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シナリオ詳細

Detective eyes

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 愛する者たちよ。剣を持ちなさい。
 あなたがたに選択は委ねられる。
 わたしは来るものを決して追い返さず、あなたがたの勇気に敬意を示すでしょう。

             ――カヌレの福音書 3章1節


「死者が神に追われて、追い返されちゃ俗世で惑うのみ――なんてのはあんまりだろ」
 湿気た煙草を指先で弄りながらサントノーレ・パンデピスはそう言った。天義が聖都フォン・ルーベルグの片隅に或る小さな酒場はサントノーレにとっては慣れ親しんだ場所であった。
 質の悪い安酒を手元で遊ぶ彼の隣では包帯をその身に巻き付けて蒼褪めた顔で椅子に深く腰掛けるイル・フロッタの姿がある。
 普段ならば桃色の瞳を輝かせ、特異運命座標に語り掛ける彼女は意気消沈とした面差しだ。
「イルちゃん」
 呼べど、イルの反応はない。
「おい、イルってば」
 僅かに苛立ったようなサントノーレの言葉に慌て顔を上げたイルは蚊の鳴くような声ですまないとだけ返した。
「……あの、サントノーレ。せんぱ――リンツァトルテ・コンフィズリー卿は」
「先の戦いで姿を消しちまったって話だ。ローレットの報告書にそう書いてンだから疑う余地もないだろ。
 それとも、『ローレットの勇者が俺達に嘘をついてる』とか思ってんのか? お国の上層部が『そう』であるように」
 サントノーレの厳しい言葉にイルが唇を噛み締める。
 騎士教育を受けているサントノーレとイルもある程度ならばこの国の理に理解と知識がある。

 ――魂とは命のランタンに乗り、冥府にて天秤の裁きを受けるべく運ばれていく――

 ……それが事実であるかは知らないのだが、死することを神の御迎えだと称するのはそう言った理由があるのだとか。
 幼き日、イルが涙ながらに母の死を悔やんだ時、彼女の父も『母様の魂はランタンで運ばれて冥府の神の許へ行くのだよ』と。
 それが、今になって噂として出回っている。それも上位の聖職者の中でだ。
「『一部の聖職者が愚か者の誘いに屈し、勇者たるローレットまでを利用し、我が国の顛覆を狙っている』だと」
「……『ロストレインの不正義』か。何だ、まるで――」
 まるで、コンフィズリーの不正義、のようではないか。
 イルの、唇が戦慄いた。
 ロストレイン。
 ――ジルド・C・ロストレインとジャンヌ・C・ロストレイン。
 守護騎士と神に愛された聖女の反逆。
 イルもサントノーレも『反逆の聖女』の事は知っている。アマリリスという名で活動していたローレットの少女だ。
「……一夜にして村が燃え消えるように、お家の没落なんてこの国では容易なのだな」
 イルが目を伏せる。憧れた先輩の突如の失踪に、親愛なるローレットから出た反逆者。
 神を信じ、神が為に刃を振るう正義は余りに脆い。
 国家の在り方全てが変わってしまいそうな月のない夜。
 その夜に――サントノーレはイルに勇者たちの許へ行こうと声をかけた。
「イル、俺は我儘で気侭で、それでもって、莫迦な男だから騎士団に入れなかったんだ」
「……それで?」
「真面目なリンツァトルテが騎士になって、不真面目な俺が慣れないなんて当たり前だろ。
 けど、こうなった時に正義ってなんだろなって悩むのさ。
 罪なき命を神が御心が為に断罪することか?
 罪なき人を神が御心が為に否定することか?
 ――正義なんて目に見えないもの、拘り過ぎるもんじゃないさ」
 正義に誰よりも視野狭窄であった彼に何があったのかをサントノーレは知らない。
 コンフィズリーの不正義なんて言われても『知りたくもなかった』。そんな国が決めた勝手な思想で友人を色眼鏡で見たくなかったからだ。
 酒場の扉を開く。嗚呼、雲が厚く被さり月明りさえ差しやしない。
「イル」
 サントノーレが振り返る。
「神様って、居ると思うか?」
 ――そんな、狡い言葉に応えられるはずがないではないか。


 その日のローレットはしんと静まり返っていた。夏が近づいた事もあるのだろう汗の掻いたグラスがテーブルの上に放置されている。
 一口も口を付けない儘のアイスティを眺めていたイル・フロッタは『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の不安げな表情に生気のない笑みを溢した。
 月光人形を追い掛ければその先には必ず黒衣の占い師が居るというのはサントノーレと特異運命座標が協力して得た情報だ。
 それ以上に、先の聖都での戦いでは得た情報が多かった。
 アストリア枢機卿が魔種であるという事。王宮執政官エルベルト・アブレウが黒幕であろうという事。
 只、この情報は其々が個別で存在している点に過ぎない。無論、直情的なイルであれば「二人が結託してるのだ!」と言いたいところなのだが、そのように発言して触れ回れば断罪は免れぬだろう。
「想像の上ならば何とでも言えるのです。だから、困った顔をしてるですよね、サントノーレさん」
「まあね」
 法王や騎士団長が動き出したとユリーカが告げればサントノーレは「それはまた」と肩を竦めた。
「けど、表立って何かするわけにはいかないからローレット、なんだろ。御宅は中立だからね、頼まれた仕事は断れない」
「なのです。だから、危険と知りながら皆さんを死地に送り出す。……ボクだって、怖いですよ」
 普段は快活なユリーカの表情に曇りが出た。これは聖都中心部へ潜入し、そしてより多くの情報を収集しろというオーダーだ。
 サントノーレとイルが手引きし、二人と協力して『国家転覆を狙う魔の手』の存在を明るみに出さねばならないのだ。
 魔種ロストレインの行方。
 黒衣の占い師とは。
 王宮執政官と枢機卿の繋がり。
 そして――そして、聖都に潜む魔種や月光人形の足取り。
 全てを集約するのは難しい。どの情報に重点を置くかが鍵となるだろう。
「実際には何をすればいいのですか」
「……俺が分かると思う?」
「頼りにならない探偵なのです」
 む、と頬を膨らませたユリーカにサントノーレが肩を竦める。
 彼と、イルの中では行方知れずのリンツァトルテ・コンフィズリーの安否が一番気になって居るのだろう。友人であるサントノーレもそうだが、憧れの先輩だと慕うイルにとっては彼の凶報はどれ程までに不安を煽った事だろう。
「魔種のできる限りの情報、それから、天義上層部の様子の確認。
 ……魔種『ロストレイン』の行方と、黒衣の占い師、月光人形の足取りを探すのです」
 危険か、とユリーカは『わざと』聞いた。
「危険だろ。動きによっちゃ断罪される」
 リスクを承知で来て欲しい、とサントノーレは誘った。
 無論、イルと自分の二人だけで事を起こせば無事には済まない。
 魔種絡みならばローレットの勇者を、と。サントノーレは帽子を取り頭を下げた。
「助けてくれ、特異運命座標。
 ……明るい月の光が眩すぎて、隠れたものを見失わないように。
 俺達も頑張る。だから――、だから、君達の力が必要なんだ」

