PandoraPartyProject

シナリオ詳細

盗まれたブローチ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 男には大切にしているものが二つあったという。
 一つは亡き妻のブローチ、もう一つは遠い親戚に預けている――いや、妻方の親戚たちに取り上げられた娘だ。
 娘にはもう二十年以上も会っていないらしい。
 会いに行こうと思えばいつでも会いに行けたのだが、後ろ暗い思いが男の足を重くしていた。
 男の生業は『盗賊』。本人曰く、一流ではなくいわゆるこそ泥の類で、何度もお上に捕まっており、妻に気苦労を掛けつづけたあげくに死なせていた。
 できた女だった、と男は目を伏して言った。
 こんな男のどこに惚れたのか、お嬢様育ちだった女は手にあかぎれをたくさん作りながらも、最後の最後まで尽くしてくれた。一人で娘を育てながら……と最後に涙をひとつ落とした。
 盗まれたブローチは、そんな屑な男の心を支える最後の拠り所だったらしい。


「で? あんた、まっとうな仕事につこうとか思ったこと、今まで一度もなかったのかい?」
 頬杖をつき、呆れ調子で依頼人に問いかけたのはローレットの情報屋、通称『黒猫』のショウだ。
 男は無精ひげの生えた顔を弱々しく振った。若かりし頃はさぞや男前だったことだろう。いや、いまもヒゲを剃って身なりを整えればかなり魅力的だ。
 盗賊よりももっと、例えば「結婚詐欺」とか「有閑マダムの情夫」とかが似合いそうな男だな、とショウは思った。
「ああ、だけど今回の事はさすがに堪えたよ。それに……」
 男はショウからローレットの片隅へ、虚ろな目を向ける。
「ラサ地方を荒らしていた大盗賊団『砂蠍』の頭目『キング・スコルピオ』が幻想に侵入したらしい。情報屋のアンタならもう聞き及んでいるだろう? これからは個人でコソコソ盗みを働いているヤツには厳しい時代になる」
 俺ももういい年だし、ブローチを取り戻したら引退するつもりだ、と男は灰色の髪をかきあげながら言った。
「今まで盗みで稼いだ金を全部渡そう。盗品を競売にかけにきたところで盗人を捕まえ、妻のブローチを取り戻してほしい」
「その盗まれたブローチってのは、競売にかけられるほどの美術的価値があるものなのかい?」
 ある、と男は力強く言い切った。


 盗まれたブローチには、小さいが希少価値の高い『青のドラゴンダイヤ』がはめ込まれていた。
 ブルードラゴンの鱗の一部が魔法攻撃による高圧高温にさらされて偶発的にできる、超がつくほどレアなダイヤモンドだ。オークションに出されれば間違いなく、庭園付きの広い屋敷と使用人がまるっと買えるほどの値がつく。
「男の妻は、高名な医者の娘だったそうだ。なんでも難病治療のお礼にと、さる貴族から妻の父親が譲り受けたものらしい。それを誕生日プレゼントとして娘がもらい、その後依頼人と恋に落ちた娘がブローチひとつ持って家を出た――となんの話だったかな?」
 ショウは手でかぶっていたフードを後ろへ払った。
「ああ、依頼の内容な……。あるオークションに「客」として参加して、ブローチを競り落としてほしい。いくらでも値を釣り上げて構わないぞ。実際に払うことはないからな。というのも、競りのあと主催者立ち合いの元、出品者と客が品物と金貨を直接交換する仕組みになっている。盗人が現れたら有無を言わさず捕まえてブローチを取り上げてくれ」
 ショウは簡単に言ってくれたが、実際にはそう簡単にことは運ばないだろう。
 なぜなら、この手のオークションに参加する出品者や主催者は悪党であることが多いからだ。
 客もまた然り。素性の怪しい者がたくさん紛れ込んでいる。
「スマートに切り抜けられるならそれに越したことはないが、騒ぎが大きくなってしまったら……言わなくても分かるよな?」
 とにかく、『青のドラゴンダイヤがはめ込まれたブローチ』をオークション会場である小劇場の前で待つ依頼人に手渡せば終了だ。
「じゃ、頼んだぜイレギュラーズ」

GMコメント

【成功条件】
 ・『青のドラゴンダイヤがはめ込まれたブローチ』を入手し、依頼主に手渡す
【失敗条件】
 ・『青のドラゴンダイヤがはめ込まれたブローチ』が依頼主以外の者に奪われる
 ・イレギュラーズの半数が戦闘不能になる

