シナリオ詳細
<Gear Basilica>帰ってきたヤサシイ先生
オープニング
●帰ってきた院長
「隊長、保護者の見送り終わりま」
最後まで言い終える前に、轟音が全ての声を塗りつぶした。
以前はクラースナヤ・ズヴェズダーが運営していた孤児院が崩れ、かつては子供が健やかに育っていた場が瓦礫の山に変わる。
「げほっ……院長先生?」
砂埃が薄れ、残骸の上に黒衣の異形が現れた。
フードの下に見慣れた顔がある。
長年身を粉にして孤児院を維持してきた、クラースナヤ・ズヴェズダーの構成員だ。
辛苦を決して表に出さずに微笑みを浮かべていた顔に、今は道徳の縛りのない底抜けの笑みが浮かんでいる。
「全部、全部ゥ」
黒衣が持つ剣が唸りをあげる。
歯車だけで構成されたそれは、頑丈なはずの建材を溶けたバターか何かのように切り裂く。
「院長、お前も取り込まれたかっ」
鉄帝軍の隊長が特大の剣を抜き、分厚い鎧を来たまま全力疾走。
「久しぶりリリ?」
「黙れモンスター!!」
歯車剣と分厚い剣が真正面からぶつかり合う。
体格に圧倒的な差があるにも関わらず、鉄帝軍人は一歩も押し込めずに高速回転する歯車に装甲を削られ血を流す。
「子供を忘れて破壊活動か。恥を知れ!」
「ダダ大丈夫ぶ。あの子達ミミンな、分け合っててテ」
壊れかけのレコードのように呟き、故障寸前の機械のように速すぎる剣を振るう。
隊長は舌打ちをして、なんとか致命傷を避けながら部下に注意を促す。
「警戒を怠るなっ! 敵は」
複数箇所が爆発した。
ボロ屋に閉じこもっていた住人がぼろぼろの道へ飛びだし、安全な場所に逃げようとして渋滞を引き起こす。
「とーちゃん、院長先生がいたよっ」
子供の明るい声が響く。
隊長とその部下の表情が引き攣る。変わり果てた院長は奇怪な笑顔を浮かべたまま剣を振る。
「とーちゃんと言うな。あー、見間違いだ、ズヴェなんとかのお偉いさんがあんな趣味わりぃ服着ないだろ」
行き場の無い孤児の面倒を見ている男が、後は任せたと軍人達に目配せをした。
「1班と2班は通りを封鎖しろ。ここは私は防ぐ!」
隊長が決然と言う。
歯車が唸る。
分厚い鎧と自前の装甲が削られ、肉片混じりの装甲片が宙に飛ぶ。
「おじちゃんがんばえー」
幼児が声を張り上げ。
「軍人さん頑張ってください!」
子供が人の流れに巻き込まれないよう幼子を庇い。
「女子供は俺の家に入って立て籠もれ! 男は石でも何でも拾って投げろ!」
「はっ、女を甘くみるんじゃないよこのモヒカンが。おら食らいなっ」
スラムの住人が石やゴミや手斧を全力で投げて、元クラースナヤ・ズヴェズダーの現歯車兵団を近寄らせない。
「悪くない」
傷だらけの鉄帝軍人が破顔する。
このまま死ぬかもしれない。
スラムという国の視点から見て価値の薄い場所を守っても、名誉にも昇進にも繋がらない可能性大だ。
「最高の戦場ではないか!」
命を背負い声援を受けて戦うのはこれほど心地良いのかと、高笑いをあげ戦い続けるのだった。
●防衛依頼
「鉄帝首都に自律移動要塞型古代兵器『歯車大聖堂(ギアバジリカ)』が迫ってるです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はかなり緊張しているようだ。
どうやら、状況はかなり拙いらしい。
「スラムにいる部隊から救援要請が来てるです」
精密で貴重なはずの地図をイレギュラーズに押しつける。
現地に向かう途中で見ろと言うことだろう。
「多分、『歯車大聖堂』先遣隊と戦う事になるです。魔種に狂わされた人間と戦う事になるかもしれません」
微かに怯えた声で、しかし真っ直ぐにイレギュラーズの瞳を見つめる。
