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シナリオ詳細

<バーティング・サインポスト>スキュラシャーク攻略戦

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 海種の美姫がシャークに囲まれている。
 惨劇直前の光景であり、勇敢な海の男なら……男でなくても腕に自信がある人間なら危険を冒して助けに向うはずだ。
「醜い笑みが透けておる」
 猛禽の羽ばたき音。
 鋭利な刃が空を裂いて近付く音。
 そして、価値の無いものを見る視線が、美姫に見える何かに届いた。
「このっ」
 儚げな表情が毒々しい怒り顔に変わる。
 大柄な海種をひとのみに出来るシャークが全て反転して、圧倒的速度のサーベルから女を守る盾になる。
 サーベルの曲線がシャークの顎に吸い込まれ、半秒後れて大量の血と体液が切り口から噴出した。
「殺せぇっ!」
 シャークが、伸びた。
 ウミヘビあるいはウナギのようにぬるりと胴を伸ばして襲撃者に食らいつこうとする。
 アドラー・ディルク・アストラルノヴァは、サーベルの切っ先から己の足先まで全てを使って体の向きを変更した。
 300度回転することでシャークの頭2つをやり過ごし、続く1つの鼻先を蹴りつけ加速する。
 圧倒的技量で翻弄しているのに、アドラーの瞳には喜びも高揚もない。
 彼を見上げた女の顔に、怒りとそれを塗りつぶすほど濃い嫉妬の感情が浮かんだ。
「っ」
 黒い戦装束に細かな切れ目が無数に入る。
 物理法則を無視して立ち上がった女の髪が、アドラーの血に濡れて不気味に光っている。
 シャークの頭が集まり、速度が鈍った飛行種の男に今度こそ食らいつこうとした。
「アドラー様、遊ぶんもええ加減にされた方が」
 波間から大太刀が伸び、頭を傷を負ったシャークに横から斬りつける。
 体を限界まで伸ばしていたので隙だらけだ。
 すぱん、と呆気ないほど綺麗に切断され、激しい音を立てて海面に落ちた。
 ひぅ、と女の口から悲鳴が漏れる。
 他のシャークが騒ぎ出し、女もシャークも海から1メートルほど身を乗り出して……全てが繋がった巨大な下半身を露わにする。
「桐志朗、歳はとりたくないものだな」
 シャークの頭が複数方向から伸びてくる。
 髪ほどに細く、鋼よりも頑丈な糸がシャークのシャークの間に蠢きアドラー1人を狙う。
 縦横に飛び回り躱し続けてはいるが、アドラーはサーベルの攻撃範囲に女を捉えることが出来ない。
 魔種の戦力は、圧倒的だった。
「それ聞いたら憤死される方が大勢いそうどすなぁ」
 海面を飛ぶように泳ぐ白蛇獣種の男がくすくすと笑う。
 主であるアドラーは60の大台にのった。
 その年齢で魔種と戦い即死しない戦闘力を維持しているのだから、猛烈な嫉妬の対象になってもおかしくなかった。
 アドラーの口元が柔らかくなる。
 死線で冗談を飛ばす部下の気遣いに喜んでいるのだ。
「イレギュラーズに伝えろ」
 返事はなく桐志朗の気配が消える。
 アドラーは、少しでも魔種の手札を明らかにするため、あらゆる方向から攻め続けるのだった。


「お貴族様が乗り込んできたときはどうなるかと思ったが……」
 輸送船の船長は、出すべき命令を出し終えてから本心を口に出す。
「普段偉そうにしているだけのことはあるぜ」
「なるほど?」
 輸送船の喫水線に、白蛇の下半身と細目の男の上半身がある。
 桐志朗は笑みを浮かべているのに、船長の全身から冷や汗が流れた。
「イレギュラーズの船は」
 いたぶる価値もないと判断した桐志朗が、静かに船長に問うた。
「きょ、狂王種と戦いながらこちらに向かっている」
 まだ距離がある。
 アドラーと魔種の戦いに決着がつくまでに間に合うかどうか、予測するのも困難だ。
「これを伝えなはれ」
 髪一房と特大の牙を甲板へ投げ入れる。
 髪は鋼で出来ているかのように硬く、牙は一見鋭そうに見えて実際は頑丈さ特化だ。
 桐志朗は頷く船長を見もせず加速して、主に加勢するため全力で泳ぐのだった。


