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シナリオ詳細

Autophobia

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●大角羊の群れ
 それが街を襲ったのは、突然の事だった。精鋭兵の突進にも耐える城門が、一突きで打ち壊された。その正体を確認する間もなく、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。白い毛玉の塊が、街の大通りに張り出した露店を隅から隅まで薙ぎ倒し、中央の広場に向かって一直線に突撃する。家の中に逃げ込んで、人々は窓から襲撃者の正体を覗き込む。
 そこにいたのは巨大な角を持った羊の群れだった。興奮した群れは蹄を打ち鳴らしながら周囲を見渡し、動く影を見ればそこに向かって当てもなく突き進む。その度に家の外に置かれた看板や木桶がぶち壊れ、それが風に吹かれて転がるとまた興奮して走り回る。彼らの興奮は一向に収まらない。人々は外へ出る事すらままならなくなってしまった。
 再び広場に戻って来た羊達は、空を見上げてひたすら鳴き続ける。毛皮に包まれた身体をぎちぎちに寄せ合い、円を作って周囲を見渡している。
 恐々と見つめていたある男、ふと弱々しい鳴き声を聞いて窓の下に目を落とす。突進の時にはぐれたのか、一匹の羊がよろよろと歩いていた。その巨大な角も、その羊にとっては何の頼りにもならないらしい。声を震わせると、羊はそのまま小さく蹲ってしまった。
「……なんだ?」
 羊の群れは辺りを皆威嚇するように鳴き続けている。しかし、その声に応える事もなく、羊はその場で死んだように横たわってしまった。

●One for All, All for One.
「つまり羊さんが闘牛用の牡牛みたいに暴れ狂っているのです!」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は依頼書をじっと睨みつけた。
「情報をかき集めたのですが、どうやら近くで牧場から逃げ出した羊さんは居ないみたいです。今まさに街で暴れている羊さん達は、どこかの草原で暮らしていた羊さん、ということなのです」
 伝書バトが運んできた走り書きの依頼書が書かれた時点で、既に丸一日羊に封鎖されてしまった状態らしい。このままではいつ食糧が尽きるかわからない。追い払うにしろ討伐するにしろ、早めに羊を何とかするしかないのだ。
「また、誰かが言っていた情報によると、一匹になってしまった羊は急にしおしおになって動けなくなってしまったらしいです。仲間と合流したらまた元気になってしまったようなのですが……上手く羊を1匹に出来る状況を作れたら、少し楽に戦えるかもしれないのです」
 ユリーカはポケットから地図を取り出すと、傍のコルクボードに張り付けた。中央の広場を中心に、八本の大通りが放射状に伸び、そこから蜘蛛の巣のように小さな道が張り巡らされている。近年形成されたばかりの、最初から綺麗に設計された町並みだ。君達は集まるとその地図をじっと覗き込む。
 ユリーカは羽ペンで羊の顔を地図に書き込みながら、ちらりと君達に振り返った。
「ただ、作戦に集中しすぎて自分が孤立しないように注意してくださいね」

 群れれば最強、孤立すれば臆病。そんな羊の群れと渡り合う為、イレギュラーズの作戦会議が始まった。

GMコメント

●目標
 街を占拠している化けヒツジの群れを討伐する。
 以下の規定数を討伐した時点で終了となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 昼。城塞都市の中で戦闘を行います。広場や大通りは見通し良好ですが、裏路地は少し暗いかもしれません。
 また、裏路地で武器を振り回すと引っ掛かるかもしれません。注意してください。
 詳しい形状はOPを参照してください。

●敵
・化けヒツジ×30
 一般的なヒツジと同サイズですが、くるりとカールした立派な角を持ったヒツジです。
 頭から首にかけての骨は非常に頑丈で、集団による突進攻撃は破城鎚の一撃にも勝ります。
 混沌に脅かされた事で常に恐慌状態にあり、何かが動くと一斉に突撃を仕掛けてきます。
 孤立すると恐怖の余り萎れて戦意を失ってしまう様子。

