シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>鴻鵠へ
オープニング
●
事態はめまぐるしく変動する。
一分一秒たりとも同じ様相にはならず、刻々と情勢は動いていた。
幻想南部を陥落せしめた『新生・砂蠍』は、その鋭い尾を深々と地に刺し拠点を築き上げた。狙いはそう、幻想王都メフ・メフィートまでをも呑みこむこと。
幻想南部を橋頭堡とした砂蠍はもはや疑いようもなく強力な軍隊に成りあがり、虎視眈々と国盗りを狙っている。少しの隙も許されない状況だ。毒の尾は常に幻想を蝕まんと企んでいる。
これに対抗すべく、幻想貴族も戦力をあげて準備を進めている――が、状況はこれだけに留まらない。
北部戦線に動きがあった。
幻想にとっては最悪のタイミングで『塊鬼将』ザーバが身を乗り出したのだ。
幻想貴族は砂蠍への対応を余儀なくされながら、北部戦線への対応も上乗せされた。もはや手が回るものも回らなくなってくる状況である。
猫の手も借りたい状況で貴族たちが頼ったのは、ローレット。
砂蠍への対応がひとつと、鉄帝軍への対応がひとつ。特異運命座標の助力があれば、この絶望的な状況すらも覆す事が出来るだろうと幻想貴族たちは加勢を嘆願した。
しかしそれは、鉄帝の名将ザーバの知るところでもある。凡そ、予測済みなのだ。ザーバはギルドの性質をよくよく知り、その条約を利用することとした。
どのように、など、簡単だ。『鉄帝からも依頼を出す』、ただそれだけ。
そしてザーバの予想通り、ギルドは『両方の依頼をそれぞれ受ける』形となった。イレギュラーズ同士の直接対決は巧みに避けつつ、二国の軍勢に対してはそれぞれの依頼で対抗する状態となる。
北部戦線のふたつの助力、そして幻想南部での砂蠍との対決。
事態は想像以上に複雑で、混沌の名に相応しくカオスの様相を為していた。
「君らにとっては複雑かもしれないけど……これも、何でも屋なんでね」
ローレットは、『この世界事態の破滅を食い止めるための組織』だ。ギルド条約がこれを後押しする最大の武器であるならば、時には綱渡りも必要になってくる。
苦虫を噛み潰したような表情の『勿忘草』雨(p3n000030)は騒がしいローレット内部を見渡して肩を竦めた。
「『それぞれの仕事を完璧にやる事』、それが今、君達がすべきことだよ」
一通りの現状を説明し終えた雨は、さて、と一息ついて尾を揺らした。自身もまた、与えられた仕事を完璧にやる時だ。
●
幻想と鉄帝の戦いは、今に始まった事ではない。
『武力』を愛好する点において鉄帝が勝るように思えるが、幻想もまた鉄帝の欠点をついてのらりくらりと攻撃を凌いでいる。愚直すぎる性質が幻想のいいように使われているのだ。
そうして今回も同様に、幻想は搦め手によって鉄帝を躍らせにくるだろう。戦略によってか、謀略によってか。武力だけが全ての世界ではないのだ。
「君達には鉄帝軍についてもらうよ」
状況説明を終えた雨は早速とばかりに依頼内容の説明に移った。
タブレットを取り出した雨が二本の指でスライドした画面には、要塞にも思える砦が映っている。外から攻め入るには頑丈な扉や遠隔兵器が邪魔をするだろう。
「どうにもお貴族サマはここの砦に引きこもるらしい」
直接対決は分が悪いと判断したか。鉄帝軍が近付いてくるまでに戦力を出来る限り削ぎ落してやろうという魂胆が薄らと見える。
しかし、意図を理解したとして、軍を指揮する頭が砦にいると分かった鉄帝が凝った対策をとるとは思えない。愚直なまでに砦を目指して行軍するだろう。
「イレギュラーズは遊軍となって、彼らのサポートに当たる」
