PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<YcarnationS>Belladonna lily

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悪徳の掃きだめ
 安酒のボトルを傾けるも、かろうじて一滴おちるのみ。
 それを舌で受けて、無精髭のふかい男はため息をついた。
 指や首についた金色の装飾品から彼の裕福さが、周囲を固める武装護衛の人数から相当な富豪であることがうかがい知れる。
 しかしそんな彼を持ってしても、この砂と石だらけの環境は退屈であるようだった。
「オイ、ここには娼婦ひとり居ないのか。どこからか調達してこれんのか?」
「旦那様、無理をおっしゃらんでくだせえや」
 護衛の一人が頬をかいた。
「ここは『砂の都』ですぜ。旦那の買った奴隷たちはみんな魔女に持って行かれちまったじゃあないですかい」
「フン。奴隷など減るモノでもあるまいに」
「…………」
 とんだ偏見に護衛の男は顔をしかめたが、富豪の男はそれを意にも介さなかった。
 退屈そうに石の椅子から立ち上がり、屋外へと出る。
 マジックトーチの明かりが点々と灯る石造りの町並み。
 これまで数え切れないほどの年数にわたって砂の下に埋もれていたという、『砂の都』。
 砂の魔女カノンが姿を表わしたと同時に、この都もまた地上に現われた。
 ラサでディルク派と対立しバックにつけていたザントマンが破れた今、ザントマン派の商人たちは行き場を喪い……その内いくつかは流れ着くようにしてこの場所に寄生していた。
「まあ、いいがな……いざとなればこの『鍵』がある。奴隷どもをいくつかちょろまかしてくれば、多少は楽しくなるだろう」

●像を殺すには数本の棘があればいい
「砂の魔女か。あんな虫を抱え込むとは脇が甘いな。だからこうして付け入られる」
 シャムシールを腰にさした褐色肌の男が、じゃらりと金装飾を鳴らして立ち止まった。
 ここは砂の都攻略に向けて設営された後衛テントのひとつである。
 パカダクラ馬車にのって訪れた彼の名はベルク・ガルシア。
 ラサに轟く傭兵一族ガルシアファミリーの次期頭目とされる男である。
 ベルクは取り出したスペードマークのついた鍵を手の上で軽くもてあそぶと、テントの中へと入っていった。

 コンロで湯を沸かし、コーヒーミルの挽いた香りが広がっている。
 テントには明日の仕事に向けて身体を休めるイレギュラーズたちがいたが……その中にリノ・ガルシア(p3p000675)の姿もあった。
「お兄様……」
「リノ? 貴様がなぜここに居る。……ああ、ローレットに転がり込んでいたのだったな」
 とだけ言って、ベルクは椅子に腰掛けた。
「さて、ローレット。商談に入ろう。
 依頼するのは盗みと暗殺。
 手に入れたいのはこれと同じ『鍵』だ」
 スペードマークのついた鍵。
 この鍵を知っているだろうか。
 幻想種奴隷売買が横行していた少し前のころ。ラサの悪徳商人が『商品』を容易に奪われないために施した追加首輪の鍵である。
 カロルスという男と共に商人たちの目をかいくぐり、華麗に奴隷たちとその鍵を奪い取ったのは記憶に新しいところだ。
「今では鍵の研究が進み、一本の鍵があれば数十人分の首輪を一度に解除できる。
 画期的な解決手段だろう? 秘密裏に行なわなければ自死の危険を招くというリスクを無視すれば、だがな」
 つまりは。
 誰にも知られることなく『砂の都』に潜入し、そして持ち主はおろかカノンやその部下たちにも知られること無く『鍵』を奪取せねばならないということだ。
 武装して殴り込みをかけるという作戦は当然論外。交渉も無理筋だ。
 となれば当然。
「気づかれずに盗むか、持ち主のみを秘密裏に暗殺するほかあるまい」

GMコメント

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『ラサ』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

■成功条件と依頼の性質
 このシナリオの成功条件は『鍵』を4つ以上手に入れることです。
 手に入れる方法は【盗み】と【暗殺】の二通り。
 もしカノン側に知られれば配下の幻想種たちを自死させる危険があり、正義感の強い傭兵たちからは猛反対されていました。そのため秘密裏に行なわれ、かつ
『悪属性』扱いとなっています。

