シナリオ詳細
蒼涙の願い
オープニング
●
そこは静かな村であった。
ダークグレイ・ネイビーの空から落ちてくる雪は何処か寂しく吹いている。
村の外れにある小さな家屋。
室内は薄暗く、冷たい。
部屋の暖炉には、なにも灯っていなかった。
重い木戸を開ける軋んだ音と共に、わずかな明かりと雪が吹き込んでくる。
「ただいまっ!」
響いたのは場違いに明るい声だ。
「んしょっと」
部屋に飛び込んだ少女は戸に体重をかけ、吹き込む冷気を押さえつけるように閉めると、くるりと振り返った。
質素ながら可愛らしい服に付いた雪が、狭い玄関にぱらぱらと落ちる。
歳の頃は十代前半といった所だろうか。透き通った肌と美しい銀髪に、アクアブルーの瞳が美しい。儚げで可憐な少女だ。
「……おかえり、ルカ」
ひどくゆっくりとした返事の老婆が、椅子から立ち上がってひどく咳き込む。
「だめよまたこんなに寒くして、はやくお薬を飲んで、それから、まってね火を立てて、お湯を、沸かさなきゃ」
「大丈夫、大丈夫だよ」
しわがれた声で、老婆はルカを制して杖を支えにどうにか立ち上がる。
「今日はね、ソミナのおばさんにパンを頂いて。お魚と……それから…………」
ルカは膝を震わせて俯いた。床を濡らす水滴は溶けた雪だけではないのかもしれない。
「冷たいもの、ばっかり、もらっちゃった……」
なるほどルカが卓に乗せた籠に入っているのは、すべて火を通さないものばかりであったのだが。
「大丈夫、大丈夫よ」
老婆はルカの肩を抱き、頭を撫でてやった。
数分ほどそうしていただろうか、ルカがゆっくりと頭を上げる。
「私はもう、十分だから……だから」
「滅多なことを言うんじゃあないよ!」
ルカの言葉を遮るように、老婆は突如声を荒げた。
「お前は、お前が、お前だけが私の孫なんだよ!!」
「でも、もう限界じゃない……」
「それはお前、アタシはもう歳だから」
「村の人だってそうでしょ! 向かいのアーダンさんだって一ヶ月も風邪をひいてる」
少女が震える。
「このままだと私――みんなを殺しちゃう!」
泣き崩れる少女を、老婆はもう一度そっと抱きしめた。
「アタシが悪かったんだよ、あんな、あんなことを願わなければ」
「おばあちゃん……」
――よ。
――――ほんに、ほんにごめんよ。
●
「小さな村にね。ルカっていう一人の女の子が居たんだ。」
ローレットの机に頬杖をついて、『黒猫の』ショウ(p3n000005)が語りだす。
「それで?」
「まあ、はやり病で亡くなっちゃったらしいんだよね」
そして数年前のこと。村に現れた少女はルカと瓜二つだった。
いや、瓜二つなだけではない。話し言葉も同じ。
悪質ないたずらかとも思われたようだが、彼女や村人達しか知らないような事さえ覚えていると来たものだ。
「けど同一人物じゃあない訳だよね?」
「どうなんだろうね。ともかく十代前半だった少女が、数年前と全く同じ見た目なんだそうだよ」
そして髪や肌の色だけが違った。ふわりとした栗色の髪は儚い銀色に。健康的な肌は病人のように白く、まるで亡霊のようであったらしい。
村人たちは驚き、怒り、そして大層怯えたのだが、健気な少女を徐々に受け入れていった。そう、受け入れてしまった。
何せ見た目以外は全く同じに感じられたのだから当然だろう。
少女は村はずれの老婆――ルカの本当の祖母に引き取られ、村に馴染んで暮らしていたようだ。
「なるほどね」
イレギュラーズが相槌を打つ。
「けどね、それは居ちゃいけない存在だったんだ」
「そうだろうね」
どう考えても、何かの魔物の類であろう。
「放っておくのは、きっとまずいんだろうね」
イレギュラーズの問いにショウは頷く。そうでなければ依頼にはならないだろう。
彼女はそこに存在しているだけで、怪異を呼び寄せる。
傷つけようとすれば魔物が現れる。
魔物は彼女の自害すら許さない。
そして彼女自身も回りにいる人間の生気を、知らず知らずのうちに蝕んでしまう。
そういう存在なのだそうだ。
