シナリオ詳細
亡き餅のためのアヒージョ
オープニング
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「はあ……みなさん、ご存じないようです。残念です。ですが、とってもおいしそうなのですよ。ユリーカも食べてみたいですぅ」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、出来上がってくる料理のビジュアルとその味を想像して目をうっとりさせた。
昼時ということもあってか、空想に刺激を受けて目覚めた腹の虫がクークーと鳴く。
想像の中の料理は、ユリーカの想像が及ぶ限りで様々な形や匂いを発していた。だが、肝心の細部は皿や鍋から立ちあがる湯気に隠されてはっきりとわからない。
それもそのはず――。
「ええ、言葉の響きからして実においしそうなのですが、わたくしどもも正直、どんな料理なのかさっぱり……調理方法どころか食材、調味料、王立図書館で調べましたが何一つとしてわからないのです」
とある貴族のお抱えシェフはしょんぼりとうなだれた。
明日の晩餐でお嬢様からリクエストされた料理、『亡き餅のためのアヒージョ』を出さなければキッチンスタッフ全員が解雇されてしまう。
自分一人だけならまだしも、他のものまでまとめて解雇されるとなれば心が痛むどころの話ではなかった。
「お嬢様はたまたま立ち寄った宝石店で、ウォーカーたちが話していたこの料理のことを耳にされたそうです。だから、ウォーカーたちが数多く集まってくるここに来れば、どんな料理かわかると思ったのですが……」
幻想国、いや、この世界には『餅』も、『アヒージョ』という料理も存在しない。それなのになぜ、お嬢様はウォーカーたちがそれが食べ物だとわかったのか。
答えは簡単。そのウォーカーたちも「亡き餅のためのアヒージョ、食べてみたいね~」と言っていたからである。
ユリーカはよろよろとたちあがったシェフの袖を、がしっと掴んで引き止めた。
「諦めるのはまだ早いのです。イレギュラーズたちに依頼してみるのですよ、『亡き餅のためのアヒージョ』づくりを」
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わからなければ一から作ってしまえばいい。ユリーカはそう言って、シェフに依頼を出させた。
「お嬢様が『これが亡き餅のためのアヒージョなのね、おいしいわ』と納得すれば、それが正解なのです。すくなくとも幻想ではそれがスタンダードになるのですよ」
つまり、嘘ではない。
お喋りしていたウォーカーたちがいた世界では違うかもしれないが、今後、この世界においてはイレギュラーズたちが作った『亡き餅のためのアヒージョ』が王道になるのだ。
もしかすると、大評判になって来年度版の『幻想国における料理大全集』に掲載されるかもしれない。
「大事なのは、料理を召し上がっていただくときのプレゼンなのです。『亡き餅』ってところが、ズバリ、どう表現されているのかですよ。もちろん、おいしいことが大前提なのです」
ユリーカは依頼書を止めたボードをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、楽しみなのです」
どうやら、ちゃっかり自分も晩餐に呼ばれて食べるつもりらしい。
「ではでは、頼んだですよ!」
- 亡き餅のためのアヒージョ完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2018年03月14日 20時50分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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朝霧で太陽が黄金色に霞む早春の道を、イレギュラーズは連れ立って歩いていた。柵越しに見える白亜のお屋敷を見てため息を漏らす。依頼人から指定された屋敷の裏門まで、どのぐらい歩けばたどり着くのか。
「柱頭のところ、渦巻き型の装飾が左右に向かい合わせになっているのが分かるかな?」
『私は考える葦ではありえない』フニクリ=フニクラ(p3p000270)は、隣を歩く『ノベルギャザラー』ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)に問いかけた。
「ああ、柱の上のほうだね。グルグルが垂れたように見える」
「うむ。そこから解るように、このお屋敷は典型的な神殿様式なのだよ。ちなみに柱の条溝は二十四本だ」
フニクリの説明にジョゼは立てた耳をぴこぴこと動かした。
