シナリオ詳細
怪盗ブラックバードの仕事。或いは、フェケテリコの災難…。
オープニング
●黄昏時
海洋。
音楽の街“ウィルイン”には「黄昏時」という名の1軒のバーがある。
バーカウンターの向こうには、夜目の効く獣種のバーテンダー。蝋燭の小さな明かりがあるだけで、店内はどこも真っ暗だ。
当然、そのように真っ暗な店であるため、隣り合った者の顔色さえ窺えない。
互いに名乗らず、詮索せず、話を遮ることもせず……ただ、その時々、偶然に隣り合った客同士でのゆるやかな会話を楽しむことが店のコンセプトであるからだ。
「ここは静かだな。この街と来たら、どこもかしこも音楽が流れているというのに」
暗がりの隅で、アルコール度数の低い酒を舐めるように飲んでいる1人の男。名をベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)という。
先日、少し酒に酔って醜態をさらしたばかりだ。それゆえ今宵は、このように1人で、度数の低い酒……ともするとジュースか何かのような……を楽しんでいる次第であった。
「失礼」
そんなベルナルドの前に誰かが座る。
くぐもった声だ。
女性か男性かも分からない。
「怪盗ブラックバードだな」
人影が声を潜めてそう言った。
怪盗ブラックバード。
酔ったベルナルドが適当に名乗った名前である。怪盗とは言ったが、酔った当時にしたことと言えば、まるで押し込み強盗のような真似であった。
ベルナルドにとっては、一刻も早く忘れ去りたい過去の記憶だ。
まぁ、暫くの間、忘れられそうにも無いが。
何しろ、酔った当時のベルナルドを見ていた者は多いのだ。今だって、そこらの音楽家から「よぉ、怪盗! 仕事の方は順調かい?」などと、気安く語り掛けられるのだから。
そんな有様であるから、日の高いうちからウィルインの街を歩くことも難しいのだ。
「人違いだ」
確かに怪盗ブラックバードを名乗りはしたが、そんな者はいないのだ。
そもそもブラックバードと言うのは、再現性東京で活動するにあたってでっち上げたバンドグループの名前である。
「まぁ、認められないか。だが、せめて話だけはさせてもらうぞ」
「……勝手にするがいい」
人影はベルナルドこそが“怪盗ブラックバード”であると確信しているようである。
まぁ、間違いでは無いのだが。
「怪盗ブラックバードに、1つ、仕事を頼みたいんだ」
人影の話はこうである。
ウィルインの街には、遥か昔から大勢の音楽家が住んでいる。
それはなぜか?
ウィルインという街は、音楽家にとって非常に住みやすい土地であるためだ。
駆け出しの音楽家はウィルインへ行け。そこで多くの仲間と出逢い、切磋琢磨し腕を磨け。
大成した音楽家はウィルインへ行け。人に教え、教わることで、より音楽の高みを目指せ。
ウィルインに伝わる古い言葉だ。
「ウィルインの街を作った、1人の貴族の残した言葉だ。彼は、音楽家たちを支援し、大成させることを生き甲斐としていた変わり者であったという」
貴族の名は、モルツァルストと言う。
この街の片隅にある大きな屋敷が、生前に彼が住んでいた場所だ。
「モルツァルストの屋敷は見学できる。毎日ツアーをやってるからな。だが、そんなモルツァルストの屋敷には、誰も知らない隠し部屋があるらしい」
人影は語る。
ベルナルドは黙って酒のグラスをテーブルに置いた。
「隠し部屋には、生前にモルツァルストの描いた絵が隠されているらしい。私はどうしてもその絵が欲しいのだ」
「……絵か。そんなものを、手に入れてどうする?」
絵という言葉が、ベルナルドの興味を引いた。
人影は、闇の中で首を振る。
「どうもしないさ。ただ、見たいんだ。絵ってのは、人に見られて初めて完成するものだとは思わないか?」
なんて。
それだけ言って、人影は静かに席を立つ。
さっきまで人影のいた場所には、数枚の金貨が転がっていた。
- 怪盗ブラックバードの仕事。或いは、フェケテリコの災難…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月28日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 7 人
