PandoraPartyProject

シナリオ詳細

白き雪花の導く先に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●スノードロップの逃避行
 凍て空の下、少年と少女は森の中を駆けてゆく。
 まるで何かから逃げるように――否、二人はまさに逃避行の最中だ。
 針葉樹が風にざわめく音と、肌を刺すような空気は痛いほどに冷たかったが、しっかりと繋いだ手だけはあたたかい。
 それでも、もう随分と走って来た。息を切らせた少女は不意に足を止め、少年に呼び掛ける。
「待って、ジュリオ。もう走れない……!」
「申し訳ありません、お嬢様。少し休みましょうか。此処まで来ればきっと大丈夫です」
 彼女に合わせて立ち止まった少年、ジュリオはその身体を支えた。
 深く根を張った大きな樹の傍に座りやすそうな場所を見つけた少年は少女と共に腰を下ろす。すると息を整えた少女は首を振り、頬を膨らませた。
「お嬢様じゃなくって、ロミリアよ。それと敬語も止めて」
「そうでした……じゃなくて、そうだったね。ごめんよ、ロミリア」
「素直でよろしい。お父様は許してくれなかったけれど、お屋敷を出てきたんだからもう関係ないわ。わたしたちは恋人なのよ!」
 ふわりと笑った少女の吐息が白く染まっている。
 少年はその笑顔が愛おしいと感じ、ロミリアの身体を強く抱き締めた。少女もその身を彼に預け、あったかい、と呟いて幸せそうな表情を浮かべる。
 そのとき、ロミリアは大樹の向こう側に咲く花々に気付いた。
「見て、スノードロップのお花!」
「本当だ。確か僕達が初めて会ったのもあの花が咲いている時期だったよね」
「そうね。あの頃のジュリオはまだ全然頼りなくって……ふふ、懐かしいわ」
 二人は道を示すように転々と咲いている花を眺め、出会ったばかりの頃を思い返した。
 少しだけお屋敷が恋しくなった気もしたがロミリアは頭を振る。隣にいる彼はもうただの使用人などではなく、れっきとした恋人だ。
 今までの暮らしも仕事も捨てて、どこか遠いところで二人で生きていく。
 そう決めて家出をしてきたのだからもう昔には戻れない。
 ロミリアはスノードロップの花を眺めながら、希望に満ちているであろうこれからを思って微笑んだ。
 ジュリオは少女の横顔を見つめ、そして花を見遣る。
「あの花、きっと僕達の未来と行く先を導いてくれているんだよ。……そうだと……良いな」
 同じく、希望を込めて零した言葉。その終わりは何処か不安げだった。
 静かに瞳を伏せた少年は思う。白い花が咲く先、あの向こうに行けば全てが変わる。そう信じたかった。

 だが――そんな二人の近くには大きな影が迫って来ていた。
 彼らは知る由もない。この森の中には今、人食い魔熊と呼ばれる獣が闊歩しているということを。

●お嬢様と使用人と
「やあ。集まったかな、今回は人探しの依頼だよ」
 依頼人は幻想(レガド・イルシオン)で布地の商いを営む、フランネル氏。
 『黒猫の』ショウ(p3n000005)は氏から預かったとい少女の肖像画を特異運命座標達に見せた。銀の髪に碧眼、愛らしい顔立ちをした彼女の名はロミリア・フランネル。つまりは依頼人の娘だ。
「どうやら彼女が家出をしたらしくてね。しかも使用人の少年との駆け落ちだっていうじゃないか」
 それに関してフランネル氏はとうとう事が起こったと嘆いていたらしい。
 元より落ち着いた性格で人望も厚い依頼人ではあるが、娘に関しては厳しかった。庭師の少年と恋仲になっていると気付いてはいたが、親心もあって許すことが出来なかったそうだ。
「駆け落ちに気付いている以上、連れ戻すならば他の使用人に行かせればいい。だけど、問題は二人が逃げた先にある森なんだよ」
 其処は現在、近くの村人達に恐れられている『人食い魔熊』の縄張りとなっている。
 それを知る者は不用意に近付いたりはしないのだが、少女と少年はそんなことなど全く知らない。その為、魔熊を倒す力のあるイレギュラーズに依頼が持ち込まれたという訳だ。
「氏は、まず娘の安全を確保……つまり魔物退治をして欲しいと願っているよ。連れ戻すことについては言及されていないけど、親としては帰ってきて欲しいだろうね」
 言葉にはしていないが、依頼主はイレギュラーズがロミリアを連れ帰ってくれることを期待している。されど今まで娘に厳しく当たっていたことを反省し、その後の選択は娘本人に任せることに決めたようだ。
 依頼目的である魔熊を倒せば、あとは此方が二人に何を話すかが重要になる。
「愛し合う二人の行く先は君達次第、といっても過言ではないね」
 そういってショウは肩を竦めた。
 スノードロップの花が咲く先に踏み出すか否か。そのみちゆきは、特異運命座標達が決める。

