シナリオ詳細
けぶる雨に打たれて
オープニング
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――そぼ降る雨のなか立ち続けた。来るはずのない相手を待って。
「叶わぬ恋に思い焦がれ、待って、待って、待ち続けて……ついにその人は花になってしまったのでございます。梅雨の雨に打たれて咲く花に」
『人待ち花』は七つの色をつける可憐な紫陽花の中にあって、ひっそりと一輪だけ咲いているという。雨に溶けて消えてしまいそうな、儚く淡い色の花弁をしている花だ。
『人待ち花』を見つけたならば、去ってしまった恋人の代わりに言葉をかけてやるといい。
かけてやった言葉に応じて、『人待ち花』の花弁は色も形も様々に変化する。時には空を向いて夕焼けを呼び、時には地を向いて雷雨を呼ぶ。そうして、待ち続けるこをやめ、そっと消えていくのだ。ひとつ、実を残して。
「なんともロマンチックな話でございますねぇ」
独りごちるように言って、ローレット競技場の管理運営責任者であるダンプPは胸の前で指を組み合わせた。
「どうでしょう、みなさん。傘をさして花咲く道をお散歩したいと思いませんか?」
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雨の日。ダンプPに連れられて、やって来たのはとある植物園。
今の時期、広大な敷地の一角にはけぶる雨に打たれて紫陽花が咲き乱れており、幻想的な雰囲気を作りだしていた。
「一角といっても大変広くなっております。『人待ち花』が見つからなくてもがっかりしないでくださいませ。あ、そうそう。温室に併設されている喫茶店で、紫陽花にちなんだお茶やケーキが食べられますよ。ご依頼主、この植物園の管理人さんの好意で無料になっております!」
鉄玉子男の横にいつの間にか影の薄い男か立っていた。
どうやらこの人が依頼主らしい。
雨が続いて誰も訪れなくなった庭で、けなげに咲く紫陽花たちが可哀想だから見に来てほしい。それが依頼の内容だった。そのとき、さもついでと言った感じで、『人待ち花』という珍しい花のエピソードをダンプPに話して聞かせたらしい。
「いえ、本当についででして……。『人待ち花』はわたし自身、見たことがないのですよ。実在しているらしいのですが。もしも見つけたら、是非、声をかけてあげてください」
もちろん、ただ紫陽花や温室で他の花々を愛でるだけでもいい。喫茶店でお茶を飲んで過ごすだけでもいい。
「要はアレでございます。一日、ここで過ごしてくれればお花さんたちが喜ぶってことでございます」
でも、こんなところに植物園なんてあったっけ?
- けぶる雨に打たれて完了
- GM名そうすけ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年06月22日 22時35分
- 参加人数14/30人
- 相談4日
- 参加費50RC
参加者 : 14 人
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参加者一覧(14人)
リプレイ
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藤野 蛍は傘をかたむけた。
「雨濡れの紫陽花を見放題なんてむしろご褒美よね! ほら見て、雨露でこんなにしっとり輝いて……」