●オークション
 夜。
 とある小劇場で行われます。
 客席数は100程度。
 舞台に向かってゆるい傾斜がつけられています。
 階段通路は真ん中と両端。
 出入口は客席の一番後ろと、舞台左袖の2か所にあります。
 競りが成立すると、出品者と競り落とした客が舞台左右の階段から上がり、主催者の前で「品」と「金貨」を交換します。
 会員制ですが、依頼主のコネでイレギュラーズは入場できます。
 (お金を持っていそうな)上品な身なりと顔を隠すマスクの着用が義務づけられています。

●敵?
 主催者はオークションに参加するお客様の安全を守るためと称し、ロングソードや短銃で武装しています。
  ・主催者……1名(ロングボウ)
   固太りした中年の男。骨董品に造詣が深く、目端が利く。
  ・警備人……6名(ロングソード3名、短銃3名)
   マスクで顔を隠して上品にしていても、どことなく……。

 全員ではありませんが、客も護身用と称して短剣などの暗器を服の内に忍ばせているようです。
  ・オークション客……20名(男性16名、女性4名)

 ※客も主催者たちも顔をマスクで隠しています。
 ※客たちは固まらずに、離れて座っています。

●依頼主
50を過ぎた頃の男性。
劇場の前の道を渡ったところで、馬車を止めてイレギュラーズたちを待っています。

●その他
衣装やマスクなどはローレットが用意します。
こだわりがある場合はプレイングで指定してください。
劇場内は明かりがつけられています。
『青のドラゴンダイヤがはめ込まれたブローチ』は目玉商品のようで、オークションの最後に競売にかけられます。

  • 盗まれたブローチLv:2以下完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月25日 21時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
エリザベート・ヴラド・ウングレアーヌ(p3p000711)
永劫の愛
エト・ケトラ(p3p000814)
アルラ・テッラの魔女
ゲンリー(p3p001310)
鋼鉄の谷の
葛西・城士(p3p001327)
リリー・プリムローズ(p3p001773)
筋肉信仰者
エーラ・アルブム・ビィストール(p3p002585)
駄めいど
グランディス=ベルヴィント(p3p004661)
黄金の牙

リプレイ


 夜が更けるにつれて霧が出てきた。
 『芸術家』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は馬車から降りると、霧の中にあっていまにも崩れそうな古い建物を仰ぎ見た。今宵、ここで悲嘆にくれる老盗賊の物語に終止符を打つのだ。
「盗品強奪……違うな。盗品奪還の時間だ。我等『物語』の外見を隠す衣は在るのか。否か。其処も要で在る。仮面は如何なる形でも可能。元々が無故に」
「オラボナ。手を」
「これは、これは。失礼いたしました、お嬢様」
 差し出さした華奢な手を影絵の手が取って支える。
 『夜想吸血鬼』エリザベート・ヴラド・ウングレアーヌ(p3p000711)は、もう一方の手でスカートを掴み上げながら馬車を降りた。
 気品あるしぐさでマスカレードにかかった前髪を直す。
「……素敵な夜ですね。私の心をときめかせる品と出会えそうですわ」
 御意に。従者に扮した芸術家はレース縁の傘を開くと、エリザベートお嬢様の上にかざした。
「さっさと中に入ろうではないか。ぼやぼやしていると毛皮のコートが霧に濡れて台無しになってしまう」
 馬車から身を乗り出しながら、『筋肉信仰者』リリー・プリムローズ(p3p001773)が言った。本人は小声のつもりだったようだが、結構辺りに響いた。
「それにしても、ちょっと物足りんな」
 リリーは頭の上に手をやった。
 今夜は自慢の骨兜を毛皮の帽子に変えて、お金持ちの有閑マダムに扮していた。指のクリティカルリングにはめた巨大な模造ダイヤが、街灯の明かりににじみ光る。
 最後に、『駄めいど』エーラ・アルブム・ビィストールが荷物を持って馬車を降りた。
「奥様。よく似合っておいでです」、と声だけが霧の中から聞こえて来た。
 エーラの小柄な体は奥様の後ろに隠れて見えない。踏まれては大変と、急いで奥様の前に回った。
 ドアが閉められ、馬車が離れていった。
「それでは参りましょう。歯車に錆が浮く前に」