 絶望の青に浮かぶ唯一の広大な土地『アクエリア』。
 魔種蠢く特急の危険地帯であり、海域攻略に必須の島でもある。
 港や各種建物のための資材を運ぶための船団が用意されて出港した。そして、魔種と狂王種に襲われた。
 出港直前に乗り込んできた貴族主従により魔種は食い止められているが、イレギュラーズが乗った船も狂王種に包囲されて危地にある。
「よし」
 船長が拳を握りしめる。
 帆が風を捉え、ぐん、と中型輸送船が加速する。
 クラゲの狂王種が船の加速に追いつけず、これまでイレギュラーズが倒した同属の残骸と共に離れて行く。
「この船は大丈夫だ。他の船の援護に向かってくれ」
 まだ戦闘は続いている。
 舷側にしがみついた別の狂王種と船の戦闘員が激しく戦い体液と血を流している。
「他の船に貴族が乗ってるからという理由じゃない」
 貴族の名はアドラー・ディルク・アストラルノヴァ。
 代々続く軍人貴族であり、魔種と真正面から戦える戦士の1人だ。
「凄腕が死ねば死ぬほど、海洋という国と民が危険に晒されるからだ」
 傷だらけの水夫達が、イレギュラーズが抜ける分を補うため死力を振り絞ってた。

GMコメント

 大きな魔種相手の戦闘依頼です。
 船から出発する前に水夫を援護等していると、援護等した個人の戦場へと到着が遅れますのでご注意を。

●標的
『鋼糸髪の女』×1
 魔種の本体です。
 上半身は海種の女性の形で、下半身は巨大な肉塊で普段は下半身は海面下です。
 通常は『シャーク』に襲われる海種のふりをして、犠牲者を捕らえいたぶり捕食するようです。
 下半身より上半身の方が脆く、上半身が死ぬと下半身も死にます。
 攻撃手段は主に髪【物近範】【失血】で高威力です。
 流し目【神超範】【無】【魅了】も使えますが、巨大肉塊が露わになっている現時点では効果は薄いです。
 廃滅病を罹患していて、臭います。
 臭いを指摘すると激高し、威力が数割増しになり命中が半減し特殊抵抗も並程度まで低下します。

『シャーク』×7
 魔種の一部です。
 サメっぽい巨大な頭部と、雑に伸びたり縮んだりする胴から成り立ちます。
 胴は『鋼糸髪の女』の肉塊に繋がっています。
 噛みつき【物至単】は高威力で、体当たり【物近範】【飛】も使えます。
 ただ、最も得意なのは【マーク】と【ブロック】と【かばう】です。
 【かばう】対象は『鋼糸髪の女』の上半身のみ。
 頭は悪いですが『シャーク』独自に判断し行動可能。
 『鋼糸髪の女』が死ぬと『シャーク』も全滅します。
 『鋼糸髪の女』から切り離された『シャーク』は即死します。


●友軍
『アドラー・ディルク・アストラルノヴァ』
 黒鷲のスカイウェザー。60歳。
 即応可能な戦力が足りないと判断して、『アクエリア』行きの船団に手弁当で参加しました。
 能力は命中・回避型。
 攻撃手段はサーベルのみ。物至単です。
 魔種としては弱い個体を単身で討ち取れる程度には強いですが、今回のような魔種を倒せるほど強くありません。
 イレギュラーズが到着した時点でAPはほぼ空になっています。
 特に要請されない場合は、可能な限り多くの『シャーク』を引きつけイレギュラーズを援護しようとします。

『伏見 桐志朗』
 白蛇のブルーブラッド。
 アストラルノヴァ家に仕える護衛であり、普段は毒舌がぽんぽん飛び出す20代の癖のある凄腕です。
 今回は主と海洋軍人の目があるため、毒と癖はいつもより控えめです。
 忍び寄って大剣で斬り殺すのが得意らしいですが、今回は非常に明るい戦場なのでその戦法は使いません。
 万が一にもアドラーを巻き込まないよう剣を使いアドラーの援護を最優先するので、今回の対魔種の戦力としてはあまり期待出来ません。


