PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<クレール・ドゥ・リュヌ>押し花はご存知?

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●密室狂気
 咽る。
 逃げ場無き地下室に充満する熱気と、立ち込める汗の臭気。
「う、うぅ……っ。ふ、ムゥフゥゥ」
 くぐもった声が聴こえただろう。
 この声が聴こえたという事は貴方はその地下室に足を踏み入れてしまったという事だ。
 天義に広まる死者蘇生の噂。聖都を渦巻く、秩序に従いし人々すら狂わせんとする狂気の声。きっといずれかに興味を持ったか、未だそれらを現実味の無い気持ちで認識していたという事だろう。
 何にせよ。
 これから貴方は目の前に広がる光景の一部となり、そして一員となる。
「ひっ、やめ、やめろおおお……!? 離せ、離してッ! うああああぁぁぁぁぁ……!!」

●カタコンベ
 その区画一帯には、腐った牛乳とスイカの皮が雑巾とブレンドした悪臭に満ちていた。
 余りの臭気に鼻を摘みながら通されたイレギュラーズ一行、彼等を導く老司祭の向かう先には荘厳な古びた教会が見える。
 一体この臭気は何処から漂っているというのか、そう思い考える彼等は現実逃避しているに過ぎない。
 そもそもローレットを呼び込むに至った原因はこの悪臭が原因であり、『黄泉帰り』の解決なのだから。
「この様な臭気が漂うとは私も長く生きて来たが初めてだ。
 ……恐ろしいことだ、この臭いを嗅いだ者は魔種の呪いにかかると言うのだから」
「魔種の呪い?」
「ええ、ええ。誰も彼も皆同じように述べるのです、『みんなで一緒に待っていれば帰って来る』と。
 嘆かわしい事です、神の御意思に背き自ら禁忌を求めるなど……
 ……それもあのような肉の塊になって……」
 閉ざされた教会の扉を前にした司祭が手を伸ばす。
 しかし、その扉は開かれることは無かった。
「う、ううううううううううううう…………!!!!!!
 やっぱりだめだぁ……わ、私は帰るっっ!! 家に帰してくれぇぇぇええ……!!」
 蒼白の表情を浮かべて逃げ出してしまった司祭。
 残されたイレギュラーズも悪臭に耐えかねて遂にその後を追って逃げ出すのだった。

 ──
 ────
 ──────
「先ほどは申し訳なかった……よもや、教会の中へ案内する前に心が挫けてしまうとは」
「あの悪臭では仕方ない」
 うんうん、とイレギュラーズ。
 司祭と彼等は臭気漂う区画から離れたのどかな公園に集まっていた。司祭は噴水を頭から浴びながら話している。
 彼曰く「この噴水は幻想の聖コワシティヌスと殴り合った聖カベヌァグリスの涙を表現している聖水でもあるのです」とよく分からない言い訳をしていたので、まあ大丈夫なのだろう。
 しかし確かに教会周辺の悪臭は異常に過ぎる。一体何が起きたというのだろうか。
「あの中には何が……?」
「……わかりました、ここで話しましょう。
 先程私が話したあの悪臭、魔種の呪いの発生源はさっき案内した聖ソブレント教会の地下にあるのです」
 勘の良いイレギュラーズの一人が察する。
「『黄泉帰り』……『皆で待ってれば帰って来る』……まさか、地下墓地か」
「然様。この辺りに暮らす敬虔なる信徒達は皆、あの教会に眠るのです。
 だがいつからだったか……禁忌の噂が囁かれる様になってから、いつの間にか数人の男女が地下墓に忍び込み始めましてな。
 最初のうちは騎士達が追い返したりしてはいたのだが……気が付いた時にはあの地下墓に同じ様に集まり、そして不可思議な呪詛を唱えながら祈る様になってしまったのです」

 それは騎士も、聖職者達も等しく。
 では何故司祭だけは無事だったのかと言えば。彼が人よりも遥かに臆病で尚且つ、神への信仰心が伝播する狂気を上回ったのだろう。
「魔種の影響を受けたのだと騎士達がこぞってやってきましたが、誰もあの教会から帰って来なかった。
 もう何週間も籠りっきりでしてな……あの呪詛で生き永らえているのだろうか」
「依頼を受けよう。どうすればいい?」
「取り敢えず彼等を外に引っ張り出してから、どうにか臭いを……臭いをどうにかして下されぇぇ……」

