シナリオ詳細
切望シンドローム
オープニング
●大切な人に逢える場所
真っ白な曼荼羅華が咲き誇る道を一人の女性が行く。
険しい山道を登り、何度も足を取られ傷だらけになっても歩みを止めない。
この先にあの子が待っている。
もうどれほど歩いたかはわからないが、ぽつぽつと灯篭の灯りが見え始める。
やはり噂は噂のままだったのだろうか。
失意と疲れから膝をつきそうになったその時。
――おぎゃあ。おぎゃあ。
はっと、顔を上げ女性は駆け出す。
擦りむいた痛みも、血と砂利に汚れた足も気にすることなく弾かれた様に声の元へ。
間違えるはずがない。何度もこの腕で聞いたわが子の声だ。
霧の中に一人の赤子がちょこんと座っている。
母の存在に気づいたのか、赤子は微笑みよちよちと四つん這いで女性の元へ。
「あー、あう」
「ああ……! 本当にあの子に逢えるだなんて……!」
母に手を伸ばす赤子と、それに涙を流しながら腕を広げる女性。
数年前、流行病で死んでしまったわが子に逢えると聞いた時は半信半疑であったけれど確かにこの子はここにいる。
可愛らしい手を伸ばして、可愛い声で母を求めている。
それを拒む母親などどこに居ようか。
何度泣いて、枕を濡らしたか。
夢でも幻でもいいから、もう一度会えたならと何度願ったか。
わが子をしっかり抱いて女性は慈愛に満ちた目で言った。
「これからはお母さんもずっと一緒よ」
母親の声に応じるかのように赤子の愛らしい手が頬に伸ばされ……。
ばくん。
その日から女性は帰ってこなかった。
ただ一輪、人の丈ほどもある曼荼羅華の真っ白な花弁が血で赤く染まっていた。
●切望シンドローム
「お前さんたちには、もう逢えない大切な人ってのはいるかい」
植木鉢の朝顔に水をやりながら、境界案内人『朧』は問いかける。
水を浴びてキラキラと輝く朝顔の葉を指で優しくなぞり、朧は続ける。
「なんでもそういう人に逢える場所ってのがあるらしいんだけどよ」
そこには夥しい数の曼荼羅華が咲いており、逢いたいと願った者に逢わせてくれるらしい。
それは所詮幻にすぎないが、それでも逢いたい願う者たちが後を絶たないとか。
「そしてその場所に向かった者は『幻』を手放せず戻ってこなかった――って話なんだが」
朧はあなた方に向き直る。どうもそんな優しくも愚かな御伽噺ではないようだ。
朧の話によると、人の心に付け込んだ化け物が、幻覚で人々を惑わせ喰らっているのだそうだ。
「お前さん達にはその化け物を討伐してほしいんだ。そうそう、やつの性質上お前さんたちの大切な誰かの幻覚を見せてくるかもな」
幻想に連れていかれないようにな。と、朧はあなた方を送り出した。
- 切望シンドローム完了
- NM名白
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年07月26日 22時10分
- 参加人数4/4人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
●幻惑の曼荼羅華
ざくざくと土を踏みしめ、真白い霧の中を往く四つの影。
「犠牲になった方達は幻でも再会を果たせて幸せだったのでしょうか。大切な人が傍にいない寂しさを抱えて生きていくのは辛いですものね……」
白いヴェールを風に揺らし、憂いに目を伏せたのは『砂漠の冒険者』アイシャ(p3p008698)であった。
その呟きに隻眼を鋭く光らせ、『海賊見習い』マヤ ハグロ(p3p008008)が答える。
「まぁね……その人が大切にしていた思い出や物を幻覚によって目の前に出現させて呼び寄せ、その命を食らいつくすとはね」
そういう輩は私が最も嫌になるタイプだと、マヤは一つ舌打ちをする。
「人喰い曼荼羅華ね。いつも思うんだが、こういう植物の化け物の類って年中咲いてるものなんだろうか。それとも普通の花みたいに枯れたりするのか」
まあどうだろうと今から処理するし、関係ないけどな、と白衣のポケットに手を突っ込んで、『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)ガシガシと頭を掻いた。
「そうねぇ~。まぁさっさと終わらせてその辺の曼荼羅華も焼いちゃいましょうね~」
なんとも緊張感のない、少し色香の混じった調子で答えるのは『己喰い』Luxuria ちゃん(p3p006468)である。
それぞれの想いを胸に、例の場所へと四人は足を踏み入れていった。
●優しく残酷な幻
四人が到着すると、そこには大量の真っ白な曼荼羅華が咲いていた。
これだけ見れば幻想的な美しい場所なのだが、実際は強力な幻覚作用により精度の高い幻惑で人を惑わせてくる恐ろしい場所だ。
何者かの存在に気づいたのか、徐に曼荼羅華の花が揺れだす。
やがて霧が揺らぎ始め、それぞれの影を作り始めた。
「あ、また私がいるじゃない」
まず幻覚が見えたのはLuxuriaであった。
裸にたくさんの噛み傷を拵え、美しい桃色の長い髪は傷んでいる。
異世界で散々食い散らかしてきた『自分』の一人がそこにいた。
痛みを訴えるかのように、恨みをぶつけるかのように『自分は』じっとLuxuriaを見つめている。
常人ならば動揺したり、痛々しさに目を背けることだろう。
が、『己喰い』には通じない。
自分以外に、自分以上に大切な存在などいないのである。
「ダメよ、この世界に居ていい私は私ひとりなの。だから、貴方は私に人生を奪われて……」
――私の人生になって、死んで?