GMコメント

 夏あかねです。
 月明かりに隠された『情報』を探りに行きましょう。
 当依頼は『潜入』『情報収集』『偵察』と魔窟を探り、敵陣に打撃を加えるための重要なシナリオです。
 それ故に危険は付きまといますのでご注意ください。

●目的
 当依頼では情報収集が必要となります。
 また、索敵や『討伐』もオーダーの一覧にあります。
 簡単に言ってしまうと以下の中から2点の情報の『核』を掴めれば成功です。
(情報収集の難易度が高い順に記します)

 ・枢機卿と王宮執政官の繋がり
 ・黒衣の占い師情報
 ・聖都中心部での聖職者の動き
 ・魔種『聖職者ヴァランタン』(当依頼エネミー)の討伐
 ・魔種ロストレインの動き
 ・魔種『騎士少女エルザ』(当依頼エネミー)の討伐
 ・その他魔種の動き(<クレール・ドゥ・リュヌ>で取り逃がした魔種等)
 ・当依頼登場月光人形の討伐(10名程度)
 ・その他月光人形の足取り(<クレール・ドゥ・リュヌ>での足取り及び増加傾向にある月光人形の傾向など)
 ※そのほか気になる点などピンポイントに指定して『これ!』という案も行動することができます。
 ※プレイング冒頭に【】で括ってご提案ください。

●作戦
 月が雲に隠された暗い夜。聖都は月光人形の騒ぎの関係か何時もより人が少なく騎士団の動きが多く見られます。
 騎士団に関してはレオパル・法王派か、それとも『アストリア』や『アブレウ』派であるかの見分けをつけることはできません。
 地図、聖都に或る程度地の利のある騎士見習いのイルと探偵のサントノーレが居る為にそれなりに施設や石碑等は事前調べは必要ないものとします。
 移動、探査、情報収集には非戦スキルや工夫を凝らしてください。
 探索中に『アストリア』『アブレウ』派から不都合であると捉えられた場合は魔物や騎士団との戦闘になる可能性があります。
 また、戦闘の回避は工夫次第ですが完全回避はできないものと考えて作戦を立ててください。

●当シナリオでの特記事項
・サントノーレなどは天義の裏酒場を知っているために、このような国家ですが荒くれ者とも少々のつながりを得られます。
・イルの数少ない顔見知りなどはレオパル派騎士として判別することが可能です。
・情報収集に訪れたという事が漏洩した場合は、何らかの不利益が発生することを覚悟してください
・聞き込みなども可能ですが対象を確りと絞ってください。
・聖堂などに侵入することもできますがそれなりのリスクが付きまといます。
・『こういうところあるかな』『きっとこうだ』がそれなりに通るシナリオです。
・聖職者も派閥が2分されるようです。
・『ロストレイン家の不正義』は天義上に知れ渡っているようです。
・イル・フロッタ(怪我してます)、サントノーレに関しては『手引き』をします。
 シナリオへ其の儘の同行を望む場合は指示を記載してください。そうではない場合は直接的には動かず別働として行動します。
(同行しない場合はサントノーレやイルの知識は得られません)

●エネミー情報
 ・魔種『聖職者ヴァランタン』
 どこで接敵するかは分かりませんが、恐らくは聖堂などに存在するでしょう。
 それなりの地位を持つ聖職者のようですが、月光人形を匿ったという容疑がかけられています。
 EXF型。攻撃力はまちまちですが高いHPと生存率を誇ります。

 ・魔種『騎士少女エルザ』
 ある聖職者のお抱えの聖騎士。聖女としての神託を受けたことがあるそうです。
 前衛ファイター型。周辺の警戒に当たっています。
 表向きには月光人形による凶行を防ぐため、という行動理念です。

 ・月光人形
 聖職者ヴァランタンの保護していた月光人形たちです。
 数未知数となります。
 それなりの戦闘能力を有します。その中には一人、ロランスという品の良い女性が混ざっています。
 彼女がヴァランタンの庇護を受けていたようです。

 ・魔物
 ・騎士団
 それなりに接敵の可能性があります。注意してください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。
 何故ならば、当シナリオは『未知』であるからです。情報収集を大事にして下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 また、偵察がばれた際の行動によっては魔種との内通者/ロストレインの内通者としての逮捕・捕縛があります。断罪という死は免れません。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要:同時参加不可
 当シナリオは『燃える聖典アイコン』のシナリオとの同時参加が不可となります。
 『正直者の絞首台』『The dead of justice』『Detective eyes』『Prelude to Oblivion』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。