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参加者一覧(7人)
リプレイ
●モルツァルストの屋敷
「こちらがモルツァルスト屋敷の本館。左右に見える長い建物が別館となっております」
ガイドの女性が、旗を片手にそう言った。
ここは海洋。
音楽の街“ウィルイン”にある大きな屋敷。かつては貴族の持ち物だった屋敷で、今ではすっかり観光地と化している。
1日に1度、ツアーが組まれるほどには人気の観光スポットであった。
「皆さん、できるだけ前の方に詰めてください。屋敷の門を潜る際に“転移の魔術”が発動します。うっかりしていると、どこかに飛ばされてしまうこともあるので気を付けてくださいね!」
ガイドが掲げる旗を中心に、魔力の波動が広がった。
つまり、あの旗を使って屋敷に施されている魔術的な仕掛けを弾いているのだろう。
「では早速、中に入ってみましょう!」
ガイドの案内に従ってツアー客たちが門を潜った。
と、その時だ。
ぶぉん、と耳元で無数の羽虫が飛び回るような音がした。
「っ……結構、強めの仕掛けだな」
耳を押さえて『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)が顔を顰める。ツアー客たちも、同じような顔をしていた。
「楽しいツアーになるといいなあ」
ツアー客は全部で12人。その中には『無尽虎爪』ソア(p3p007025)もいる。
ツアーを楽しみにしているのか、ソアはとても上機嫌だった。
「っていうか、あれ?」
「ん? 飛呂くんどしたの?」
「いや……何人か、足りなくねぇ?」
正門を潜り抜けた直後から人が数人、消えていた。
そう。人が何人か消えている。消えていることは明らかだ。
けれど、しかし……。
「誰がいなくなってる?」
「……分からねぇ。何でか、思い出せない」
消えたのが何人か。
そして、誰が消えたのか。
飛呂も、ソアも、まったく覚えていなかったのだ。
モルツァルスト。
音楽の街“ウィルイン”の創設者である貴族の名前だ。
貴族の間では“変わり者”として有名だった。
金の無い音楽家たちをウィルインに呼び集め、世話をして、曲を作らせ、演奏の場を与えた。モルツァルストは心から音楽を愛していたのだ。
これが音楽の街“ウィルイン”の成り立ち。
その始まりの物語。
「モルツァルストさんとこの街の成り立ちか、興味深いな」
窓に近づき、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はそう呟いた
「……ベルリオさんもこの街に来た事があるのかな?」
イズマはそっと窓ガラスに手を触れる。
刹那、窓ガラスの表面が水面のように波打った。ごく微細な魔力を感じる。
おそらく保護の魔術だろう。
窓を壊したり、傷つけたりすることは出来そうに無い。
「これは……古い街並みか?」
魔力の波が収まった後のことだ。
イズマは、窓に映っている景色が少しだけ変わっていることに気付いた。どこか哀愁を感じるセピア色の景色。
さっきまで見ていた街の景色と同じ。
けれど、今よりもはるかに古い時代の風景が、窓ガラスに映し出されていた。
ツアーからはぐれたのはイズマだけじゃない。
「良い匂いに気を取られていたらはぐれたデス」
彼女、『不死呪』アオゾラ・フルーフ・エーヴィヒカイト(p3p009438)もツアーからはぐれた1人である。
アオゾラが立っているのは、西別館の3階。
窓の無い狭い廊下である。
「作曲室。練習室。楽譜保管庫。視聴覚室……宿泊している音楽家たちのための設備デスネ」
のんびりと、廊下に並んだ部屋を1つずつ見て回る。
ツアーからはぐれたからと言って、アオゾラは全く焦っていなかった。最終的には、ツアー最後の晩餐会までに合流出来ればいいのだ。
なので、自由に歩き回ることにした。
けれど、しかし……。
