シナリオ詳細
灰冠のNoël=Réplique
オープニング
●灰の森
寒々しい荒野に荒涼とした風が吹き付けている。
真冬の風景を体現するかのように命の眠った世界には音が無い。
荒んだ大地を行く人影の足取りは夢遊病のように曖昧で、方向性も定まらぬ程に虚ろだった。
――色彩の無い世界に、色彩の無い少女が迷っている。
長い白髪は、ぼさぼさ。
骨の浮いた手足、痩せた膝。
伽藍に嵌った硝子の瞳は何も映さず――乾きひび割れて少女らしい瑞々しさを失った唇は最初から意味のある言葉を発する事は無い。
……惨めで、無様。そして何よりも痛ましい。
人影は、正確には、一人と一匹。一人と一つ。もう少し言えば、唯の一匹。
襤褸を纏った姿はとても幼く、服とも呼べないようなそれから伸びる手足は枯れ枝のように細く、同時に奇妙に長かった。色褪せたウサギのぬいぐるみを抱える少女は、北風に吹きさらされる彼女は、一見すれば哀れな流民の姿を思わせた。
しかし――
『彼女』の行く荒野はその実『彼女自身』が創り出したものである。
少女が踏みしめた大地は風化し砂を帯び、その指先が掠った木々は枯れ朽ち果てる。
余りにも対極に。余りにも圧倒的に、その存在全ては生命を否定していた。
属性として賦活の対極にある『それ』は形を持った枯渇の影――
――ケタ
ケタケタ、
ケタケタケタケタ!
――胡乱に表現するならば、魔性を帯びて嗤うそれは灰色の冠の呪いのよう。
●血のバレンタイン
「多次元型突発性枯渇現象、通称『Noël』」
不親切極まりない説明をした『蒼剣』レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)にイレギュラーズは当然のように首を傾げた。「何だそりゃ」。
「オマエ達の仕事の相手さ。この世界の風物詩とも言える」
「……怪物退治、だよな?」
確認するイレギュラーズにレオンは「ああ」と頷いた。
「討伐対象は通称『Noël』。見た目は痩せぎすの少女。迫力はあるがそうおどろおどろしくはない。例えばこの間の『氷獣サロ』なんかと比べれば、ねぇ」
「だが」と言葉を続けるレオンは気楽な調子では無かった。
「危険度は同等だ。つまりその討伐は緊急性を持ち、同時に高い達成難度を持つ。
先は分かり易く怪物退治といったが、『Noël』はある種の『現象』に近いと思われる。
混沌世界には度々似たようなヤツが現れるのさ。少なくとも十年で四度の記録がある。
練達の学者何かは因果関係の解明に興味津々って所だが、まぁ、良く分からん」
「……つまり、『Noël』は倒してもまた現れる災厄のような奴?」
「そう。何処かに『本体』が居るとも推測されているがね。故に学者は『Noël=Réplique』と称する事もある。
まぁ、最大の問題はコイツが『出たり消えたり』する事なんだが。
他所様の世界に迷惑をかけている可能性が『高い』と言われていたりもするね」
「成る程、全く分からん」
言い切ったイレギュラーズにレオンは肩を竦めた。
大方「俺も良く分からん」といった所だろう。
咳払いをしたレオンはイレギュラーズの顔を見回し、試すように言った。
「兎に角、ローレットへのオーダーは『灰冠のNoël=Réplique』の撃破だ。
存在しているだけで周囲を枯れ尽くすモンスターなんてのは、当然放っとけない。
ぶっちゃけ、貴族共に何とかしろって言いたくなるような強敵だが、そこはオマエ等の腕が買われてるのかもね。一つ、いい所を見せてきなさいよ。
……ん? 名前? 識別名は俺が便宜上用意した。何て言ったって――」
――今日は、グラオ・クローネだったしね。
- 灰冠のNoël=RépliqueLv:2以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年03月04日 20時50分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●荒野
寒々しい荒野は――その実『そう変えられたもの』に違いなく。
厳しい気候と間断なく吹き付ける冬の吐息さえ、目前の光景を語るには余りにも役者不足だった。
全く――それはある種の滅びを体現するかのような存在だった。