けぶる雨に溶けてにじむ紫陽花へ顔を寄せる。片手に握った細い指がぴくりと震えた。
「ごめん。濡れた?」
あわてて桜咲 珠緒を引き寄せる。
「ふふ、大丈夫です。でも、しっかり引き寄せてくださいね」
蛍はもう一度、ごめん、と謝った。
身を寄せ合うと半袖の腕と腕が触れ合った。
「こんな贅沢な時間を珠緒さんと過ごせるなんて、ラッキーだわ。ゆっくり回りましょう」
紫陽花の小道をふたりで歩く。
「そういえば『人待ち花』だっけ。切ないお話ね……」
「ええ」
「ボクにはかけてあげられる言葉が見つからないかも。もし見つけたら――」
レインシューズのつま先を、雨蛙が、ぴょんぴょんと、右から左へ跳ねていった。
「あ、この花って……?」
雨蛙が飛び込んだ先に、不思議な形と色をした花が一輪、咲いていた。
珠緒は蛍に小さくうなずきかけ、膝を折った。
「お待たせいたしました。ようやく、お会いできましたね。お話を伺ってから随分とかかってしまい、申し訳なく思います」
朝雲暮雨、と珠緒は四字熟語を口にした。
「あなたの思い人は雨のとなって、戻ってきていたのですよ。私たちはそれを伝えに参りました」
人待ち花が光る。直後、静かに消え、滴の形をした実を地に残した。
「なんだか雨が嬉し涙に見えてきちゃった」
蛍は透明の傘越しに空を見上げた。
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ポムグラニットは傘をささなかった。紫陽花たちも雨に濡れているのだから、自分も平気。雨は嫌いじゃない。とくにこんなふうに優しく降る雨は。
紫陽花の小道はしばらく直線だったが、途中から坂道に変わった。
手毬盛りになった紫陽花の一団を七度曲がった後、ポムグラニットはようやく探していた花に出会えた。
こんにちは、と植物にだけ解る言葉で語り掛ける。
「ひとがおはなになってしまうなんて、ふしぎなおはなし。でも、わたしはおはなからひとになったから、ぎゃくぱたーんがあってもおかしくないのかも?」
まるで笑ったかのように、人待ち花がやさしく揺れた。
「ふふ らいねんまた あいましょうね」
レミア・イーリアスは考え事にふけりながら、傘の柄を少女のように両手でまわした。
くるくるくる、回る傘の先から滴が飛んでいく。
レミアの目の前に、透き通る花弁にほんのりと藍色をにじませた人待ち花があった。
人間の恋について少し考える。
死ぬまで待ち続けて化生したこの花と、惚れた相手――自分に食われて憑りついた吟遊詩人。
己の命を懸けて思いを貫き通す。人とは異なる時間を生きるレミアには、いまひとつピンとこない。だが、彼女たちが抱き放つ情熱そのものには、少し惹かれるものがあるのは確かだ。
レミアは傘を回す手を止めた。ふっと息を吐いて微笑む。
「あなた……執念深いのね……」
それは称賛の言葉。
奥州 一悟は、雨に打たれて揺れる人待ち花にビニール傘を差し出した。
つっと、花が上を向く。
綺麗な花だ。生前の姿もさぞ美しかったに違いない。
可哀想に――。
自分にはまだ恋人はいない。でも、自分なら絶対に、どんな理由があったとしても、一度は惚れた女にこんな仕打ちはしない。
「よう、アンタに伝言だ……さよなら、だとさ」
優しい嘘だった。
寂しげに花弁を震わせると、人待ち花は再びうつむいた。涙をこぼすように雨の滴をぽとりと落とす。
「あんたは誰かさんにはもったいねぇ。なあ、こんどオレとデートしようぜ」
――あ、いま、笑った?
