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シナリオ詳細

再現性東京202X:楽観少女の一怪目

完了

参加者 : 3 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『よぉー! 落ち込んでんねぇ!』
 女性の声に、建物の屋上で真夜中にも関わらず黄昏れていた男は振り向いた。
 暖かそうな茶色い毛皮の上着を来た下に、白い生地のシャツと黒いフリルのミニスカート。
 これは声を掛けられた男が悪いのではなく、明らかに、誰から見てもスカートの丈が短いのでそう言ったまでだ。
 ともかく、その女は開口一番に親し気な言葉と笑い顔を撒き散らしながら、男の方へ歩んで行く。
 そのまま男の隣に立つと、以前からの約束のように二人して再現性東京の夜景を見下ろし眺めた。
 不思議な感覚を覚える。
 何にも縛られていないようなこの女性の笑い顔を見ていると、何だかこれまでの、これからの不安も一緒にこの夜景の下に落ちて行きそうで。
 今なら、どんな悩みをぶち撒けてもスッキリするかもしれない。
 きっと、隣の女性に自分の悩みを打ち明けても笑いはするが真剣に聞いてくれるだろう。
 そう思った途端、悩みは悩みとして抱いたままだが考え続ける事は少し馬鹿らしくなってしまった。
 だから、男はその感謝と敬意を込めて女性の方へ振り向き。
 一つだけ、これを訊ねたのだ。
『……アンタ、誰ですか?』


 世界は、これからどうなっていくのだろう。
 そんな事を考え始めると、男は眠れていた夜も眠れなくなってしまった。
 今の状況が無事に解決出来たとして、その先は?
 明日も明後日も平気だ、なんて保証は何処にも無い。
 男はそんな悶々とした悩みを吹いて貰う為に、マンションの自室を出て屋上で風に当たっていた。
「よぉー! 落ち込んでんねぇ!」
 声を掛けられたのは、そうやって金網の張った屋上の手摺にもたれ掛かった時だ。
 高校生……くらいだろうか。
 その女は見計らったように突然、男の真後ろに現れた。
 黒の、多分下ろせば長い髪を後頭部の高い場所で束ねて止めている。
 身長は少し低めだ。背丈が百と六十くらいの男に近付くにつれ、女の頭はその胸元くらいの位置にある。
 最初は酔っ払いに声を掛けられたのかと思った。
 それくらいには唐突だったし、何より声を掛けられるくらいの面識は無い。
「……アンタ、誰ですか?」
「ひっ……!」
 驚いた様子の女を見て、男も考えを改める。
 ここはマンションの屋上。酔っ払いが来るにしてもちょっと不釣り合いだ。酔いを醒ましに来たのなら話は別だが。
「酷い! 折角、フラれたばっかのご傷心のところに話し掛けてあげたっていうのに!」
「じゃあ人違いです。フラれてません」
「だっはっは! そりゃスマン! じゃあテストの点数でも悪かったか!」
「だから違います! 大体、俺は学生の前にイレギュラーズ……!」
「あー! はいはい!」
 女は、納得したように右の拳を左の掌の上に乗せた。
「イレギュラーズね! 通りでこんな真夜中に出歩いてる訳だ! いやぁ、危うく補導しちゃうところだった」
「補導も何もここマンション……警察の方ですか?」
 呆れた様子で男は答えの予想出来る質問を投げてみた。
 女は、あっけらかんとした笑顔で当然のように返す。
「いんや? 違うよ?」
 だろうな、と男は困ったように眉を寄せる。
 自分の知っている警察官像が正しければ、真夜中にこんな服装で、しかも勝手に敷地内の屋上に立ち入って来る筈がない。
 だが、続いた言葉は更に男の耳を疑わせた。
「アタシもイレギュラーズ」
 女は身体を反転させてマンションの階段の方へと逆戻りして行く。
「何かに悩んでるなら、ついておいで。良い所に連れてってあげよう。お姉さんが面白い話を聞かせてやるからさ」
 後ろ手に組んだ女の両手と足取りは、何処か軽やかなものを感じた。
 どうする。ついて行くべきだろうか。
「なぁ、少年」
「十八歳です」
「……青年」
 何事も無かったように言い直して、女は階段の一歩手前で男の方を振り返る。
「今を、楽しんでるかい?」