目にする者に一瞬でそれを理解させる、それだけの魔性を隠そうともしていなかった。
その背に翼を持ち、その目に異能を備える『揺蕩う魂』幽邏(p3p001188)は誰よりも早くその存在を視認していた。
「……来る……わ」
冷たい空気に解ける微かな呟きが、十人の仲間達にそれを告げる。
「……来る……『枯渇』が……」
「灰冠ねぇ、偉く洒落た識別名付けるじゃねーか。レオンのくせに」
軽妙な語り口で『陽気な骨』ヘルマン(p3p000272)が笑う。
幽邏の言葉は正しかった。ややあって、彼の虚のような両目(?)が遠く捉えた視線の先には薄汚れた少女が居た。
薄汚れた、襤褸を纏った痩せぎすの少女である。唯一の飾り気とも言えるウサギのぬいぐるみを抱いた『彼女』は待ち伏せる十人にも気付かず――或いは気付きながらも反応を示さず――無人の野を行く。
「お茶に誘って一緒に喫茶店にでも良けりゃいいけどそうはいかない様だしなぁ」
嘯くヘルマンは口調程には事態を楽観してはいなかった。
何せ相手は『人の形』をした『現象』らしい。要は自然災害がフランクに手を振りながら歩いて来るものなのだ。
何を考えているのか、何も考えていないのか――ギルドマスターに『灰冠のNoël』と名付けられた少女の歩みは変わらない。
「僕の世界だと大幹部級の能力じゃないですか?
こんなの出たら初っ端にロボだして負け確定の後に特訓回になりますよ。慣らしをしてみたい奇跡の相手に丁度良いと言えば良いんですが」
「最速を求める身としては明らかに係わるべき相手じゃあないんスよね」
独特の調子で嘯いた『二輪』アルプス・ローダー(p3p000034)に『最速願望』スウェン・アルバート(p3p000005)が何となく応じた。
同様に速度(スピード)に魅せられた所のある二人である。こんな鉄火場で同席したのは中々面白い偶然か。
「別に敗北を知りたいとかじゃないし、連携万歳って叫ぶわけでもないッスけど。
一人の限界を知るとともに、協力することの大事さってのを命かけて刻み込んでおきたいッス!」
成る程、スウェンがそう言う程度にはこの場面は挑戦的だ。
多次元型突発性枯渇現象――通称『Noël』。
今日この場に集まった十人のイレギュラーズの為すべきはその怪異の撃破である。
存在するだけで周囲を枯渇させ尽くすNoëlは少女の皮を被った災害のようなものだ。
それはこの世界に数多ある不思議な現象の一つに過ぎまいが――捨て置けば特段の危険をもたらす小さくない問題でもある。
「生命無き、褪せた世界を彷徨う一人の少女。世界の全ての色を失くしていくその存在は、正に怪物そのものね」
『赫き深淵の魔女』ミスティカ(p3p001111)の言葉は嘆息めいて、白い靄を外気に揺らす。
「風物詩とか、言われてて、学者も興味持ってる、敵」
『孤兎』コゼット(p3p002755)の言う通り、かの『Noël』は『多次元型突発性枯渇現象』の名が示すようにこれまで複数回の出現記録が存在していた。
彼女はこの戦いに先んじて過去の『Noël』の交戦記録等を調べんと考えたが、余りそういった情報は残されていなかった。
「この敵、いろんな世界、行ってる」
『Noël』は出現と消失を繰り返す神出鬼没であり、出現の度にパターンも変化する。調査には同時に時間も手段も全く足りていない。
「どんな相手だろうが関係ねえ」
短い言葉に絶対的な決意が篭もる。
「この地域に沸いた超危険物ってだけで、これが依頼って理由に遥かに勝る。
俺の状態は分かってるが確実に殺す――死んでも殺す」
『野良犬』ヘレンローザ(p3p002372)は重傷を負った上でこの戦いに参加していた。
――他人の命は金よりも軽く、金は食料よりも軽い――
偽善を気取って誰かの為に、という男では無いが、同時に一本筋の通った人物である。
このヘレンローザの出身はレガド・イルシオン北部、ゼシュテル鉄帝国との紛争地域、つまり『この辺り』である。
そしてこの地には彼が守らなければならないものがある――
当然と言うべきか、今日の仕事の荷は重い。解決するにしても、責任を背負うにしても、同じである。
それでも――命の危険が確かにあったとしても――誰もこの迎撃を躊躇はすまい。
「一度、元の世界でも森が枯れ果てる事があったけど、こいつの仕業かな?