「出来るだけ大勢の人を助けてあげてください」
その言葉は、祈りのように響いた。
- <Gear Basilica>帰ってきたヤサシイ先生完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月28日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「このっ」
戦装束に包まれた足が地面を蹴って宙に跳ぶ。
少し傾いた壁に着地。『学級委員の方』藤野 蛍(p3p003861)が速度は落とさず壁を走ると、魔剣や守護霊の類いと化した元教科書が彼女の手の中で本性を露わにする。
「させるかぁっ!」
元は女子高生と制服と教科書2冊が、今ではバトル系魔法少女を劣化させずに3D化したような有様だ。
黒衣の歯車兵が振り向くより、蛍が力を解放する方が2呼吸は早い。
精神の奥底から無数の花弁が現出する。
儚く散る桜色が、魔種の狂気に飲まれた鉄騎種の心にまで届く。
狂気の中に新たに生まれたのは善意ではなく欲望だ。
桜とその源である蛍をそれぞれ別の意味で手に入れるため、欲望で目をぎらつかせながら歯車棒を振り上げる。
「よし」
蛍の目には、4本の棒の向きも速度も分かり易いほどに全て見えている。
蛍は左側からの攻撃を半歩斜め前へ進むことで無効化し、右側からの棒2本を剣の形をした元教科書で受け流した。
「敵、東側戦力を拘束。要救助者へ攻撃が途絶えました」
身に纏うのは伝統的純和風、本人は病弱にも見える可憐な乙女であるのに、『司令官』桜咲 珠緒(p3p004426)の脳内で処理中の情報の量は軍隊司令部じみている。
「敵主戦力の行動に変化ありません」
珠緒は蛍に対する心配を顔に出すのを我慢して、既に判明した情報を一目で確認出来る立体映像として己の近くへ浮かび上がらせた。
「機械の兵士どもか」
『艦斬り』シグ・ローデッド(p3p000483)は、機械部分の少ない鉄騎種のぎこちない動きを見て、中身が大幅に書き換えられていることを確信する。
「やれやれ、確かに自動化するのは戦場の常とは言え……こう単純命令しか実行できなくしては戦術幅が減るだろうに」
崩壊した家屋から出た粉塵もシグのスーツを汚すことは出来ず、シグが放った雷球に押し退けられて左右に散る。
雷球は蛍の1メートル以内に近づかず蛍と歯車兵を追い越し、一際激しく光ると同時に弾けて膨大な静電気を発生させた。
「っ」
至近距離の2人が壊れたロボットの如く左右に揺れ。
直撃は避けた残り2人も足が痺れたように動きが鈍っている。
直接的なダメージはなくても一撃で1隊の動きを乱す凄まじい攻撃だ。しかも桜の攻撃で防御の動きが消え威力倍増。4人のうち2人が重傷だった。
イレギュラーズの攻撃は初手すらまだ終わっていない。
スラムには無縁のはずの美しい所作を崩さず、非常に軽装の『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)がナイフすら持たずに歯車兵に近づく。
彼等は臭う。
不潔というよりも、生存に必要な意識を消された結果というべき汚れだ。
「悪趣味な」
沙月の嫌悪は目の前の歯車兵ではなくその原因に対するものだ。
蛍から沙月に狙いを変えようとした棒を回り込む動きで無意味にし、足は地から離さず手を軽く伸ばして黒衣に触れる。
少し遅れて衝撃が胸に届く。
歯車兵の意思に関係無く肺から空気が抜け出て、自然に身動きがとれなくなる。
ここまで2秒もかかっていない。
沙月に気づけていない兵のブーツを上から踏みつけ、歯車兵の動きを利用して足の骨にひびを入れる。