  • Detective eyesLv:7以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年06月21日 21時40分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
七鳥・天十里(p3p001668)
ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)
救いの翼
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
エリシア(p3p006057)
鳳凰
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士

リプレイ


 あなたがたが道を選ぶのではありません。
 すべてはわたしがあなたがたへ道を与えるのです。

         ――カヌレの福音書 6章3節


 深い眠りについたかのように聖都フォン・ルーベルグは静寂に包まれていた。
 それは嵐の前の静けさとでも言うべきか。死者の黄泉還りという『禁忌』が続出する中で、特異運命座標へ課されたオーダーは『情報収集』であった。
 天義、聖教国ネメシスの王宮執政官エルベルト・アブレウが及びアストリア枢機卿が此度の『禁忌』に絡んでることは、これまでの交戦でも想像は易かった。何より、この正義の都の不倶戴天の敵なる魔種が『中枢』に入り込んでいるという事実は神へ歌声を捧ぐ『供物』として扱われてきた『星頌花』シュテルン(p3p006791)にとっても寝耳に水であっただろうか。
 月が雲に隠された暗い夜。特異運命座標達は救国の英雄ではなくその影を隠し、忍ぶように動かねばならなかった。
「『ロストレイン家の不正義』じゃと」
 普段の蛸の足ではない、変化と一般的な市民の装いに身を包んだ『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)はそう言った。
「動きではなく、噂程度なら調べる間もなく流布されておる。
『ロストレイン家の家長たる男は天義騎士でありながら罪なき市民を村ごと燃やした悪魔であり、その娘たる聖女ジャンヌも魔種殺しの勇者ローレットに取り入り誑かしこの都に牙を剥かんとしている』――じゃそうじゃぞ」
「とんだ風評被害と勘違いだ」
 金の宝石のついたミサンガをその腕に飾った『ロストレイン家の嫡男』たるカイト・C・ロストレイン(p3p007200)はそう吐き出した。
 ロストレイン家の不正義としてこの都に噂が流れたのは、一つにローレットで精力的に活動していたアマリリス――ジャンヌ・C・ロストレインが『魔種へと反転』したことにより誰からともなく流されたものだ。
「そうね。噂話でもないよりはましだわ。前情報で手に入れておきましょ」
 奏ちゃんマフラーで顔を隠した 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は鼻歌を交らせ謳う。
「簡単な情報を手に入れる位ならもっと大きい『獲物』を釣り上げたい。
 難易度なんて壁、越えなきゃ前に進めないわ。絶対、止まってやるものですか」
 サイドテールを揺らした秋奈は拳を固めたカイトの様子にちらりと視線を送る。
 彼は、此度の聖都の騒乱でもある意味当事者家族となるのだ。父と妹の風評にいい顔をしないのは当たり前か。
「まあ、そうだね。此処で止まったらどんな未来が待ち受けているかなんて簡単だ。
『天義』が滅びる――なんて、そんな最悪の結末、迎えさせるわけにもいかないだろう」
 その為にはその両肩には重い責任が圧し掛かる。マルク・シリング(p3p001309)はふう、と息を吐く。彼のその仕草に誘われたかのように傍らに立って居たイル・フロッタが「はあ」と息を吐いた。
「緊張してるかい?」
 問うた『寝湯マイスター』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562) にイルは曖昧な表情を浮かべる。彼女と同様に不安をその表情にめいっぱいに浮かべていたシュテルンは「滅びる……」と口にする。
「……『お父様』は……怖い、だけど。
 天義は……嫌いじゃない、だから……何とか、する、したいのっ!」
「私もだ。この国の『在り方』には疑問があった。だが――何とかしたい、と思う」
 シュテルンの言葉に感化された様にイルは力強くそう言った。
 ウィリアムは頷く。その傍らに立つサントノーレ・パンビデスは「静かに」と唇に指先あて、市街地にその身を隠した。
「……何だ?」
 暗視を持って暗闇を見遣る『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は街灯の灯りも届かぬ様子に僅かに眉を顰める。
「……生憎、此方が『犯罪者』の方なんでね。用心に越したことはないだろ」
「まあ、そうだな……。『どちらの派閥か分からない』騎士には逢わず一般市民から、だ」
 ラルフはその言葉に重々しく頷いた。彼らが情報収集として持ち帰らんとした情報にはいくつかのテーマが存在している。
 一つが聖都に存在する聖職者を魔種として討伐することだ。
 それが困難であることをラルフは口にせずとも知っていた。聖職者という地位を持つ以上はある程度『市民から慕われている』――それなりの地位を持つという聖職者ヴァランタンは月光人形(よみがえり)を匿っているという嫌疑を国よりかけられているのだそうだ。
「聖職者――ね。白亜は穢れていた。ずっと前から。
 ……そんなものだって分かっていたよ。だけど失望もしてる。なんでかな」
『応報の翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)はその都を嫌っていた。元はと言えばこの国の出身ではあるのだが――彼女はその様子を一つたりとも出すことはない。
 僅かな感傷に、「右も左も敵だらけ、変な獣を連れた銃士も出てきたし……これはもうボロボロだったね」と『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)は肩を竦めた。
 人々は皆、国家へと不信感を抱いている。
 しかして、誰が『敵であるか』を市民は分からない。
 聖獣と呼ばれし魔物。アストリア枢機卿直属たる天義聖銃士。
「昏いね」
 天十里は小さく呟く。
 夜の霧の中を進むのは余りに不快だ。
「……これだから、宗教家というものは厄介なのだ」
 そう吐き出した『鳳凰』エリシア(p3p006057)。その言葉にきゅ、と唇を噛んだイルはエリシアの表情を覗き見る。
 神性を持つエリシアにとっても例外とは言えぬ状況なのかもしれないが――『神への歪んだ忠誠』が生み出す不幸はこれほどのものなのかと噛み砕く様に歩き出す。
「方針は決定しているのか?」
「――『黒衣の占い師』だ」
 はいよ、とサントノーレは帽子でその表情を隠す。ラルフには彼が何所か緊張しているように思えた。