「七不思議……?」
 軽食を口に運び続ける女を前に、男は訝し気に訊ねた。
 真夜中にも関わらず、女は揚げたてのから揚げとポテトを口に運ぶのに忙しそうだ。
 良い所、というのがまさか慣れ親しんだ場所だとは思わなかったが、変な店に入られるよりかは落ち着くのもまた事実だった。
 既に机の端にはこれまで完食した皿が何枚も重なっている。あと大きなグラスも幾つか。
 その山に新しく終わった皿を積み上げて、女はケチャップの付いた親指を口に持っていった。
「そう! この再現性東京で!」
 カフェ・ローレットの中が静まり返る。
 いや、元々静かだったというのが正しいか。これも時間帯のものだ。
 時計を見たなら丑三つ時に差し掛かろうとしている。
 この時間帯でも活動している者は居るだろうが、それでも昼間よりは少ないと思う。
「えっと……」
 頬を掻きながら、男は戸惑った。
「ここの七不思議っていうと、南北の勢力圏の……?」
「はい違います、ブブー! れっきとした七つの怪談な!」
 理由は簡単だ。
『今に始まった事じゃない』
「あの、七不思議なんて以前も何処かで聞いた事あるような」
 その反応に、女は右の掌で自分の額を叩いた。
「っかー! クソォ! やっぱ被ってんのかこのネタ! まぁ良い、良いよ! じゃあ六つにしよう! 八個でも良い!」
「それも似たやり取り聞いた事有ります」
 女は、机を思いっきり両手で叩いた。
「じゃあ! どうすりゃいいんだよ!!」
「いや俺に言われても……」
 しかも、何処かの学校で、とかではなく再現性東京でと言ったのか?
 どれだけ広大な範囲だと思ってるんだ。
 そんなもの、一般人なら兎も角イレギュラーズにしてみれば七不思議でも何でも無い。
 ただの日常の一端だ。
「夜妖の討伐なら、俺の方からローレットに……」
 どうにも気まずくなって男は席を立ち上がろうとする。
 その男の両肩を、女の両手が上からがっしりと押さえつけた。
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ!」
「いや、あの」
「まぁ!!」
 細身の割に物凄い力だ。
 女は無理矢理に椅子に座らせると、改めて口を開いた。
「七不思議はな、全部で七つ有るんだ!」
「そりゃそうでしょ。七っつってんだから」
 結局、話は続けるのか。
「だけどその七つ全部を解いた時に、幻の八つ目が新しく出現する!」
「八つ目……」
「どうだ!? ちょっと楽しくなって来ただろ!?」
 どう、だろう。
 そもそも、今更ながらに何でこの人の話を聞いているのだろう、と男は思う。
「七不思議の一個目は『真夜中の銅像』。これにしよう!」
「……何ですか、それ」
「古い言い伝えなんだけどさ。最近、この近くに在る高等学校の校庭に置かれた銅像が深夜になると動き出すらしい」
「はぁ……」
 取り敢えず、古いのか新しいのか決めてから話し始めてくれ。
 それに、内容もやっぱり何処かで聞いた事が有る。
 動く人体模型だとか、その辺り。
「但し!」
 女は、ずいっと机に乗り出した。
「動き出すには条件が在る! 『真夜中に、誰も銅像を見ていない事』!」
「条件、ですか」
「人の視線を浴びてない状態。これが意外と難しいんだぜ? 何しろほら、気になったらつい見ちゃうだろ?」
 言われてみれば、そうかもしれない。
 イレギュラーズにしろそうだ。普段から不意打ちを警戒したり、動向を確認したり……。
 皆、誰も見ていない。なんて事は基本的に有り得ない。
 その銅像が夜妖だったとして、依頼中なら尚更。命に関わるからだ。
「夜妖、なんですか?」
「さぁ? 夜妖なんじゃね? いつ誰が建てたか判らんって言ってたし」
「なら、破壊すれば取り敢えず良しか……」
 でも、だったら。と案を思い付いた男を制止するように、女の声が先に被さった。
「で、アタシからも一つ条件を付け加えさせて貰う。『動いたのを確認して、その銅像の謎を解決する事』!」
「動くのを待つんですか!?」
「そりゃそうよ。じゃなかったら、ただの銅像ぶっ壊しただけじゃん。捕まるぜ?」
 女は、こう言っているのだ。
 実際に現地に行って夜妖かどうかをその目で確認し、本当に動き出したらそのまま退治。
 ……したら、良いんじゃね? と。
「アンタも一緒に戦うんですか?」
「いやいやいや、アタシは無理! 怖いのとかマジで無理!」
 勢い良く拒否をした後に、女は背もたれに背中を預けた。
「騙されたと思ってまずはこの一個だけでも行ってみ? 別に七個全部解決しろとは言わんし、現地まではアタシが案内すっからさ」
「他の六つは?」
「終わってから言うか考えるわ」
 何だ、それ。本気で解決する気が有るのか?
「他にも興味有りそうなヤツに声掛けてみ。何人居るか知んないけど」
「こんな時に……?」
「だはは! こんな時だからこそ、だ!」
 女は両手を広げて宙を仰いでいる。
「少年少女! 青年に美少女! おっさんもおばさんも、それから……えーと、爺さんと婆さん!」
 愉しそうだ。何がそんなに愉快なのかは検討も付かない。
「未来が不安なヤツも! 過去が不服なヤツも! 自分にはもう楽しさなんて無いなんて思ってるくらいなら!」
 ただ、正直見ていると楽観的にも思える言動は羨ましくもあった。
「何か悩んで立ち止まってんなら、目の前を青春を謳歌しようぜ! この、籠舞逢依と一緒にさ!」
 そう言えば、時期的にはそろそろ終業式か。
 次の世代が来るとしたら、その為に夜妖を退治しておくのも……悪くないかもしれない。
 取り敢えず、これは他のイレギュラーズの皆に任せてみる事にしよう。