「砂漠や船の転覆に比べたら屋敷で迷子なんて可愛いものデスネ」
通路の向こうに“何か”がいる。
暗がりの中に、蠢く巨大な影がある。
危険なツアーであるとは聞いていなかったが、そう言えば、完全に安全だとも言われていない。もしかすると、アオゾラが知らないだけで屋敷には霊の類でも住み着いていたのかもしれない。
「来るなら来いデス」
暗がりに向かって、アオゾラは声を投げかけた。
蠢いていた影が、アオゾラの方を振り返る。瞳などは見えないし、顔貌さえも判然としないが“見られた”という感覚だけは確かにあった。
にぃ、と。
暗闇の中で赤色が咲いた。
否、それは真っ赤な口腔である。耳まで裂けた、大きな口で影が嗤っているのである。
果たして……。
「屋敷見学に無貌を晒した結果、さて、此処は何処だ」
影の中から這い出したのは混沌とした黒い影……『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)であった。
東別館。3階廊下。
窓越しに向いの棟の廊下を見ながら、『無限ライダー2号』鵜来巣 冥夜(p3p008218)は顔色を悪くした。
「あいつら……まさか、あいつらも絵画を狙ってやって来たのか?」
口元を手で覆い隠し、冥夜は唸る。
モルツァルストの秘密部屋と、そこに隠された絵画の謎。
ウィルインに古くから伝わる伝説の1つだ。
「退くか? いや……せっかくオランが『シャーマナイト』の名前を売り込んでくれたんだ。この勢いを無駄にするわけにはいかん」
冥夜が絵画の噂を聞いたのは偶然だ。
オランという仲間が街の音楽家たちと友誼を結び、モルツァルストの絵画の話を聞いて来たのだ。噂を聞いた冥夜は、モルツァルストの絵画が誰の目にも触れずに放置されていることを良しとはしなかった。
だから、盗みに来たのである。
「噂の絵画は俺が救い出してみせる、この怪盗シャーマナイトが!」
この時の冥夜はまだ知らない。
今日、この日、この時に。
モルツァルスト屋敷には、2人の“怪盗”がいたことを。
本館3階。
屋敷の屋根にひっそりと舞い降りた男が1人。
「俺が絵を盗めたとして、顔も分からない相手にどう渡してやるかは悩みどころだが」
黒い翼を折り畳み『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)……もとい“怪盗・ブラックバード”は地面を見下ろす。
すぐましたには、モルツァルストの書斎があるはずだ。
「……絵画を眠らせたままってのも勿体ねぇ。保存状態が悪けりゃ劣化しちまってるだろうし、まぁ上手いこと回収させてもらおう」
モルツァルストは、絵画を屋敷の隠し部屋に置いたらしい。
もしも隠し部屋があるとするなら、一番怪しいのがここだ。モルツァルストの書斎だ。
ゆっくりと周囲の様子を確認する。
人の目が無いかを確認しているのだ。
そして、誰にも見られていないことを確認したブラックバードは、音も立てずに書斎へと忍び込むのであった。
●ある変わり者の屋敷
貴族が住んでいたとは思えぬほどに質素な屋敷であった。
廊下や階段、各部屋の中には高価な調度品など1つも置かれていない。既に誰かが持ち出したか、それとも元々、モルツァルストという男は吝嗇家であったのか。
「正直、あまり面白いもんは置いてないな」
周囲をきょろきょろと見まわしながら、飛呂は声を抑えて言った。
参加しているツアー客たちも、概ね似たり寄ったりの表情を浮かべている。
そんな飛呂たちの様子を見て、ガイドの女性は満足そうに笑っていた。まるで「つまらない、退屈だ」という反応こそが、彼女の思惑通りであるかのように。
「えぇ、そちらの方の言うように本館はとても質素です」
やべぇ、と飛呂が顔を顰めた。
他のツアー客が、くすくすと笑う。
「モルツァルストは、ただ音楽だけに執着を抱く人物だったと言われています。その証拠に音楽家たちが泊まる別館には、上等な寝具や食器が用意されています」
モルツァルストという人物のことを話しながら、ガイドは階段を上がる。