 聖都の中で特異運命座標達が向かったのはサントノーレが良くたまり場に使用するという天義の裏酒場だ。日中は聖職者として笑みを浮かべ救いの手を差し伸べる男や、修道女として規律正しく過ごす女、正義を全うすべく過ごし続ける騎士などが『立場を忘れた』ように過ごすというのがこの場所だ。
「白亜の中にあるとは思えない空間だな」
 淡々と呟くミニュイにサントノーレは「たーしかにね」とけらけらと笑う。
「清廉潔白な聖都(おひめさま)の裏の顔が、こんなんじゃ堪ったもんじゃないワケさ。
 まあ、今の俺達にとっちゃ多少性格のワルいオンナの方が幸運なんだけどな」
「……同意はしないが」
 ふい、と視線を逸らすミニュイ。失望を隠しきれない彼女は『白亜の裏』の顔をまじまじと眺めた。
 長い黒髪を遊ばせた清純そうな女はミニュイの視線を受けて美しく笑う。ラルフが「あの女は?」と問い掛けたそれにサントノーレは「シスターだよ」と囁いた。
「ハロー、『キティ』」
「ハロー、探偵さん。そちらは?」
 ちら、と視線を向ける女。彼女の事をサントノーレは今宵の様な場所での呼び名としてキティと呼んだ。キティから向けられたのは不躾な値踏みするかのような視線だ。この場にいる以上、彼女もワケアリという事だろう。
「『オトモダチ』」
「やぁだ、アナタの友達でイイコトあるかしら? まあ、いいけど」
 くすくすと笑ったキティにマフラーで顔を隠していた秋奈は「こっちもワケアリなの。お互い様でしょ?」と美しく笑った。
「そこまで分かってるなら構いやしないわよ。奥に個室があるんだけど、そっちでお話どうかしら?」
 それから、とキティは数人の男女を個室へと呼び寄せた。その場所に同行する特異運命座標達はその様子を不思議そうに眺めた。
「やけに話の通りがいいんだね?」
「ま、こういうご時世だからな」
 サントノーレがほら、と酒場の奥の部屋を促せば、シュテルンの後ろに隠れるようにしていたイル――今日は普段とは違う衣服に身を包み夜闇に隠れるようにしている――は「私もか」と呟く。
「……大丈夫、シュテ、一緒」
「あ、ああ、シュテルン。シュテルンも、うん、そうだよな――こわい、よな」
 少女の言葉にシュテルンはこくり、と頷いた。イルはシュテルンが『お父様』と呼ぶ存在に怯えていることを此度、知った。この都で活動するたびにその恐怖の影が近づく事など百も承知だ。
 恐る恐る歩き出す二人の背を眺めながらウィリアムは「敵だらけってのが分かるよ」と肩を竦めた。
「こうしてサントノーレの知己だからと『信頼しきれない』のが当たり前だよね」
「うむ。妾達は全てを敵として考えながら闇の中で一縷の蜘蛛の糸を探さなくてはならないのじゃ」
 その高貴さは曇る事ない。ずんずんと前進し、しっかりと椅子に腰かけたデイジーはキティと向き合った。
「皆さんの『表の顔』を聴くのは卑怯でしょうか?」
「この場ではキレイゴトなんて必要ないでしょ。『リスク』と承知で、『信頼』を売買しましょ」
 赤いルージュが蠱惑的な女だ。長い黒髪に、その身に纏うドレスは夜の蝶を思わせる。
 キティの言葉に彼女の隣に腰かけていた男は「キティ」と肩を竦めた。
「サントノーレも、そのつもりでしょ? 情報は与えるだけじゃダメ」
「まあ、なあ」
 サントノーレは特異運命座標を見回した。リスキーな取引なのは仕方がないか。裏酒場というのはそんな場所だ。キティはにんまりと笑い、カイトや天十里、エリシアに微笑みかけた。
「私はキティ――この国の聖堂のシスター・キャサリン。
 夜はこんな顔しながら情報屋に似た『アルバイト』をしてるわ。修道女が清廉潔白のただ一つでやってはいけないでしょ?」
「俺と一緒にいるこいつはイル。騎士団の見習いだ。
 そんで、そこの坊ちゃんがカイト・C・ロストレイン――『噂のお家』のお坊ちゃんさ」
 その言葉にキティの傍らに座っていた男が「ロストレイン!」と手を叩いた。
 む、としたカイトはその男をじろりと見遣る。家が没落したと言われれど彼にとっては大切な家族であり、『大切な一族』だ。
「ああ、ワリィな。俺はゴーズとでも呼んでくれ。……キティに倣うならそこの『金髪のお嬢さん』のセンパイ筋ってとこだな」
「――騎士団、とでも?」
 カイトの問い掛けに「まさにジャストに『ロストレイン』の担当者さ」と笑った。
「ロストレインについて何か掴んでる情報でも?」
 ウィリアムの問い掛けに「さあなあ、焼死体がでりゃ『父親』の仕業になる位だろ」とゴーズは言う。
 ウィリアムとラルフの視線がカイトに向けられた。一夜にして村を灰へと変えたという焔の魔種――ジルド・C・ロストレイン。その犯行とみる事が出来るだろうかと彼は考え込む様な仕草を見せた。
「狙われる対象なんかに傾向はあるのか」
「良いこと言うね、兄さん。『上層部の聖職者や騎士』さ」
 ラルフににまりと笑ったゴーズをキティが小突く。ギブアンドテイクなのだから、と拗ねた彼女は「どうしてそんなの聞きたがるの? お家の再建とかいうのかしら」とカイトをちらりと見遣る。
 赤いルージュと、その蠱惑的な瞳が印象的な女だった。シスターとカイトは静かに言う。
「キティ」
「……キティ。『愚問』だと思う。取り戻せるなら取り戻したい。
 過去に戻れるなら戻りたい。人間はそう言う感情があるから『この国はそうなってる』んだ」
 カイトの言葉にキティはまあね、とデイジーやシュテルン、天十里、ミニュイに視線を移していく。
「貴方達、『特異運命座標』ってやつ?」
「ええ。『私達』はいかにも特異運命座標と呼ばれる存在です」
 ざわり、と周囲が騒めいた。特異運命座標――救国の勇者である存在を前に、キティやゴーズは顔を見合わせて口を開く。
 彼らは皆、この国の『在り方』に不満を覚え、夜な夜な別の顔を持っているらしい。実際、それが明るみに出れば彼らは断罪される事だろう。サントノーレが首の皮一枚という立場であるのは彼がそれなりにうまく立ち回っている事や騎士団とある程度旧知の中である事、そして、有事には彼も国外逃亡の選択肢を残しているからだ。
「……それで、勇者様たちがこそこそ探偵ごっこってか?」
 ゴーズが確かめるようにそう言う。情報のギブアンドテイクの中で、特異運命座標が子の国の暗雲を晴らしてくれるのであれば『裏社会の人間たち』にとっては歓迎なのだろう。
「……これは内密に。私達は魔種を手引きする者を赦せません。
 皆さんが『勇者』と呼ぶのと同様――世界を護るには魔種の討伐が必要不可欠です」
「ええ、そうね」
「……私達は聖職者ヴァランタンが怪しいと睨んでいます。貴方が知っている情報を教えていただけませんか?」
 頷くキティに『演技派』だと自負するデイジーが穏やかな口調で問い掛けた。一般市民の衣服に身を包めどその高貴さが隠し切れないのかキティは「気を抜きなよ」とデイジーに笑う。
「ヴァランタン師と、それから『その上』に関してでしょう。ええ、よく知ってるわ。同僚とでも言えばいいかしら? ……『信用できるかは分からない』けど、友人を紹介してアゲル。
 ああ、けど、『シスター・キャサリン』からじゃないわ。これは『キティ』からよ」
「恩に着る」
 頷くラルフにキティは「ツケといたげるわ」と小さく囁いた。
「私達もこの国の中に何かあるのは分かってる。これでも生れ育った国に愛着はあるのよ。……分かんないけれど、平和ってのにしてくれるんでしょ?」
 女は『子供が言う様な口調』でわざとらしくそう言った。
「嗚呼」
「任せたわ――『神がそう望まれる』」