GMコメント

●目標
・動く銅像、計二体の撃破
・銅像が動いた事実を目撃する。

●敵情報(計二体)
・七不思議『動く銅像』×2
とある学校の校庭に建てられた銅像。右手に槍を持っている。
人間種よりも大きく、身長にして2メートルを超える。
グラウンドの目の前、来客用の入り口付近に建てられている人型の像で、普段は全く身動きをしない。
だが、深夜を過ぎてから誰の視線も浴びていない場合、この銅像達は動き出す。
動き出した後、周りに人間を見掛ければ襲い掛かるだろう。

攻撃方法は武器として槍。
単純に突いたり、振り回したりだ。
その他、巨体を活かして殴るし、踏みつけてくる。

●ロケーション
深夜の高等学校。グラウンド周辺。
現場で最初に目撃するのは、建物前に鎮座する二体の銅像だ。

屋外であるので、比較的自由に動き回れるだろう。
高等学校に勝手に侵入して良いのか?
唖依によれば「話はつけてある」だそうだ。

銅像達が動き出す条件は『誰も見ていない事』。
これは当然、イレギュラーズの他に一般人も含まれる。
閑散とした場所だが、それでも人っ子一人通らない訳ではないし、銅像は嫌でも目につく位置に置いてある。
どうしたものか。誰も通らなくなった瞬間を見計らって、というのも我慢強ければ出来そうではあるが。

●NPC
・籠舞 唖依(カゴマイ アイ)
『七不思議』の依頼を持ちかけたイレギュラーズの女性。
年齢不詳。
白い生地のシャツと黒いフリルのミニスカート。
シャツの上には毛皮の付いた茶色い上着を着ている。