そして軽やかにターン。
適切適量の力を込めた拳がもう1人の脇腹を撫で、かなり深厚なダメージを与える。
恐るべき技の冴えであり、素晴らしい美しさと優雅さであった。
「今、手加減は……困難かと」
殺し合いなら圧倒可能でも殺さないようにすると難易度が跳ね上がる。
珠緒は歯車兵の動き全てと、蛍の動きを中心にイレギュラーズの動きだけでなく、籠城中のスラム住人の動きまで把握している。
この戦いに長々と時間をかけると被害が急拡大しかねないと、判断した。
「承知」
沙月の気配が変わる。
質はともかく量は控えめな魔力あるいは霊力を、皮膚肉筋骨神経に隅々まで行き渡らせる。
蛍が兵の注意を引きつけ、シグが強力な術を使うと見せて牽制。
その結果として生じた歯車兵4人の隙を的確に捉え、沙月が流れるように近づき軽く見える拳を次々に打ち込んだ。
もちろん、軽く弱い印象なのは見た目だけだ。
絶妙の打撃が肉を揺らして骨を痛めつけ、死にも気絶も出来ない痛みの中に4人を叩き込む。
倒れた鉄騎種4人の顔には、子供に見せればトラウマ確実の表情が浮かんでいた。
●
殺意と戦意が極限まで磨き抜かれたらどうなるか。
きっと、妖刀や魔剣のような美しさと危うさを持つようになるだろう。
だが、それがファンシーでメルヘンな雰囲気で覆い隠され、ハート乱れ飛ぶ演出まで施されるとどうなるか。
答えは、ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけファンシー過ぎる『魔法少女インフィニティハートD』無限乃 愛(p3p004443)の勇姿である。
「明日をより強く輝かす愛と正義の極光!魔法少女インフィニティハート、ここに見参! ……さて」
可憐さではなく凜々しさと美しさを強調した変身バンクを終え、愛は追い詰められつつある軍人に近づく。
軍服はずたずた、剥き出しになった自前の装甲も傷だらけだ。
「ハハ歯車、巻きコココ」
「糞がっ、分かる言葉を話せ!」
回転する歯車棒が、軍人の構える分厚い剣を削る。
2対2で数は同じでも勢いが違い武器の質が違う。
軍人の腕が不自然に揺れ、腕を伝わり血が垂れた。
「回復、1人!」
『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)の呼びかけに軍人達が即応する。
傷の浅い1人が前に出て守りを固め、外見のぼろぼろさは同程度でも内側のダメージが酷いもう1人が数歩下がってから荒い息を吐く。
「ちょっと遠いけど」
若葉色の瞳が、ここではないどこかに繋がり鉄帝ではあり得ない色に変わる。
色は緑でも人間種用の緑ではない。
「直してあげて」
普段の棘のある態度とは似ても似つかぬ態度に応え、遠い故郷の霊力がルフナの魔力を使ってこの戦場へと影響を及ぼした。
「……えっ」
瞬時に癒えた己の体に気付いて驚愕する軍人。
予想外すぎて思考が止まっている。
「どうしたっ、治療、は」
相棒の声が聞こえず焦ったもう1人の横を、どぎついピンク色の極太ビームが通り過ぎていった。
「洗脳し社会的にも歯車と化して取り込むとは、さすが敵は卑劣ですね」
鮮やかなピンク髪をなびかせ、愛がマジカルサイズを高々と掲げた。
「前衛は任せます」
「お、応っ!」
全快した軍人ともう1人が前進して守りを固める。
前にだけ注意を向ければいいので、直前までとは動きのキレが違う。
「直線」
愛が囁き軍人が気配だけで首肯する。
歯車棒と剣が2度、3度と撃ち合い、愛の気配が膨れあがったタイミングで軍人が左右に飛んだ。
「最大出力の魔砲、耐えられるものなら耐えてみなさい!」