「魔物への対処も、村人の体調も、もう限界なんだろうね」
「それで依頼を出してきた訳か」
依頼書には老婆も含めて村人全員の連名が記されており、最後にルカと書かれていた。
「その子も含めて。全員、納得してるんだそうだよ」
「そうか」
ならば終わらせてやるしかないのだろう。
- 蒼涙の願い完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年02月13日 21時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
寂れた静かな村に、雪が舞っている。見上げればダーク・グレイネイビーの空が広がっていた。
ほうと息を吐けば風に流されていく。如月 ユウ(p3p000205)はセルリアンブルーの瞳で目の前の情景を見据えた。心配そうに見守る村人たちの前を通りずぎて、アンデットや精霊に向き合う。
最奥にルサールカの不安そうな顔が見えた。少しばかりユウの表情に影が落ちる。
救いのない話だ。きっとこんな結末は誰もが望んでいなかったのであろう。
村人たちの、ルサールカの気持ちを思うと、どこか胸の奥がチリチリと焦がされている感覚がする。
「おい! そいつらに言うことを聞かせる事はできるのか」
『白朧牙虎』ブルーノ・ベルトラム・バッハ(p3p000597)の声にルサールカが頷き、拳を握る。
「おねがい、やめて……っ!」
少女が騎士のような亡霊の肩を掴むが、乱暴に振りほどかれる。少女の足がもつれた。
「ごめん、なさい」
彼女の意思と亡霊達の行動には関係がないのだろう。そこにはある種の強制力さえ感じる。
少女の視線がイレギュラーズ達を見渡し、彼女はそっと力なく。だが確かに頷いた。
「なら――こっちも腹をくくるさ」
ブルーノの呟きに呼応するように、『通り魔』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)が仲間達に目配せを送る。
――来る。
合図だ。
村人たちが固唾を飲んで見守る中で、イレギュラーズ達は一斉に得物を抜き放ち構えた。
ほぼ同時にガードフォースが、騎兵をも上回らんという速度で迫る。
だがブルーノにはその動きが分かっていた。
ガードフォースが持つ、あたかも実存するかのような金属質の槍が煌き――甲高い音が響く。
サルファー・イエローの火花と共に、ブルーノの踵が轍のように二本の軌跡を描いた。
騎兵槍がブルーノのたくましい身体に突き立ち――されど貫かせてはいない。
歯を食いしばり、両手で握りこんだ槍に力を籠め、押し返した。エンバ―ラストの霧が冷えた空気に溶けてゆく。
「――上等だ!」
相当な威力を受け、けれど後衛への浸透を防ぐ事は出来た。狙い通りだ。
もう一体の守護騎士が宙を跳ねる。突進する巨体が激しい金属音を響かせ――突如戦場の中心で制止した。
押しとどめているのは、手帳程の板――否、盾だ。それを操る黒い小さな機械の身体。『シーナ』7号 C型(p3p004475)である。
シーナはわずかに盾を反らす。擦れる音と共に騎士は大きくバランスを崩した。
マークスマンは語らない――メイド服の少女。アーデルトラウト・ローゼンクランツ(p3p004331)が構える巨大な銃が火を噴く。
大気を切り裂き回転する147グレーンが騎士の兜、そのヴェンテイルの間隙を正確に打ち貫いた。
薬莢の転がる乾いた音がする。
これで終わりだ。それが、人であるならば。
後頭部から霧のように広がったものは脳漿ではなく、白い靄のようなものだ。それは正に霊体と述べる他なかろうか。
当然それは少女の知る所だ。彼女は油断一つなく、即座に移動を開始する。
それからどうしても試さねばならないのが次なる手。
精霊達との交信。その意思を知り、語らうことである。
瞳を閉じたユウに流れ込むのは、渦巻くような貪欲の本流だった。
その感情の中にある悲哀、怒り、絶望、渇望――――愛情?