 対象となる鍵の持ち主は『砂の都』内に複数おり、そのうちの一つずつを対応していくことになります。
 1グループ1件までとし、同グループ2件以上のトライは(リスク管理の都合から)依頼主に禁止されています。

■パート選択と人数選択
 依頼を受けるに当たって【盗み】でいくか【暗殺】で行くかのどちらかを選択してください。
 そして『1人』でいくか『2人組』でいくかを決めましょう。
 と言われただけではちょっとわからないと思うので、それぞれの解説を順にしていきます。

■対象リスト
 依頼主のよこした鍵所有者のリストには以下のような人物が上げられています
 盗むか暗殺するかは自由に決めてください。(どちらでも良しとされています)

・悪徳商人
 居場所をうしない砂の都に身を寄せた商人です。男も女もいます。
 傭兵を護衛につけていますが悪い遊びが元々好きな者が多いらしく、禁欲的な環境に大変不満なようです。
 場所は石でできた古代の住宅街のような場所です。石の家屋(ほぼ1LDK)を一件与えられ、周囲の家に護衛を詰めさせ見張りをさせています。

・幻想種管理人
 カノンの支配によって心棒状態になった幻想種です。男も女もいます。
 管理下にある幻想種たちの首輪を簡単に壊させないために鍵を利用し、そして大切に保管しています。
 カノンに影響されたのか大変真面目で危機に敏感です。遊びや欲といったものに揺らがない一方、アクシデントに弱い面があります。

■【盗み】
 鍵を所有する商人や幻想種管理人の所へ忍び込み、目的の鍵を盗み出します。
 このときすぐにバレてはいけないので一本ずつ支給されたレプリカの鍵とすり替えておきましょう。
 『1人』だけでトライする場合、相当なスニークスキルが必要になるでしょう。
 適切なスキル選択と、個性を活かしたプレイングを仕掛けてください。
 もしそういったスキル面で不安があっても、『2人組』で行けばだいぶ軽減が可能です。
 一方がカチコミに来た傭兵を装って周囲の注意をひき、その隙に手薄になった場所へ盗みに入るといった連係プレイが可能になるからです。
 自分たちのスキルやキャラクター性をみつつ、周りと相談して決めていきましょう。

■【暗殺】
 持ち主と二人っきりになった所で巧みに暗殺し、鍵を持ち出すというスタイルです。
 暗殺をしたことがすぐにバレてはいけないのと、万一バレても暫く鍵のことを疑われないようにレプリカとすり替えておくとグッドです。
 護衛が一人くらいいても『2人組』でそれぞれを引きつけるなどしていけば暗殺もしやすく、盗みサイド同様外で注意を引くというのも手です。(ただしこちらはあまり警戒させすぎると暗殺の隙が無くなってしまいます。あまり乱暴じゃない形で注意を引くとよいでしょう)

■鍵の受け渡し
 依頼条件を達成した後は、ベルクに直接鍵を受け渡すことになります。
 このとき何かやっておいたり、言っておきたいことがある場合はプレイングに書いて置いてください。

■■■アドリブ度■■■
 ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
 プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。

  • <YcarnationS>Belladonna lily完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年11月03日 22時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リノ・ガルシア(p3p000675)
宵歩
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット
梯・芒(p3p004532)
実験的殺人者
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
庚(p3p007370)
宙狐
ジェーン・ドゥ・サーティン(p3p007476)
一肌脱いだ
ニル=ヴァレンタイン(p3p007509)
引き篭もり魔王