 聖都を歩みながら、ラルフはキティの友人が居るという聖堂へと向かった。アストリア枢機卿の居るというサン・サヴァラン大聖堂へは入ることができないが、キティのツケと言われた様にその聖堂への侵入経路はしっかりと手引きされていた。
「……貴方が『情報屋キティ』の仰っていた勇者かしら?」
 懺悔室のテーブル越し、顔を見る事が出来ない向こう側から鈴鳴らす様な声の女が囁いた。
「シスターか」
「ええ。そうです。けれど、正式なる名前はお教えいたしません。天使様がお眠りになる時刻に少しだけ神の御心をお伝えするだけですから」
 シスターの柔らかな声音を聞き、ラルフはその言葉に『世界から授かりし』その権能を震わせる。
「では、シスター。『明らかに魔物の類である聖獣、様子がおかしい枢機卿、同僚……君にも覚えはあるだろう?』」
 彼が差し出したのは異端審問官の指輪。それを目にして、神の御赦しの許での言葉だと認識したのかシスターは「はい」と凛と答えた。
「『君が信仰すべきは枢機卿ではなく神だ、その心に従いなさい。
 何より枢機卿はアブレウに唆されているのやも知れない』」
「いいえ」
 淡々と、シスターは言う。ラルフの言葉には理解する部分もあるのだろうがギフトは全てが十全ではない――強く理解を促されたシスターは「分かりますが」と付け加えた。
「わたくしは聖銃士の皆さまも、彼らのあるじたるアストリアさまも立派なお方と認識しております。
 下々のわたくしどもは『枢機卿を信仰しているのでは』ありませんわ」
「……というと?」
「わたくしどもは『枢機卿さまと同じあるじを信仰して』おります。それはこの国の民であれば皆、同じことです」
 穏やかな口調のシスターはラルフの言葉を否定するわけでもなく、自身の考えを伝えるように言った。
「枢機卿さまを悪と認識していられる事はよく理解できます。
 そして、王政を担う方をまた悪と認識しておられる事も理解できます」
 シスターは只、困った様に言った。
「わたくしは指輪に免じて此度の事は忘れることといたします。
 けれど、この国では口にした言葉ひとつが破滅へと繋がります――ゆめお忘れなきよう」
 かたん、と席を立つ音がした。彼女にとって、信仰の対象は神だ、そしてそれに代わることはない。枢機卿を志を共にする存在とするのと信仰の対象とするのは別の話とでも言うかのようにシスターは只、悲し気に呟いたのだった。
「黒衣の占い師さま――かの方は、我が国誇る異端審問官アネモネ様が白と仰りました。
 アネモネ様がそうおっしゃった以上、わたくしたちのなかでもまた、『白』なのです」