出発当日の現地への案内役。
案内後は帰ります。

●戦闘終了後について
もし、首尾良く依頼を解決出来たなら、貴方達の元に一枚の紙切れが舞い降ります。
紙には『ナ』という文字が一つだけ書かれていますが、他には何も書かれていないようです。
銅像を二体とも倒す事で入手出来ます。
銅像が持っていたのか、それは不明ですし何の紙か判りませんが……。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。


----用語説明----

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京202X:楽観少女の一怪目完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年03月20日 22時05分
  • 参加人数3/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 3 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(3人)

ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天翔鉱龍
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
囲 飛呂(p3p010030)
君の為に

リプレイ


「おーっし! そいじゃあ行きますかね!」
 再現性東京、深夜。
 遠足気分のような台詞からこの怪奇依頼は始まった。
 といってもそんな気分なのは呑気に三人の前で背伸びをしている黒髪の女、籠舞唖依くらいのもので、それが何処まで本気なのかも既に疑わしい。
「準備出来たかぁ? 春先だからって浮かれて薄着してっと風邪引くぞぉ」
 からからと唖依は笑い、散歩でも行くかのような足取りで歩き出した。
 その場所に三人残している事に気付いているのか、振り返りもせずにどんどん進んで行く。
 浮かれているのはどっちなんだろうか。
 呆れる様に彼女へ向けられた瞳は金色。オパール色の髪が通り過ぎる唖依に合わせて揺れ動く。
 背中を見送りながら、『鉱龍神』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)は瞬きを一つ。
「本気で解決する気あるのかなぁ? 彼女」
 本来二メートルの異形の蛇龍は、本日は再現性東京という場所を考慮した少女の姿。並べば唖依と同じ位の身長……髪と角の分、ェクセレリァスが少し高いだろうか。
「どうだろうな」
 応える『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が小首を傾げ、先に唖依の後に続いた。
 企んでいるようには見えないが、逆にこれはこれで何を考えているかも解らない。
 まぁ、この際何でも良いか、とェクセレリァスは地面より軽く浮いたままイズマを追う。
 気分転換に受けた仕事だ。
 額の角にも特に変わった物音は感じられない。
 いつもの再現性東京の風。建物と、眩い街並みの光。
 途中、その暗い陰の壁にもたれた茶色髪の男性が、掌に収めた緑色のキーケースを懐に仕舞うと二人へ合流する。
「七不思議、っつったよな」
 『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)の姿形が部分的に差し込む街灯りに照らされれば、茶色だった髪にほんのり薄ピンクが色付けられた。
 七不思議の一つ、それが今回の依頼。今や三人の遥か先を、案内する気が有るのか無いのか判らない速度で突き進んで行く唖依の相談だ。