リプレイ

●蜜よりもなお甘きもの、死よりもなお甘きもの
 視線だけでしびれるような、声だけでとろけるような。自らの身体を抱いてとっくりと微笑む『宵歩』リノ・ガルシア(p3p000675)。
「何かしら動きはあると思ったけどまさかローレットに依頼がくるなんて、ね。実にお兄様らしいし、お変わりないようで……」
 ふふ、と笑い短くなった髪の先をいじる。
 奪われるということは、奪うことでもある。リノは『商売柄』それを本能的に知っていた。
「…………」
 一方でその相互性がピンとこない『ガスマスクガール』ジェック(p3p004755)は、リノの複雑で不可思議な振る舞いに首を傾げていた。
 とも、あれ。
 今回の仕事はある意味において単純である。
 油断させ、混乱させ、隙を作り、物品を奪って、偽物とすり替える。
「殺すか殺さナイかの違い、かな」
 安全策も相まって2人四組制をとった彼女たちの、危険な潜入作戦が始まろうとしていた。

 『悪は本能から生まれる』とはどこの哲学者が述べた言葉だったろうか。
「うーん! ローレットってば悪い依頼も取り扱ってるんだね★
 ジェーンちゃんはそういうの拘らないアイドルだからOKOK♪
 な・に・よ・り……へっちな事出来そうなチャンス♪」
 空腹と食欲から盗みを働くものがいれば、睡眠欲から仕事を怠けるものがいる。だが中でも大事にされやすいのが性欲に関する罪である。
 それらを自由に扱える者の強さと危うさを、人類はよく知っている。
「う、ううむ……」
 『称えよ!ロリ魔王様!』ニル=ヴァレンタイン(p3p007509)も、十代前後という外見にもかかわらず(なんでか)備えてしまった性的魅力と誘惑能力を駆使して、今回の作戦にあたるらしい。
「あまりこういうのは……慣れておらぬのじゃがのう……?」
「この見た目、だ。油断を誘う、無力を装う程度は、慣れている」
 いざとなれば二人がかり。なんとかなるだろう。と、『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がグッと頭髪でつくった腕でサムズアップをしてみせた。
 若干不安を誘うが、世の中やって出来ないことはない、らしい。

 地球人類史において盗みが罪だとされたのは、それこそ紀元前からの話で、人類が亜人種と争っていたころからもうあったとまで言われているが、それがどれだけ進歩した時代にあってもなくなりそうにないのは、盗みという行為そのものに潜む蜜のような甘さゆえだろうか。
「それにしても、こんな場所まできてまだお遊びとはね。危機感がないのか、それとも元から意識が低いのか……」
 『実験的殺人者』梯・芒(p3p004532)はぽつぽつと灯りのともる『砂の都』住宅地跡地を遠目に観察していた。
 ラサより西。深緑よりも東側に埋もれていた巨大な遺跡群。通称『砂の都』。
 古代に滅びたもののひとつであり、魔種カノンの出現と共に都もまた姿を現わした。
 主に支配した幻想種たちを集合させるための勢力圏予定地といったところだが、ほかに居場所をうしなったザントマン派の商人たちもいくらかここへ流れ込んでいるらしい。
「まあ、低きに流れたからザントマン派になった奴らなら、こんなものなのかも知れないけど……」
 芒はある程度商人たちのアタリをつけると、一度仲間に報告すべく撤退した。
「品行方正な芒さんは盗みなんてローレットの依頼でくらいしかしたこと無いから未だにドキドキしてくるんだよ。不法侵入は数えきれないくらいやってきたけどね」
 砂地に隠す形で作られたテントでは、『宙狐』庚(p3p007370)が本を開いていた。
「カノエはスパイ小説を拝読するのも好きでございます。
そこにありました、『殺してしまうより、生かしたまま目的を遂げてこその一流』だそうです。
 死なさずに、ご自身から証拠隠滅に動いてもらうことで、事態の発覚を遅らせる高等テクニックなのだということですよ。
 幸い、今回の狙いのカギは複数あり、別々に保管されているとのこと。体面なぞありましょうから、自分一人だけの不手際なのだと思わせてやれば保身であとは良きに踊ってくださいますでしょう」
 庚の話を『黒鷺の法則』という。悪人は悪事を隠すために黒い手段をとるが、その手段そのものが詐欺師の罠であった場合誰に泣きつくことも出来ず自らそれを隠蔽してしまうというものだ。20世紀地球では飛ばし携帯詐欺という形でこの法則が用いられたといわれる。
 と、ここまで語って置いて今更ではあるが。
 彼らが盗み出そうとしているのは『鍵』とだけ呼ばれているマジックアイテムである。
 幻想種を支配するのに用いている首輪グリムルート。それを簡単に外せぬように固定するカバーロックが別の商人たちの間で出回り、その鍵もまた個別に存在しているが、昨今はガルシア一族の力によって鍵のサンプル入手とパターン解析が進み、一本手に入れるだけで数十人の首輪を一度に解除できるといわれている。
 だからこそ、一本の鍵を盗み出す泥棒が必要とされたのだ。
「ふむ、人の命が掛かっているとあらば、今回は本気で盗みに行かせてもらおう」
 くるくるとなにもない所で架空のペンを回して飛ばすと、落ちてきた一輪のバラを掴み取る『夜明けのパーティー』ノワ・リェーヴル(p3p001798)。
「怪盗ラビット・フットの真髄お見せするよ。
 と言ってもオーディエンスは居ないけどね?」
 全てが終わったその時に、さぞや驚くことだろう。