人待ち花は花弁を薄く朱に染め、雨に透けて消えた。
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アルメリア・イーグルトンはガラスの壁へ目を向けた。紫陽花たちが、全身を露にぬらして微かにゆれている。
アルメリアの目には紫陽花たちが嬉しそうに映った。ガラス越しに微かに聞こえる雨音さえ、紫陽花を祝福しているかのように聞こえた。
ねえ、とフラン・ヴィラネルに声をかけられて、顔をテーブルに戻す。
「植物には雨が大事だけど、雨が続くと気分も下がるよねー。気分転換に、喫茶店で紫陽花ケーキとお茶をゆったり堪能するよ!」
すでにテーブルの上は紫陽花を模した菓子や飲み物いっぱいだ。
「そうね。紫陽花にちなんだお茶やケーキ、存分に堪能させてもらいましょう!」
アルメリアが乾杯の音頭を取り、グラスやカップの縁が軽く触れ合う音が店内に響く。
さっそく、気兼ねのないおしゃべりが始まった。
「そうなの。フランとは同郷なのよ。習得している魔法も癒術系で、召喚された時期もほとんど同時。偶然ね」
イレギュラーズは様々な世界からやってくる。同郷というのはかなり確率が低い。
「ほんと、びっくりだわ。ところでフランが抱きかかえているそのアザラシ、アザラシじゃなくてディープブルーよね……」
「ワモンさんだよ」
フランはワモン・C・デルモンテをギュッと抱きしめた。
「あーーこのひんやりもっちりが堪らない。あーーーー」
もちもちもち……。フランだけでなく、もちられているワモンも気持ちよさそうに目を細める。
「と、気持ちよくもふられてる場合じゃねぇ。お菓子が来たら自己紹介しとくかな!」
ワモンはフランに抱かれたまま、前足をぴっと伸ばした。
「オイラはワモン! 好きなものはイカとアジで、得意なことは素潜りだぜ! 素潜りワモンたぁオイラのことよ!」
ここで一同から称賛の声と拍手が上がった。まあまあ、と前足を上下に振って場を静める。ちなみに彼がいつも持ち歩いている固くて大きな武器は、喫茶店の隅だ。ガラス越しに見える紫陽花との対比がなかなか面白い。
「これから暑くなってくるし、今度はみんなで泳ぎにもいきてーよな!」
いいね、と返しがあったところで、紫陽花のパンナコッタにスプーンを入れながら、この夏のバカンスについて盛り上がた。
「そういえば最近随分新しい人が増えたよねー。つまり、あたし達も先輩になってきたってことだねアルちゃん!」
「そうね、私もフランもいつの間にか後輩とかでき始めたのね。ちょっと感慨深いわ」
なんでも聞いてね、とふたりは胸を張った。
シャルティエ・F・クラリウスは紫陽花のパフェに手を伸ばした。
「ふふ、では先輩のフランさん。美味しいパン屋さんを教えてください」
「任せてー。あとのんびりできる場所とか教えてあげるー!」
ネーヴェはみんなの話を聞きながら、ブルーティーが入ったカップを両手で抱え持った。少し冷たくなった指に温もりが戻ったところで、レモンシロップを一滴カップに入れる。
「わあ、なんてキレイ……」
入れたとたん色が変化して、青から紫になっていく。夕暮れ時のような繊細な変化にネーヴェはうっとりとした。
ワモンとシャルティエが覗き込む。
「癒されますね。貴族の方を暗殺者や襲撃者からお守りする依頼とか……大変な依頼ばかりをで……あ、でも、騎士としてもイレギュラーズとしても、良い経験になったので!」
慌てるシャルティエが好ましく、テーブルを微笑みが囲う。
「そうだ。帰ったら七色に移ろう紫陽花をモチーフに刺繍をしましょう」
もちろん、みんなの笑顔も入れて。
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人待ち花は薄い光にくるまれ、暗く煙っていた。
じっと見下ろし、ルフト=Y=アルゼンタムは物思いに沈む。
(「あぁ、そういうことか。俺にも焦がれる想いがあるみたいだ。それが何かはわからないが、叶わないと心の何処かで思っているのかもしれないな……」)
思い至るとともに、口から吐息が漏れた。ガラスの壁に移る自分の姿が雨滴に滲んで波打っている。まるで泣いているみたいだ……。
ルフトは足元に目を戻した。
「一途に想い続けた君は素敵で、何よりその想いがとても綺麗だと思う。……そろそろ想いを届けに行かないか?」
応援している、叶えてしまえ。幸せになってくれ。
――貴方も。
はらはらと花弁を落す人待ち花に、そういわれたような気がした。