 いや相談か? どうだろう。本人が楽しんでいるだけのようにも思えるが。
「そういう概念、再現性東京に独特な文化だよな」
 右手を腰に当てて顔だけ振り向きながらイズマは言う。金属的な音が小さく鳴った。
 確かに、この地域以外ではあまり耳にしないかもしれない。
 イズマの言う通り、これは最早文化と言って良さそうだ。
 春の花見とか。秋の食巡りとか。夏の……。
「……怪談にしちゃ時期外れだな」
 と、飛呂は怪訝に歩みを進める。
 一体、唖依は何処からこの話を拾って来たのだろう。
 イズマは微笑しながら唖依の様子を思い浮かべて飛呂を向く。
「まぁ確かに興味は惹かれるよ。俺も見てみたい」
「でも夜妖は夜妖なんだろ……まぁ、学び舎は平和な方が良い。危険なのも事実だし倒すのはいいけど」
「人を襲うなら放置もできないしな」
 当の唖依は道案内を申し出ておきながら、疾うの昔に交差点を曲がって姿を消していた。
 目的地までの大通り。イレギュラーズの談笑だけが、人通りの消えた無機質にも思える路傍を伝う。
 案内人が先走ったとはいえ、高等学校の位置は三人も把握している。
 近いのは近い。こうして話しながら歩いている内に辿り着ける距離である。
 学校という場所も手伝って難しい小道も進まない。
「……ん?」
 筈……なのだが。
 二つ目の十字路を右手に曲がった先、と言っていた気がするが、彼女の姿が見えない。
「二人とも」
 少女の声がイズマと飛呂に掛かる。
 唖依ではない。もっと、深みを含んだように響く女の子の声。
 振り返ると、ェクセレリァスが二人が通った道の途中でこちらを見つめて止まっている。
 人間よりも人間らしい、小さく美しい造形の手を胸元まで上げて、その指先は真横の壁に向けられていた。
「こっち」
 頭部の感覚機能がェクセレリァスに知らせている。
 この先に偉く上機嫌な個体が居るぞ、と。
 まぁ、上機嫌かどうかは知覚するよりその双眸で見た感想な訳だが。
 戻って来るとそこは手入れもされていないような路地。
 その向こうに、仁王立ちで両手を腰に当てて突っ立っているシルエットが浮かんだ。
「おーい! 置いてくぞー!」
「……だってさ」
 少し首を傾けて、ェクセレリァスは二人へ問うように顔を向ける。
 金と、赤と、その赤の中に黄緑の光をチラつかせた視線が互いに混じり合って。
「こんな……」
 予定よりも狭い道程の中に、三人は縦一列に並んだ。
「明らかに道じゃないとこ、進む必要有ったの?」
 ェクセレリァスはその細い体格でも横幅いっぱいの外壁に挟まれながら前の人物に問うた。
 手入れが行き届いていないせいで枯れ木が塞がるように伸び切っている。
「うっふっふ。勿論理由は有るとも……こっちの道の方がな」
 先頭……ェクセレリァスではなく、その更に前を歩く黒髪を束ねた少女がご機嫌な声で答える。
 理由、と言われてイズマが真っ先に思い浮かべたのはやはり今回の夜妖。
 視線を感じる限り正体を現さないという話だ。
 それに関係した事だろうか。
「何か冒険感あるだろ……!?」
「特に意味はねぇって事だな」
 猫背気味に枯れ木を躱して、飛呂が間を開けずに返す。
「まぁ、そうさ。意味は無い。無いけどそれが良いんだ」
 三人から唖依の顔は見えていない。
 だが、何故かどういう表情をしているか少しだけ察せるかもしれない。
「こんな仕事やってるとさ、どうしたって最適な行動を求めがちだろう?」
 自論だけどな、と唖依は付け加えた。或いは経験談だろうか。
「私は、無駄を過ごしたいんだよ」
 巻き込む形になったのは悪かったねぇ、と悪びれもせずに言った唖依は、三人に道を譲るように横へ逸れた。
 出て来たのは大通りから道路を二つ挟んだ歩道の上。
 次の夜明けまで口を閉じた、隙間だらけな鉄門が貴方達を待っていた。