建築様式については詳しくないが、作りに技巧が凝らされているのは遠目にもわかる。神殿づくりというだけあって、やたらに大きく広いということも。
「それにしても、正門から入れてくれればいいのにな」
依頼人はこの屋敷の料理長であって、この屋敷の主ではない。イレギュラーズたちは客として屋敷に招かれたわけではないのだ。だから正門からではなく、裏門から屋敷に入ることになっていたのだが……。
「ほら、見て。角が見えてきたわ。裏門までもう少しよ」
『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)は、心の中でちいさく「たぶん」と付け加えた。
仲間たちを気遣って元気づけるように言ってみたが、すぐには裏門にたどり着けないだろう。
まあ、庭がどれほど広くてもかまわない。問題は料理が作られるキッチンと食堂がどれほど離れているかだ。サーブ役としてはそれが一番気にかかった。
「やれやれ、陽が昇る前にローレットを出て正解だったな」
『『しおから亭』オーナーシェフ』パン・♂・ケーキ(p3p001285)は、調理器具一式を収めた袋を肩に担ぎ直した。キッチンもキッチン道具もすべて自由に使っていいといわれていたが、こういう依頼――未知の料理の再現には、つまらないミスを回避するためにも普段から使い慣れている道具が一番だ。
「まったくであるな。昼に出てもいいのでは、と思っていたが……いやはや、それにしても空気が美味しいのである」
『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)は、脱いだセーターの袖を腰にまわして結んだ。
霧が晴れるにつれて気温がぐんぐんとあがり、やっと裏門が見えて来た時には全員がうっすらと額に汗をかいていた。
依頼人である料理長が裏門を開くあいだ、ラデリ・マグノリア(p3p001706)はそれとなく庭の花木を観察した。膨らみかけた枝の新芽に春の兆が見え始めている。ボルカノが用意するらしいサラダに合せ、いくつか香草を持参して来ていたが、許可が出るなら庭を散策して新鮮な野草を採取してもいいかもしれない。
門をくぐりながら聞くと、料理長は快く許可してくれた。
「ええ、いいですよ。後ほど菜園にもご案内いたしましょう」
「自家菜園であるか! 用意をお願いしたサラダの材料はもしかして……」
驚いているボルカノに、料理長はにっこりと笑いかける。
「好きな時に好きなだけ採ってください。果樹園もありますよ」
食べられる草花もあると聞いて、ラデリは満足げに尾を揺らした。
料理長に先導されながら屋敷へ向かう。
六車・焔珠(p3p002320)は前を歩くパン=オスの背中に声をかけた。
「食べるのはお嬢様達だけど、味見くらいは許してもらえるかしら?」
「もちろんだ! 遠慮なく食べて、どんどん味の感想や意見を出してくれ。がんばって美味しい料理を作ろう」
焔珠ほんのすこしだけ、口元をほころばせた。『亡き餅のためのアヒージョ』の味見が真っ先にできるのは、調理補助の役得だ。
混沌に召喚されていいことがあった。力加減に気を使わなくてもいいということだ。包丁で食材を切ろうとして、まな板どころか調理台ごと叩き切ってしまった……なんてことは起こらない。生来の剛力を失って悲しむどころか、無造作に物を掴んでも「壊れない、壊さない」ことに新鮮な喜びを感じている。
「わかった。私も頑張る」
一行の最後、契約者サラの腰に吊るされた鞘の中で、『静寂望む蒼の牙』ブローディア(p3p004657)はずっと自分が担当するデザートについて思案を巡らせていた。ぶつぶつと零す思考は言葉の波となって、その都度サラの心へ打ち寄せられた。
(「アヒージョか……以前、旅人の書物で簡単な記述なら見たことはあるが、亡き餅のための……となると。事前の話し合いでも分かったように、メンバーの誰もが実物を食したことがないらしいが……辛い料理らしい……となれば、火照った口を冷ます、甘く冷たいものが良いだろうな……そう、やはりジェラートしかない! サラ、例のものはちゃんと持ってきたか?」)
サラがそっと鞘の上からブローディアの刀身を撫でた。
「ディトルセ村で取れるラタの実も夜行草もちゃんと持って来ているよ。締めくくりにふさわしいデザートを作ろうね」
ここでようやく、イレギュラーズたちは屋敷の中に入ることができた。
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「ふむ、ふむ……なるほどであるな。比較対象があるというのは、とてもよいことであるよ。名案だ。ジョゼ君、餅がつきあがったらすぐ私を呼びに来てほしい。では、またのちほど」
全員揃って打合せを兼ねた朝食をキッチンで取った後、フニクリは貴族の私室に入らないことを条件に、屋敷の中を自由に見て回る許可をメイド長から得た。