●他
『輸送船』×複数
 魔種相手の戦場の100~500メートル南にいます。

『クラゲ狂王種』×複数
 『輸送船』周辺にいます。イレギュラーズが放置しても水夫が倒します。


●戦場
 1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。晴れ。北西向けのやや強い風
 abcdefghijklmn
1□□□□□頭□□□□□□□□
2□□□□□胴□残□□□□□□
3□□□頭胴■■■胴頭□□□□
4□□□□□■女■□□□□□初
5□□□頭胴■■■胴頭□□□初
6□□□□□胴□胴□□□□□□
7□□□□□頭ア頭□□□□□□
8□□□□□□□□□□□□□□
9□□□□□□□□□□初初□□

 □=海。
 ■=海。魔種の下半身があります。イレギュラーズが着地可能。
 頭=『シャーク』の頭部が1つあります。
 胴=『シャーク』の胴部が頭と肉塊を繋いでいます。
 残=『シャーク』1つ分の残骸。

 ア=アドラーと桐志朗が2つの『シャーク』相手に戦闘中。
 初=海。イレギュラーズの初期位置です。各人、好きな位置を選択可能。


●魔種の情報について
 戦闘開始時点で、イレギュラーズはオープニングの内容全てを把握していてOKです。

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。

●重要な備考
<バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <バーティング・サインポスト>スキュラシャーク攻略戦完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年03月18日 23時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
Ring・a・Bell(p3p004269)
名無しの男
アルム・シュタール(p3p004375)
鋼鉄冥土
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐

リプレイ

●小型船
 激しく揺れる甲板で、『雪中花蝶』斉賀・京司(p3p004491)が苦痛をこらえた。
 体と魂が同時に疲労する感覚は非常に辛い。
 代わりに得られるのは、体のキレをほんの少し増す効果だ。
 ただし効果時間は1分以上。戦闘開始前に使えるなら特に有効であり京司は実際そうした。
 しかも効果範囲は小型船を覆い尽くすほど広い。
 多人数でこの効果時間なのだから、攻撃でも防御でも大きな効果が期待出来る。
「イレギュラーズの皆さんっ、船の護衛もお願いしますよぉっ」
 対魔種戦に船で乗り込むことに同意した水夫達が叫ぶ。
 イレギュラーズが参戦する、20秒前の光景であった。