 俯瞰してみた校舎は誰も居らず、寂し気に朝を待ち侘びている。
 広域に視界を伸ばせば、飛呂に見えたのはまばらにでも歩くのが絶えない一般人。
 そんな四人の前に、ふてぶてしく件の銅像が建っている。
 その二つを見上げて、最初に口を開いたのは唖依である。
「んじゃ、アタシはここいらで……」
「え、帰るのか、唖依さん?」
 颯爽と背を向けた唖依にイズマが呼び掛ける。
「いやほら、アタシが居たら何かと邪魔にだな」
「せっかく案内してくれたのに一緒に解決できないとは残念だ」
「うんうん、アタシも残念この上極まりなく」
「人手も足りない事だし、準備だけでも少し手伝わないか?」
 今度は、唖依の方が呆気に取られて瞬きを繰り返す番であった。
 飛呂が何かに反応して振り返る。感知していた温度が、イズマの隣でほんのり赤みを増していた。
「……で」
 グラウンドの隅。
 人数はいつもより少ないながらも、充分な警戒をして広がる三人の中で唖依は怪訝に眉を潜ませる。
「こりゃ何だ?」
「監視カメラさ」
 手際良く組み立てながらイズマは答えた。そのまま銅像の足元にグラウンドの砂を撒いて。
 作業の様子を見ながらェクセレリァスは疑問を口にする。
「てか、誰が建てたのか分からないなら、適当に壊しても別段問題にならないのでは……?」
「はっはっは!」
 豪快に、唖依が笑った。
「まぁそう言うな! 謎の銅像を謎の集団が闇夜に紛れて颯爽と討伐! 大事なのは雰囲気だ!」
「ふぅん……?」
 何だかよく解らないが、彼女に取ってはそういうものらしい。
「まぁ良いけどさ」
 とだけ告げたェクセレリァスは、そのまま空中高くへ飛翔していく。
 視界に頼らずに感知する為、額の角の感覚最大限に伸ばしドーム状に。
 今、夜空を見上げれば可憐な少女が月夜に照らされて浮かんでいるという、何とも神秘的な絵図が見られる事だろう。
 幻想絵画の描き手ならこれ程題材に相応しい構図もあるまい。
 角と翼があって空を飛ぶ人間はいない。が、そこまで気にして行動を制限されても仕方無いだろう。
 感覚器官の真下には、三者三様に分かれるイレギュラーズが居た。
 カメラの設置は唖依に任せ、イズマは学校の周囲にバリケードを築いていく。
 簡単に言うと人払いだ。
 その柵で人々が学校から遠ざかっていくのを確認した飛呂は俯瞰視覚を閉じると、更に『条件』に近付ける為に犬のメカと視界確保用に召喚した蛇を解き放った。
 ロボットへの指示は『人の近くでキュンキュン甘える声出して、暫く一緒にいてから学校から離れた位置に移動』。
「これで良いかい?」
 と、戻って来るイズマに唖依は問う。
「あぁ、有り難う」
 そう言って、イズマはカメラの録画ボタンを押した。
「あとは俺達が目を離せば条件が整うな」
「ん、それじゃアタシは戻るからね。頑張りな」
 両手をポケットに突っ込んで、唖依はその場に背を向ける。
「学生やってるって感じで楽しかったぜ、あんがとな! カフェで良い報告待ってる」
 途端、辺りが静まり返った。
 台風というか、暴風というか。あの快活な笑い声が懐かしく感じるかもしれない。
「……違うな」
 唐突にイズマは呟く。
 この静けさ、独特の空気が張り詰める感じ。
 研ぎ澄まされた二人の耳に届く、砂利の擦れる音。
 宙高くに浮遊していたェクセレリァスは、その角が感知した違和感を確かに覚えた。
 そうして思い至る。どうやら今回の夜妖、『見る』と『視る』では反応に違いが出るようだ。つまり、肉眼で捉えている間のみが銅像としての秩序を保っている。
 一夜、闇夜を見渡す飛呂の瞳がカメラを映す。
 そのレンズ越しに反射した。
「……本当に……!」
 夜に鈍く光る槍先。イズマの手が細剣に掛かる。