自分の出番は夜、食事が始まってからだ。主に『亡き餅のためのアヒージョ』について、料理自体の解説はもちろん、『亡き餅のためのアヒージョ』にまつわるストーリーを、この屋敷のお嬢様と家族にそれらしく語って聞かせなくてはならなかった。スピーチの原稿を起こすのは昼食後にして、それまでは屋敷中に飾られている美術品を眺めて過ごそうと決めた。絵画や彫刻から何かいいインスピレーションが得られるかもしれない。
ふと思い立ち、メイド長に自由に使える書斎のような場所を尋ねようとしたが、すでにメイド長はメートヒェンとの打ち合わせに入っていた。
しかたがない。後で聞けばいい。フニクリは早くも湯気が籠りだしたキッチンを出た。
ジョゼは料理長に米を蒸して欲しいと頼んだ。
『亡き餅』自体はパン=オスがジャガイモやカボチャの団子を代用品にして表現するという。ならば自分は比較のために本物の餅を作って提供しようと考えたのだ。
(「ダチコーたちとやった聞き込みは空振りだったからなぁ。餅は頑張って作るぞ!」)
宝石店での聞き込みは空振りに終わっていた。というのも、お嬢様は『亡き餅のためのアヒージョ』の話をしていた二人組のことをほとんど覚えていなかったのだ。わかっているのはお嬢様と同年代の女性ということだけ。これでは探しようがない。
かわりにダチコーの一人から、正確にはダチコーのダチコーから「きなこ餅」なる食べ物の作り方を伝授してもらえたので、事前調査にかけた時間はまったくの無駄ではなかった。
蒸しあがった米を、使われている中で一番大きくて重い木のボウルに入れた。
「よし。じゃあ、棒でこの蒸した米をペッタペタ叩くぞ。粒がなくなって粘りが出るまで根気よく」
同行を許されなかったダチコーたちの代わりにキッチンスタッフの手を借りて、餅づくりを始めた。叩くというよりは、押しつぶしに近い。ジョゼ自身も初めて作るので力加減が分からないのだ。
離れた調理台からパン=オスの声が飛んできた。
「もっと棒を上げて、リズムよく叩いた方がいいんじゃないかな? あと、粘りが出てくるだろうから誰か一人は棒についた米を水で切る役に回ったほうがいい」
たしかに。棒の先で米を押しつぶしていただけだが、すでに崩れた米が持ち上げた棒にまとわりつきだしていた。
「ありがとう。そうするよ」
アドバイスをうけて役割分担を決めると、またペタペタと餅をつき始めた。
パン=オスの前には茹で上がったばかりのジャガイモとカボチャの団子が並べられていた。丸い形のままオリーブオイルを張った鍋に入れるのも味気ない。真ん中を指で軽く押して、厚みのある楕円にし、ハサミで細かく切り込みを入れていく。煮込んでいるうちに切り込みが開いて花になるように。やりすぎると餅のような触感が損なわれるので、切り込みを入れるのは上の方だけにとどめた。
パン=オスのすぐ隣では、焔珠が楽しそうに茹でたニンジンと紫イモをスプーンで丸く繰りぬいていた。すでにブロッコリーの下茹でと小房にわける作業は終えている。
焔珠は自分に向けられた視線に気づくと、手を止めて顔をあげた。
「昔はすぐ砕いてしまったけれど……今は何でも触れるわ。とっても楽しい!」
「そうか。ではスズキとエビの調理にかかろう。オレがスズキを開くから、エビの殻をむいて背ワタを取ってくれ。あ、その前にズッキーニを輪切りにして、このチーズを薄くて細い柵切りにしてくれ」
はい、と返事して焔珠はズッキーニとチーズを切った。次に細い木の串で殻を剥いたエビから背ワタを取り、メインシェフに渡していく。
「エビは縦に切り目を入れて割り、間にチーズとズッキーニを挟む。それをスズキで巻いて、軽く塩を振るんだ。さあ、焔珠も作って。切り込みを深く入れすぎて、エビを二つに切ってしまわないように」
依頼主の料理長とラデリが焔珠の後ろにやってきて、熱心にメモを取り始めた。
元の世界では難題だっただろうが、限りなく力を失っている今の状態ではそう難しくはない……はずだったのだが。チーズとズッキーニを挟みこむのに適した切り込みの深さを探るまで、少し時間がかかった。それもまた楽しい経験になったのだが。
できたものをパン=オスが窯に入れて焼く。
ジュワジュワ、シュウシュウ。
美味しい音と匂いが窯から広がると、焔珠のお腹が小さく鳴りだした。これだけでも十分、料理として成り立ちそうだ。
ひとつぐらいつまみ食いしても、と思っていたら横から白い手がにゅっと伸びてきて、焼きあがったばかりのエビのスズキ巻にホークが刺さった。
ブローディア、いやブローディアの契約者であるサラと目が合う。
「だめ! お昼に出すからそれまで我慢して」