その言葉に慈愛はなく、ただ自愛のみが滲んでいた。
幻影は一つとは限らない。
大切な者が複数存在すれば、幻とて複数の影を作るのだ。
「懐かしい顔ぶれだな」
世界の目の前には前の世界で共に過ごした懐かしい仲間たち。
皆一様に笑みを浮かべ、こっちへこい。久しいな、など再会を喜び手を差し出している。
その姿を懐かしく思い、レンズの奥の目を細めながら――。
「……んで、これが一体なんだっていうんだ?」
一切の動揺を見せず、冷静に世界は言った。
幻影とわかっている以上薄っぺらな偽物でしかない。
そして紛い物に心を動かされるような脆さなんかとっくの昔に捨て去ったのだ。
「さっさと終わらせて帰るぞ」
主の決意に応えるように、精霊たちが世界の周りに集まりだした。
「貴方は誰? 母から死んだと聞かされた私の父親だというの?」
動揺して構えたサーベルの切っ先が僅かに揺らぐ。
目の前で快活な笑みを浮かべ、ごつごつとした骨ばった手で手招きしている男にマヤは見覚えはなかった。
「大きくなったなぁ、マヤ」
自分の成長を喜ぶ声にも覚えはなかった。
が、大切な人というのであれば幼い頃、己を救って死んだと聞いた父であろうか。
まさか生きていたというの?
混乱と衝撃に脳と身体を支配されそうになるが、雑念を追いやるようにマヤは頭を左右に大きく振った。
一つ息を吸って、ゆっくり吐き出す。
そしてまっすぐ前を見据え、叫ぶ。
「いや、違う! これは幻覚。父は私を荒れ狂う海から救い出し、その身代わりとなって死んだのよ。そんな父に化けたって、私は騙されない!」
誇り高い父親を侮辱され、なにより一瞬でも動揺した自分自身に怒りの炎が燃え上がる。
「もう許さない! 海賊の怒りを見せてやる!」
ポケットにしまい込んでいたラム酒のコルク栓を指で弾き飛ばして、一気に飲み干した。
「アイシャ」
優しく温かい声がアイシャの耳に届いた。
「お父……さん……?」
変わらない優しい眼差しと大好きな声にはらはらとアイシャの目から大粒の涙が零れ落ちては地面に染みを作った。
「お父さん……っ! 会いたかった……!」
無我夢中で走り、腕を広げて父親へと抱き着いた。
暖かく受け止めてくれる手は遠い記憶にある物と何ら変わっていない。
「ずっとずっと待ってたんだよ…!」
「ごめんね、寂しい思いをさせてしまったね」
「お父さん、皆の所に帰ろう? 早く顔を見せてあげて……!」
しゃくりあげながら父の胸へとアイシャは顔を埋める。
「アイシャ、よく頑張ったね。こっちへおいで。お前だけでいいよ、お前が一番大切なのだから」
優しくずっとアイシャが欲しかった言葉を父は惜しみなく与えてくれた。
『お姉ちゃん』の心の内側に鍵をかけてずっと隠してきた醜い願い。
撫でてくれる手がまるで自分を許すように。受け入れてくれるような気がした。
けれど、その欲しかった言葉こそが、皮肉にもこれが本当ではないことの何よりの証拠であった。
そっと顔をあげ、アイシャは微笑みながら流れる涙を拭う。
「でもお父さんはそんな事は言わない。お父さんは私達皆を愛してくれてた」
けして、お前だけでいいなんて言わない。
「だからあなたはお父さんじゃない……!」
アイシャの叫びに、優しかった父の幻影が崩れ去り、正体を現した。
身の丈ほどもある白い花びらが雄たけびを上げる。
だらだらと目の前の獲物を見つめ粘液を垂れ流している人食い曼荼羅華。
四人は敵を見据え、各々武器を取った。
●幻惑を断ち切って
戦いを告げる勇壮のマーチが戦場に鳴り響く。
その音色は戦士たちを勇気づけ、奮い立たせてくれた。
「私は海賊マヤ・ハグロ! 人の心をもてあそぶ化物共よ、私が成敗してあげるわ!」
迷いを振り切ったマヤの射撃は寸分の狂いなく曼荼羅華を撃ち抜く。
撃ち抜かれた痛みに曼荼羅華が汚らしく喘いだ。
そのピストルを奪わんと、曼荼羅華はしゅるりと触手を伸ばそうとするが、サーベルにて刈り取られてしまう。
「さっきまでの勢いはどうしたのかしら? まさかこれで終わりとか言わないよね?」
とんとんとサーベルを肩に叩きつけ、マヤは曼荼羅華を挑発する。
「もっと私を満足させてみなさい!」
案の定、挑発に乗った花びらがその身を食いちぎらんと襲い掛かるがそれも計算の内。またもサーベルで難なく触手を切り裂いてマヤは嗤った。
「これが海賊の戦い方よ? 悪く思わないでね。海賊に刃を向けたあなた達の不運を呪いなさい」