●ぬかるみを歩くがゆえの破滅
 娯楽の一切ない古代の廃墟街に、ロングコートの下にバニースーツだけという格好で美女が現われたなら、注目しないでいるのは難しい。
 カノンの庇護下に滑り込んだはいいが戦力としてもアテにされずろくな住居も与えられず、背景の関係からか奴隷に関するあれこれも禁止された商人や傭兵たちにとってこれ以上無い『ごちそう』である。
「はーい♪ 商人の素敵なおじ様。バニー娼婦なジェーンちゃんがお仕事しに来ました♪」
 色めきだつ男たちの間をキャットウォークで通り抜け、傭兵の一人にコートを脱いで投げつけるジェーン。
 下から現われた本気のバニースーツに、傭兵たちが口笛を吹くのも無理はない。
「えへへ……こんな大変な時にイケない遊びがしたいなんて、おじ様たちも悪い人★ でもジェーンちゃんはそういう人大好きだよ♪」
 お金くれるんだよね? とウィンクすると、商人は砂の都においてもはや何の役にも立たなくなった財布からありったけの金を取り出して見せた。
「お前らは後だ。おいバニー。俺から、俺からいいだろう?」
 餌を前にした野良犬のようにさかった商人の男にジェーンはゆっくりと歩み寄り、顎を指でついっと上げさせた。
「払いのいい人だーい好き♪ 二人っきりになりたいなぁ?」
 ちらりと振り返るジェーン。商人はシッシと手をふって護衛の傭兵たちを野外へと出させた

 皆を追い出したい商人とせめて声くらい聞きたい傭兵たちという具合に、全員の注意がジェーンに集中していた。
 その一方で。
(いくらなんでも、危機感がなさすぎないかな? ま、ここでちゃんと警戒できるくらいならわざわざカノンの庇護下に滑り込んだりしないよね)
 芒は護衛がすっかりいなくなった部屋へ忍び込み、『鍵』の入った箱を開いていた。
 どうやら簡単に見つからないように隠したつもりらしいが、芒にかかれば『見つからないように隠す場所』くらいの検討は二秒とかからずつくものである。
 ポケットから取り出したレプリカの鍵とすりかえ、音も無くその場を離れる。
 傭兵たちは鍵が盗まれたことすら気づかぬまま、きっと楽しく過ごすだろう。
 後に死より恐ろしい破滅が待つとも、知らずに。

●強欲ゆえの死
「妾はルーニー……。……娼婦をやっております」
 貧民層が纏うような粗末な、しかし露出の多いドレスを纏ったニルが、スカートをやや高くつまんで見せた。
 彼女の幼い外見に、そして商人の『いかにも』すぎる反応に、傭兵たちが顔をしかめる。
「ほう。まさかここまでサービスがいいとはな。骨董品めいた廃墟でどう過ごした者かと思ったが、存外悪くないではないか。そこのお前、おまえも娼婦か」
「…………」
 きわめて無礼な言葉をかけられたが、エクスマリアは黙って首を横にふるだけだった。
「クク、まあいい。娼婦の仕事がしたくなったら言え。この女と同額を払ってやろう」
 などと言っていると、ニルはふらふらとよろめいて商人にもたれかかった。
「すみません……少し、眩暈がしてしまい……」
 商人は醜く笑い、ニルの肩を抱くようにして部屋へ入っていく。
 エクスマリアはその様子を一通り確認してから、さっさと背を向けて歩き出した。
「おい、いいのか」
「案内しただけ、だ」
 短く言い捨て、そのまま夜闇に紛れるように去って行くエクスマリア。
 傭兵たちは肩をすくめ、護衛仕事の続きにかかった。