「そんなモルツァルストが音楽以外で唯一、趣味としていたのが絵画です。特に、人生の最後に描いたという1枚の絵画は有名ですね」
モルツァルストが最後に描いた絵画。
今では伝説となった貴族の遺品だ。
当然、誰もがそれを探したはずだ。
話をしているうちに、一行は3階へと辿り着いた。
「けれど今でも、その絵は見つかっていません。何度、誰が探しても……その絵は一体、今、どこにあるのでしょう」
そう言って、ガイドは書斎の扉に手をかける。
「もしも隠し部屋が本当にあるなら、書斎が怪しいよね~」
「お? ソアさん、絵とか興味あんのか?」
「ん~? ボクね、こう見えても絵は好きだよ。お姉さまにたくさん教わったからね」
扉が開く。
瞬間、ふわりと冷たい冬の風が吹く。
「……え!?」
ガイドが間抜けな、困惑したような声を上げた。
部屋の中には男が1人。
窓枠に足をかけた姿勢で、驚いたような顔をしている。
「でもその後に待ってるご馳走はもっと好きっ!」
瞬間、ソアが床を蹴って跳び出した。
バチ、と空気の爆ぜる音。
「ど、泥棒っ!」
ソアが駆け出した直後、一拍遅れてガイドが叫んだ。
その時にはもう、泥棒も、ソアも、書斎のどこにもいなかった。
泥棒……もとい、ベルナルドと縺れ合うようにして、窓から飛び出して行ったからだ。
「おいおい。せっかくの休みに面倒ごと巻き込むな」
なんて、言って。
思わず零した飛呂の言葉は、誰の耳にも届かない。
窓に光が差し込んでいる。
赤い光……夕日であろう。
まだ夕方まで時間があったはずなのだが、どうやらイズマは時間の流れがおかしい空間に迷い込んでしまったらしい。
これも、屋敷に施されている魔術的な仕掛けのせいか。
「そう悪いものでも無さそうだが」
客室のベッドに腰かけて、イズマはゆっくり目を閉じた。
遠くの方から音楽が聴こえる。
ピアノにドラム、ギター、ベース、トランペット……様々な楽器を、心の向くままに奏でている音だ。“音を楽しむ”と書く音楽の本質がそこにはあった。
「モルツァルスト氏も、こんな風にして音楽を楽しんだのだろうか」
もしもそうだとするのなら、イズマが迷い込んだこの場所は、きっとモルツァルストの記憶の世界なのだろう。
セピア色に染まった、幸せな一時の記憶。
けれど、しかし……。
『――Nyahahahahahahahaha!!』
「……何か変なのが混ざっている」
上の方の階からだ。
どこかで聞いたことのある、楽し気で不吉な誰かの哄笑が聞こえていた。
音楽鑑賞を邪魔されて、イズマは少し苛立っていた。
西別館。
3階の外れの談話室。
ロジャーズとアオゾラは、ソファーに座ってのんびりしていた。
「それで、ここはどこだ? 扉を潜った後の記憶が無いのだが?」
「たぶん魔術的な仕掛けで飛ばされたんデス」
2人とも、現在地を把握していないのだ。
なので、廊下に並んだ部屋を1つずつ順番に確認して、今は休憩中である。
「何? 魔術的な仕掛けだと? 面倒な……鴉の一文字で私を惑わせるのか」
「……?」
顎に手をあて、ロジャーズは何か思案する。
確かに屋敷には魔術的な仕掛けが多い。だが、そのほとんどは人に危害を加えない、一切の危険が無いものだった。
例えば、音の反響を良くする魔術だとか、防音の魔術だとか、安眠のための魔術だとか、そう言う類のものばかり。危険なことな何も無い。
まったく、ロジャーズたちの身に危険など降りかからない。
「奴よりは真面なお遊戯の筈よ。して、どうする!?」
「どうも。そのうちツアーに合流出来れば良いので適当に歩くデス」
休憩は終わりだ。
そろそろ移動を再開しよう。
と、そう思った、その時だ。
「むっ、あっちから美味しそうな香りガ」
アオゾラが、談話室の奥の壁を指差した。
仕掛け扉のようである。
それも魔術的な仕掛けだ。
ある一定以上の魔力が無ければ作動しないようになっていることが分かる。
「しかし……気に成るのはスイッチか。尤も、私は賢い人間故……おっと!」
ロジャーズやアオゾラなら、魔力的には十分だ。
つまり、2人なら仕掛けを作動させることが出来る。
「開けマス?」
「開けずしてなんとする?」