それなら許せないし――そうでなくてもこんなのほっとけないよ」
「うん。こんなモノが人里を通れば、悲劇でしか無いよ。だから――絶対に止めるんだ」
愛嬌のある『輝煌枝』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)が怒りの色を見せるのは珍しい。そんな彼に頷いたのはその柳眉を僅かに顰め、柔和な面立ちに強い想いを滲ませたマルク・シリング(p3p001309)だ。
「……何かを否定し何かを無にする……気持ちは分かる……ただ……あたしは依頼された事を実行するだけ……」
幽邏の視線が彼方より此方へ到らんとする魔性の姿を射抜いていた。
Noëlの歩みはあくまで遅々たるものながら、荒野を行く彼女は止まる気配はない。
枯渇現象とそれを迎え撃つパーティの距離はゆっくりと、しかし確実に縮まっている。
遅いが故に、酷く重い。
それはつまり――もう幾ばくも経たない内に戦いが始まるという絶対的な事実を示している。
迎え撃つ準備は十分だ。簡易ながら罠を張り、作戦は打ち合わせている。ならば、後は――彼我のどちらが勝るか次第。
「嗚呼、何という僥倖だ……」
死闘の予感に全身から噴き出す焔は揺らめく。聳え立つ体躯に一際の歓喜が漲っていた。
その身命を以ってまさに古戦場を体現するかのような『漆黒の赤焔』雷霆(p3p001638)は来たる災厄をこの上ない喜色を湛えて歓待せんとしていた。
「枯渇の体現とは心躍る。ならば、それにも枯らせぬ――果てぬ闘志を持って挑ませて貰う!」
「灰冠の孤独な少女に醒めることなき無限の夢を――グラオ・クローネに相応しい終焉を、私達の手で贈りましょう」
ミスティカとNoëlの視線が紅く絡んだ。
その時。枯渇の姫が、その口元を三日月のように歪めたのは気の所為だったのか――
●枯渇姫(偽)Ⅰ
――かくて、戦いは始まった。
強敵『灰冠のNoël』に対してパーティが狙うのは集中攻撃による早期決着である。
彼我の手札からして長期戦に耐え得ないと考えた彼等は可能な限り高い打撃力をNoëlに集中する事を想定している。
パーティ全体としては自身の周囲に枯渇の影響を与えるNoëlの異能を警戒して距離を取り、少数の抑えがローテーションで彼女を阻むという寸法だ。
劣勢は承知、ならば壁の保つ間に穴を穿つ――至極単純な結論である。
それぞれの距離感は至近の壁、中距離の壁交代役、遠距離の火力。縦深の布陣である。
前述の通り、至近の壁以外は最低でも二十一メートル以上の距離を意識し、Noëlの朽木信仰に備えている。
もっとも、彼我が動き回る戦場でピッタリと距離を測ったような戦闘が出来る筈もないのだが、気休めも無いよりはマシといった所か。
(まずはノエルの挙動の観察ッスね。ま、パターンでもあればいいんスけどね)
スウェンが油断なくNoëlの様子を伺う。スピード自慢の彼は三番目の壁役だ。
「じゃあ、行く、ね」
一番手は最も身軽で、最も敵をいなすに上手いコゼットである。
Noël接近の直前にクイックアップをもって更にその身体能力を向上させた彼女は無策に突き進んでくるNoëlを睥睨する。
十分な射程を持つ後衛達はNoëlの枯渇の範囲の外から一斉に打撃を加え始めていた。