奥底から聞こえて来たのは、ルサールカをこのまま生かしたいという思いか。
だがそれは――
●
『何故、これだけ周りに影響を与えておいて』
ユウが語り掛ける。
『本人も今は望んでいないじゃない』
本心であり、事実でもある。亡霊や精霊達がこんなことをしても最早、誰一人幸せになれないことは明白なのだ。
交渉が出来るとすれば、そこに糸口があるのは自明である。
だが――これも予想していた通り。返ってくる答えは『生かしたい』という強い意思であった。
ユウは更に思惟する。旅人であるとはいえ、己自身もまた精霊であるのだから、故に彼らとの親和性は高いはずである。
『守ってるつもりなら、苦しますような事させてるんじゃないわよ』
これは呪われた運命だったのかもしれない。『呼吸するノロイ』万城目 モクズ(p3p002125)が最奥で所在なさ気な表情をしているルサールカを一瞥した。
しかし、冬朝の空気の様に澄んだ心を持った少女に背負わせるには酷というものだろう。
自分の様に穢れた者が背負えば良いのだとモクズは肩を竦める。
存在するだけで呪いを振りまく少女に自分を重ねて。彼女が選んだ答えを、自分が固執した生を俯瞰的に見下ろした。
(僕はどれだけ……)
胸に突き刺さる彼女の決断は美しい棘の様で。正反対である自分の執着に自嘲が込み上げる。
ならば死にゆくルサールカに自分は何が残せるのだろうか。
モクズはブルーノが対峙しているガードフォースにグーズグレイの瞳を向けた。
「村の人、そしてお祖母さんはルカさんによく似た彼女をとても大事に思ってるんです」
陰湿でねっとりとした口調。しかし丁重で真剣な声色で言葉を紡ぐ。
村人にとって、そも祖母にとっては尚更ルサールカの存在は大切なものなのだと。
けれど、自分の存在が彼らを蝕んでいく事に耐えられない優しい彼女が出した苦渋の決断を汲んではくれないだろうかと。
『彼女は願った』
『老婆も願った』
『人々は願った』
『願いを受けた』
『死を厭う』
『助かりたい』
『生きたい』
『人々と少女、そして我等の願い』
『古の盟約に従い、我等はそれを叶えた』
『叶えた』
だから、湖の精霊と氷の精霊は彼女の願いに力を与えた。命が事切れる寸前の刹那の叫びは湖底に響き、積り、数年の歳月を経て彼女のようなもの――あるいはひょっとしたら彼女自身かもしれない存在を再び現世へと出現させた。
だが今はそうではないのだ。彼女はもう『生きる』事すら望んでいない。
『叶えた』
叶えた。
叶えた。
『盟約は違えず』
精霊達から満ち溢れる自信と誇り。正しきを為したという強烈な我欲。
ユウは精霊達の真意に気付く。彼等がルサールカを盟主として村人達の命を食らい、力を増して行きたいのだ。
村人達は命を失うが、それは死者として仲間を増やす事と同義だ。
彼等はそうして、行きつくところまで行こうとしている。
「それは違うんじゃないの」
そんな最後には共倒れするようなやり方で、全員が破滅へと向かうような筋道で。
倒されるか、さもなければ世界を飲み込むか。
そもそもこの程度の力では破滅する未来しかなかろうに。
「彼女に向き合いなさい」
ユウの声にエレメンタル達が身を震わせる。彼等に迷いが生じたのだろうか。攻めの姿勢は一転し、たじろぐように旋回を始めた。
幸か不幸か。あるいは皮肉と言うべきか。それは戦況をイレギュラーズ優位に導くことになる。
結局ならば、イレギュラーズが取る方法は一つだけだったのかもしれない。
全てを元へ。存在してはならない者を無に返す。
(都合の良い話しは無いということか)
もしかしたら村人も色々と試みたのかもしれない。ただ村人達のような素人と、冒険者であるイレギュラーズのアプローチは別物ではあろう。
だが、だからこそ望みは無い、あるいは極めて希薄であることが理解出来る。。
灰色の口髭を一撫でして『科学忍者』白井 炎(p3p002946)はシーナが抑えている守護騎士へと機械傘を突き入れる。
二度も娘との別れを経験しなければならないのは、辛かろうと炎は胸を痛めた。せめて、最後の別れは悔いの無いものにしてやりたい。
その前に片付けるべき守護者達を排除するのだ。
(大切な者を巻き込み、苦しんでいる少女に生きて欲しいと願うのは酷)
