＜サイバー陰陽京＞破滅へと歩む者

オープニング

●大災厄
　その夜、『洛外』は怪獣映画の一シーンと化した。
　音を立て崩れゆく球場の外壁。まるで建物の直下に空洞が現れたかのごとく内側に呑み込まれるそれは、けれども今宵の惨劇の序章に過ぎない。
　続いて瓦礫の中央より持ち上がる、金属質の巨大な何か。この期に及んで避難をしておらぬ者がいたとすれば、それが何であるかを見て取ったろう──いまだ辛うじて原形を留めている外壁を撫で払う金属柱。二つ並んだ真っ赤なライト。その巨大な身体を支えるものは球場を薙ぎ払ったのと同じように巨大な二本の柱であって──すなわちそのシルエットは巨大な人型破壊兵器であった。

　真夜中に飛び込んできた第一報に叩き起こされて、この『八紘』世界にて有数の財力と権力と実力を誇る『徳大寺重工』の社長は血相を変えた。
「確かに、あの憎き『モトモリ・コーポレーション』を使い物にならぬ政府ごと物理的にも蹴散らして覇権を得ることは、我々の悲願ではあったのだ……が、あれは何だ！？　多田め、利用していたはずのあのテロリストども――『白峯』に取り込まれ、手段のために目的を忘れたか！」
　このご時世ではどの大企業でもある非合法工作部門。極秘裏にそれを束ねる常務『多田 頼範』の名を彼は呪った。重工が、球場地下にテロ支援用の秘密武器工場を擁している──それくらいならバレても徳大寺の力でどうにでも誤魔化せたのだ……が、その秘密工場を表向きの顔である球場ごと崩壊させて、周囲の全てを破壊し尽くすだと！？　そんなもの、いかな徳大寺といえどもどうやって隠蔽工作しろと言うのか！

　憤死寸前の社長の願いとは裏腹に、『タメヨシ』――『超巨大機巧世直し特異点（タイタニック・メカニカル・ヨナオシ・シンギュラリティ）』と名付けられた兵器は巨体を前進させ始めた。
　そして――。

●仕事（ビズ）
　境界案内人オハナが通達した依頼は、至極単純なものだった。
「『巨大兵器の被害を可能な限り軽減せよ』どすえ」
　今、現場近くでは数多くの組織が普段の反目関係を棚上げして共闘し、兎に角『タメヨシ』の進行を停止させんと活動している……。

　いまだ球場跡から出きっていない『タメヨシ』の足を破壊し、足止めしようと足掻く者。
　地下の秘密工場で得た暗号化設計データを解読し、弱点を究明しようと狙う者。
　そして……飛び散る瓦礫の行く先で、逃げる先もなく恐怖に震えるスラム街の人々を守る者。

　依頼の達成に繋がるのであれば、どこへ向かい、何をしても構わないとオハナは語る……特異運命座標の力は、想いは、同じ意思を持った者たちの祈りを束ね、この物語が記されたサイバー陰陽小説『ネオホーゲン』シリーズの結末を、僅かにでも良い方向へと変えるからだ。
　この世界は今まさに、天王山を迎えんとしている。
　洛外の、最も長い夜が始まったのだ。

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第2章

第2章 第1節

　だんまりを決めると思われていた徳大寺重工の企業軍の到着は、事情通たちからは驚きをもって迎えられた。
　この『タメヨシ』が徳大寺製であることも、全てが裏で白峯と繋がった末の顛末であることも、今や知る人ぞ知る――しかし公然と口に出してはならぬ事実となっている。ゆえに、徳大寺がこの現場に出動する時は、パフォーマンス目的か……最悪、事態収拾への妨害になると誰もが考える。
　……そのはずが。

「『タメヨシ』搭載の制御システムには、過熱時に不安定化し、本来は操縦者のみが入力可能な絶対制御コードを外部から入力できる欠陥がある！」
　徳大寺軍が明かしたクリティカルな事実は、彼らの協力が本気であることを物語っていた。いいや、罠かもしれぬ――けれどもそちらの可能性はすぐに、徳大寺とは無関係な者たちが検証を果たしたことにより否定される。

　ペイント弾により視界を失って、その巨体ゆえにペンキを拭うことすらできずに暴れ続けた人型兵器は、計算によれば既に過熱域に近付いていたはずだった。
　今も、試行回数さえあればコードの入力は可能だ……けれども彼の分厚い装甲を削ったならば。更なる熱量を与え続けたならば。あるいは、温度による半導体特性の変化さえもを味方につけるウィザード級の電脳体が、コード入力を担ったならば。

