PandoraPartyProject

シナリオ詳細

訣別の戦歌

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●嵐の前に
 荒れる海の胎動を聞きながら、一人の老爺が小高い丘から海を眺めていた。
 刻まれた皺と枯れ枝のように細い体が、佇むだけで歩んできた人生の厳しさを物語っているようだった。
 崖下の岩に荒波がぶつかり、砕けた。轟音の中に高くか細い悲鳴のような音が混ざっていたのを、老人の耳は聞き逃さなかった。
「――来たか」
 その声こそ、若かりし日に聞いた声に違いない。
 海上に大きな渦が出来たかと思うと、やがて球となり、そこから半人半漁の女の姿が浮かび上がる。
 見間違えるはずも無い、あの日の魔物だった。
 かつて老爺は船乗りだった。水平線へと目を凝らし、船体や気候、進路に問題が無いかいつも気を張っていた。
 仲間と共に笑い、怒り、そして海に還る者を涙して見送った。
 懐かしくも輝かしい日々を共に過ごした者たちの多くは、老爺の足下で眠っている。
 打ち上げられ海に還れず、誇りと共に逝った仲間達。
 笑い飛ばした伝承の通り、彼女は存在した。そして仲間を死に追いやり、笑ったのだ。
「――さあ、妾の歌を聴くのはお主かえ」
 聞いたものを蕩け夢へと誘う至上の声、しかし老爺は睨み付けたまま表情を崩さない。
「海に還れなかったあいつらの代わりに、お前を陸の上で殺すまで……俺は死ねんのだ」
 叫ぶ声をものともせず、海の妖女は楽しそうに嗤い、そうかとだけ返事をした。

●海妖の歌声
「あなたにとって、海はどんな色かしら。アクアマリン、ターコイズ、エメラルド……。宝石に例えてもいいわね」
 鮮やかなドレスを身に纏いローレットに現われた『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は、夢見るような声でイレギュラーずに問いかけた。
「海といえば“海洋”ね。簡潔な内容だってけれど、見過ごせない依頼が入ったわ」
 ブルーはそう言って一枚の依頼書をテーブルの上に置いて、集まった皆に見せた。
 『仇敵の海妖が現われる兆しがあった。これを打ち倒して欲しい』と、たったそれだけ。

 ブルーは詳細を求めて依頼人を一度訪ねたそうだ。訥々と語る依頼人の話からやっと詳細を得たブルーは、正式に依頼として引き受けたのだ。
「海妖というのはセイレーンの事ね。歌声を聞いたものは舵を誤り、難破させるということでよく話題に上がる魔種なの。予測されるポイントはお爺さんの住む小屋の反対側の砂浜ね。
 その歌声は妖しく美しく、聞いたものは恍惚とさせてしまうわ。そして泡を爆弾のように使ったり、水の槍で貫いて大ダメージを与えてくるの。数は一体とはいえ、厄介よ」
 それともう一つ、とブルーは少し息をひそめて語る。
「依頼人――もうお爺さんなんだけれど、彼の乗っていた船は一人のセイレーンによって沈んだわ。仲間は皆、ぐずぐずの遺体となって浜へと打ち上げられ、返すことも叶わなかった」
 その悲しみと悔悟は、ディープブルーより尚暗く深い。
 彼は海岸のすぐ近く、見晴らしの良い崖の上にできる限りの体を運び墓を立てた。墓の近くに小屋を建て、毎日祈りを捧げていた。
 そんな細やかで静かな営みは、セイレーンが襲来すればひとたまりも無く砕かれてしまうだろう。
「だからその前に、お願い。物語はハッピーエンドの方が素敵だわ」
 何をとは魔女は語らなかったが、誰しも思いは同じ。
「よろしくね」
 そうしてブルーは、優しい笑顔で皆を送り出した。

GMコメント

 海は良いですね、いつもは遠くて見に行く機会がありません。水平彼方(みずひら・かなた)です。今回は海洋で事件です。

●成功条件
 セイレーンの討伐

●地形
 時刻は夕方。
 海洋のにある老爺一人で暮らしている小さな島です。浜辺は視界も開けており良好です。
 砂地による足場の補正はありません。
 浜辺にイレギュラーズが揃うと、波打ち際にセイレーンが姿を現します。

●敵の情報
 半人半漁の女性の姿をした魔種です。聞いたものの魂を奪うような妖しい歌声と、水を操り攻撃を行います。空中を浮遊し、浜辺の上を移動することが可能です。
 一体のみですが耐久力・攻撃力に優れており、強力な個体です。
・波間の歌声:神中域。ダメージと共にBS【恍惚】を付与します。
・心穿つ衝動:物遠単。水で槍を生成し投げつけ大ダメージを与える高威力の技です。
・吐息の戯れ:神自範。自身の周りに水泡を生成し爆発させることで自分以外の敵を攻撃します。