 競り上げ組の四人が劇場の石階段を上がった頃、落札組みを乗せて来た馬車がようやく劇場前にたどり着いた。
 御者――依頼人でもある老怪盗が、馬車の側面に回り込んでドアに手をかける。
「お嬢様、お待ちくだされ。まだドアが――」
「開いたわ、ほら」
 ワンピースの裾を翻し、ふわり、と馬車から降り立ったのは『空白グリモアール』エト・ケトラ(p3p000814)だ。
 そのすぐ後ろから、ケープを手にした『鋼鉄の谷の』ゲンリー(p3p001310)が出てくる。
「風邪を引いてしまいますぞ。ささ、このケープをお羽織りください。おおっと、いかん。トランクを――」
「ほらよ」
 鍛え抜かれた体をタキシードで包んだ葛西・城士(p3p001327)が大きなトランクを持ち上げて、ドワーフの従者に差し出した。
「やけに重いな。何が入っている?」
「落札した品は舞台にて金貨と交換、なのじゃろう? であれば、実弾(カネ)は必要じゃ」
 劇場の入口に立つ黒服に聞こえるよう、大きな声で答えながら受け取ったトランクスの側面をバンと叩く。
 実はこのトランク、二重底になっていた。
 鍛冶師としての腕を振るい、表側に偽の金貨を、裏側に得物のバトルアックスを入れていつでも取り出せるように細工してある。
「ほう。さすが名門ケトラ家のお嬢様。それなら俺が金をだすことはなさそうだな」
 城士は蝶ネクタイを直すフリをしながらゲンリーと話を合わせた。
 エトがふたりを振り返る。
「あら、ポケットマネーでわたくしへのプレゼントを落としてくださってもいいのよ」
 最後に『黄金の牙』グランディス=ベルヴィント(p3p004661)が馬車から降りた。
 尖った耳をかきかき、空を見上げる。
 今夜は朧月か。
(「変身は……微妙なところだな。難なく事が運べばいいが」)
 どうした、という低い声に顔を戻すと、グランディスは得物を隠した袋を肩に担ぎなおした。
「なんでもない。行こう」
 お嬢様を守るように、城士とグランディスで脇を固めて歩きだす。
 ゲンリーは重いトランクに手こずるフリをして後に残った。
 霧を見透かすように目を細め、一点を凝視する老怪盗に声を掛ける。
「お主、もしやブローチを盗んだ者に心当たりがあるのではないか?」
 ほんの僅かだったが、老怪盗の体が強張った。
 老怪盗はゆっくりと顔を下へ向けて、いいえ、と微笑む。
 その年老いて痩せた腰の後ろ、道の向かい側を黒いベールで顔を隠した貴婦人が従者も連れず、たった一人で劇場の入口に向かって歩いていくのが見えた。