 蝙蝠が小さく鳴いた。周囲の警戒を行うデイジーはイルの既知という騎士やキティなどの筋から信頼を辿った。段階的に辿る事により、ローレットの情報収集という『情報開示』を行い、逮捕や捕縛の危険を出来る限り遠ざける。
 ヴァランタンの居場所を探すマルクはデイジーと共に『情報の収集』に当たるが、ヴァランタンへの危機を煽るだけで、正確な情報を得ることはできない。
「正しく夜闇の中での霧が濃いという印象だね……?」
 すん、と鼻を鳴らした天十里は困ったような表情を見せる。こんなこともあろうかとと用意した地図は有用ではあるが、見回りや警戒の多さもやはり留意の内だ。
 鼻先で嗅いだ香りに奇妙な表情を見せた天十里は「いやね、肉の焦げる様な香り」と呟いた。
「肉?」
「うん。なんていうんだろ、多分――炎の気配かな」
 天十里にカイトがはっとしたような表情を浮かべた。彼の目的は彼の父と妹を探す事――魔種ロストレインの足取りを追うカイトは「父や妹は炎の翼をもって、都合の悪い誰かを焼死させているかもしれない」と小さく呟いた。
 自身の家名をサントノーレの取引材料にされたのは仕方がない事と割り切れど、出来る限りの身元を隠す段取りは会った方がいい。
(家を復興するにしたって――これ以上失わないという目的を先に果たしてからだ)
 天十里の鼻を頼りに行きつく先には焼け焦げた聖堂が存在している。先程ゴーズが『聖職者や騎士を狙う』と言ったところからもこの現場はロストレインの手である事は間違いないのだろう。
「……聖職者や騎士を狙うのは、やっぱり『聖女を生み出すのが国家だから?』」
「かもしれないな。父は妹が聖女と担ぎ上げられたときに村を燃やした。同じ境遇となった聖女もまた、魔種と化し月光人形と共に村を狂気の焔で焼いたという――なら」
 カイトが天十里をみる。それは天十里も同じだ。

「この国の『腐敗』を燃やしている……?」

 腐れた聖典はないも同じだ。しかし、それが読めるうちは『無』に代えられないならば塵芥と化してしまうとでも言うのか――聖女を生み出す国。全てを飲み喰らい幸福の権利さえ奪う国家。神はそれを望まぬと『ジルド・C・ロストレインは神の本来の心を達成すべく』この国の腐り切った部分を切除しているとでも言うのか。
「聖堂を護るべく、アストリア枢機卿派の銃士たちの活動も見られるはず……。
 イレギュラーズに倒されているし、恨みつらみでもいい。何か情報を得られないものか」
 霊魂疎通にて、探す魂は敵であったものたちだ。魔眼による調査は相手の精神の強さによる。薬を所有し健康体で活動する相手はにはその効果は見込めないだろうと天十里は囁いた。
「催眠状態にして情報を引き出せるのが十全だけど、それも厳しそう。
 唯一得られたのが――『自分たちを味方と認識しての雑談』位かな」
「まあ、全てが全て魔眼で何とかなるとは思ってはいなかったから……雑談だけでも儲けものだよ」
 目立つ事ない路地裏で息を潜めたカイトに天十里は頷いた。
 自然に問い掛けたウィリアムが顔を上げる。
「確かにここに翼の魔種が居た――そうだよ。それから……『アシュレイ・ヴァークライト』……?」
 ウィリアムの言葉に、天十里は「え」と小さく呟いた。
「ロストレイン家だけではない、別の?」
「ああ、アシュレイ・ヴァークライト卿とその妻、エイルが翼の魔種と同行しているそうだ」
 自然との会話を繰り返したウィリアムより語られる言葉を耳にしながらミニュイの表情が僅かに歪む。
「この白亜には魔種が多く潜む。――穢れた場所だな」
 蔑む様に呟いたミニュイにウィリアムはぎこちなく笑う。
 曰く、一人の魔種は民を『扇動』している噂。
 曰く、多くの聖職者を配下としている神父。
 曰く、言葉巧みに『地下』へと誘い込む月光人形。
 様々な魔種や月光人形の噂を霊魂疎通や自然との対話から得ることができる。
「ひどいものじゃな」
 デイジーは只、そう囁いた。

 酒場に残っていたエリシアはキティとゴーズ以外の面々との対話を行っていた。
「黒衣の占い師を見たか? 見た場合にはどこで見かけたか、が知りたい」
 頬杖をついた男は「占い師ねえ」と背後に立つ女を見遣る。女騎士と視線を交えた男は神父だったようだ。神父はふむ、と小さく呟く。
「懺悔しに来た『月光人形の友人』が言っていたな。確かに、占い師みたいなやつと……」
「それと、怪しい聖職者は?」
「俺の事?」
 けらけらと笑う男にエリシアはふむ、と小さく呟いた。確かに、聖職者ではあるが、裏酒場に居る面々とは違うタイプが『怪しい』のだろう。笑っていた聖職者はうーんと女騎士をまたも確認した。
「気にしてるようだが……」
「まあ、俺達も『この国の人間』な事もあってね、ヘタなことも言いにくいのさ。
 俺と彼女はある程度地位もある。まあ、……『変な事を言って事を荒立てた場合』が怖ろしいとも言うだろ」
 対価が必要だとキティも言っていた。エリシアは「お前の望む物は与えよう。しかし、神はいつまでも与えるのみにあらず。わかっておるな?」と囁いた。
「俺達はこれでも信仰者さ。神に縋るのがお仕事――けどさ、キティたちも言ってたろ。
 平和を求めてんだ。この国に安寧と、秩序が欲しい。……『与えてくれる』だろ?」
 そう囁く男にエリシアは緩く頷いた。
 占い師へは月光人形を追えば辿り着くだろうと彼は云った。しかし、その数も減り、月光人形自体が現時点でどこにいるのかを彼らは知らないのだという。
「まあ、怪しい怪しくないで言えば、枢機卿周りなんかは一風違うだろうが――」
「と、いうと?」
「派閥さ。どこにでもあるだろ。俺達は王派なだけさ」