 などと、それだけで終わるわけは無く。
 ――ゴトン、と。商人の首だけが床に落ちた。
 ニルはシーツで血の付いた手をぬぐうと、肩は腰をぬぐっていく。
「血の汚れ以上にけがらわしい……殺すのを我慢するのにだいぶ苦労したぞ」
「その割には、名演技だったな」
 入り口から顔を出すエクスマリア。
 部屋の外ではむぐむぐと言って暴れる傭兵の口や首に髪を絡ませ、そのままひねってはいけない角度まで首を捻りきっていた。
 その周りでは目を見開いたまま壁に寄りかかって死んでいる傭兵や、剣に手をかけた姿勢のまま絶命した傭兵たちの姿もあるが……。
「鍵は、どうだ」
「この通りじゃ」
 レプリカの鍵と本物をすり替えるニル。
 このままカノンの軍勢に気づかれぬまま、この場を去るのみである。

●霧に煙
 口元を覆い、遺跡街を歩く傭兵。
 周りの傭兵たちは退屈そうに火をたいたり、酒を飲んだり、やがてくるかも知れない仕事を待って思い思いに過ごしていた。
 たき火で肉を焼いていた傭兵がふと振り返り、今し方通り過ぎた傭兵を見る。
「……」
「どうかしたか」
「いや。なんでもない」
 意識にとまったような気がしたが、路傍の石を見た時のようにすぐ流れて消えていく。
 傭兵は……否、傭兵になりすましたリェーヴルは、口元の覆いを深くして建物の一部へと入っていった。
 そして。
「放火だ! 敵が紛れ込んで居るぞ!」
 と、わざと大声で叫びながら火の付いたのろしを建物の中へと放り込んだ。

「幻想種の子供たちを返せ」
 庚はわざと目立つように建物の上に飛び乗ると、式符・黒鴉と式符・毒蛇を駆使して傭兵たちへと襲いかかった。
「こんな場所までご苦労なこったな!」
「殺せ、さっさと」
 商人は傭兵たちに命令を下すと、金色の箱を懐に入れて庚とは反対方向へと走り出す。
「待ちなさい」
 追いかけるそぶりをみせる庚。
 それを阻むように傭兵たちが展開し、庚へと襲いかかる。
 商人が走るその途中で傭兵の一人にぶつかったが、すぐにたてなおして街の奥へと逃げていく。
 ぶつかった傭兵は……もといなりすましていたリェーヴルは胸をトントンと叩き、場の混乱に乗じるようにしてするりと消えていった。
 その様子を視界の端で確認した庚も、不利を悟ったようにみせかけつつ、傭兵たちから逃げ出し始める。

●月下美人
 あちこちで混乱が起こっているらしいことを、悪徳商人のゲカウは察知していた。
 それゆえ傭兵により強い警戒をさせ、拳銃を枕の下に忍ばせた。
 だがそんな夜に。
「客だと? さっさと追い返せ。命が狙われているかもしれんのだぞ」
「それが……」
 ぼんやりと灯る遺跡街の通りを歩いてくる褐色の美女。
 ブルーの薄布を羽織り夜風に靡かせるさまが、首もとにさがる金のネックレスが、商人や護衛たちから言葉を失わせた。
 鼻息が荒くなるのをこらえ、外へ出る商人。
「花売りでございます、旦那様。一夜ばかりの『花』はいかがでしょう?」
 女は――リノは彼の前で立ち止まると『正しい』作法で礼をした。
 ふんわりと、髪に挿した月下美人の花が香る。
 娼婦にもランクというものがあって、高級なものほどその作法や振る舞いが異なる。どちらがどう優れるということでは勿論ないが、最高級の娼婦ともなれば莫大な金がつぎ込まれ、それだけの富豪が楽しむために用いられる。
 リノの振る舞いは、まさに高級娼婦のそれであった。
「下がっていろ」
「しかし……」
 難色を示す護衛を、商人がにらみ付ける。
「これで帰せば無粋というものだ。邪魔がはいらんように外を見張っていろ」
「…………」
 護衛は納得していないようだったが、部屋に入っていく商人を黙って見送り、そして扉の前で守りを固めた。