「動いたか!」
 真後ろの像が緩慢な動きから一刺しを振り下ろす。
 地上の二人が振り返りざまに後方へ跳躍、イズマは音波の反射音で、飛呂がそれより敵性反応を一瞬早く感知し、槍が地面を突き刺すより速くその場を跳び退く。
「鋼の俺が言うのもなんだが、銅像の身体でよく動けるな!」
 イズマが左手で細剣を抜き、右手で光源用のライトを取り出しそれを一回転。
 飛呂は後退しながら映像機器を同じく懐から出すと、録画機能を起動させる。
 二体目の銅像が動き出す直前、その場に落とされたのは異形の大きな影。
 銅像が見上げた先に、地上百五十メートル地点から異常を感知し、一直線に急行直下する金の眼が既に狙いを定めている。
 地上二人が一度反転攻勢の構えに変わるならば、やはり最初に仕掛けるのはェクセレリァス。
 そのまま銅像の真上で急停止。風の抵抗で透き通るようなオパールの長髪が背中に膨らむ。
 その中で眩い銀色の光が身体の中心に収束していく。
 その間に、飛呂は更に距離を取りつつ射撃の最適能率弾道を即座に計算し、込める弾丸と共に最速反応の構えを見せる。
 イズマは退避した位置で細剣を一薙ぎすると、風に乗った音色が己の身体を補強する。
 飛び散った小石がイズマの直前で跳ね返ったのは、同時に物理的な衝撃を遮断する障壁が展開されたからだ。
 辿り着くその間際、ェクセレリァスから銀光の砲撃が放たれた。
 一面が爆煙に包まれる。
 銅像二体が飲み込まれた煙の中で、黒く影が揺らめいた。
「動けなきゃ、ただの銅像だろ」
 飛呂の放った弾丸が煙を突き抜けて銅像を穿つ。
 槍で薙ぎ払う。夜妖ならばそれも可能だろう。
 但し、それが一発だったならば。
 抜け出た弾丸が無数に分かれ、数多の銃弾が銅像を襲う。
 強襲、追撃するのは一発の弾道の裏に潜んだ死神の一弾。
 隙を突いて煙の中で光を纏い、視界を明瞭にさせたイズマの一突きが刺さる。
 そのまま銅像の身体を流すように沿わせながら反転、二体目の銅像の身体へも細剣を叩き付けた。
 広がる波紋は身体の内側から。
 強かな音波の共鳴が銅像の思考回路を狂わせたのだ。
 明確に動き出した銅像の槍、もう一体の拳がイズマの障壁に阻まれ、その二体の間を抜けたイズマが停滞の呪術を開始させる。
 銅像達は、明らかにイズマへ身体を向き直した。織り込み済みだ、その為の響撃。
 隙だらけの銅像の背にェクセレリァスは構える。
 左手を前に照準を合わせ、右手でその手に溜めた魔導素粒子を引き絞り。
 ――滅びろ。
 放射されたのは波動砲の事象崩壊。
 離れた位置に居て正解だった、と飛呂とイズマは思ったかもしれない。
 特殊な力を内包していない筈の一矢が砲撃級。
 巻き込まれればきっと、障壁を張っていても無事では済むまい。
 何より驚くのはたった三人にして、いや三人だったからだからこそだろうか、三人共にそれぞれ能率的な動きで敵を翻弄してみせているところだ。
 よくよく考えればこれまでに相対してきた敵と比べれば、この程度の怪異など培ってきた彼らの経験値の前には赤子も同然といったところなのだろうか。
 近距離で盾となるイズマに、空中からの攻撃砲台としてのェクセレリァス、地上からは飛呂も遠距離狙撃として距離を保ちながら銅像達の行動を封じ援護している。
 バランスの取れた組み合わせだと言わざるを得ない。
 不安要素が有るとするならば、夜妖の耐久力だろうか。
 やはり攻撃の手数が三人だとその分時間も掛かる。これは仕方の無い事だ。
 人々の目に晒されるまでには決着が着きそうではあるが。
 その瞬間はしっかりと収められる事だろう。
 三人の雄姿も視界に入れて記録を回す、イズマのカメラによって。