 劇場内を広く見渡せるように、釣り上げ組と落札組は後部で左右に分かれて座った。
 オラボナは劇場の左側後ろに着席するなり、持ち込んだ楽器を足の間に降ろした。受付で手渡された出品リストに素早く目を通していく。
 情報どおり、『青のドラゴンダイヤ』のブローチはリストの最後に記されていた。出品者の名前は書かれていない。ほかのオークション品も同じだった。
「さもありなん」
 ぴし、と音をたててリストを弾く。
 オークションにかけられる品のすべてが盗まれたものであればもっともなことだった。
「何か良さげな品があって?」
 爪の先を気だるそうに眺め、エリザベートは隣の従者に問いかけた。
「我(わらわ)も興味があるぞ。とりあえず上から順に読み上げてみろ」
 オラボナは顔に下弦の赤い月を浮かべ、二人のレディーに軽くお辞儀をした。
「お嬢様。彼方の宝石などは如何でしょうか」
 芝居がかったしぐさでリストを掲げ、朗々と読み上げ始めた。
 普通のオークションと違い下見会は行われないので、リストに書かれている名目から品を想像しなくてはならなかった。舞台に上げられた実物を見ることができるのは、競りの直前になる。
 読み上げられる品はどれも大層な名がつけられていた。
「ふん、どいつもこいつも。つけた名に相応しいものがどれほどあるか、それはそれで見ものだな」
「そうですね」
 エーラは受付で自分たちが登録した番号をしるした手札、パドルをリリーに手渡した。番号は三だ。
 これを挙げることによってオークションのビットに参加することになる。競りに勝ち、欲しい品を落札したあと、落札者は落札価格に手数料をプラスした金をもって舞台に上がるのだ。これも普通のオークションとは仕組みが異なっていた。持ち逃げを何より恐れる地下オークションならではのシステムだ。
(「たしかに。盗品が盗まれたんじゃシャレにならないわよね」)
 エリザベートはつまらなそうに首を横向けた。仮面の下で瞬きし、エーラにさりげなく合図を送る。
(「三と……七、ラスト前の十四番」)
 エーラは指定された競り番をしっかりと頭に刻んで立ちあがった。
「リリー様、冷たい飲み物を取ってまいります」
「待て。最初のやつも頼む」
「はい」
 エーラは中央階段を上がって後ろの出入り口からロビーに出た。やや遅れて、ゲンリーが扉から出て来た。
 互いに目を合わせることなく、飲み物が用意されたカウンターへ向かう。それぞれオーダーした飲み物を待つ間に、小声で、素早く打合せをすませた。
「お先」
 ゲイリーは小さな背でくるくる回る黄金色のネジを見送った。
 頭の上からすっと、グラスを乗せたトレーが降りて来た。
「お、すまぬの」
 トレーを手渡してくれたのは目つきのやたら悪い黒服だった。
 礼をいってカウンターを離れ、落札組が陣取る場所に戻る。
 エトお嬢様にアルコール抜きのシードルで満たされたグラスを手渡し、その隣に座る城士へビールを手渡しながら耳打ちした。
「一、三、七、十四番を偽装で競うことになった」
「のっけから?」
 城士は面白がるように片眉をあげた。さりげなく腕をエトの背もたれに回して体を反らせつつ、一つ後ろの列に座るグランディスへ目をむける。
 グランディスは肩をすくめた。
 競りは任せてある。自分の仕事は『盗まれたブローチ』を競り落とした後だ。
 城士は体を戻すと、ビールを煽った。空になったグラスをゲンリーに返し、膝の上のパドルを手に取る。
 エトはリストを微かな明かりにかざして読んだ。
「最初の品は『発光ザルのふぐり』? なにかしらこれ?」
「……まあ、一発目は軽く挨拶代りに参加するか」
 予約していた客が全てホールに入り、壇上からオークションの開催が告げられた。主催者はあからさまに胡散臭く怪しげだ。暗がりに座る客たちもまた怪しい。
「じいや。『発光ザル』はさておき、『ふぐり』というのはなんなの? ねえ、聞いている?」
「あ、はい、お嬢様! ……あ~、それはその、じいにもさっぱり……」
 金玉なんて、愛らしい乙女に向かって言える言葉ではない。ははは、と笑って誤魔化す。
 グランディスは腰を浮かせると、ドワーフの耳に口を寄せた。
「なんだ? 客席に何がある。そういえばさっきも依頼人と話して遅れてきたな。問題があるなら聞くぞ」
「さて、どうじゃろうの。あそこに一人座るご婦人が『盗まれたブローチ』の出品者であればあるいは……」
 ゲンリーは斜め八段下を指さした。老怪盗がじっと歩く姿を見つめていた女性だ。顔は黒いベールの下になってよく見えないが、恐らく若い。
「……競りの前の盗み出しを考えているのか?」
「いや、まさか。危ない橋は渡るまい。ここは事前の打ち合わせどおりに」
「ならなんだ?」
「恐らく、依頼人の娘じゃ」
 その時、筋肉の塊のようなオークショニアが、上に光沢のある布を被せたトレーを片手に持って舞台に現れた。
 壇の上で布をさっと払い、中身が見えるように蓋を開いて箱を客席側に傾ける。
「金の……玉? なんの変哲もない金の玉に見えますけど」
 それを聞いた隣の城士が頬をひくひくと引きつらせる。
 舞台の上ではオークショニアが大声で「さすると光る」と言っている。
「こ、これはいらないよな?」
 エトは、何が可笑しいの、と声を震わせる城士の肩を叩いた。
 それには答えず、七番のパドルをあげる。
 中央通路を挟んだ反対側で、リリーが顔に貧欲そうな笑みを広げた。
 三番のパドルがあげられたのを皮切りに、つぎつぎと他の客がパドルを上げていく。
「『発光ザルのふぐり』は二番に落札されました!」
 オークショニアが大きな声で宣した。
 オークションは進行し、他の品も次々と落札されていった。イレギュラーズたちは適度に競りに参加するフリをしつつ、どの回も適当なところで降りた。
(「我、隠された物語を見つけたり……ひひひ」)
 オラボナはオークションの最中、自身に向けられて度々飛んでくる殺意に気づいた。身に覚えがまったくない……とは言わないが、この場で向けられるとはあまりにも奇妙。なぜならば、依頼を一緒に受けたイレギュラーズ以外に、今宵『芸術家』がここにいることを知る者がいないからだ。
 殺意の目は黒いベールの下にあった。
 お嬢様の世話を焼くフリをしながらそれとなく観察を続けていると、自分にではなく、三段下に座る男に向けられていることが分かった。
 男はもともと鈍感なたちなのか、それともオークションに夢中になっているのか。せわしなく体を前後に揺すり、斜め下から向けられる殺意には全く気づいていないようだった。
 ともあれ、二人に騒ぎを起こされては依頼の遂行が困難になる。まもなく始まる最後の競りの前に排除できないだろうか。
 報告をうけたエリザベスは静かに息をつくと、仮面を取った。
「違いますわ。あの男、オークションにはまったく参加していません。どちらかというと緊張しているように……もしかして最後の出品者、ブローチを盗んだ男なのでは?!」
「じゃあ、下の女はなんだ?」
 リリーはパドルから手を離し、エーラが差し出したハンカチで汗を拭いた。
 最後の競りを控え、劇場内は異様な熱気に包まれていた。
「元恋人、とか?」とエーラ。
「へえ~、別れ話の末に、全財産持って男の邪魔をしにでもきたか? あの女も一度もパドルをあげていないぞ」
「それは否。競り勝てば男に貢ぐことになる。もしや新種のマゾであろうか。しかし、記録するに値しない事象――予期せぬ登場人物。故に我ら物語は、これなる二人のすみやかなる排除を求む」
 オークショニアに手招かれて、男が立ちあがった。横の通路に出て、緊張した足取りで階段を降りていく。
「やはり!」
「待って、エーラ。やるのは競りが成立してからなのです」
「あの盗人は落札組の連中に任せて、我(わらわ)たちはひとまずあの女を取り押さえよう。ブローチを横取りされないようにな」
 客席が一斉にどよめいた。
 光度の足りぬ照明にも関わらず、壇上で開示されたブローチは煌めき放ち、客席に青い波を投げかけている。
「それでは皆様、今宵最後の品となりました。世にも珍しい『青のドラゴンダイヤ』をはめたブローチにございます。どうぞ――」
 劇場内にパドルが林立し、怒声が飛び交った。