遠隔兵器に押されているのであれば、遠隔兵器を動かしている拠点を攻め落とし、伏兵による挟撃で窮地に至るのであれば、挟撃中の貴族軍の背後からの奇襲で攻め落とす。
とにもかくにも、ありとあらゆる手で鉄帝軍の戦力を削ぎ落とそうとしてくる貴族軍に対抗する少数部隊となって戦場で暴れて欲しいそうだ。
「鉄帝軍の目的は『砦の制圧』、ただそれだけ。君らはその目的を達成させる助けをするわけだ」
どんな手を使ってくるのかは分からない。ただ、全ての障害をその力で薙ぎ払っていく。単純明快な依頼だ。
ところで、と雨はタブレットの電源を落として思考するように目線を逸らす。
「彼ら鉄帝は、特に個人の武力を愛好する国民性があるようでね」
すでに周知のことを持ち出して、雨はにんまりと笑んでみせた。狡猾な、というには少し子供っぽい笑みだ。
「君達の作戦、あるいはアドバイスを聞き入れてもらうには、武力で示すのが一番効果的だと思うんだ」
国家元首である皇帝位さえ個人の武力によってのみ決定される鉄帝においては、むちゃくちゃにも思える助言でさえ真理となる。
こちらから何か働きかけて動かすには、軍の後ろで腕を組んで指示をする軍師などより、前線に躍り出てその武力を以て語り掛けるのが良いのだろう。
「手柄だと思ったその時には、鉄帝にアピールしていくと良いかもね」
- <ジーニアス・ゲイム>鴻鵠へ完了
- GM名祈雨
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年12月12日 21時55分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「僕らの立場もキツいんだけど、ドコモかしこもシンドそうね……」
ローレットへの援護要請に応え、鉄帝側の援軍となった『駆け出し』コラバポス 夏子(p3p000808)は溜息を吐く。戦友と真剣を交える事は避けられた状況ではあるのだが、喜ぶべき状況でない事は確かである。
「まあ、依頼である以上はやってみせますよ」
意気込む『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)が夢魔剣グラムを抱え戦場を見渡す。
担当する手筈の遠隔拠点は開けた戦場の左右に位置しており、凡その位置は目視で把握できた。到達までの問題はなさそうだ。
「裏工作をお願いしよう。なに、情報を流せば後は前線にいる必要はない」
「裏切者がいる、って情報も忘れンなよ」
「はは、気が重いなあ」
散ばる雑兵の配置を確認しながら『天理の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)は『勿忘草』雨に声をかける。『戦好きのハイエナ』Briga=Crocuta(p3p002861)もまた指示を出せば、雨は軽く肩を竦めた。
使える駒は使っていく。二人の指示を受けた雨は「最善を尽くすよ」と一言告げて人混みの中へ消えて行った。
混じる異邦を気に掛ける鉄帝兵はいない。誰も彼もが目の前に屯する幻想軍をねめつけているように見える。
「……あの人達、頭は何のためにつけているのかしらね」
「頭突きの為と言いそうな連中だな」
『宿主』サングィス・スペルヴィア(p3p001291)――少女が呆れたように零せば身に宿る呪具がそれに応える。今から彼らの仲間として動くのだが、もう少し頭を使って動けばよいものを、と思わなくもない。
その隣で、Brigaがからからと楽し気な声をあげた。
「筋肉馬鹿は嫌いじゃねェ、オレも似たようなモンだしな」
Brigaにとって、この戦場も力の見せ場に変わりはない。新しい戦場で鉄帝の力になれるならこれ以上はないだろう。