●サメスキュラ
「貫け……ガーンデーヴァ!」
 真紅の光が巨大な銛の如くサメを貫いた。
 1体2体ではない。
 本体の守りを固めるため頭部を持ち上げ一箇所へ集中していたのをまとめて貫き、馬車じみて大きな首3つと間抜け顔を晒す頭1つに風穴を開けた。
「痛いじゃない!」
 海種の女にしか見えない本体が眉を跳ね上げた。
 己より若く女も美しい女は大嫌いだ。東側の2つの首に即座に食い殺すように命じた。
 サメの形はしていても大きさは小屋ほどもある。
 大きく開いた口には、恐るべき頑丈さの歯が何列も並んで生えていた。
「……ハッ 身体が勝手に 御婦人の盾になりたがって……」
 平々凡々とした見た目の戦士が、非凡な勇気と決断力で『慈愛の英雄』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)を庇う位置へ滑り込む。
 外用で泳ぐという過酷な状況なのに、固い岩盤の上に立っているように安定している。
 サメが迫る。
 『サメの犠牲者』コラバポス 夏子(p3p000808)は不敵に笑い……はせず、いつもの表情で槍ともう1つのものを振り回す。
 理力障壁を使い、左右から迫るサメの速度を低下させる。
 右のサメは槍で弾いてサメの向きを明後日の方向へ変える。
 左のサメには、石突きで鼻先を突いて目から涙を流させた。
「抵抗しないら苦しめずに食べてやったのに」
 魔種の女は上から目線でそんなことを言う。
「ローレット仲間の操るサメの方が怖いモンで……な!」
 へらへらと笑いながら削られた障壁を調整する。
 まだ気付かれてはいないようだがダメージが酷い。
 完璧に防御してこれなのだから、長期戦になると死んでしまうと確信した。
 女は性格の悪さを隠しているつもりで全く隠せていない笑みを浮かべ、己が足に再度の攻撃を命じる。
 サメの目に浮かぶ殺意が濃くなり、長大な首の筋肉に力が籠もった。
「もうバレてるからアレだけど……俺なんかは騙されるんだろうなあ」
 銀髪吸血美少女は背中側にいるので見られないが、巨大肉塊の上から生えた上半身は中身はあれでも美しい。
 斜めにした障壁で衝撃を逃がしつつ槍で突き、反対側に展開した障壁でそちら側のサメを受け流そうとして、海の流れが少し変わったのに気付く。
「あっ」
 サメ頭は防いだ。
 後ろに通してもいないしダメージも許容範囲だ。
 しかし衝撃を逃がしきることには失敗し、海から弾き飛ばされ回転しながら宙に舞う。
 その状況で満足げに親指を立てる。
 先程よりさらに狙いが精密になった光が2つの首と背後のサメ頭を貫き、魔種本体にまで届いていた。
「小娘がぁ!!」
 きらめく金の髪が分厚い盾の形を作って光を防ぐ。
 女の上半身に外傷はないが、命中箇所の髪は焦げて柔軟さを失い、巨大な下半身にもいくつも傷がついている。
「その有様で嫉妬なんテ、恥ずかしいと思いませン?」
 口元ぼくろの美貌のメイドが、痛ましいものを見る目を魔種に向けた。
 無論わざとだ。
 造り自体は整っている魔種の米神に青筋が浮かび、背後に隠していた分あわせて凄まじい量の髪でイレギュラーズ達を狙う。
 巻き込まれたサメの胴に、切り刻まれた惨い傷口がいくつも刻まれた。
「自覚がなかったのですカ?」
 今度は本心から驚きつつ白銀の大盾の傾きを調整。
 鞭じみた金の超長髪の髪も、2つの大質量も、海面すれすれを飛ぶ『ナイト・グリーンの盾』アルム・シュタール(p3p004375)のメイド服を揺らす程度のことしか出来ない。
「まずいですネ。巨体の割に回避の心得もあるようで」
 頑丈な前衛に引きつけ、ユーリエのような火力担当で削るという戦法が使い辛い。
 だからアルムは、スカートの下から護剣アルタキエラを取り出しサメ頭に突き刺した。
 攻撃直後なのでサメの防御は乱れ、速度も不必要に残っている。
 アルムはサメの勢いを利用して、分厚い皮膚を効率よく引き裂き剣を突き入れ内側まで切り裂いた。
「我(アタシ)の相手はしてくらないのかい?」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)はアルムより前に出て、肉塊に触れそうな位置まで到達した。
 肉塊に落ちた武器商人の影から黒くて朧気なもの少し顔を出し、異臭を非難するかのように小さく震えて影に戻る。
 魔種の女は振り返りもしない。
 南側にいる凄腕2人を注視して、未だ健在なサメ頭2つに武器商人を襲わせる。
 武器商人の口元には妖しげな笑みが浮かんだままだ。
 巨大サメ頭という大重量2つが武器商人に接触。
 攻撃に失敗しても成功してもあるはずの音も傷みも何もなかった。
「……はぁっ?」
 魔種が怪訝な顔な表情で勢いよく振り向く。
 サメ頭が2つ、武器商人が展開した魔力障壁の前で小首を傾げている。
 空の上あるいは海の底にはじき飛ばせるはずの威力が障壁に触れた瞬間無くなった異常を体験したのに理解出来ていない。
「おやおや」
 武器商人が口元を抑え、疲労が滲んだ声色をつくる。
 障壁以外の術を使わないなら後数分は連続展開可能だが、わざわざ教えてやる必要はない。
 サメ頭による2度目の2連撃。
 当然のように、全く効いていなかった。
「状況は絶望的かもしれないけれど」
 ユーリエの反応は正しい。
 イレギュラーズ達が技術と戦術で上回ってはいるが地力が違い過ぎる。
 たった2人で足止めしてくれていた海洋人も、ユーリエ達をここに送り込むため体を張ってくれた水夫達も、今すぐ逃げ出しても誰も責めないだろう。
「最後まで、諦めない!」
 もちろん逃走などありえない。
 炎纏う剣を弓に見立て、そこから溢れ出る魔力を紅の矢に纏めて右手で引き絞る。
 同じ相手に3度目でも楽にはならない。
 ユーリエほどの使い手でも気を抜けないほど高度な術である以上に、勝利を手繰り寄せるため敵の急所を狙っているからだ。
 サメが巨大な口を開く。
 愛の吸血鬼の鼻に、腐った血の臭いがはっきりと届いた。
「貫けぇ!!」
 喉と胃を無抵抗で通り過ぎ、外皮とは比べものにならないほど脆い内臓を貫き神経の塊を焼き焦がす。
 巨大な首がびっくり箱じみて跳ね上がり、魔種の至近に激突して悲鳴を上げさせた。