GMコメント

●成功条件
 少女ロミリア、少年ジュリオの二人の生存

 ※二人をそのまま駆け落ちさせるか、家に戻れと説得するか、はたまた第三の道を取らせるかは皆様の選択や言葉次第です。戦闘終了後に二人が生存していれば成功判定とはなりますが、その後の二人についてはどう転ぶか未知数です。(片方でも死亡していると問答無用で失敗となります)

●概要
 現場は針葉樹の森の中。
 見通しは比較的良く、所々にスノードロップの花が咲いています。
 急いで向かえば少年と少女が魔熊に襲われそうになっている場面に駆けつけることが出来ます。間に合うか否か、二人を守り切れるかどうかは皆様の行動次第です。

●敵詳細
森の人食い魔熊
 赤い毛の熊。通称ブラッディベア。体長は二メートル弱。
 人間の味を覚えてしまった凶暴な獣。鋭い牙や爪を用いて襲い掛かってきます。

●人物
ロミリア(14歳)
 少し我儘で強気なお嬢様。駆け落ちをしようと言い出したのも彼女で、二人の明るい未来を信じています。皆様が父の差し金で来たと分かれば反発するかもしれません。反面、義理堅くもあるので命の恩人に対しては素直に言葉を聞く姿勢を取る可能性もあります。

ジュリオ(15歳)
 フランネル家の屋敷で使用人として働いていた少年。優しい性格ですが戦闘能力は皆無。ほんの少しだけ駆け落ちに不安を抱いているようです。ロミリアの事が大好きなのは本当で、彼女の安全と幸せを第一に考えて行動します。

依頼人・フランネル氏
 ロミリアの父。妻を亡くした過去があり、娘を厳しく教育してきました。
 森に入った娘と、そして使用人であるジュリオのことを心配しています。駆け落ちしたことで娘やジュリオを罰するつもりはないようです。(今回のシナリオ内で彼が登場することはありませんので、氏に話をして貰う・協力を仰ぐなどの行動は無効となります)

  • 白き雪花の導く先に完了
  • GM名犬塚ひなこ(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月12日 21時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
マヘル・シャラル・ハシバス(p3p001278)
トレジャーハンター志望
エリク・チャペック(p3p001595)
へっぽこタンク
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
モラル・D・サルビア(p3p002544)
騎士を目指す少年
タツミ・サイトウ・フォルトナー(p3p004688)
TS [the Seeker]
ニゲラ・グリンメイデ(p3p004700)
特異運命座標