「珠緒は、血? 呪印痛む? 蝙蝠描ける?」
「ふふ、大丈夫ですよ」
予め現状の情報を得ていたイレギュラーズに作戦はある。上手くいけば、勝ちに導く事も容易い。
その要にもなりうる情報伝達の準備として『城守りコウモリ』ミミ・ザ・キャッスルガード(p3p000867)と桜咲 珠緒(p3p004426)が向き合っていた。
珠緒のギフトで描かれた呪印が暗く光り、正しく刻まれる。これでミミが思い描いた単語は珠緒へと伝わる事だろう。同じ呪印を夏子にも刻む。
さて、作戦は機能して初めて効果を発揮するのだが、懸念はあった。
「……力を見せねば、話すら聞いてもらえんか」
戦争前の高揚か、鉄帝軍は忙しなく兵士が行き交っている。足を止める者は、珍客だと好奇な視線を向ける者以外いなかった。
鉄帝軍にとってシグらは『敵を敵にしないための駒』である。鉄帝に攻め入られた幻想がローレットに支援を要請する事は明らかな事。
それを鉄帝側も依頼する事で打ち消す――つまりは、そういう駒だ。プラスされる筈の戦力を、こちらもプラスして相殺する。ギルド条約がある以上、偏らせてくる事もしてこないだろう。あの『蒼剣』ならば。
そして、鉄帝の読み通りの結果に至っている。
「時間があれば、実際に剣でも交えれば良かったんだけどね」
ローレットとして、そして鉄帝の仲間として動く以上、目指すは『勝利』――ただそれだけだ。
『行く先知らず』酒々井 千歳(p3p006382)は砦を見据え、その規模を目視で把握し、次いで背を許す事になる鉄帝を見た。
今日の戦いはイレギュラーズだけのものではない。ここにいる8人だけで目の前の幻想軍を捌く事は不可能だ。彼ら鉄帝の力があって初めて為す事が出来る。
可能であれば、きちんと意思の疎通から始めておきたいところだが、如何せん、すでに戦いの火蓋は切られた後であった。なれば、手にした剣で、実戦で、示すしかない。
シグは瞑目する。細く長く息を吐けば、雑踏が遠のいていった。
「行こう」
●
怒号が鼓膜を劈き、大群がうねりをあげて砦を呑みこまんと動き出す。
「まずは私達イレギュラーズの力をお見せしましょう!」
波に呑まれぬよう、イレギュラーズもまた前線へと身を乗り出した。散兵はいくらか一列に寄り集まりつつあるものの、一網打尽とするにはやや蛇行に過ぎるか。どうにも足元を気にしているようにも見える。
前に踏みでた利香の横を、蹄を轟かせて飛びぬけるのは夏子だ。軍馬に騎乗し先行する夏子がにまりと口の端をあげると、駆け抜ける風に軌跡を残し、瞬き光が身を包み込む。
「我らがシグやんが! 一手ご覧じて仕るぅ~!」
信念の鎧を纏った夏子がスピアを掲げ、口上に釣られた敵兵が距離を詰めた。
「キ、キ! 夏子、気を付けてっ! 変なオトがする!」
剣戟が響く戦場の最中、妙な機械音を拾ったミミが警告する。雨から指示を受け取ったであろう雑兵達が妙に間隔を開けている理由のひとつが恐らくこれだろう。ピ、ピ、と微かだがセンサーのような音がする。
「了解! シグやん、イケそう?」
「ああ」
声と共に、迅雷が閃いた。そう錯覚してもおかしくはない現象が起きたのだ。灰髪の男が剣へと姿を変えた。金属質の武骨な剣は鈍い光を返し、宙に浮く。
マッドネスセオリー・フランベルジュフェイク。
大勢の視界を赤が染め上げた。肌を舐める熱は身を焦がし、誰もが本能の恐怖を覚え焔を見据える。魔剣の一撃を前に、動けた兵は少ない。事前に知っていたイレギュラーズと情報屋、カンの良い人間だけだ。
振り下ろされた剣は大地を焼き、シグの前方数メートルを焦土へと変えた。討ち伏された敵兵はうめき声をあげ、数秒の後に動きを止める。耐え切れたとしても致命傷に等しい傷だ、この先の戦いで前線を張る事は難しいだろう。