　戦場と隣接するスラムでは、力を合わせて救助活動をしていた住人たちが、祈るような面持ちで遥か頭上の兵器を仰ぎ見た。
　無敵の巨人に対するジャイアント・キリングは、決して遠くない未来に違いなかった。

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第2章 第2節

　各企業軍による猛攻が始まった。
　真夜中に差し掛かりつつある白河地区を覆う土煙。その中で巨人は身じろぎし、少しでも砲火から逃れて破壊を続けんとする。
　が……その目論見もすぐさま潰える。何故なら巨人に過剰なまでの熱量をもたらさんとする兵器群は、まるでその動きが見えているかのように照準を変えてゆくからだ。元より追尾機能があるものも、そうでないものも。

『基盛電子のレーダー網構築が、命中精度向上に効果を発揮。観測参加社は……』
『徳大寺化薬の焼夷砲弾による加熱能力の有効性を確認。分析元は……』
　繰り広げる戦いの裏では、黒子の立ち上げた企業向け資料の中に、次々と各企業の戦果が追記されていった。そこに名を記される企業には、目に見える戦果のみならず、それを支援した者たちも含まれる……すなわちそこに含まれるのは、必ずしも美味しいところばかりを狙わなくとも、朝廷の覚えは目出度くなるぞとの甘い囁き。
　出遅れた――黒子がそうなるよう仕向けた部分もあるが――徳大寺は勿論のこと、可及的速やかに戦線に加わった企業らとて、それを無視などできなかった。タメヨシの現在姿勢や予測攻撃範囲を３Ｄ地図上に表示する会社、瓦礫下の生存者発見用に災害救助センサーを供出する会社……今や戦場は各企業が全力で事態を解決して自社能力をアピールするための、即席の展示会の様相を呈すのだ。
　それは対『タメヨシ』作戦を一段と加速させ、救助しうる人々の数を増やして――そして今も取引時間中にある世界の裏側の市場では、下がり続ける徳大寺株を売った資金の行き先選択のため、その“展示会”が活用される。

　その結果……『ファンドマネージャ』新田 寛治（p3p005073）は、随分と懐が暖まっていた。
「あれが『タメヨシ』のほうでよかった。『タメトモ』だったら私たち、脱出時に死んでましたからね」
　命からがら崩壊する地下工場から脱出した後、そんな冗句を叩けるようになったのもそのお蔭だ。
　……さて。では徳大寺のカラ売りと他企業の買い漁りで得たこの利益、そろそろ還元する時間といきますか。余り長引かせすぎても、利益の元となる経済基盤が傷んでしまう。守るべきは金の卵ではなく産む鶏だ。

　パチンと指を高く鳴らしたならば、無数のドローン軍団が寛治の後ろ――近くのビルの屋上から飛び発った。
「光学系センサーはペイントで殺してあるんでしょう？　では後は……赤外線とレーダーを潰せばセンサー系はほぼ全滅のはずです」
　格安のモデルではあるが徳大寺系列企業のものを大量購入することで、かの会社にも多少の恩は売った。それらを……迎撃されるのも構わずに、『タメヨシ』に向かって突っ込ませる。幾らかが生き残ってチャフとフレアをばら撒けば、それで任務は完了だ。そして……。

　慌てるだろう操縦者から更に判断力を奪うべく、コックピットに繋がるハッチの隙間に向けて、寛治自らも弾丸を放つ！

成否

成功

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第2章 第3節

　多種多様な攻撃を全身に受け、装甲も赤熱しはじめる『タメヨシ』を仰ぎ見て、『戒めを解く者』オジョ・ウ・サン（p3p007227）が素っ頓狂な喜びの声を上げた。
「ﾝタメ～～～～ヨシ～～～～！　えろぉ立派にナリマシテ！！
　お顔にキレェなオメシモノ！　ようお似合いですワ～～～！
　ほなら……『溜（ため）ヨシ』！！！」

　渾身の駄洒落を放つと彼または彼女（の疑似餌）は満面に勝ち誇った表情を浮かべたが、こんな時に耳を傾けてくれる相手はいなかった。この悲しみは誰のせいだろう？　決まってる……あそこでオジョウサンの分まで皆の注目を集める、鉄の巨人のせいに違いない！
「加熱ならオジョウサンにまかせてクダサイ！
　たくさんのオジサン！　たくさんのケダモノ！　たくさんのオネエサンオジョウサンをお熱ムンムンにさせた安心安全の実績を持つオジョウサン！！　人呼んで森ウマレのＯＺサン！」