穏やかに送ってやれるうちに終わらせてあげるのが一番であろうと、雪の様に白く儚い歌声が戦場に響く。『白き歌』ラクリマ・イース(p3p004247)の儚く美しい歌声。
グリーンブルーの瞳が僅かに細められた。凍れる静謐を湛えた声が紡ぐ、甘く切ない旋律。それはイレギュラーズ達にとっての勇気となり――アンデッド達へのレクイエムとも成り得るのだろう。
●
幾許かの時が過ぎ去った。
未だ戦場には嵐が吹き荒れている。
精霊達も出遅れて動き出した。
剣戟、銃弾、氷雪の乱舞。
亡霊も、精霊も、イレギュラーズ達も無事には居られない。
目の前で繰り広げられる戦いに、ルサールカは片膝を付き、両手を組んで祈った。
セルリアンブルーの魔素がユウの周りを揺らめく。尾を引いて重なり、流動する。
(影響を収める方法がないのなら、これ以上は駄目ね)
希望は一つだけ残されている。
あえてイレギュラーズ達の真意を慮るのであれば、それを希望と呼んで良いものかはさておき。
少なくとも未だ、ルサールカは誰も殺していないのだ。その精神は、記憶は、魂は、ただの少女そのものである。
ならばここで止めてやらなければならない。これ以上ルサールカや村の人々が苦しむ必要はないのだから。
放たれた魔力は煌く軌跡を残しながら、真っ直ぐにガードフォースへと駆ける。
眩い閃光が炸裂した。
行く手を阻むブルーノに守護騎士の槍が振り下ろされる。しかし、その攻撃は最低限の動きで躱したブルーノの頬を掠め地面の土を抉った。
「何処を見てんだよ」
何度も同じ手など食わない。牙を見せながら笑う白虎の爪拳がガードフォースの鎧の隙間へ入り込み、白い霧を散らせる。
実体のある動物等とは違い、霊魂を殴るのは些か妙な感触と言えるが、これまでの戦闘から鑑みるにきっと手応えがあったと判断していいだろう。
身体強化魔術を施したシュバツルは、さながら夜風のように闇へと溶ける。
撃鉄が動く。撃針が雷管を突く。
銀の閃光は夜空を切り裂く流星のように、ガードフォースへと突き刺さる。乾いた音がした。
大きく穴の開いた胴体から白い霧が溶け出して冷たい空気に霧散する。
もはやその形すら保てなくなったのだろうか。霊体はシュバルツの弾丸が貫いた腹部から少しずつ薄れ、消えてゆく。
アーデルトラウトが覗くのスコープの先には、もう一体の守護騎士見えている。
「……」
小さな機械の身体を撃ち抜かぬ様に、ほんの一瞬の好機を掴み取る為。集中する。
外層を覆う感情はひどく冷静に。内なる闘志は唸りを上げていた。
――ロックオン。
引き金を引けば、戦場に破砕音が響きアーデルトラウトの身体が僅かに後ろへ押し込まれる。
身体を揺さぶる蠱惑的な衝撃。かつて。戦闘兵器として育てられた少女にとっての縋るべき存在理由。力を使い果たすまで巨大な銃と共に戦場に立ち続けた、あの頃――
為す事は同じでも、その意味は違っている。
守護騎士は全ての力を削ぎ落され、雲散霧消した。
二体の守護騎士が消え、戦況にはやや余裕が出てきたとも言える。
だが度重なる力の行使は、疲労という形となってイレギュラーズ達に重くのしかかっていた。
「大丈夫ですよ」
美しい瞳を伏せ、ラクリマが息をつく。瀟洒な外套が翻った。
「ありがとよ」
流麗な調べに乗り、ブライトグリーンの魔力が嫋やかな舞いを見せる。美しい緑の輝きがブルーノを包み込んだ。
これでまだ戦える。
肩で息するイレギュラーズ達だが、こうして先手先手を打ち、戦闘の継続を計っている。
そんな陣の中心に立つラクリマは、休む間もなく味方を癒し続けていた。
イレギュラーズ達が放ち続ける技と、こうして戦場に立ち続けられる力は、間違いなく彼によって支えられているのだろう。
さりとて表情一つ崩さぬその端正で涼し気な美貌の向こうには、かなりの疲労が蓄積されているはずだ。
幾度目かの攻防が続く中、燃え盛る白い火矢の如く炎が駆ける。
狙う獲物へ向けて、闇へ消える刹那――湖精が放つ水の弾丸が頬を掠めた。
「やはりな……」
この場合、彼固有の憎めない悪癖の発露ではなく、本当にそうだったのかもしれないが。さておき。
踵を返し避けきったか。頬に鮮やかな赤が一筋。
まさか、これを成したのがただの水とは――!