ロジャーズが仕掛けに手を伸ばす。
と、その時だ。
「そこが隠し扉か。離れてもらおう……絵画はこの怪盗シャーマナイトがいただく!」
冥夜の声が、廊下に響いた。
「お前……いい歳だろうに、怪盗だと!?」
冥夜の名乗りに思わず声を上げた者がいる。
近くの部屋に身を潜ませていたベルナルドである。
「そう言うお前は……何者だ?」
「俺はベ……怪盗ブラックバードだ」
「怪盗じゃないか。いい歳して」
「……事情があるんだ」
気まずい沈黙が廊下に流れた。
「ブラックバードよ。ボロボロだが? それに、焦げ臭いぞ?」
「……事情があるんだ」
ソアに追いかけ回されたせいだ。
捕まるわけにもいかず、かといって同じイレギュラーズの仲間を相手に暴力を振るうわけにもいかず、結果としてベルナルドはズタボロになっているのである。
まぁ、有り体に言って大怪我だ。
「何事デス?」
「分からん。分からんが、まぁ開けてしまおう。さて鬼が出るか蛇が出るか、それともお宝でも眠っているか? まさか混沌の怪物などは潜んでいまいな?」
対峙したまま睨み合っている2人を放置して、ロジャーズは仕掛けを作動させた。
●夕暮れの終幕
「あれ? 戻って来たのか?」
夕暮れ時。
ふらりと食堂に現れたソアを一瞥し、飛呂が目を丸くする。
ソアの身体から、あまり血の匂いがしなかったからだ。泥棒とやらを追いかけて行ったのは今から1時間と少し前。
まさかソアが、泥棒を取り逃がしたのか。
そんな疑問を抱かずにはいられない。
「っていうか、あれ……あ、そうか。イズマさんもいたんだっけ?」
「あぁ、今の今まではぐれていたけれどな。ツアーの方はどうだった?」
飛呂の隣に腰かけながらイズマが問うた。
飛呂は苦い顔をして、わざとらしく肩を竦める。
「どうもこうも無いって。泥棒が入ったんだから、ツアーは中止だよ。晩餐会はやるらしいけどさ」
「そっか! それじゃあ、丁度いい時に戻って来られたんだね! ボク、もうお腹ペコペコ!」
キッチンの方に視線を向けるソアは上機嫌である。
泥棒を追いかけ回すのが、それなりに楽しかったらしい。
「……猫科だなぁ」
なんて。
耳と尻尾を揺らすソアを一瞥し、イズマはそう呟いた。
「これ、いつまでやるんデス?」
アオゾラは問うた。
視線は談話室前の廊下に向いている。
「満足するまでではないかな? 満足するなんてことがあるのかは知らないが。人とは元来、決して満足しない生き物であるからして」
ロジャーズが答えを返した。
2人の視線の先では、男たちが殴り合っている。怪盗ブラックバードと怪盗シャーマナイトである。
なお、ロジャーズとアオゾラは2人の正体が誰であるか、何となく理解している。
理解していて、何も言わないことにしている。
「どうするんデス?」
「どうもしない。それより良い臭いと言うのは食堂の方じゃないか? そろそろ夕食時ではあるまいか!」
「あー……通気口から臭いが漏れていたんデスね。この部屋に食べ物が無いのなら、もう用事はありまセン」
ロジャーズが開けた隠し部屋には、通気口が存在していた。
どうやら、キッチンから溢れた肉を焼く香りが、通気口を伝って談話室にまで漏れていたようだ。
そう言えばツアーの途中であった。
ツアーの最後は、食堂で晩餐会である。
なので2人は、食堂へ向かうことにした。
殴り合ってこそ、生まれる友情というものがある。
「いい拳だった。ブラックバードよ」
「そっちこそ、シャーマナイト。普段は何をやってるんだ?」
「ホストと、それからヒーローをやっている」
互いに支え合うようにして、2人の怪盗は隠し部屋へと足を踏み入れる。
顔や身体に痣を作って、鼻や口から血を流し、瞼だって腫れている。あまりにも無残な姿であるが、2人は満足そうだった。
かくして2人は、ついに目当ての絵画を見つけた。
「狭い部屋だ。こんな場所で絵を描いていたのか?」
「だが、暖かみがある。絵を描くのに良い環境と言うのは、人によって違うものだ」
壁際には幾つもの写真立て。
写っているのは、かつてモルツァルストが友誼を結んだ音楽家たちだろう。