リプレイ

●二人の行く先
 白き花が咲く森の奥、その向こうに続くのはどのような運命か。
「駆け落ちとはまた思い切りましたねぇ。えひひっ」
 仲間と共に森の路を駆け、『こそどろ』エマ(p3p000257)はひきつった笑い声をあげる。人影を探しながら思うのは若くして駆け落ちという選択を取った少年と少女のこと。
「えーと駆け落ちって言うんでしたっけ? そんなことをするだなんて都会の人は行動力が違いますね」
 自分の故郷じゃ村を出て生活なんて考えられない。三日も経たないうちに獣か野盗にやられて終わりだと零した『見習い』ニゲラ・グリンメイデ(p3p004700)は周囲を見渡す。
 この森は一見するとごく普通の穏やかな場所だが、今は危険な魔物が闊歩している所だ。
「よりにもよってとんでもない森に逃げ込んだなぁ」
 取り返しのつかないことになる前に何とかしないと、と意気込む『TS [the Seeker]』タツミ・サイトウ・フォルトナー(p3p004688)は今、境界線のギフトを使って男の姿になっている。
 動いている人影はないか、物音はしないか、足跡はないか。目と耳、五感を働かせたタツミとエマは周囲への警戒を強くした。
 まず何より、二人が襲われる前に間に合わなければならない。
「何事もなく合流出来ればいいんだけどね」
「直情的な駆け落ちでは幸せをつかむのは難しいわ」
 点在して咲く花を見下ろした『トレジャーハンター志望』マヘル・シャラル・ハシバス(p3p001278)と『青き戦士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は同様の思いを抱き、溜息を吐く。
 若さに甘えた勢いだけの行動が良い結果に繋がることはない。無事に保護してよく考えさせないといけないというのが特異運命座標の見解だ。
 マヘルが持つ助けを求める者を感知する力もあるが、件の二人が危機を知ってからでは遅い。
 『へっぽこタンク 』エリク・チャペック(p3p001595)と『騎士を目指す少年』モラル・D・サルビア(p3p002544)は何とかして危機の直前に魔熊を補足したいと願い、森を駆ける。
「子供二人で森を歩くのと夜の街を歩くのだと、どちらがより危険かは難しいですねぃ」
「強い決意で逃避行を実行したのでしょうね……それだけの愛がお二人にはある」
 片や皮肉げに、片や真剣に。其々の思いを口にしたエリクとモラルは、ふと何かの気配を感じた。
 先んじて駆けていたエマとタツミも異様な雰囲気に気付いたらしく、後方の仲間達に視線で合図を送る。それを受け取った『断罪の呪縛』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はタツミ達の前方数メートル先に魔熊の背が見えているのだと察した。
 更にその先、樹の影には少年と少女の気配もある。
 敵と保護対象、そして自分達。其々の距離はそれほど遠くはない。
 恋人同士の二人。父と娘の諍い。よくあるすれ違いだが、きっとまだ修正できるはず。
「まあ、その前に……無粋な熊には退場してもらいましょうかしら」
 行きましょう、と告げたアンナが地面を大きく蹴り上げる。
 その瞬間、少女と少年を襲おうとしていた魔熊の背に特異運命座標達が放つ攻撃が見舞われた。