●親と子と
 小型船がぎしりと鳴り、魔種まで20メートルの地点でようやく減速を始める。
「それじゃ、おにーさんと遊ぼうか!」
 揺れる船首に立つ『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が、意思の強さを破壊力に変えて真正面へと突き出す。
 サメは魔種から指示が出るより早く反応した。
 上空から襲い来る恐るべき刃は頭部の重装甲で耐え、それと比べれば狙いが甘いヴォルペの攻撃は余裕をもって躱せる、はずだった。
「うまいじゃないか」
 ヴォルペは手応えの軽さに気付いて苦笑を浮かべる。
 隣のサメ頭は、かすり傷のはずなのに血管がある深さまで抉られた首を見てぶるりと震えた。
「アドラー氏」
 京司の短い言葉だけで意図が伝わった。
 黒鷲の翼が激しく空気を飛ばし、反作用で古強者の体を甲板の上まで飛ばす。
 着地の音は軽く、しかし冷や汗と鮮血の匂いが漂っている。
「遅くなりました、アドラー氏。回復はお任せください」
 紙のように白い肌が傷ついた軍服に触れる。
 生半可な甲冑より固いはずの素材が、異様なほど鋭いものに切り裂かれている。
 軍服の下がどうなっているかなど容易に想像出来た。
 アドラー・ディルク・アストラルノヴァの眉がゆっくりと動く。
 それが悲鳴をあげるに等しい仕草だと知っている『小鳥の翼』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)は、気遣う言葉をかけたい気持ちを全力で我慢するた。
「アストラルノヴァ公……いいえ、此度は父上として……息子である俺からの願いだ……共に……戦ってくれるだろうか……?」
 視線を向ける余裕などない。
 無理矢理近づけた小型船に、巨大サメの上半身2つが猛攻を仕掛けたからだ。
 イレギュラーズも老貴族も水夫達も、我が身を守りながら己の仕事を果たすしかない。
「ホント似た者親子だよ、オレから見ればよぉっ」
 『名無しの男』Ring・a・Bell(p3p004269)が渾身のカウンターを放つ。
 鼻を凹まされた1体が歯をすりあわせて悲鳴をあげ、Ringも手甲の下の骨をいくつか砕かれる。
 Ringが前に出る。
 時間差で、小型船を潰すつもりのもう1体が真上から降ってくる。
「ま、オレもしっかり護るんだけどよ……一応仕事だからねぇ」
 全身の筋肉を隆起させ、密度が高く小型船より重いサメ頭を左舷方向へ吹っ飛ばした。
「へっ」
 2箇所を同時に守る見事な戦果だがRingも無事には済まない。
 両手の筋や骨がいくつか拙い感じで、Ring自身衝突時の衝撃に耐えきれずに右舷側に飛ばされ海へと突っ込む。
 これは本気で拙いかもしれんと思った瞬間、記憶にある腕によって海面へと強引に引き抜かれた。
 白蛇の獣種が海面にRingを放置し急速全身。
 主を狙ったサメの首を目がけてえげつない速度と角度の斬撃を送り込んだ。
「おい伏見、ぜってーアドラー様守り抜けよ、俺は坊ちゃんで手いっぱいだからよ」
 不敵に笑うRingの歯は自身の血でどす黒い。
 彼は、重要臓器の傷だけ治して小型船の舷側をよじ登っていった。
「はは……楽しくなってきた!」
 ヴォルペが笑う。
 目の前のサメ頭はヴォルペを追撃しようとするが、傷が痛んで本来の速度を出せず攻めきれない。
 そこに斜め下からサーベルが一閃する。
 ヴォルペがつけた傷口から入り、筋と血管の重要部位を的確に切り裂いて外側へ抜けた。
 サメ頭から力が抜ける。
 このままでは死ぬ。だから、せめて目の前のヴォルペは道連れにしようと、最期の力を振り絞って噛みつこうとした。
「舐めているのかい?」
 躱さず反撃する。
 船に衝撃を流さない形で受け止めるだけでなく、サーベルによる傷に打撃を叩き込んで中身を蹂躙する。
「帆を張れーっ!!」
 残骸と化したサメ頭から逃げるため、小型船が全力で方向転換と加速を行った。
「アドラー氏」
 この場において同体積の黄金より貴重な癒し手である京司が、1人の治療に専念するしかないほどアドラーの傷は深い。
「承知している」
 そして、アドラーが戦わないと戦線を維持出来ないほどに敵は強い。
 そんな絶望的な状況で、澄み渡る暁光の空を思わせる音色が響き渡る。
 無数の術が同時並行的に構築されて、うち4つが同時に発動して超巨大スキュラの中心を狙う。
 無事なサメ頭5つのうち1つが盾になり、炎と毒に呼吸を塞がれた3本目の頭になった。