衝撃だった。
鉄帝にとっても、幻想にとっても。
一瞬の静寂の後に、早すぎる勝鬨が方々から上がった。腰が引けた幻想は指示を求めてか、あるいは保身の為か戦線を下げていく。連続して見せられた炎の剣はまさしく力の誇示に相応しかった。
しかして、士気を失わぬ者達もいる。大技には隙が伴うものだ、塊を狙って放たれるシグの攻撃を見た兵の一部は、彼の狙いを迅速に把握し懐に入りこもうと駆け抜ける。
振るわれた剣は、利香の夢魔剣によって遮られた。
「させませんよ!」
元よりシグの一撃で全てを焼き払おうというものではない。利香が剣を弾き出来た隙を、Brigaが踏み込み牙を見せて凶悪に嗤う。膨らませた肺を瞬時に萎ませ繰り出された大喝はもはや鈍器だった。
「クハハハハッ! 野郎ども進め! 砦ごとぶっ潰してやろうぜ!!」
敵を見据えたBrigaは鉄帝兵よりも前へ前へと踏み込み、その力を存分に奮った。一極の強さではない。イレギュラーズ一人ひとりが力を持った集団なのだと実際に知らしめるチャンスだ。
しかしただそれだけに注力する訳にもいかない。
突き進む仲間を見送りながら、珠緒は複数箇所で交わる戦へ気を配っていた。イレギュラーズがフォローできるのは中心付近だ。端の方でも交戦は行われているが全てを補佐出来る程小規模の戦ではない。
どの鉄帝兵を見ても、皆前を見据え突き進んでいく。イレギュラーズが見せる力が後押しになっているのだとしても、その姿勢は珠緒にとって好意的に映った。癒しを届けながら、仲間のサポートもし、鉄帝をバックアップしていく。
「(唱えませ)」
癒しを。祈りを。祝福を。
被害の及んでいない遠隔兵器拠点からの攻撃は断続的に続いている。時折、轟音と共に砂埃が勢いよくあがっていた。煙に紛れて駆け抜ける人影にスペルヴィアは目敏く気が付く。
「当てるわ」
「無論。とく狙うが良い」
軽快な足取りで煙から飛び出した雨の後ろ、引きつけた敵兵へとスペルヴィアは急接近する。一塊の雑兵が狼を狩らんと追いかけていたが、突如入った横槍に目を剥いた。
「悪いね、使わせて貰う」
千歳もまた、距離を詰める。退転する因果と三日月をなぞる刀筋は幻想を喰らい、悉くを散らした。決して派手ではないが、確かな一歩だ。鮮やかな手捌きは見る者の目を惹く。鉄帝の心を捉える手としては、充分。
蜘蛛の子を散らすように雑兵達が引いていく。まるでお椀のように婉曲を描いた戦線に、シグが気付かない筈もなかった。
「誘い込んで挟撃、か。あからさま過ぎるが……」
後方へと目線をやれば、勢いづいた鉄帝軍が凹みへそのまま突撃しようとしているところであった。
溜息も出るというものだ。
「諸君」
搦め手を使い戦いを仕掛けてくる幻想のやり方を、鉄帝は痛いほど知っていた。しかし、知覚と対策は別物だ。知っていても対策をしなければ繰り返し引っかかる。
「鉄帝にとっては敗北は恥ではないかね?」
シグの語る言葉は先の奥義と人心掌握術によって鉄帝の多くに届けられた。
顔を見合わせる鉄帝兵。その中から数人、前に出て名乗りをあげる。
「従おう、それが利となるならば」
かくして、鉄帝軍はイレギュラーズを受け入れ、アドバイザーとして利用する事を決めたのであった。
――その陰で、動く者がちらほらと。
●
「夏子! 一番乗りー!」
「て、敵襲ー!」
奇しくも両者の声は重なり、遠隔兵器拠点は騒然となった。ローレットの介入があるらしい事は知っていたが、まさか自分達の所が、なんていう意識があったのかもしれない。
夏子は名乗りを上げれば槍を天へと翳す。目立てば目立つだけ良い。それで操縦の手が止まるなら上出来だ。