「悪いが、あんなモノじゃ俺は惑わされないぜ」
茨の鎧で身を守りながら、世界が掌から黒いキューブを生み出し、曼荼羅華へと放る。
あらゆる苦痛を内包した怨嗟の箱が曼荼羅華の葉を黒い苦痛で染め上げる。
つづいて、虚空に白蛇の陣を書き出すとそこから呼び出した白蛇に曼荼羅華を襲わせた。
地面を這い、獲物を見定めた白蛇は口絵を開けその牙を葉肉へと突き立てた。
「さてさて、基本に忠実にね~」
自分のペースを一切崩さぬままでLuxuriaは見る者を狂わせる鮮やかなステップで運命を弄び、音速の刃で確実に傷を抉る。
絡みついた苦痛にさらにじくじくと呪いが膿を加速させ、曼荼羅の生命力を奪っていく。
「たくさんの人の命と想いを食べてこんなに大きくなったのですね、もうこれ以上は奪わせません!」
神託の杖が冷気を纏い、一つの鎖を生み出す。
勢いよく伸ばされた氷結の鎖が、曼荼羅華の茎を凍てつかせその場に縫い付ける。
振りほどこうと曼荼羅華が藻掻くが、仲間たちの連撃を受けた身ではそれすら儘ならない。
――再会への切望よ、優しく残酷な幻を振り払え。
術者の想いに応えるかの様に再び生み出された氷の鎖が、曼荼羅華の急所を貫いた。
断末魔の叫びをあげて、人の想いを喰らい続けた化け物が地面に沈む。
びくびくと暫く痙攣していた花びらと茎はやがて完全に静止した。
霧が晴れ、光が差し込み、青い空が見え始めたのはその数分後であった。
●切望シンドローム
「じゃ、さっさと焼き払いましょうか~」
のほほんと手を合わせているLuxuriaは手際よく油を撒いている。
「ああ、こんなもの一つも残すものか」
マヤも同意し、油の入った缶を同じように撒いていく。
世界はその様子を見ながら火の精霊を呼び出した。
「まあ奴等の種子がどこかにあるかもしれないし、特にやらない理由も思い当たらないからな」
頼むぜと呼び出した精霊にお願いすれば、精霊は元気よく返事をするように世界の周辺で回転し、風に揺れる曼荼羅華の花達に飛び込んだ。
魂が天へ召されるように煙がまっすぐ上へ登っていく。
白い花びらが炎に燃やされ、ぱちぱちと音を立て、焦げて炭と化し、地に落ちる。
地獄の業火に己が所業を責め立てられるかのように、人を惑わした幻覚の花が潰えていった。
せめて、せめてもの慰みをと、アイシャは鎮魂歌を捧げる。
ここに眠っているのは夢でもいいからもう一度あの人に遭えたならと願った者たち。
そして、きっとその幻に囚われてしまった者たちも誰かに想われているのだ。
そうなればきっと、また悲しみの連鎖は続くから。
だが今、その連鎖は断ち切られた。
安らぎと優しさの旋律が地を巡り、空へ昇る。
失われた命が再び巡り再会を果たせるように。
幸せになれますようにと願いを込めて――。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
初めましての方は初めまして、白です。
夏のシナリオとして朝顔の話書きたいなぁ。
チョウセンアサガオ(曼荼羅華)でなんか切ない話書こうかなぁ。
と思っていたら何故か化け物になってた。なんで?
ともあれ、今回は戦闘シナリオです。
もちろん戦闘以外でもきっとできることはあるでしょう。
そしてこの依頼ではもう逢えないあなた方の大切な誰かの幻覚を見ます。
故人、元の世界に遺してきてしまった人。喧嘩別れをして仲直りできなかった友人など……夢でもいいからもう一度会えたなら、そんな人です。
では以下詳細。
●目標
人喰い曼荼羅華の討伐。
人の身の丈ほどもある曼荼羅華の化け物です。
幻覚で大切な誰かの姿に見せ、人々を喰らい養分としてきました。
花びらの部分が口となっており鋭い歯が並んでいます。
●場所
曼荼羅華が咲き誇る場所です。
曼荼羅華それぞれには幻覚作用があり、そちらの群生地となるため精度が高い幻覚を見ることになるでしょう。
フィールドに咲いている曼荼羅華は唯の植物なので燃やそうと思えば簡単に燃やせるでしょう。
●サンプルプレイング
大切な人:魔法の師匠
うそ、嘘よ。先生……! なんでこんなところにいるの?
私、私……いえ、違うわ。先生は私を庇って死んだのよ。
先生に化けるなんて絶対に許さないんだから!
至近距離からの魔法攻撃を喰らいなさい!
こんな感じです。それでは、いってらっしゃい。
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