　オジョウサンは巨人の正体も、それが動く仕組みも解らなかったが、それでも解ることだってあった。
「アレはヒトの形をしてるデス！　タブン、男デス！　だとシタら……弱点はワカるデス！」
　疑似餌が捕虫袋に引っ込んだなら、輝き始める袋の中身。光ははち切れんばかりに輝いて……遂には両脚の付け根の中央へと放たれる！
「破ーーーーーーーーッ！！　サアサアサア！　アツクなるデスよタメヨシ～～～！！　もっと、モット……」

　その一撃に……巨人は、よろめいた。

成否

成功

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第2章 第4節

　しまった、とコックピットの中の人物が蒼白になった様子を、誠司は決して気付けたはずもないだろう。
　だが……『操縦者の変化に気付かなかった』が、『異常に気付かなかった』とイコールだとは限らない。何故なら加熱により多少なりとも軟化した『タメヨシ』の膝は、その時、これまでよりも大きく沈み込んだからだ。
（よし……ようやく効いてきた！）
　自身が少しずつ歪ませ続けてきた関節に、巨体の重心変化が負荷を掛けたのだと感じ取る。討ち取るなら今か――けれども特殊合金製の超兵器はそこで、全力で踏み止まらんと欲す！

　が――それは寸前のところで敵わなかった。
「ボクそろそろ疲れてきたんだけど……いい加減転倒ぐらいしてくれてもいいんだけどね？」
　砲弾の間を掻い潜るようにヒット＆アウェイを繰り返し続けていたアイリスが、同じ機を見て動きを変えていたためだ。
　上半分を打ち崩されたビルの壁を蹴り、掠めるように膝裏へと跳んだ。放つは、蛇腹剣による抉るような鞭打。幾許かの構造材をもぎ取られた膝はさらに大きく沈み込み……その時には増す増す速度を上げていったアイリスは、既に前方のビルまで蹴って逆側から迫る！
「チャンス到来……一気に畳みかける」
　遅すぎる空気の中に置き去りにしてきた囁きとともに、今度のアイリスは巨人の股関節と交叉した。攻撃と同時、辺りに垂れ下がっていたセンサーの残骸に鞭剣を巻きつけて。そのまま、引っ張るように後方へと飛び続け……あろうことか自らの速度のみを持ち、巨体を後方へと引きずり下ろす！

　どうん、と凄まじい音を立てて尻餅をついた鉄巨人。まるで振り子のように自らを振って空中へと逃れたアイリスの眼下で、『タメヨシ』は自らを産み出した胎内に逆戻りしてうずくまっている。
　そして……その無機質なコンクリート製の空間が、これから“彼”の棺桶となる。そんな未来をアイリスの金色の瞳は予期し……また、その未来を実際に形にするために、最後の攻勢へと移りゆく。

　上面へと集中できるようになった攻撃が、分厚いはずの装甲を削り取っていった。
　今ならば、制御コードの注入成功率は上昇している……そのはずが、内部からの妨害アリとの企業ハッカーからの報告が入る！
「――だったらさ」

　軍用高圧発電機から伸びる電線を背負った誠司が、ひょいと座り込む『タメヨシ』の許へと近付いていった。
「こうやれば……中身のほうが耐え切れないんじゃない？」
　誠司が疑問を発するのと同時、『タメヨシ』内部に流された電流は、コックピットの空調をショートさせ破壊した。それが意味する事柄は一つ……これから乗員は、装甲の表面を赤熱させるほどの熱量にじっくりと襲われる羽目になるということだ……。

　しばらくの後……制御コードの妨害が唐突に止んだ。駆けつけた軍によりハッチが暴かれて、中からはぐったりとしたまま両脇を抱えられた白峯幹部、『陸奥 四郎』が姿を現した――。

成否

成功

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第2章 第5節

　――かくしてキョートを騒がせていた、白峯と徳大寺重工による一連のテロは、これを機に収束へと向かうことになる。
　最初は連日のようにこの大事件を伝えていた報道も、１週間、１ヶ月と経つうちに落ち着いて、いつしか大衆からも忘れ去られて、他者の手に渡って再建中の球場や、名前が徳大寺から別のスポンサーのものに変わった球団名を見た時にだけ思い出すものになるのだろう。
　それがこの『キョート』という国であり、そして『八紘』という世界。あたかも金にならない過去などは全て、忘却の波で押し流してしまうかのごとき『洛外』という街。

　……が。
　この世界の人々は忘れても、ひとたび記されたものは変わらない。
　全ては小説『ネオホーゲン』の出来事として刻まれて――既に境界図書館へと納められたのだから。