→攻撃方法
 突進…前方へ移動しながらの攻撃。巻き込まれると弾き飛ばされます。
 つば攻撃…唾を吐きかけて攻撃します。直撃すると単独行動時に恐怖を感じるようになります。

→性向
 集団行動…常に方陣を組んで周囲を威嚇しています。
 反応…動くものに対して激しく反応します。



 影絵企我です。Autophobiaには孤独恐怖症など、様々な訳が当てられています。今回はそんな恐怖症を題材にしました。では、よろしくお願いします。

  • Autophobia完了
  • GM名影絵 企鵝
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年07月01日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
弓削 鶫(p3p002685)
Tender Hound
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)
トリックコントローラー

リプレイ

●突進する群れ
 乗合馬車から8人のイレギュラーズが外に降り立つ。ノリア・ソーリア(p3p000062)は草原にふわりと浮かび、透き通った尾を宙に波打たせながら城下町へと泳いでいく。
「相手が草食獣ならば、ぜんぜん怖くなんて、ありませんの」
 大通りの彼方に白い塊が見える。眼をぎらつかせた羊の群れだ。四つ足を踏ん張り、彼らは一斉に吼え合う。空気が震え、石畳に散らばる羊皮紙が宙に舞った。ノリアの身体は羊皮紙をするりとすり抜け、大通りを舞う。
「わたしの自慢の、長い尻尾で、踊るように、翻弄してみせますの!」
 彼女はその身体を空気に溶け込ませたまま、民家の中へと飛び込んだ。突然の出来事に、テーブルを囲んでカードゲームに興じていた4人の男女は跳び上がる。
「うわっ!」
「助けに、来ましたの。羊について、何かわかる事は、ありますの?」

 視界の端にちらりと見えた羊皮紙に狂乱し、羊の群れは一斉に突撃する。通りを端から端までぶち抜くと、再び広場の中央へと早足で帰還する。その猛然たる態度に、陰から様子を窺っていたルナール・グルナディエ(p3p002562)は溜め息をつく。
「羊ってもっと大人しい動物だと思っていたんだが。……この羊は俺の知ってる羊とは違うのかね」
 広場に戻ってきた羊は、再び方陣を組んで周囲を睨む。手帳を片手に、ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は頷いた。
「あれは断崖地帯に住むビッグホーンだ。慎重な気性には違いないが、あの大きな角を持ちながら断崖を飛び回る筋力だ。想像以上のパワーを秘めていると思うよ」
 また何かを見つけたのか、羊は一斉に何かに向かって走り出す。蹄が石畳を打つ地響きが遠く響いた。ウィリアムは顔を曇らせる。
「とはいえ、一人ずつでは非力でも、群れを成せば城門さえ崩すか……恐ろしいな」
「あの子たちもあの子たちでかわいそうね。安全な崖の上で穏やかに暮らしていたかったでしょうに」
 ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は唇を噛む。似たように狂気の症状を呈し、イレギュラーズの手によって葬り去られてきた獣達を、彼はしばらく目の当たりにしてきた。忸怩たる思いである。ウィリアムも同じだ。
「ああ、悲しいね。……こんな形でしか止められないなんて」
 羊の群れが見えなくなった隙に、二人はそろりと城下町へ足を踏み入れる。路地の影に身を隠しながら、ウィリアムはそっと小鳥を飛ばす。
(独りぼっちで眠るわけじゃないのが、少しは慰めになるだろうか)