●敵意と殺意
 低い唸り声が森に響き渡り、空気が震える。
「きゃあ! 何なの!?」
「ロミリア、下がって!」
 突然のことに渦中の少女が驚き、少年が咄嗟にその手を引いた。なかなかやるじゃねぇか、と少年の行動に賞賛の視線を送ったタツミは、魔熊と彼らの間に割り込むように陣取る。
 その間にエマが二人に声をかけ、樹の影を示した。
「今のうちに離れてください。あれは人食い熊らしいですからねぇ」
 エマの言葉に従った少女達は急いで隠れる。それを確認したエマは熊の狙いが少女達ではなくタツミと自分に向いたと察知した。
 タツミ達に次いで熊の前に飛び出したエリクは盾を胸の間に掲げる。
「クマさん、こっちですよー」
 盾に剣の腹を当てて激しい音を立てたエリクに対し、魔熊は咆哮をあげた。エリクはいい具合に熊が怒っていると感じ取りそのまま自分に引き付けようと狙う。
 樹の裏側では怯える少女を宥める少年の姿があった。ニゲラとマヘルは敵の気を引く仲間に一時だけ戦闘を任せ、二人に戦闘圏外まで出るように伝える。
「大丈夫です。必ず無事に終わらせてみせますから」
「いざって時も庇うから安心して。さあ、見つからないように向こうへ」
 ニゲラは少年を立たせ、マヘルは安全な場所を見繕って先導してやる。少女は震えていたが、少年の方はしっかりと状況を把握していた。これならば大丈夫だろうと判断したマヘルはすぐに身を翻し、魔熊と戦う仲間達の元へ参じる。
 流れる赤き血潮で戦いの始まりを飾ったマヘルに合わせ、ニゲラも熊をブロックしに向かった。アンナはニゲラが援護に入ってくれたことを感じ、自らは攻勢に入ることを決める。
「まだ未熟な私だけど……熊風情に悲劇を許すつもりは毛頭ないわ」
 自分の力が強敵に及ばないことは知っている。だが、悲しい結果を認めることなど出来ない。今の自分に出来ることをするだけだと意気込み、アンナは鋭く踏み込む。
 アルテミアも己の速さを活かして敵の横に回り込み、一瞬で間合いを詰めた。
「悪いわね、容赦なんてしてあげないわ」
 アルテミアが振り下ろした剣が魔熊を斬り裂き、アンナの振るったレイピアが腕を貫く。されど敵は全く怯んではおらず再び襲い掛かって来そうな勢いだ。
 その予想通り、魔熊はエリクを狙って鋭い爪を振り下ろした。激しい衝撃が彼を貫いたことに気付いたモラルはエリクに癒しの力を向ける。
 緑の柔らかな輝きでその傷を塞いでいく中、モラルは駆け落ちを選んだ二人を思う。
 もし逃避行が成功したとしても、きっとその事実がこれからもずっと心のどこかに残ってしまうだろう。出来ればそうはさせたくないと願ったモラルは裡に宿った思いを言葉に変えた。
「絶対に彼女達を守ります!」
「勿論だ。ここから先は行かせねぇよ!」
 モラルの思いに同意を示し、タツミも攻撃に移る。狙いを研ぎ澄ませて放ったタツミの蹴りが敵の腹を打ち貫く。反撃として爪が振るわれるが、タツミはその痛みに耐えてみせた。
「塗りつぶしてあげるわ」
 続けてマヘルが掌を宙にかざして魔力を紡ぐ。青の衝撃波が戦場を染めあげ、標的の身を貫いた。其処に合わせて動いたエマが両手に持った短剣で斬りかかった。
「こちらからも行きますよ」
 それと同時に、えひひ、と笑ったエマは少しだけ震えている。恐怖ではなく、武者震いなどでもない。自分でもよく分からない感情を抱きながらもエマは戦場を瞳に映した。
 こちらは防御面では万全だ。しかし、魔熊の力がそれ以上に強いことも分かる。
 押し負けてはいけないと考え、ニゲラは盾を真正面に構えた。
「なんだかオトギリソウのようですね」
 小さく呟いたのは相手の敵意をひしひしと感じたからだ。勢いよく踏み込んで盾で敵を強打したニゲラに続き、アルテミアが再び斬り込む。刹那、素早い斬撃が熊の身を抉った。
 きっと駆け落ちの二人は今も不安と恐怖を抱いているだろう。そう感じたアルテミアは敵を見据えた。
「あの子達と話すにはまず邪魔者の排除からよね」
 魔熊が爪を振るおうとしていることを悟ったアルテミアは角度を付けて盾を構え、一撃に備えた。
 だが、エリクに怒りを抱き続けている魔熊は其方へと向かう。
「気を付けてください!」
 危険を察したモラルが呼びかけると、エリクは敢えて笑みを浮かべて答える。
「ご心配なく、少しくらいは耐えてみせますからねぃ」
 その言葉通り、防御に集中することで万全の態勢を築きあげていたエリクは敵の重い一撃を受け止めた。しかし、顔には出していないがエリクの体力はかなり削られている。
 モラルは緑の抱擁で仲間を癒し、更なる決意を抱いた。
「守るのはあの二人だけではなくて……皆も」
「気負い過ぎなくてもいいわ。戦う時はひとりじゃないもの」
 モラルが落とした呟きを聞いたアンナは大丈夫、とそっと告げた。魔熊が怒り状態になっている以上、戦いを長引かせるわけにはいかない。
 刺突剣を構えたアンナが駆けると、薔薇を刺繍した黒のドレスが風に揺れた。
 其処から繰り出された全力の一閃が標的の腕を深く貫く。マヘルは敵に大きな隙が出来たことを感じ取り、タツミに合図を送った。
「なかなかタフなようだが……これならどうだっ!」
 踏み込んだタツミは短剣を大きく振り被り、遠慮のない一撃を見舞った。
 激しい咆哮が辺りに響き、魔熊が悶え苦しむ。その声を聞いた特異運命座標達は戦いの終わりが近いこと感じ、其々の得物を構え直した。