●魔
「どういうことよっ」
 頭の命を海に沈めて来た魔種が混乱のまっただ中だ。
 武器商人に次々打撃を浴びせているのに、手応えは変化しても立ち姿に変化が全く無い。
 このまま戦えば、20秒も経たないうちに捕獲からの圧殺を狙うと思いつけただろう。
「ケバい奴の臭いがす……ん~? 違うかコレは」
 戻って来た夏子が槍1本でサメを防ぎ、轟音と閃光を伴う横凪で頭の1つを削り切る。
「あ~でも臭うな~? 何の臭いかな~!?」
 彼女は魔種である以前に女だ。
 冷静さなどどこかに吹き飛び、いくら攻撃しても効果のない武器商人から夏子狙い切り替えた。
「っ」
 リーリエが震える。
 魔力を持つマントから切り取りマスク状にしたものを被っても耐えがたい臭いだ。
 吸血鬼の若さと美しさに改めて気付いた魔種から、理性がほぼ消え去った。
 命令を貰えず注意散漫になったサメ頭に赤黒い鎖が絡みつく。
 威力も脅威だがそれ以上に怖いのは、防御がまともに出来なくなったことだ。
 護剣アルタキエラが喉元に押し当てられ、全身の力を込めたアルムにより押し割られ、血と内臓が零れた。
 アルムを狙った極細の髪がサメの内臓を切り刻む。
 怒り狂う魔種は狙いが甘く、しかし威力は跳ね上がっている。
 魔種の無尽蔵の体力により攻撃が連続する。
 数十本を剣で弾いても、数本届いた髪によってアルムが深く鋭い傷をつけられる。
「手足を巻き込んで使いますカ」
 力を使い傷を癒やす。
 出血による継続的ダメージは消えたものの、消耗は激しく大きな技は後何度も使えない。
 それでもまだ戦える。
 ユーリエを狙ったサメ頭を危なげなく遮り、アルムは戦線を維持し続けた。
 ヨタカが荒い息を吐いている。
「私の顔がぁっ!」
 粘りに粘り、魔曲・四重奏で魔種本体を焼くことに成功した。
 魔種はまだ燃え尽きてはいないし戦闘能力だってある。
 それでも、炎に包まれた状態で冷静さを保てるのは本物の戦士だけだ。
「ーーキミじゃあ我(アタシ)を殺せやしないからね。激昂した己の力に溺れて死ぬがいい」
 分厚い全身鎧を容易に切り裂くはず髪が、武器商人の肌に傷一つつけることも出来ない。
「嗚呼、それにしても実に臭い。貴様の性根が滲み出てきたかの様な悪臭よな。ヒヒヒ!」
 本心であると同時に冷徹な計算で組み立てた言葉だ。
 巨大な魔種が時間と手間をかければ、武器商人だって無事では済まない。
 だから数人がかりで心を攻めて、魔種から考える余裕を失わせていた。
「我が麗しの銀の君に触れるな」
 自身が傷を負っても持ち船を中破させられても平然としていたヴォルペが怒りを見せる。
 サメ頭の数が半減した巨大魔種の背に飛び移り、こうなってもなお美しい髪を無造作に引きちぎり魔種の頭に蹴りを入れる。
「よぐもっ」
「赤狐の君、そろそろ幕引きと行こうじゃないか」
「失礼、見苦しい姿を見せてしったね」
 ヴォルペは自身の髪を整えてから、価値の無いものを見る目で魔種に向けもう一度蹴り飛ばした。
「邪魔だ」
 魔種を狙ったRingの拳がサメに防がれる。Ringの狙った通りに。
「全力で動けるのは最長でも1分です。後遺症が残らないと断言出来るのは20秒」
 小型船は既に退避した。京司はジェットパックで高度を維持してアドラーの体を修復する。