 ブローチには初手から億の値がついた。値をつけたのは黒いベールを被る女だ。
「ふん、しゃらくさい!」
 リリーが一気に釣り上げにかかる。
「十臆!」
 反対側で城士が高々とパドルをあげて怒鳴った。
「二十!」
 この程度は想定内だったのか、すぐに別の場所で「五十」という声が飛ぶ。
 パドルで空を打ち、噛みつくようにリリーが吼える。
「五十五!」
「六十!」
 黒いベールを被った女が立ちあがった。
「こっちは七十だ!」
 エーラは壇上下で競りを見守る出品者の口が下品に歪むのを見た。その瞬間、何とも言えぬどす黒い感情が胸を塞ぎ、体内の歯車を軋ませた。
(「クソが」)
 リリーがまたも吼える。
「二百五十!」
「にひゃ……!?」
 これで大多数の客がパドルをさげた。
「ふっ。いいだろう、受けて立つ。三百だ。いや、三百五十出すぞ」
 客たちが一斉に五番のパドルをあげた城士へ顔を振り向ける。
 黒いベールを被った女はすとん、と腰を落とした。
 いくら高値をつけたところでイレギュラーズたちに破産の心配はない。なぜなら、実際に金を受け渡すことはないからだ。
 果たして、盗まれたブローチはケトラ家が落札した。
「よし、行くぞ」
 落胆の騒めきが収まるのを待って、落札組が立ちあがった。
 城士にエスコートされたエトが舞台に向かって進む。すぐ後に大きなトランクを持ったゲイリーが続き、グランディスは階段下で武器を隠した袋の紐をそっと外した。
 反対側の階段から、にやにや笑いを隠そうともせず出品者が舞台に上がった。
 同時に競り上げ組も席を立ち、黒いベールの女の同行を見守りつつ配置につく。
 いよいよ偽の金貨が入ったトランクと『青のドラゴンダイヤ』をはめたブローチが、主催者の目の前で交換されようとしていた。
「お嬢様のお望みの品。落とせぬのなら、奪い取るまで」
 そこへエーラが突撃する。
 と、その時――。
 黒いベールを被った女が、エーラよりも一足早く舞台へ駆け上がった。出品者の背にナイフをつき刺して振り向かせる。
 勢いのまま瀕死の男からブローチを収めた宝石箱を奪おうとしたが、寸前のところで警戒していたオラボナに楽器で撲り止められた。
 落ちたブローチを拾い上げようと身を屈めた主催者の腹を、オークショニアが蹴り上げる。
 その隙に城士はブローチに手を伸ばし、素早く懐へしまい込んだ。すぐ、宝石そっくりの幻影をつくりだしてエトに握らせると、舞台から降ろす。
「ご機嫌よう、後ろ暗い趣味をお持ちの紳士淑女の皆様! わたくし達の目的は奪われたブローチの回収だけ。貴方達を害する気はないわ。そこをどいて頂戴!」
 エトはコウモリの翼を大きく広げて階段を降りてくる客たちを威嚇、道を開けさせた。
 最上段で待ち構えていたリリーは、予め這わせておいたロープを引き上げて追手たちをころばせた。トドメに椅子をいくつか引っこ抜いて投げつける。長居は無用。エトを大きな体で庇いながら出口を開いた。
 エリザベスが脇の通路から遠距離攻撃を飛ばし、仲間たちの撤退を支援する。
「くそ、待て!」
 エトたちを追おうとしたオークショニアを、トランクから戦斧を取りだしたゲイリーが阻んだ。
「お主の相手はワシじゃ!」
 その間に脇から出てきた黒服たちがエトたちを追う。
 エーラは一緒になってエトたちを追うフリをしつつ、後ろから黒服たちを殴り倒していった。
 城士はナイフを抜いて黒服とグランディスの間に割り込むと、後ろ手で本物のブローチを託した。
「頼む!」
「承知!」
 受け渡しを目撃した客の一人が腕を広げてグランディスの前に立ちはだかった。そこへ目端の利く者が次々と加わり、通路がふさがれる。
 ぶるり。グランディスは身を震わせた。全身が膨れ上がり、さらしが千切れ飛ぶ。
「弱者に我が拳振るう価値なし! 無駄な血を流したくなければ失せろ!」
 赤茶と黄金の毛並みが混じった人狼の出現に驚いて、客たちは我先にと逃げ出した。
 オラボナは傍に倒れる黒いベールの女を抱きかかえた。
「物語は終幕した。宝石は在るべき空間で輝き、闇に浮かぶ燃える三眼が如く」
 イレギュラーズたちは混乱する劇場から抜け出した。