宙に積層型魔法陣が刻まれ、歯車とは桁の違う存在感で回り出す。
「てぇ!!」
異変に気付かず飛び掛かってくる歯車兵へ、先程より一回り大きな、軍人が顔を蒼白にする極太ビームを直撃させて光の中に消し去った。
「勝利!」
光が消える。
黒衣も下着もこんがり焦げたアフロ髪の男が2人、意思を失い地面で呻いていた。
●
平軍人2人で歯車兵2人の押される。
つまり2方向から合計4人に攻められると負ける。確実にだ。
「クク砕クキカカッ」
「切り分け、ケケケッ」
鉄帝軍人は最期まで諦めないが、既に限界であった。
「星をプレゼント!!」
ひゅごっ、と音を置き去りにする寸前の速度で小さな星が地面と水平に飛んだ。
遠くには見事な投球フォームの『分の悪い賭けは嫌いじゃない』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)。
改造巫女服【セーラー】が実に色っぽいというか軍人達には目に毒だ。
なお、リリカルスターは右端の歯車兵にめり込み、リアナルに対する執着を植え付け敵兵1体を軍人から引き離した。
「女アアアッ!」
「人は外見によらないというがコレは言動もやばい奴なのでは??」
真顔で言いながら魔導バイクを加速させる。
荒野で決闘でもするなら速度差を活かして引きずり回すのも良いだろうが、この戦場では敵を倒すと同時に友軍や住民を守る必要がある。
「甘い甘い。そんな雑な攻撃当たらな……痛っ」
得意げだった狐耳がしゅんとなる。
飛び抜けた防御技術は持っていないのでダメージが通るのだ。
歯車兵の狂った感情の中に優越と嗜虐の感情が加わり、肉体的若さでも美貌という面でも価値のあるリアナルを己の物にしようと手と棒を伸ばす。
「正気から来る気合いは褒めてやろう」
直前とは見切りも反応速度も別次元の動きで歯車兵を回避する。
歯車兵は前のめりになって倒れかけ、リアナルは止めを刺そうとはせず、もう1つのリリカルスターを南にいる歯車兵へ投擲する。
「ここまですれば鉄帝軍もなんとか出来るでしょ」
ゼシュテル将軍クラス用装備である重装甲を構え、リアナルは冷静に距離を調節した。
「無駄死にしたくなくばここまで下がれ!」
ジェットパックの飛翔で敵との距離を縮めた『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)が、一般的には産廃扱いされるだろう大口径ライフルを構えた。
もしこの時、鉄帝軍人にラダを振り返る余裕があれば、大重量大口径のライフルを微動だにさせないラダの体力と技術に驚愕したはずだ。
「悪く思うなよ」
重い音が重なって聞こえた。
音の質が銃声ではなく砲声。しかも頻度はセミオートだ。
1番南にいる歯車兵に数発ずつの銃弾がめり込み鮮血が地面を濡らす。
軍人には1発も当てない、完璧な射撃だった。
「散々やってくれたな」
歯車兵2人を引きつけることで軍人達を救ったリアナルが不敵に笑う。
回復力を強化しているので、攻撃する余裕はないが重傷には遠い。
「ここは俺に任せて早く倒して狐耳の援護に迎え!」
「だがっ、すまないっ」
人間ドラマを展開する軍人達の背後で、ルフナがやれやれと方をすくめた。
「おじさん達、おねえちゃんの決死の覚悟を無駄にするの? そんなの……酷いよ」
儚げな、天使のような少年の泣き声に聞こえるが、ルフナ本人は今にも舌を出しそうな表情だ。
振り返ることが出来ない軍人2人は気付くことも出来ず、雄叫びをあげて目の前の歯車兵に突撃した。
「よーしよし、その調子で盾になってね」
聞こえない程度の小声で呟きイレギュラーズに支援にまわる。