●最期の時
 おそらく、これまでの魔熊に取って人はただの餌だったのだろう。
 例えるならば吹けば消し飛ぶような脆い存在。だが、特異運命座標達はそうではない。
「私達を食べられると思った? 残念ね」
 アルテミアは魔熊を見遣り、そう簡単にやられる自分達ではないと告げた。
 優勢に立っているとはいえ油断が出来ぬ相手であることも分かっている。アルテミアは決して負けないと心に誓い、全力の一刀で敵を切り伏せた。
 体力を大幅に奪われた敵は均衡を崩し、ニゲラやマヘルが居る方によろめいた。
「近付かないで」
 この後ろには少女達が居る。万が一にでも行かせないわ、と腕を掲げたマヘルは鮮やかな火花を散らし、威嚇を込めた衝撃で人食い熊を攻撃した。
 再び苦しそうな声をあげた敵は追い詰められたことによって更に凶暴になっているように見える。
 グルル、という殺意に満ちた声を聞き、エリクはまだ自分が狙われていることに気付いた。だが、己が目指すのは皆の命を預かるような盾だ。
「来るなら来ればいいのですよ」
 盾を構えた瞬間、魔熊の怒りに満ちた一撃がエリクを襲った。声なき声がエリクから零れ落ち、痛みが全身に駆け巡る。本来ならば倒れてしまうほどの一閃だったが、エリクは運命の力を引き寄せた。
「まだ……まだ、です――」
 何とか踏み留まったエリクに変わり、タツミが敵の前に立ち塞がる。
「後は任せろ。この熊、いい加減沈みやがれっ!」
 タツミはしぶとい相手を睨み付け、エマも盾として果敢に立っている仲間の補助に入るべく、敵の横手に回り込んだ。
「まったく柄じゃない、こういうのは柄じゃないんですけどねぇ」
 それでもここまで来てしまったのだ。何もしないわけにはいかない。エマは敵の死角を取り、奇襲にも似た不意打ちの刃を叩き込む。
 モラルは最後まで癒しに徹しようと考えていたが、既に魔熊は瀕死の状態だ。アンナは少しだけ迷う様子のモラルに気付き、一緒に、と攻撃をいざなう。
「もう少しだから畳みかけましょう」
「わかりました。終わらせてしまいましょう!」
 こくりと頷いたモラルが青い衝撃波を放ち、アンナは敵の足を止める牽制攻撃を行った。
 其処に生まれた好機を狙い、アルテミアとマヘルが魔熊を其々に穿つ。タツミは敵を抑え続け、エリクも体勢を立て直して攻勢に入った。そして、状況を見極めたエマは「今です」と仲間に好機を告げる。
 その声を受けたニゲラは敵を見つめた。
 特異運命座標達の猛攻によって既に魔熊は虫の息。だが、其処にニゲルが哀れみを覚えることなどない。何故なら――。
「家畜や人の味を覚えた獣は絶対に見逃してはならない、故郷ではそう教えられてますから」
 そして、振り下ろされた刃は戦いの終わりを彩った。