 忍び足で行く秋奈はいつも通りの鼻歌を奏でる。

 でーあーふたーでー
 しーんぐあーろーりのー――♪

 感情探知で攻撃的な感情を避けるシュテルンと、その意見を聞きながら戦闘音からは遠ざかる様に移動する秋奈。
「イル、サントノーレの、騎士の皆、何か、わかる、する?」
 首をこてりと傾げたシュテルン。イルの知る騎士が『アストリア枢機卿派閥でない』事は確かだ。
 秋奈は「聖獣とかいうやつが暴れてるそうだけど、」と前情報として置いた。
「それって騎士団としてはどんな感じなのかしら? ああ、それと……調査として一人探してる女性が居るの」
「女性――ですか」
 騎士が不思議そうに秋奈を見遣る。シュテルンは免罪符をそっと差し出して「魔種、ロランス、繋がりある、噂。シュテ、……それ、きになる」と囁いた。
「ああ、ロランス女史。聖職者ヴァランタンのご夫人であらせられるあの方ですね」
「ご夫人……?」
 きょとりとしたシュテルンに秋奈は「奥様なの?」と淡々問い掛けた。
「奥様です。ああ、でも亡くなられたと聞いていたんですが……」
「最近、目撃の情報があるわ。それは――」
 秋奈の言葉に騎士がはっとした表情を見せた。
 シュテルンは月光人形とその唇を震わせる。
 ヴァランタンが務める聖堂にその姿が見られたという噂を聞いたと他の騎士が口にした時、別働としていた仲間達が秋奈とシュテルンの許へと集まってきた。
「それと――占い師の噂って知らないかしら?
 占い師っていう位だし、『女の子は占い』が好きなものでしょ? 占ってもらおうかなと思ったのよね」
 占い師は、黒衣のヴェールを身に纏い、この都に暗躍している。
「我らを信じてもらいたい。次こそは失敗はせぬ。共に正義を為そうではないか」
 そう、エリシアは騎士へと告げる。頷く騎士たちを見ながらデイジーはどうにもこの闇は深いのだと小さく呟いた。
「探れば探るほどにこの闇は深いのじゃな……正義を神が望まれる?」

 正義。
 正義とは。
 ――なんなのだろうか?

 デイジーのその言葉に、ラルフは「こんな腐っちまった国じゃ分かるもんも分かんねぇだり」と只、そう言った。
 ゆっくりと、アストリア枢機卿派閥に属する騎士に近づいたカイトの魔眼の効果もあってか、ウィリアムの優しげな言葉は『ダイレクト』に響く。
「ヴァランタン様を狙う輩がいると噂で聞きまして……。
 今はどちらに?人手足りないでしょうし、僕伝えてきます」
 マルクの柔らかな言葉に『ローレット』により痛手を負っているという天義聖銃士隊の青年は「ああ、それなら――」と聖堂を指さした。


 ぞ、としたようにシュテルンが息を飲む。赤がぽた、ぽたと落ちて居る其れが血潮であることに気づいて、彼女はイルとサントノーレにふるりと首を振った。
「いいのかい? 退路だけで」
「うん、シュテ、がんばる」
 サントノーレとイルには先に退路の確保を行ってもらう手筈になって居た。マルクは顔色の悪いシュテルンを気遣うように覗き込む。
「何かあった?」
「……アカ、ニガテ……」
 血の気配に彼女の表情が蒼褪めたそれに「戦いの気配だね」とマルクは只、囁いた。
「隠れ家なんかがあれば事前に教えて欲しいとお願いしてたが」
「ああ、ミニュイちゃん。これ」
 ほら、と折り曲げた紙を差し出したサントノーレは彼女の傍で「御武運を」と小さく囁いた。
「……キティたちは?」
「いざとなれば退路の確保も、逃走経路も支援はするだろうが――……俺達も『この国の住民』なんでね」
 自身の様な省き者ならいざ知らず裏酒場の面々は聖職者であったり騎士でもある。重罪となる際にリスクは大きいのだ。
「君達の無事を願ってる」
「ああ……」
 かつん、と歩む。
 そこで祈る女が一人いた。ロランスと呼べば彼女はくるりと振り返る。
 ロランス・ラ・ヴァランタンーー聖職者ヴァランタンの妻であるその人は「ああ」と囁く。
「来て、仕舞ったのですね」
 彼女の言葉にゆるりと頷くはデイジー。警戒したようなミニュイの視線がゆっくりと動いた。
 其処に立って居たのは聖職者ヴァランタンであった。
 案外、簡単に出てくるのだな、とエリシアが小さく呟く。その言葉にヴァランタンはにいと笑う。
「儘ならぬ話ですな。我が妻、ロランスを悍ましき化物を見るかのように扱い、剰えも勇者(ローレット)殿はそれを『排除すべき』と決めてかかっている。
 私が神に祈り、神に乞うた妻との再会はこの世界に認められぬと否定的な見解ばかりを述べて神の情けをそうも無碍にする。嗚呼、お優しい我らが主を否定するだなんて」
 涙を流す様にして頭を抱えたヴァランタンはロランスを椅子に座らせて悲しむ様にその手を取った。
「再びの別れが我らに訪れるでしょう。神が我らに与え給うた再会すら許せぬという民がいるのです」
「……ええ、よろしいのです。私は、貴方様の御心と共に」
 その様子はラルフの目には――いや、この場のイレギュラーズ全員だ――奇異なものとして映っていた。演劇の様に言葉をなぞらせる二人は互いに『夢を見るように』語り合う。
 月光人形を『兵士』の様に嗾けたヴァランタンに特異運命座標達は戦闘行動をとった。それが『なんと言おうと』この場では怯んだ方が負けだ。
「人の命を何だと思ってる!」
 正義感溢れるカイトの言葉にミニュイは『そう考える者さえこの国には少ないのだろう』とヴァランタンを見遣る。
「神が望まれるのだ」
「神が望まれる――?」
 そんな神様、此方から願い下げだとでも言う様に月光人形を蹴散らし続けるミニュイ。
 マルクは「神が本当にこんなこと望むとでも?」と、そう言った。
「ヒ、ヒヒ――我らが一枚岩ではないように。お前たちだってそうだろう!
 我らは皆が皆私欲に満ちている。これこそが『強欲』様の言う通りという事だ!」
「何が言いたい」
 ラルフは、彼を見下ろした。ヴァランタンは血走った瞳をぎょろりと向け、特異運命座標へと笑う。
「考えても見ろ、小僧! 魔種一匹が余裕な顔をして活動できるものか!
 我らが国にそれを容認する者が居るのだ。神は望まれる――神が望まれるが為に!」
 興奮を感じさせるヴァランタンが噛み付く様に前線へと走り寄った。
 ラルフはその言葉にシスターが懺悔室で悲し気に呟いていた言葉を思い返す。