焔珠はサラからエビのスズキ巻が刺さったホークを取り返した。最初に味見をするのは自分だ。ほどよく熱が取れたところで口に入れる。
「どうだ? あとで煮るからさっと火を通しただけだが」
絶妙な火の入り具合に唸る。エビの甘味がズッキーニとチーズの塩気で引きたてられていた。淡白なスズキがうまく纏めている。
ラデリたちも輪切りにされたものを試食した。
「美味しい。でも、ちょっと……塩味がきき過ぎているような気がする。これからニンニクと鷹の爪を入れたオリーブ油で煮るのよね? だったら――」
「うん、チーズは別のものを使った方がいいな」
最後、言いたかったことをラデリに持っていかれて焔珠は口を尖らせた。
「ああ、いいであるな。吾輩にも一口!」
ドレッシングの材料を入れたボウルを腕に抱き、泡立てで混ぜていたボルカノが試食を要求する。だが即座に、あとで、と口を揃えて拒否された。
「ちぇ、であるよ」
手伝いをしていたキッチンスタッフから静かに笑い声が上がる。
「ラデリ殿、笑ってないでバジルとパセリをプリーズであるよ」
ちょっぴり拗ねて泡立てを回す手を早めると、白いコック服に点々とドレッシングのシミがついた。
このドレッシングをかければ、あんまり自己主張しすぎないメイン料理を引きたてるボルカノ流サラダの完成だ。瑞々しいレタスの上に縦に細く切った赤や黄色のパプリカが散らされている。デラリから受け取ったバジルとパセリを細かく刻んで上から振りかけるように指示を出した。盛りつけは、花咲く春を草原イメージした。
ドレッシングはレモン果汁を使ってさっぱり爽やかな口当たりに仕上げている。サラダにかけて提供するのではなく、別に分けて出すつもりだ。
「ドレッシングをかけるのはメートヒェン殿にお願いするのである」
ちょうど、メイド長との打合せが終わったメートヒェンが軽く顎を引いて頷いた。
「本番で出す料理は、ユリーカの分も合わせて七人分よ。うち御老齢の方か二人」
これを聞いたジョゼは急遽、きなこ餅を老人がのどに詰まらせないように小さく作ることに決めた。初めて餅を作ったが、予想以上によく伸び粘るのだ。物を飲み下す力が衰えている老人の喉に餅が張りついたら、窒息してしまうだろう。
さっそく、手伝いのスタッフに指示を出す。
メートヒェンは広いキッチンを見渡した。
「それで、小さなお子さんは別室でここのスタッフが作った離乳食を食べられるとのことだけど、デザートは同じものを食べさせたいそうだから――ねえ、ブローディアはどこ?」
肝心のデザート担当、ブローディアの姿が見当たらない。デザートだけは七つではなく九つ用意する必要があった。どうしても事前に伝えておかなければならない。
「さっき、ここでつまみ食いをしようとしていたが」、と手帳を閉じながらラデリがいった。
腹を減らせて散策から戻ってきていたフニクリが、キッチンの端にある階段を指示す。
「たぶん、地下にいるよ。ジェラートを作るといっていたから。それよりジョゼ君、餅はできたかい?」
ありがとう、といってメートヒェンは地下へ降りていった。
少し階段を降りただけで、空気がひんやりとしている。春先でまだ気温が低いとはいえ、火を使う上のキッチンでは冷たいジェラートは作れないのだろう。
メートヒェンはここから食堂、そして幼子が食事をとる部屋までの距離を頭の中で確認した。運ぶ時間とタイミングを間違えないようにしなくては。
下まで降り切ると、話し声が聞こえて来た。
「それほど複雑な手順が必要なものではないとはいえ、なかなかの手際だな、サラよ。普段から妹御の世話をしている成果だろうか? ただ、そう頻繁につまみ食いをしようとするのを見ると妹御の取り分はあまりないと見え……やめろ、刀身が錆びたらどうする!?」
サラの手に握られた、青みがかった光を放つナイフが水で浸された夜行草の上で震えているのが見えた。ナイフであるブローディアは一体どうやって声を出しているのだろう、と首をかしげる。
「ん、誰だ?」
サラが振り返った。
「どう、順調?」
メートヒェンはブローディアではなくサラと目を合わせた。用意しなくてはならない人数分を告げる。
「チョコレートが少し足りなくなるかもしれない」
答えたのはブローディアだ。サラが大丈夫、と請け負う。
昼食の準備ができたらしく、階段の上から声がかかった。
「お嬢様たちの舌を楽しませる前に、私たちでちゃんと味見をしないとね。もちろん、ジェラートも」
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メートヒェンの絶妙なサーブで食前酒が下げられ、まずゲストのユリーカにラッシーが、ついでホストファミリーに食中酒が新しいグラスに注がれる。