 教会の二階に彼は住んでいたらしい。
 とても切実な願いだった。

GMコメント

 回避判定に失敗すると悪臭が移るシナリオとなります。
 悪臭属性依頼です。ちくわブレードです。

 以下情報。

●依頼成功条件
 教会の消臭
 カタコンベを埋め尽くす狂気に侵された人々を外に出す。
 ついでに『黄泉帰り』と狂気の発信源を特定して討伐する。

●情報精度B
 一部情報が不鮮明です。
 強いて言えばその悪臭は想定を上回ります

●敷き詰められし肉の塊
 聖ソブレント教会の礼拝堂から降りる事の出来る地下墓では、数十名の男女が凄まじい肥満体となってひしめき合っています。
 彼等は一様に言語ではない呪詛を唱え続けており、これによって食事を摂らずに肥満体となっている可能性があります。
 階段を下り、地下墓に辿り着いた先に見えるのは大体4人の男女が豊満な肉壁となって立ち塞がりますので、先ずは彼等から順に戦闘不能にして外へ放り出しましょう。
 ちなみに彼等との戦闘でイレギュラーズ側がスマッシュヒットを受けると捕まります。肉壁に引き摺り込まれ、揉みくちゃにされて、HP30%削られて吐き出されます。
 この中に恐らく『黄泉帰り』によって蘇生した者、狂気の伝播の中心となっている人物がいる筈です。
 推定30名。

●悪臭
 数週間も局所以外全裸の人間が大量の汗や熱気に晒され続けた結果、或いは呪詛とか魔種の手によるものか、
 とにかく強烈極まりない激臭を充満させており。地下墓にいる間はAPが僅かに減少して行きます。
 何か臭いを取る方法は……

※真面目な話※
 現在、聖教国ネメシスの首都フォン・ルーベルグで狂気に侵された人による事件が多発し始めています。
 『原罪の呼び声』が生じている事で聖都がおかしくなっているのは確かなようです。なので、
 サーカスの時とは異なり感染を拡大する旗印が表に出ていない以上、恐らく感染源は『黄泉帰り』による蘇生者たちであると予測されています。
 今回のカタコンベを見れば分かる通り、ローレットが対応していた事が事件当初より状況を緩和していたのは確かで、
 していなかったならばこうして本件の様にトラバサミにかかる人々の数が増えていたでしょう。
 そして、このカタコンベにも確かにいたのです。親しき誰かが戻った喜びを有する哀しき人が。
 気を引き締めて肉壁に突撃して下さい。

◯セドリック・フェザーストン司祭(72)
 おっかなびっくりで生きて来た敬虔なる神の信徒。
 行動が愛らしいと周辺住民からは大切にされていたようです。

 以上。
 皆様のご武運を祈ります。

  • <クレール・ドゥ・リュヌ>押し花はご存知?完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月29日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
ダーク=アイ(p3p001358)
おおめだま
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
シュタイン(p3p006461)
守護鉄鬼
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
モルン(p3p007112)
浮雲

リプレイ


 ドンッと、重々しく籠が机上を鳴らした。
「おや……見慣れない御方だ。いらっしゃい、そろそろ店を閉めようと思ってたので少しお安くしますよ。
 お買い上げはこちらですか……ふむ? あの、申し訳ない。本当にこちらで宜しいので?」
 物騒な噂漂う聖都の一画で営む雑貨屋の店主は訝し気に顔色を伺う。
 艶のある長い銀髪。女性的にも見えるが、それにしては背が高く、どちらかと言えば店主同様に商売人の雰囲気を纏っている。
 彼はただでさえ日にそう売れない物品の山を前に純粋に不思議そうな顔をしていた。
「あァ、ブルブォンの旦那にここが一番質が良いと聞いたからね。
 値はそのままで構わないよ。それより他にもっと重曹はあるかナ……? ヒヒヒ……」
「ブル……? なんと、サイコウ殿の紹介ですかな。
 なるほどやはり同業でしたか、では在庫から好きなだけお持ちください。売価はこのくらいで……」
「うむ。有り難い」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)はゆらりと店内を見回して、それからこくりと頷いた。
 付き従う影が籠を持って行く武器商人を店主の男はやはり不思議そうに見つめるのだった。