「ま、これ以上カラカラにされたら骨粗しょう症になっちまうからな!」
ヘルマンの動きは冗句めいた態度を裏切る。
ヘルマンは大いなる叡智を持っている。彼の術式は図抜けた威力を容易に生み出す。
長大な射程を持つ彼の魔術弾はかなりの破壊力を誇る『火力』だ。
その向く先が――ヘレンローザの罠に足を取られ、姿勢を乱した相手なら、有効性は更に増す。
猛撃に小首を傾げたNoëlの体が仰け反った。バネ仕掛けの人形のように不自然に態勢を戻した彼女に、
「では、僕は搦め手という事で」
アルプスの投擲した毒の小瓶が襲い掛かる。
(――まぁ、今回『枯渇』は気にする必要はありませんからね)
Noëlの領域――半径二十メートル以内を厭わず動く事が出来るアルプスは本作戦の遊撃役といった所。
過度の消耗を強いるNoëlをまともに相手にするにはアルプス位のポジティブさが必要なのだろう。
まぁ、その役割を得た事が幸か不幸かはさて置いて。
「呪いに満ちた少女の哀れな生に、光という名の死を届けましょう――」
パーティの猛攻は止まらない。
謳うように言葉を紡いだミスティカのグリモワールが光を放つ。
指を伸ばす事も無く神秘に満ちてめくられたそのページより、死霊の弓が選び取られた。
この地に無数に眠る死者の怨念を束ねたミスティカが指し示すに応じ、赤と黒の二色を帯びた悪意の魔弓は悍ましき少女を撃ち抜かんとする。
――ケタ……
ケタケタケタケタケタケタケタケタ!
不自然な笑い声が寒空に響く。
少女の片足を取った罠が見る間に風化し、地面ごと抉れていた。
落とし穴は緩やかなスロープへと変わり、Noëlの歩みは止まらない。
パーティの猛攻は確かにNoëlを傷付けた。しかし、それは未だ然程堪えていないという事だ。
存在としての強度がイレギュラーズとは――人間とはまるで違う。
怪異の、現象の頑健さは『その辺りの敵』とは全く次元が異なるものだ。
(哀れな生、ね。生きているならば――いっそ、簡単なのかも知れないけれど)
内心で呟いたミスティカは直感的にそれがどういうものだかを何となく理解していた。
生と死の内、特に死を司るネクロマンサーは、その現象の曖昧な在り方に苦笑した。
「……そう……とにかく……撃って……倒す……!」
その背の羽で低空を跳び、弾道を斜めに取った幽邏が気を吐いた。
集中力を研いだ狙撃手の瞳はゆらりゆらめく少女の像をしかと見据え、
「……そこ……!」
「そうだな。同感だ」
精密射撃を連ねたヘレンローザと共に彼女のヒダリテを狙い澄ます。
「長い時間はかけられないからね」
更に連続攻撃に動きを鈍らせたNoëlをムスティスラーフのマギシュートが深く捉えた。
落ち着いて力を溜め――爆発させるイメージが、彼の計算通り現実に棋譜を描いている。
「……よし、この調子!」
見事な連続攻撃は幸先の良いパーティの攻勢(じかん)を生み出した。
高い士気を以ってこの場に臨むパーティの力を如何無く発揮させるものとなっている。
だが、しかし。
十分な距離を持ち、迎撃態勢を整えたパーティが初手を取れるのは最初から分かり切っていた事実である。
問題はここから。
(兎に角――守る。少しでも、あたしが、時間を、稼がないと――!)