 飛呂が射線を保つために左へと足を動かす。
 二体を巻き込む為の掃射ならその場で充分、一撃の狙撃となれば、飛呂の腕に掛かっている。
 もっとも、アレだけデカければ外すのも難しい。
 その銃弾を切らさない為に、そして自身の活力も再燃させるべく、イズマの歌声が宙高くまで舞い上がる。
 その間にイズマへと迫る銅像へ、こちらもェクセレリァスが迎撃の体勢を取った。
 攻撃用に収束していた魔導素粒子をそのまま周囲に充満させ、二体の視線を誘う。
 余力はまた宙へ飛翔する分へと。
 銅像の動きは、さて、どうか。奴らは槍を持ち替えてェクセレリァスへと投げ槍の構えを見せている。
 ただ、哀しいのはその槍もェクセレリァスの足下くらいにしか届かないという事。
 例えその間に味方に被害が及ぶとしても。
「おっと……やらせないよ!」
 上空から戦況を見渡せるェクセレリァスが的確に魔力回復を施せば、まず窮地に陥る事も無いだろう。
「んじゃ、いい加減に……」
 飛呂が銃身に手を添え構える。発射されたのは銅像二体を巻き込む掃射。
 その銃弾が到達すると同時に、イズマが中へと飛び込んだ。
「撃ち抜く!」
 イズマが細剣を突き出す。その先端に浮かび上がる古竜語の魔術紋章。
 暁光が紋章を鮮明に輝かせる、環状に循環する魔力が出力を上げていく。
 一瞬、紋章が息継ぎに沈黙し。
 放たれた一閃の光。
 夜の学校が光り輝き、その奔流に飲み込まれた銅像達への光が鎮まる頃には。
 銅像達は、滑稽な音を立てて崩れ去っていた。
「……ん?」
 光の中で、何かが風に揺れている。
 イズマが、舞い降りた何かを掴み取ってそれを確認した。
 薄い紙切れだ。無造作に破られた、スケッチブックの端のような。
 狙撃の距離から崩れた像の元へ飛呂も歩み寄り、ェクセレリァスも高度を下げてイズマの手元を覗き込む。
「何だろう、この紙……」
 言いながら、イズマは裏に返してみる。特に何も書かれていない。
 表には『ナ』とだけ書かれた白い紙。
「……ナ?」
「何だ、これ」
 読み上げたイズマに続き、飛呂は訝しんだ。
 あの銅像から出て来たのだろうか。ェクセレリァスが像だったものに目を向けるが、そこには破片となって消え去っていく夜妖しか残ってはいなかった。
 武器も共に霧散していく。あそこから読み取れる情報は残されていないだろう。
「もしかして、本当に……」
 飛呂は顎に手を添え、口を開いた。
 本当に、全七不思議の解決で何かが起こるというのか?
 不明瞭な物ではあるが、まだ銅像の邪心でも残っているのか、イズマの目は僅かな魔力の残滓を感じ取る。
 取りあえずは、依頼は完了した……という事にはなるだろうか。
 再び人が集まる前にカメラを回収し、三人は彼女が居るカフェ・ローレットの扉を叩いた。
「お、意外と早かったね!」
 そうして掛けられたのは、時間帯を度外視した懐かしの声である。
「持って来たよ」
 ェクセレリァスの言葉の後、飛呂が机に置いた映像媒体に対して「ん……うん、観るわ。また後で」と遠慮気味に受け取った唖依の元に、おかわりのようにイズマからもカメラが置かれ、飛呂は溜息混じりに彼女へ告げた。
「依頼振った責任はもっとけ」
 これは逃げられないな。
 そう思ったか首を傾げた唖依にもう一つ、イズマが例の紙を差し出した。
「これ、何か判るか?」
 手渡しで受け取り、唖依は何度も裏表を確認している。
 そうして口元に紙を当てた彼女は「らしくなって来たじゃん」と微笑して呟いた。
 三人へ振り向くと、唖依は紙を弄びながら笑顔を向けている。
「依頼解決、さんきゅーな! おかげで楽しかった。また何か遭ったら……そうだなぁ」
 と呟き続ける唖依を前に、三人は顔を見合わせる。
 また、性懲りも無く何か頼むつもりなのだろうか。
 再現性東京の夜は深まっていく。
 いつまでも、遊ぼうよ。そんな風に語らいでいるようだった。

成否

成功

MVP

ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天翔鉱龍

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせ致しました!
お疲れ様でした、依頼完了です!

今回はいつもより、導入部分から描写を多く入れさせて頂きました。
何というか、夜の冒険! のような息抜きとなってお楽しみ頂ければ幸いで御座います。
唖依からの依頼はまた……有るかな……?
気付けば暖かくなってきました。イレギュラーズの皆様におかれましても、体調を万全にして臨んでいきましょうね。
では、機会が有ればまたお会い致しましょう!
有難う御座いました!

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