 戦闘力を保っているとはいえ既に老齢だ。
 無理をして良い体調でもないし立場でもない。
「十分だ」
 一言の中に感謝を込めて、燃えさかる魔種目がけて一直線に加速する。
 サメが自発的に動いて防ごうとしても、魔種による統率がない状態では黒鷲を防げない。
「そもそもお前がっ」
 魔種が首を大きく振る。
 髪を宙に張り巡らせる余力は既になく、ただ細く速く鋭い鞭として髪を扱いアドラーを狙う。
 黒鷲はこれ見よがしに大技の構えを見せ、放たないまま横に進路変更して髪を回避。
 宙を切った髪の先で、ヨタカが大規模な術を完成させていた。
「俺は……此処に居る大切な人の為に……この翼を……この歌を捧げる……」
 精神力を弾丸に変えて放つ技のはずだが、実際に生じたのは砲弾サイズの大質量だ。
「さぁ、終曲”フィナーレ”だ……!」
 ヴァイオリンの豊かな音色が溢れ、砲弾の轟音がかき消すのではなく加わり荒々しくも美しい曲を形作った。
 魔種が最後に残った力を使う。
 髪を重ねて盾にして、砲弾を柔らかく受け止めようとして途中で力が尽きて髪が解ける。
 咄嗟に両腕を前に出して半ばまで砕かれ、胸に直撃を浴び大きくのけぞった。
 サメが吼える。
 生命の危機を理解して、下半身である肉塊の近くにいる全てに食いつき栄養に変えようとする。
「犬ぅ!!」
「アンタこそしくじるなよ伏見ぃ!!」
 伏見 桐志朗とRingが肉塊を駆け上がる。
 両者とも親子の護衛をそれぞれ優先していたためぼろぼろだ。いつ気絶してもおかしくない。
 2人を治療しようとしても即座に謝絶されてしまうので、京司はアドラーに対する最低限に治療を終えた後は前衛組の支援にまわっている。
「どきなはれ」
 横向きの斬撃が見えない。
 根元から切り離されたサメ頭が呆然としたまま前のめりに倒れて来て、桐志朗は回避はしたがそれ以上進めない。
「下男にやられる私では」
 魔種が何やら言っているがRingは一切気にしない。
 女の頭を脇に抱え、肉塊から引っこ抜くつもりで引っ張りながら押さえつけた。
「へっ」
 髪が体を切り裂く。
 血が流れて体が冷えて流血で視界が白黒になる。
「逝くのはアンタだけだ」
 炎が、刃が、次々に魔種の体に突き刺さる。
 全く身動きが出来ないので全て直撃で総合して致命傷だ。
「ぁ」
 魔種の瞳から生気が抜ける。
 普通の海種だった頃の理性がほんのわずかな時間だけ蘇り、言葉も残せないまま命を失った。
「沈むぞぉー、速く戻れー!」
 水夫の叫びが、遠くから聞こえていた。

●帰路
「伏見ー、坊ちゃんとアドラー様の話をするなら噛みちぎってやるぜ?」
「そういう所が犬なんどす」
 桐志朗はRingから見えない位置で、治療にあたる深く京司に深く頭を下げる。
 帰路の海は、まだ波が高かった。

成否

成功

MVP

ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種

状態異常

Ring・a・Bell(p3p004269)[重傷]
名無しの男

あとがき

 息子さんと同じ戦場で戦えたアドラーさんの心境を思うと、込み上げるものがありました。
 これがエモさでしょうか。

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