「クハハッ! 惑え惑え! 死にたくなきゃ投降するんだな!」
牙を剥き、Brigaは大声をあげて威嚇する。力量差を知らしめる為の豪鬼喝は一部の兵器すらも巻き込んで放たれた。金属が嫌な音を挙げてへし曲がる。吹き飛ばされた兵士はすっかり及び腰だ。投降の言葉に諸手を挙げて嘆願した。
拠点を蹂躙しながらも、目的は忘れてはいけない。Brigaはざっと見渡した限りの兵士の特徴を捉え、中でも武器を持たぬ人間に目を留めた。ニヤリと口の端をあげて近付けば、蛇に睨まれた蛙のように技術兵は動きを止める。小さく悲鳴すらあがった。
「あらあらあら、あなたが件の兵士ちゃんかしらあ?」
Brigaに捕らえられ、利香の前に転がされた兵士が顔をあげる。目の前にいたのは華奢な少女――では、なく。それはもうどこを見て良いのか分からなくなるような体つきをした夢魔だ。
「ねーえ? ちょっとだけ協力してくれないかしら♪」
するりと尾を絡ませて。
「お姉さんと、デートしましょ?」
吐息混じりに囁いて。
「……私と一緒に、兵隊さんをやっつけるデートよ」
蠱惑的な双眸で見つめれば。
「はい!!!」
それはもう立派な忠犬の出来上がりなのでした。
その横で伸びた兵士から服を剥ぎ取り中のミミが、はわわ……とイケナイものを見るように、しかし目は逸らさずに凝視していた。それはもう一部始終を目撃した。
他にBrigaが連れて来た技術兵を利香がメロメロに魅了する傍ら、スペルヴィアは鉄帝を攻撃する為に使われていた兵器を調べていた。鉄帝の援護に使うとしても、可動範囲が砦へと向かなければ効果はあまり期待できない。
しかし、いざという時の為か、スペルヴィアの心配も他所に砲口はぐるりと回った。270度ぐらいはカバー出来そうだ。
他に利用できそうな物はないか、と視線を巡らせた先、サングィスが目敏く気付いて自身の契約者へと声をかける。スペルヴィアもまた、ソレに気付いた。
「夏子、少しいいかしら」
一言、『警戒』と。
スペルヴィアが見つけたのは雑兵達と思われる移動痕とはまた違うルートを辿る痕だ。雑兵の移動経路を注意していたからこその疑問視であり、伏兵の可能性を考慮していた少女はもしや、と勘付いたのであった。
「警戒、と」
夏子を通じて届けられた一言は雨の情報も添えられ、珠緒によって全軍に通達された。訝しむ者も多かったが、現状イレギュラーズの介入により被害が常より軽減されている事も確かである。
情報伝達以外にも癒し手を兼ねる珠緒の言葉は、縁の下の力持ちである事も相まってないがしろにされる事はなかった。もどかしい、と顔に出てはいるがちくちくと釘を刺されれば肩を落として機を待つのみである。
「来る」
在ると分かっているのならば、探知はしやすい。僅かな音すらも聞き漏らさず、千歳はやや後方へと視線を投げた。鉄帝軍の様な恰好をしているが、援軍が来るとは聞いていない。幻想軍だ。
背から追い立てる事で罠にかける事でも企んでいたのだろうが、今日の鉄帝はいつもと違う。羊の如く誘導されると思ったら大違いだ。
前線はシグが。誰よりも先に感知した千歳が後方で立ち回る形で鉄帝がばらつくのを留め、珠緒が時折暴走して地雷に引っかかる鉄帝兵を癒していた。
「いい腕してますね。どうです? 俺とどっちが多く首を取れるか、競争しません?」
「ふん、若造が!」
窮地に陥らせる筈の作戦すら、うまく使って鉄帝の舵を取る。将らしき鉄帝兵と切った張ったの勝負を展開し、負けじと周りの兵すら武功をあげる。士気は高い。
多少の筋違いはあれど、すべては、シナリオ通りだ。
●
遠隔兵器拠点を制圧した利香達一行は、それぞれ3つのルートに分かれる事となる。ひとつは遠隔兵器による援護へ。ひとつは残る遠隔兵器拠点の制圧へ。ひとつは砦の開門工作へ。