●老爺
 戦闘中は小屋に隠れており、戦闘に介入することはありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 訣別の戦歌完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月07日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
楔 アカツキ(p3p001209)
踏み出す一歩
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
フローリカ(p3p007962)
砕月の傭兵

リプレイ

●静かの海
 波は穏やかに、しかし空は晴天にほど遠い曇り空だった。
 羽毛を伝う風の感触を具に感じ取りながら、『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)は上機嫌に『紅鷹丸』の舵を切る。船乗りならば、己の船が航路を進む感慨は何物にも代えがたい。
 天候は回復の兆しを見せている、さっき潮の流れにぶつかって大きく揺れてしまったのもきっとセイレーンの悪戯に違いない。
 帆に描かれた赤と白のやや色あせた船体と紅い鷹のシンボルが海風をたっぷりと孕んでぱんと張れば、船首の鷹が幅を利かせるように目を光らせる。
 この船の存在にセイレーンなら気づくかも知れない。カイトは注意深く海を観察していたが、危惧していた事態にはならず『紅鷹丸』は無事航海を終えた。
「こうしてのんびり海を見るのも久しぶりだな。優しい波音は何度聞いても心が癒されるよ」
 島に降り立つと気持ちのいい風にぐんと体を伸ばして、『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)思わずため息を吐いた。
 波音に耳を澄ませていた『黒翼の裁定者』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)が頷き返すと、彼の記憶の中にあるページを捲りながら覚えた逸話を紐解いていく。
「船沈めのセイレーン……海では幾つも聞いた逸話ではあるが」
 嵐の前のような、恐ろしさすらある静けさ。遮るもののない視界の向こうにある島を超えて、順調すぎる航海は彼らを迎えるようだった。
 道中、老爺の住む小屋へと立ち寄ると、カイトと史之は扉の前から一言声をかける。
「オッケーって聞こえたら出てきていいよ」
「じっちゃん、俺が船乗りとしてちゃんと決着つけてやるからな!」
 返事はなく沈黙のみ、その様子を見た『軋む守り人』楔 アカツキ(p3p001209)は居るであろう老爺の姿を思い目を伏せる。
「復讐に生を委ねる、か……」
 海に生き、海に死んだ友の浮かばれぬ最期を忘れ、己が人生を歩む方が余程幸せとなれただろう。
「いや、そこまで器用に生きられぬのが人間か」
 老爺は思いを曲げられなかった、そして悲しみを捨てきれなかった。
 この島に繋がれ続け待ち続ける間、静かに心を燃やし生き続ける。それを苦痛としない忍耐強さ。
「わたしにはわからない」
 『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が首を振る。未来さえ手の内に収める天才は、答えを導けずにいた。
「じっちゃん、俺が船乗りとしてちゃんと決着つけてやるからな! セイレーンは船乗りとして見逃せないやつだしな」
「助けを求めていたのはセイレーンからの襲撃だけではないだろうしな」
 島に降り立った声が聞こえやしないかと『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)が気を張り巡らすが、届く声は無い。島に着いた後も、カモメの鳴き声がぱらぱらと聞こえるくらいだ。それすらも掻き消すように穏やかだった海がごうと鳴く。それは予兆だった、波音混じって耳に届いたのは女性の声。
 振り返ったココロが見たのは、渦巻く海面が生み出した丸い水塊。ふわりと宙へ浮き上がると、タマゴの殻を破るように這い出た腕がひび割れた水面を掴み砕いた。
 甲高い音と共にひび割れ、その隙間から歌が漏れ出て空気を震わせる。
「ああ、可愛らしい客人よな。どれ、顔をよく見せてくれぬか」
 美しい娘の半身も、ただそこに在るだけならどれほど良かっただろう。しどけなくため息交じりの声で艶めかしくそう言ったセイレーンへと、イレギュラーズは鋭い視線を投げつけた。

●波濤は砕けて
 眼前に構えたイレギュラーズ達を見て、セイレーンはころころと鈴を転がすような笑った。
「今日の客人は随分と元気がいい」
 悠然と砂浜の上を浮遊するセイレーンへと真っ先に向かっていったのはエイヴァンだった。
 青みがかった灰色の巨躯が砂浜を駆け戦場となる範囲を予測して定めたポイントへと移動すると、氷塊を生み出し砲弾の如く打ち出した。体勢を傾け避けようとする所へ、続くココロが割って入る。