先程の声援は広範囲の癒やしの術でもあり、重傷手前の状態から回復した2人は放置してもこのまま勝てそうだ。
「術の弾切れを狙っても無駄」
リアナルは、くすりと笑って己の魔力を敵兵へ伸ばす。
吸い上げるのは命ではなく魔力。
練りの甘いそれを己の魔力に変質させ、リアナルは次の戦いの準備をした。
「意識が少しでも戻っているなら気合いを入れろ。……死ぬほど痛いぞ」
ゴム弾が歯車兵の腹にめり込む。
悲鳴もあげられないほど苦しいのに意識を失えない。
ラグは眉を動かしすらせず、気絶するまで延々ゴム弾を打ち込むのであった。
●
力は速度に変わり、速度は技を1つ上の次元に押し上げる。
それでもなお届かない。
成人男性ほどの重さがある大剣が空振りし、回転する刃がカウンターの形で大剣の使い手を切り裂いた。
「っ、分かっ」
突然、重傷で重装甲の鉄帝軍人が訳の分からない言葉を呟いた。
血が足りずろくに動かぬ足に力を込め、なんとか数センチ後退する。
その瞬間、直前まで膝があった空間を歯車剣が通過した。
珠緒がほっと息を吐く。
太い血管ごと足を断たれていたら、治癒術を駆使しても最高で戦士として廃業、最悪で苦しみ抜いて死亡だった。
珠緒は続けて指示を送る。
「あまり高度な要求をされ、てもっ」
大重量鉄帝軍人が、分厚い装甲をものともせずに横へ跳ぶ。
一際頑丈が大剣が歯車剣と接触。
多くの戦場を乗り越えてきた大剣があっさりと折れてしまった。
「……さて……一刀両断である。破壊力が大きすぎて使えなかったが、今ならば……な」
シグが魔剣の姿に変わる。刀身に溜め込まれたエネルギーの極一部が大気に漏れて上昇気流を発生させる。
「……ああ」
詳細な情報伝達は珠緒のテレパスに任せて刃を振り下ろす。
破壊エネルギーは炎のように揺れながら伸び、驚くべき身のこなしの黒衣に追い付き飲み込んだ。
手応えはあった。
黒衣で体の状態は分かりづらいが、生存に必要な要素を削った感触がある。
「問題はこれからか」
生かしたまま確保するつもりなら、攻撃を控えめにする必要があった。
「どいつもこいつも……」
蛍は怒っている。
鉄帝軍人がスラム住人のために体を張っているのは構わない。尊敬だってしよう。
だが、国境や重要施設の戦力と比べると質も数も弱体過ぎる。
「価値が薄いから、弱き者達の場所だから、スラムなんて顧みず犠牲にする。力の信奉者が聞いて呆れるわ!」
純粋な技術のみで伸びてくる歯車剣を元教科書で打ち払う。
「正義を力にできず、力を正義とせざるを得なかったのなら――」
黒衣の剣技は壮絶で、優れた回避と防御の技を持つ蛍でも全身全霊を集中するしかない。
「本当に力を最善とするなら、どんなに小さく弱い力でも集めて一つにして、大きな力にまとめ上げて平和を築くのが真の国家ってものでしょ!」
だから、本音がオブラート無しで口から出る。
鉄帝の隊長の顔に、苦渋の表情が浮かんだ。
「国力とは器にためられた水のごとしでして。極端な強弱は器の傾き……座視すればどうなるか、語るまでもなく」
念話には載せずに珠緒が呟く。
飛行術式を使い安定した足場を確保しているため、戦場の全てを上から把握出来る。
そして、動きの癖というべきものからこの国の特色まで把握する。
「覆水盆に返らず、しかして塞翁が馬よくこれを飲む、といいますが」
今後この国を襲うかもしれない混乱が目に見える気がした。
「孤児院の皆さんには下がるように伝えてください」
歯車剣が跳ね上がり珠緒を狙う。
華奢な少女を両断するのは容易のはずが、舞い散る桜の花の如き防衛領域に阻まれ珠緒に届かない。
「急ぐ必要はありますが、焦ってはいけません」
珠緒の防御は血を使う。