●フレッシュ・イレイザーズ!
 饐えた臭いとも異なる悪臭の世界、しかしそんな魔境へ勇猛果敢に挑む者達が現れる。
 彼等は──『超イイ香り』──に包まれていた。
「うえぇ……ナニココ」
「ううっ、ホントに酷いにおい……こんな所にずっといたら誰だって気が狂うに決まってるじゃない」
「くっさくさじゃのぉ~、ほっといたらのんびりお昼寝もできんのじゃ」
 白い雲から垣間見える巾着袋。雲の精霊、『浮雲』モルン(p3p007112)が身に着けるそれは歩く度に揺れる事でフローラルな香りを振り撒いていた。
 素材は深緑で採れるオギャルダケの生皮や天義国内でも蝋の材料として用いられるハルゼンの実、更にヒルマンシ油等と混ぜ合わせ香草を詰め、簡易的な香り袋ならぬ『香り玉』となった物である。
 一方でラベンダーの香り漂わせる『調香師』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はその艶美なる髪を一撫でして。
 手前で自作した香りを八つ、それぞれがこうして形を変え携えているというのにも関わらず悪臭は鼻を衝いて来る。凄まじい理不尽さだった。
「世界の命運を分けた戦いより空気が! においが! と、とにかく、帰ったら即シャワーを所望するわ!」
 歩く毎に霧吹をかけている『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が目尻に涙を浮かべ。
 芳香剤に加えて武器商人から渡された消臭剤を撒いている彼女は、キツめに巻いたマスク代わりのマフラーが呼吸する度に悪臭が染み付いている様な気がしてならない。
「フハッ!! 地獄の杵で鬼にでも打たれたかな? まあ異臭が肥えた脂や体臭・排泄物からなのかは見てのお楽しみだが。
 シュールストレミングは食べ物でも開けたくないものだよ。……とも言ってられないので早急に終わらせてしまおう」
「しかし、これは想像以上……だな」
 『粛清戦機』シュタイン(p3p006461)はフェイスガードに纏う消臭マスク越しに感じる圧力に、『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)へ同意を示した。
「コォー……ホォー……ところで、司祭は近隣住民に話してあるのか? 何だかチラチラ窓が開いてる様な」
 酸素ボンベを装着した『放課後のヴェルフェゴール』岩倉・鈴音(p3p006119)は首を傾げる。
 彼等は事前に、近隣住民に家の中へ避難しておく様に司祭へ告げてあった。
「件の地下墓に引き摺り込まれたか、或いは区画全域に広がる程だから早々に家を棄てたのかもしれない」
「……シュコォー……」

「吾輩はヒトの身を捨てた身ゆえに、特に影響は無いが……して。地下墓地へ続いている階段は何処に」
「教会に入って直ぐの石碑、その裏側さ。
 いや、それにしてもこれは酷い。あまりの臭気に精霊が消沈しているのを見るに、発生源たる地下はどうなっていることやら」
 ついに聖ソブレント教会へイレギュラーズは戻って来た。
 メンバー唯一フローラルになってない『おおめだま』ダーク=アイ(p3p001358)は無機質に見える球体をギョロリと巡らせた。
 視線の先。慣れた手つきで湿った布を巻き付けた炭を教会周辺に放り投げ、籠から取り出した消臭剤を振り撒く武器商人が小首を傾げた。
「どうかしたかぃ?」
「例の物を置こうと思うのであるが、如何か」
「あァ、籠は此処に置いておくから影瞳のコが好きなようにやるといいとも。我(アタシ)はコイツを撒きに一周してくるからねェ。ヒヒヒ……」
 不定形の影が運んでいた籠を教会の正面に降ろす。
 中から腕一杯に消臭炭を抱え込んだ武器商人は先と同じく、半ば地面へ突き立てるように撒いて行く。その姿をアイは見送ると、籠の底に安置されていた複数の鉢植えを取り出した。
「おや、それは?」
「モルン殿が消臭効果のある植物を調べてくれたのである。吾輩は長期的に見て効果のある物を選択してな、
 海洋沿岸部に生息する『ムネモリスギ』なる苗木を置こうと思う」
「あら……綺麗な蕾ね。白い花弁が開いたらどうなるのか楽しみだわ」
 苗を教会周辺に置いていくアイ。
 暫し後、彼等の作業を見守りながら教会をぐるりと見て回ったジルーシャ達は一足先に正面まで戻って来た。
 相当な消臭剤を撒きながら十数分経ったが、依然として悪臭の程度に変化は無い様だった。
「取り敢えずは、そうだな。やはりセオリーに従って風通しを良くする事にしよう」
 今や『イイ香り』に包まれている事もあって気が紛れているのだ、ダカタールは教会の扉を勢い良く開け放った。
「中はもっとひどいのね……本当に健全な身体は健全な心から、そして健全な心は素敵な香りから!
 調香師として放っておくわけにはいかないわ……さあ、行くわよ!」
 驚き固まるダカタールの隣に並び、ジルーシャは前へと進む。
 静まり返った教会を彼等は駆ける。取り戻すべきものを、人々の安寧と清潔な空気を手にする為。劇臭渦巻く地下墓へと踏み込まんが為に、窓と戸を叩き割ってでも換気口を作り上げていく。
 ここまで抜刀して待っていた秋奈がそろそろ鈴音の酸素ボンベに目をつけ始めた頃、開戦の合図は成された。