抑え役のコゼットは攻め手より守りを意識している。
異常なまでのプレッシャーを放つNoëlの一挙手一投足に注視して、
「――ッ!」
まさに守るを己が戦いと位置付けた彼女は自身に伸びるヒダリテに目を見開く。
ビリビリと全身を震わせるような死のプレッシャーは、痩せた小さなその掌が魔物の牙にも勝る危険性を帯びている事を教えていた。
すんでの所で身を捻った彼女を枯渇が掠める。
見目には何て事のない少女の手が、コゼットには色濃い破滅に見えていた。
●枯渇姫(偽)Ⅱ
戦いは激しさを増していた。
更に言うならば、それは通常のペースではない。
緩急ならぬ、急しか持たない消耗戦は通常の戦いとは全く一線を画すもの。
冗談ではないとはこの事か。回避壁としてNoëlに挑んだコゼットの判断は正しかったと言える。
『こんなもの、まともに受け止めては戦いにもならない』のだから。
避けるという一点で防御を構築した彼女の判断は正しかった。
(僕に出来ることは多くない――でも、少しでも早く動いてこの戦線を支える。
前衛を癒やして、時間を稼ぐ。仲間が倒れるより先に、Noëlが倒す。その時間を作り出すしか――)
後衛に陣取ったマルクは敵の動きを見据え、仲間の動きに注視し、自身の任務を果たさんとまさに集中力を発揮していた。
だが、それでも長くは保たなかった。
一人で食い止めるやり方ではターゲットは確実に自身を向く。
Noëlが複数回動いた時、そして一瞬の攻防が彼女に不利を向いた時。第一の壁であるコゼットは地面に叩きつけられる結果となった。
それは回避を重ねた無傷からの一瞬である。Noëlのヒダリテが閃き、ウサギが大きな口を開け、その両手が抱擁の形を取った時。
これに耐えられる者は無い。
「もう……そろそろ、無理、のど……カラカラ」
特異座標たるその運命(パンドラ)が滅びを阻むも、コゼットは退くを余儀なくされる。
「では、征くぞ――!」
二番手。待ちに待った雷霆は吠えて真っ直ぐにNoëlに向けて距離を詰めていく。
その名を体現する一条の雷撃のように。
破滅と枯渇をもたらす少女を前に僅かたりとも恐れを知らず、真っ直ぐに距離を詰めていく。
当然ながらNoëlの抑え役(ブロッカー)になる事は最も危険な仕事である。しかしながら、彼からすればこれは大願である。敵は強ければ強い程良い。喰らうならば強い者に限る――そんな思考の持ち主は数居るが、雷霆はその中でも筋金入りなのだから。
一方で廃滅の少女は弾丸のように向かってくる巨体にもまるで頓着していない。
「いやー、とんでもないですね!」
分かっていた事ですけれど――とアルプス。
コゼットが後退を余儀なくされた事態に到り、アルプスは行動阻害に狙いを変えるが、これは中々刺さらない。
後衛より火力を束ねるヘルマン、ミスティカ、幽邏等の攻撃力はNoëlに少なからぬダメージを蓄積するが、吸収能力を持つ彼女はコゼットに、そして眼前の雷霆に与えた痛打をもって自身の体力を賦活している。
「しっかりして――まだ、いける。食い止める……!」
展開が加速するにつれてマルクの双肩にかかる重圧は強くなっていた。
不器用で攻撃範囲も狭いNoëlの最大の脅威は一瞬の爆発力だ。さしもの雷霆とて、態勢を崩されれば結末はコゼットと変わるまい。
万全で居ても耐えられるか分からないのだから――尚更彼は常に万全でいるべきだった。
(だけど、これは……)
雷霆の体力を癒やすも、圧迫感の強くなる戦場にマルクは臍を噛む。
「かーっ、たまんねえな!」
強かに。撃ちに撃っても倒し切れない敵にヘルマンが頭を掻く。化物が化物たる所以を見た気分であった。
状況は良いとは言えない。『攻撃力が足りないのだ』。
一押し足りぬ攻撃力不足は、遊兵の多さから来るもの。
『パーティは一人ずつのローテーションで壁役を行う手筈としていたが、この作戦実施において待機中・後退後の有効な攻撃レンジを持たないのは致命的である』。
「チッ……!」
奮闘する雷霆はリボルバーを持ち、舌を打つヘレンローザこそ精密射撃を中心にNoëlに打撃を加えていたが、コゼット、スウェンは至近距離以外の攻撃手段がない。つまりそれは壁に入らぬ時に有効な行動力を失っている事に等しい。
「おおおおおおおお!」
傷付きながらも吠えた雷霆が意地を見せ、防御を崩さないままにNoëlに肉薄戦を展開した。
獣の如く気を吐く雷霆は冷静のままに熱情を抱く。身を、任せる者だ。
だが、マルクの支援を受けながら相当の健闘を見せた彼もやがて限界に達する。
「気をつけて!」
「スピードで負ける訳にはいかないッスからね!」
鋭くムスティスラーフの警告が飛び、この瞬間を待っていたスウェンが見事に彼と入れ替わる。
(自分がこなすのはただ堅実に、それこそストイックなまでに耐えて生きて繋ぐことッス――!)