だが炎は間髪を入れずにもう一度大地を蹴りつける。
彼が回り込んだ先、炎は氷精の後背から大きく刃を振りかぶった。
それは絶対に外さない必殺の間合い。
あたかも閃光のような奇襲に――雪精は彼の存在を感じ取る間もなく――鋭い突きを前にして、結晶はその姿を失いきらきらと砕け散った。
この戦いで。こうしてトリガーを引いたのは幾度目だろう。
身体を打つ衝撃。
闇夜を切り裂く弾丸の一閃。
狙いは外さない。
湖精の後ろが大きく爆ぜ、水しぶきが飛び散り――そのまま精霊を構成する全てが水玉となって霧散した。同時に、薬莢がからからと乾いた音で転がる。
アーデルトラウトが膝を付き、立ち上がる。重い筈の狙撃銃を、まるで箒のように担ぎ上げ。
次の標的も、作戦通りに――
これがメイド力(物理)であろうか。ヘッドドレスが僅かに揺れた。
こうしてイレギュラーズ達は次々と霊体達を打倒して往く。
その手際は歴戦の戦士に引けを取るまい。
戦いそのものは比較的長く、傷を負う場面もあった。
だがそこに彼等の責はないだろう。
戦いとは所詮命と命のやり取りだ。そういった観点であれば、被害は驚くほど軽微であるとすら言えた。そんな戦場は多くはあるまい。
そして――戦いは終焉へと至る。
●
――精霊であり、妖精であり、死霊であり、肉体を持つ存在。それがこのルサールカであった。
死霊というものが、己が身の浄化を望むのであれば。その身を蝕む呪いのような楔さえ引き抜くことが出来たのであれば。
あるいはそのまま輪廻の環へと還す事も出来るのかもしれない。
だが肉を持つその身体そのものが、その楔であったのならば――。
静けさを纏う夜の村。雲が掛かっていた空はいつのまにか晴れて優しい月が顔を覗かせていた。
戦場だった場所。今は静寂が支配する村の一角に村人達は集まっている。
風がユウの銀髪をさらって行く。
「思っている事があるなら言葉にした方がいいわよ」
想いは言葉にしないと相手に伝わらない。たとえ、伝えたとしてもそれが全く異なる捉え方とされてしまう事もあるけれど。それでも――
「後悔だけはしないようにしておきないさい」
これが今生の別れ。二回目であろうとも、最後の別れとなるのだから。悔いの無いように。
せめて彼女が笑顔で逝けるようにとブルーノは祖母の手を引き、ルサールカの前へと連れてくる。
「ルカ……ルカぁ……、ごめんよ、ほんに、ほんに、ごめんよ」
老婆の泣き声だけが村の広場に広がる。
別れは辛いだろう。けれど、別の守り手が出て来る危険性もある。悠長な事はしていられない。
アーデルトラウトは武装を解除せず、戦闘状態のまま魔物が現れないか監視を続けている。
それは消え行く少女に対しての彼女なりの優しさであるのだろう。
思う所があったのだろうか。老婆のから漏れる嗚咽にシュバルツは苛立ちを隠そうとはしなかった。
「一番辛いのは誰だと思ってんだクソババア。そいつだってお前らとずっと一緒に居たいに決まってんだろ」
自分が居てはいけない存在だと理解しているルサールカは、大切だと思う村の人々や祖母を守るために死を受け入れたのだ。けれど、いつまでも泣いて追い縋る老婆の行動は、その覚悟を踏みにじるのものだ。これ以上、悲しむ為だけに時間を費やすのなら――
「てめぇからあの世に送ってやんぞ。んじゃなきゃせめて笑顔で送ってやれ」
そう、救えないのならば。せめて笑顔で送ってやるのが一番なのだ。
「おばあちゃん、村の皆。ごめんなさい。こんな私を受け入れてくれてありがとう」
「ルカ」
「……お元気で」
村人は掛ける言葉が見つからず無言のままルサールカの言葉を聞いている。
最後に笑顔を向けた少女はシュバルツに振り返り頭を下げた。
「目瞑りな。一瞬で終わらせてやる」
シュバルツはリボルバーを構える。カチリと銃弾が装填される音がした。
「最後に言い残す事があるなら聞いてやるぞ?」