部屋に窓は1つだけ。
ちょうど、夕日が差し込んでいる。
夕日の落ちる先には、1枚の大きな絵があった。
夕日を浴びてセピア色に染まる絵だ。
描かれているのは、モルツァルスト屋敷の中庭か。
モルツァルストを中心に、大勢の音楽家たちが演奏をしている絵であった。
「あまり上手くは無いんだな」
「だが、名作だよ。誰がなんと言おうとな。この絵は、きっとモルツァルストにしか描けない」
何かに阻まれるように、2人は絵画に近づけない。
夕日を浴びる絵画の中に描かれている人々は、あまりにも幸福そうだった。
思い思いに楽器を弾いて、幸せそうに、楽しそうに笑っていた。
「セピア色の思い出は、セピア色のままいつまでも遺しておくのがいいだろうな」
なんて。
ベルナルドは頷いて、日が暮れるまで絵画をじっと見つめていたのだ。
それからしばらく後のことだ。
ウィルインの街が、ある朗報に騒めいた。
長年、行方知れずであったモルツァルストの絵画が発見されたのだ。
絵画発見の裏に、2人の怪盗が関与していることなんて、誰も知りはしないけれど。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
モルツァルストの絵画は無事に発見されました。
また、発見された絵画は依頼人の手により、モルツァルスト屋敷に戻されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらのシナリオは「グランドピアノと熱狂する音楽家たち。或いは、ウィルインの静かで長いある冬の日…。」のアフターアクションシナリオです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10522
●ミッション
モルツァルスト屋敷の隠し部屋を発見し、秘蔵された“絵画”を盗み出すこと
●ターゲット
・モルツァルストの絵画
ウィルインの街を作った貴族、モルツァルストが生前に完成させたという1枚の絵。
現在はモルツァルスト屋敷の隠し部屋に安置されているらしい。
●フィールド
海洋。音楽の街“ウィルイン”の街の片隅。
モルツァルスト屋敷。
本館と2つの別館からなる広大な屋敷。
各館はそれぞれ3階建て。上から見ると「H」のような形をしている。
中央にある「ー」が本館。「l l」が別館。
本館には食堂や音楽室、モルツァルストの書斎などがある。
別館は主に来客や、音楽家たちのために用意された部屋らしい。
屋敷全体に魔術的な仕掛けが施されており、ツアーガイドの先導無しで歩き回ることは禁止されている。
きっと迷ったり、危険な目に逢ったり、不思議なものを見たりするのだろう。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】俺こそが怪盗ブラックバードだっ!
怪盗ブラックバードとして「モルツァルストの絵画」を探しに行きます。
※ベルナルドさん以外の方も、怪盗ブラックバードとして扱います。
【2】モルツァルスト屋敷見学ツアーに参加した
稀代の変人にして偉人、ウィルインの創設者モルツァルストの遺した屋敷を見学するツアーです。
ツアーの最後には、モルツァルスト屋敷の食堂で食事会が行われます。
【3】その他の個人的な目標のため
何らかの目的で、モルツァルスト屋敷を訪れました。
ツアーに混じるのも良し、こそこそ忍び込むのも良し。
ツアーinモルツァルスト屋敷
モルツァルスト屋敷を攻略しましょう。
【1】絵画を探して歩き回る
モルツァルストの絵画を探して、屋敷内を歩き回ります。様々なトラブルに見舞われる可能性があります。
【2】見学ツアーを楽しむ
見学ツアーに混ざります。安全で楽しいツアーにするためにも、マナーはちゃんと守りましょう。
【3】モルツァルスト屋敷からの脱出を目指す
あなたは屋敷内で道に迷いました。モルツァルスト屋敷からの脱出を目指しましょう。
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