●一件落着
 こうして魔熊は倒れ、森の脅威は屠られた。
「えひひ、終わりましたねぇ」
「なかなかの強敵でしたねぃ。これは人々に怖がられるはずです」
 エマは肩の荷が下りたというように深く息を吐き、エリクも盾を下ろす。森に穏やかな空気が戻ってきたと感じたタツミは隠れさせていた少年と少女を呼び、ニゲラも二人を手招いた。
「二人とも、もう大丈夫だぜ」
「魔熊は僕達が倒しましたよ」
「終わったの……?」
 怖々と樹の影から出てきたロミリアは魔熊の亡骸を見下ろし、ほっとした様子を見せる。ジュリオの方は特異運命座標達に頭を下げ、しかと礼を告げた。
「ありがとうございました。あなた方が来てくださらなければ、今頃僕達は……」
「いいえ、これが僕達の仕事ですから」
 モラルが首を振り、アンナもその通りだと仲間に同意する。
「お礼なんていいのよ。私達は貴女……ロミリア嬢のお父上からの依頼でここに来たんだもの」
「お父様が?」
 アンナは二人に向けて自分達の事情を話した。
 そのとき、ロミリアが少しだけ不服そうな表情を見せる。それも致し方ないだろうと感じたアンナは更に説明していく。よく聞いて、と話したアンナは静かに語る。
「貴女のお父さんからの注文は貴女達二人の生存。連れて帰る事は含まれていないわ」
 それは言い換えると、自分の元に戻って来なくても二人に生きて欲しいということ。無理強いはしない。けれど、もう一度話し合ってみるのも手ではないだろうか。何よりも、肉親と喧嘩別れは後から辛くなる。
 アンナの言葉に続き、エマも自分の思いを伝えた。
「私がどうこう言うのも気が引けますが。依頼人……お父様は二人に帰ってきてほしいみたいですよ」
 お咎めもなしだと告げたエマに対し、ジュリオがはっとした様子を見せる。
 マヘルは少年を確りと見つめ、認めてもらえる可能性はちゃんとあるはずだと言った。
「少なくとも若さに任せた、勢いだけの行動は感心しないわ。その失敗はこの春先に冬眠から覚めた熊がいる方に逃げ出したことからよくわかるでしょ、知っていればこちらの方には逃げなかったわよね。知識は生きるための力よ」
 きっと今回のことはロミリアが主体となり、ジュリオが従う形だったのだろう。
 守るということは傍にいるということだけではない。彼女のことを本当に想うのなら、とマヘルは少年にそっと語り掛けた。
 エリクは両腕を頭の上で組み、二人に声をかける。
「駆け落ちして学ぶ事もあったでしょうけど、一度家に帰ってよく考えても良いんじゃないですかねぃ」
 アルテミアも、そうね、と一度だけ瞳を伏せてから思いを語った。
「私としても、二人は家に戻った方が良いと思うわ」
 けれど、ただ家に戻っても交際を認めてもらえるかどうか分からず幸せになれる確証も無い。だから、とアルテミアが話したのはジュリオがフランネル氏の下で商いを学ぶ道。
「言うは易く行うは難しだけどね。……私は新しい道を提示するだけ、最後に決めるのは、あなた達よ」
「そう、ですね……」
「何よジュリオ、今更お屋敷に戻るっていうの?」
 ジュリオが頷きかけた時、ロミリアは泣きそうになりながら彼の手を掴んだ。
 モラルは少女の気持ちを慮り、刺激しすぎぬようやさしく問いかける。
「ロミリア様、貴女は本当にそれでよいのですか? もう一度だけ、御父上とお話をしてください」
「でも……でも……!」
 少女の心は揺れていた。命の恩人である特異運命座標に説得されて半分は納得している様子だが、引っ込みがつかなくなっているのかもしれない。
 ニゲラは敢えて彼女には言葉を掛けず、森に咲く花を眺めた。
「この時期の花ならスノードロップよりもプリムローズの方が僕は好きだな」
 花言葉も色々ありますし、と呟いたニゲラは思う。
 今回の件、父親はポリアンサ、ロミリアが赤色、ジュリオならばジュリアンやマラコイデス、オブコニカなど色々な花が似合いそうだ、と。
「みんな、シネンシスになると良いのになあ」
 花言葉を思い返したニゲラは後は彼女達で決めれば良いと考えた。
 そんな中、説得を見守っていたタツミが静かに告げる。
「俺には何が正しいか分からんが……逃げたり誤魔化したりするんじゃなく、ちゃんと向かい合うことが大事だと思うぞ」
 その言葉にはたとして、何かに気付いたらしき少女は少年の手を引き、街の方向に視線を向けた。
「……わかったわ。ジュリオ、帰りましょう」
「そうだね、ロミリア」
 二人は特異運命座標の言葉に心を打たれ、元の生活に戻ることを決めた。
 きっとこれで良かったのだろう。エマは安堵めいた思いを抱き、エリクもまあまあの終わり方だろうと軽く息を吐く。送りますよ、と微笑みかけたモラルが二人に手を差し伸べた。だが――。
「でも、ただでは帰ってやらないわ! 街に戻ったらお買い物三昧をしてからお屋敷に戻ってやるの」
 それがささやかな抵抗だとばかりに少女は拳を握った。
「ジュリオ、それにイレギュラーズさん達。荷物持ち兼ショッピング相手として付き合いなさい!」
 力のある者は荷物持ちとお付きとして、趣味の合いそうな者は一緒に服やアクセサリーを見て欲しいという。何という心変わりのはやさなのだろうと感じたアンナとマヘルは肩を落とし、アルテミアはそっと少年に問いかける。
「……彼女、いつもこんな風なの?」
「あはは……はい、そんなところです」
「まったく、じゃじゃ馬だな」
 ジュリオが申し訳なさそうに答えるとタツミは微笑ましげな視線を少女に向けた。そうして、一行は彼女達が住んでいた街に向かって歩き出す。
 誰も死を迎えず、悲しい別離も起こらなかった。一先ずはこれで一件落着。
 その後――特異運命座標が少女達とどのような時間を過ごしたかは、また別の話。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

二人の歩む道を示して下さった皆様に感謝を。
ご参加、ありがとうございました。

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