 ルチア・アフラニア(p3p006865)は路地にその身を隠し、雀の目を借りて広場を見下ろす。群れ集まって吼える羊を見つめて、彼女は呆れたように肩を竦めた。
「さすがは混沌、と言うべきなのかしらね。羊の概念が変わりそうだわ」
 市街図を見つめ、彼女は指で道筋をなぞる。初撃を叩き込むに最も相応しい位置を探しながら、蜘蛛の巣状の路地を駆ける。チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)は刃の翼を折り畳み、その背中を追いかけた。
「今回の目的は羊の群れの討伐ね。殺害とは書いて無いわね?」
 ルチアに尋ねるチェルシー。脚を止めて路地の先を窺いつつ、ルチアは淡々と応える。
「獣を討伐するというなら、おおよそ殺す事になるんじゃないかしら」
「でも、殺すだけじゃ解決しない事の方が多いと思うわ。例えばこれが心因性の病気なら、殺さなくたって解決する方法はあると思うし」
 元はと言えば平穏に過ごしていたという羊の群れ。チェルシーはそれを手に掛けるという話を聞いただけで既に心が痛んでいた。どこか渋り気味の彼女に振り返り、ルチアは再び肩を縮めた。
「とりあえず、怪我はしないように頼むわ」

 ソア(p3p007025)と弓削 鶫(p3p002685)は、ルチアたちとは別の方角から広場を目指して路地をひた走っていた。太い尻尾をゆらりと揺らして、ソアは背後の鶫を振り返る。
「なー、羊はどんな感じだ?」
「少々お待ちを」
 鶫は片目を瞑る。空を舞う鷹の眼を借りて、明後日の方向へ駆け抜けていく羊の群れを捉えた。地面に転がった壺を踏み抜き、舞い上がった陶片を角で木っ端みじんにする。
「相変わらず凶暴に暴れているようですね。また何か壊しています」
「よーし。元気があるのはいい事だ」
 ソアは笑みを浮かべる。ソアは精霊、虎の精霊。羊がそこらに居るとなったら、もう食欲を抑えきれない。
「かわいそうだけれど、退治、退治だ。ふふー、今夜は街のみんなで焼き肉になるぞ」
 羊が三十匹。干し肉にしてやれば一か月くらいは優に持つ肉の量だ。彼女は涎を呑み込んだ。勇み足になるその背中を追い、鶫も頷く。
「やり過ぎた羊達には、相応の対価を支払って貰いましょう。その羊毛とお肉で……ね」
 鶫は路地の影に張り付く。鷹を飛ばすと、広場を臨む役場の中、二階の窓からノリアが手を振ってきた。既に準備は万端だ。鶫はソアに目配せする。ソアはこくりと頷くと、両手を胸の前に掲げ、その手の間に生み出した光をこねくり回す。やがて光は膨らみ、道化の格好をした人間へと姿を変える。
「よし、ボクも準備は万端だぞ」
 空高くに円を描く鷹。家の屋根に留まった雀はそんな鷹をじっと見ていた。合図を受け取ったルチアは、十字架を握りしめて右手を掲げる。
「なら、まずは開戦の合図と行こうかしら」
 十字架が白熱した瞬間、赤砂の混じる熱風が路地に巻き起こった。周囲のごみも浚いながら、風は周囲を睥睨する羊の群れへと襲い掛かった。不意打ちを受けた羊の群れは、思わず身を縮める。
「ほーらこっち! こっちだぞー!」
 ソアの声で叫びながら、道化師の幻影が群れの周りを跳ね回る。眼を血走らせた羊の群れは一斉に幻影を振り返った。前脚を踏ん張り、角を影へと向ける。
「さあ羊さん、こっちに来るんですの」
 刹那、道化師の幻影は消え去り、その奥にノリアが姿を現した。羊の群れは次々に蹄を打ち鳴らしながら走りだす。ノリアを狙って、風を轟々切りながら押し寄せる。風の精霊達をふわりと周囲に浮かべ、ジルは物陰から群れの突進を覗き込む。その手には弾き慣れたバイオリンが構えられていた。
「さ、アンタの歌声で纏めて魅了してあげなさいな♪ いらっしゃい、ディーちゃん!」
 軽く弦を震わせると、青い光を纏った精霊が姿を現す。精霊は滑るように宙へと泳いでいく。その姿を目で追いながら、チェルシーも通りの脇へと一歩進み出る。
「待っていなさい。今助けてあげるわ」