顔色が、徐々に悪くなっていた。
「その男、治療の見込みがあると聞いている。殺すのは待って欲しい!」
「無茶を言うな! 子供を傷つけたらこの男、自責の念で苦しみ抜いて狂い死ぬぞ!!」
ラダの呼びかけに、隊長が悲鳴のような返事をする。
「私が……私達が捕縛する」
ゴム弾を再装填して、命に無頓着故の守りの甘さをついて黒衣の男に当て続ける。
「あなたの守るべき者を思い出せないのでしょうか? 少しでも良いので抗ってみませんか?」
超高速の剣の回転歯車に当たるより早く、沙月の拳が絶妙に手加減された上で黒衣の胸を打つ。
フードがずれて、壊れた表情の孤児院院長の顔が現れる。
「あなたが元に戻りたいと願うのであればお手伝いをさせて頂きましょう」
多少、物理的に傷つくのは覚悟の上の宣言だった。
「胸糞悪いな、歯車ってさ。宗教ってのは得てしてみんなで幸せになろうってものなんでしょ。その思いで立ち上がった人に、主観として価値のあるもの……その人が大切に思うものを壊させ、燃料にさせようとしてるわけじゃんか」
院長先生に気付いて走り出した子供数人を、それほど変わらない体格のルフトが全力でしがみついて止める。
「そんな物に、負けるなよばーか!」
涙目で叫ぶ。
釣られて子供達も泣きながら先生の名を呼ぶ。
ありふれた悲劇の一場面であり、そして、イレギュラーズの手の届く場所にある悲劇だ。
リリカルなお星様が元院長の米神にめり込む。
常人なら即死しそうだが鉄騎種なのでまだ大丈夫。
釣られて上を向いた元院長の斜め後ろから、極太のピンクの魔力砲撃が襲いかかり黒衣を吹き飛ばし自前の装甲だけにする。
「せんせー!」
泣く子供達。
真顔のまま次の砲撃を準備する愛。
処刑シーンじみているがあくまで非殺傷である。
軍人怯え、隊長が表情を引き攣らせ、ラグはそんな鉄帝人に気付いてはいるが気もせずゴム弾を容赦なく元院長(全裸)に叩き込む。
皺の寄った顔が左右に激しく揺れて、狂気以外の理由で白目を剥いた。
ばたーん! と顔面から地面に倒れる。
すっぽ抜けた歯車剣が回転しながら元孤児院の瓦礫に突き刺さって抜けなくなる。
子供達の号泣がBGMの、絵面としては最悪な、死者も再起不能者も皆無の大勝利であった。
●
「あなたが立ち上がったのは、こういう子供達を泣かせないためじゃないの。本末転倒じゃんか。ばーか。ばーか……」
清浄なる炎が元院長の頭を覆っている。
それもう勢いよく燃えさかり、悪しきものだけを容赦なく焼く。
「大丈夫。呼吸は正常だ」
ラダは元院長の応急処置を終え、恐る恐るこちらを見ている軍人達の元へ向かう。
「胸を張るべきだ。騒ぎが収まるまで、こうした所の人々はあなた方が守るのだから」
包帯を押しつけ目配せする。
元院長を囲んで心配そうな住民達に気付き、隊長が真剣な表情で頷いた。
「ふむ。本当に反省したようだな。喜ばしい事である。臨時院長殿?」
「臨時でも院長の名は重いぜ。ありがとよ、お陰でガキ共がこれ以上泣かずに済みそうだ」
彼等は、涙を拭く時間も惜しんで、復旧と食料調達に走り回っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
院長先生とその元部下達は、現孤児院で静養中だそうです。
GMコメント
●目標
『歯車兵』と『元院長』の撃破。
●情報確度
このシナリオの情報精度はBです。
情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。
●敵
『歯車兵』×10
スネグラーチカ歯車兵団。
ギアバジリカに取り込まれ、魔種アナスタシアの思想に洗脳された黒衣の兵団。元クラースナヤ・ズヴェズダー。