全力防御を展開した彼はNoëlの攻撃を幾らかいなし、その素晴らしい勘で直感的に回避をするも。
やはり、技量的には先のコゼット、雷霆の二人には及ばない。
「ヘレンローザさん、次はお願いするッス!」
長くは保たず、四番目の壁たるヘレンローザの救援を仰ぐ事となる。
(ここが、分水嶺だ。ここを超えないと――!)
幾度目か放たれたムスティスラーフの遠距離術式が跳ねたNoëlに届かない。
「それでも!」
肩で息をしながらも、彼は更なる力を振り絞る。
パーティは確かに強い意志を持ってこの戦いに望んでいた。
しかし、短期決戦を意識していたにしては攻撃意識が足りず、手段も万全とは言えなかった。
必然的に長引いた戦いはNoëlに与し、全力攻勢を仕掛けたパーティは壁役のダメージと共にやがて疲弊し、彼女を倒す手段を喪失させている。
ミスティカやマルクは後衛の身ながらいざとなればNoëlの眼前に立ち塞がる覚悟を持っていたが……パンドラに縋った者も多く、継戦の限界は明らかだった。
「……硝子の瞳で視る彩無き世界」
吐息のようなミスティカの言葉。
「彼女の瞳には、この世界の色はどう映っているのかしらね」
パーティは苦笑する他は無い。
確かなダメージを与えたが、届かなかった。
伽藍堂の荒野にNoëlは踊る。
枯渇姫は退くを余儀なくされたパーティに構わず、今は未だ荒れ果てた野を行くばかり。
ケタケタ、ケタケタケタケタ……!
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIです。
詳しくはリプレイをご確認下さい。
目的意識のすり合わせ、プレイングの整理、目的に対する行動の精査、そして殺意が重要です。
尚、Hardなので明確な解法は用意しておりますが、今回は絶対必須とは考えておりません。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
気付けば六本目だったのでボス出してみました。
バレンタインなんて枯渇しろとか思ってませんよ。えへへ。
以下詳細。
●任務達成条件
・灰冠のNoël=Répliqueの撃破
●荒野
鉄帝と幻想領の境界近く。
遮蔽物は無く開けたロケーション。
但し、元々そこは小さな森でした。
Noël=Répliqueの枯渇能力により死に絶えた荒野と化しています。
●Noël=Réplique
今回の敵。灰冠の、はレオンが洒落気でつけた便宜識別名。
多次元型突発性枯渇現象、通称『Noël』。
現象型モンスターであり、本体が存在するとも。練達の研究対象。
みすぼらしい少女と、不気味なウサギで一セット。どちらも本体です。
枯渇の体現。魔性の影。触れた生命を圧倒的な威力で『枯渇』させ、自身を賦活する能力を持ち、大変危険です。動きはそう速くはありませんが、爆発的な行動力を発揮します。EXA、攻撃力、CT値が高いです。知性に関しては、比較的単純な為、そこに付け込む余地があるでしょう。
以下攻撃能力等詳細。
・朽木信仰(Noël中心に半径20Mに存在する対象は毎ターン窒息状態を付与されます)
・ヒダリテ(神至単・防無、HA回復、超威力、高CT)
・ウサギ(物至単・出血、流血、失血、大威力)
・枯渇抱擁(物至範・窒息・苦鳴・懊悩・魔凶・呪殺、大威力)
・EX 枯渇庭園(神特レ・超威力)
呪殺ダメージは攻撃処理時の最後に判定されます。
Hard以上はかなり頑張らないと普通に負けます。
以上、宜しければ御参加下さいませ。
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