「ではお見せしよう。吹き飛ばす訳にはいかないが──狼の息吹、その真髄をね」
「さぁさ、とにかく換気しなくっちゃね! ウンザリしてる他の子達も起こしてあげなさい、ルーシー!」
 激しい陣風、それまで悪臭によって沈んでいた精霊たちの活性化。
 ダカタールとジルーシャが並び、魔の臭気漂う教会に芳しき香りが雪崩れ込む!

●フローラルイレギュラー!
 地下墓地に降りた先で待っていたのは、文字通りの肉壁。
「あァ、気の毒に、気の毒に」
 吹き荒れる風が熱気を。
 包み込む癒しの香りが悪臭を上書きする。
「カタチを喪ったとしても、みんなでいれば寂しくないものね。とはいえ完全にカタチを忘れたわけでもなし、助かるなら助けようか。ヒヒヒ……」
「魔王の名を冠しているから悪臭や汚物大好きではないぞ。アタシはキレイ好きなんだ!
 トイレの女神の加護を得て、三十人を地上に引きずり出すっ! ……何となくだけど防御力に優れてるみたいだから気をつけるんだゾ!」
 青い妖光と紅い燐光が舞い踊り、武器商人から放たれた黒い一閃が見上げる様な体躯と化した肥満体を大きく切り裂く。
 鈴音が警戒を促し味方へ支援を施す間にもフローラルな香りが一層強く、一陣の風と共に通り抜ける。
「狂気とか、今更よ! この程度、子供の遊びのような狂気ごっこには付き合ってらんないわ!
 黄泉帰りをさっさとぶっとばす! きれいにしてさっさと帰る! いいわね!!!」
 刃が石壁を削る反響がジルーシャのストラディバリウスと重なる不協和音。
 両腰に霧吹と消臭剤を提げた秋奈が跳ぶ。二刀の魔刀を刺突の構えで以て突撃する様は桜花の残光も相まってフローラルポイントが高まっていた。
「バーサーカー、戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! いざ参る!
 さっさと──! 外に───! でなさい────!!」
「ひっ、ぎゃあーーーッ!!?」
 夥しい量の血飛沫が上がって一瞬空気が凍り付いたのも束の間お茶の間。
 よく見れば異様な速度で傷が塞がりつつある身体。肉壁の男は尻餅を突くように座り込んだ。
 男の悲鳴もプツンと糸が切れた様に途切れて静かになっていた。これではまさに『壁』である。
「心躍る強者との邂逅が無いのは残念だが、此処の臭気といい連中と言い醜悪極まる」
「ふむ。ヒトの身がかように膨れ上がるとは。人体の神秘であるが──厄介なものであるな」
 一連の流れを見ていたアイとシュタインが肉壁に一撃を見舞う。
 その時、影を操っているアイは無傷だったがシュタインのボディに生魚のすり身のような何かがこびりついてしまう。
「………」
 ふと横隣に視線を向けると、秋奈の喉から「ぇぇ……!」と声が漏れていた。
 形容し難い悪臭がその場に噴き出し彼女達を苦しめる……!
「うーむ、お相手は見た目からしてあんまり動けなさそうな状態じゃのう」
「というより動く気が無い。
 完全に壁か……だがあまり近付き過ぎると危険だ、主に臭いがね」
「そうじゃな」
 ジルーシャが二度目の【香術】を行使した一方。
 とても涼し気に風の精霊に臭気を吹き散らして貰い、様子を見ていたダカタールとモルンは勿論近付かないといけない事を理解している。
 狭い階段上での攻勢。慎重ながらもモルンが重い腰を上げようと魔力を練ったその時だった。