「その余裕がいつまで持つかな!」
「まだ始まったばかりだよ。それじゃ行こうかみんな、あの調子に乗った厚化粧をひっぺがしてやろうよ」
 吼えるエイヴァンの逆立った気を落ち着けるように、史之の号令が飛ぶ。
「その通り、まだこれからよ」
 ココロがぎゅっと両手を握り締めて気持ちを入れ替えている脇を通り過ぎながら『うそもまこともみなそこに』十夜 縁(p3p000099)まっすぐにセイレーンを見た。
「仲間が死んだ日からずっと、か……あぁ、俺と同じだな、その爺さんも。大事なモンと一緒に、自分の心まで水底に捕らわれちまったまま……ずっとどこにもいけねぇでいる」
 浮かばれない過日の影達に思いを馳せながら、老爺に己が姿を重ね合わせた縁は極限まで高めた攻撃性と闘気を練り上げ火焔へと変化させる。戯れに命を奪うような輩を前にして、茫洋とした言葉とは裏腹に炎の熱は縁の闘気に比例して加速度的に上昇していく。
 限界まで高めたそれを至近距離から放つと、水気を纏う体へと燃え広がっていった。
「ああっ!」
 身を焼かれる痛みに苛まれながらも、セイレーンはなお嗤う。そうやって歌で数多の船頭を惑わし、海へと沈めていったのだ。黒翼を広げ上空からその様子をレイヴンは冷ややかな目で見下ろしていた。
「――その罪、ワタシが裁く。ハイドロイドよ、初陣だ」
 宣告は冷ややかに、天より下された。
 起動せよ、起動せよ、八ツ頭の大蛇。歌い上げる声に応えるように上空で魔方陣が展開され、空気を震わせて現われた大蛇を御すレイヴン。
「思う存分暴れること……それがお前との契約内容だからな。なに、魔力などいくらでも湧いて出る」
 咆哮の代わりに生み出した水を圧縮し、高圧で撃つハイドロイド。水の弾丸が暴雨のように売り注ぎ、波の壁に阻まれながらも着弾した勢い乗ってフローリカ(p3p007962)が躍り出た。
「仇敵、か」
 警戒する泡の爆撃に味方を極力巻き込まないよう注意を払いながら懐に潜り込むと、息を詰めて力を溜めると一気に拳を打ち出した。鱗を強かに捉えた感触に、ここが戦場で、フローリカの仕事場だと言うことを思い知らせた。
 仲間を何人も奪われた、その敵が眼前に居ると思えば憎しみが湧いてくる。フローリカはこの感覚を知っている。
「多少は骨のあるようね」
 その間近でセイレーンが息を吸い込んだ。来るぞ、と誰かが叫ぶ声が歌声に掻き消されて遠のいていく。
 咄嗟に耳を塞いでも、歌声は頭蓋の中に直接響き反響するように鳴り響いた。
「ぐっ……」
 体勢を崩したレイヴンに、セイレーンが青白い指先を差し向ける。
「まずは其方だ、落ちよ」
 針のように尖った槍は鋭く空を裂き、空中を飛ぶレイヴンの足を捉えた。
「そんな遠くの奴よりも、もっと間近に居る俺を見てくれよ」
 カイトが緋色の翼を広げ、気を引くように爆破を伴った羽を勢いよく放つ。視線がカイトの方を向いた瞬間、その美貌に思わず目を見開いた。
「……あ、でもきれいな人だな。……いやいや、俺には恋人がいるんだから!」
 心を奪われそうになった自分を叱咤して首を大きく横に振る。その影でアカツキが包囲網を閉じるように、最後の布石を打つ。
 敵は一体のみ。それを利用した包囲により敵の目の届く範囲は限られ、回避の可能性を上げる。だがこの海妖ならば、程度の戦術をよんでくるだろう。
 いずれにせよ、アカツキのやることは決まっている。己の意志を力に変え、反乱の名を冠する手甲に集めてセイレーンに迫る。悲鳴と共に体を折り曲げた敵に、容赦なく畳みかける。僅かな間に繰り広げられる応酬に、血が沸き立っていくのが分かる。力強く踏み込みバネが弾けたように、振り向きざまにもう一撃。
「そらあっ!」
 アカツキを起点に、波が連なるようにイレギュラーズは押し寄せた。エイヴァンが信念の鎧を纏い、弾道を正確に読み再び氷塊を撃つ。触れた場所から温度を奪い身を震わせると、縁が怒濤の攻勢に出る。
 旋毛が浚うように相手の体勢を崩すと、流れるようにセイレーンを掴み強かに投げ打った。そのまま真っ直ぐにそして華やかに、小細工など不要。単純なる技と力で敵をねじ伏せる、まさに歌舞く一撃。
「あ、がっ」
「今のうちに、レイヴンさん!」
 体を震わせ悶えるセイレーンの隙を突いて、ココロはレイヴンの傷を癒やす。
「……ああ、この様に妾を傷つけるものは久しい。いや、初めてか」
 再び戦場に響く歌声にフローリカとエイヴァン、縁が囚われた。その様子を見て、セイレーンはため息を零す。
「そんなに人の視線を集めて、羨ましいくらいだぜ」
 その視界を染め上げる赤色が鬱陶しくて仕方が無い。気がつけば視線をカイトの方へと向けて、この炎を消せと叫びそうになる。セイレーンの瞳が怒りに燃える、赤い翼を撃てとああ五月蠅い。
「歌声はキレイだし波音は好きだがそう簡単に誘惑されるもんか! 海の男舐めんなよ!」
 それを見た史之が死角を見定め、自身を中心とした斥力のドームを展開させる。赤いプラズマが荒れ狂う世界に閉じ込め、更にその身を縛り付ける。上空へと舞い戻ったレイヴンが、ドームの消失合わせて八ツ頭の大蛇へ弾雨を降らせよと命じた。
「まあ長く付き合うことになるのだ、主人であるワタシにその力、存分に見せつけておけ」
 余裕すら感じさせる態度で、レイヴンは冷たい大蛇の鱗をひと撫でした。
 