リースリット・エウリア・ファーレルは賑やかなテーブル越しに、雨に塗れる紫陽花を眺めて過ごしていた。コポコポと音を立てるサイフォンと雨音が眠気を誘う。
人待ち花との邂逅を思い出しながら、胸に下げた母の形見に触れた。
(「彼女――は、今でも待ち続けているのだろうか……」)
「どうぞ」
紫陽花のケーキと珈琲がカウンタに置かれると同時に、カラン、とベルが鳴った。
入口へ目をやると、着物姿の黒髪長髪な大和撫子――あんな子、いたかしら。ダンプPの影にいた?――がルフトをタオルで拭いているところだった。
「貴方は……確か、そう。ルフトさん。お久しぶりですね」
隣の席を引いて誘う。
「見つかりました?」
「ええ。……マスター、伝言を預かってきました。『貴方も、幸せになって』と」
自分に向けられた言葉だが、思い人に向けたものともルフトは思えた。だから伝えた。
リースリットは息を飲んだ。
そこにマスターの姿はなく、いつの間にかダンプPがいたから。
「ご伝言賜りましてございます。さあ、そろそろ閉館の時間でございますよ」
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雨の日だからこそ、ジェラルド・ジェンキンス・ネフェルタはいつもよりファッションに力を入れた。濡れても目立たない黒をベースに、ワンポイントで胸元にピンクのスカーフ。人待ち花、レディの前に立つに相応しい装いだ。
ジェラルドは黒の中折れ帽を一瞬、軽く持ち上げた。
「人待ち花……か。待ち人はいつまでも来ないのに、ずっと待って……あぁ、俺みたいなやつだな」
ふっと、自傷気味に笑う。
「俺は助けて貰ったこの命を、まだ存分に使えていない。この命を返さなきゃならないんだ」
だから俺は探すよ。
だからお前も、楽になれよ。
「そこに根を張って待つのはもう充分堪能したろ?」
ジェラルドは花弁が吹く風を捉え、雨の中を飛んでいくのを見届けた。
「Pi~?(あれぇ?)」
雨を全身に受けて楽しんでいたミドリは、目の前を飛んでいく薄紫の花弁を目で追った。
「PiPiPi~?(どこいくの~)」
てってこ、てってこ、水たまりでピッチ、ピッチ……。
「Pi、PiPiPi?(きみ、何をしているの?)」
人待ち花を見つけて話しかける。
「Pi~?(濡れてるよ?)」
あ、ぼくもだね、と笑いかけた。
「Pi!PiPiPi!(ぼく、ミドリ) PiPi?(きみの名前は?)」
ミドリの問いかけに、人待ち花は少し困ったように花を傾けた。
「PiPi、PiPi~?(ぼくもここで待っていていい?) 」
お尻が濡れるのも構わずサラの横にちょこんと座り、蜜を差し出した。
――と、ミドリに影が覆いかぶさった。
ダンプPは白い髑髏を人待ち花の横に置いた。
「人待ち花が待っておられた方でございます」
雲が流れ、雨が上がり、空に虹が出た。
「PiPiPiPi~(よかったね~)」
ミドリの笑顔に長年の悲しみと後悔が解かされたのか、人待ち花と髑髏は静かに崩れて消えた。あとに種一つ残して。
「風邪をひいてしまいますよ。さあ、帰りましょう」
虹の下、何万株もの紫陽花がどこまでも続く。
そこに、植物園の温室や喫茶店は見当たらなかった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
みなさんのおかげで素敵な結末なりました。
待っていたのは依頼者の方だったかもしれませんね。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
●依頼内容
・雨の日の植物園で、思い思いに過ごす。
●書式(ご協力お願いします)
一行目、同行者または【グループ名】。
ひとりの場合は1人と書いてください。
二行目、何をするか、以下の中から選んでください。
・『人待ち花』に声をかける(探さなくても見つけたことになります)
・紫陽花や庭園を見て回る。
・温室の花を見る
・喫茶店で過ごす
・その他
●その他
ダンプPがウロウロしていますが、無視してくださって結構です。
声をかけられれば喜んで同行いたします。
依頼人は喫茶店にいます。なぜなら植物園の管理人であり喫茶店のマスターでもあるからです。
よろしければご参加くださいませ。お待ちしております。
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