 『また、彼を待っててくれる人が来たよ』

 狭苦しい地下の奥から奏でられる少女の声。
 尋常ではない熱気と共に暴風がイレギュラーズの顔を叩く、臭いはへっちゃらだと油断していた鈴音は目にとてもよく染みる劇臭の風に大きく怯んだ。
「いたぁぁっ!? 目が、目がぁあ! 何この風、なんで地下に!」
「風、ねぇ。我(アタシ)が見たところこれは『声』じゃないかぃ? とびっきりの醜い、豚の様な悲鳴さね。ヒヒヒ……」
「様子が変わったようじゃの、前衛は気をつけた方が良いんじゃ……」
 地下に詰め込まれた肉塊の群れが一斉に発した雄叫びに一同は警戒する。
 モルンが光弾を放った直後、その懸念は起きた。
「いやああああああああああ!!! 引きずり込まないでいいいいいやあああああああああああ!!!!!!!」
 ほんの少し目を逸らしていた隙に、マフラーをその場に残して引き摺り込まれる秋奈の悲痛な叫び。
 視界なんてある筈も無く。てっきり肉壁の向こうにはもう少しスペースでもあるのかと思っていた彼女は地下墓地事態が割と狭い空間だった事を知らされた。
 肉壁の向こうは腹肉がねっちょりと敷き詰められているだけなのだから。
「ひっ……!! ぁう、ぐ! くさいぃぃ、っやあああああ……!!!!」
 尋常ではない。そこはもう人の波に呑まれたとかそういう話ではなく、食虫植物の腹の中なのだ。

 たっぷり数分、焼け付く様な熱気と圧力に揉まれた秋奈は黄ばんだ粘液にまみれて吐き出されるのだった。
「ヒールオーダー。お疲れ様」
「はあ……はあ…………」
(あれに捕まるのは色々とダメージでかいわね……ルーシーや精霊達が巻き込まれない様に注意が必要だわ)
 立ち上がる秋奈を見て背筋に冷たい物を感じる者達。
 未だふらつく彼女の様相に何か思う所があったのだろう、シュタインが前に出る。
「【エネミーサーチ】に反応があった。奥……およそ20m先から我々に明確に敵意を向けている者がいる」
「それは朗報であるな。やる事は変わらぬが」
「あー、茶屋ヶ坂君はちょいと下がったほうが良さそうじゃのう……あっ」
 モルンの声に振り向く一同。
 武器商人の身体に掴み掛っているむっちり巨腕。
 咄嗟に庇いながら自立式爆弾を投げ放つシュタイン、飛散飛沫しまくるよくわからない劇臭汚汁。
 ───ジルーシャ含め女性陣の悲鳴が地下に木霊する。

●ミンティーエネルギッシュ!
 誰が何度、あの油と謎汁にまみれたのかは敢えて詳しくは語らない。
 しかし作戦は成功だと言えるだろう。
 まず、行動に移すより前に風通しを良くした事。次にそれぞれが消臭剤の類を用意し、それら数を揃える事が出来ていた事。
 それら努力が泥沼ならぬ肉海でもがき戦い続けた彼等に実を結び、遂に悪臭が緩和されたのである。
「でーあーふたーでー、しーんぐあーろーりのー」
 精神的損耗が緩和され、度々挟んだ小休止と肥満体となった人間達の運搬を経て、気力が回復しきった秋奈含め前衛達が本領を発揮する。
 そもそも半ばまで切り込めば後衛にも出番は回って来る。密閉空間における範囲攻撃が猛威を揮うは、相手が人間だからこそ。
「今度こそ! ぶっ飛べ!!!!」
 秋奈が魔刀を閃かせ縦横無尽に駆ければ如何に凄まじい重量の肉壁といえど、汚汁の詰まった鞠でしかない。
 彼女の宣言通り吹き飛び、悲鳴を洩らす者達の向こう側に妖しい光を放つ少女の姿が見えた。
 ぬるぬるになり目が真っ赤になったアイが秋奈の肩越しにその姿を捉える。
「逃がさぬ……!」
 カッと見開いた瞳に底の無い夜空が覗く。
(む……?)
 虚無が如き深淵が少女を覆い隠し、刹那に空気を伝う囁きが一瞬だけモルンを揺さぶった。
 だが、それだけだ。
「黄泉帰りか。吾輩も弟を喪った後、知識の総てを以て蘇生を試した事があった。
 結果は、御覧の通り──何もかもを喪ったが」
 横合いからアイを狙い迫って来た肉塊が止まる。ラベンダーの香りに続いて黒き牙が飛び掛かった直後、鈍い断末魔と汚液が飛散した。
「ぅ、ぅうう……っ、ここで待ってれば……あいつが帰って来るのに……」
 ブラックドッグに首筋を噛み付かれているにも関わらず声が出せたのは、恐らく脂肪のおかげだろう。
 そしてこれまで意思を感じられなかった彼等が覚醒したという事は。
「哀しき者達よ。ヒトは死ぬ。だが記憶には残る。
 過去、その者が居たという記憶を追いながら生きる。それもまた、救いのひとつである」
 虚無のオーラが晴れた先に少女の姿は無い。
 あるのは、今日この教会で見て来た中で最も美しく見えた……土色の、泥だった。
 ──
 ───
 ─────