●嵐を超えよ
「ほらほら、こっちだこっちだ」
 カイトが囃し立てると、その後をセイレーンが怒りの形相で追いかける。命からがらの追いかけっこに興じながら、
 セイレーンの歌声によって恍惚とした仲間へと治療を施す、ココロはパーティを維持するために文字通り戦場を駆け回っていた。
「みんな、大声を出して!聞こえていても聞きたくない意志が大事だから!」
 傷を負いながらもカイトがセイレーンの注意を惹きつけたことにより、味方の負担は随分と軽くなった。しかしその要であるカイトを、何としても護らなければならない。
 陸の方へと徐々に戦線を引き上げながらの猛攻に晒されながら、セイレーンは鋭い爪を振り回し赤い羽根を追いかける。その腕を掴み投げる縁の脳裏に、小屋の窓から見えた老爺の姿が思い出された。
 仇が取れるだけ幸いだろう。ならせめて老爺がいつか仲間の所に逝く時に、少しでも後悔のないようにしてやりたい。
「……俺みてぇにならねぇように、な」
 誰にも聞こえない呟きは大蛇の攻撃に掻き消されてしまう、それでいいと縁は思った。
 上空で暴れ蛇の制御に苦心しながら、レイヴンはそれでも攻撃の手を緩めない。
「カイト、大丈夫か」
「まだまだ、物足りないくらいだね!」
 エイヴァンが側面に回り込み暴れる腕を掻い潜りながら猛打を加え、カイトは全身の力を変換した雷撃を一閃と共に叩きつける。
 回復したフローリカが敵の動きを観察し記憶しながら、急所を狙い慎重かつ大胆に攻勢に出た。しのぎを削る攻防に密かに心が沸き立つのを感じながら、一手ずつ着実に傷を与えていく。
「よくも妾を」
 怒りから醒めたセイレーンは感情のままに周囲に泡が浮かべると、小刻みにそれらが振るえ始める。破裂音と共に泡が消え、次の瞬間には空間ごとえぐり取るような爆風が当たりを包み込んだ。
 心を癒やす穏やかで静かな海、それを脅かす敵へ史之は冷たい視線を向ける。
「だから冷めた歌声は野暮なだけ。そう思わない、セイレーンさん?」
 普段はポケットに入れているペアリングを指に嵌め、呪殺の力を込めて殴りつける。再び距離を詰めたアカツキがセイレーンの前に立ちはだかった。例え傷が深くとも後ろに下がる事はしない、狙われるならそれでいい。その方が敵の手を読みやすかろう。
「小癪な」
 アカツキの攻撃を受けながら海妖は吐き捨てた。彼が他の味方と向かい合うように位置取っていた事により、背を向けていることに気づかない程に思考も動きも徐々に精彩を欠いている。
 その隙に立ち上がったフローリカへココロが回復を施し、縁の武が防御すら打ち抜いた。直上のレイヴンが手にした弓へと、執行者の大鎌の力を降ろす。そして巨大な刃を振り下ろすように、上空から一気に地面へと落ちた。
「全てのセイレーンが悪辣なわけではない。だが……どうあれ貴様は命を殺めすぎた」
 刃が通り抜けた後、エイヴァンの容赦ない追撃がもうすぐそこまで迫っていた。
「これで、終わりだ」
 巨躯から繰り出される一撃が、セイレーンの意識を刈り取った。
「あ、ああ……」
 その体と流れ出た血も、全て陽光の下で泡となって消えていく。最後の一つがぱちんと弾けて波に浚われた後、海は元の静けさを取り戻した。
 