「やーん、お・上・手。リカちゃんもっと好きになっちゃう~」
「うおおおおおお!!」
「俺の方がウマいぞ!!」
もはやここだけ別世界であった。
元より拠点に籠って兵器の操縦をするだけの技術兵が本能により魅力マシマシの魔眼に太刀打ちできるはず等ない。対抗しうる幻想兵は既にBrigaらによって蹂躙され拠点の隅っこで伸びていた。
一部兵器が破損しているとはいえ、まだまだ使えるものは多い。洗脳した技術兵を使っての砲撃援護はかなりの効果を得られていた。
「ヘーェ? 今の貴族サマに従う意味はあンのか?」
砦に至るまでにあった障害を全て払いのけたシグら率いる鉄帝軍に合流したBrigaは、目の前で縮こまる技術兵を見下ろし冷ややかな目を向けていた。
「な、なにを」
「この戦争に勝っても負けても、切り捨てられるらしいぜ、オマエらは」
逃げ惑う兵を遠目に見据え、可哀想になァと零せば技術兵は息を呑んだ。そんなこと、と否定するには状況が状況である。鏡合わせに位置する拠点からは攻撃が降ってくるわ、砦から援護に来る気配は皆無だわ、心が揺さぶられてしまうのも仕方ない。
見るからに絶望的な表情をする兵の耳元、Brigaは甘言を囁き唆す。
寝返っちまえよ、と。
移動する幻想兵がひとり。その護衛がふたり。
「囮は飛んでるときに発見されそうじゃない限りしない方がいいかしらね?」
「鉄帝側に普段と違う手段…我々がいると知られるのは警戒を招くかもしれないな」
大群が遠隔兵器拠点へととりつく様を見届けたスペルヴィアはミミと夏子を連れ砦へと近付いた。大勢の目が大局へ向けられている今こそ動き時である。
「ここは手薄ね。気を付けて」
「きた! ミミに任せろー!」
バサリ、蝙蝠の翼を広げたミミは夏子を抱えて飛び立った。いよいよ砦攻略の大詰めである。鉄帝軍はすぐそこの拠点を制圧し終え、こちらの合図を待つばかりだ。珠緒のギフトで合図を出せば、決戦の火蓋が落とされる。
重要な役目だ。簡単に開けられる扉であれば良いが、時間がかかるようなら夏子の体力も危うい。
「そっちも気を付けてね、スペルヴィアちゃん」
見送るスペルヴィアへと声をかければ、少女は頷き物陰へと立ち去った。今ここで見つかってしまえば針の筵だ。行動は素早い方が良い。
扉の上へと飛び乗ったミミは姿勢を低くし人型へ戻る。幸い、扉上に兵の姿は見当たらなかった。眉を顰める夏子が見たのは、――あまりにも少ない幻想兵。
「諦めた……?」
「んー、でもチャンスっ」
実のところ、砦までの道中でガンガン兵力を削っていき、この人数でも相手とれる戦力まで落とす作戦だったのだが、二人が知る由もない。奇襲を受け踵を返す筈だった雑兵は悉く削られ、本命の奇襲も察知され、遠隔兵器拠点も破壊され、もはやボロボロである。
さて本日何度目か分からぬ名乗りをあげて、夏子が身を乗り出す。突然湧いて出た敵兵に慌てふためく幻想兵を横目に、ミミはそろりそろりと扉に近付いた。
防御集中。しかし、いくら少ないとはいえ多対個だ。ミミが手を貸す訳にも行かず、四方から向けられる刃に夏子の対応も徐々に鈍っていく。
鋭い槍の穂先を避け、弾き、次いで狙う斧の一撃を柄で受ける。身体を捻れば障壁を張った拳で押し込み、続く連撃を耐え忍ぶ。
「ちょいと……寝てる場合じゃないの!」
ここで自分が踏ん張らなければ。体に刻まれる傷は増えていき、鈍痛が思考を苛むが、戦士たる夏子は止まらない。
ガチン、と重たい音がした。
「夏子っ! 開いた!」
それは全てを決める勝利の声。
「――『蹂躙』!」
かくして、合図は聞き届けられた。
蠢く軍隊は津波に近く、怒涛のつわものたちが開け放たれた扉へとなだれ込む。