 精霊とチェルシーは甲高い歌声で周囲の空気を震わせる。さらにウィリアムが道に身を乗り出し、弾ける稲妻を叩き込んだ。立て続けの攻撃に、羊の群れは思わず足を止めて仰け反る。
「こっちですの。眼を逸らしてはいけませんのよ」
 宙に浮き、その尾のシルエットを自在に変化させながら、水面を泳ぐ疑似餌のようにノリアは羊の頭上で躍った。羊は再び鼻を鳴らすと、ノリアに向かって次々にツバを吐きかけた。顔面に一撃貰ったノリア。真っ青になって顔を拭う。
「いきなりひどいですの。う、口にツバが……」
 ふと、ノリアの全身の力が抜ける。下で吼える群れに睨まれた瞬間、喩えようもない恐怖が彼女を襲う。このまま一人でここにいては食べられてしまうのではないかという恐怖。感情のコントロールが出来ない。震え上がった彼女は、ふらふらとその場を漂う。
「い、いけませんの。早くここから逃げないと……」
 羊の一体が後脚で立って角を振り回す。直撃を貰ったノリアは通りの向こうへと吹っ飛んだ。群れは角を打ち鳴らしながら、再びノリアへと押し寄せる。屋根の上で巨大な砲身を構えていた鶫は、思わず顔を顰めた。
「……これはいけませんね」
 鮮血の色を帯びた光線を群れの中へと放つ。直撃を受けた数匹の羊が悲鳴と共に吹き飛んだ。鶫も屋根から飛び出た。ノリアの正面へ降り立ち、魔力を帯びた眼光で目の前の羊を睨みつける。
 一匹の羊が路地の奥へと逸れていったが、変わらず羊はノリア達に向かって突き進む。
「そうはさせないぞ!」
 ソアは爪に稲妻を纏わせると、群れの脇へと飛び出し羊の脇腹を薙ぎ払う。反対側からはルナールも突進し、短槍を振るって羊の腹へと狙いを定める。
 稲妻が走ろうと、刃が深々刺さろうと、群れは突進した。正面から直撃を受けたノリアも鶫も、脇から襲い掛かったソアもルナールも巻き込まれ、角の先で何度も弄ばれながら通りの端まで吹き飛ばされる。
 壁に叩きつけられたソアと鶫。全身にパンドラの力を流してどうにか立ち上がる。
「……手酷くやられましたね」
「いってぇー! マジかよ!」
 どうにか受け身を取って立ち上がるルナール。揺すぶられた頭がくらくらとなる。彼は顔を顰めて槍を握り直した。
「やれやれ、ちょっと掠っただけでもうこれほどのダメージ……正面突破は厳しいか」
「来てる! 退避退避!」
 蹄を打ち鳴らす群れ。3人はノリアを抱え上げ、慌ただしく路地の奥へと引っ込んだ。地図を片手に駆け込んできたルチアが、十字架から溢れる光をノリアへと当てる。
「大丈夫かしら?」
「何とか……あのツバを顔に受けるのは良くないですの。皆さんも気を付けて」
「そもそも、あの群れを一塊にしたまま戦うのは中々厳しい気がするわね。何とか分断できないかしら」
 道の脇に転がる仲間の死体すら放置して、羊は広場へと戻っていく。その背中をこっそり眺めたソアは、再び幻影のピエロを作り出す。
「よし……じゃあルチアさん、雀を向こうの通りに飛ばしてよ!」
「ええ、任せなさい」
 雀はぱたぱたと飛び回り、羊の目の前でその姿をちらつかせる。ついでにソアの放った幻影が、反対側で跳ね回った。
 二手に分かれて吼える群れ。半分ほどに分かれて、群れは東西の通りへ突撃した。ジルとチェルシーは影から身を乗り出し、光や衝撃波を放って路地の奥へと羊を一匹一匹吹き飛ばしていく。吹き飛ばされた羊は、そのまま戻ってこなかった。
 小さくなっていく群れ。ウィリアムは再び群れの真ん中へ爆ぜる雷を放り込む。怯んだところへルナールが飛び込み、古代の一文字を羊の一体へ刻み付けた。
「燃費が悪いし、長期戦は好みじゃないんだ。このまま一気に決めさせて貰う」
 数匹まで減った群れ、僅かに怖気づいて後退る。ふしぎな貝殻を握りしめたノリアが、そんな群れの目の前に飛び出す。
「さっきはよくもやってくれましたわね。逃がしませんのよ」
 身体に溜め込んだ海水を、その掌から羊に向かって解き放つ。放たれた水は、正面の羊を押し流してしまった。