 ――かの方は、我が国誇る異端審問官アネモネ様が白と仰りました。

 そうか。黒衣の占い師。彼女を白と断じたアネモネがいる以上、この国での活動は容易だったはずだ。
「アストリア枢機卿と黒衣の占い師の関係は? 死ぬ前に『聴いていてやろう』」
 カイトが睨み付けたそれににたり、と深い笑みが浮かび上がった。ヴァランタンは「枢機卿さまの御心? そんなもの『この国家に居れば誰だってわかる』だろう!」と笑う。
 アストリア枢機卿。彼女の求める地位は彼女を少しでも知る者であれば想像は易かった。
 法王になりたい。
 彼女に取って現状は『都合がいい』だけなのだろう。魔種と深くかかわる事も無ければ、黒衣の占い師とは利用し合うだけの『直接的つながりがない』おんな。
「……反転、みんな、悲しい……絶対、絶対、ダメッ!」
 はっとした様にシュテルンが叫ぶ。
 呼び声の気配など、ここではその意志で弾いて見せる。
 ヴァランタンへ届けんとした兇刃。
「ああ、『強欲』様! ベアトリーチェ様!」
 ヴァランタンは叫ぶ。

 我らは神が使徒。我らは正当なる言葉を聞き届ける者。
 神は命が還ることを望み、その口を与えたのだ!
 神は命が語ることを望み、その躰を与えたのだ!
 慈悲あるべき。慈悲あるべき。
 欲求は人間に一番の感情だ――!

 ああ、神様!
 我があるじよ!
 汝、我が願いを聞き届けたり!

「嘯くな」
 至近距離でミニュイが言う。
「慈悲は無い。神に背きしその姿、断罪に値する!」
 その言葉にヴァランタンは笑う。不正義はどちらだ、と。
「神は望まれたのだ! 我々の今を!」
 嘯くな、と落ちる。一撃の後には何もない。

『拘束の聖女』アネモネ・バードケージによる異端審問で『白』と出た女が居るのだという。
 黒きヴェールを身に纏った女。月光を思わせる美貌の黒衣の占い師。
 とりわけ厳しいというアネモネを以てしても『白』と言わしめたその女こそが月光人形を辿れば行きつく先――そして、探偵たちが諦める事が出来なかった真実への一歩だ。
 天義の上層部にアストリア枢機卿という魔種がいるように、月光人形を使った『公演』を手引きしている者がいる。
 その名を口にすることを懼れる様に。
 確かめるように、言った。
「ベアトリーチェ・ラ・レーテ」
 ――彼女こそ、此度の黒幕。大いなる魔種。只、その一人。


 ある、場所に或る。
「神よ」
 囁いた男は刹那気に眉を寄せた。
 彼の傍らには美しい女が寄り添っている。
「――ええ、あなた」
 男は、女の背を労わる様に撫でた。いのちは、只、等しくあるべきだと男は口にする。
「断罪、正義、その言葉はどれ程までに空しい言葉だったでしょうか」
「ええ、分かります。ヴァークライト卿。私も貴方の御心を神も理解すると信じているのだから!」
 祈る様に笑った白髪のシスターは両手を組み合わせた。
 その幸福そうな笑みに曇りはない。ちりちりとどこかから燃える匂いがする。エイルの眉が顰められ、不安げにその瞳が揺れた。
「大丈夫かい? エイル」
「ええ。あんなの冒険者であったころと比べればへっちゃらです。
 けれど――……神は私達を御赦しになるのでしょうか?」
 燃える匂いは、次第に脂の焼ける様なものへと変容した。
 鼻先を擽ったそれに目を背ける様にした『エイル』にシスター――『聖女ジャンヌ』は笑う。
「あれはこの国の汚泥です。神の言葉を捻じ曲げ、悲しくも命を弄んだものの末路。
 神は『わたしたちに正しく言葉を届ける』べきと仰られます。ですから――『これ』を望まれるのです」
 その手を取って、だから安心してくださいと手の甲を撫でるジャンヌにエイルは「ええ」と目を伏せた。
「神が望まれるのならば、きっとあの子も分かってくれるはず」
「ええ、ええ。神はお二人の愛し子へも祝福を与えるでしょう」
 何故ならば――!
「ヴァークライト卿、エイル夫人、ジャンヌ。そろそろ行こう。
『神が望まれる』正義の遂行と――そして、我らが幸福が為に」
 ジルド・C・ロストレインは笑う。
 聖女ジャンヌの幸福が父の幸福である様に、ヴァークライト卿の幸福もまた彼らの愛し子の為であると信じて已まぬ。
 思惑が交錯し――

 ――そして、探偵の目は、届くのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした特異運命座標!
 依頼達成のためには低い目標をクリアすればいい、けれど、皆さんは『上』を目指しました。
 そこから被害という者は多少出ましたが皆さんの情報収集で分かった事が沢山あります。
 聖都の闇を、どうぞ晴らしてください。

 またお会い致しましょう!

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