「チェックメイトだ」
奇策の手を全て失った幻想軍は、鉄帝に敗れる運びとなった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
プレイングお疲れさまでした。
今回は鉄帝側の依頼との事で、色々思う所もあるかと思います。
皆さまの働きがどう影響してくるか……祈雨としても楽しみです。
幻想は搦め手でのらりくらりと鉄帝の攻撃をかわしてきた、との事で、伏兵等の対処が今回のメインコンテンツの予定でした。
皆さまのプレイングや相談を眺めていると色々な見方が出来、大変楽しませて頂きました。
読んでいて面白いリプレイとなっていれば幸いです。
それでは、ご参加ありがとうございました!
余談ですが、雨についてはころころとダイスを振り影響度を調整しました。
同行NPCによって成否は変動しませんが、祈雨はたいへんなファンブラーなのでひやひやしたものです。
*
「お疲れさま。随分な軍師ぶりは目を瞠るものがあったよ。
ひとりひとりの活躍あっての結果だと思う。俺も助けられたし。
これが鉄帝の一撃に良い影響を及ぼすと良いね。期待しているよ」
GMコメント
お久し振りです。祈る雨と書きまして、キウと申します。
こちらは【VS幻想】シナリオとなっております。鉄帝側の依頼です。
以下、情報の捕捉です。
==========================
このシナリオは成功失敗の他に『戦果』を数字判定します。
これは幻想側と鉄帝側の有利にイレギュラーズがどれだけ貢献したかを示す数値であり、各GMが判定を行います。
全ての対応シナリオで積み上げられた数字によって北部戦線の最終戦闘結果に影響が出る場合があります。
==========================
●シナリオ成功条件
鉄帝軍の目的である『砦の制圧』の成功。
鉄帝軍の戦力(体力、兵数、士気など)が一定値以上なければ砦の制圧は成功しませんので、あの手この手で戦力を削ぎ落そうとしてくる幻想の攻撃を防いでください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●事前情報
最奥に、金属で出来た重厚な扉で閉ざされた砦があります。
侵入経路は凡そその扉ですが、道具があれば砦の壁を登り侵入出来そうではあります。中にいる兵の数は不明です。
砦に至るまでには遠隔兵器拠点が向かって左と右に2か所あり、10人程度の兵が滞在しているようです。戦闘に不向きな技術兵も混ざっているように見受けられます。
そのほか、急場で集められたのであろう雑兵の塊が散見しているようです。各塊の兵数はまばらで4~8人です。
数分で合流できる距離に散らばり、対イレギュラーズにおいて、一部隊では快勝、二部隊では拮抗、三部隊では苦戦……といった具合になりますのでくれぐれもご注意ください。
鉄帝軍に比べて、ぱっと見た感じでは兵数に劣るように見受けられますが……?
鉄帝軍は80名程度の軍隊で、指示がなければひたすら猪突猛進で砦に突き進みます。
雨によれば、手柄を立て武力をアピールすればある程度は融通が利くかもしれないようです。
●NPC同行
『勿忘草』雨(p3n000030)が同行します。
――します、が、戦力にはなりません。やれてサクラ(回し者)です。
鉄帝がどうして動いたのかを探るためにこちらについてくるようですが、安全第一に動いているようなので前線に出ろとされると尻尾を巻いて逃げ出します。
情報周りは一流なので、サクラとしては優秀……かもしれません。
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