その間、メイドたちがサラダにドレッシングをかけていく。メイン料理の『亡き餅のためのアヒージョ』が、焼きたてのバケットとともに運ばれて来た。ジェラートは最後だ。
「亡き餅と言うのはつまり餅というものは既に失われてしまったものであり、その餅に敬意、哀悼などの気持ちを込めてアヒージョにした料理である」
フニクリは静かに本を開いた。
「餅は亡きものであるので、この料理に使われている餅は在りし餅をかたどったものであり、本物のそれとは違うものの、食すことで本物の餅に思いを馳せることを目的としている」
つまり、鍋のなかに入っている花を咲かせた団子は『在りし餅』に似せてつくられた代用品であると説明を続けた。
そこまでじっと聞き入っていたお嬢様が口を開く。
「『在りし餅』がどんなものか分からなければ、比べることなんてできないわ」
微笑みながらメートヒェンが、きな粉餅を乗せた皿をそっとメイン料理の脇に置いた。
「ちゃんと『餅』もご用意いたしました」
どうぞ、食べ比べてみてくださいと、まずお嬢様に、そして他の家族に勧める。お嬢様は品良くゲストのユリーカに一番を譲った。
「こ、これが『餅』……ボクも食べるのは初めてなのです! ……むむ、む。なんでしょう、この食感は。未知の食感なのです。でも美味しい!」
お嬢様とその家族も次々と餅をホークで口に運んだ。おお、と驚きの声が上がる。 ホストファミリーの様子を窺いながら、フニクリは説明を続けた。
「オイル、香辛料ともに魔を退けるという言い伝えはたくさんの旅人が伝えることであり、火で熱するという行為もそれに同じく……つまりはこの亡き餅のためのアヒージョという料理は元来、亡き餅の葬儀を再現した料理なのである!」
ともあれ。
「この世界ではそれを再現したただの美味しい料理でしか無いので、どうぞご安心してお召し上がりください」
美味しさにお喋りがとまった。アヒージョを初めて食べた貴族たちの顔が明るく輝く。
ジェラートを食べ終えたお嬢様はうっすらと目に涙浮かべ、ユリーカとグラスを合わせた。次いでグラスを高々と掲げてイレギュラーズたちに感謝を示す。
「ありがとう。ほんとうに素晴らしく、美味しい料理でした」
後日。この夜に貴族の屋敷で出された料理は、サラダからデザートのジェラートまでが『亡き餅のためのアヒージョ』の正式なコース料理として、幻想国中に広がった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
成功です。
お嬢様は料理にもその説明にも非常に満足したようです。
ユリーカも大変喜んでいました。
料理長とキッチンスタッフたちは継続してお屋敷で働くことになりました。さっそく、別の日に地域の有力貴族たちを招いた晩さん会で『亡き餅のためのアヒージョ』のコース料理を出したそうです。
それがとても評判になり……。
書いててお腹がとっても空きました。
実際に『亡き餅のためのアヒージョ』、どこかで作って食べさせてくれるところはないでしょうか。もちろん、きな粉餅にシンプルかつ爽やかなサラダ、ジェラートも含めて。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
そうすけも楽しみです、みなさんが作る『亡き餅のためのアヒージョ』。
●場所
・とある貴族の御屋敷
キッチンはとても広く、コンロの台数や調理器具も十分揃っています。
数十人が同時に違う料理を作ってもまったく問題ありません。
作られた料理は屋敷の食堂に運ばれ、貴族の家族と招待客に提供されます。
●食材
幻想国にあるものはなんでも好きなだけ揃えてもらえます。
ものすごく特殊なものでない限り、だいたいあります。
ただ、なぜか『餅』はありません。
●調理器具
電気で動く調理家電は一切ありません。
電子レンジとか、炊飯ジャーとか、ミキサーとか……。
ちなみに臼と杵もないので、『餅』を作るなら自作してください。
※『餅』を使わない料理を作っても構いません。
●調理補助
依頼人のシェフをはじめ、貴族屋敷のキッチンスタッフを自由に使うことができます。
●その他
チームで必ず『亡き餅のためのアヒージョ』を一品作ってください。
一人一品作ってだし、お嬢様や来客者に審査してもらうこともできますが、『亡き餅のためのアヒージョ』のバージョンが増えれば増えるほどリプレイの描写が薄くなります。
飲み物やサラダ、デザートなどは自由にお作りください。
※各自の役割を決めて、プレイングを絞って書くのがお勧めです。
……いいですね、みなさん。『亡き餅のための』ってところがポイントですよ。
クック●ッドから拾った、よく似た料理の丸写しレシピはダメですよ~。
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