 人狼は劇場から走り出ると御者席に座って待っていた依頼人にブローチを差し出した。いつの間にか霧は晴れ、夜空に黄金の月が輝いている。
 青く輝くブローチを見ていた老盗賊の目がすっとあげられた。
 オラボナが抱く若い女に視線が釘づけられる。
「後悔しているのなら今からでも遅くない。娘と一緒に暮らせ。そのあと好きなだけ後悔するがいい……生きていけ、人の親ならば」
 リリーが馬車のドアを開いて、オラボナが娘をシートに横たえる。
「逝け。否、行くがよい」
 走りだした馬車を見送る者はだれもいなかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

成功です。
なお、盗まれたブローチを出品した男は、老怪盗の娘の恋人でした(※生きています)。
娘は老怪盗に足を洗わせたい一心で、大切なものを盗まれた者の気持ちを分からせようと母の形見のブローチを盗み出したようです。
それをロクデナシの恋人にみつけられ、取り上げられて……。
老怪盗は早くから犯人が分かっていましたが、さすがに自分の娘から盗み返す気にはならなかったようです。
イレギュラーズたちに取り戻してもらったあと、こっそり娘にブローチを返して姿を消すつもりでいたのでしょう。
ともあれ、親子はいま、どこかで幸せに暮らしていると思われます。
ありがとう、イレギュラーズ。

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