彼らは魔種の影響を受けて狂気に染まっており、略奪や虐殺を気軽にしてしまいます
この戦場では2人1組での行動を徹底しています。
ギアバジリカにわずかでもダメージを与える可能性のある者を殺害した後、独自の基準で価値あるものを持ち去ろうとします。
多くの場合、持ち易いようばらばらにするでしょう。
黒衣も特に頑丈ではなく、洗脳された本人も戦士ではないため能力は全体的に低めです。
しかし手に持つ歯車棍棒【物】【至】【単】【必殺】は不規則な振動で大きな威力を発揮します。
2ターンチャージに集中することで、振り回し攻撃【物】【近】【範】が可能になりますが動かない建物くらいにしか当たりません。
「障害排除ジョジョ」
「エネネネルギギギ、回収シュシュ」
『元院長』×1
鉄帝人らしい、非常によく鍛えた、けれど子供には優しい院長先生でした。
今は、善悪の判断も出来なくなったモンスター同然の存在です。
装備している歯車剣は、歯車で斬りつけられた傷口が治りにくいだけで威力は高くありません【流血】。
しかし『元院長』が身につけた命中技術と高度な剣技は今でも有効で、【物】【中】【貫】の斬撃を毎ターン使ってきます。
防具は黒衣だけで、特殊抵抗も低いです。また、HPも高くはありません。
「ココ子供達、ゲゲ元気デデデ……良い燃料ッ!? 燃ッ? ワタタシハハハ」
殺さず捕らえた場合、回復する可能性はありますがこの依頼中で回復するかどうか不明です。
●戦場
1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。晴れ。北向きの微風)
abcdefghijk
1■■初■■■初■■■■
2■■□■■■□■■□初
3■■□×××□■■□■
4歯軍□×××★■■歯■
5■■□□□□長□□歯□
6■■□■■■■□□□□
7■■□■■■■□□新新
8歯□軍□□□■■□新新
9■■歯■■■■■■新新
■=建物または粗大ゴミ。通り抜け困難。
□=あまり掃除されていない道。
×=崩壊した元孤児院。
★=道。『元院長』が『隊長』を攻撃中。
歯=道。1ますにつき、『歯車兵』が2体います。
長=道。『隊長』が防戦中。
軍=道。1マスにつき『軍人』4人が防戦中。
新=新孤児院。雑な木造二階建て。院長が屋根の上から手斧を投げて歯車兵団に抵抗しています。
初=道。イレギュラーズ初期位置。各人がそれぞれ好きな位置を選択可能。
●他
『隊長』×1
重装甲系鉄騎種。すごく脳味噌筋肉。つよい。
簡単なフェイントにも確実に引っかかります。
「ここは通さん」
「お前達は何者だぁっ! ……イレギュラーズ?」
『軍人』×8
鉄騎種。脳味噌筋肉。ふつう。
その場を死守しようとしますが、簡単なフェイントに引っかかることも。
4人1組で行動します。
「ここを通すな!」
「鉄帝を甘く見るな!」
「何? 今のはどこからの攻撃だっ」
『子供達』×たくさん
新孤児院の中で守られています。
「がんばえー!」
「とおちゃんがんばれー!」
「新しい院長先生どこ?」
「屋上から凄い声が聞こえるから多分それー」
「ボクも斧投げるっ」
『地域住民』×いっぱい
新孤児院に立てこもり中。
木材やまな板を構えて、窓や入り口の外側で固めています。
投石もしますが基本的に当たりません。
「来るなら来い!」
「敵を呼び寄せるなこの宿六がぁ!」
「敵より上から降ってくる手斧が怖い……」
『新院長』×1
ヒャハー。蛮族系脳筋。善人。
「ヒャッハー!」
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