「好色なシュジンを持つと大変ダネ」
 リノの護衛としてついてきたガスマスクの女……もといジェックが、商人の護衛に肩をすくめて見せた。
「あんたも大変だな。死ぬよりマシかと思ってこんな所まで来てみたが……。まるでうまく行く気がしねえ」
「ドウジョウするよ」
 お互い外の通りを眺めたまま横並びになる護衛とジェック。
 ジェックは懐に手を入れ、スッと何かを取り出した。
 前を向いたまま問いかける護衛。
「なあ、ところであんたなんでガスマスクを? よかったら取って見せちゃく――」
「ワルいね」
 プシュン……とサイレンサーのついた拳銃が発射され、護衛のこめかみを弾が貫いていった。
 崩れ落ちる護衛。
 その音に振り返った別の護衛めがけ、ジェックは次々と引き金を引いた。
「仮面のナカミは地獄でミセてあげるよ」
 二発ともヘッドショット。
 崩れ落ちる護衛たち。
 リノは一足遅れて建物を出て、小さなナイフを胸元へとしまいこんだ。
「首尾は?」
 問いかけるジェックに応えるように、部屋を指さすリノ。
 枕元に手をかけようとした商人がそのままの姿勢で絶命しているのが、見えた。

●なべて夜のままで
 隠されたテントへと戻ってきたリヴェールと庚。
 なんだか血色のいいジェーンや、やれやれといった様子のエクスマリアたちがそれを出迎えた。
「おかえり。もう渡してきた?」
 ジェックが銃の手入れをしながら振り返る。
「ああ、今から持って行くところだよ。他の三人は?」

「二度と……もう二度とあんなことはせぬ……」
 ぷるぷると震えながらベルクに鍵を手渡し、背を向けて去って行くニル。
 おやおやといった表情でそれを見送ってから、芒もまた鍵をベルクへと手渡した。
「リスキーな賭けをしてくれるものだね。
 芒さんとしては余り他人の命なんて握りたくないものだから、今回限りにして欲しいところなんだよ」
 それじゃあね。と手を振ってニルのあとをおう芒。
 最後に残されたリノは、黙ったままのベルクへと歩み寄った。
 距離にして90センチ。
 胸元から取り出した鍵を差し出すリノ。
 それをベルクが黙って取ろうとした寸前に、リノは鍵を引いた。
「……なんのつもりだ」
「ご健勝そうで何より、お兄様」
 リノは笑って一歩だけ距離を詰めた。
「きちんと仕事をしてきたんだもの、ご褒美をひとつ頂ける?」
「…………」
 リノは髪にさしていた花を抜くと、花弁に一度だけ口づけをして、鍵と一緒にベルクの腰へとさした。
「どうぞ一夜、この月下美人をお傍においてくださいな」
 ベルクは鍵だけを抜いて、何も言わずに立ち去った。
 テントに残ったのはリノのみ。入れ違いに中を覗いたジェックが小さく声をかけた。
「いいの?」
「いいのよ」
 唇に中指を当てて、リノはとっくりと微笑んだ。
「あれが、『いちばん』いいの」

 ――その夜、カノンのもとに集結していた幻想種のうち数十名が一夜のうちに解放された。
 その理由はいまだ多くの者にとって不明なまま、ただ悪徳の噂話だけがのこったという。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 後に数十人分の首輪が破壊され、幻想種の解放が確認されました。
 表向きには偶発的事故として報告されましたが、一部の裏社会の人間たちはあなたの活躍と功績を知っています。

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