったグラスを持った魔王の顔はよくよく見れば分かる程度に仄かに赤く染まっていた。
　誠司は魔王のその様子を見て、彼のグラスに酒を注ぐ。魔王も同じく誠司に酒を注ごうとしたが、誠司は首を横に振って断った。まだ未成年なので、と。
　元いた世界の理に今でも従おうとするのは、誠司がまだ元の世界に帰ることを諦めていない証拠であった。
「いやー、すいません。僕こっち飛ばされてきてまだ２か月くらいなもんであんまり威力でなくて……」
　もうちょっと派手に出来たら良かったんだけど、と誠司は笑った。
「……え？　威力が出なくて？　我、聞き間違えたかな？」
　戦場での砲撃の威力が蘇ったのか、魔王の額にどっと汗が浮かぶ。これ以上この勇者が強くなる？
「今度そっちでもお祭りあるなら僕が逆に吹っ飛ばされる役でもいきますよ」
「む、冥界で祭だと？　考えたことがなかったな。冥界の食べ物を人間が口にすると戻れなくなってしまうからな」
　魔王は誠司の言葉に驚き、そして笑みを浮かべた。
「……だが、それもいいかもしれない。冥界の祭りか――――ふふ」

成否

成功

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第2章 第4節

　あんなに賑やかだった人々の喧噪もやがては囁くような静かな笑い声へと落ち着いていく。
　そして人々の足は自然に川へと向かい始めた。
　一体何をするのかと魔王に視線を向ければ、魔王はこう言うだろう。
「我が彼の世へと還らねばならぬ時が来た」