「臭みに耐えてよく頑張った! 感動した! おめでとうっ!
 というわけでそんなアタシ達の頑張りを讃えつつ、バケツ回して! もっとお水汲んでっ」
 聖カベヌァグリスのギャン泣き聖水のバケツリレーを統率しようと、鈴音が身振り手振りで指示を出していた。
 教会での戦いを終えたイレギュラーズは先ず、依頼人への報告を兼ねて外へ放り出した男女三十名の運搬を近隣住民に手伝って貰う事となったのである。
 少し距離があるものの、聖水が使われている噴水広場は聖都内でもそう多くない。これを利用せずしてどうすると言う鈴音の慧眼は的を射ていた。
 何らかの呪術に晒されていた男女の肉体が次第に回帰の兆しを見せたのだ。

「臭気の処理とはな……我は汚物処理のワークロボットではない」
「まあまあ♪ 皆の傷と心を癒して、ついでに周りをいい香りにしちゃいましょ」
「全部終わったら温泉にでも行かんかの? 着いた臭いを落としたいのじゃ」
恐ろしい呪いの気配が消えた安堵か、或いはジルーシャやイレギュラーズ達がそれぞれ作った芳香剤のおかげか。
 教会へ掃除道具を持ち込んで手伝う住民の姿もあれば、公園で並べられた丸い丸い身体に聖水をかける作業を代わる者など。
 晴天にも関わらず暗雲すら立ち込めていたかのような町の様子が、希望と秩序に満ちた空気に変わっていた。

 そんな彼等の様子を見つめる影が二つ。
「さて、なんだって、此処の月光人形はこんな事を起こしたのだろうね?
 他の人形は上手いこと人間のフリをしようとしているというのに。誰を待とうとしたのだろう。ヒヒヒ……」
 重曹のボトルを手の中で弄ぶ武器商人は、銀髪の下から隣に佇む老人の表情を興味深そうに観察する。
 セドリック・フェザーストン司祭。
 彼は地下墓地での顛末を聞き、疲れ切った様子で消沈していた。
「……ユーゼンという娘が、かつてあの地下墓地を訪れた。
 スラムから来たのか……それとも家を飛び出したのか、私にはついぞわかりませんでした。
 突然現れた彼女は教会に寝泊まりしていた私に訴えを投げかけるのです、『神父様、この人達はいつ帰って来るの』と」
 司祭はポツリ、ポツリと語った。
「私は、答えられなかった。聖職者にあるまじきことだ……
 誤魔化す様に『彼等はここで待っているのだよ』とだけしか言えなかった。
 何だか気味が悪くなってしまって、その夜は少女に毛布を渡し礼拝堂で私は寝ました。彼女はずっとあの壁面に並ぶ棺の前で祈りを捧げていたから」
 司祭は深く刻まれた皺を更にしわくちゃにさせて、武器商人を見上げた。
「可哀想に。あの子は……とてもお腹を空かせていたというのに。私は気付けず、朝冷たくなった亡骸を抱き締める事しか出来なかった。
 ───今から五十年程前の事です。
 私があの教会で生涯を終えようと決意した、暖かい。今日みたいに花の香りがする日の事でした」

 それっきり、司祭は重曹を武器商人からひったくると全身に被りながら黙ってしまった。

成否

成功

MVP

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら

状態異常

なし

あとがき

依頼は無事に成功。
皆様の今回着ていた衣服に中々落ちないタイヤの臭いが染み付いた程度でクリアされました。
恐ろしい悪臭をひたすらにラベンダーの香りで包み込んだジルーシャ様にMVPを、皆様お疲れ様でした。

今後、どう天義が動いていくのか。
今回災害を起こした人々も皆様のご活躍に期待していると思います。
またのご参加をお待ちしております。

PAGETOPPAGEBOTTOM