「……ありがとう」
「ああ、じゃあな」
せめて痛みを感じずに逝けるようにと、素早く撃ち抜く。
銃声と共にエンバーラストの赤が村の広場に散った。
シーナはその様子をじっと見つめ歩きだす。
この時の為に神に授かりし権能(ギフト)があるのだ。
目の前を通り過ぎて行くシーナを見守るラクリマは指を組んで目を伏せる。それは祈りだろう。
モクズはせめて良い所へ成仏出来るようルサールカの頭から流れる血を拭き取っていた。
シーナは小さな身体で膝を付き少女の頬を撫でる。ガンメタルグレイの指先と少女の白い頬は対照的であった。表情こそ読み取れないが、黒と赤の鎧が優しげな光を放っているのが分かる。
「権能(ギフト)開帳、この儚き蒼涙の願いに終止符を」
シーナが願うのはルサールカの回帰だけではない。
この戦場で散っていった彼女を守った者たちも含めて。全ての者達の為に。
祈る。
「巡れ───涅槃寂滅(ニルヴァーナ)」
それは死者を肯定するもの。その生を否定しない。命は巡り昇って行く。
ルサールカの身体がペールホワイトの光に包まれた。
月の女神に導かれる様に、煌めく粒子となって高く高く昇って行く。
ラクリマは村人や老婆の悲しみが少しでも和らぐようにと儚き夢へ弔いを白き歌に乗せて紡いだ。
歌はシーナの祈りと重なって昇って行く煌きを優しく揺らす。
ブルーノは泣き崩れる祖母の肩を支えながら言葉を掛けた。
「たとえ紛い物の「命」でもあの子は確かに生きていたさ」
生きていた「時」は嘘でも幻でもなかったのだと。
「氷が溶けりゃ春は来る、か……」
ブルーノの視界の端には小さく咲いた梅の花。
それは春の訪れを告げる赤い色だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
全ての人々の心は皆様のお陰で救われました。
称号獲得
如月 ユウ(p3p000205):『浄謐たるセルリアン・ブルー』
ご参加ありがとうございました。もみじでした。
GMコメント
もみじです。寒い日が続きますね。
●ロケーション
村の広場です。
夜ですが、明るさ、広さ共に問題はありません。
●村人
安全な位置で見守っています。
自分達にはその責任があるとは村長の弁です。
老婆はしっかりと抑えられています。多少暴れるかもしれませんが、飛び出してくるようなことはないでしょう。
●目標
敵の全滅
●情報確度
Aです。つまり想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。
●敵
少女自身は死を受け入れていますが、周りを守護するように魔物が沸いています。
全て倒してください。
〇ルサールカ
死霊、精霊、妖精を混ぜたような存在です。
アンデッドの特性を持っています。
熱や炎に弱いです。
自分の運命を受け入れており、完全に無抵抗です。
怪物に守られるように、最後方に居ます。
割と素直にイレギュラーズの言うことを聞きます。
〇ガードフォース×2
アンデッドです。
前衛。
下半身がない騎士のような姿をしています。
・チャージ:物近単、ダメージ大、乱れ、移動したターンにしか使用できない
・スマッシュ:物近単、ダメージ
〇ワイト×4
アンデッドです。
幽霊のような感じです。
後衛。
・ドレインタッチ:神近単、ダメージ、HP回復60
・怨嗟:神遠単、ダメージ
〇レイクエレメンタル×4
精霊です。
HPが低く、防御が高いです。
中衛。
・ウォーターブラスト:神中単、ダメージ
〇スノーエレメンタル×4
精霊です。
HPが低く、防御が高いです。
中衛。
・アイスブラスト:神中範、ダメージ
・アイスエッジ:神近単、ダメージ
●コメント
儚い夢を終わらせてあげてください。
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