●そして終わりなき青へ
 平穏を取り戻した海を見て、イレギュラーズ達はほっと胸をなで下ろす。やがて皆の足は、自然と依頼人である老爺の方へと向いていた。
「もしかしたら、小屋の中から様子くらいは見ているかもしれないが」
 しかし積年の復讐心を彼に代わり終止符を打ったのだ、顛末を知る必要があるだろう。坂道を上りいよいよ見えたのは、小屋の前に立つ依頼人の姿だった。
「オッケーだよー!」
「仇はとったぜ! これで安心して過ごせるな!」
 史之とカイトが元気よく声を上げると、彼は思いため息を吐いた。
「こういうのって仇討ちよね」
「そうなるな」
「でもわたしは幸いにもまだ仲間を失ったことがない。自分から仲間を奪った相手を目にした時の気持ち、そして、仲間を死なせた敵が倒された時の気持ち、それはどんな感覚?」
 ココロの疑問に、彼は萎びた目蓋を降ろし暫し黙考した。
「わたしは、ただ知りたいだけ。だからおじいさん、教えてください」
「知らずともいずれ分かる。心が砕けるとはよく言ったものだな、生きていれば戻らないものの方が多い事に気づかされる」
 それ以上彼は沈黙してしまう。
「……こんなところに住んでたのも、ずっとアレを待ってたからなのか?」
 フローリカの声にそちらを見れば、彼は白くなった髭を一つ撫でた。
「そうだ」
「だが、船乗りが陸の上で野垂れ死ぬつもりっていうなら、それこそ仲間への冒涜だ。あんたやあんたの仲間が求めていたのはそんなちっぽけな安寧じゃないだろう?」
「海に生き海に死んだ、その最期がどうであれな」
 峻厳な声が応えると、エイヴァンはやれやれと首を横に振る。
「爺さんみたいな境遇の奴も送られる側になるような奴も腐るほど見てきてはいるが。復讐が終わって何をするでもない人間がたどる末路なんぞ知れてる」
「ああ」
「これで――海に還れるか?」
「――いや、俺は陸の上だ」
 アカツキの問いに老爺はやや間をおいて答えた。
「ところで……じいちゃんはこれからどーするんだ? 大号令もあったから海洋の航海術の指導とかやってみるとかどーよ?」
「俺の墓は決めている、残念だがその誘いは受けかねる」
「静かに暮らしたいならまあ、しゃーないけど。海の男、休むのも大事だしな!」
「お前も海に生きるなら、休む場所は考えておくことだ。いざという時に動けない奴はおっ死ぬぞ」
 その言葉カイトは素直な声で「ありがとな!」と返事をした。
 やがて近くに並んだ墓標の前で死者を偲んでいた縁が、徐に彼の前に立った。
「生憎と今日は手持ちがなくてなぁ。次はとっておきの酒を持ってくるから、ここにいるやつらも入れて、宴会でもしようぜ。そん時は旦那も一杯付き合ってくれや」
「あの世に行く前の楽しみか。あいつらもしこたま飲むぞ、やるなら大船いっぱいに酒樽を積んでこい」
 やれるものならやってみろ、と隠した言葉を感じ取り
「……さっきの質問、それはどっちでもいいや。私はただ、爺さんがこれからは少しは幸せに生きてくれることを願うよ」
「そうかい」
 フローリカの言葉に決まり悪そうに頭を掻いた老爺は、イレギュラーズに背を向けると小屋の扉を開けた。
「最近の若い奴は世話焼きが多い、少しは自分の事くらい考えろ」
 と今日一番のため息を吐いた。
 その声は今日の海と同じくらい、穏やかなものだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

カイト・シャルラハ(p3p000684)[重傷]
風読禽
フローリカ(p3p007962)[重傷]
砕月の傭兵

あとがき

 ご参加頂きありがとうございました。
 老爺とセイレーンの物語、そして皆様のご活躍は如何でしたでしょうか。
 限られた文字数のなか戦闘のみならず、老爺に対して多くの言葉を頂いたことをとても嬉しく思います。
 きっと彼は密かに喜んだことでしょう。
 それでは、また次のシナリオでお会いできる日を楽しみにしています。

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