 かくして誘導と分断を繰り返し、イレギュラーズは羊の群れを一匹一匹殲滅していった。群れの突進は強烈でも、数匹ずつを相手にするだけなら別段困難は無かった。

「エモいわね……」
 チェルシーは路地の中で縮こまった羊を見下ろす。群れから切り離された羊は、今にも死にそうな体で横たわっていた。その姿に己の過去を思い出しつつ、彼女はそっと跪く。家畜の羊とは違う、ごわごわした手触りの体毛。背中にそっと手を当てて、チェルシーはそっと目を閉じた。
「……あなたはこんな所で死んでしまうの? 本当にそれでいいの?」
 耳元で蠱惑的な声色を発するチェルシー。羊の意志を読み解こうと深く念じてみるが、霧の中を歩くかのように、ただ混濁した感覚が伝わってくるだけである。
「ねえ、しゃんとしなさいよ」
 チェルシーはその腹を撫でるが、やがて羊は冷たくなっていった。瞳孔も開き、濁っていく。彼女は思わず嘆息した。
「そんな……」
 孤独な羊を救えなかった。うなだれる彼女の傍に、ルチアが歩み寄る。
「何をしてるの?」
「見たらわかるでしょう。羊を看取ったのよ。……本当は介抱するつもりだったけど」
 チェルシーはひっそりと祈りを捧げて立ち上がる。
「声をかけて何とかなる病気ではないのよ、きっと。残念でしょうけど」
 肩を竦めると、チェルシーは踵を返して路地を後にした。

 広場に引きずり出された羊の死体。ぐるりと見渡して、ルナールは溜め息をつく。
「どうにか片付いたか……」
 街を破壊して回った羊の群れ。生きている間は脅威そのものだったが、いざ倒してみればただの死んだ獲物の塊である。
(……こんだけあれば、腹一杯に焼き肉が食えるな)
 ぼんやりそんな事を思った時、ジルがふらりとやってくる。
「死体を全部外まで運ぶんだけど、手伝ってくれないかしら?」
「……構わないが、どうした。ここに置いておくんじゃダメなのか」
 顔を曇らせるジル。煙管を取り出しながらルナールは首を傾げた。
「ええ、この子達の病気の事を考えるとね」

●伝染する狂気
 街の外に集められた羊の亡骸。草原の上に並べ、ジルとウィリアムはその間を練り歩いていた。ウィリアムは一体の傍にそっと屈み、その太ももをじっと見つめる。獣に噛まれた痕が腐って爛れていた。
「今回もまた、同じように噛み痕があるね……」
「ええ。同じ動物に噛まれたんでしょうけど、動物によって症状が違うのよね。今回に至っては、これだけの数の群れが一度におかしくなってるし」
 ジルも隣の死体を見つめる。片側には傷がない。死体を両手で抱えると、彼は羊をひっくり返した。毛皮を撫でながら、前脚の間や股座までじっと覗き込む。ジルはふと怪訝な顔をした。
「……おかしいわね」
「どうしたんだい?」
 ウィリアムが首を傾げると、ジルは立ち上がって足下の亡骸を指差す。
「無いのよ、この子には噛み痕が」
「何だって? それじゃあ……」
 深刻に顔を曇らせる二人。そこへ、煙管を咥えたルナールがやってきた。紫煙をふっと吐き出し、彼は顔を顰める。
「ふーん? 要するにこいつらは何かの病気で、それがいよいよ伝染り始めたって事か?」
「ええ、そんなところよ。最近この辺で似たような件が多いのよね……」
 ずらりと並ぶ死体を見つめ、ルナールは眉根を寄せた。二人が死体を外まで持ち運ばせた理由に、ようやく思い至った。
「あー、うん。病気持ちの化け羊ってわけだ。コイツは堪らんな」
 彼は頭を振ると、煙を深々吸い込みながらその場を後にする。食べられるんじゃないかとも期待したが、そんな雑念はすっかり引っ込んでしまった。
 ルナールの背中を見送りつつ、ウィリアムはジルの眼を見上げる。
「いよいよひどくなってきたね。……元凶は一体どこにいるのかな」
「犬歯の鋭い噛み痕よ。きっと同じように病気に苦しんでいる獣がどこかにいる……そんな気がしているわ」
 深刻な顔をする二人。ソアはそんな二人の元へとふらふらとやってくる。尻尾がくるりと丸まり、耳も力が抜けて垂れている。
「なーなー。まだ何か調べてるのか? さっさと焼肉にしようぜー」
「いや。この羊達はこのまま火葬にするよ。食肉にはしない」
「えー。こんなにたくさんあるのに? もったいないじゃないか!」
 ソアは眼を真ん丸にして叫ぶ。お預けを喰らい続けた食いしん坊、もうお腹がぐるぐるとなっていた。彼女は空を仰いで嘆息する。
「ああ、ステーキ、ソーセージ、シチュー、香草詰め、ミートパイ、丸焼き……じゅるり」
「ごめんなさいね。でも、この子達を食べたら病気になってしまうかもしれないのよ」
 眼を潤ませてソアは唸った。その隣で鶫も仏頂面のまま腕組みした。
「ふむ……今回城下に出た被害は少なくありません。せめてこれを食糧として利用すれば、せめてもの補填になるかと思ったのですが」
 脳裏を過ぎるのは、ツバを喰らってふらふら漂うノリアの姿。目の前に群れが迫ってきても、彼女は身動き一つとれなかった。
「我々イレギュラーズですら身体に悪影響を及ぼすほどです。これが常人を侵せばどうなるかは想像に難くありませ――」
「あー、お腹空いたよー……」
 しかしソアには関係ない。そこへふわふわとノリアがやってくる。草を蹴りつけるソアの肩をそっと叩き、小さく微笑んで見せた。
「ギルドの酒場に戻ればたくさんお料理が用意されているはずですの。せっかくですし、皆で集まって会食するというのはどうですの?」
「賛成! そうとなったら早く帰ろう!」
 ソアは眼を輝かせて頷いた。尻尾をゆらゆらさせながら足取り軽く駆けていく。鶫とノリアは顔を見合わせ、その後を追いかけた。

「随分と元気ね、あの人達」
 そんな彼らを遠巻きに見つめて、ルチアは手にした小さな本をぱらりと捲る。その隣に立つチェルシーは気だるげに溜め息をついた。
「群れから切り離されて独りで死んで……そして最後は火葬だなんて」
 ジルやウィリアムから説明は聞かされたが、チェルシーは中々納得できずにいた。ルチアはそんな彼女をちらりと見遣る。
「仕方ないわよ。病は恐ろしいものだから。偉大なるペリクレスも、結局は病によって死んでしまったんだもの」
「ペリクレス?」
 聞きなれない単語。思わず振り返るが、ルチアは再び本に目を戻していた。
「こっちの話よ」

 かくして、城下町を騒がせた羊の襲撃は幕を閉じたのである。



 おわり

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
羊と言えばジンギスカンですね。私にとってはなじみの深い食べ物です。

またご縁がありましたら、よろしくお願いします。

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